08/01/28 22:21:37
>>647
「ありがと、な。お前のおかげで、俺も決心がついた」
「おれ、の?」
「お前が、その……色々させてくれて、なんか踏ん切りがついた」
この前のこと、言っているんだろうか。抱きしめて、キスをして。それだけじゃない、まるでセックス
みたいなことを、おれたちは、した。
そういっておれを見つめてくる阿部君の瞳に、いままでにはなかった熱っぽいものがあるような気がし
て、おれはぎくりとした。
これは、なんか、だめだ。
だめだ、阿部君。
ソレは勘違いだ。阿部君が好きなのはおれじゃない。おれであってはいけない。
おれはもしかしたら阿部君の理想的な存在だったのかもしれないけど、それは、まやかしだ。
阿部君は、おれに似たあのヒト……いや違う。おれは苦笑した。
おれが、阿部君の好きなあのヒトに、似てるだけだ。おれは勘違いしちゃいけない。また、たくさんの
人が不幸になる。
阿部君の視線から逃げるように、おれは慌てて口を開いた。
「きょ、今日、野球できる、かな?」
どうだろ、と阿部君がまた空を見上げる。あの視線がそれて、少しだけほっとした。
「でもお前、下を見れないんだろ」
それにお前が見てどうすんだよ、と答える阿部君はちょっと照れていた。だからおれは気付いた。もし
かしたら、あのヒトと一緒にいるの、見られたくないの、かも。最近は、しょっちゅう近くにいれるよう
になったって、前に嬉しそうに教えてくれたもんね。
でも、最後に、ここから見ておきたいんだ。
阿部君が野球するところを。大好きな野球をするところを。
明日は晴れるらしいな、と阿部君は言いながら手に持った紙の束を片付け始めた。たくさんの数字と文
字の書かれた紙は、どんな内容なのかバカなおれにはちっともわからない。
おれとふたりになるために、阿部君は色々といいわけを考えないといけないらしい。次の試合の計画と
か、どんな球を誰に投げるかとか、そういうをひとりで考えたいって、周りには言ってるそうだ。そうやっ
てして、阿部君はここにやってくる。
そうだよね、だってもう季節は冬にさしかかっていて、誰も寒い屋上になんか、こようと思わない。