08/02/02 22:54:59 VMRVPsPp0
拝啓。大村議員殿。下を良く読んで下さい。事が起こらないようにするには究極的には医療をしないことに尽きます。
日本の医療を、この様な悲惨な状況にあなたは追い込もうとしています。
「そして誰(産科医)もいなくなる話」
志村 建世さん(学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長)
素晴らしい評論です。
URLリンク(pub.ne.jp)
最近、春野ことりさんのブログや、あかがまさんのブログなどを見ていると、医療現場の人たちの悲鳴とも言うべき警告が伝わってきます。
日本の医療が崩壊しつつある、それを救うのは第一義的には政治の仕事でしょうが、底流には現代の私たちの心のありようが関係しているように、私には思えます。
その底流を言葉にすれば、「非寛容で他罰的」ということではないでしょうか。
ある妊婦が出産時の障害で死亡しました。1万例に1つというほどの稀な症例で、医師の処置は通常の基準では問題ないと思われたのに、結果としては死亡を招きました。
医師は業務上過失致死罪に問われて逮捕され、公判は継続中ですから、医学的な事実関係は私には判断できません。しかし長く信頼されていた医師は墓前に土下座して謝罪し、廃業に追い込まれました。
遺族は「稀な症状だから止むをえなかったというのは、死者に対する人権侵害だ」と述べています。
出産に限らず、私たちは絶えず病気やケガと共存しながら生きています。だからこそ健康に暮らせる喜びがあるとも言えます。
医療は進歩し、よい薬も出来ました。しかし新しい手術法が定着するまでの間に失われた命もあるでしょうし、よい筈の薬も、ときには薬害を引き起こすこともあります。だからといって新薬を開発しなければよかったとは言えないでしょう。
最近気になるのは、「事が起きてからでは遅い」と、早め早めに安全策に逃げ込む防御的な風潮です。それが非寛容で他罰的な傾向への対策であることは明らかです。
出産に一定率の危険が避けられない以上、安全第一に考えれば、医者は産科医にならず、病院は産科を閉めた方が安心ということになります。