08/02/27 00:46:25 6LO/iK0i0
>>98氏にあやかって
俺もなげっぱだったのを仕上げてみたので投下してみる
15レス程度あるんで、途中で止まったら去るさんだと思ってちょ
101:はじめてのおつかい 1/15
08/02/27 00:47:22 6LO/iK0i0
寒さも厳しくなり、今年も残り少なくなった12月3日の事だった。
「たかあき~お茶が入ったよ。」
そう言いながらキッチンから顔を覗かせたのは河野家の居候その1のミルファだった。
手に持ったお盆には暖められたカップとティーポットとお茶請けが乗っている。
ミルファが鼻歌交じりで貴明の待つテーブルの前へと歩いている途中、ソファの横を
通ったときにミルファとは別の、形の良い足が一本ミルファの足元へひょいと突き出された。
「わっ!」
突き出された足に驚いたミルファがたたらを踏む。その隙を突いてミルファの手から
お盆をするりと奪い取ったのは、河野家の居候その2のシルファだった。
「…ろうぞ…なのれす。」
お盆を奪われてむっとしたミルファのことなどそ知らぬフリで、シルファはティーカップを
貴明の前に置いてティーポットから熱いお茶を注いだ。
そして…その一部始終を見ていた貴明は頭を抱えた。
はじめてのおつかい
「どうして二人ともそんなに仲が悪いんだよ…」
「あたしは悪くないよ。貴明のお世話しようとするとシルファが邪魔するんだもん。」
「…ご主人様のお世話はシルファのお仕事なのれす。
お姉ちゃんは邪魔しないれくらさい、なのれす。」
睨むミルファと、視線をそらしたまま膨れるシルファ、そして頭を抱える貴明だった。
そもそも二人がなぜ河野家に居ついてしまったのかというと、話は少し前に戻る。
夏も終わり、そろそろ秋という頃に貴明は珊瑚の頼みでHMX-17姉妹の末っ子の
シルファを預かって、メイド修行の面倒を見ることになった。
そして、それに時期をあわせるようにして現れたのが謎の転校生「河野はるみ」こと
ミルファだった。
ミルファもまた、紆余曲折を経て自分の正体を明かし、貴明の元に身を寄せることに
なったのだが…
102:はじめてのおつかい 2/15
08/02/27 00:49:03 6LO/iK0i0
元々貴明の元でメイドとして暮らしていたシルファと、そこに割り込んで貴明専属の
メイドを標榜するミルファとの間で利害の衝突が発生することとなり、日を追うごとに
「貴明のお世話権」を巡る争いは激化する一方だった。
別に仲が悪いわけではない。むしろ姉妹仲はいいのだが、こと貴明のこととなると
互いに譲らないので結果的に大喧嘩になってしまうのだった。
「はぁ…うわさ以上のえげつなさやな。」
「みっちゃんもしっちゃんも、喧嘩したらあかんよ~」
うわさを聞いて様子を見にやってきた姫百合姉妹は、噂の斜め上を行く有様を見てそれ
ぞれに苦言を呈して見せたが、相変わらずメイドロボ姉妹に反省の色は見られなかった。
「別に喧嘩してないよ。ただシルファがたかあきのお世話をさせてくれないから」
「…河野家の家事一切はシルファのお仕事なのれす。お姉ちゃんは学校に行ってる間らけ
ご主人様のお世話すればいいのれす。」
「えー、あたしだってたかあきにお料理作って食べさせたりしてあげたいもん。」
「もう、いい加減にしてくれ…」
うんざりした口調で貴明は言い争いを始めた姉妹を止めた。
「さんちゃん…どっちか家につれて帰ったほうがええんちゃう?」
「でもなぁ…二人とも、貴明のことすきすきすき~やし。」
「そうです。あたしはここがいいんです。」
「ここはシルファの仕事場なのれす。
…お姉ちゃんはご主人様と学校に通ってるらけなんれすから、珊瑚様のマンションに
住めばいいのれす。」
「い・や。あたしが家のこともやればいいんだから、シルファこそ珊瑚様の所に行けば
いいのに。珊瑚様にいつも甘えられるほうがいいでしょ。」
「あーもう!いい加減にしろ!」
耐え切れなくなった貴明が声を上げた。
普段極力我慢して怒鳴らない貴明が大声を上げたことにミルファとシルファ、それに
珊瑚と瑠璃もびっくりして言葉を失い、目を丸くしていた。
貴明は電話台にあったメモ帳を手に取ると一筆筆を走らせて1枚破り取った。
「今日は罰として二人でお使いに行ってくること。俺が頼んである品物を取ってきて。
内容はこのメモに書いてある。品物はシルファが受け取ること。ミルファはシルファの
付き添い。」
103:はじめてのおつかい 3/15
08/02/27 00:51:03 6LO/iK0i0
畳み掛けるように言ってメモをシルファに差し出したが、シルファはメモを受け取ろうとはしなかった。
「でも…シルファは外には…」
シルファは河野家での生活でメイドロボとしてはかなりのスキルを発揮するように
なっていたのだが、未だに人見知りが激しく、外出することはままならなかった。
そんな妹のことを慮って、外出の必要な用事はミルファが済ませるように自然と役割
分担がなされていたのだが…
「外に行く用事ならあたしが、」
「今回はシルファに行ってもらう。ミルファはあくまで付き添いだからな。」
少しの間、ミルファと貴明はにらみ合っていたが、貴明が本気だと悟ったミルファは
諦めて視線をそらした。
「…わかったよ。シルファ、メモを受け取って。」
ミルファに言われてシルファはしぶしぶメモを受け取った。
シルファを適当に隠れさせておいて自分がひとっ走り行って用事を済ませればいいか、
とミルファは考えていた。
だがそんなことはお見通しだったようで、貴明はしっかりと釘を刺すことを忘れなかった。
「…言っておくけど、後で店に電話して二人で来たか聞いておくから、ズルしてもわかるぞ。
ずるした場合は家に入れないからな。」
「む~!たかあきのいじわる~!」
そう言ってミルファはばたばたと暴れだしたが、貴明は青い顔をしているシルファ共々
首根っこをつかんで引きずり出し、玄関からそのまま表に放り出した。
続けて二人の靴も放り出し、ドアを閉めて施錠してしまった。
『ああっ!ひどい!たかあき開けてよ。』
どんどんとドアを叩く音と共にミルファが大声で文句を言ってきたが、貴明は耳を貸さなかった。
「おつかいを済ませて戻ってきたら家に入れてやる。それまではダメ。」
『たかあきのオニ!悪魔!人でなし!』
「人でなしで結構。」
貴明はミルファの抗議を無視してリビングに戻った。
「…シルファ、おつかいに行こう。そうしないと本当に家に入れてもらえないみたい。」
しばらくドア越しに叫んでは見たものの、無駄だと悟ったミルファは青い顔で座り込んだ
ままのシルファに手を差し出した。
104:はじめてのおつかい 4/15
08/02/27 00:53:03 6LO/iK0i0
シルファはしばらく泣き顔でうつむいていた…涙が出るなら実際泣いていただろう…が、
一つ頷くと立ち上がって、転がっていた靴を履いた。
「さっさと行って帰ってきてたかあきに謝ろう。」
「うん…お姉ちゃん。」
ミルファは少しでもシルファの不安感を紛らわそうと手を繋いで、そして門を出て歩き出した。
「…貴明も結構オニやなぁ。」
貴明とリビングの窓から二人が歩いていくのを見ていた瑠璃が先ほどのやり取りを思い出して、ぼそりとつぶやいた。
「瑠璃ちゃんまでひどいなぁ…二人で話し合って欲しかっただけだよ。
…それと、時間かせぎにもなったでしょ。」
そう言って貴明は瑠璃に肩をすくめて見せた。そして珊瑚のほうに振り向いた。
「珊瑚ちゃん。今のうちにイルファさんに連絡を。」
「おっけーや。」
そう言うと珊瑚は河野家の電話で姫百合家に待機しているはずのイルファへ連絡を取り始めた。
貴明はそれを見届けると、まだミルファたちを見送っていた瑠璃のほうに振り返って話しかけた。
「瑠璃ちゃん。」
「なんや?」
「そんなに気になるなら、俺たちはあの二人に付いていってみようか。」
貴明は家から遠ざかっていくミルファたちを指差して言った。
◇
最初のほうこそ手を繋ぐ程度だったが、しばらく歩くうちにシルファはミルファの腕に
しがみつくようにして歩く様になっていた。
視線は泳ぎっぱなしで、歩く姿もどこか腰が引けている。
ミルファはそんなシルファを気遣いながらゆっくりと歩いていた。
「まだ他人は怖い?」
「…うん。」
シルファの中では、表の世界はまだ好奇心よりも恐怖心が勝っているのだ。
ミルファはぎゅっと左腕にしがみつくシルファの手に右手でそっと触れた。
「確かに外には悪い人や怖い人もいるけど、でもいい人もいっぱいいるよ。」
そう言って、ミルファは笑顔を見せた。
105:はじめてのおつかい 5/15
08/02/27 00:55:04 6LO/iK0i0
「あたしはたかあきと学校に通ってるけど毎日とっても楽しいんだ。
学校でいっぱい人間の友達が出来て、友達が増える度にあたしの世界も広がって行くの。」
楽しげ答えるミルファの顔を、シルファはまぶしそうな表情で見ていたが、
「…お姉ちゃんが羨ましいれす。シルファには、研究所とご主人様のお家らけ。」
そう言って、シルファは視線を落とした。
その言葉を聞いて、ミルファはふと気が付いた。
「…もしかして、あたしが家の事するの嫌がってたのって…」
「…お姉ちゃんがご主人様のお世話すると、シルファの居場所がなくなっちゃうのれす。」
元々人見知りの強いシルファにとって、河野家は自分が「メイドロボ」としての意義を
証明できる数少ない場所だった。
「メイドロボ」ではなく「娘」として扱われる研究所では得られないそれを奪われるのは、
自分の存在意義を左右する大問題といっても良い。
だがミルファはそれとは違う見方を持っていた。
「ねえ、シルファ…たかあきは私たちの事、ロボットじゃなくって普通の女の子と同じ
ように見てくれてるってわかってるよね。珊瑚様だって、私たちの事をメイドロボ
としてじゃなくて、友達や家族になって欲しいから心を与えてくれたんだし。」
メイドロボとして自分の存在意義を見出そうとしていたシルファに、ミルファは自分の
思いを話し始めた。
「私はね、そんなたかあきの気持ちが嬉しいんだ。
…メイドロボとしてじゃなくて、女の子としてたかあきの事が好きだから。
だから、あたしはメイドロボとしてじゃなくて、たかあきが一緒にいたいと思ってくれる
女の子になりたいの。」
そう語るミルファの横顔は笑顔だったが、同時に少し寂しげだった。
「…お姉ちゃんは、ご主人様の恋人になりたいのれすか?」
「うーん…なれるならなりたいけど、でも私たちはやっぱり人間じゃないから
…私たちがいくら人間と同じ心を持ってても、本物の人間にしか出来ない事ってあるし。」
シルファの疑問にミルファは苦いものを含んだ笑みを浮かべながら答えた。
「…シルファには、お姉ちゃんの気持ちは解らないのれす…れも・・・」
シルファはあまり豊かとは言えないボキャブラリーを総動員して必死に慰め始めた。
106:はじめてのおつかい 6/15
08/02/27 00:56:06 6LO/iK0i0
「れも、さっきお姉ちゃんが言ったのれす。ご主人様はシルファたちの事普通の女の子と
同じように見てくれるっれ…それなら…少しは期待してもいいと思うのれす。」
「シルファ…」
少し照れながらも一生懸命な言葉に、ミルファは感極まってシルファをその胸に抱きしめた。
「もうっ、シルファってばかわいい~~」
「お、お姉ちゃん、苦しいれすぅ!」
「あの二人…道の真ん中で恥ずかしいことを…」
こっそりとミルファたちの後をつけていた貴明は、道の真ん中で抱き合ってはしゃぐ
二人を見て、頭を抱えた。
一方、一緒に二人をつけてきていた瑠璃のほうは複雑な面持ちだった。
「…どうしたの、瑠璃ちゃん。」
「…ウチには、シルファの気持ちがなんとなくわかるねん。うちもイルファが来た時は、
同じ事思うとったから。」
「あ…」
瑠璃が家出して河野家にやってきたときのことを思い出して、貴明は思わず声を漏らした。
それは解決した過去のこととはいえ、今でもデリケートな事柄には違いなかった。
「えっと…」
「ウチとイルファは今は上手くやっとる。貴明のおかげでな。…貴明がおらんかったら、
イルファは研究所に戻って、ウチはさんちゃんにも合わせる顔がのうなって、今頃
どうなっとったかわからへん。」
そう言ってから、ちょっと頬を赤らめて瑠璃は言った。
「…うちらにとって、貴明は恩人…ううん、大事な人やねん。そやから、」
「そやから?」
「ミルファとシルファのことも任せられるねん。あの二人にはウチにも責任あるからな。」
そう言う瑠璃の眼差しは母親のそれだった。
イルファたち3人を生み出した母は珊瑚だが、3人を日向へと連れ出した瑠璃もまた
イルファたちにとって母親なのだから。
「そやから、あの二人泣かしたりしたらしばく。」
だがしかし、最後にいつもどおりの一言も忘れなかった。
「解ってるさ。俺も二人のことは大事に思ってるからね…でもできればちょっと失敗しても
蹴ったりしないでくれると良いな…あ、商店街に着いたよ。」
107:はじめてのおつかい 7/15
08/02/27 00:58:04 6LO/iK0i0
貴明が指差した先では、ミルファとシルファが夕方の賑わいはじめた商店街のアーケードの
中へと消えていくところだった。
◇
シルファは買い物客が横を通り過ぎるたびにびくびくしていたが、ミルファは慣れたもので、
顔見知りの買い物客とすれ違うと笑って答えていた。
「あら、ミルファちゃん。今日もお買い物?」
「あ、こんにちは。今日は妹の付き添いなんだ。これが妹のシルファ。」
「…こ、こんにちわ、なのれす。」
おずおずと挨拶すると、そのおばさんはくしゃくしゃの笑顔で答えた。
「はじめまして、シルファちゃん。今日はあなたがお買い物?がんばってね。」
「は、はい。」
おばさんはシルファの頭を撫でて去っていった。
「…お姉ちゃん、あの人は誰れすか?」
「名前とかはしらない。でもお買い物に来ると良く会うんだ。いい人でしょ?」
「やさしそうな人なのれす…でも、良く知らない人と知り合いになれるなんて、シルファ
には想像も付かないのれす。」
感心したようなシルファの言葉を、ミルファは首を振って否定した。
「ううん。あった瞬間に仲良くなれるわけじゃないよ。何度もお買い物に来るうちにどんな
人かわかって自然に仲良くなっただけ。まるっきり知らない人と仲良くしてるわけじゃないもん。
難しいことをしてるわけじゃないよ。シルファだって、ちょっと勇気出せばきっと友達に
なってくれる人はいるよ。」
「勇気…」
そう呟きながらシルファは考え込んだ。
果たして、それが自分にもできるのだろうか、と。
「あ、1件目は金物屋さんじゃなかったっけ?金物屋さんはここだよ。」
そう言って、ぶつぶつと呟きながら歩いていたシルファの手を引いていたミルファが
立ち止まった。
顔を上げるとそこは貴明に貰ったメモの1件目の金物屋の前だった。
108:はじめてのおつかい 8/15
08/02/27 01:00:04 6LO/iK0i0
「おう、ミルファちゃんいらっしゃい。」
二人が店に入ると、人のよさそうな店番のおじいさんが声をかけてきた。
「こんにちわ~…ほら、シルファ。」
「は、はい、なのれす。」
おずおずとミルファの後ろから前に出ると、シルファはおじいさんに声をかけようとして、
でもなかなか最初の一言が切り出せなかった。
「…あんたがシルファちゃんだね。」
「ろうしてシルファの名前を知っているのれすか…」
「さっき河野さんとこから電話があったからね。この間頼んでいったものを取りにお使い
に来たんじゃろ?」
そう言うとおじいさんはレジの下の棚から手のひらサイズの平べったい箱を一つ取り出した。
「ほい、ご注文の品物。お代は先にいただいとるから要らないよ。」
「は、はい…あ、あの…」
「なんじゃね?」
シルファは喉元で消えそうになる言葉を、勇気を振り絞って口に出した。
「あ、ありがとう、ございます、なのれす。」
詰まりながらもそう言って、深々と頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくても良いんじゃよ。こっちもこれが商売だからね。」
「そ、そうなんれすか…?」
人と触れる事を恐れ、避け続けていたシルファにはどうもさじ加減が解りかねた。
「シルファはあんまり人付き合いしたこと無いから、ちょっと大げさなの。
ごめんねおじいちゃん。」
「いやいや。」
ミルファのフォローにおじいさんもからからと笑って答えた。
「でも、たかあき一体何頼んだのかな?」
「ああ、そうじゃった。」
ミルファの一言で店主は思い出したのか、ぽんと一つ手を打って言った。
「中身を教えちゃイカンと言われたんじゃった。もちろん、見てもいかんそうじゃ。」
「え~~…ちぇっ。たかあきのけちんぼ。」
この場にいない貴明に一つ文句を言って、ミルファはきびすを返した。
「じゃ、シルファ、次に行こう。おじいちゃん、また来るね。」
「ああ、毎度。」
109:はじめてのおつかい 9/15
08/02/27 01:02:03 6LO/iK0i0
シルファもミルファに促されて出口へと足を向けた。
そのシルファの背に、店主が声をかけた。
「シルファちゃん。またきておくれ。」
シルファが振り向くと、店主の老人は笑って手を振った。それを見たシルファも、
少しだけ笑って、ぺこりと一つ頭を下げて店を後にした。
次のお使い先は、同じ商店街にある洋服屋だった。
洋服屋といってもブティックのようなものではなく、普段着やTシャツ、下着、靴下、
それに学校の制服といった物を扱う地元の洋品店といった趣の店だ。
二人はそんな店の入り口をくぐって、色とりどり布の間を入っていった。
「こんにちわ~」
「こ、こんにちわ…なのれす。」
シルファは先ほどよりも幾分積極的に…といってもやっぱり体の1/3ぐらいはミルファの
陰に隠れたままだったし、少々腰が引けていたが…店に入った。
「あらあら、ミルファちゃん。きょうも彼氏のパンツでも買いに来た?」
「ぱ、ぱんつ…」
店主の中年の女性が言った言葉にシルファはちょっとショックを受けて赤くなっていたが、
ミルファはなれたものだ。
実際、貴明の靴下や下着を買いに来ることもあるので別に色っぽい意味で言われたわけではない。
「もー、おばさんったら。今日はそっちのお買い物に来たわけじゃないの。」
「ほほほ。解ってるわよ、さっき電話があったから。妹さんの付き添いでしょ。」
そう言ってミルファの後ろに立っていたシルファを見た。シルファははっと我に帰ると
わたわたとミルファの前に進み出て、おずおずと口を開いた。
「え、えっと…河野貴明様のご指示れ、荷物を受け取りに来たのれす。」
「へえ…あなたがシルファちゃんね。」
おばさんはシルファを値踏みするように頭の天辺から足の先まで見回すと、
いきなり近づいて首から提げていたメジャーでシルファの体を採寸し始めた。
「え、えっと、あのあのあの…な、何れすか?」
肩から袖口までの長さをはかり、身長をはかり、バストとウエストを素早く測ると、何事か
納得したように頷いた。
一方、突然体中測られたシルファは今にもなきそうな顔だった。
「し、シルファ…」
110:はじめてのおつかい 10/15
08/02/27 01:04:04 6LO/iK0i0
「あ、あら、ごめんなさいね。ちょっと確かめたかったものだから、つい。」
おばさんもシルファの表情に気が付いて謝罪した。謝りながら、自分の子供にするように
シルファの頭を優しく撫でた。
「…」
泣きそうな顔だったシルファが、頭を撫でられるにつれて、表情が和らいでいった。
そして店主の顔を見ると、店主はにこっと笑っていった。
「いつもの仕事の癖でついつい…ごめんなさいね。」
「いえ…シルファも…ごめんなさいなのれす。」
店主はその言葉に一つ頷くと、店の奥へと一度引っ込んだ。
次に出てきたときには一つ大きな箱を抱えていた。服などを入れる平べったい箱だ。
「はい、ご注文の品。お代は貰っているから。今袋に入れるわね。」
そう言って大きな紙袋に入れるとシルファに差し出した。
「ハイどうぞ。」
「あ、ありがとう、なのれす…」
先ほどのお店ではバカ丁寧すぎたが、少し慣れたのか今度は深々としたお辞儀はせずに
軽く頭を下げた。
「あ、そうそう。中身は見ちゃだめだそうよ。」
「え~~、また?」
ミルファが不満の声を上げた。ミルファは中身に興味津々だったが、大好きな貴明に
しかられるリスクを考えると諦めざるを得なかった。
「見ちゃダメって言われると見たくなっちゃうよ…シルファ、早く帰ってたかあきに中身
見せてもらおう。」
「うん。」
「それじゃ、おばさん。またね。」
そう言ってミルファは店から出ようと出口に向かって歩き出した。そしてシルファも
それに続こうとしたのだが、
「ああ、待ってちょうだい。」
店主に呼び止められてシルファは振り返った。
「ちょっと後ろを向いてもらえるかしら。」
そういわれてシルファは後ろを向くと、店主はシルファのお下げの先に、店先に並べてあった
リボンを1本とって結びつけた。
「わ…」
111:はじめてのおつかい 11/15
08/02/27 01:06:03 6LO/iK0i0
金髪のお下げの先に結び付けられたリボンはシルファの瞳と同じグリーンだ。
「さっきのお詫びよ。また来て頂戴。今度は私にあなたの服を見立てさせてちょうだいな。」
そう言って、店主の女性が微笑むと、シルファもまた笑顔で頷いた。
「どう?結構良い人だったでしょ。シルファも外に出るようになれば、自然といろんな人と
仲良くなれるよ。」
入り口で待っていたミルファがそう言うと、シルファは少し考え込んで、そして思い切って
自分の望みを口にした。
「お姉ちゃん。あのね、シルファは…行きたいところがあるのれす。」
「何とかお使いも済んだようやな。」
洋服屋から紙袋を抱えた二人が出てきたのを少し離れた場所から見届けていた瑠璃が、
ちょっと安心したように言った。だが二人は店の前で一言二言言葉を交わすと、来た時とは
反対方向に向かって歩き出した。
「どこ行くんやあの二人。行き先は貴明の家のほうやないな。ウチらのマンションでも
なさそうやし。」
「ちょっと寄り道でもしていくのかな?…まあ、ミルファが付いてるから大丈夫だと思うよ。
それより俺たちも戻ろう。先に戻らないとつけてたのばれちゃうし。」
「そやな。」
貴明に促されて、瑠璃は一度だけミルファたちの後姿を見送って、河野家への帰途に着いた。
◇
長く続く坂を上って、二人は学園の校門前に立った。
ミルファが貴明たちと通う学校を、シルファが見たがったからだ。
シルファは校門から一歩足を踏み入れて、学園の校舎を見渡した。
遠くからは部活の生徒のものらしい掛け声も聞こえてくる。
「ここがご主人様とお姉ちゃんが通ってる学校れすか…」
「ねえ、シルファも一緒に通ってみない?
あたしもたかあきもいるし、きっと新しい仲間が出来ると思うんだ。」
そう言ってから、ミルファはぺろっと舌を出した。
112:名無しさんだよもん
08/02/27 01:06:15 DthGUEaE0
支援
113:はじめてのおつかい 12/15
08/02/27 01:08:03 6LO/iK0i0
「それにね、本当は私がシルファと一緒に学校に通ってみたいんだ。
姉妹で通えたら楽しいと思って。」
自分を囲む貴明とミルファと人間の友達…それはシルファにとって恐ろしくもあり、
そして好奇心を刺激する、魅力的な未知の世界にも思えた。
「…シルファにも、お友達出来るれしょうか。」
「うん!だから珊瑚様にお願いしてみよう?学校に通えたら、きっと楽しいよ。」
そう言うとミルファはシルファの手を取って走り出した。
「そうと決まったら膳は急げってね。早く家に戻って珊瑚様にお願いしなくっちゃ。」
「お、お姉ちゃん、危ないのれす!」
まるで弾丸みたいな勢いでミルファが坂道を駆け下りてゆく。
シルファは倒れそうになりながらもそれについて走り出し、そして坂道から見渡せる
町並みに目を奪われた。
「…きれいなのれす。」
夕暮れに染まった秋の町並みに、シルファは知らず知らずのうちにそんな言葉を漏らした。
そして…まだまだ自分の知らない世界を見てみたい…安全な狭い世界だけを望んでいた
シルファの中で、そんな思いが芽生え始めた。
◇
かなりのスピードで街中を駆け抜けて、二人は河野家に帰りついた。
「ただいまぁ。お使い行ってきたよ。」
「はいはい。お帰り。」
そう言ってドアを開けた貴明はにこやかで、まだ怒っているかと気にしていた二人は
ホッと安堵した。
二人が靴を脱いでいる間に、荷物を受け取った貴明は先にリビングに戻っていった。
ミルファは玄関にまだ珊瑚と瑠璃の靴があることを確認して、シルファに言った
「まだ珊瑚様たちいるから、一緒にお願いしよ。」
「うん。」
シルファは一つ頷いた。二人でリビングのドアを開けて、中へと入った。すると、
「「「「ミルファ!シルファ!お誕生日おめでとう」」」」
114:はじめてのおつかい 13/15
08/02/27 01:10:04 6LO/iK0i0
「わ、な、何?」
リビングでは貴明と、珊瑚、瑠璃、そしてイルファが待っていた。
「え?お誕生日?」
「みっちゃんは今日誕生日やろ、明日はしッちゃんの誕生日。だからおいわいや~」
そういわれてミルファが今日の日付を確認した。たしかに自分の誕生日だった。
「お祝いの準備するのに二人を何とか家から遠ざけておきたくて、ちょっとお使いに行って
もらってたんだ。ごめんな。」
そう言って貴明は二人に謝った。よくよく見れば部屋の中も色々飾り付けられていた。
やりすぎ感漂う「ミルファ・シルファお誕生日おめでとう」の大段幕まである。
そんな中でミルファとシルファは進められるままにいすに座って誕生日パーティが始まった。
「じゃ、これは俺からのプレゼント。」
そう言って貴明が取り出したのは、小さな箱だった。
「あ、それさっきの、」
「そう。二人に取りに行ってもらったものだよ。」
箱を開けると、中から出てきたのはクマと小鳥のキーホルダーの付いた2本の鍵だった。
「何をあげようか迷ったんだけど、二人にはこれがいいと思ったんだ。」
そう言って貴明はくまのキーホルダーが付いた鍵をミルファに、鳥のキーフォルダーが
付いた鍵をシルファに差し出した。
「これは家の鍵。…二人は俺にとって家族だから、その証。」
家の鍵は家族に与えられるもの。貴明はそれを二人をただのメイドロボではなく、家族
として認める意思表示として用意したのだった。
「たかあき…あたしこれ大事にするよ。」
「し、シルファも、大事にするのれす。」
「そう言ってくれると嬉しいかな。」
目を輝かせたミルファとシルファの様子に貴明は満足して笑って答えた。
が、姫百合家の皆さんは不満だったようで、、
「あー、ウチも欲しい~」
「う、ウチは別に要らへんからな…どうしてもっちゅうなら受け取らんでもないけど。」
「あー…考えとくよ。」
それぞれに要求されたが、貴明は苦笑いして即答を避けた。
115:はじめてのおつかい 14/15
08/02/27 01:12:09 6LO/iK0i0
「あ、そうだ!珊瑚様」
プレゼントを受け取って幸せに浸っていたミルファが我に帰って、珊瑚の手を取った。
「ん~?なんや、みっちゃん。」
「一つお願いがあるんです。誕生日のお願いです。」
そう言って、きょとんとしていたシルファの肩を引き寄せると珊瑚に言った。
「シルファもあたしと一緒に学校に通わせてあげてください。」
「…しっちゃん、学校に行きたい?」
母親のような優しい雰囲気で、珊瑚はシルファの顔を見て聞いた。
シルファはしばしその珊瑚の視線を受け止め、考えて、そして答えた。
「シルファも…もっとお友達が欲しいれす。」
「…そっか…しっちゃん、強うなったな。」
そう言って、珊瑚は貴明のほうを向いていつもの蕩けるような笑顔で笑った。
「たかあき、プレゼント無駄にならんかったな。」
「そうだね。…シルファには、これもプレゼント。」
「え、それもさっき受け取ってきた箱じゃない。」
貴明が取り出したのは、さっき洋服屋で受け取った大きな箱だった。
「開けてごらん。」
そういわれて、シルファは受け取った箱を開いた。
中に納まっていたのは目にも鮮やかな桜色のセーラー服。貴明たちの学園の女子制服
だった。
「珊瑚ちゃんたちと相談してたんだ。でもシルファが受け取ってくれるか不安だったんだけど…
学校に行く気になってくれたのはミルファのおかげかな?」
そう言うと、ミルファは少し赤くなって照れたようだった。
「そ、そんな事…あたしは、シルファと学校に行けたら楽しいなって、そう思っただけだから。」
「貴明様…珊瑚様、瑠璃様、ありがとうなのれす。」
そう言ってセーラー服を抱きしめるシルファは本当に嬉しそうだった。
「…いいですねぇ。ミルファちゃんもシルファちゃんも。」
皆が盛り上がってる横で、今まで沈黙を守っていたイルファさんがそんなことを言って
はぁ、とため息をついた。
「二人とも貴明さんや瑠璃様珊瑚様と一緒に学校に通って、貴明さんの家に家族として受け
入れられ…しょせん年増は飽きられてしまうものなんですね…」
116:はじめてのおつかい 15/15
08/02/27 01:16:06 6LO/iK0i0
イルファはいつの間にかシルファの引きこもりの定位置である部屋の隅のダンボールに
引きこもっていた。
「いや、年増って…イルファさんだってミルファたちとそんなに変わらないでしょうに。」
「いいえ、私は家で独り寂しく家事をしながら、瑠璃様の帰りを待つのだけが楽しみの
しがない旧型メイドロボですから。」
「…」
すっかりすねてしまったイルファに貴明は二の句を告げなくなってしまった。
そんな空気を読んだのか読まなかったのか、珊瑚がイルファに言った。
「ほんなら、いっちゃんも学校に通う?」
「え、私もですか?」
珊瑚の言葉にイルファはぱぁっと顔を輝かせたが、すかさず瑠璃の一言がイルファの
気分に水をさした。
「却下や却下。学校でまでイルファにまとわり付かれたないわ。」
「そんな…瑠璃さまぁ~」
なんだかいつもの姫百合家の風景が繰り広げられる横で、あきれていた貴明の右腕をついつい、と引っ張る者がいた。いつの間にか横に来ていたシルファだった。
「ご主人様、これからはクラスメイトとしてもよろしくお願いします、なのれす。」
「ああ、良いけど…代わりにひとつお願い。」
「?…何れすか?」
きょとんとした顔のシルファに貴明は答えた。
「ご主人様、じゃなくて貴明。クラスメイトなら名前で呼んで欲しいな。」
その希望に、シルファは少し赤くなってもじもじして…しばらくして顔を上げて、飛び切りの笑顔で答えた。
「どうぞよろしく、貴明さん…なのれす。」
117:名無しさんだよもん
08/02/27 01:19:23 6LO/iK0i0
というわけで、姫百合姉妹エンド後AD風味という内容でした
読んでわかるとおり、元々ミルシル誕生日SSとして書き始めたものだったんですが、
結局間に合わず、挙句まとめきれずにしばらく放置してたものです。
間で何度か加筆を繰り返していたのですが、今日改めて見直して書き上げました。
特に間でキャラの詳細の雑誌発表を挟んだせいでシルファの台詞は大幅に書き直ししています。
ともあれ明々後日0時にはADも発売されるので、これでミルシルはリセットですね。
118:名無しさんだよもん
08/02/27 03:01:38 /abFfBvf0
リセットって聞くと山瀬が思い浮かぶな
怪我なく代表を引っ張って欲しいぜ…
119:名無しさんだよもん
08/02/27 06:20:25 dJqPvSx60
>117
乙~。俺はシルファに関しては今はイメージが無くなってるや。キャラ紹介の寡黙って設定と「なのれす」口調が統合できなくてw
120:名無しさんだよもん
08/02/27 10:33:40 0mapngUd0
>>96-97
乙。
小牧姉妹と旅行の人だよね。
俺あのSS好きです。
・・・・最初あれのパクリかと思ってごめんなさい・・・。
121:名無しさんだよもん
08/02/27 14:49:42 uaT8AOdn0
>>117
乙&GJです
ミルファはそう極端に変わらないかもしれないけど、シルファに関してはまったくの白紙と言ってもいいような気がするモンな。
いずれにせよ限られた情報の中でうまくほのぼのした話になってて面白かったっす。
アフターADもがんばりましょーね。
122:名無しさんだよもん
08/02/27 22:14:27 WagovQFB0
>>117
乙~
ミルファはシルファに比べると、情報があるけど、シルファに関しては情報が
少ないのに、本当にこんな感じだなって思えるくらい自然な印象に見えたよ。
とても文章力のある方だと思いました。
読んでて、面白かったです。
123:名無しさんだよもん
08/02/28 00:13:31 mh302Ubh0
というか、今までは攻略できなかったわけだから
恋仲になっていない段階での話が多かったキャラも(郁乃とか)
AD発売後は、そういう話は少なくなって
エンド後が前提である話が増えるわけか・・・
124:名無しさんだよもん
08/02/28 00:28:51 PMaIUesA0
まったく関係ないスレでバレ画像見て涙目orz
言うまでもないことだがみんなうかつに画像開かん方がいいよ
125:名無しさんだよもん
08/02/28 06:21:05 soX2Pubp0
ADまで出ちゃって大変だろうけど書庫さん頑張って!
126:名無しさんだよもん
08/02/28 20:50:08 /QFW/fTY0
>>119
>>121
>>122
感想どもです
確かにシルファは難しかったですね。
無口という設定なのでどのくらいしゃべらせて良いものなのか加減がわからん、とか
口調に関しても一人称はシルファ、だ行→ら行変換で良いかと当初は思ったけど
意外とそれだけじゃ雰囲気が足りないな、とか
でもそれほど違和感無く受け入れられたようで何よりです。
さて、漏れもこの後地元のとらの0時販売に突撃してきますわw
127:名無しさんだよもん
08/02/29 02:41:07 0Ka5/nCG0
ADももう発売という昨今。
今更ながら、仮想シルファシナリオを書いてみました。
もっとも情報収集が完全じゃない上に、いくつかの明確な矛盾点がありますが。
かなりの長さになるので、臨時に掲示板を借りてそこに書き込んでおきます。
(もう全部書き込み終えてます)
待たずに読みたいという方がいらっしゃるなら、そちらでお願いします。
このスレッドには書けるだけのペースでゆっくり書き込ませて頂きます。
連投規制にかからなければそのまま行きますけど多分無理。
なにしろ51レスもあるし。
投稿規制かかったら一旦諦めて今夜は寝ます。
借りた掲示板 URLリンク(www2.atchs.jp)
128:箱入り娘が届いたら 1/51
08/02/29 02:42:20 0Ka5/nCG0
それは一週間のうちで、もっとも開放感を覚える時間。
土曜日の最後の授業が終わった学校からの帰り道を俺は歩く。
特に予定があるわけではないけど、それなりに心が躍る時間を俺は楽しんでいた。
さて、今日はなにをしようかな……
「あ、スンマセン。このあたりで河野さんのお宅って、ご存知ありません?」
「はい?」
いきなり呼び止められて振り向くと、そこに若い男性が制服姿で俺に手を上げている。
おそらく宅急便の配達員さんだ。
この手の人は一目でそれとわかる格好をしているから助かる。
「えっと、河野なら俺の家ですけど?」
「あ、そうなんですか。あなたのお宅に荷物が届いてますけど」
「ありがとうございます」
……と、お兄さんの傍らにそびえるのは軽く40インチテレビのサイズはあろうかという大きな段ボール箱。
このでかいのが俺への荷物?
まあ疑問点はさて置いて、俺は荷物運びに苦労している様子の配達員さんに声をかける。
「あ、運ぶの手伝いますよ」
「スンマセン、助かります」
二人がかりでやたらと重いダンボールを持ち上げようとすると……
ぐ! 重い!?
持ち上げようと力をいれた瞬間、ハンパじゃない加重が腕と腰に加わった。
129:箱入り娘が届いたら 2/51
08/02/29 02:43:08 0Ka5/nCG0
「く……」
精一杯の力を腹に込めて、玄関まで二人がかりでダンボールを運び込む。
やばいことに、重さでダンボールの底が抜けそうだ。
ここで箱が壊れたら面倒なことになる。どうか玄関まで持ってくれよ……
俺の祈りが通じたのか、なんとかダンボールは崩れることなく玄関まで到着した。
「はあ、はあ……ほんと、助かりました。お客様、こちらにサインを……」
荷物を運びなれているはずのお兄さんも息を切らせている。
俺の方は言うに及ばずだ。
「い、いや……どういたしまして」
しびれる腕をふって俺は答える。
お、重かった……正直、手伝いを申し出たことを後悔したくなる重さだった。
でも一人で運べる重さじゃなかったろうし、仕方ないか……
「はい、サインありがとうございました。それでは」
配達のお兄さんが帰って、静かになった玄関には重くて巨大なダンボールが残された。
狭い玄関の8割を占領してしまうダンボール箱。
さて、こいつはいったいなんなんだ?
興味しんしん、俺はダンボールを軽く検品してみる。
「えっと、差出人は……姫百合珊瑚?」
130:箱入り娘が届いたら 3/51
08/02/29 02:49:19 0Ka5/nCG0
その名前を見た時点で、ちょっと悪い予感はしていた。
珊瑚ちゃんに関わると、いつも面倒に巻き込まれることが少なくない。
本人はとてもいい娘なんだけど……どうしてかなあ。
荷物の品目の欄には太文字で大きく『だいじなもの』と書かれているだけだった。
ある意味珊瑚ちゃんらしい。
「結局開けてみないと中身は分からないか……」
覚悟を決めてダンボールに手を掛ける。
まさか爆発するようなことも無いはずだ。多分。
中身がなんだか分からないので慎重に開けるべきだろう。
カッターは使わずに手で表面のガムテープを少しづつはがして行く。
とりあえずダンボール箱の上辺が剥がされると、中身もやたら厳重に梱包されているのが隙間からかろうじて見える。
これは中身を出すのには苦労しそうだな。
とりあえず、中身を確かめる為にダンボールの隙間から手を差し込んで……
むにゅ。
「へ?」
今、俺の手のひらに触れた柔らかくも暖かい感触はなに?
「あ、あれれ……?」
むにゅむにゅ。
まるで生き物に触れてるみたいな、暖かくて柔らかい感触。
き、気持ちいいけど……
このサイズにこの感触は。
この箱の中身は……女の子??
131:箱入り娘が届いたら 4/51
08/02/29 02:50:19 0Ka5/nCG0
「ちょ、ちょっと待て。これは……やばいだろ、いろいろと」
焦って引き抜こうとした手がまた触れた。
や、やべ。い、今触ったのはどこだ???
もう、むちゃくちゃ犯罪くさい。こんなことしてていいのか?俺?
「いや、だってこのままにしておくわけにもいかないし……なあ?
と、とにかくこの箱からこの子を出してあげないと……だろ?」
と、誰に対してのいい訳だかわからないものをぶつぶつと繰り返しながら。
俺はなおもダンボールの解体作業を続けていく。
し、慎重に……爆弾の解体だって、こんなにドキドキしないよなあ。
いや、ある意味この箱は爆弾そのものだ。
苦労して作業を続けるうちに、ダンボールの中に閉じ込められていた『だいじなもの』が、少しづつその姿をみせていく。
青いメイド服の端。 美しくて柔らかそうな金髪。そして、やや幼さを残した顔立ちがダンボールの中から。
「はあ……」
思わず溜息が出る。 もう、目の前の現実は否定しようがない。
梱包を解いたダンボールの中には、年頃の美しい少女がまるで眠りついた子猫のように膝を抱えて丸まっていたのだ。
一仕事終えた俺は、額に流れる汗を拭いながら一言。
「やばい……犯罪だ」
この現状を言い表す言葉はそれに尽きる。
年頃の女の子がダンボール箱に詰められて俺の家に配達されてきた……ってか?
どんだけ性質の悪い冗談なんだよ。
「これがご近所さんに知れたら、俺は確実に逮捕だな……」
132:箱入り娘が届いたら 5/51
08/02/29 02:50:52 0Ka5/nCG0
思わず額に冷たい汗が流れる。
例えば配達のお兄さんとこの箱を運んでいたとき、もし底が抜けて中身を見られていたら?
つーか、これがどうやって荷物検査を通りぬけてきたんだ??
「ふう……まあ、それさておき」
で、それらのさまざまな葛藤と焦りはとりあえず置いといて。
いったい、この女の子は誰なんだ? 俺はダンボールの中身をじっと観察。
安らかな呼吸音と微かに小さな胸が上下する様はここからでも見てとれる。
彼女が生きていることには間違いない。
だが少女は未だに目覚めない。天使のように安らかな寝顔は美しくもまだまだ発展途上の幼さを残していた。
その可憐さがさらに俺の罪悪感をかきたてるのだが。
ところでこの女の子。
出会ったことはないはずだけど……でも、どっかでみたような気もする。
えっと、誰だっけ? 記憶がもうここまで出掛かってるんだけど。
(なあ……君は誰なんだ?)
「ん……」
と、俺の心の中の呼びかけが届いたかのように、女の子の閉じたまぶたが震えた。
ダンボールに包まれた眠り姫が、今目覚めようとしてるのか。
って、いや! ちょっと待ってくれよ!!!!
俺の方はまだ心の準備が……
ぱち。
願いもむなしく、青い瞳がぱっちり開く。
目と目が遭う瞬間。
澄んだ青い瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。
その光景だけならまるで恋の始まりみたいだけど……なにしろ状況は最悪である。
俺の心臓はバクバクだ。
もちろん恋のときめきなどではなく。
133:箱入り娘が届いたら 6/51
08/02/29 02:52:07 0Ka5/nCG0
「……い……」
少女の小さな唇が震えて、そこから微かに声が漏れだす。
それはもっと聞きたいとさえ思うような、美しい声だった。
「い??」
「い……」
「…………」
「いやああああああ!!」
でも、流石に悲鳴は勘弁して欲しかった。
ご近所に響き渡る大声で叫ぶ女の子。
ああ、親父……母さん。
俺、明日から塀の中で暮らすことになるかもしれません……
不幸中の幸いか。結局少女の叫び声がご近所様に通報されて、警察官が駆けつけてくるようなことにはならなかった。
それでも俺が現状の危機から脱したわけではない。
女の子の涙はある意味核兵器より恐ろしい。
すくなくとも彼女の涙は俺の平凡な日常を再起不能に打ち砕ける可能性を持っている。
「あ、あなたは誰なんれすか! シルファをこんなところに連れ込んで……いったいなにをするつもりだったのですか?」
ひとしきり叫んだそのあとで、焦った様子で少女は俺に矢継ぎ早に質問を投げかかる。
その様子を見る限り、とりあえず身体は元気なようでそれは良かった……なんて言っていられない。
少女の不安と問いかけは実にもっともなものではあったが、あいにくと俺はそれに答える術が無い。
「いや……目的もなにも。それは俺が聞きたいくらいで……」
「あなたが何を言っているのか、シルファには訳が分からないのれす!! あなたは、とっても変な人なのれす!!」
そ、そうかもしれんが……
134:箱入り娘が届いたら 7/51
08/02/29 02:52:59 0Ka5/nCG0
だとしても、それは俺の責任じゃないぞ。
と、女の子は何か恐ろしいことに気が付いたという表情をして、とつぜん自分の身体をかばうかのように抱きしめた。
「し、しかも……眠ってる間に身体のあちこちを触られた形跡が、シルファのデータに残っているのれす……」
ぎく。そ、それは……
青い瞳が怯えの影をたたえて俺を見つめていた。
その瞳の真剣さからは逃れられない。
「あ、あなたが……眠っているわたしの身体に触れたんれすか……?」
「じ、実はそうです……」
罪悪感が咄嗟に正直な答えを俺の口から出した。
でも、次の瞬間には後悔。
「あう……」
涙交じりの声が少女の口から。
ああ。君の気持ちはよく分かるよ、でもこっちにもいろいろ事情が……
お、お願いだからそんな目で見ないで……
「いやあああああああああああああ!!! 変態ーーーーー!!!!!!!!!」
少女の叫び声が再び耳に響き渡る。
俺の胸にも突き刺さる。
……すいません。ごもっともですね、はい。
135:箱入り娘が届いたら 8/51
08/02/29 02:53:34 0Ka5/nCG0
自らの名を『シルファ』と名乗ったこの少女。
はて、どこかで見たことがあったような。
名前も聞いたことが……あったっけ?
でもとりあえず俺には思い出せない。
「いきなりこんなボロイお家に連れ込まれて、ものすごく怖いのです……
しかもよく分からない人が、意味不明のことを口走って、眠っているシルファの身体に触っていたのです。
こわいのれす、やばいのれす……シルファは無茶苦茶ぴんちれす……」
少女は……いや、シルファは涙さえ流しながら切々と訴える。
もうその言葉は俺に対して向けられた言葉ではなく、独り言のような形に移行しているようだ。
言葉の端々に微妙に毒も含まれていて、案外見た目のイメージとは異なる性格なのかもしれない。
(言ってることは全て間違ってはいないけどな……)
けれどもこうやって一方的に言ってみれば、明らかに俺の方が変質者だよ。
シルファの立場からみればそういう風にしか見えないのだろうけど。
とにかくなんとか状況を説明して俺の無実を……
いや。そのまえに俺の方が状況を知らんとどうにもならんだろ。
そして何らかの情報を持っていそうなのは、この子だけだ。
俺は意を決して少女に問いかけた。
「あ、あのさ、君はなにか聞いてないの? 俺、珊瑚ちゃんの友達なんだけど」
「さ、珊瑚さまのおともだち……れすか? あなたが?」
あ、やっぱり珊瑚ちゃんのことは知ってるな。
でも、俺の言葉を信じた様子が無いぞ。
「でも……とてもそうは見えないのれす」
「ま、まってくれ。これを見てくれよ」
136:箱入り娘が届いたら 9/51
08/02/29 02:54:18 0Ka5/nCG0
疑いの目を向けるシルファに、俺は慌ててサイドスタンドにあった写真立てをつきつける。
「あ、これは珊瑚さま……の写真なのれす」
「な? お、俺も写ってる。 ちゃんと仲良さそうだろ?」
「は、はい……本当なのれす。驚きれす」
シルファは、とても驚いた顔で俺の差し出す写真を見つめていた。
「では……珊瑚さまのおともだちが、どうしてシルファのことを誘拐したりするのですか?」
「してないよ!! 誘拐なんて!」
「きゃっ……」
危険な言葉に思わず怒鳴り返してしまった。
シルファはまた怯えたようにすくんでしまう。
「す、すまん……怒鳴ったりして悪かった。
別に脅かすつもりは無かったんだ」
「こ……怖いのれす、やっぱり怖いひとなのれす」
いや、君が怖いのもわかるけどさ。
俺の方も君の言葉がすげえ怖いよ。
さっきから心臓がバクバク鳴りっぱなしだよ。
「俺のほうは、なにもしてないよ。
さっき、君がとつぜん宅急便で俺宛に送られてきたんだ。
俺は君のことだって、さっきまで全然知らなかったよ」
「そんな話、とても信じることが出来ないのれす」
「…………」
137:名無しさんだよもん
08/02/29 03:06:27 anpvKXop0
深淵
138:箱入り娘が届いたら 10/51
08/02/29 03:15:20 0Ka5/nCG0
シルファは冷たい瞳できっぱりと言った。
そりゃそうだ。と俺は思う。
俺だってこの状況が信じられないし。
どんな犯罪者の言い訳だってこれよりはマシだろ。
でもこれが事実なんだから仕方ないじゃないか。
「ねえ、君の方はどうなの? 今日の君に何があったのか教えてくれないか?」
「今日のシルファ、ですか? シルファは、気が付いたらここにいたのれす」
「だからその前だって」
「え、と……」
シルファは視線を下に向けて、考え込む仕草を見せる。
その顔立ちは……やっぱり、どこかで見たことがあるような。
俺はこの子を知っている……のか?
「今日は……珊瑚さまがシルファの緊急メンテナンスがしたいって。
研究室に連れられて、それで強制スリープ状態になって……
そこから先の情報はほとんどありません……」
そのシルファは頭の中の記憶を思い出すように語る。
メンテナンス? 強制スリープ?
この子ってなんだか自分が機械みたいなことを言うんだな、と思いかけて。
その瞬間になって俺はやっと気が付いた。
「君はイルファさんたちの妹の……」
「は、はいれす。シルファはイルファ姉さまたちの姉妹機の最新型メイドロボれす」
そ、そうか。
そういえば、さっきだって『データに残ってる』とか言ってたもんな。
焦っていて気が付かなかった。
139:箱入り娘が届いたら 11/51
08/02/29 03:15:45 0Ka5/nCG0
しかもシルファはイヤーカバーをつけていない。
あまりにも普通の女の子と変わらないその姿は、俺にメイドロボの存在を完全に忘れさせていたのだろう。
「あなたは、シルファがメイドロボだとは気付いていなかったのれすか?」
「そうだよ。ごめんね、さっきまで全然気が付いてなかったんだ」
われながら、本当に間抜けな話ではある。
確か俺はシルファのことも名前だけは知っていたはずだよな。
しかもイルファさんと顔立ちは似てるんだし。
(イルファさんとミルファの妹か……確かにそんな感じだよな)
思わずシルファのことをまじまじと見つめてしまう。
うん。本当に可愛い妹って感じだ。
身長はそれほど低くはないけれど、シルファの顔立ちにはどことなく幼い雰囲気が漂っている。
うつむく顔もどことなく可憐で儚げで。
そしてその胸のサイズもそれ相応に……
「あ、あの……本当にいやらしい気持ちでシルファを誘拐したんじゃないですよね?」
「ち、違うって! そんな気持ち全然無いって!!」
す、すいません。
今の言葉にはちょっとだけ嘘がありました。
思わず誘拐してしまいたくなるくらい、あなたは可愛いです。
「あの……それで、シルファはどうしてここに居るのでしょうか?」
「いや、俺にはわからないけど。でも珊瑚ちゃんに聞くのが一番早いんじゃないかな?」
ダンボールに書いてあった荷物の宛名。
そしてシルファを眠らせた張本人。
140:箱入り娘が届いたら 12/51
08/02/29 03:16:07 0Ka5/nCG0
おそらく今回の仕掛け人は珊瑚ちゃんだろう。
少なくとも彼女は何か知っているはずだ。
「それもそうれすね。ではちょっと電話をお借りして……」
そう言いつつダンボールの中から立ち上がりかけたシルファが、何かに気が付いたように不意にその動作を中断する。
そして何故か困ったような瞳で俺を見つめると、こう告げた。
「あ、あの。こんなところに手紙……みたいなものが、あったのれす」
ひどく狼狽したようなシルファの声が、非常に重要な情報を俺に告げた。
手紙? ひょっとして、それには重要なメッセージが書かれているのでは?
「何?! 手紙か!? それをすぐ見せてくれ!」
「?!」
だが、俺の言葉になぜかシルファの顔は耳まで真っ赤になる。
「い、いきなり見せろだなんて! あなたはやっぱりえっちなのれす!」
「へ?」
「あ、あっちを向いてて下さい!い、いま、手紙を出しますから……」
「だ、出す? な、なんで……」
「いいから!!」
「は、はい!」
シルファの必死さに思わず気圧されて俺は背中を向けた。
「まったく……本当に、本当にえっちなのれす……」
141:箱入り娘が届いたら 13/51
08/02/29 03:19:24 0Ka5/nCG0
そしてその背中から聞こえてくるのはそんな呟きと……
『シュルシュル……』
これは多分服を脱いでる音?!
て、手紙、何処にあったんだよ?
いや、深く考えるのはよそう……
「もう、こっちを向いていいれすよ……」
やっと許しを与える声に振り向くと、耳まで真っ赤にして俯いているシルファがそこにいた。
なんかそんな顔をされると、また俺が悪いことをしたみたいだ。
「あの……この手紙、あて先が”河野貴明様”となっているのです。これって……あなたの名前ですよね」
「あ、ああ。そうだけど」
「だったら、これを読むのはあなたれす……」
そう言いつつも、シルファはちょっと困ったような目で俺を見ている。
た、多分……この手紙を俺に手渡すことに抵抗があるのだろうな。
手紙の中身は気になるけど、別に俺が読む必要はない。
「それ、君が読んでいいから」
「そ、それはダメなのれす」
俺が告げると、シルファは慌てたように首を横に振った。
「いいよ。たとえ俺宛でも俺が読んでいいって言ってるんだから」
「ダメなのれす。この手紙を最初に読むのは、あなたなのれす。シルファは人に宛てた手紙を読むようなことはしないのれす。
そんなことをしたら、この手紙を書いた人も、そしてあなたも。とても困ることがあるかもしれないのれす」
「……」
142:箱入り娘が届いたら 14/51
08/02/29 03:20:11 0Ka5/nCG0
訴えるシルファの顔は、さっきまでの怯えた顔とは全然違ったとても真面目な顔だった。
「はい。読んでいいのれす」
「う、うん。ありがとう」
差し出された手紙をそっと受け取りながら、俺は思う。
(この女の子、思ったよりも真面目でいい娘だよな……)
しかし受け取った手紙は何故か人肌の温もりが……
い、いやいや。
俺はできるかぎり無心になって手紙の内容に目を通す。
期待に反して、手紙の内容は意味不明だった。
「貴明へ。
シルファにお料理の特訓をしてあげてください。
上手になるまでシルファは帰ってきたらあかんよ?」
たったそれだけ。
裏返してみても、逆さに読んでも灯りにすかしてみても、
他にはなにひとつ書かれていない。
「……なんでやねん」
思わずエセ関西弁でツッコミをいれてしまう俺。
もちろん手紙は返事をしない。
しかし何故俺に? どうして? いったいなにをしろと?
「あ、あの……」
シルファが様子をうかがうような瞳で俺を見つめていた。
手紙の内容は意味不明だが、彼女にはそれを知る権利があるだろう。
143:箱入り娘が届いたら 15/51
08/02/29 03:20:45 0Ka5/nCG0
「えっと、珊瑚ちゃんが君のことを特訓しろって。上手になるまで、君はかえってきたらダメだってさ」
「そ、そんな……困るのれす……」
いや、俺だって君に負けずに困ってるさ。
シルファは少し考え込み、はっと何かに気付いたような顔上げて一言。
「特訓って、あの……シルファにへんなこと、しないですよね?」
「し、しないよ!」
焦りからか思わず叫んでしまった俺に、さらに怯えてしまうシルファ。
「た、貴明さんはこわいひとなのれす……」
「ご、ごめん……」
はあ……
やっぱり珊瑚ちゃんに関わると、いつもとんでもないことが起こるんだよなあ。
それにしても、一体この女の子をどうすればいいんだろうか。
144:箱入り娘が届いたら 16/51
08/02/29 03:21:19 0Ka5/nCG0
「シルファに料理の特訓ですか?」
「まあそういうことらしいな」
もう一度気をとりなおして、手紙の内容を正確にシルファに伝えるのにまた数十分。
この子と話してると異様に時間がかかる。
「珊瑚ちゃんが俺に望んだことはそれだけだ」
「でも、そんなことをしていったい何になるのでしょうか?
料理でしたら、イルファ姉さまやミルファ姉さまが……それに、瑠璃さまだってとても上手に料理を作ることが出来るのです。
いまさらシルファが料理を習ってなんになるのでしょう」
「それは俺にも分からないよ」
「それに……どうして料理を教わるのに貴明さんのお家に来なければならないのでしょうか?
貴明さんは人に料理を教えるのが得意なのれすか?」
「それが……自慢じゃないが、俺は玉子焼きをまともに焼くことさえ出来ない」
「…………」
「…………」
二人して溜息。
「まったく訳が分からないのれす……」
「そ、そうだね」
本当にどうしたものか……
当面の目的を見失ったのでが、自然と二人の交わす言葉も滞りがちになる。
俺は黙り込んだまま、ぼんやりと手元のティーカップを見つめていた。
シルファはといえば……彼女もまた自分の手元に視線を落としていた。
その手に握られていたのは、俺がさっき珊瑚ちゃんとの関係を証明するために渡したフォトスタンドの写真だった。
その写真を見つめるシルファの横顔が、何故だか微妙に暗い。
なぜ、俺と珊瑚ちゃんの写真をそんな顔で見つめているのだろう?
145:箱入り娘が届いたら 17/51
08/02/29 03:21:52 0Ka5/nCG0
「ねえ、その写真がどうかしたの」
「いえ……わたし、珊瑚さまがわたしの知らない方々と一緒にいるお姿を始めて見たのれす」
シルファはじっと写真から視線を動かすことなく俺の問いかけに答える。
俺もシルファの真剣な視線につられてその写真に目を落とした。
この写真は、去年の冬にみんなで温泉旅行に行った時の写真だった。
写真に写った人物は俺と珊瑚ちゃんだけではなかった。
写真の中には瑠璃ちゃんとイルファさんとミルファ。そして、
「知らない女の人と……それに他の男の方までいらっしゃるのれす」
「それはタマ姉と雄二だよ。その二人も俺の友達なんだ」
「そうれすか……」
答えながらも写真を見つめるシルファの表情はやはり微妙。
なんとなく暗い顔だとは思うけれど。
何故そんな顔をしているのかまでは分からない。
「去年の冬、珊瑚さまが”みんなで温泉旅行に行く”と言い出したのれす。
突然のことだったので、お姉さまたちも大急ぎで準備をしていました。
シルファも行こうと珊瑚さまは言って下さいましたけど……
でも絶対に行くのは嫌だったので、シルファは一人お家でお留守番をしていたのれす」
「どうして一緒に行かなかったの?」
「シルファはお家から出るのが苦手なのれす。それに知らない方も一緒に旅行に行くという話を聞いていたので……
行きたくなかったのれす」
それはまた……筋金入りの箱入り娘だな。
146:箱入り娘が届いたら 18/51
08/02/29 03:23:02 0Ka5/nCG0
「でも、珊瑚さまがシルファが居ないところで、
シルファの知らない方たちとこんなに楽しそうにしているとは知らなかったのれす」
「そうか……」
なんとなく、シルファの言いたいことが分かってきた気がする。
フレームいっぱいに写る仲間に囲まれた珊瑚ちゃん。
彼女はとても楽しそうに写っていて……でも、その写真の中にはシルファは居ない。
「でも、それはこの旅行に限ったことではないのれす。
最近の珊瑚さまは、誰かと楽しそうに電話で話したり、シルファを置いて何処かへ出かけていってしまうことが多くなってきたのです。
以前はもっとシルファと一緒に遊んでくれたのに……」
そして一言。
「シルファは……もう珊瑚さまに必要なくなってしまったのかもしれません」
「え?」
「いいえ。なんでもないのれす。
それよりよろしければ料理の特訓を始めませんか?
珊瑚さまがシルファに望んでくれることがあるのなら、シルファは出来る限りそれをしようと思うのれす。
だから貴明さんの家にしばらくお世話になってもいいれすか?」
「あ、ああ。もちろんだよ」
「それが今のシルファに出来る精一杯のことですから」
「う、うん……」
147:箱入り娘が届いたら 19/51
08/02/29 03:23:30 0Ka5/nCG0
ちょっと言葉にひっかかる物を覚えたけど、シルファが特訓を始めようとしてくれていることは願ってもないことだった。
だから、今はあまり気にしないでシルファに頑張ってもらうのがいいと俺は思っていたのだ。
「で、あの。あなたの呼び方……なんれすけど」
「はい?」
シルファはちょっと小首を傾げて。
「あの……”ご主人様”ってお呼びしたほうがいいのれすか?」
「いや、もう貴明さんでいいから。
ご主人さまってのはもう十分間に合ってる」
「そ、そうなのれすか??」
俺はシルファの申し出をきっぱりと断った。
もう、これ以上俺のことを”ご主人様”って呼ぶ人が増えるのは正直困る。
「じゃあ貴明さん、とお呼びします。どうかシルファのこと、宜しくお願いします」
そう挨拶とともに頭を下げると、シルファは俺に向かってにっこりと微笑んだ。
それは、俺が初めて目にしたシルファの笑顔だった。
俺はその笑顔にひどくショックを受けたような気がした。
(あれ……? なんかおかしい)
148:名無しさんだよもん
08/02/29 03:24:07 anpvKXop0
そろそろか?
149:箱入り娘が届いたら 20/51
08/02/29 07:45:39 0Ka5/nCG0
可愛い笑顔だった。とても美しかった。
でも、それだけ。
俺は昔、雄二に誘われてメイドロボの展示会場に行ったことがある。
そこに展示されていた量産型のメイドロボたち。
彼女たちが浮べる完璧な笑顔。
シルファがさっき浮べた笑顔は、そんな笑顔にどこか似ていた。
「どうかしたのれすか?」
でもそう思えたのはほんの一瞬だった。
次の瞬間、俺をみて不思議そうな顔をしているシルファはさっきまでの普通のシルファだった。
その表情には、特別に不自然な違和感など感じられない。
「いや、なんでもないよ。
じゃあ始めようか」
さっきのは、きっと俺の気のせいだろう。
そう思うことにした。
料理の特訓といっても、俺自身は人に教えるほどの技術も知識も持ち合わせていない。
とりあえず、自分で料理を教えることなど出来そうにも無いので、俺は援軍を呼ぶことにした。
それに、シルファと二人きりで過ごす時間には、緊張感がありすぎる。
もちろん俺以上にシルファは緊張しているだろうけど。
シルファが家に来てから一晩が明けた日曜の朝。
俺は電話して彼女を家に招いた。
150:箱入り娘が届いたら 21/51
08/02/29 07:46:38 0Ka5/nCG0
「お、おじゃましまぁす……」
おそるおそる……といった様子で玄関のドアから顔を覗かせるのは、われらが『いいんちょ』こと小牧愛佳。
そして何故かその背後に立つのは。
「なんだ、お前も来てるのかよ」
大人しい姉とは性格は正反対。
生意気で口が悪くて、性根が腐って……
「なによ?」
「別にお前を呼んだ覚えは無いんだけどな」
「お邪魔だったわけ?
日曜の朝から一人住まいの自宅に姉を呼び出して。いったい何を企んでいるかと思ってついてきてみれば……」
相変わらずの冷たい目で俺を睨んで郁乃は一言。
「いやらしい」
……今日一日でこのセリフを何度聞いたことか。
なんでこいつにまでこんなことを言われなきゃならんのだ?
いっとくが、お前をそんな眼で見たことは一度だってないからな。
「ないない。別に下心があって、愛佳を呼び出したわけじゃないって」
「そ、そうなんだ……全然無いんだ……」
と、何故かがっかりしたような愛佳の声。
151:箱入り娘が届いたら 22/51
08/02/29 07:47:12 0Ka5/nCG0
「ふーん、別に姉には興味は無いの? だったら別にいいけどね」
「……そうなの? 貴明くん」
な、なんでそんなことを聞くんだよ……
「だからさ。俺はちゃんと目的があって愛佳に来てもらったんだってば。
そうだ。せっかくだから郁乃も協力してくれよ」
「でも……わたしなんかに何が出来るのか……」
「なんであたしがそんなことをしなくちゃいけないわけ?」
自信なさげに困惑している様子の愛佳と、不機嫌に睨みつけてくる郁乃に俺は頭を下げる。
「俺の大切な友達が困ってるんだ。
だから、頼む」
愛佳と郁乃は顔を見合わせて……頷いてくれた。
「うん……貴明くんにとって、大事なことなんだよね。
わかりました。あたしに出来ることなら」
「……ま、別にいいけど」
「よし。じゃあ、さっそく本人に会ってくれ。
ちょっと気難しいところもあるけど……根はいい子だからさ」
152:箱入り娘が届いたら 23/51
08/02/29 07:48:35 0Ka5/nCG0
「わっ?? た、貴明さん、その方たちは誰なのれす?」
「初めましてシルファさん。
あたし、貴明くんのクラスメイトで小牧愛佳っていいます」
「あたしは妹の郁乃。よろしく」
「ま、また知らない人が増えたのれす…… いったいなんなのれすか??」
リビングに訪れた愛佳と郁乃を見て、またおどおどし始める様子のシルファだった。
この子、よっぽど人に会うのが苦手らしい。
「愛佳が料理をシルファに教えてくれるんだよ。
俺よりもずっと心強いだろ?」
「じゃあ……このお姉さんに教わって、ご主人様のエサを作ればいいのれすか?」
「え、エサって……あの……その言い方はちょっと……」
「ねえ……これのどこが”根はいい子”なのよ、貴明?」
俺を睨み付ける郁乃の瞳は極限に冷たい。
「い、いやあ……この子は言葉遣いを知らないだけだって……多分」
言い訳する言葉が苦しいのが、自分でも分かるほどだ。
でも、本当はいい娘だと……思うんだけどなあ?
まあこうして愛佳を先生役に、キッチンでシルファの料理の特訓は始まったのだけれど。
その成果はといえば……
153:箱入り娘が届いたら 24/51
08/02/29 07:49:12 0Ka5/nCG0
「ぜんっぜんダメね」
テーブルに並んだ料理の失敗作……というよりも食材の残骸を眺めて郁乃は一言。
「いや……そこまで言わんでも」
しかし、正直なところ内心では俺の意見は郁乃とまったく同じだった。
それもシルファの上達が遅いとか、そういうレベルの問題ではないのだ。
「だいたい、メイドロボにかかる費用的負担を考えれば、高級ホテルの食事を毎日食べることも余裕なのれす。
それなのにメイドロボに料理を作らせるなんて、経済的にはとてつもなく無駄なことなのれす。
こんなことをする意味が、シルファにはまったく分からないのれす」
「は、はあ……」
さっきからのシルファはこんなことばかり言って、やる気というものがまったく感じられない。
愛佳は困り顔でシルファの言葉にいちいち相槌をうつばかり。
おかげで料理の練習は全然進まない。
「もう、いいのれす。
シルファには先生は必要ないことが、よく分かったのれす
これ以上、無関係なお姉さんと郁乃に迷惑を掛けるのは筋違いというものれす」
そう言ってついに練習まで放り出してしまった。
キッチンを飛び出してしまうシルファ。
「お、おい。どこへ行くんだよ?」
「ちょっとパソコンをお借りしますれす」
イルファに続いて俺達が向かったのは二階の俺の部屋。
パソコンのスイッチを入れ、ネットプラウザからメイドロボ関連の総合サイトを呼び出した。
154:箱入り娘が届いたら 25/51
08/02/29 07:49:57 0Ka5/nCG0
「来栖川データベースにアクセスして、料理用アプリケーションをダウンロードするのれす。
費用は少しだけかかりますけれど、このまま材料を無駄使いして料理を作るよりも、ずっと安くあがるはずなのれす」
「いや、それはそうかもしれないが……」
「すぐにプロ並の料理も作れるようになりますから。
それが一番いい方法なのれす」
「うーん……」
なるほど、効率優先で考えればそういうことになるのだろう。
でも、それでいいんだろうか。
そんなことが目的であれば、珊瑚ちゃんは俺の家に彼女をここに送りつけたりはしなかったはずだ。
こんな形でこの問題を終わらせてしまっていいのか?
「ダメよ!」
俺の感情を強く代弁するかのように、隣で黙って見ていた郁乃が叫んだ。
「あんた、そんなやり方でいいと思ってるの?
赤の他人がここまで付き合ってあげたっていうのに、あっさり逃避してどうすんのよ!」
「逃避……れすか?」
「そうよ! そういう諦め方は、せめてやるべきことをやってからの話でしょ。
まだあんたはなんにもやってないじゃない」
「どうして……郁乃は怒っているのれすか?
シルファには、わからないのれす」
シルファは心底不思議そうな顔で呟く。
155:箱入り娘が届いたら 26/51
08/02/29 07:50:32 0Ka5/nCG0
「ど、どうしてって……」
「郁乃はシルファに関わるのが面倒なのでしょう?
シルファは、愛佳も郁乃も楽になれる提案をしただけなのれす。
それのどこがいけなかったのでしょうか?」
「そ、そりゃそうだけど……で、でも、あんたねえ……」
郁乃が気圧されたように黙り込む。
それはシルファの嫌味に引いたのではない。
シルファの言葉にはそんな感情はまったく無かったのだ。
愛佳も俺も、そんなイルファになんと言えばいいのか全く分からない。
「……みんな、ちょっと休憩しよう。話はそれからだ」
「そうね……」
シルファを除けば、自分も含めて熱くなっていた。
その熱をまず冷ます必要がある。
「シルファも。
まだ料理レシピのダウンロードはしないでくれ。
これからのことは、みんなで話し合ってから決めよう。いいね?」
「は、はいなのれす。
みなさんがそれでいいというのなら、シルファはそれで構わないのれす」
「シルファもどっかで好きに休んでてくれ。またあとでな」
「はい……」
156:箱入り娘がの作者
08/02/29 07:52:07 0Ka5/nCG0
この辺りで中断させて下さい。
申し訳ないですが、続きは今夜以降にさせていただきます。
157:名無しさんだよもん
08/02/29 08:17:26 aADF4W5e0
おつおつ!
158:名無しさんだよもん
08/02/29 14:59:05 voK6luS/0
掲示板の方で読ませてもらったよー。ネタバレになるから感想は投下終わってからにするけど。
とりあえず乙。
ところで、あの掲示板は他の書き手も使わせてもらって良いのかい?
さるさんが猛威を振るってる現状だと凄く便利なんだが。
159:名無しさんだよもん
08/02/29 18:09:07 MmnglVJp0
117だけど
去るさんゆるくなってるっぽいよ
前は夜に投下してもきっちり10レスでひっかかったんだが
今回投下したときはなぜか引っかからなかった
書き込むペースも前と同じだったんだけど…
160:名無しさんだよもん
08/02/29 20:51:25 PXSk6w0a0
>>155
イルファさん発見!!
161:箱入り娘がの作者
08/02/29 21:41:10 0Ka5/nCG0
昨日の晩からSSを投下してる者です。
今帰ってきたので続きを投下します。
書き込みが止まったら規制でストップしたものとみて、
スレを通常進行させて下さい。
>>158
便利に使っていただけるなら嬉しいことです。
ぜひどなたでもご自由に使って下さい。
>>159
自分が投稿したときは10スレ程度で止まってしまいます。
その代わり投稿再開は少し早くなってる気もします。
>>160
大変失礼しました。
162:箱入り娘が届いたら 27/51
08/02/29 21:43:12 0Ka5/nCG0
釈然としない気持ちを抱えたまま、俺達は部屋を引き上げていく。
シルファを二階の俺の部屋へと残し、愛佳と郁乃と俺とは1階のリビングで話し合うことにした。
愛佳がいれてくれた紅茶のカップを手にしてとりあえず一息。
「あの、料理を教えるの上手くいかなくてごめんなさい……」
いくぶん疲労のこもった声で愛佳が謝っている。
でも、もちろん愛佳に責任なんてない。
「いや、愛佳が謝ることなんてないから」
短い時間でかなり疲労した様子の愛佳を励ましつつも……
実際俺も疲れたな。ほとんど何もやってないのに、シルファたちを見守っているだけでも妙に疲れたよ……
「言っとくけど、上手くいかないのは姉のせいじゃないからね」
「分かってるよ。愛佳はよくやってくれてる」
「貴明には悪いけど……あの子に何を教えても無駄なんじゃないの?
本人にやる気が無いんじゃどうにもならないわよ」
「でも……」
郁乃の指摘に反論できる言葉が俺にはない。
ないんだけど、でも……
それでもまだ諦めたくないと思える自分の感情は、何処からくるものなんだろうか。
「納得いかないって、顔してるわね。結局、あんたはどうしたいのよ?」
「うん、上手く言えないんだけどさ……」
シルファのことを諦めきれない理由。
言葉に出来ない俺の気持ちを、それでも説明し始めようとしたその時。
163:箱入り娘が届いたら 28/51
08/02/29 21:43:39 0Ka5/nCG0
「……しく……」
と、俺の耳に微かに誰かの声が聞こえたような気がした。
「あれ、今なにか聞こえなかった?」
「ん、誰かの泣き声みたいな……」
「ああ。俺にも聞こえた」
どうやら愛佳も俺と同じ声を聞いたようだ。
耳を澄ますと、すすり泣くような微かな泣き声は玄関の方から聞こえてくるようだ。
ここに居る愛佳と郁乃を除いて、この家に居る人物はあとひとり。
つまりこの泣き声の持ち主は、
「行ってみよう……静かにな?」
「うん……」
三人で連なってしのび足。
1階廊下の先。
玄関の手前で先導する愛佳が足を止める。
(そこに居る?)
(うん)
廊下の角からこっそりと覗き込むと、そこに思った通りの少女の姿。
玄関先でうずくまって、彼女はあのダンボールを抱きしめていた。
ダンボールの箱に隅っこには黒のサインペンで
”しるふぁのいえ”
と書かれている。
164:箱入り娘が届いたら 29/51
08/02/29 21:44:02 0Ka5/nCG0
「あれがあの子の家?? なんであの子はダンボールを抱いてるわけ? 貴明、あんたには理由が分かるの?」
「いや、はっきりとは分からんけど……
でも、昨日の夜もシルファは俺が用意した客間には泊まらないで、あのダンボールの中に引き篭もってたな」
「そうだったの? でもどうしてなんだろう?」
そんなとこで寝たら風邪ひいちゃいそうだね……と、的はずれな心配をする愛佳。
話がずれるから姉は口挟まないで、と瞳で睨みつける郁乃。
「俺の想像でしかないけど。
シルファはこのダンボールに包まれてこの家に送られてきたんだよ。だから……」
そしてきっとシルファをあのダンボールに包み込んだのは、イルファさんやミルファの仕事なのだろう。
或いは珊瑚ちゃんか、瑠璃ちゃんなのかもしれない。
だから、あのダンボールは今のシルファにとってたった一つの”家”なのだろう。
「珊瑚さま……シルファお姉さま……どうして、シルファのことを捨ててしまったのれすか……?
きっと、きっとシルファが無能だから……見捨てられてしまったのれすか……?」
そして、シルファの本当に帰りたい家は……
「くすん……お家に帰りたいのです。珊瑚さまのお側に戻りたいのです……」
「あたし、シルファがなんでやる気無いのか分かった気がする」
ダンボールにしがみついて泣いているシルファの背中を見つめながら、郁乃がぽつりと呟いた。
「シルファは、その珊瑚って人から捨てられたと思ってるんだね。
持ち主に捨てられて、『他所でしっかりやれ』って言われても、そりゃあ納得できないだろうし」
「そうだねえ……」
165:箱入り娘が届いたら 30/51
08/02/29 21:44:24 0Ka5/nCG0
愛佳が合点した様子で頷く。
俺にもその分析は正しいのだろうと思えた。
シルファはご主人様が望むことなら頑張ると言ったけど、本心では見捨てられた気持ちで塞ぎ込んでいるのだろう。
「で、どうなの貴明。珊瑚っていう人は本当にあの子を捨てたの?」
振り返る郁乃が、いくぶん厳しさ含んだ瞳で問いかける。
俺はきっぱりと答えた。
「ちがうよ。珊瑚ちゃんはシルファを捨てたりなんか絶対にしない」
「そう。よかった」
そう聞いて郁乃の表情が和らいだ。
なんだ。一応シルファのことも心配してくれてるんだな。
と次の瞬間、俺の感情を察したかのように郁乃はそっぽを向いた。
まったく、なんでこいつはこうも素直じゃないのだろう。
「自分が捨てられたわけじゃないって……この特訓にもちゃんと意味があるんだって、まずシルファさんに分かって貰わないといけないよね」
「そうだな」
愛佳の意見に俺は頷いた。
きっと、それが一番大切なことだ。
「でもそう簡単に納得出来ることじゃないかもね。あの子、顔に似合わず結構頑固そうだし」
「どんな話をしたら、そのことを分かってくれるのかな?」
「どうなの、貴明。あんたはあの子の気持ちを動かす言葉を持ってる?」
「……」
166:箱入り娘が届いたら 31/51
08/02/29 21:44:46 0Ka5/nCG0
それはもちろん……
「そんな言葉、持っているはずがない」
「そうよね」
俺はそんなに器用じゃない。
いや、人間はそんなに器用じゃあない。
「でもほっとけないんだ」
女の子が苦手なくせに、ほおっておけない。
だって、女の子が泣いたり、笑ったり。悲しんだり喜んだり、そんな顔を見るだけで心が落ち着かなくなってしまう。
もう俺はそういう人間なのだろう。
それとも、放っておけないからから、かえって女の子が苦手になってしまうのかもな。
案外そんなものかもしれない。
女の子と深く関わらなければ、後で困ることもない。
涙をみたり、悩みを知ったりしたらもう捨てておけなくなるから、その前に逃げ出してしまうのだ。
「でももう遅いよな……」
もう十分過ぎるほど俺はあの女の子と関わってしまった。
なにしろいきなりダンボール詰めで送られてきてしまったのだから。
なにも知らずに箱を開いたら、いきなり彼女は泣き出した。
だから逃げる暇なんてなかった。
「俺、イルファと話してくるよ」
「うん、頑張ってね、貴明くん」
「しっかりやんなさいよ」
167:箱入り娘が届いたら 32/51
08/02/29 21:45:08 0Ka5/nCG0
俺はこっそり隠れていたことを気付かれないように、
なるべく自然な感じを装ってシルファの背中に近づいた。
「シルファ、今いいか?」
「あっ……貴明さん……な、なんれすか?」
しがみついていたダンボールを慌てて背中に隠して。
シルファは俺の方に向き直った。
「あの、もう休憩は終わりですか。みなさんのお話はまとまったのれすか?」
「まあそうだね」
いったい話をどう切り出していいものか。
俺は迷った末、当たり障りの無いことから聞いてみることにした。
「なあ、シルファは……料理が上手になったらまず誰に食べてもらいたい?」
「料理……ですか??」
シルファは何故か不思議そうな顔。
「やっぱり珊瑚ちゃんや瑠璃ちゃんかな?」
「わたしは……」
それは俺にとって回答は半ば想像出来ていたはずの質問だった。
それなのに、シルファは少しばかり迷った表情を見せ……
168:箱入り娘が届いたら 33/51
08/02/29 21:45:30 0Ka5/nCG0
「貴明さんに、一番に食べてもらおうかな……とも思うのれす」
「えええ???」
「もし貴明さまが満足するくらい料理が上手になれたら……わたしをお側に置いてくださいませんか??」
「いや……それはその……」
それは想いも寄らなかった答え。
「貴明さんが誘拐したくなるくらいシルファのことが欲しいなら……
シルファのご主人様が貴明さまでも別にいいのれす」
「いや、誘拐してないって言ってるじゃないか」
……というか、そういうボケをかましてる場合じゃないし。
「ちょっと待ってよ。君は料理の特訓を頑張って、珊瑚ちゃんのところに戻るんじゃないのか?」
「でも……珊瑚さまは、シルファのことを見捨ててしまったのかもしれません」
シルファは寂しそうにそう呟いた。
やっぱりこの子はそう思っていたのか。
「きっと、シルファよりも大切なものが出来たのれす。シルファのことなんて、もう必要なくなってしまったのです」
「もしそれが本当だとしても、シルファはそれでいいのか?」
「それは……仕方の無いことなのれす。
珊瑚さまがシルファより楽しく過ごせるおともだちが出来て……
それでシルファがいらなくなったというのなら。
シルファに出来ることは、出来る限り珊瑚さまのじゃまにならないように努力することだけれす……
だからもう、新しい居場所を見つけるしかないのれす」
169:箱入り娘が届いたら 34/51
08/02/29 21:46:18 0Ka5/nCG0
シルファはいつのまにか微笑んでる。
それはなぜか見覚えのある笑顔だった。
「今日からは、シルファは貴明さんをご主人さまだと思って頑張ります。
だからシルファをよろしくお願いしますね」
「その笑顔は、シルファの笑顔じゃないね」
「え……」
「その笑顔、今朝も見せてくれた笑顔だったね。
俺に宜しくって言ってくれたときにも笑っていたけど。
その時の笑顔と、今の笑顔は同じだ……すごく綺麗だけどさ、本当のシルファの素顔じゃないんだよね?」
シルファは俺の言葉にとても驚いた顔。
彼女の大きな瞳がいっぱいに広がっている。
「分かるのれすか?」
「まあね」
「わたしもメイドロボの端くれれすから……接客用の基本動作プログラムくらいは標準装備しているのれす
そっきのは、去年の『メイドロボ笑顔コンテスト』で優勝した実績のある笑顔モーションだったんですけど……
貴明さんは満足されなかったのれすか?」
「コンテストねえ……」
あの笑顔がどこか不自然に見えてしまったのはそういうわけか。
「笑顔の違いが分かるなんて、貴明さまはそうとうなメイドロボマニアれすねえ」
「違うって」
雄二じゃあるまいし。俺にはそんな違いは分からない。
170:箱入り娘が届いたら 35/51
08/02/29 21:46:43 0Ka5/nCG0
「綺麗だと思ったよ。でもシルファの笑顔じゃないってことだけは分かるよ」
「そうれすか……」
「やっぱり、本心から笑えているはずもないよね?」
「……」
自分の口から、『違う』とは言えないのだろう。
俺には分からないけど、これがメイドロボの忠義なのだろうか?
いや、なんとなく違うように思う。
シルファがメイドロボだから、じゃなくて珊瑚ちゃんへの想い方だろうな。
「ねえ、シルファ。珊瑚ちゃんは、君のことを捨てたりなんかしないよ。それはシルファだって分かっているはずだよ」
「……珊瑚さまはお優しいから、シルファを捨てたりはしないかもしれません。
でも、シルファが珊瑚さまの重荷になってしまうのなら、それは同じことなのれす」
「重荷だなんて」
「いえ……」
シルファの手には、今朝俺が見せた珊瑚ちゃんとみんなの写真があった。
どうやらシルファはこの写真をずっと持っていたらしい。
「珊瑚さま、新しいお友達がいっぱい出来て。とっても楽しそうなのれす。
でも……その笑顔が、シルファには遠いのれす」
そして、その横顔に浮かび上がる感情がいまならはっきり分かる。
シルファは、寂しいんだ。
「わたしだけが、珊瑚さまのお友達になれると、そう思っていたのれす。
そして珊瑚さまのお友達も、わたしだけだと思っていたのれす。
珊瑚さまは、今でもシルファのことをとっても大切にしてくれます。
でも、この笑顔はシルファと二人きりのときとは違う……眩しい笑顔なのれす。
シルファはこんな珊瑚さまを今日まで知らなかったのれす……」
171:名無しさんだよもん
08/02/29 21:47:14 Syu/Orgy0
しえん
172:名無しさんだよもん
08/02/29 21:59:44 Jgh4IECJ0
さるさん出る前に5-6レス目くらいで支援した方がいいんかねぇ
173:箱入り娘が届いたら 36/51
08/02/29 22:06:06 0Ka5/nCG0
写真の中には、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんが。イルファさんとミルファが。
雄二とタマ姉が仲良く写っていた。
でも、その中にシルファはいない。
「あの……やっぱり、珊瑚さまはシルファから離れてしまっているように……そう思えるのれす。
違いますか? 貴明さん」
「うん……」
ある意味で、シルファの言っていることは的を得ているように思う。
珊瑚ちゃんは新しい人間関係に足を踏み出そうとしている。
でも、シルファはその歩みに全くついていくことが出来ないでいるのだ。
だから、二人の距離は相対的に以前より広がってしまっていると言える。
もしかして珊瑚ちゃんはこのことを……
そう思ったとき、俺の頭の中に不意にひらめくものがあった。
「シルファ。君に見てもらいたいものがあるんだ。一緒に二階に行こう」
「は、はい? わっ、何をするのれす???」
戸惑うシルファの手を強引にとって、俺は彼女を二階の自室に引っ張っていく。
「さあ。これを見てくれ」
「これは……アルバムですね。まだ比較的新しいものれす」
「このアルバムは、珊瑚ちゃんたちと出会った頃からのものだよ。
他の写真も写ってるけどな」
174:箱入り娘が届いたら 37/51
08/02/29 22:06:36 0Ka5/nCG0
「そうなのれすか……でも、どうしてこのアルバムをシルファに?」
「珊瑚ちゃんに新しい友達がいっぱい増えたって言ったよね?
その通りだよ。そしてこのアルバムにはその歴史が納められている。
どんな風に珊瑚ちゃんがみんなと出会っていったか。
シルファには知って欲しい」
「……どうしてなのれす?」
「それは見れば分かると思うよ」
「んー、そういう意味深な言い方はやめてほしいのれすけど……」
シルファは少し迷ったように手を伸ばす。
まるで腫れ物に触るみたいに、アルバムの上をその小さな手がさまよう。
興味はあるけど、でも怖い……そんな感じ。
「……いいのです。それでは見てみるのれす」
でも、少しばかりの迷いの後でシルファははっきりとそう言った。
175:箱入り娘が届いたら 38/51
08/02/29 22:07:15 0Ka5/nCG0
「よし、じゃあ始めるか。
えと、俺が珊瑚ちゃん瑠璃ちゃんと会ったのは……この辺だな」
俺はアルバムをめくって目的の写真を探り出す。
「まずこれだ。まだ珊瑚ちゃんと俺が出会ってから間もない頃の写真だよ」
「へえ……ずっと昔の珊瑚さまたちなのれすか……」
シルファが興味深げに覗き込む。
珊瑚ちゃんたちの過去の姿、やっぱりシルファにとって気になることなんだろう。
アルバムを熱心に見つめるシルファのまなざしは子供のように純粋な輝きが感じられて、
ふと俺は微笑ましい気持ちになった。
「んー、なんだか瑠璃さまが怒ってるみたいれすね」
「そうだな。この頃、俺は瑠璃ちゃんには蹴っ飛ばされてばかりだった」
「瑠璃さまが? 貴明さまを蹴っ飛ばすのれすか??」
「そうれすか……そんな瑠璃さまを、シルファは見たことなかったのれす……」
いや、そんなとこに興味を持たなくていいから。
「……それは見なくていい。じゃあ次な」
アルバムのページをめくり、また次の写真へ。
「あっ。この写真にはイルファお姉さまがいるのれす」
「うん。俺たちがイルファさんと出会った頃の写真だな」
「シルファの気のせいでしょうか……なんだかみなさん難しいお顔をしているのれす……」
「気のせいじゃないよ。初めて会ったとき、俺達は仲良しじゃなかったんだ」
176:箱入り娘が届いたら 39/51
08/02/29 22:07:39 0Ka5/nCG0
この後すぐ、イルファさんが研究所に帰るって言い出したんだよな。
もしあのまま何もせずにいたら、どうなっていたことか。
きっと今のような関係を続けていくことは出来なかっただろう。
「お姉さま……瑠璃さまと喧嘩でもなされたのでしょうか?
瑠璃さまはイルファ姉さまをよく怒りますけど……でも、イルファ姉さまのこんな暗いお顔を見たのは初めてなのれす……」
「いろいろなことがあったんだ。いつかきっと、シルファにも話すよ」
「はい……」
さらにページをめくる。
この写真は、確かイルファさんのロケテストだっけか。
「この写真には、貴明さまは写ってらっしゃらないのれすね。
イルファ姉さまと、さっきの男の人と、女の方と……」
「この写真は雄二から貰ったものだよ。
以前、イルファさんが雄二の家にロケテストの為に滞在したことがあったんだ。
イルファさんとタマ姉はこの時初めて知り合ったんだよ」
もちろんタマ姉家でのことだから、俺には聞いた話でしかないけど。
なんでも『美人メイドロボと一つ屋根の下』というシチュエーションに暴走した雄二がイルファさん盗撮を狙ってなんども失敗したとか。
そのおかげでタマ姉とイルファさんは打ち解けたらしいから、怪我の功名というべきなのかな……?
いや、やっぱり雄二は許せないな。
よりにもよってイルファさんのお風呂姿をカメラに収めようとするなんて。
絶対に許しがたい。
「その時にタマ姉がイルファさんのこと気に入ったらしくて。
ほら、タマ姉は強引だからさ。
いつも俺や雄二を引っ張っていって、皆で野球をやったり旅行に出かけたりするんだけど、
その中にイルファさんも加わるようになって……そこから珊瑚ちゃんや瑠璃ちゃんも少しづつ巻き込まれていったんだ」
177:名無しさんだよもん
08/02/29 22:08:06 6yzPO7EQ0
支援
178:箱入り娘が届いたら 40/51
08/02/29 22:08:11 0Ka5/nCG0
「そうなのれすか……イルファ姉さまは、やっぱりすごいのれす」
「そうだね」
俺は頷いてまたページをめくる。
「そして、これが一番新しい写真だな」
「あっ、この写真にはミルファ姉さまがいるのれす。
しかも、また見たことも無い方がいっぱい写っているのれす……」
「このちっこいのがこのみ。
その隣にいるのがちゃるとよっちだよ」
「ふえええ……写真に収まりきらないくらいに人がいっぱいなのれす……
どうしてこんなにいっぱいの人が出てくるのれしょうか……??」
少々混乱した様子のシルファだった。
写真の変化の早さにシルファはついていけないらしい。
「ミルファは突然俺の家におしかけてきたんだよ。あの時はほんとに驚いたよ」
「そういえば、ミルファ姉さまがお家をしばらく空けたことがあったのれす……
あの時、貴明さまのお家に行ってらしたのれすか?」
「きっとそうだろうな。
で、ミルファが俺の家に住んでることがこのみにバレちゃって。
なんだか知らないけどこのみも俺の家に住むとか言い出すんだよ。
しかもちゃるやよっちまで『このみの援軍だ』とかわけのわからんことを言い出して俺の家に泊まりに来るし。
あの時は大変だったよ」
「貴明さまって……」
「なに?」
「いえ。罪深いおとこの方って、やっぱり自覚がないものなんれすね……」
なにやら理解したような顔で頷くシルファ。
179:箱入り娘が届いたら 41/51
08/02/29 22:08:39 0Ka5/nCG0
「でも……そのわりにはこの写真のお姉さまとこのみさんたちは、仲がよさげに見えるのれす」
シルファの言う通り、写真の中の少女達……
ミルファとこのみ。ちゃるとよっちはまるで女子高生同士がプリクラとか撮るみたいなバリバリの決めポーズで仲良く写真に収まっている。
そのばかばかしさはともかくとして、写真の彼女たちの仲の良さと騒々しさだけは見知らぬ人にも伝わるだろう。
そんな分かりやすい写真だった。
「なんでも戦いの中で女の友情が芽生えたらしい。俺にはさっぱりわからんが」
「そうれすかあ」
「なに? シルファは分かるの?」
「まあ一応。おんなのこには分かるんれすよ」
「ふーん……まあいいや。写真はこれで全部だよ」
俺はアルバムを閉じる。
閉じられたアルバムの表紙を見つめてなにやら物思いにふけるシルファに感想を求めた。
「シルファ、どうだった?
このアルバムを見て、何を感じた?」
「ええと……」
シルファは自分の考えを言葉にしようと戸惑っているみたいだった。
俺は答えを急がない。
「えっと……その……
シルファにとって驚きだったのは、多分……
イルファ姉さまやミルファ姉さまのお姿のことです。
珊瑚さまだけじゃなくて、イルファお姉さまやミルファお姉さままで。
こんなにも新しい方とお知り合いになって、仲良くしていらっしゃるなんて……全然知りませんでした」
180:箱入り娘が届いたら 42/51
08/02/29 22:09:05 0Ka5/nCG0
「うん、その通りだね。
俺が話したいのも、そのことだよ」
「はい?」
「珊瑚ちゃんには君の知るように沢山の新しい友達が出来たけど。
そのきっかけになってくれたのは、イルファさんやミルファなんだ。
二人が外の世界で色々な人と出会って、珊瑚ちゃんと知り合うきっかけを作ってくれたんじゃないかな」
「確かに……そうかもしれないのれす」
シルファは考え込むように呟き、そして不意に何かに気が付いたように顔を上げた。
「では、珊瑚さまはシルファにも姉さまたちのようになって欲しいと望んでいるのれしょうか?
それでシルファを貴明さんのお家に?」
「うーん、そこまで珊瑚ちゃんが計算してるかどうなのかは微妙なとこではあるけど……」
珊瑚ちゃんの行動が天然なのか計算なのかはよく分からないところがある。
それについては考えるだけ無駄かもしれない。
「でも、シルファに新しい友達が出来たら、珊瑚ちゃんはきっと喜んでくれると思うよ。
せっかくこうして外に出てきたんだし。
シルファもいろんな人と出会って、友達を作るといいよ」
俺の言葉に、しかしシルファの表情は微妙に固くなる。
「珊瑚さまの望むことなら叶えたいとは思うのれすけど……
でも、そんなことシルファにはできそうにないのれす」
「どうして?」
「友達って、どうしたら出来るのれしょうか? シルファには全然分からないのれす……」
「別に……普通に一緒に遊んだりとか……なんか適当に考えればいいよ」
「適当にって? そんなこと急に言われても、シルファにはなんにも思いつかないのれす」
「まあ……そうかなあ……」
181:箱入り娘が届いたら 43/51
08/02/29 22:09:30 0Ka5/nCG0
ずっと家に閉じこもりきりだった少女にしてみれば、それは難しいことなのだろうか。
俺にはぴんとこないなあ。
でもそうか、俺にもこのみやタマ姉や雄二が居なかったら。
全然知らない人ばかりの場所で、いきなりなにかを始めるっていうのは案外難しいのかもしれないな。
そう考えれば、確かにイルファさんやミルファはずいぶん頑張ったのだろう。
「お姉さまたちは、とてもすごいのれす。
シルファに同じことが出来るとは思えないのれす。
シルファには……お姉さまたちのことさえ、遠く見えてきたのれす……」
「確かに、イルファさんもミルファもすごくいい娘だからな」
でも、シルファだっていい娘だと思うけどな。
それにシルファは二人の妹じゃないか。
「遠くなんかないよ。大丈夫。シルファにだって同じことがきっと出来るよ」
「そんな……どうしてなのれす?」
「だって、シルファはイルファさんたちと同じ、珊瑚ちゃんが作ってくれたメイドロボじゃないか」
「メイドロボだから……?」
「知ってるかい? 珊瑚ちゃんは、自分や瑠璃ちゃんと一緒に遊んでくれる友達が欲しくてメイドロボを作ったんだ。
「それは、聞いたことがありますけど……」
イルファさんはともかく、ミルファの方はちょっとばかり常識に欠けるところがあったんだけどなあ。
でも俺の心配なんて杞憂だった。
ミルファはすぐに人と打ち解けられる明るくて素直な性格の持ち主だった。
珊瑚ちゃんも、イルファさんもミルファもすごくいい娘だから。
「珊瑚ちゃんは、大切な想いを込めて一生懸命シルファたちを作ってくれたんだ。
だからその願いはきっと届くよ。シルファは珊瑚ちゃんの夢なんだ」
「わたしが珊瑚さまの夢……」
182:箱入り娘が届いたら 44/51
08/02/29 22:09:53 0Ka5/nCG0
俺の言葉をオウム返しに呟くと、シルファは真っ赤になって俯いてしまう。
いや……照れないでくれ。こっちも恥ずかしくなるから。
「た、貴明さまって、恥ずかしいことを平気でおっしゃるのれす……」
「へ、平気じゃないけどな」
「でも、そうなれたらいいと思うのれす……
いえ。そうなりたいと思うのれす」
そう言って『うん』と頷いてくれたシルファの顔にはさっきよりずっと前向きな顔をしていた。
「貴明さんは……不思議なことをおっしゃるのれす……
なんだか貴明さんに励ましてもらうと、ちょっとだけ信じたい気持ちになれるのれす」
「そ、そうかな?」
シルファが尊敬するような真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。
純粋で輝いた瞳に見つめられると、なんだか照れる……
「瑠璃さまが、『男っていうのは優しい言葉で女の子をだまして、てごめするんやでーー』って、言ってました」
その言葉の意味がやっと分かったような気がします」
「…………」
そんな理解のされ方は望んでなかったけどな……
純粋さにゆえの棘というかなんというか。
シルファは意外と油断できない性格だな。
183:名無しさんだよもん
08/02/29 22:10:18 6yzPO7EQ0
支援
184:箱入り娘が届いたら 45/51
08/02/29 22:10:23 0Ka5/nCG0
「でも……わたしはまずなにをしたらいいのれしょうか……?」
「そうだね、初めてだとなかなか勝手が分からないものだよね」
シルファの顔にはまだまだ戸惑いと不安の色が浮かんでいた。
でも、随分前向きになってくれたよな。
あとは、この子にはほんのちょっとしたきっかけがあればいいだけだ。
「じゃあ……まずは俺と友達になろうか」
「え?」
俺はシルファの目の前に右手を差し出した。
「うん。俺とシルファは、今日から友達だ」
「そんな……どうしてなのれす??」
「昨日、今日とシルファと一緒に過ごして、
シルファが珊瑚ちゃんを大切に思う優しい気持ち、ちゃんと伝わったよ。
だから、俺は君と友達になりたい。珊瑚ちゃんは俺にとっても大切な人だから。
二人で珊瑚ちゃんの夢を叶えていこう」
「んー。貴明さんだと、何か下心がありそうで怖いのれすけど……」
言う言う。
大人しいだけの子かと思ったけれど、これだけ言えるなら誰が相手でも大丈夫そうだけどな。
と、シルファの小さな手が俺の前に差し出される。
「シルファと握手、するんじゃないのれすか?」
「ああ、そうだね」
俺はそっとシルファの手をとった。
もみじみたいに可愛らしい小さな手だった。
185:名無しさんだよもん
08/02/29 22:13:37 7TnEcF2/0
支援
>>172
6レス目に出るのは去るさんじゃ無くて連投規制ね
俺の経験では2分以上間を空けるようにすれば引っかかりにくいはず
186:名無しさんだよもん
08/02/29 22:44:49 PXSk6w0a0
>>164
>「珊瑚さま……シルファお姉さま……どうして、シルファのことを捨ててしまったのれすか……?
お姉さまはイルファ?
187:箱入り娘が届いたら 46/51
08/02/29 23:17:16 0Ka5/nCG0
「シルファが生まれたとき……珊瑚さまも貴明さんと同じように手を差し伸べてくださったのれす……
あのときのことは、シルファはいつまでも忘れません」
そしてシルファは俺の手を見つめて言った。
「貴明さんの手はやたらと大きいのれす。
こうして握ると、でっかくてちょっとだけおっかないのれす。
でも、珊瑚さまの手と同じように暖かいのれす」
「タマ姉も、雄二も。このみもちゃるもよっちも。
それに愛佳も郁乃の手も、みんな同じだよ」
「そうなのれしょうか?」
「うん。愛佳はね、困ってる人がいるとほっとけない優しい女の子なんだ。
だからみんなの委員長に選ばれて、信頼されている。
郁乃は……気難しいところがあるけど、悪い奴じゃないよ
これから二人と一緒に料理を作ってみよう。
そうすればシルファもきっと二人と友達になれるよ」
「……貴明さんは、お二人のことがお好きなんれすね」
「す、好きっていうか……まあね、うん」
す、ストレートな聞き方だなあ。
もちろん、好きではあるけど、そんな聞かれ方するのは恥ずかしい。
「貴明さんは男らしくて、女ったらしなのれす。
女の子はみんな好きなのれす。よく分かったのれす」
……もう別にそれでもいいか。
「シルファのことも好きだからね」
「はいなのれす。だったらちょっとだけ、口説かれてあげるのれす」
188:箱入り娘が届いたら 47/51
08/02/29 23:17:54 0Ka5/nCG0
そんなシルファをともなって1階に戻ると、
階段下のリビングでくつろいでいた二人が驚いたように声をかけてきた。
「わ、貴明くん……
シルファさんと手を繋いでるの? ど、どうして?」
あ、そういえばあれから手を繋いだままだったっけ
「いや、深い意味はなく、ただ友達に……」
「シルファは貴明さんに口説かれたのれす。一緒に夢をかなえてくれるんだそうれす」
「「えっ」」
シルファの余計な言葉に、姉妹二人の驚きの声が重なる。
「い、いや……俺は確かにそう言ったけどさ。でも」
「あんたって、相変わらず手が早いわね……」
「た、貴明くんって……」
「違うって! シルファもヘンな部分だけ抜粋するなよ」
まったくシルファと郁乃には困ったものだ。
この娘たち、可愛い顔してなかなか言葉は危険なんだよな。
でもこの空気は騒がしくてにぎやかで。
さっきよりはずっと明るい雰囲気になれたみたいで……だからまあいいとするかな。
189:箱入り娘が届いたら 48/51
08/02/29 23:20:07 0Ka5/nCG0
そう思っていると、俺の隣に立つシルファが急に真面目な顔になって口を開いた。
「あの……愛佳さん、郁乃さん。
わがままを言って、ごめんなさいなのれす。
でも、もう一度頑張りたいと思うのです。
シルファにいろいろなことを教えてくださいなのです」
いまだ俺の手を握ったままのシルファの小さな手から、汗ばんだ緊張が感じられた。
内気なシルファにとって、こんな簡単な言葉でもきっと大きな勇気を必要としたのだろう。
「もちろんですよぉ。私に分かることだったら、なんでも教えるからね」
「……ま、いいけど。今度こそ真面目にやりなさいよね」
「はい! ありがとう、なのれす!」
そしてキッチンの中での静かな戦いが再び始まる。
まだまだ不器用に動くシルファの手に、愛佳の優しいアドバイスと郁乃の容赦ない指摘が飛び交う。
苦闘の結果、いくつかの手料理がテーブルに並んだ。
俺も味見にだけは参加させてもらった。
「ん……さっきのに比べれば遥かにマシだけど……はっきり言って、まだまだね」
シルファの作った鳥のから揚げ……らしき料理を郁乃はそう厳しく評価した。
「そ、そうなのれすか……」
「おまえな、そこまで言わなくても」
「仕方ないでしょ。ちゃんと評価しなきゃ、上達だってありえないし」
まあ、そうかもしれないが……
言いにくいことをはっきり言う奴だな。
シルファも少しばかり落ち込んでいるようだ。
190:箱入り娘が届いたら 49/51
08/02/29 23:20:30 0Ka5/nCG0
「でも初めて作ったのならこれで上出来だよ。
ひとつづつ練習していけば、きっとすぐに上達するさ」
「うん、あたしもそう思います。シルファちゃん、短い時間ですごく上手になったと思う」
俺の励ましに、愛佳もフォローをいれてくれる。
「は、はい……」
気を取り直して一休みしたらもう一度始めようか、と提案しようとしたその時だった。
「でも、このお味噌汁の味はあたし好きかな……」
「え?」
シルファがいくつか挑戦した料理が並ぶそのうち、
味噌汁の茶碗を手にした郁乃がなんとはなしにそう呟いた。
あの味噌汁、ちょっと薄味で俺には正直合わなかったけどな。
郁乃にしては珍しく気を使ったのだろうかと不思議に思った。
(郁乃は味噌汁、やたらと薄味が好みだから)
(なるほど)
俺の疑問に答えるようにそっと愛佳が耳打ちする。
どうやらこの意見は単純に好みの問題によるもののようだ。
でも、シルファにとってはそんな些細なことではなかったようだ。
「ほ、本当れすか?
お世辞じやなくて、郁乃は本当に美味しいと思っていただけたのれしょうか?」
「え? まあ、別に嘘は言わないけど……?」
「正直に、言ってくれたのれすか?」
「だ、だからそう言ってるじゃない」
191:箱入り娘が届いたら 50/51
08/02/29 23:21:06 0Ka5/nCG0
妙に真剣なシルファの問いかけに、少々気圧されながら答える郁乃。
と、シルファの瞳から大粒の涙がこぼれ出した。
「わっ、な、なによ……なにも泣かなくてもいいじゃない。あたしはそんなおおげさなことを言ったわけじゃなくて……ただ……」
「生まれて初めて、自分が頑張って作ったもので、だれかを喜ばせることができたのれす。
それが、こんなに嬉しい気持ちになれることだなんて……
シルファは全然知らなかったのれす……」
「ちょっと……泣かないでよ。恥ずかしいな……」
その光景を見て俺は思う。
やっぱり、シルファは分かってくれたんだな。
イルファさんやミルファの妹なら、その気持ちをきっと分かってくれると願っていた。
「ありがとうなのです……すごく、すごく嬉しいのれす!
シルファは郁乃が大好きなのれすっ!」
そしてシルファの顔に浮かぶのは俺が見る初めての本当の笑顔。
シルファは隣に座る郁乃におもいっきり抱きついた。
その勢いに押されてたじろぐ郁乃。
「ちょ、ちょっと、抱きつかないでよ。恥ずかしいなあ……もう……」
「いい友達が出来てよかったね、郁乃」
「そ、そんなんじゃないって……あ、ちょっと! 写真なんか取らないでよ! 貴明の馬鹿ーー!!」
俺は初めて見るシルファの本当の笑顔を、郁乃の困り顔と共にカメラに収めた。
それは涙混じりのぼろぼろの笑顔だったけど。
その笑顔は無性に眩しくて、何故だか俺の胸を熱くさせるのだった。
きっと、今、俺達とシルファの間にはなにかが芽生えた。
それは珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんがイルファさんとミルファに貰ったものと同じだろう。
きっとそうであって欲しいと思う。
192:箱入り娘が届いたら 51/51
08/02/29 23:21:49 0Ka5/nCG0
姫百合家のリビングでゲームをしていた珊瑚の携帯端末がメールの到着音を知らせている。
着メロは何故か『地獄の黙示録』。
「ん、シルファからのメールや」
「ほんま?」
携帯端末を操作する珊瑚から笑みがこぼれる。
メッセージは元気なシルファの様子を率直に伝える内容だった。
『珊瑚さま、お元気れすか?
シルファは貴明さんのお家でとても元気に料理の特訓に励んでいます。
お料理もお掃除も、まだまだシルファには難しいけれど。
一生懸命頑張って誰かに喜んでもらえることは、とってもとっても嬉しいことなのれす。
まだまだシルファは頑張って、貴明にも、愛佳さんにも、そして郁乃にも。
もっともっと喜んでもらえる料理を作れるようになるのれす』
メールに添えられた写真には、貴明と、愛佳と郁乃。そしてシルファの姿があった。
郁乃の腕を強引に取って並び写真に写るシルファは笑っていた。
その笑顔は珊瑚が初めて目にするシルファの眩しい笑顔だった。
:追伸
玉子焼きを、ちょっとだけ上手に焼けるようになったのれす。
帰ったら、珊瑚さまやみんなにもきっと食べて欲しいのれす。
きっとれすよ。
193:名無しさんだよもん
08/02/29 23:22:23 Syu/Orgy0
長編乙
194:箱入り娘がの作者
08/02/29 23:30:37 0Ka5/nCG0
以上になります。
名前の間違いに関しては恥ずかしい限りですね。
シルファとイルファは間違えやすい上に見直しても分かり辛い……
支援くださった方、大変ありがとうございます。
195:名無しさんだよもん
08/03/01 01:10:02 BWxd0m4F0
>>194
シルファと郁乃という、組み合わせも予想外でおもしろかったす。
久しぶりに楽しく、長編を読ませてもらったです。乙かれ~
196:名無しさんだよもん
08/03/01 05:48:28 2kmvu4M40
>>194
乙
文章は読みやすいし流れもちゃんとしてるし良い作品だと思う。
でもやっぱAD発売日当日ってのがネックかなあ
プレイしてから見るって人は多いだろうし(自分もそう)
そうするとやっぱり原作との齟齬が気になっちゃうかな
仮想シナリオも何も、目の前に原作のシナリオが存在しちゃうから嫌でも比較しちゃうしね
そういう側面を除けばいいSSだと思うよ。
気になったことといえばシルファが貴明のメイドロボになるって決めた部分が唐突かな
貴明のメイドロボになるって話はあまり関係ないと思うし
無理矢理シルファルートにしちゃってる感じなのがちょっとだけ首を傾げた
197:名無しさんだよもん
08/03/01 06:26:12 CwBO2FPI0
貴明のメイドロボになる~ってのはヤケを起こしたって事じゃない?
例えるなら、貴明が草壁さんルートに入っちゃったのを知ったタマ姉が政略結婚の話に乗っちゃうとか。
198:名無しさんだよもん
08/03/01 07:01:13 2kmvu4M40
ヤケでもあるんだろうけど
貴明がシルファがメイドロボになるって話を断るっていう根拠がないまま言ってるってことは
そうなってもいいや、という考えがあるような気がするんだよね
それが誰でもいいじゃなくて貴明ならいいに見えるんだわ
仮想シルファルート、って言われちゃってるので余計にそういう見方になってるんだろうけども
199:と妹と彼氏の事情 前書き
08/03/02 11:33:22 wiZcjMzN0
まだADのSSは時期尚早かも知れませんが、
郁乃story読んで姉妹丼を書かなければならない衝動に駆られたので逝きます。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ ★
★ 注意! ★
★ ★
★ このSSはAD郁乃story後日談ですので、 ★
★ TH2ADの完全なネタバレがあります。 ★
★ まだ郁乃storyをクリアしていない方はご注意願います。 ★
★ ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
全27レスですが19/27以降はエロだけです。途中でさるさん喰うかも。では