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佐藤ゆかり氏の経歴から見えるもの④
1983年 コロンビア大学政治学部に編入
1985年 パリ政治学院及びパリ大学へ短期留学
1986年 コロンビア大学政治学部卒業(B.A.)
1987年 ジュネーブ大学大学院開発学研究所、(sertificate)取得 (アジア経済開発専攻)
1988年 コロンビア大学大学院国際関係学科、修士号 (M.I.A.)取得(開発経済学専攻)
1998年 ニューヨーク大学(NYU)大学院、経済学博士号(Ph.D.)取得(金融経済学専攻)
野田聖子氏と佐藤ゆかり氏の靖国問題について考察してみたい。No196~によると野田氏は
靖国参拝をし、佐藤氏は参拝をしていないとのことです。この前提に沿って話を進めます。
1941年に公布された陸軍大臣東条英機が示達した「戦陣訓」には、「生きて虜囚の辱め
を受けず」と書いてありました。このような考え方は、歴史を通じて国際社会にはありま
せん。わが国にもありませんでした。
太平洋戦争末期の沖縄戦では、軍民併せて19万人の犠牲者が出ました。驚くべきは、民
間人の死者です。当時の沖縄県の人口が59万人。民間人の死者は9万4千人。「生きて虜
囚の辱めを受けず」の言葉故に、多くの方々が自決し、あるいは敵の捕虜になる前に家族
を殺害したと言われています。
またこのような誤った「戦陣訓」が敵捕虜の虐待や敵地住民の虐殺を引き起こしました。
「生きて虜囚の辱めを受けた」敵兵を人間扱いしないこともあったようです。
上官の命令で虐殺を行い、戦犯として処刑された兵もいました。
このような、国民を死に追いやるメッセージを発した責任者は、当然のことながら「生き
て虜囚になる」べきではありません。国家の指導者が「自己の発した言葉に殉じなければ
ならない」ことを当然であると思う倫理観が無ければなりません。
首相であった近衛氏、陸軍大臣阿南氏等の何人かは自決しました。
しかし我が国の不幸は、現在の指導者たちにもそういう自覚が全くないことです。「虜囚の
辱め」を受けぬために死を選んだ人たちと、それを禁じておきながら「虜囚の辱め」を受
けた人(A級戦犯)との区別がつかないのです。