08/08/03 14:47:49 3jEoRhss0
>>97
前スレでも書いたが
リフレインでは恭介のあがきが「なかったことに」なっていた
佐々美BADでは佐々美の存在が「なかったことに」なっていた
それほどの現実への影響力を持つならば
あやの悲運も「なかったことに」できてもおかしくはない
ただ前者二つは世界の摂理的なものでマスターの意思や想い、願いによっての業じゃないんだよね
だから恭介が計らった所でそうできるかと言われると根拠が弱い
とりあえず妄言を吐いておく
・世界の意味は「願いや想いを成就するため」のものである
・リトバス世界では少なくとも図式上では願いや想いの成就(何かの克服というのも含めて)した者から世界から去っている
・これはリフレインにしろ同じ(友情を得た真人、遊ぶ自由を手に入れた謙吾、理樹と鈴の成長を成就した恭介)
・理樹(病気克服)と鈴(小毬との約束)も同じだがこれは目的に過ぎない
→二人手を取り目覚めることで皆を助けたいという想いが成就される
・時風は取引で沙耶に望みを聞いたが沙耶は望みを告げていない
・時風は排除するのではなく沙耶の想いを成就することで世界を去らせようとした?
・沙耶は自ら世界から去る決断をしたが、想いが成就されたかは疑問
→最期に涙を見せていることや歌の歌詞から未練はあったと考えられる
・沙耶の願いとは?
・理樹との会話から過去に戻りやり直したい
・歌の歌詞から本当は皆(リトバスメンバー)と一緒に居たかった
・沙耶は世界から去っている(ルート消失、魂の描写)
→理樹と鈴と同じく世界から去ることで想いが成就されるとしたら?
世界が現実へ及ぼす力+思いの成就=エピローグ(過去の現実)での目覚め