07/09/04 11:09:27 Yj8+zLPX0
患者というのは長く入院生活をおくっていると性格が歪んでくるものである。
かといって、主治医には嫌われたくないから看護師にだけむちゃを言うのである。
だいたい枕もとにあるナースコールと呼ばれるボタンがいけない。
これを押すと看護師が飛んできてくれるのだが、無闇やたらに押しまくる患者がいる。「隣の患者がうるさいから眠れない」といっては押し、
「明日の朝、どのクスリを飲めばいいのか忘れた」といっては押し、「あんた、死んだ女房に瓜二つじゃ。結婚してくれ」といっては押す。
わたしは幸いにも抗がん剤治療の副作用で苦しむこともあまりなく、感染症で悩むこともなかったが、いよいよ髪の毛が抜けはじめた。
朝、起きると枕の上に髪の毛が散乱している。気がつくと、ベッドの下にも髪の毛がたくさん落ちていて気持ち悪い。
掃除しても掃除しても髪の毛はどんどん落ちるのできりがない。髪をかきあげると、指と指の間に大量の髪の毛が挟まって抜けた。
トイレに行くため廊下を車椅子で走っていると、わたしが通ったあとには、抜けた毛が道をつくっていた。まるで、ヘンゼルとグレーテルが森で落としたパンのかけらのようだ。
こんなにたくさん髪の毛が抜けているのに不思議なもので頭にはまだ髪の毛が残っている。このままでは皆に迷惑をかけるだけなので、病院内の理容院で丸坊主にしてもらうことにした。
ところが今度は抜けた髪が短く細かいため掃除も難しく、服の中に入って痒くてしかたなかった。
早く全部抜けてしまえという祈りがかなったわけではないが、晴れてつるつるのピカピカのスキンヘッドになった。
自分で言うのも何だが、なかなか似合っている。高尚なお坊さんに見える。やはり、品の良さが顔に出てしまうのだよなあ。悦に入っていたら今度は眉毛が抜けてきて、そのおかげで人相が変わってしまい、やっぱりその筋の人みたいになった。
この顔に世間ではどんなリアクションをするのか気になって、病院内を徘徊してみる。逃げ出したり、泣き出したりする子どももおらず安心する。
面会室の一角に、同室の患者さんを見かけ、声をかけようとしてやめた。
死んだはずの女房に切ってもらった桃を仲良く食べていた。