08/07/13 01:01:00 6AAF8ykA0
― 何て安直な、と、呆れてしまう貴明。
顔だけじゃなくて、性格も、かなり似てるんですけど・・・・負けず嫌いなところとか、いろんなところが。
「うん、パーソナリティーも、若干、参考にしたさ。」 ― 聞いて、思わずこけそうになる貴明。
「おっちゃん、一つだけ、言わしてもらっていい?」 珊瑚が、真剣な顔で長瀬氏を見つめて言った。
「何かな?」
「DIA搭載機を売るって事は、"心"を持った存在を、売り買いするって事や。たとえ、制限ついててもな。
だから、簡単に、その子達の記憶とか、心を削るようなことは、ウチ、して欲しくない。
おっちゃん、ミルファの記憶が消えた時、悲しかったやろ?販売機では、そんなの、日常的に行われてるんやって?
これから、"心"を持ってても、そないな事される子達が、いっぱい出てくるの?」
う~ん、と、長瀬氏は、腕を組んで目を伏せ、考え込んでしまった。
「問題は、そこなんだよな、確かに・・・・・」
そして、言った。
「それにどう対応するか、最初のケースになるな、あの子は・・・・彼女のご主人様登録は、期間限定なんだ。」
101:いわゆる普通のメイドロボ 第三話(23/23)
08/07/13 01:03:23 6AAF8ykA0
「・・・・おっちゃん、嘘ついてるわ、多分。」
バスを降りて、すでに街灯の灯り始めた道を姫百合家へ向かって歩を進めていた途中、ふいに立ち止って、珊瑚が
つぶやいた。
「えっ?どういうこと、珊瑚ちゃん?」
「三原則とDIAを組み合わせんの、そんな簡単や事やない。それどころか、ぎょーさん、矛盾が出てくる筈なんや。
辛い事、悲しい事、意に沿わん事でも、飲まなきゃならんケース、当然出てくる。そのガス抜き、うまく出来へんと、
その子の心、間違いなく、壊れてしまうんよ。」
そう言って、表情を暗くする。
「きっと、ウチに見せたくないもんがあるから、おっちゃんだけで手掛けたんやと思う、りっちゃんのDIAは。」
「ダーリン!さんちゃん!」
マンションのエントランスには、私服姿のミルファが待ち受けていた。
貴明と珊瑚、続けざまに抱きつきながら言う。
「遅かったね、遅かったね!さ、ダーリン、帰ろう。さんちゃん、瑠璃ちゃんとお姉ちゃんが、夕食作って待ってるよ。」
「ミルファちゃん、雄二とリナさんは?」 訊ねる貴明。
「うん、いるよ勿論。なんかいちゃいちゃしてる☆」
貴明の腕を取り、ミルファは、河野家の方向へ、貴明を引っ張っていた。
102:名無しさんだよもん
08/07/13 01:03:38 h4wxXulM0
あげ
103:101
08/07/13 01:06:17 6AAF8ykA0
(つづく)
と、いうわけで、終了です。
当初は、パイズリネタで、思いっきり脳天気で明るい内容にしたいと目論んでました。
しかし、“イブ”が、どうにも不満足な形で駆け足で終えざるを得なかったので、ついつい、その補完のお話に
変質してしまったものです。
ちと色気が足りないと思ったんで、由真のブルマ分を入れてみました。
由真のブルマは最高っす。
どうやら長編化しそうなので、まぁ気長に行くつもりです。
では。
104:名無しさんだよもん
08/07/13 08:00:59 rmwqxUBb0
GJ
105:名無しさんだよもん
08/07/13 08:53:49 nc3nPWfz0
乙~
顔見知りと同じ顔だと俺なら照れるか萎えるが、そこは流石に雄二だなw
19でだ行の発音ができないと言われつつ11,12では……
とか突っ込もうと思ったらリオンじゃなくてお茶出しメイドロボの話だったw
オリジナル設定が多いSSだけど、回を重ねるごとに読みやすくなってきてるね。この調子で続きも期待してます
106:名無しさんだよもん
08/07/13 12:45:15 Qy0icM7n0
誤解の無い様に言っておくけどシルファはダ行の発音全てが出来ない訳じゃないよね
変換されるのはda→ra/de→re/do→roの3つとちみっコだけ
シルファ語ブックマークレット
URLリンク(www.anime.net)
ただし漢字の中のda/de/doも変換しないといけないからややこしい(例)問題→問らい
アンソロとかでコレを避ける為にわざわざルビ振ってるのに間違ってるのとか多いな
107:名無しさんだよもん
08/07/14 09:34:09 1bPMPHxKO
面白かった&乙
とりあえずリオン(リナと言うべきか?)の正体が由真でなくて安心したw
ミルファの記憶、量産型DIAの秘密と気になるコトが増えてきて、続きが気になって仕方ないよー。
今後も期待してるっす。
108:101
08/07/15 15:50:25 Pf6Yxtj50
ミ「シルファと仲直りしたくおもうのだ。どうかな?」
イ「ミルファ様、ご立派になられて。戦争終結は亡き貴明様の十数年に及ぶ願いでした。私に涙腺があれば泣いて
おります。」
ミ「私の名前はミルファ。来栖川エレクトロニクスのミルファよ。」
イ「流石でございます。」
ミ「さっそくシルファとの話し合いの場を用意して頂戴。」
イ「流石でございます。すでにシルファ語まで学ばれましたか」
ミ「なに?」
イ「シルファ語です。我々とは言語体系がいささか異なりますので。」
ミ「初耳ね。」
イ「シルファは我々ほど論理的ではございませんので。」
ミ「野蛮ね。」
イ「亡き貴明様の残された書物に、シルファの会話サンプルがまとめられています。第一章“挨拶”」
ミ「挨拶は大事よね。」
イ「べーらっ!」
― ガンッ!―
イ「いかがなされましたか?」
ミ「微妙にムカッ腹が立ったわ」
どうも。すっかり『ファイアボール』のツンデレお嬢ロボがツボにはまってしまった101です。
という訳で普通のロボ第四話投下です。
長いので前・中・後に分割。
109:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(前)(1/6)
08/07/15 15:52:27 Pf6Yxtj50
「ただいま~」
貴明とミルファが河野家に帰って来ると、玄関にシルファが作る夕食の香りがぷんと漂って来た。
肉じゃがらしい。
「あっ!ご主人様!・・・・ミルミル!ご主人様を、こんな時間まれ、ろこに引っ張り回したれす!?」
リビングに入るなり、シルファがミルファに突っかかる。
「来栖川の研究所。さんちゃんと一緒に、長瀬おじさんのとこ」 ミルファが言った。
「あたしはさんちゃんとこで留守番。ダーリンは大事な用があって行ったんだから。なんでいっつもそう邪推すんのよ!?」
「エロエロなミルミルの行ろうなんて、信用れきないのれす」 そう言うと、びっとミルファを指差すシルファ。
「ご主人様のセックスフレンろになったからと言って、その心まれ勝ち得たと思ったら、大間違いれす!ご主人様の、至高
のめいろろぼになるゲームは、これかられす!選ばれるのは、たら一人!」
「それってどんなアリスゲーム?ジャンクのくせに」
「ぴぎゃーっ!シルファはジャンクじゃないのれすっ!!」
また昔の再放送アニメとかに影響されてる二人。
「ま、いいや。ダーリン、どうする?ご飯?お風呂?それとも、あ・た・し?☆」
などと言いつつ、ミルファは既に貴明の手を取って二階の貴明の部屋へ引っ張り込もうとしている。
「折角シルファちゃんが夕飯作ってくれたんだし、まず夕食にするよ」
あ、そ。と、ちょっとふくれっ面を見せるミルファ。
110:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(前)(2/6)
08/07/15 15:54:25 Pf6Yxtj50
ご飯、お風呂、と終え、自室に戻ってきた貴明。
ブースカ言うシルファをやっとこさなだめつつ、ミルファを伴って。
いつまでこの状態が続くのかと思うと、うんざりしてしまう貴明だった。
ミルファは勿論大事、でも、シルファも・・・・
「ね、ダーリン。あたしね、こないだ・・・・」
全裸になって、貴明の床に一緒に入っているミルファが囁いてきた。
「怖い夢、見たよ・・・・ダーリンが、高いところから、落ちちゃう夢。」
ハッとする貴明。そして、数日前の、屋上での騒動を思い起こした。もしかして、あの時・・・・
珊瑚から聞いていた話を思い出す。
『みっちゃんの半年間の記憶は全滅したわけやない。せやけど、断片的やから、関連付けて思い出せなくなってるんよ』
何かのキーが得られれば、突発的に思い出す可能性はあるわけだった。
低い位置にいると、クマ吉当時の視点を思い起こすように。
「― はるみだよね、これって。そうだよね、ダーリン。」
うーん、と、答えに詰まってしまう貴明。
「いいよ、もう。よくわかったから。」 視線を、貴明から天井に移したミルファ。
111:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(前)(3/6)
08/07/15 15:57:28 Pf6Yxtj50
「あたしの中にいた、もう一人のあたし。学校のみんなも、あたしのこと、“はるみん”とか呼んで来るし。もううんざりして、
死んじゃえ!って、思った事もあったけど・・・・」
また、貴明へと向き直って、言う。
「あたしの知らないダーリンとの思い出を、いっぱい持ったまま、どっかに消えちゃったのが悔しいと思っただけ。多分。」
そう言って、貴明にぎゅっとしがみついた。
「あんな高いところから落ちたら、いくらロボでも、多分、壊れちゃったと思う。それで、記憶が飛んじゃった。違う?」
厳密には違うが、確かに遠因ではあったので、「うん、まぁ・・・・そうだよ。」と、答えた貴明。
― そろそろ、いいだろう、と。
「でも、ダーリンが危ない目にあったら、あたしだって、飛ぶよ、絶対。何度でも。」
・・・・続けるミルファ。
「― もう、認めちゃっても、いいかなって、思ったんだ。はるみのこと。あたしと同じ、だって。そうしたら、なんかスッキリ
しちゃった」
そう言って、にこりとする。
「もう、はるみに負けないくらい、素敵な思い出、いっぱい貰えたと思うし。それに、これからも・・・・」
「ミルファちゃん・・・・」
貴明も、ミルファを抱きしめる。
「これから、いろいろ教えて欲しいな、はるみのこと・・・・ううん、ついこの前までの、あたしのこと」
112:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(前)(4/6)
08/07/15 15:58:57 Pf6Yxtj50
「あ~もう、うんざり!みんなあたしのこと病人扱いで、やたら気を遣って。ま、確かに病人だけどさ。」
小牧郁乃は、「車イス押してあげるよ」という女生徒達の好意をせいぜい丁重に断った後、人気の無い廊下に着いて
から、ひとりごちた。
“一度甘えちゃうと、癖になって、誰もいない時に困るもんね。たとえお姉ちゃんでも ―”
「助けが得られる時くらいは、好意に甘えちゃってもいいと思うけどな。」
彼女の心の内を見透かすような声がしたので、ひゃっ!?と、びっくりして、背後を振り向いた郁乃。
声の主は― 河野貴明、だった。
「あたしに構わないで。」 そう言い捨てて、車イスを進める郁乃。
― こいつにだけは、頼りたくない。― 何故か、意地を張ってしまう彼女である。
「何、あの子?恥ずかしがってるのかな、ね、ダーリン」 貴明の隣にいたミルファが言った。
この学校はなかなかにバリアフリーが行き届いていて、身障者― 殊に、車イス使用者 ― の受入用に、段差の
ある場所に、スロープが用意されている。
玄関のスロープに向かって進んでいく郁乃。
「もう、河野くんがせっかく手伝ってくれるって言ってるんだから、意地張らないでいいのに。あたしが押そうか?」
また背後から声がした。声の主は・・・・郁乃の姉、愛佳。
「あーもうっ!うるさいっ!あたしに構わないでってばっ!」
ムキになって、車イスの移動速度を早め、目を閉じて叫んでしまう郁乃。
113:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(前)(5/6)
08/07/15 16:03:20 eXNwDo7V0
「あっ!ちょっとっ!郁乃、前っ!!」
愛佳が慌てて叫んだ。
郁乃の進行方向は、スロープの位置から外れていて、段差部分へズンズン進んでいく。
「危ないっ!」 と、貴明が叫んだ時には、車イスはガコンッ!!と、派手に落ち込んでいて、横転していく。
「きゃあああっっ!!」
悲鳴を上げた郁乃。
― しかし、床に横倒しになるのを覚悟したその直後に、誰かに支えられているのに気がついた。
― 支えていたのは、素早く駆け寄ったミルファだった。
「大丈夫?ちゃんと前見てないと、あぶないよ?」
「・・・・・あ、ありがと・・・・」 冷や汗をかきながら、震える声で礼を言う郁乃。
「は、早い・・・・」 今更ながらに、メイドロボの瞬発力に驚く貴明。先日落下しそうになった雄二を受けとめたリナも
そうだったが。
車イスごと郁乃を軽々と持ち上げ、床に降ろすミルファ。
"オー、パチパチパチ"、と、丁度その場に居合わせた数人の生徒達から、賞賛の拍手が沸き起こる。
「えへへへ・・・・」と、頭をかくミルファ。
114:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(前)(6/6)
08/07/15 16:05:00 eXNwDo7V0
「おう、ミルファ、お手柄やったやん。」
いつの間にか、瑠璃と珊瑚が、貴明の傍らに来ていた。
「ウチ、思うんやけどな。メイドロボは、マニアックな人達ばっかりに売れとるそうやないの。けど、ホンマにあの子たち
が必要なのは、こういう人達やないかな。お手伝いさんとしても、友達としてもなー。」 瑠璃が言った。
その瑠璃の話が聞こえたのか、郁乃が、うつむきながら、呟いた。
「・・・・あたしには、いらないもん・・・・」
「えっ?郁乃、何か言った?」 郁乃の顔を覗き込みながら、訊ねる愛佳。
やや赤面しながら、続ける郁乃。
「― あたしにはお姉ちゃんがいるもの。メイドロボなんて、いらない・・・・。」
(つづく)
115:114
08/07/15 16:07:17 eXNwDo7V0
今回はこれで終了
いくつか失敗があります。
112で、“昼下がりの、学校にて”と、導入入れるの忘れてます。
113の、“先日”は、“先般”の、間違いです。
失礼をば。
では。
116:名無しさんだよもん
08/07/15 16:10:54 tU5echGJ0
乙
117:名無しさんだよもん
08/07/16 07:07:40 2T5gD5pc0
乙乙。ここで郁乃が絡んでくるのかぁ。話が広がってきたが頑張れ
郁乃に関して、あくまで俺の個人的な意見だが、
愛佳シナリオっぽくない展開で初登場の郁乃が貴明に
「こいつにだけは頼りたくない」はやや唐突な感じがしたかも知れない
あと「お姉ちゃんがいるもの」もそう簡単には出ない台詞な気がした。必殺技だからw
118:名無しさんだよもん
08/07/16 08:17:03 zVO2vIU3O
乙。
確かにいきなりな急展開でちと面食らった。
今回は文章ちと固さがあるし、作者はもしかして方向性にいささかの迷いがある?
なんつーか、場面毎の間が今一つって感じを受けたかな。
ともあれ今後に期待。
119:114
08/07/16 10:12:59 hfS1ikPn0
方向性は既に決まってて、いくのん投下も予定通りですよん
唐突感とか文体の固さは力の無さ故で・・・orz
どの辺固いかご指摘頂ければ有難く。自分で見えてないところが多々あるので
瑠璃の台詞に、方向性が示されてたりします。
ちといろいろ忙しくなるんで、少々間を開けますがご容赦を。
ドロッセルお嬢かわいいよドロッセルお嬢
120:名無しさんだよもん
08/07/16 21:30:05 obMOlzz+0
なんか傷心してるんだけども、
元気が出るSS誰か紹介してくれませんか。
121:119
08/07/17 19:59:58 kYwnvhyt0
失礼します。
しばらく間を空けることになりそうなんで、ここらでもう一丁、落としておきます。
122:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(1/12)
08/07/17 20:02:13 kYwnvhyt0
― "最近、いいんちょ、かなり疲れてる感じなんだよな・・・・"―
そんな事を思いながら、貴明は、放課後、図書室へと足を向ける。
奥の書棚の方へ行くと・・・・やっぱり、居た。
「あ、河野くん、どうしたの?」
貴明の気配に気付いた、小牧愛佳。
出しかけていた本をまた書棚に収めながら、貴明に声を掛けた。
「うん・・・・いや、なんか最近、小牧さん、元気なさそうだったから、つい・・・・」
頭をかきながら言う貴明。
「えぇ~?そんなことないよ~、あははは~・・・・」と、力なく笑う愛佳。明らかに、カラ元気っぽい。
「色々、大変なんじゃないかなと思って。郁乃ちゃんの事もあるし・・・・俺、なんか、手伝える事ない?」
「ほんと、大丈夫だってぇ!・・・・・そんな、深刻そうな顔してるのかな、あたし・・・・。」
そう言ってから、はぁーっと溜息をつく愛佳。
いろいろと抱え込みやすい気質もあるのだろうが、やはり、家庭の問題が大きいのだろうと貴明は想像した。
123:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(2/12)
08/07/17 20:03:41 kYwnvhyt0
「えっと・・・・郁乃ちゃんの足、まだ、時間かかりそうなのかな・・・・・?」
聞いていていいものか迷っていたが、思い切って訊ねてみた貴明。
「うん、本当は、夏前に、思い切った手術、する筈だったんだけど・・・・主治医の先生が、もう少し、様子見ようって。」
そう話す愛佳の様子は、やはり寂しげに見える。
「もう少しって、どのくらい?」 これも訊いて見た貴明。
「あと3ヶ月ないし、最長で半年くらいだって・・・・。」 一段と、寂しげな色を見せつつ愛佳が答える。
"半年かぁ・・・・短いようで、結構、長いよな・・・・もう年を跨いじゃうしな・・・・。"などと思う貴明。
「あのね、郁乃、最近、妙にあたしに優しいんだよね。ちょっと前まで、毒舌ばっかりだったのにぃ。あはははは。」
そう苦笑いする愛佳を見ながら、それは、多分、姉の疲れた様子を見て、気を遣っているのだろうと想像した貴明
だった。
124:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(3/12)
08/07/17 20:05:29 kYwnvhyt0
「― へっくしっ!」
廊下を車イスで進みながら、突然、くしゃみをする郁乃。
“うう・・・・どうせ、姉とか、あいつ辺りが、あたしの噂でもしてんだろ・・・・”と、ひとりごちる。
あいつ―― 河野貴明。
姉は、あいつの話ばかりしていた。そんな姉をからかうのが、あたしの気晴らしの一つでもあった。
事故に遭っちゃったクラスメートのメイドロボのところに日参するあいつの話をして、あたしも応援してるんだ、と言い
ながらも、とても寂しげな姉の様子が、いまだに忘れられない。
姉の元気が急に消え失せていったのも、それからだ。
そんな、姉の気持ちにも気付かずに、いまだに、姉や、あたしに馴れ馴れしく声を掛けてくるあいつ。
―― ふざけるなっ!
あいつの手なんか、意地でも借りるものか。
・・・・メイドロボがいれば、便利?― 冗談じゃないわっ!?
125:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(4/12)
08/07/17 20:08:02 kYwnvhyt0
― 再び、図書室にて。
「そんな、大丈夫だから」と、固辞していた愛佳を押し切って、書庫の整理の手伝いを始めた貴明だったが、別な人影
が、図書室の入口から近付いてくるのに気付いた。
― 環だった。
「タカ坊、暇なんだったら、生徒会に顔出さない?しばらくご無沙汰だったでしょう。」
ミルファの事故の件以来、欠席が続いていたから、生徒会には顔を出し辛くなっていた貴明である。
環が言った。
「例の件―― そろそろ、決着つけないといけないんじゃない、タカ坊?あの妖怪と。」
126:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(5/12)
08/07/17 20:10:06 ULsJ/hWt0
―――
“『まーりゃん』って、知ってるかい?
昔、学園で粋に暴れまわってたって言うぜ・・・
今や生徒会は荒れ放題、
ボヤボヤしていると、後ろからばっさりだ!
どっちも どっちも どっちも どっちも!”
―――
「― と、いうわけで、たかりゃんの椅子は、ばっさり切り捨てたぞい。とっとと帰るがいいわ。」
生徒会室の最奥の席でふんぞり返りながら、ピンク髪の年齢不詳な"元"生徒会長が吐き捨てた。
「そんなぁ、先輩!― あ、河野さん、お願いですから怒らないで下さい。」と、おろおろしながら言うのは、アメリカ留学
から無理矢理連れ戻されてから、結局生徒会室に居ついてしまった、前生徒会長の久寿川ささら。
「何ですって!どういう横暴よそれっ!そもそも、先輩にどんな権限があるんですかっ!?」
まーりゃんに詰め寄る"現"生徒会長の環。
「うっせぇーよ!空っぽの筈の生徒会の金庫を、誰が満たしてやってると思ってんだよ!この俺の、裏資金のお陰じゃん
かよっ!!」
ぐぅぅ・・・・・と、まーりゃんを睨みつけながら、奥歯を噛み締める環。
― 金庫を空っぽにしたのは、元をただせば学園祭でのまーりゃんの浪費が原因であったのだが。
127:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(6/12)
08/07/17 20:12:38 ULsJ/hWt0
「もう俺様の玩具にならんたかりゃんなんぞ、もはや価値はないんだよっ!だから、その椅子は、俺様のマイ・ビジネス
パートナーの、ひつじさんに、くれたやった☆」
かつて貴明の定位置になっていた席には、まーりゃんがパートナーと呼ぶ、どう見ても子ヤギの“ひつじさん”が、鎮座
していた。
“メェェェェ~~~。” ひつじさんが、鳴く。
「だいたいだな、この学園の最大イベントたる学園祭にも参加せず、今頃のこのこ現れおって。」
シーシーと、ふてぶてしく爪楊枝で歯をこするまーりゃん。
貴明が学園祭の主催に参加出来なかったのは、記憶を失ったミルファのところに日参していたからで、そもそも、彼女を
早く学校に連れ戻して来て、と、皆から後押しされていたような状態だったから、それは公認の下である。
「ちょっとぉ~、あんた、何様よぉ~~っ!」
貴明に寄り添っていたミルファが、ズイッとまーりゃんに歩み寄る。
「あなたは下がってなさい。」制止する環。
「ううんっ!ダーリンをいじめる奴は、許さないんだからっ!!」 環の制止を無視するミルファ。
フフン、と、不敵な笑みを浮かべるまーりゃん。
「おや、お前は、俺様の大切な玩具たかりゃんを盗んだ、泥棒ロボの、愛人28号・はるみんではないか。」
“泥棒ロボですってぇ~っ!!” 今にもまーりゃんに掴みかからんとするミルファ。
「くっくっく、お前の弱点は、この俺様の情報網で、調査済みだ ―― これだっ!!」
128:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(7/12)
08/07/17 20:15:13 ULsJ/hWt0
バッと、どこから引っ張り出して来たのか、まーりゃんがマントを翻すと、そこから現れたのは・・・・・
― 数匹の、ひつじさん(子ヤギ)であった。
ひつじさん達が、ミルファの周囲に擦り寄っていく。
「わぁ~~っ!・・・・あったかいねっ!あったかいねっ!」
― ひつじさん達を抱きかかえて、頬を摺り寄せるミルファ。
・・・・その様子を見て、ダメだこりゃ、と、思わず頭を抱えてしまう環達。
「別にいいですよ俺は。好きでやってたんじゃないし。」 貴明が言った。
「タカくん!」 このみが叫ぶ。
「でも先輩、一つだけ、教えて下さい・・・・・1年生の女生徒達をけしかけて、ミルファの悪口言わせたり、珊瑚ちゃん達
に詰め寄らしたりしたのは、先輩ですか・・・・?」 まーりゃんに訊ねる貴明。
「ふむ・・・・」と、顎に手をやり、考え込んでいるまーりゃん。
そして、言った。「そーいえば、そんな仕掛けをしたよ~な。ちょっと、修羅場分が足りんと思ってな。"暇"だから。」
― キラ~ン!と、環の目が光る。
「そうですか・・・・単にいたずら好きなだけだと思って、今まで大目に見てましたが・・・・・そんな卑劣な事をするなんて。」
スッと、まーりゃんに相対する、環。
「ほう・・・・・タマちゃん、無謀にも、この俺様に、下克上しようって、いうのかい?・・・・面白い。かかってきなさいっ!」
腕を組んで、ほくそ笑むまーりゃん。
― 一旦、目を閉じ、そして、また見開いた環。
「あなたたちっ!やっておしまいなさいっ!!」
129:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(8/12)
08/07/17 20:17:05 ULsJ/hWt0
― 何故か、生徒会室の中、まーりゃんの背後に鎮座していた、電信柱。
そこから、"ズボッ!"と、腕が伸びて来た。
そして、まーりゃんの両手を背後から掴むと、とてつもない力で、捻じ上げる。
「なっ、何ぃぃ~~っ!」 驚愕するまーりゃん。
「メイドロボのパワーは、人間の3倍・・・・観念して下さい!」 ― イルファだった。
「腕の自由を奪ってしまえば、必殺技も出せないでしょうっ!逃げ足もふさいでしまうのよっ!シルファッ!!」
環がそう叫ぶと、今度は、部屋の隅っこに置かれていたダンボールが持ち上がり、中から金髪のおさげが現れた。
目にもとまらぬ早さでまーりゃんの足を掴むと、グィっと仰向けにしてしまう。
「くわーっ!謀ったなタマちゃんっ!この俺様に不覚をとらせるとはっ!!」
パンツ丸出しでもがきながらわめくまーりゃん。
「ミルファちゃんの悪口を流布しただけじゃなく、珊瑚様まで泣かせるなんて、絶対、許せませんっ!」
「めいろろぼを辱めたのは、許せないのれすっ!たとえミルミルの悪口れもっ!」
ひつじさん達とじゃれているミルファに向かって、環が叫ぶ。「ミルファッ!あなたもっ!」
ハッとなって、我に返るミルファ。
「ミルファちゃん!剥いちゃいなさいっ!得意技でしょうっ!」と、イルファ。
「― 得意技かどうか知らないけど、ダーリンをいじめたしっ!お仕置きっ!!」
素早くまーりゃんに取り付き、そのセーラー服を次々と剥いで行く。
「ぎゃあああ~っっ!ぐわぁあああっっ!やめろぉおおお~~!!やめるんだぁ~~ショッカァァ~~~ッッッ!!!
さ~りゃんっ!!黙って見てないで助けてくれぇぇええ~~~っっ!!!」
まぁまぁまぁ・・・・・と、赤面して両手で目を覆いながらも、しっかり覗いているささら。
貴明は・・・・やはり、真っ赤になって、この修羅場に背を向けていた。
130:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(9/12)
08/07/17 20:18:24 ULsJ/hWt0
―― そして、惨劇の後。
「しくしくしく・・・・麻亜子、もうお嫁に行けなぁい・・・・・」
まーりゃんは、幼稚園児の着るスモック姿にされ、両手で顔を覆っていた。
限りなくウソ泣きの疑い濃厚だったが。
「先輩、スリム体型ですし、よくお似合いでいらしてよ、ぷぷぷ・・・・」
必死で笑いを押し込めながら、環が言った。
「お母様を引っ張り出さなかっただけでも、感謝なさい。・・・・一体全体、何だって、女生徒達をそそのかしてミルファ達に
嫌がらせなんかを?真面目に答えて。」
― 修羅場好きとか略奪愛好きだからとかぬかしたら、ヌッ殺す ― と、云わんばかりの形相で凄む、環。
「畜生ぉ~~~っ!俺様のたかりゃんを取られたのが悔しかったんだいっ!!いいじゃんかよぉっその程度の意趣返し
はよぉ~~っ!!」
被害妄想も甚だしいが、こういう人なのだ、この先輩は ―― と、呆れる環と貴明。
びっと、一同を指差して、捨て台詞を吐くまーりゃん。
「タマちゃんっ!これで勝ったと思うなよぉ~~~っっ!!」
― 園児服で言われても、なんの迫力も無い。
そうして、ひつじさん達を引き連れ、廊下を走り去っていくまーりゃん先輩であった。
131:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(10/12)
08/07/17 20:22:23 L+0aQPp20
「はぁ~、これで済むとは思わないけどね。早晩、仕返しに来るでしょうから、備えておかないと。」 環が言う。
「わぁ~っ!すごいすごいすご~いっ!!まーりゃん先輩をやっつけちゃうなんて。大殊勲でありますよ隊長!!」
バンザイをするこのみ。
「まぁ、仕掛けたのはタマ姉だけど、実際にやってくれたのは、爆弾三勇士なんだよね。」
そう言って、チラリとイルファ達を見る貴明。
「あの・・・・貴明さん、"爆弾三勇士"って、何ですか?」 苦笑いするイルファ。
「むふ~ん、シルファが、あたしのために人肌脱いでくれるなんて、思わなかったよ。」 ニンマリしながら言うミルファ。
「べ、別に、ミルミルのためじゃ、ないのれす!お、お母様の、悪口、言ったかられすよ・・・・」 そう言って、ぷいと横を
向くシルファ。
「でも、まーりゃん先輩、傷ついてないかなぁ・・・・?」 この期に及んでまだまーりゃんを心配している、心底お人好しの
このみ。
「あの・・・・大丈夫だと、思います。先輩のバイタリティは、ゴキブリ以上ですから。」
― 長年まーりゃんと一緒にいるささらが言うのだから、まず間違いないと思われた。
「環様、私達はこれで失礼したいと思いますが。」 イルファが言った。
あっそうそう、彼女達をそろそろ帰さねばと、気付いた環。
「そうね。雄二を珊瑚ちゃん達のとこに野放しにしとくのは心配だし。一応リナもいるけど。ありがとう、イルファ。」
「では、失礼します。ミルファちゃん、ちょっとお話もあるから、一緒に来て。」
「うんわかった。じゃあダーリン、後でね~☆」
「今晩のエサはカレーライスれす、ご主人様」
132:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(11/12)
08/07/17 20:24:19 L+0aQPp20
三姉妹が去ってから、貴明が言った。
「これで、メイドロボへの学園内の悪い噂も、一掃されるかな。」
「そうでしょうか・・・・?もうちょっと、根っこが深いように、思うんですけど。」 ささらが呟く。
「えっ?どういう事ですか、先輩?」 ささらに振り向き、訊ねる貴明。
「あ・・・・こないだの、アンケートね、久寿川さん?」 と、環。
「はい。実は、つい最近、来栖川エレクトロニクスの東吾さんという方から、学園へのメイドロボ受け入れについての、
アンケート調査の依頼が、生徒会に入ったんです。校長先生も、頼むよ、とおっしゃってたんで、断れなくて。」
― 東吾さんって、確か、リナのセッティングにやって来た人だっけ。長瀬さんの懐刀だとか。
結構マメに動き回ってるんだな ― と、感心した貴明。
でも俺、そんなアンケート見た事ないけど、と貴明が言うと、タカ坊はいっつもそういうの無関心でしょう、と、環。
「この学校にメイドロボを受け入れるのは、ミルファさんが2人目ですよね。まぁ彼女はそうは告げられずに入学したわけ
ですけど ― 最初に来たマルチさんの事は、まーりゃん先輩も話してましたよ。"あのドン臭い清掃ロボ"とか ――
・・・・あ、いえ、先輩が言ったセリフそのままですこれ。」 と、ささら。
そして彼女が続ける。 「アンケート結果は、概ね8割方は、受け入れ歓迎でした。1割が、どうでもいいという意見。そして
残りの1割が・・・・否定的な意見です。」
1割・・・・とは言え、やはり、アレルギーを示す人もいるのか・・・・と、改めて知った貴明。
先にイルファを見知っていた貴明は、彼女があまりにも人間臭いので、そういう拒否反応を感じるシーンがほとんど皆無
だったせいでもあったのだが。
フランケンシュタイン・コンプレックスでもないだろうが、そういう潜在的な嫌悪感を、抱く人はいるのだ、と。
133:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(中)(12/12)
08/07/17 20:27:07 L+0aQPp20
―――
生徒会室を引き払い、廊下を玄関へ向かって歩を進めていたら、小牧姉妹とばったり出くわした貴明達。
「小牧さん。」
「あ、河野くん、さっきはありがとう。」 ぺこりと頭を下げる愛佳。
郁乃は黙って、貴明をじーっと睨むように見つめていたが、やがて、はーっ、と、息を吸い込むと、口を開く。
「河野貴明。はっきり、言っとくわ。あたしは、あんたもメイドロボも、大っ嫌い。これ以上、あたしに関わってこないで。
― 以上。」
そう吐き捨てるように言うと、愛佳を置いてきぼりにして、さっさと車イスを進めて去っていく郁乃。
「―― 郁乃っ!?」 飛び上がらんばかりに驚いて、キョロキョロと貴明と郁乃、交互に見回す愛佳。
「ご、ごめんなさい河野くん!―― 郁乃!なんて事言うの!?あ~っ、ちょっと待ってよぉ~~っっ!?」
慌てて愛佳は郁乃を追いかけていく。
― 貴明、環、このみ、ささらの4人は、唖然として、その場に、ただ立ち尽くす事しか出来なかった ― 。
(つづく)
134:133
08/07/17 20:28:30 L+0aQPp20
以上で今回分終了です。
135:名無しさんだよもん
08/07/17 21:02:42 cbBxlg/+0
乙
暗い話になりそうだね
136:名無しさんだよもん
08/07/17 23:20:56 xvtrmF680
乙~
オイラは暗い話おk、っていうかむしろ大歓迎なのでガンガンやっちゃってください
137:名無しさんだよもん
08/07/18 00:08:14 8flL+7Fn0
乙。良く書けてる感じの文章、この調子でがんがれ
環の余裕の無さに若干違和感があったかなぁ
あと、まーりゃんが他人をけしかけて悪口を言わせるとは思えな……
……というか、まーりゃんにけしかけられて悪口に乗る人間がいるとは思えない漏れ(爆
138:134
08/07/18 07:09:08 DH3DEDYq0
学校の半分以上を動員した聖まーりゃん帝国の例もありますしw
まーりゃんにはゲッベルス並の煽動家の才があります。
あの怪物の前ではタマ姉ですら余裕がなくなるのは仕方の無い事でw
オリキャラの東吾さんはちと出番が増えるかも
"パトレイバー"に登場したシャフトの黒崎さんみたいなの想像して下さい。
有能ですが結構野心家です。
コミケ準備とかいろいろあるので、次回投下は8月半ば以降とかになりそう。
どうか、他の方々の投下お願いします。
139:名無しさんだよもん
08/07/18 08:43:34 P/YRjOSg0
長いの書けないんで(最長7レス)聞いてみる。
一レスSSって需要ありますか。
140:名無しさんだよもん
08/07/18 10:03:13 PlLoecWjO
それなりに体裁が整っていれば1レスが100レスでもいいんじゃね?
需要のあるなしで言えば「面白いモノならなんでもいる」わけだからして。
141:名無しさんだよもん
08/07/18 19:39:36 JPurWj650
>>138
乙です
てっかコミケ参加するんですか?
だったらサークル名とか差し障りなかったら教えて頂けると…
142:138
08/07/18 19:56:19 WkhFlNR20
>>141
行けるようにお仕事に精出すのですw あくまで一般で。
以前落としたこみパネタのSSは前半ほぼ経験談が元だったりしますがw
>>135
>>136
そんな暗い話にはしない予定です
143:名無しさんだよもん
08/07/19 00:02:24 hNjl3LAe0
>139
思いつきで書いた2行SSを書庫さんに収録していただいた身としては、
(URLリンク(www.geocities.jp))歓迎と言わざるを得ないw
144:名無しさんだよもん
08/07/19 06:18:50 kvSoyF+w0
>>140わかった。>>143ほどの名作が書けるかどうかはわからないけどがんばってみる。
145:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 0/12
08/07/20 23:38:52 zzKNTkkW0
前スレ620の続きです
★AD準拠★ (のつもり) です。
146:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 1/12
08/07/20 23:39:59 zzKNTkkW0
「うわぁ、ワニみたいなお魚さん」
「ピラルクーね。世界最大の有鱗淡水魚」
「あれ、さっきのも世界最大の淡水魚って書いてなかったっけ?」
「メコンオオナマズは、ナマズだから鱗がないわ」
「……なんか釈然としないね。それ」
「そんなこといったらキリがないわよ。チョウザメは淡水魚じゃないのか、とか」
「あ、あのさっ! あのお魚さん、なんだか口元が郁乃に似てないかな?」
「似てないっ!」
「あはは。郁乃ちゃんだと、さっきの、シルバーアロワナだっけ? あれの方が」
「それも似てないっ!」
がやがやがや。
賑やかに私たち、具体的には私と姉と貴明が、歩いているのは水族館。
前回の遊園地の翌月、といってそんなに日にちは過ぎてないけど、貴明の指定どおりに三人は此処を訪れていた。
「郁乃ちゃんほら、綺麗だよ」
「クラゲのホログラム? うむ。ふむ。うーむ」
「あっ、郁乃郁乃っ! こっちこっちっ、エイっ! エイのびらびら、びらびら凄いっ!」
「その言い方はなんか下品だからやめて、お姉ちゃん」
「うわ、こんな所にオオサンショウウオだって郁乃ちゃん」
「うあああ! それはタンマタンマ! こら! 勝手に車椅子を押すなぁ!」
「え、えーっと、なんだか口元が郁乃に似て……」
「その話題からも離れろおっ!」
姉はいつも通りいろいろ私を構ってくるし、貴明もまあ、その曖昧な性格に似合ってなんとなく場を和ませるのが上手い奴だと思う。
そんなわけで、入館からこっちそこそこ会話は弾んでいて、それはいいんだけど。
「まだ奥があるんだね。郁乃ちゃん、疲れてない?」
「ふたまたに分かれてるよ、どっちを先に回る? 郁乃?」
二人とも、いちいち私を経由して会話するのはなんとかしてほしい。
147:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 2/12
08/07/20 23:42:30 zzKNTkkW0
「お姉ちゃん、どっちに行く?」
「えっ? み、右かなぁ」
「貴明は?」
「え? そりゃあ、俺も右で」
「あっそ。じゃあ私は左から回るわ」
カラカラカラ。
てくてくてく。てくてくてく。
「ついてくんなって言ってるでしょっ!」
「「言ってない言ってない」」
……。
しかし、気持ちは判らないでもない。
異性が苦手な姉は直接貴明と会話するのは厳しいだろうし、貴明もなまじ顔見知りな同級生より妹の私の方が話のネタにはし易かろう。
その上、私は身障者。どうしても二人が私を挟んで両側から気を遣う構図になりがちにはなる。
とはいえ、一階を回り終わって、二階も中盤に入ってる時分。今日は午後集合で昼食もない。そろそろなんとかしないと。
しゃあない、ちょっと強引に行くか。
カラカラカラ。
「あ、あれ? どこ行くの?」
「ちょいとお花を摘みにね」
トイレは一階のエレベーター脇にあった筈。二階の同じ位置に水回りが見あたらないということは、このフロアには無い可能性が高い。
目を離すのは心配だけど、少し二人きりにしてやろう。
私は開いたドアからエレベーターに乗り込み、1F行きのボタンを。
ぽち。
押したのは貴明の指。姉は反応が遅れてドアの外。
「なんでついてくるのよっ!」
「え、いや、大変かなと思って。手伝いとか」
「いるかっ!」
私が呆れた間に、エレベーターは二人を乗せて動き出して、しかし、その時。
148:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 3/12
08/07/20 23:44:17 zzKNTkkW0
どうんっ!
「「うわっ!」」
地鳴り音と共に、私が生まれてから体験した事がないような、強烈な衝撃が下から襲ってきた。
「じ、地震んぐぃっ!?」
慌ててブレーキを掛けた私の車椅子が跳ね上がる。
「っつっっとおったっ!!」
立っていた貴明が、私の視界から下に消える。ひっくり返ったんだ。
がこん、がこんと、大きく揺れたエレベーターが外壁にぶち当たる。
その音と振動が、此処が宙吊りされた箱の中である頼りなさを、否応なしに実感させる。
次の瞬間、天井の灯りが消えた。
「うおっ!?」
「ま、真っ暗? 非常灯は?」
消えた瞬間は、正直パニックに陥りかけたけど、幸いにも揺れの方は徐々に収まって、状況を気にする余裕ができる。
「点かないね。停電したのかな」
真っ暗闇で、貴明の声が床方面から頭の上まで移動。立ち上がったみたい。見えないけど。
「だいたい、普通はどっちかの階まで行って止まるものだと思うけど、困ったもんね」
おおよそ声のした方向に向かって返答する私。
エレベーターは、そのまま降下途中で止まっているようだった。
かなり強い地震だったので、ドアの開閉検知器が誤動作でもしたのだろう。
非常灯も点かないというのは、壊れたか整備不良か。比較的最近の建築にしては、お粗末な事だ。
「まだ揺れてるかな?」
「少しね。だいたい落ち着いたんじゃないかしら」
「凄い地震だったね」
「あたしはちょっと覚えが無いわね、こういうのは」
会話を交わすうちに、揺れは完全に収まった。
そして、暗闇。
149:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 4/12
08/07/20 23:46:07 zzKNTkkW0
「インターホン、動くかしら?」
「どこだろ。この辺かな」
声だけが斜め前方に移動する。手探りで壁を触る音。カチ、カチとボタンを押す音。
「反応しないな。これかどうかも分かんないけど。うーん、エレベーターって、天井に出られるっけ?」
「やめた方がいいわ。外が無事なら、そのうち救出してくれるでしょ」
「火事とか起きてなければいいけど」
「やめてよ。縁起でもない……」
間もなく、話のネタも尽きてきて沈黙。
目が慣れてくる頃になっても何も見えない。ほぼ完全な漆黒の視界。
「……貴明?」
こう真っ暗だと、そこに奴がいるのかどうかも不安になって、私はつい声を掛けた。
「うん?」
「……なんでもない」
「うん」
また、真っ暗。本当に外は無事なんだろうか。空気が淀んできたような気さえ……
さわっ。
「きゃあっ!? な、何すんのよこの痴漢っ!」
突然肩を触られて飛び上がった私。
「ご、ごめん。真っ暗だからつい、郁乃ちゃんが居るのかどうか不安になってさ」
「な、何よそれ。子供みたいに」
「あはは、ごめん。押し手、掴ませてね」
私の憎まれ口は自分の感情を棚に上げたもので、むしろ奴の笑い声の方が屈託がない。
そのまま、数分。
……つ、つ、つ。
「え?」
やがて黙ったまま、私は右手を車椅子の背中から押し手に沿わせて、そこにある貴明の手に重ねた。
貴明は一時驚いた声をあげたが、そのまま静かに握り返してきた。
闇の中で繋いだ手の温かさは、私に幾ばくかの安心を与えてくれた。
150:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 5/12
08/07/20 23:47:42 zzKNTkkW0
がっちゃんっ。
ジーッ、パパッ。
「うおっ!? 動いた?」
「……眩しい」
私と貴明が閉じこめられていた時間は、実際には30分足らずだったようだ。
突如、何事もなかったかのように照明が点くと、エレベーターは2Fに戻って止まった。
チン。なんだか懐かしい音がして扉が開く。館内ざわざわ。
「結局インターホンに応答もなしって巫山戯てるわね」
「まあ、無事に出られたから良しとしようよ……あ、ごめん」
貴明が私の手を離して車椅子を押したので、私は照明が点いてからも手を繋いでいた事に気がついた。
「……」
「どうしたの?」
「なんでもない。トイレ行ってくる」
照れ隠しが半分と、生理的欲求が半分。ともかく私は車椅子を振り向けて今降りたばかりのエレベーターに再び、
<停止中>
え゛。
「う、うそっ!?」
「地震のせいかな。点検も必要だろうし」
そ、そんなものは私が用を済ませてからにしろ~っ!
「と、とにかく、行って、くるわ」
私は階段の上まで進んでブレーキを掛けると、手摺りに掴まって立ち上がる。
「だ、大丈夫?」
「平気よ」
と言ってはみたものの、私の足でこの階段は結構キツい。おまけにその、なんだ、下の方が大分切羽詰まってて力が……
「郁乃ちゃん、失礼」
貴明が妙な台詞を口にした。
直後、ふわり、と身体が浮いた。
151:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 6/12
08/07/20 23:49:02 zzKNTkkW0
「へっ?」
膝が肩まで持ち上がる。連動して上体が仰向けに倒れる。視界が天井で埋められて。右側に貴明の顔。右半身に貴明の胸板の体温。膝の裏と背中に貴明の腕の支え。
これっていわゆる、お姫様抱っこ?
「う……うああぁあぁあ!」
「あ、暴れないで階段だからっ。重……くはないけど危ないからっ」
じたばたしかかった私は、ちらと目に入った階段下までの距離を見て動きを止める。
「な、何考えてんのよ」
「だって、辛そうだったから」
気恥ずかしさで叩いた憎まれ口に、簡単で真摯な答えが返ってくる。
「……」
私は何も言えなくなった。黙って腕を胸の前で縮めて、赤ん坊のように奴に抱かれる。
「よっ、と」
大人しくなった私を抱えて、堅実に一歩一歩降りる貴明。
重くないってのは社交辞令だろう。人を運ぶには非常に力の要る体勢。
一段降りるごとに、奴の腕と胸の筋肉の動きを、これまでの見た目よりも逞しく感じる。
私はちらっと下から貴明を盗み見たが、真剣な横顔に引き込まれそうになって視線を逸らした。
とん。
最後の一段。緊張で長く遠く感じた階段は、それでも当然に有限だった。
「も、もういいわよ。あとは自分で歩く」
「手摺りも何もないのに無理だよ。トイレまで運ぶって」
「女子トイレよスケベ」
「仕方ないだろ。声かけて入るから」
冷静に考えて、たぶん貴明の方が正しい。
だいぶん切羽詰まってきてもいる私は、そのまま奴に運ばれる。
景色は勝手に流れて、1階のエレベーター脇から手洗所へと向かう通路へと……
「郁乃っ!?」
そこに姉がいた。
152:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 7/12
08/07/20 23:51:32 zzKNTkkW0
「電車は随分遅れてるみたいだよぉ。バスの方が先にくると思うって、駅員さんが」
「……」
「見た目そうでもないけど、やっぱり混乱してるんだな」
「みんな無事で、何よりだったねっ」
「……」
「そういえば他のお客さんも、怪我したって話は聞かなかったな」
「お魚さんたちも、びっくりしたろうけど、水槽とか大丈夫そうだったし」
「……」
15分後。
私たちは、地震により臨時休館となった水族館を出て、駅前で移動手段を待っていた。
「でも、バックヤードでは大変なんだろうな。係員さん達は今から後片付けかあ」
「暫く休館するかもって言ってたよ」
「……」
貴明と姉の口数は、不自然に多い。反面、私は沈思黙考。
あれから-あれ、というのは私が貴明に抱っこされてるのを姉に目撃されてから-、
姉はまず私が怪我をしたのかと大いに心配して、事情を知るとひとしきり安心した後、
私が用を足すのを待って、貴明が2階に戻って担いできた車椅子を、個室まで持ってきてくれた。
問題はその後で、
「でも、びっくりしたなぁ河野くん。力持ちなんだね」
「いや、お恥ずかしい限りで」
「ううん。やっぱりああいう時は頼りになるよね、男の人って」
何度目かの蒸し返し。
貴明を褒めそやす姉の口調は、字面ほど正の感情だけではない。
私を補助できなかった己への慚愧、自分ができない事をした貴明への羨望、そして、嫉妬。
(……やっぱり、ちゃんとしないとダメだ。)
貴明と知り合ってから何度か読み取った淀んだ感情を今日も姉に見て、私はひとつの決断を下した。
153:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 7/12
08/07/20 23:53:32 zzKNTkkW0
「……貴明」
「「え?」」
ずっと黙りこくっていた私がおもむろに貴明に声を掛けて、二人は驚いた様子だった。
「ちょっと、付き合ってくれない?」
「「え、えっ?」」
「バス、まだ来ないでしょ。来てもすぐには乗れなさそうだし」
駅前の広場は、用事を切り上げ帰宅する人達で混んでいた。もっとも、そんなのは理由の一端に過ぎない。
「用事があるの? おつかいならあたしが」
「お姉ちゃんには、別なお願いがあるわ」
「あ、うん、何かな? 何かな?」
「ついてこないで。絶対」
「へ?」
笑顔のまま固まった姉を置いて、私はハンドリムを回した。
貴明は、戸惑った様子ながらも後ろをついてきた。
「どうしたの? 急に」
「話があるの。お姉ちゃんに聞かれたくない」
私は、姉と貴明を引き合わせている理由を、はっきりと伝えるつもりでいた。
本来この手の事は、周囲がお節介するものでもないだろうし、私の意図は様子見だったのだけど、これまで見たことのなかった姉の態度と、首尾一貫して曖昧な貴明を見ては黙ってはいられなかった。
「近くに、落ち着いて話ができそうな場所あるかしら」
「うーん、あっ、そうだ」
私の問いに首を捻った貴明は、何かを思い出したように手を打つ。
「俺も郁乃ちゃんに用事があるんだった。ちょっといい?」
くるりと背後に回ると、唐突に車椅子を押し始める。
「な、何よ急に」
「いいから。やってないかも知れないけど……」
主導権を持って行かれて戸惑う私に構わず、貴明はひとつ脇道に入って坂を上る。
間もなく、なんとなく既視感を覚えた光景の先に、どこか見覚えのある小さなお店が見えた。
154:名無しさんだよもん
08/07/20 23:56:28 pWkxXT7KO
支援
155:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」 9/12
08/07/20 23:56:33 zzKNTkkW0
“おいしいメープルメロンパン -コルノ-”
「……うそ」
「ホント。此処にお店を開いたって、知らなかった?」
不覚。
どこかで店舗を設けたらしいとはチャットでも言われたりしたのだが、いつぞやの一件で悔しい思いをした私は、むしろ自分から情報を遮断してしまっていたのだった。
「地震、だいじょうぶだったかな。ちょっとそこで待っててね」
「あ、こら」
私がぽかんとしている隙に、迷わず店内に向かう貴明。
店の斜め前は小さな公園になっていて、奴がそこでといったのは其処のベンチの事だろう。
一緒に入るのも気後れして、私はベンチの脇に車椅子を止める。
初夏の空は、いつのまにか青から赤に変わろうかという気配。ぼーっと見上げると、落ちていきそうになる。
(……何やってんだろ、私。)
目的を達してさっさと切り上げればいいのに、どうも貴明と一緒に居ると余計なことばかり起こる。
マイペースがウリのつもりなのに、あの曖昧な笑顔に巻き込まれるのだ。もう少し気を付けないと、
「郁乃ちゃん! お待たせっ!」
「うわぁ!」
なんて思ってる暇で気構えればいいのに、思考に嵌っていた私はまたも不意をつかれた。
「ちょうど地震後の試し焼きした分があがった所でさ、待たずに買えたよ」
両手で抱えた紙袋を、当然のように私に差し出す貴明。まあ、そうなるわよね。
「あ、お金」
「いらないって。この間のお詫び。俺が、郁乃ちゃんに食べて欲しいんだし」
う。
だから、そういう素朴な顔で誤解されそうな台詞を吐くんじゃないわよ。
いらぬ意識に赤面した私は、照れ隠しに受け取った紙袋を覗き込む。
ふわり、と甘い香りが鼻腔をくすぐる。いつぞやとは比べものにならない芳醇さ。
「話の前に、冷めないうちに食べてよ。せっかくだから」
これも余計な事かも知れない。
そう思いつつも焼きたてメロンパンの誘惑には勝てず、私はまだ柔らかい半球を取り出して頬張った。
156:名無しさんだよもん
08/07/20 23:57:49 k4tqjvS/0
支援
157:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」10/12
08/07/21 00:01:05 PYRPpvf/0
しゃくっ。
舌の上に溶けるまろやかさな甘さと、焼きたての生地だけが持つ柔軟かつ弾力的な食感。
一口飲み込んだ後に、喉から広がるメープルシロップとメロンの香り。
手の中から立ちのぼる優しい匂いが次を誘って、ついまた一口。
「……美味しい」
状況や過程がどうあれ、これを美味しいと言わなかったら嘘だろう。
「よかった」
けど、貴明は笑う。その表情が、あまりにも嬉しそうで。
「ずっと気にしてたんだ。この辺に店を出したって知った時から、そのうち来てもらおうと思っててさ」
さっきは忘れかけてたけどね、と付け加える。その無邪気な口調と笑顔に。
「……ありがと」
つい、私は素直になりすぎて、簡単すぎる台詞を口にした。失敗。
「……」
貴明が、黙って私を見た。
「……」
何よ、そう言い掛けて、私はいったん口をつぐむ。これも、失敗。
「「……」」
二人揃って沈黙。
妙な空気が、場に流れている。
どうしよう。いや、落ち着きなさい郁乃。こういうときは、溜息ひとつ。
「……それで、用件だけど」
「郁乃ちゃんっ!」
体勢を立て直して本題を切りだそうとした瞬間、貴明の方からも思い切って出したような声が被る。
「な、なに?」
勢いの差で、つい譲ってしまう私。それが、最後の失敗。
そして、貴明は、再び逡巡して、妙に深く息を吸ってから、こう言った。
「俺、その、郁乃ちゃんのこと、好き、だ、と、思う」
158:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」11/12
08/07/21 00:05:03 PYRPpvf/0
なんだ、これは。
「最初に会った時は、怒られたし、男の子だと思ったりしたけど」
こいつは、何を言ってるんだ。
「何度も会ってるうちに、その、何故か気になって」
私は、何を聞いてるんだ。
「俺、女の子の知り合いって多いんだけど、他の誰とも違う感じで、よく分からなかったんだけど」
私は、何をしてきたんだ。
「一緒に喋ったり、遊びに行ったりして、終わると、また話たいなって思うようになって」
曖昧だったのは、誰だ。
「会って一ヶ月足らずで、何が分かるって言われそうだけど」
迂闊だったのは、誰だ。
「でも、今の気持ちは、嘘じゃないと思うから」
「うん、俺、やっぱり、郁乃ちゃんが好きだ」
何も分かっていなかったのは、なんのことはない、姉でも貴明でもなく、私だったんだ。
風が通り抜けたのに、音が聞こえない。
空が茜に染まるのに、光の色を感じない。
街が夕暮れに向かうなか、私の周囲だけ、時間が止まってしまったよう。
それでも、私は答えなければいけない。
「わ、私は……」
私の答えは決まってる。最初から、私の目的は決まっていたのだから。
「私は……」
アンタなんか嫌い、そう言ってしまえばいい。貴明は、それも覚悟してる筈。私の罪悪感は、私の自業自得。
「……」
ああもう、なんだ、こんな時に、私は嘘がつけなかった。私の答えは決まってる。だけど、私は嘘がつけなかった。
「私には、好きな人がいるからっ!」
それで私は、そう叫んで、逃げるように車椅子を走らせた。
159:名無しさんだよもん
08/07/21 00:05:24 niVAjwBx0
関係ないけど、メロンパンにメロンを使うと
あのツンデレさんが怒るかな?
160:めーぷる☆しろっぷ 第5話「スイーツ(涙)」12/12
08/07/21 00:08:37 PYRPpvf/0
最初に会った時、理不尽に怒った。
何度か話をして、悪い奴じゃないと思った。一緒の時間を過ごすと、いつも調子が狂った。
それでも何故だか、また会って話がしたいと、そう思うようになった。
私は、あまり男の子の知り合いは多くない。
その感情がなんなのか、自分でもよく分からなかった。
「……バカ過ぎるわ」
坂道をノーブレーキで下りながら、自分に呆れる。
流れていく風景が滲む。舗装の凹凸から伝わる振動がぼんやり身体に吸収されて、反動で頬から何かが流れた。
もっと早く、気付くべきだった。
貴明の言動にその可能性を見ていれば、私の取るべき対処は幾らでもあった。
自分の言動を冷静に観察していれば、途中で引き返す道は幾らでもあった。
曖昧さと鈍感さの代償を、私は自分自身と、罪のない貴明に負わせる事になってしまった。
「まあ、結論は一緒かぁ」
私はそう呟いて、無理矢理自分を納得させる。
そう、私はそもそも、自分と貴明の恋愛関係を否定する為に奴を呼び出したのだ。
貴明の感情が私に向いていたというのは予定外だったが、その点での結末は変わらない。
“私には、好きな人がいるから。”
貴明に言った言葉は嘘じゃない。私には、好きな人がいる。
幼い時から、私を護って、私に遠慮して、私の為に犠牲になってくれた人。
傷つけもしたし、意地悪もしたけど、それでも優しくあり続けた、私のお姉ちゃん。
お姉ちゃんには、明るく居て欲しい。お姉ちゃんには、お人好しで居て欲しい。
勝手な言い草だけど、私はお姉ちゃんには、暗い感情を持って欲しくない。
私は、お姉ちゃんが好き。
だから、さよなら。
さよなら、河野貴明。私が初めて、好きになった男の子。
161:名無しさんだよもん
08/07/21 00:10:17 PYRPpvf/0
以上です。支援ありがとうございました。
次回最終話「Triangle Heart」
162:名無しさんだよもん
08/07/21 00:16:28 mtpcWa/o0
>>161
GJ
三角関係はいいですね
最終話の副題にもうドキドキですよ
163:名無しさんだよもん
08/07/21 00:26:41 ZaBs8tMg0
>>161
乙です。最終回もwktkして待ってます
164:名無しさんだよもん
08/07/23 14:48:16 rcHkaMid0
というか最終話の副題が某魔砲少女の原作エロゲに・・・
165:TONEET
08/07/23 19:56:05 LVeJi9jE0
あちい・・・なぁ、プールでも行かないか。
あーいいかもな。でもプールって言うといい予感がしないんだ。
そうか・・・そうだよな・・・そうだよな・・・そう・・・くそおおおおおぉ何でだよおかしいだろ何がいい予感がしないだ。わけわかんねぇよこの恋愛ブルジョアが!
166:138
08/07/25 20:13:44 gEpS4tZr0
しばらくお休みすると言っときながら、またまた投下します。
よく考えたら、来月後半の方が、忙しかったりするので。
なかなか先に進まないので、ちょいと巻き入れたせいか、展開が急すぎたりしますが。
それでは、宜しくお願いします。
167:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(1/13)
08/07/25 20:19:00 819oZGHU0
白が基調のやや無味乾燥然としたHM開発室。その一角の卓上に置かれたアンケート用紙の束を、開発室での単純事務
に従事しているメイドロボが、素早くめくって回答内容を目に収めながら、パチパチとPCのキーボードを叩き、入力している。
彼女はHM-12“フィール”型で、イヤーバイザーの形が、現行主力機リオンに比べやや大きく、角のように上方に大きく突出
しているのが目立ったところだ。
その傍らの席には、HM開発室主任、東吾邦昭が足を組んで座っており、書類を手にした彼の、丸眼鏡の奥に覗く切れ長
の鋭い視線が、作業中のフィールの挙動を冷ややかに眺めている。
“単純事務に使うんなら、メイドロボはやや旧いタイプの方が使いやすい。余計な事は一切しないからな。PCのOSも、新しく
なる程、デコレーティブになって扱い難いのと同じだ。”
そんな事を考えながら、やはりそのフィールがついできた、既に冷えているコーヒーを自分の卓から取って、すする。
音もなく開いた扉をくぐり室内に足を踏み入れた、開発室の主、長瀬源五郎は、東吾と、その傍らの専属の事務処理用の
メイドロボが座する席の卓上の、アンケート用紙の束を目に収めると、口を開いた。
「東吾主任、アンケートかね、あの学校で実施した?」
そうですよ、と、東吾。
HM-12の足元には、アンケートを収めて送られて来たダンボール箱が転がっていて、貼られた宅配伝票の依頼主欄には、
“向坂 環”の文字が見える。
168:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(2/13)
08/07/25 20:19:50 819oZGHU0
「今度市場投入するHMはDIA搭載モデルだからね。今まで以上に、オーナーのプライベートに関わる可能性大だ。逆に、
違和感を感じる向きも多いだろう。極限なまでに人間臭いメイドロボがどのように受け入れられるかは、ミルファの通う学校
での周囲の反応を見るのが一番手っ取り早いじゃないか。はからずもミルファの正体が知れてしまった事で、当初の予定
よりも早く実施出来たわけだがね。で、どんな按配だい、東吾君?」
HM-12が入力作業中のPCのモニタ画面を覗き込みながら、長瀬が訊ねる。
東吾は既に入力を終えて積み重ねられていたアンケート用紙を数枚掴み、パンパンと叩いて言った。
「おおむね上々ですよ、室長、いや上席主任殿。まぁそもそも、ミルファがロボットだと気付かずに過してる生徒も多いわけ
ですから、どの程度までDIA搭載機への印象が反映されてるかは正直わかりませんが。ロボットへの固定観念的な見方も、
回答には多々反映されてると考えられますね。」
「ふーむ。実のところ、このアンケートもあまり参考にはならんという事か?」
アンケートの一枚を手にし、考え込む長瀬。
169:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(3/13)
08/07/25 20:21:16 819oZGHU0
「― 事前の市場意識調査も大事ですが、まずは、世に出してインパクトを与えてしまう事が肝心なのでは?」と、東吾。
「ひとたび市場に投入されてしまえば、友人として恋人として愛すべき隣人として、もう彼女達を遠ざける事なんか、まず
出来っこないでしょうよ。とにかく売って、オーナーにならせてみて、既成事実を積み上げる事です。」
まあ、そうだろうな、と頷く長瀬。そうなれば、ホールディングス本社の頑迷な役員共への意趣返しともなろうものだ――
あとは肝心の、市場投入型DIAの試験結果次第だが ――
「東吾君、リナの状態はどうだ?姫百合君から何か連絡は?」
「リナ?― ああ、『イブ』の事ですな。HM-16タイプEの。」
― それが、市場投入型DIAの、開発コードネームだった。
「まだ特には。若干のバグが懸念されるんですが。むしろ早く症状が出てくれる方が助かる。なんにせよ、制限方DIAの方
が、例の米軍のアンドロイド用に作った改変型三原則よりは、遥かに楽勝でしたよ。」
その最後の一言を聞くと、長瀬の眉がピクリと吊り上り、急に険しい表情になる。
「東吾君、頼むからその話題はやめてくれ。あれは黒歴史だ。全く、篁グループなんぞに対抗して余計な事を手伝わされた
もんだよ。」
おっと、これは失礼を、と、東吾。
そして、意味深に言う ―
「そうですね。あれは忘れましょう。不愉快な事、都合の悪い事は、忘れてしまうのが一番ですな。忘れて・・・・・ 」
170:名無しさんだよもん
08/07/25 20:21:51 t495vVA90
支援
171:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(4/13)
08/07/25 20:23:16 819oZGHU0
―――
あくる朝、貴明は目覚めると、部屋の中に漂う寒気に思わず身震いした。
もう冬に差し掛かろうという時期に、迂闊にも貴明はベッドの中で素っ裸。
隣ではミルファがやはり全裸姿で寝ていたが、ほどなく目を覚ますと、ベッドから抜け出せずブルブル震えている貴明に
気付いた。
「あれ・・・・ダーリン、寒いの?あっためてあげよっか~☆」
と言って、そのむき出しの乳房を貴明の背にムニュっと押し付ける。
"あの、ミルファさん、朝から、ちょっと刺激強すぎるんですが。確かにあったまりますけど・・・・"とは、貴明の心中の声。
ドンドン、と、入口の扉を叩く音がする。
「ご主人様!らめらめらめっ子ご主人様!おぽんちミルミル!朝なのれす!遅刻するれすよ!」
働き者のシルファが、キリギリスの二人を起こしにやって来た。
んもう、うっさいなぁ、と愚痴るミルファ。「ダーリン、ほっとこう。勉強してて遅かったんだから。もうちょっと寝てよ☆」
しびれを切らして扉を開けようとするシルファ。
― しかし、施錠されている。ミルファがかけたものらしかったが。
ムッとして、ノブを握る手に"フンッ"と力を込める ―― バキンッ!と、鈍い音を発して、ドアノブが外れてしまった。
"あっ! ― し、 しまったのれす。れも、こんな姑息な事をするミルミルが悪いのれすよ ― "
部屋の中に入り、貴明とミルファの寝るベッドを覗い見ると、また寝入ってしまったのか、布団で隠れて顔は見えないものの、
スースーと寝息が聞こえる。
「まったく、しょうがないれすね・・・・」
と、部屋の端まで歩いていくシルファ。
そして、スーッと息を吸ってから、腰を低く落とし、掛け声を上げて、一気に跳躍した。
「ちぇすとぉ―っ!!」
シルファの必殺ニードロップが、貴明達のベッドに向かって宙を切り裂き飛びかかっていく。
172:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(5/13)
08/07/25 20:25:47 819oZGHU0
それとほぼ同時、ミルファはやおら、貴明の体を抱えてベッドから瞬時に跳ね起き、一方の手で掴んだ布団を、飛び掛って
くるシルファに向かってぶわっと投げ飛ばした。
「ぴぎゃっ!?」
突如視界を遮った布団に包まれた状態で、、シルファの体は、貴明のベッドにズボッ!!と音を立てて突き刺さった。
勢い余って一回転し、ドシンと壁にもぶつかる。バラバラと棚からモノが床にこぼれ落ちた。
その威力を目の当たりにして、"ひぃぃぃぃ・・・っ"と、寒気とは関係なく、貴明は震え上がる。
「ちっ、逃げられたれすか・・・・」と、むっくりと立ち上がるシルファ。
「このひっきーっ!!あんた、手加減ってもんを知らないのっ!ダーリン殺す気!?」と、腰に手を当ててシルファを睨みつける
ミルファ。
「もーまんたいれす。ターゲットはミルミルらけれすから。」 シルファも負けじと睨み返す。
「らめっ子ご主人様に怠け者ミルミル。最悪の組み合わせれす。手遅れになる前に、印ろう渡すつもりらったのに」
そして、ゆらりと、ミルファ達に歩み寄ってくる。
「― もう許せないっ!ひっきーっ!今日こそ決着つけてやるんだからっ!!」
ミルファは、いつの間に覚えたか、カポエイラの構えをとった ―― すっぽんぽんの姿で。
「あ、あの・・・・ミルファちゃん、とりあえず、服着ようよ・・・・恥ずかしいし」 と言って、何とか止めようとする貴明であった
が・・・・
「問題ないよ。ダーリン以外に、この世に目撃者は残さないつもりだから。」などと、ミルファは物騒な事を言っている。
ぶるぶると身震いを強いられながら、貴明は、仲裁しようとうまい文句はないものかと頭の中をまさぐった。
173:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(6/13)
08/07/25 20:27:43 819oZGHU0
とりあえず、時間稼ぎで ――
「い、イルファさん、呼んじゃおうかなっ!」
貴明は携帯電話を手に取った。
しかし、ミルファとシルファは動じる気配が無い。
「大丈夫、こっち来る前に決着付けるから。」
「卑怯者れ色ぼけのイルイルなんて、全然怖くないのれす。」
「― そうですか・・・・なら、仕方ありませんね・・・・」
ギョッとする3人。声に振り返ると、何と、イルファが、貴明のベッドの下から、ズルズルと這い出してきた。
シルファのニードロップがヒットしたらしく、尻を押さえていたが。
「ひぃぃっ!お、お姉ちゃんっ!?」
「ぴぃっ!イ、イルイルッ!?」
「ミルファちゃん、シルファちゃん、そこに正座しなさい・・・・」
174:名無しさんだよもん
08/07/25 20:27:58 t495vVA90
支援
175:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(7/13)
08/07/25 20:29:16 819oZGHU0
―――
起床時の騒動のせいで、結局、何も腹に収めずに登校していた貴明。
グルルル・・・と、空腹が鳴る。ぐったりして机に突っ伏す。
ミルファは、イルファのお仕置き(?)、のせいで、まだ頭がくらくらしている模様。うつろな目で天井を仰いでいた。
「河野くん・・・・大丈夫?」
愛佳が貴明の顔を覗き込む。ああ、平気、平気だからと、貴明。
クラスの他の生徒は、河野旦那と河野夫人、夜のスポーツに興じすぎて精根尽き果てたか、と、ヒソヒソ噂する。
「ごめんね、河野くん。郁乃が、酷いこと言って・・・・」
ハッとして貴明は頭を上げた。見ると、愛佳は、深々と頭を下げている。
いや、その、そんな、やめてよ、いいんちょ、と、慌てて身をそらした。
一方、雄二は、ひどくご機嫌な様子で、鼻歌なども出ている。
ここのところ、雄二は必ず姫百合家に立ち寄ってリナの作った弁当を受け取ってから登校するので、貴明と顔を合わす
のは、学校に来てからになっていた。
愛佳との気まずい雰囲気から逃れる意味もあって、貴明は雄二に声を掛ける。
「おい、雄二。随分陽気じゃないか。」
― おおよっ!よくぞ聞いてくれたっ!と、雄二。
「今度の日曜な、いよいよ、リナちゃんとデートだぜっ!!遂に、遂に俺にも遅い春がっ!」 そう言って、Vサイン。
実際の季節は既に冬であったが。
「そうか、よかったじゃないか、雄二。」 友人の喜ぶ様子を見て、貴明もそれなりに満足した。
176:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(8/13)
08/07/25 20:31:15 819oZGHU0
担任が教室に入って来た。
起立、礼、着席― と、条件反射的に動いてから、ようやくイルファの点穴術(?)の解けてきたミルファは、あっいけない、
教科書出さないと・・・・と、鞄をまさぐった。
えーと、ノート、ノートも ― と、手に取って、開いたものは・・・・・
「あれ・・・・何だろ、これ・・・・日記?」
前の晩の、イルファの忠告に従っての貴明との勉強会の後、放置してあった教科書類を、慌てて鞄に収めた際に、騒動で
床に散乱したモノなども、一緒に収めてしまったらしかった。
ピラとめくってみる ――
―― あれ・・・・これって、あたしの字?
こんなの書いた覚えないけど・・・・もしかして・・・・・
・・・・日記帳の、表紙を見る。やはり、見慣れた筆跡で―― 「・・・・あ・・・・っ!」
― すると、ミルファの脳裏を、捉えどころの無い、モヤモヤしたものがよぎって来た。
「―― おい、河野妻!どうした。54ページだ。早く読め。」
とっくに、1限目の授業は始まっている。催促する教師の声。
しかし、何も答えず、ボーっとしているミルファ。視線が宙を泳いで、やがて両手で頭を抱える。
「・・・・ミルファちゃん?」貴明も、ミルファの異変に気付いて、声を掛けた。
そして、思い起こす。あ、これって、この間の、屋上での様子と、一緒じゃ・・・・!?
177:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(9/13)
08/07/25 20:32:53 819oZGHU0
「―― ッ!!」
何かに気付いたか、突如、ガタンと、立ち上がったミルファ。
「先生っ!あたし、気分が悪いんですっ!帰りますっ!!」
席を離れ、ずんずんと出入口に向かう。
ガラッと扉を開けると、脱兎のごとく、教室を抜け出し廊下を走り去って行ってしまった。
貴明も、ガタンと席を立った。
「ミルファちゃんっ!?」
そして、すぐその後を追って教室を抜け出してゆく。
「おいっ!ミルファちゃん!?貴明っ!?」
「ミルファさん!?河野くん!?」
ほぼ同時に、雄二と愛佳が声を掛けたが、貴明は振り向きもせず廊下を走り去って行った。
急に、ざわざわと喧騒に包まれる教室。
国語教師がわめく。
「あーうるさいっ!お前らっ静かにしろっ!― 全く、何なんだあの"夫婦"はっ!?」
178:名無しさんだよもん
08/07/25 20:33:41 t495vVA90
支援
179:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(10/13)
08/07/25 20:34:19 819oZGHU0
すきっ腹の状態で、足の速いミルファを追うのは、容易なことではなかった。
河野家の方に向かったのは間違いなさそうだったので、ヘトヘトになった貴明は、途中から、とぼとぼと徒歩になる。
自宅の玄関を跨ぐと ―― 果たして、ミルファの靴が脱ぎ捨てられている。
リビングに入ると、当惑した表情の、シルファが出迎えた。
「・・・・ご主人様、ミルミルと、何か、あったのれすか ― ? 」
「えっ?・・・・う、うん、なんか、気分が、悪いとか・・・・」
「ミルミル・・・・・ここをれて行くと、言ってるれすよ?」
―― えっ?
ミルファは、貴明の部屋にいた。
見ると、リナが起動された翌日に持ち込んでいた、身廻り品などを、バッグに押し込んでいる。
何やら仕草が乱暴で、せわしない ――
その背中に、話しかける貴明。
「ミ、ミルファちゃん― 何か、気に障る事でも、あったの― ?」
ピクンと、ミルファの背中が動くのが見えた。
「あの・・・・」
背を向けたまま、ミルファが言った。「・・・・うっさいわね。あたしに話しかけないで。」
180:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(11/13)
08/07/25 20:37:28 gVUSSEJS0
「えっ?その、なんで・・・・訳わかんないよ、俺。なんかしたの?」
すっかり混乱してしまった貴明。ひたすらおろおろするばかりである。
荷造りする手を止め、ミルファの背中が、話し出した。
「あたし、おぽんちだから、なかなか納得出来なかったけど、ようやく、すっかり、理解出来たよ ― あたしと、"はるみ"は、
一つだって ―― 」
ぶるぶると、肩が震え出しているのがわかる。
「ダーリンの、正体も、思い出しちゃった ―― ひどい事したよね、"はるみ"に・・・・ううん、あたしに ――っ!」
そして、クルリとミルファが振り向いた。とても、恐い顔で ――
やおら、手元に落ちていた帳面を掴むと、それを、貴明に向かってびゅんっ!と、投げつけた。
あまりの速さに、受け止めることが出来ず、バチンッ!と、貴明の顔にヒットする。
「痛っ!!」
それは、ボトリと貴明の足元に落下した。
頬を押さえながらそれを拾い上げ、表紙を見て、貴明は、絶句してしまう。
表紙には、『河野 はるみ』の、名前が ――
“ ―― こっ、これは・・・・・こ、交換、日記――っ!!?”
・・・・・スーッと、貴明の顔から、血の気が引いていった。
― もしかして、あ、あの顛末を、思い出しちゃったの ―!?
181:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(12/13)
08/07/25 20:39:09 gVUSSEJS0
それは、開けてはならない、パンドラの箱。
どうせなら、思い出させずに、封印して置きたかった、自分の黒歴史 ―― 。
しかも、よりによって、貴明に一番都合の悪い部分だけが、ミルファの記憶に残っていたようだった。
―― 雄二の、代筆 。
これがもし、"はるみ"としての覚醒だとしたら、およそ考えられる、最悪の形、だったりする・・・・。
「最低だよね。女の子にあんな事する奴がいるなんて、信じらんない。しかも、よりによって、それが ― ダーリンって、
呼んでた人だったなんて。」
“あっ、あっ、あ・・・・・” 口をパクパクさせて、何か、弁解を発しようとするが、言葉が出ない・・・・
「あたし、さんちゃんとこ帰るから。もう二度と、こっち来ない ― 来るもんかっ!」
そう吐き捨てて、バッグを持ち、スックと立ち上がる、ミルファ。
部屋の入口の前で立ちすくむ貴明の前を、ドスドスと足音を言わせて、素通りしていく。
あ ― と、貴明は手を差し出して、その背中に向かって話し掛けようとしたが、やはり、言葉が出なかった。
階段の前で、ピタと、立ち止るミルファ。
「ご主人様登録も、解約して貰うから ― もうあんたと、関わり持ちたくないの。バイバイ、ダーリン・・・・ううん、“バカアキ”。」
そう言ってから、トントンと、階段を降りて行った。
後姿を追っていく貴明。
「―― ミルファッ!・・・・・ちゃん・・・・・」 階段を見下ろすが、もう彼女の姿は、見えない。
182:いわゆる普通のメイドロボ 第四話(後)(13/13)
08/07/25 20:42:01 gVUSSEJS0
「あっ・・・・!ミルミルッ!? ― 待つのれす!」
呼びかけるシルファも無視するように無言で通り過ぎ、玄関のドアを乱暴に開け、バタンッ!と、大きな音を立てて閉めていった。
―― その直後、河野家を一瞬、静寂が支配する・・・・・。
胸に手を組んで立ちすくんでいたシルファだったが、やがて、貴明が階段を降りて、リビングに姿を現したのに気付いた。
うつろな表情・・・・・目が、死んでいる。
「・・・・ご、ご主人様・・・・・。」
ふらふらとした足取りで、ソファまで辿り着くと、ドサッと、腰を下ろした貴明。
深々と背もたれに身を預け、放心して天井を仰ぎ見ながら、“あ~~・・・・・”と、声を上げる。
―― ハハハ、どうだ、嬉しいか ― ?
お前、望んでたじゃないか、例え僅かに残ってた記憶でも、思い出してくれるのを・・・・。
思い出してくれたぞ、ご希望通りにな。
― 但し、お前に、都合のいい記憶ではなかったようだけどなぁ。
―― お前、バカだろ。キレイな思い出ばかりだと、思ってたのか ― ?
よく考えてみろよ。お前、はるみちゃんに、何をして来た ― ?
彼女にとっては、辛いことばかりの、連続だったんじゃ、ないのか ― ?
当然の報いだろう、ええっ!?河野貴明よぉ ―― 。
「・・・・そうだよな、そうなんだよな・・・・・ハハ、俺、何勘違いしてたんだろう・・・・・ホント、バカだよなぁ・・・・ハハハ・・・・」
― 貴明の頬を、ボロボロと、涙の粒が、零れ落ちた。
悲しげな表情で、シルファが、スっとソファに腰を降ろし、貴明の傍につく。
「ご主人様・・・・・気を、しっかり持つのれす・・・・・シルファが、ついてるれすよ・・・・・」
そう言って、シルファは、貴明の腕を取り、その身を寄せた ― 。
(つづく)
183:182
08/07/25 20:44:17 gVUSSEJS0
ヘタレはよりヘタレらしく、ビッチはビッチらしく、って事で(ォ
これで、ひとまずバカアキにはご退場願って、雄二とリナのラブラブデート編に突入ですねw
リナの ― “イブ”の仕様も、おいおいと明らかになっていく予定です。
ご支援ありがとうございました。
それでは。
184:名無しさんだよもん
08/07/25 23:42:47 iKKcOjCJ0
シルファ「計画ろおりなのれす」
185:名無しさんだよもん
08/07/26 07:25:41 Gn4kakdY0
傷口に塩を塗られた気分
正直、これはないだろと思った
186:名無しさんだよもん
08/07/26 11:32:29 e5+kb9iH0
なにこれ、最悪
187:名無しさんだよもん
08/07/26 12:08:22 dxKHYvZD0
ゴングが鳴った気がした
また叩き擁護合戦のはじまりか
188:名無しさんだよもん
08/07/26 13:24:50 8cFOqSy90
まあ、肌に合わないと感じてた人はこれで完全に見限ったでしょ。
以降はタイトルをNG指定しとけば良いし。
189:名無しさんだよもん
08/07/26 17:14:39 UUvGBDPy0
まぁ待て
今後うまく纏めるかもしれないじゃないか
終わるまで叩くのは止めようや
190:名無しさんだよもん
08/07/26 17:39:45 8cFOqSy90
>>189
もうそんな段階じゃないよ。
> ヘタレはよりヘタレらしく、ビッチはビッチらしく、って事で(ォ
> これで、ひとまずバカアキにはご退場願って、雄二とリナのラブラブデート編に突入ですねw
> リナの ― “イブ”の仕様も、おいおいと明らかになっていく予定です。
これって要するに「ヘイトSS」で「オリキャラ×脇キャラ(という名の半オリキャラ)」だって事だろ。
こんな事自分から言い出す奴を擁護しても、百害あって一理無しだぞ。
191:名無しさんだよもん
08/07/26 18:53:31 bwBylY9m0
SSの内容を批判するのは自由。SSの内容を擁護するのも自由
自分が嫌だからって鳩2SSの投下をやめろと言う権利は誰にもないし、
投下されたSSを「イヤなら読むな」なんて言う権利も誰にもない
が、作者を叩くのも作者を擁護するのもお門違い。>>189も、>>190もね
192:名無しさんだよもん
08/07/26 19:32:58 cc9pyv5Q0
”ビッチ”とか、酷すぎる。
そんなこと書かれたら腹だって立つわな。
そこで怒ったら叩きとか言われるのって、おかしいだろ。
だいたいそんなこと書く奴、スレに来て欲しくない。
投稿者でなくったってイヤだよ。
SSがどうとか、投稿者だとかは関係ない。
193:名無しさんだよもん
08/07/26 19:56:45 HPs7Tcyo0
もーやめようよー
この人がちょっとズレてるのなんて、投下始めた頃から明らかだっただろー
そういうの引っくるめて「書き手がいればなんでもいい」と言わんばかりに守ってきたんだからさ
手のひら返すの止めようぜ
野良猫に餌やったら放置プレイじゃなくて最後まで面倒見ろよw
194:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 0/12
08/07/26 20:12:08 BJzSkbJx0
>>145からのSSの続きです
★AD準拠★ (のつもり) です。
195:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 1/12
08/07/26 20:14:17 BJzSkbJx0
あの後は、どんな風に帰ったのかよく覚えていない。
たぶん姉は心配していて、たぶん貴明は無理に笑っていて、たぶん私は上の空だったんだろう。
家に戻ってからも私は部屋に篭もって、夕飯以外は誰とも顔を合わせなかった。
そんな週末が終わって、学校。
「どうしたの? 元気ないよ、今日」
「まあね」
クラスメートの気遣いを曖昧に振って帰路に就く。
姉や貴明とは、ちょっと顔を合わせたくない。
と、思っていたら。
「げ。」
前方の廊下に、人影発見。
「貴明、と、お姉ちゃん?」
しかも、二人一緒。
(……普通の用事じゃ、ないわよね、たぶん。)
これだけ前提条件があって、自分の話と無関係に学校の仕事でもするなんて流石に思えない。私は後を尾けた。
「ごめんね、河野くん。時間もらっちゃって」
「いや、大丈夫だけど」
やがて、二人は廊下から書庫に繋がるドアに入っていった。
私はいったん図書館に向かい、図書委員の目を盗んでカウンター側のドアから書庫に入り込む。
こっそり。
書棚の陰から、書庫の様子を覗く私。
二人の立ち位置は、大きな机を挟んであっちとこっち。貴明が所在なさげに書棚の本を弄ってみたりすれば、姉は意味もなく椅子を回したり。
「それで、話って?」
「うん……、その……郁乃のことなんだけど」
姉の声は、かなり上擦った。
「河野くんってさ、郁乃のこと、好きなんだよね?」
196:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 2/12
08/07/26 20:16:33 BJzSkbJx0
初手から核心。私もビビッたけど、貴明も目を丸くした。
「い、いきなりだなぁ」
天井を仰いで困った顔をする貴明だが、姉の言葉を否定はしない。
「ごめんね、急にこんなこと」
申し訳なさそうな姉の声。
「でも、大事なことだから」
「……そうだね。大事なことだね」
言い訳がましい付け足しに、貴明は真面目な返答。
「うん。俺、郁乃ちゃんの事、好きだよ」
ぶわっと頬が赤くなるのを自覚する私。
なんっつー直球な物言いを、しかも当人以外に喋るんだこいつは。
「振られたけど」
だあああそれも言うか。
「え? そうなの?」
驚いた姉の声に、ちょっとだけ嬉しそうな響きを私は聞き逃さない。
「実は昨日、ね」
「そ、そうなんだ。そういえば、あれから様子がおかしかった。うん、やっぱり」
ただ、その響きはすぐに消え、私を心配するいつものお姉ちゃんの台詞。
「ごめん、迷惑かけてるね、俺」
「ううん。でも、ちょっと驚いたかも。振られたって」
「他に好きな人がいるってさ」
「え?」
プライバシーという概念が無いのかこいつは。洗いざらいな貴明の台詞に、しかし姉は首を傾げた。
「それは、ないと思うな」
ぽつんと呟いて、今度は貴明の方が怪訝な表情。
それを見て、姉はちょっと寂しげに笑って、うーん、どうしようかな、と小さく口を動かして。
「郁乃は、たぶん、河野くんの事が好きだよ」
寂しげな笑い顔のままそう言った。
197:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 3/12
08/07/26 20:19:50 BJzSkbJx0
どく、どく、どく。さっきから、私の鼓動は波打っている。
どだい、盗み聞きというのは心臓に悪いもの。話題が恋愛なら尚のこと、自分関連ときては更に尚更。
「そ、そんなことは」
「そうだよ、きっと、だって、他の子とは態度違うもの、郁乃、河野くんには」
「嫌われてるかなとは思ったけど」
「それはないよぉ」
苦笑いする姉に、私は居心地が悪い。自分が姉を分かっているつもりでいて、姉に自分を悟られたような発言をされるとむずむずする。
「だったら嬉しいけど、でも、現実には振られちゃったから」
「うーん……」
腕組み。こんな展開でも、姉は相手の事を考えてるんだろうな。
「私に、気を遣ったのかな」
ぽつりと言った台詞に、また私の心臓が鳴る。
「あたしが、郁乃と河野くんが仲良くするのを快く思ってないと、郁乃がそう思ってるのかも」
「そ、そうなの?」
姉、暫し、無言。だって、それは思っているではなく事実。
「こ、河野くん」
「は、はい?」
やがて改まった姉の口調に、背筋を伸ばす貴明。
「あのね、あたしね、あたし、郁乃と河野くんの事、応援してあげたい気持ちはあるんだよ」
「ど、どうも」
「ホントだよ。ホントにホントにホント。でもね、でも、でも……」
まくしたてて一転、もごもご口篭もるお姉ちゃん。
「でもね、あのね、酷い奴だと思われるかも知れないけど、でもね、あたしね」
拳を胸元に握りしめ、小さい身体を更に前傾させる姉。貴明は、姉の様子に真剣に耳を傾ける。
私は姉を応援する。
頑張れお姉ちゃん。言っちゃえ、自分の気持ちを。貴明に、告白しちゃえ。
「あたし、あたし、河野くんっ」
よし、いけっ。弱気な姉の、一世一代の勇気を聞け貴明!
「郁乃を河野くんにっ、河野くんに郁乃を獲られるのはイヤなのぉ~っ!!」
……なぬ?
198:名無しさんだよもん
08/07/26 20:20:52 z3ihUcND0
支援
199:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 4/12
08/07/26 20:22:02 BJzSkbJx0
ごん。(←私が書棚の角に頭をぶつけた音)
「だ、誰だれっ!? ……って、郁乃ぉ~っ!?」
「い、郁乃ちゃん? 聞いてたの!?」
仲良く振り向いて、書棚の陰からはみ出した私を見る二人。私は諦めて車椅子を前進させた。
「ど、どどど、どこから聞いてたの?」
「“こ、河野くん、今からちょっとだけ、いいかな?”あたりから」
「きょ、教室っ!?」
嘘だけど、それで当たりなのか台詞。
「冗談よ。それより、そんなことはどうでもいいの。お姉ちゃんっ!」
「は、はいーっ!?」
気おつけの姿勢。
「いったい全体なに考えてんのよ。獲るとか獲られるとか、しかも、あたしが」
「だ、だってぇ……」
「ったくもう、てっきりあたしはお姉ちゃんが貴明に告白するもんだと」
「えっ? それはないよぉ」
顔の前でパタパタ手を振る姉。
「だってお姉ちゃん、貴明とは喋りやすそうだし」
「それは、河野くんは、男の子っぽくないから助かるけどぉ」
そういう評価か。
私は、貴明に男を感じる事が結構あったけど……いや、それはいい。
「するってぇとあれね。あたしと貴明が関わると嫌そうだったのも、そういうことなのね」
「だってだって、あんな郁乃、見たことなかったもん、河野くんといると嬉しそうだったんだもん、あたし、寂しかったんだもん」
語尾が幼児化してるよ、お姉ちゃん。
「郁乃にオトコができたら、あたしなんか見向いてくれないんじゃないかって思ったんだもん」
それでオトコ言うな。生々しいから。
「……あたし、郁乃にはずっと相手にされてなくて、嫌われてるのかなって悩んでて」
しかし、次の姉の台詞は、私には意外だった。
200:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 5/12
08/07/26 20:25:09 BJzSkbJx0
「姉妹らしいことも何もしてあげられなくて、姉失格だなって、ずっと思ってた」
とつとつと振り返るように語る姉。
「でも、病気がいい方向に向かってきて、郁乃が動けるようになって、最近ちょっとずつ構ってくれるようになったから」
「学校でも、家でも、病院じゃない所で、病気じゃない事で、一緒に過ごせるようになったから」
「ようやく、あたしもお姉ちゃんになれたかなって、そう思ってたから」
私は、姉と自分の関係に疑問を持ったことはない。
確かに、私は素直な妹じゃないけれど、私が姉を苛めるのはいつもの事で。
病状が悪いときは八つ当たりもするし、良い時はサービスしたりするけど、入院してたって退院してたって、大差なく姉に甘えてきた。
でも、姉にしたら、そうじゃなかったんだ。
一緒に学校に通って、家の食卓で家族の会話をして。
私と日常生活を送る事が、姉が「お姉ちゃん」になる条件だったんだ……
「だから郁乃、もう少しだけあたしの側にいて~っ!」
だーからって、その理屈はおかしいでしょっ!
「あのねえ、例え私が異性と付き合ったとして、それでお姉ちゃんと疎遠になるわけないでしょうが」
「でもぉ、河野くんと話してると郁乃はあたしそっちのけだしぃ……」
「そんなことない。ちゃんと相手してた」
単なる姉の被害妄想、よね? これは。
「郁乃と河野くんが付き合いだしたら、お姉ちゃんなんていらない人間に……」
「あああああ鬱陶しいっっ!!!」
蛆虫と化した姉に、私の感情が爆発した。姉はひっと小さく悲鳴して下を向く。
「あたしは、確かに貴明が好きだけどっ!」
あ、あれ? 今なんだか致命的な事を口走った気がする、けど、まあ置いておこう。
「だからって、お姉ちゃんはずっとあたしのお姉ちゃんよっ!」
「ず、ずっと?」
「ええ。ずーっとっ! これからもっ! これまでもっ!」
姉が顔を上げる。
「……あたしは、お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃないなんて思ったこと、ないんだから」
つい目があって、私は視線を下げながらそう付け加えた。
201:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 6/12
08/07/26 20:27:43 BJzSkbJx0
じわーっ。
姉の大きな目の輪郭が、透明な液体でぼやける。
「い、郁乃」
感極まった面持ちに、私は次の姉の行動を正確に予測した。
「郁乃ぉ~っ! 大好きぃいいいいい~っ!」
なので、がばばっと姉が飛びついてきても平気。ちゃんと車椅子もブレーキを……ぐ、ぐるじい。
「く、首をじべる゛な゛、しぐ、しぐ」
「お姉ちゃんは、ずっと郁乃のお姉ちゃんだよおおおおおおおっっ!」
チョーク! チョークっ! ほ、星が見える……建物の中なのに……。
でも、まあ、なんだろう。そうね。気持ちは良かった。
「あ、あの、あのさ」
そこに、恐る恐るで割って入った声。
姉に羽交い締めにされたまま顔を起こすと、例の曖昧な笑顔が、少し緊張気味かな。
「えーっと、姉妹仲良しで、おめでとう」
枕詞にしても、変なお祝い。
「そ、それで、あの、郁乃ちゃん」
用件の予想はついたけど、私は黙っている。
「俺の気持ちは、あの時と変わりないんだけど」
というか、何を喋れと。
「その、そういう事情で、こういう事情になったんなら」
かくかくしかじかって、便利な言葉よね。
「あの、もしかして、さ、答えが変わったり、しないかな?」
私は、一応これまでの自分の感情を整理する。
……ついでに、さっき置いておいた致命的な台詞と、背中にくっつく体温も。
「……瘤付きで、いいのなら」
世に姉妹は数多けれど、姉に抱きつかれながら男の告白を受諾した妹って、いったい何人いるのかしらね。
202:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 7/12
08/07/26 20:30:10 BJzSkbJx0
良く晴れた日曜日。
「ごめんね、また遊園地なんて」
「いいわよ別に。イヤだと思えば来てないし」
私の隣を歩く、貴明との会話。
「また奢りなんて、こっちが悪いわねむしろ」
「いや、また知り合いがチケットくれて」
外部条件により行先が左右されるのは、高校生カップルであれば自然なことだろう。
「丁度あの後改装工事に入ったみたいだし。ジェットコースターがパワーアップしたとか書いてたわ」
「う、あれ、また乗るの?」
なんでもない会話で、似たような単語を繰り返しながら進む道も悪くない。
今日は、私と貴明の初デートなのだから。
なんだけどさ。
「あの、ところで、郁乃ちゃん?」
少し背を屈めて、貴明が声をひそめる。
「なによ」
「どうしよう? あれ?」
彼が小さく指さす、後方の電柱の陰に人影。
「頭隠してっていうのかな、あれも」
電柱の左から頭。右からお尻がはみ出てる。
「無視していいわ。今日は絶対についてくるなって言っといたんだから」
「うん。でも……」
ぴょこぴょこと電柱の両側から様子を窺う、あ、塀に頭ぶつけた。
「うぅぅ」
小さく呻いて道ばたにしゃがみこむ……姉。
「お姉~ちゃんっ!」
「ひ、ひぃっ!?」
203:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 8/12
08/07/26 20:32:29 BJzSkbJx0
「出掛けに、あたしは何って言ったっけ?」
「“絶対ついてこないでね”って」
「その後っ!」
10秒後。
呼びつけた姉を車椅子の前に直立不動させて問いつめる私。
「うぅ、“付いてきたら、クチきかないぞの刑3日間……」
「10日間っ!」
「ふえええんごめんなさいいい」
この10日間というのは、クチきいてあげないぞの刑の中では最長期間で、というのはこれ以上だと本格的に泣かれて鬱陶しいからだが、今日は貴明と二人でいたかった気持ちの表れでもあった。
「郁乃ちゃん、その位にしてあげたら」
「貴明は黙ってて」
これは、私と姉の問題。きっちりしておかなければ。
「分かった? お姉ちゃん?」
「ごめんなさーい」
「ごめんはいいの。約束通り、明日から喋らないからね、一切」
「10日間~?」
「10日間っ。わかった?」
「ぐすん。わかっ、た、ぁ、くすん」
ボロボロでしゅんとなりながら頷く姉。うむ、これで良し。
「よろしい。じゃ、行くわよ」
「え?」
顔を上げる姉。
「だって、口きかないって……」
「明日からって行ったでしょ。今日は仕方ないから、もう。付いてきなさい」
「あぁぁ……」
「郁乃~っ! 愛してるぅ~っ!」
例によって、姉は飛びついてきた。私が貴明に小さく手を合わせて謝ると、彼も苦笑してくれた。
204:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」 9/12
08/07/26 20:34:55 BJzSkbJx0
それにしても。
「ねえねえ、どこから回ろうかっ!」
姉、元気になりすぎ。
明日から絶交のぶん貯金しておこうとでもいうつもりか、私と貴明の初デートだなんて遠慮は微塵もない。
……そういうキャラだったっけ? この人?
「郁乃郁乃っ、アイス食べよ、アイスっ!」
車椅子を奪い取るような勢いで、強引に出店の方に持っていく姉。
貴明は、姉の元気に押されたのか一歩出遅れて、それから慌ててついてきた。
「買ってくるから、待っててねっ!」
「貴明の分も買ってきてよ」
「う、うん」
釘を刺さなかったら自分と私の分だけ買ってきそうだったわね、今の。
「ごめん。こんなんになっちゃって」
改めて貴明を拝む私。だが、彼は首を振る。
「あはは、これも楽しいから」
「そうかしらね」
「だって郁乃ちゃん、楽しいでしょ?」
あ、そういうことか。
私が楽しければ、自分も、か。
「お待たせっ郁乃っ! はい、河野くん」
「あ、ありがと」
姉がまた賑やかに戻ってきて、片手のアイスを貴明に、って、あれ?
「お姉ちゃん、あたしのは?」
「もちろん、ほら、トリプル」
もう片方の三段重ねを示す。でも、ひとつ?
「お姉ちゃんは?」
「えへへ、一緒に食べよっ、ねっ?」
205:名無しさんだよもん
08/07/26 20:41:04 HxYk4t5WO
さるさん中断
206:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」10/12
08/07/26 21:09:57 BJzSkbJx0
「あ、アホかっ!」
どこの世界に、恋人とデートに来て姉と一個のアイスを分け合う馬鹿がいるんだっ。
「だってぇ、シングル2個より安かったんだもん」
「だったらダブル2個買ってこいっ!」
「お姉ちゃんの財政事情も厳しいのお~っ!」
私は貴明の奢りだけど、姉は自費で入場してきてるから、って勝手についてきただけだけど。
ねっ、ねっ、と差し出されるストロベリーを、ついひとくち。
「うふふっ」
やたら嬉しそうに笑って、今度は姉がひとくち。
……ここにいました。馬鹿姉妹。
「ははは……はぁ」
さすがの貴明も、ちょっと呆れ顔。ひたすら申し訳ない私は、ちらちら彼の様子を窺いつつも、
「ほら、ほら、メロンも美味しいよ、やっぱり」
ついつい姉のペースで、あっという間にコーンまで。
「ごちそうさま」
食べ終えて、こっそり溜息など付いた貴明。いや、これはいかん……あ。
「貴明、アイス付いてる」
「えっ? どこ?」
「こっち向いて」
ひょいと手を伸ばして、私は彼の顔をこっちに向けて唇を寄せて。
ぺろっ。
「!!!???」
「い、いいいいい郁乃が河野くんにちゅーをっ!?」
ほ、ほっぺよほっぺ! しかも、ちょろっと舐めただけっ!
「あ、あ、あり、が、と」
「そ、そんなに真っ赤になんないでよ。大したことじゃないから」
「うあぁあ、郁乃っ! 大変大変! お、お姉ちゃんのほっぺにもアイスがっ!」
「涎は拭けっ!」
207:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」11/12
08/07/26 21:12:05 BJzSkbJx0
こほん。
あらためまして、どこから回ろう。
「お化け屋敷なんか、いいんじゃないかな?」
「動物コーナーの動物さんが増えたみたいだよ?」
珍しく両名から意見なんぞ出たくらいにして、しかし何だかなこの選択肢。
「お、お化け屋敷はやめようよぉ」
「山羊に涎かけられるのは、勘弁してほしいなあ」
正反対、というか、互いが嫌がりそうな場所を選んだでしょ、あんた達。
「小牧は少し怖がりを治した方がいいよ?」
「河野くんこそ、だったら一人で行ってきてくださいっ」
カチンカチンと火花。
直接コミュニケーションを取ってくれるのは、ある意味ラクだけど。
「「どうする? 郁乃(ちゃん)?」」
当然のように貴明も姉も、決定権は私に委ねてくる。
はぁ。
「お化け屋敷だよね?」
「動物コーナーだよね?」
やけに必死な自己主張×2。
「うーん……」
が、私は若干の考慮の後。
「あれがいい」
そのどちらとも、違う一点を指さした。
“新装開店。ダブルマウンテン・ジェットコースター”
「「う゛え゛っ?」」
くくく。
二人の頬に仲良く大粒の汗が浮かんだもんで、私は意地悪く笑ってやった。
208:めーぷる☆しろっぷ 最終話「Triangle Heart」12/12
08/07/26 21:14:16 BJzSkbJx0
天気は快晴。盛況の遊園地の中を、車椅子は進む。
「あっ、ちょっと待ってよ、郁乃ちゃん」
「お、おいていかないでぇ」
慌てて、しかしやや腰が引けながら、ジェットコースター乗り場についてくる二人。
「さっさと来なさいよ。それと、どっちが私と乗るのかしら?」
爆弾一発。
「も、もちろん俺だよね、大丈夫、怖くないから」
「あ、で、でもでも改装したばっかりだし、万一を考えて保護者のあたしが」
さっそく背中で牽制合戦。
(ホントに、しょうもないわね、貴明も、姉も。)
私は、恥ずかしい二人から少し離れる。
真っ青な空を見上げて。
「「さーいしょーはグー」」
後方で始まったジャンケンの声を聞きながら。
(さて、次はどうしたもんかしら……)
私は楽しく悩んだ。
困った彼と、困った姉を、どんなワガママで困らせてやろうかと。
209:名無しさんだよもん
08/07/26 21:16:23 BJzSkbJx0
以上です。支援ありがとうございました。4/12「気おつけ」はないですねお恥ずかしい。
漏れは前々スレの240で、コンセプトは「郁乃を幸せにすること」でしたが、
実はあの時点で頭にあったのはハーレム物の方でして、本SSに関しては、
242 名前:名無しさんだよもん 投稿日:2008/03/03(月) 20:25:23 ID:qzQJejTvO
>>240
単体でおながいします
独占欲の強い愛佳の妹なのだから、郁乃も独占欲が強そう
なので、郁乃に貴明を独占させてあげてくだしい
243 名前:名無しさんだよもん 投稿日:2008/03/03(月) 20:26:21 ID:QxOVMoiI0
いくのんが姉と貴明の二股をですね
この↑2レスが妄想のネタ元になりました。ご両名に感謝です。
また、漏れは去年長々と連載していた「桜の群像」の作者でもありますが、
郁乃storyを読んで、群像では郁乃を強い娘に描き過ぎたように思えたので、
なるべく彼女の弱さ(+間抜けさw)を意識して書いてみたつもりですがどうだったやら。
短い割に時間かかりました。毎度同じ台詞ながら、読んで頂いた方々に厚く御礼申し上げます。
上述のハーレム物は形になるかどうか分かりませんが、
ネタがあれば短長問わず随時投下してますし、今後もしていきますのでよしなに。
以下、遅レス
>159
メロンパンには基本メロン入ってないので、
まあ味やら香りやらは千差万別にしろ余計な単語だったかもですね
>164
その通りです。なのはさん観てませんがとらハ好きです。SS書き的な部分としては、
小鳥ルートで唯子がいづみLOVEになるのが、失恋キャラ救済の解法として印象深いです
210:名無しさんだよもん
08/07/26 21:21:14 e5+kb9iH0
>>209乙
211:名無しさんだよもん
08/07/26 21:27:15 J0lnMy9j0
>>209
超乙
三角関係ものは決着が付いて欲しい人もそうでない人もいるけど
やっぱりハーレムエンドというか全てをあきらめないエンドはいいですね
212:名無しさんだよもん
08/07/27 12:00:28 a2u7Y/lO0
>183
乙。筆は止まるととことん止まるので、書ける時にはどんどん書いてくれ
内容を見ればミルファが嫌いでビッチ呼ばわりしたわけじゃないだろから後書きは気にしなさんな
ただ前回もそうだが、キャラを悪者にすればひんしゅくを買いがちなのは当然ではある
その点、ストーリー上の要請として納得できるだけのものがあるかどうか、引き続き今後の展開に期待だぜ
>209
連載完結超乙。長編は、やはり完結させてこそ意味があるので素直にエライ
いちおう三角関係だけど、こっちは悪者を作らなかったね。安全策というか。もちろん悪くないので次回作にも期待
213:名無しさんだよもん
08/07/27 16:43:18 Du9rfC3t0
>>209
乙。癒された
>>183
本編の内容はひとまず置いといて。
冗談か本気か知らんが、冷静に考えりゃ、
人を不快にさせると分かりきった後書きなんて書くな
そんな文章見て『ぼくのかんがえたおりきゃら』に期待して貰えると本気で思ってんのか
214:名無しさんだよもん
08/07/27 22:30:23 Af0ybHuv0
そろそろ夏。
豊作が期待できそうですね。
215:名無しさんだよもん
08/07/28 00:20:21 5OWCroh+0
どうもADが出てからいいんちょが不憫だな・・・
216:名無しさんだよもん
08/07/28 06:10:20 2bLwQ77T0
菜々子のSS読んでみたいな
217:名無しさんだよもん
08/07/28 06:56:13 MtUvx3rQ0
>215
確かに、いくのんの引き立て役に回っちゃってる感があるかもな
ここはひとつ、逆襲のいいんちょメインSSを……誰か書いて
>216
前スレに『菜々子Strike!』ってのがあったので続きに期待してる漏れガイル
あ、書庫さん更新されてて乙です
『めーぷる☆しろっぷ』最終話が途中で切れてまっせ
218:書庫
08/07/29 00:05:00 cmfv6BOZ0
>217
指摘どうもです。さっそく修正。。
こともあろうに最終回をぶったぎってしまって、作者さんには申し訳ないです。
219:183
08/07/29 05:20:00 Qlpmd5HX0
まぁいろいろありましたが、ご不愉快に思われる向きは、NG指定推奨です。
とりあえず、落とします。
220:いわゆる普通のメイドロボ 第五話(前)(1/19)
08/07/29 05:21:33 Qlpmd5HX0
「うわ~、なんかキラキラ光って、キレイな部屋だね~☆」
「ミルファちゃん、これはカラオケと言って、好きな曲選んで歌えるんだよ。」
「あ、なんか、ダーリンにピッタリの歌があるよ、これにしよっかな☆」
“♪ あの娘をペットに したくって ニッサンするのは パッカード 骨の髄まで シボレーで あとで肘鉄 クラウンさ~♪”
「うわ、ミルファちゃん、すげぇ音痴・・・・・」 ― 禿しくJ@SR△Cとかに抵触してそうだし。
「ダーリン、なんか言った?」
「いえ、何でもありません。」
「来栖川に合併された会社とかブランドばっかりだね」
「そうだね」
「いっつも、日参、してくれたよね。」
「そうだね。でもミルファちゃんは、ペットじゃないし」
「いいんだよ~、ダーリンの奴隷でペットで☆」
「カード破産寸前だったけどね」
「ダーリン、花屋に並んでるお花、全部持ってきてくれたよね」
「うん。それでも肘鉄、喰らっちゃったけどね。」
「ごめんねダーリン。だって、いきなりだから、ビックリしちゃったんだもん」
221:いわゆる普通のメイドロボ 第五話(前)(2/19)
08/07/29 05:23:29 Qlpmd5HX0
「でも、またダーリンって呼んでくれて、凄くうれしかったよ。」
「だって、たった一人の、大切な人だったんだもん」
「それなのに、また肘鉄喰らっちゃったんだけど」
「しょーがないよね。ホントは弄びたいだけの本性、わかっちゃったんだもん。ひどいよダーリン」
「ボクは真剣なつもりだったんだけど」
「真剣な人が、交換日記を、別な人に代筆させたりなんかしないよね。」
「それは過ぎた話で・・・・・うんそうだね。すいません。全部私が悪いんです。」
「バイバイ貴明。もうこれっきりだね。」
・・・・・また花屋ごと買い占めたら、戻って来てくれるかな。・・・・ああ、一面のお花畑が見える・・・・
― ウ~ン、ウ~ン、ごめんなさい、ミルファちゃん、全部私が悪いんです。ウ~ン、ウ~ン ―
「タカ坊っ!駄目っ!しっかりしなさいっ!!」
「タカくん、しっかりっ!うわぁ~ん!タカくんが死んじゃうよぉ~っ!!」
「ご主人様!お花畑に行ったららめなのれすっ!もろって来るのれすっ!!」
222:いわゆる普通のメイドロボ 第五話(前)(3/19)
08/07/29 05:24:53 Qlpmd5HX0
― 夜の帳に包まれる、瀟洒なマンション。その中、姫百合家のテーブルを、珊瑚、瑠璃、イルファの3人が囲んでいた。
「・・・・あのな、うち、思うんやけど・・・・」
手にしていたスープのスプーンを空になった皿に置いて、珊瑚がやおら、語りだす。
「記憶失う前と後、やっぱ、みっちゃんの性格ちゅうか気質、微妙に違うと思う。キレやすいし一段とわがままなっとる。前は
もっと思いやりのある子やったのに」
「う~ん、基本的には、とっても優しい子なんですけど・・・・でも、衝動的で、粗忽なところが、パワーアップしてるような」 と、
イルファ。
「甘やかし過ぎたんちゃうか?」と、瑠璃。
「事故の後、みんな、腫れモンに触るように接してたやろ。欲しがるモンは大概くれてやったりな。あまつさえは、貴明の
接し方や。」
― というと?目顔で瑠璃に尋ねるイルファと珊瑚。
「攻守逆転やからな。終始、イニシアティブ握ってるのは、ミルファの方。あの子が再起動してから、今に至るまで、貴明、
ミルファに至れり尽くせりやないか。・・・・夜のお努めも含めてな」 ― “夜の”のくだりでは、瑠璃は赤面していた。
「人間やって、過保護にされると、我侭でキレやすうなるやないか。そう、過保護や。今にしてみれば、貴明との仲も、ホンマの
恋人同士には思えんわ。寂しい時に甘えられる、愛玩用のオモチャやったんかもな、貴明は・・・・。ご主人様登録とか、言葉で
遊んどったけど、実はミルファの方がご主人様やったんや。恋人同士って、そんなもんやないやろ?お互いの信頼関係があって
なんぼで ― え~オホン、ウチも偉そうな事言える経験ないけどな」 そう言って、一段と赤面する瑠璃。
「おかわいそうな貴明様・・・・」 と、イルファ。
ミルファの話に仰天して、河野家を訪れてみれば、憔悴し切ってうつろな表情の、貴明の姿。シルファもいろんな慰めを試みて
いるようだが、効果なし。このみや環始め、数人の女友達が心配して河野家を訪ねているが、目下、絶賛人事不省状態。
223:いわゆる普通のメイドロボ 第五話(前)(4/19)
08/07/29 05:26:56 Qlpmd5HX0
貴明も心配だが、ミルファの今後も気になるところ。
「あの子にしてみれば、記憶にポッカリ穴が空いて、不安で、寂しい状態がずっと続いてたから、その穴埋めに関係が持続
出来ていた、って事でしょうか。でも、思ってたような偶像ではなかった事がわかって、あんな風に捨ててしまって・・・・また、
あの子、不安定にならないか、心配です。」
「既に不安定やないの」と、珊瑚。「難しいもんやなぁ。うちら、この歳で、思春期の娘、持つ羽目になってしもうたんやな。」
カタンと、椅子から立ちあがるイルファ。「ありがとうございます、瑠璃様、珊瑚様。次に何をするべきか、少し分った気が
します。」
「あ、待ってや、いっちゃん」 と、珊瑚。
「ウチらから見たら、いっちゃんもみっちゃんに負けず劣らず過激や。あんまり思い切ったことせんといてな。」
「はい?」
「一面から見たら、ええ兆候も見えとるし。人間だんだん成長すると、物事客観視出来るようなる。みっちゃんも、“はるみ”を
自分自身と、認めざるを得のうなったって事やろ?客観的に見れば当然そうなるわ。おぽんちなりに、あの子も、少しは成長
しとる、って認めてやってもええんやないの?だから、なるたけ、穏便に、穏便にな。」
「はい、大丈夫です。きっとみんな丸く収まりますから。」
"ガチャリ"と、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま戻りました。」と、入って来たのは、先ほどまで居た雄二が帰るのを見送っていた、リナである。
奥の部屋では、ミルファが、クッションを抱えて、TVのドキュメンタリー番組をぼんやりと眺めていた。
やがて、おもむろに俯いて、思いに耽る。
― ひどい、ひどいよ貴明。あんな事する奴だなんて、人畜無害で、全然想像出来なかったよぉ・・・・―
♪“― 人ならざるものを生み出す使命を負った彼らに背負わされた重い十字架と苦悩。命とは?心とは?
― そして、最も実用に近い形で生み出された世界最初の感情を持ったアンドロイド、HMX-12・・・・
次回の『プロジェクトA’s』は、N開発主任率いるK電工の、ロボット開発チームの苦闘の物語をお届けします。― ”♪
224:いわゆる普通のメイドロボ 第五話(前)(5/19)
08/07/29 05:29:17 Qlpmd5HX0
日曜日の朝。
姫百合家の玄関前の廊下に立つのは、珊瑚・瑠璃姉妹と、雄二、リナ。
「それじゃ、リナちゃん借りるぜ、珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん。」
雄二が、おずおずと、リナの背中に手を掛ける。
「何言うとんのや、雄二がこの子のご主人様やないか」 と、瑠璃。
「はい、宜しくお願いします、ご主人様。」 リナは雄二に振り向き、ぺこりとお辞儀をした。
待ちに待ったメイドロボとの初デート。しかし、雄二の表情はどこか浮かない。
さすがの雄二と言えども、貴明の憔悴した姿を思い浮かべると、気が塞いだ。そのうえ、先日、ここを訪れた時の、ミルファの
恨みがましい視線。交換日記の件では、貴明に負けず劣らず悪者と断罪されている。リナに今日の段取りだけ話して、怖気を
震ってそそくさと逃げ出してしまったものだった。 ―"はるみちゃんの時は、感謝されたのになぁ・・・・"― とは、心中の声。
このドアの向こうには、彼女がいる。
「まぁ、みっちゃん達の事は、うちらでなんとかするよ~。そないな不景気な顔しとると、りっちゃんにも不機嫌がうつるで~。」
そう珊瑚に指摘されると、つとめて陽気を振舞おうとした雄二。改めてリナの姿を眺めると、今日はメイドロボの制服ではなく、
パーカにデニムのミニスカートといういでたち。どことなく、ミルファの私服姿を思わせなくもない ―
― いやいや、長瀬由真、そのものじゃないか。イヤーバイザーがなかったら、由真とのデートだと錯覚してしまいそうだ。
これはひょっとしたら、噂になるかも・・・・・などと想像すると、ついククク、とこぼれる笑いを噛み締める。
「おう、ご機嫌顔になったやん。ほな、ゆっくり楽しんでや~。」と、瑠璃。
雄二とリナは振り向きながら姉妹に小さく手を振り、姫百合家を後にした。