10/02/24 20:52:05 KQEoqeaj0
死刑は罰じゃなければなんなのか。
この世に生きとし生けるものすべてのものはこの世に生まれてきたからには天命を全うするまで
その命がある限り生ることに本能で行動している。
刑罰を受ける者が犯した罪を反省してようとしてなかろうと犯した罪に相当する罰を与えることで、
犯した罪を清算させることであると思うのだ。
その究極の罰として死刑がある。
人は誰しも特別な事情がない限り自ら率先して死にたいという感情は持ち合わせていない。
むしろ死といものに恐怖さえ感じるものが大多数であるね。
たとえば、殺人を犯して裁判で死刑を宣告され、刑の執行までの短い期間で犯した罪の深さや自分の命と引き換えに命の尊さを知り、命を奪った被害者の冥福を心から祈り、遺族に対して精一杯の謝罪をする
これも死刑という刑罰の一環でもあると考える。
死刑囚の中には犯した罪の反省も後悔も遺族へのことば等をまったくしない者も少なくはないが。
死刑は 生きる という人としての絶対的な権利を罰として取り上げる。
ということか。