05/09/11 11:43:13 kk+i/NLf
(>>177 の続き)
この「国民の歴史」の裏面史を暴露し、国家の責任を問う訴訟が関西方面で相次いで
いる。00年3月、京都地裁で始まり、現在、大阪高裁で係争中の「障害者」無年金
訴訟、03年、大阪地裁に提起された在日高齢者訴訟。しかし、同地裁は今年5月、
「立法裁量権」を用いて、一世たちの請求を棄却するという暴挙に出た。そして04年、
京都地裁での在日高齢者の集団訴訟である。長年にわたる行政との交渉。そして、
司法の場への訴え。
在日を排除しつづける日本当局に対し、あえて金も時間もかかるが、捨て置かれ続け
てきた現実に抗い、訴訟に踏み切った原告たち。
ある原告の心の叫びのような陳述を本書は取り上げている。
「今まで私たち一世は生きていくことに必死で、差別を訴えることができませんでした。
また、そんな権利とか分かりませんでした。植民地にされるということは、そういう
ことで、国を盗るということだけでなく、人の脳みそを抜いてしまうということです……。
裁判をおこしたのは、そんな歴史を知ってほしかったことと、朝鮮人を差別したこと、
また、今も差別していることを世間に知ってもらいたかったからです。そしてそれが、
二世、三世のためになればと思ったからです」
植民地支配を受け、すべてを根こそぎ奪われても、その人の持つ人間性、命の輝きまで
奪えなかったことをこの陳述は語って余りある。苦難の半生を歩んでも、常に未来に
目を向け、次の世代のために全力を尽くそうとする崇高な意思。本書に網羅された歴史
の証人たちの一人一人の肉声、つぶやき、その豊かな人間の精神に目頭をぬらさずには
いられなかった。
そして、それとは対極にあるアジアの隣人と共に生きることを徹底的に拒む日本政府
の執拗さを本書は追及していく。連綿と続く排除の歴史を浮き彫りにする鋭い視点。
ゆがんだ日本社会で、強者に対して怯むことなく闘い、民族への愛を抱き続けたハル
モニたち。ぜひ、手にとってほしい秀作である。(中村一成著)(粉)