03/04/07 00:43
>>179
430 :名無しさん@お腹いっぱい。 :03/03/30 01:29
>>428
427ですが
「強制的」が事実であるのは判ります。貴方自身がそれが正当なことであるかを、
どうお考えなのでしょうか?。
私自身はレスしたように、シコリを残すのでマズイのではないかと考えます。
貴方自身の回答も、些か核心がズレているように感じてしまいます。
431 :大阪・役人 ◆0Ot7ihccMU :03/03/30 01:52
>>430
うーん、難しいですね(ウチも、父方で減らされた口だったりしますが)。
ただ、50年以上前のことですから、「今更」とも思いますし。
その後の歴史をみるにつけ、「不要」「無意味」だったとは思えません。
(「太平洋戦争をどう思うか」に似てるような…)
現在でも「シコリ」はたまに聞きますね(旧地主の子孫の非農家とかから)。
けれど、僕が書き込んだ事実(当時の耕地の3分の1程度)も知らずに「批判」するのはどうかと思います。
農家・農業批判のかなりが、「ズレている」ことも多いですから。
448 :大阪・役人 ◆0Ot7ihccMU :03/03/31 00:27
>>447
とはいえ、「全世界のモデルケース」なんですよね。
「農村部の富裕化」には効果が抜群にありますから(「社会主義的」ではありますが)…。
ただ、「不在地主」もそんなに多くはなかったそうです(地主の兄弟・次男、三男…といった形で)。
まぁ、地域によって状況は異なるんですが(戦後社会史の一分野ですから)。
「悲劇」として、北海道アイヌの一部には、シャモに耕作させていて「地主」と扱われた例もあります。
三里塚は…たしか、あそこは御料牧場の一部を払い下げられて、「開拓」した土地だったと記憶してます(関西人には馴染みが薄いのでうろ覚えです)。
だからこそ、「抵抗」が強かったのでしょう(「政治闘争」化してましたし)。