08/08/11 16:38:21 KjN3YRLG0
支局長からの手紙:これでいいのだ!! /奈良
URLリンク(mainichi.jp)
漫画家の赤塚不二夫さんが2日、亡くなりました。翌日の朝刊1面で「(赤塚さんは)奈良、新潟で育った」とあったのが気になり、
同日集まっていた販売所長らに聞いてみました。県外出身の私は恥ずかしながら全く知らず、何人かの所長も「初めて聞いた」。
そのうち、物知りの専売会事務局長が「お母さんが大和郡山の人でね、憲兵だったお父さんが『バカボンのパパ』のモデルになったらしいで」
と教えてくれました。
「赤塚不二夫公認サイトこれでいいのだ!!」などによると、
1935年に旧満州で生まれた赤塚さんは、お父さんが戦後旧ソ連軍に連行されたため、46年に残された家族とともにお母さんの故郷である
大和郡山市内に移ってきました。お父さんが帰還して新潟へ引っ越すまでの約2年間をこの地で過ごしたそうです。
漫画を書くきっかけにもなった故・手塚治虫さんの「ロストワールド」に出会ったのは奈良市内の書店だったとあります。
こうなると、少年時代の舞台となる大和郡山市役所でも何か情報収集しているのではないかと思い、早速聞いてみました。
秘書課では「近所の池に放り込んだ猫の驚いた表情がニャロメの素になった」などの未確認情報はちらほらあるとか。
そして地元の情報から、家は富雄川沿いで近鉄郡山駅と矢田町の間だろうと推定しているそうです。まもなく、上田清市長から電話をもらいました。
「赤塚さんの住んでいた家を特定しようとしているんですがなかなか難しいみたいです。知人は何人か見つけているんですよ。
あれだけの功績のあった人だから、市としても何かしたいですから」と、60年前にさかのぼるバカボンの実家探しが始まったようです。
段々“ギャグ漫画の王様”のことが身近に感じてきました。もし当時の赤塚さんに関する情報があれば、大和郡山市か
毎日新聞あてお知らせ下さい。こういう調査なら少々手間やお金がかかっても 賛成の反対の反対なのだ!【奈良支局長・井上朗】