死刑廃止論者総合スレPART55at COURT
死刑廃止論者総合スレPART55 - 暇つぶし2ch288:傍聴席@名無しさんでいっぱい
09/03/12 07:57:36 APCgRiO10
昨年、鳩山法相(当時)から、「こいつだけは二度吊るしたかった」と言われた宮崎勤に
死刑が執行された。
勤の犯した犯罪は許し難いのは確かだ。
しかし、勤の身体に障害があり、それが彼の性格を捻くれさせてしまった事実に
どれだけ多くの人が思い遣っただろうか。
勤は手の障害のために、くるりと掌を返すことができなかったという。
幼稚園の御遊技で、掌を返すしぐさを彼だけができなかった。
掌を返せなあいから、大人が何かやろうとしても、「頂戴」のしぐさができなかったそうだ。
そんな勤を祖父が不憫び思い、溺愛したのも想像できる。
勤は祖父の死後、人格に異変をきたした。それまで暴力など振ったことがなかったのに、家族に対して
暴力を振うようになったのである。
私は宮崎勤を赦せと、被害者家族に説得したいのではあない。ただ、彼も、また、不幸な生い立ちを
引きずっていたということを知るべきだったのではなあいか、ということだ。
死刑基準を作ることになあった、永山死刑囚にしても、同じ家庭環境にあっても、
他の兄弟が犯罪者になったわけではない。
要するに、犯罪者とその環境の関係は、必要条件にはなっても、十分条件にはならない。
それでも、執行する側は、犯罪加害者もまた被害者であるという、「惻隠の情(そくいんのじょう)」を
持つべきではないのか。「惻隠の情」とは、弱者や敗者に憐れみの心をもつことだ。
それは、新渡部稲造が「武士道」で最高の美徳としたものだ。
ときには、ラフプレーがあるサッカーだが、サッカーの試合が終わると、互いの健闘を讃えて、
互いのジャージを交換することがある。そこに、勝者が敗者を見下げ、憐れむという姿勢はない。
まさに、武士道の「惻隠の情」があるのだ。
死刑囚は窮極の敗者だ。そんな敗者に、社会全体としての「惻隠の情」を示してもいいのではないか、
と思う。
繰り返し主張するが、死刑廃止論は死刑囚への無原則な恩赦・厳刑を主張しているのではない。


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