09/12/23 16:44:49
司会:午前4時という時刻はどうやって確認したのですか?
M氏[5]:当時は、時計を身に付ける習慣はなかったのですか、着いた時に山
の尾根付近が白み始めていたので、おそらくそれぐらいの時間だと思いました
(管理者註:夏の山頂付近は明るくなるのが早い)
司会:そこで何を見ましたか?
M氏[6]:既に自衛隊員が7~80人、いや100人位は来ていました。それを見て、
自分たちは一番乗りできなかったと思いましたね。同時に、事故犠牲者の呻き
声が谷にこだまし、響き渡っているのがはっきりと聴こえました。
司会:ええっ?その時に生きて声を出している人が居たのですか!!どれくらいの人が生きていたのでしょう?
M氏[7]:全部を数えた訳ではありませんが、声の響き方からすると少
なくても4~50人は居たと思います。実際に、苦しそうに声をあげてい
る人を私も間近で何人か見ています。自衛隊の人たちがいる以上、自分
たちができることは、負傷者のいる場所を教え、早く救助してもらうこ
とだと思い、呻き声のするあたりを探しては、その場所を隊員さんに伝え、早い手当を頼んでいました。
ただ、隊員さんの対応には不信感を覚えましたね。「へたに動かすと危
険なので、後から来る部隊が手当することになっている」と言うだけ
で、何もしようとしない。手にした4~50cm 位の丸いバッグに、地面か
ら拾った物を黙々と入れ続けている。