05/07/10 23:23:00 PyFpwMsf
日本経済新聞2005/07/10(日)書評欄
「置き去り」 吉武輝子著
(前略)
・・・<満州開拓移民>の悲劇を、思い出す人も少なくないだろう。しかし、同様の悲劇が、
北方のサハリン(樺太)でも起きていたことを知る人は多くなかった。吉武輝子さんのこの
新著は、その北辺の戦争悲劇に、<聞き書>という方法をもって正面から取り組んだ労作
である。
(中略)
・・・日露戦争によって日本が南半分を領有してからは40万の日本人が暮らしていた。
その中には、太平洋戦争期に入って強制連行されたりした朝鮮人4万人あまりも含まれて
いた。
そして1945年の8月、ソ連の参戦=サハリン侵攻によって、在住の日本人・朝鮮人は
地獄を体験、死者はおよそ1万人にのぼった。
(中略)
そしてそういう最初の悲劇の大波が引いたあとも、もっとも弱い立場にある若い日本女性
の上には、新たな苦しみの波が襲ったのだった。すなわち、日本敗戦により戦勝民族と
なった朝鮮人の中には、日本国家への反感憎悪を近くにいる若い日本女性に向けて噴出
させた人もいないわけではなかったからである。
この状況において、若い日本の女性たちはどうしたか。彼女たちの多くは、生きるために
朝鮮人男性の妻となり、子供を生み、その家族愛に惹かされて、サハリンに留まり生きざる
を得なかったのだった。そして吉武さんは、今は70、80代に達した彼女たちに親しく接して、
その事実と心情とを克明に記録された。消滅寸前の人間体験と心情が、辛うじて歴史化
されたことを喜びたい。 (評者)作家 山崎朋子