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著者は、「まともな韓国語辞典が出たことによって、ハングルが完全に生まれ変わった」と強調す
る。だから、本のタイトルも「韓国語の誕生」と決めた。
実は、1957年以前にも、韓国語辞典はあった。しかし、すべて薄く小さな本で、韓国語をまと
もに集大成したものではなかった。著者は、「1957年に刊行された『大辞典』こそ、数多くの
人々の努力が集大成され、民族的権威を認められた団体(朝鮮語学会、ハングル学会)によってつ
くられ、出版以後、他の辞典の模範となった点で、真の国語辞典」と言う。
本書を読んでいると、辞典編纂の50年史は、わが国の言葉と文化を守り抜くための民族独立、民
族自尊の歴史だったことが容易に理解できる。特に、辞典編纂に心身を尽くした人びとの話は感動
的だ。
日帝時代に、開城松都(ケソン・ソンド)高普の朝鮮語教師だった李常春(イ・サンチュン)。辞
典の必要性を深く感じた彼は、1919年から、韓国語語彙を収集整理した。10年間集めた語彙
はなんと9万余語。個人がこれほど多くの語彙を辞典用原稿に起こすのは至難のわざだ。そのため、
彼は1929年、その原稿を朝鮮語辞典編纂委員会に快く寄贈した。彼の寄贈は、辞典編纂にとっ
て決定的な力となった。当時、東亜(トンア)日報は「ハングル辞典に大きな礎」というタイトル
で、この事実を大々的に報道した。1942年、朝鮮語学会事件で辞典編纂が中断されると、自ら
命を絶って抵抗した申明均(シン・ミョンギュン)の生は、読者を粛然とさせる。
韓国語研究の方向を定めた李鳳雲、池錫永、李能和(イ・ボンウン、チ・ソクヨン、イ・ヌンファ)、
国語学の父・周時経(チュ・シギョン)など、私たちになじみの深い国語学者たちの話、国文研究所、
光文(クァンムン)会、朝鮮語学会など韓国語研究団体の話も入っている。