11/01/24 22:29:47
第二章
―寂しがりの二人が あの夏の魔法の中で
同じ気持ちと同じ恋 分け与えられたのかな―
こうして、ボクと佐紀は付き合い始めたわけであるが…まあお互い、付き合うのは初めて同士だ。だから、分からないことだらけ、一歩一歩
手探りで進んでいくしかない。
それに、学校の中であんまりいちゃついてると周囲に何を言われるか分かったもんじゃない。だから、校内じゃお互い妙によそよそしかったり…
ボクとしては、本当は校内だろうが、どこだろうが思いっきりいちゃついてみたいのである。でもそうもいかない…のが、何とももどかしい。
「なかなか付き合うのも楽じゃないってことか」
と、ボクは自分で自分に言い聞かせた。
645:fusianasan
11/01/24 22:31:35
そんなある日の夕方。
「ねえ、今日は一緒に帰る?」
佐紀が珍しく訊いてきた。普段そんなことを言わない子なのに、どうしたんだろう。
「うん。でもどうしたの急に?」
気になって訊いてみると、
「実はね…××くんには言ってなかったんだけど…私、高校に入った時から習い事を始めたの。それで…
今日は放課後そっちに行かなくちゃいけないから…」
「へー、そうだったんだ。で、何の習い事?」
「ダンス」
「ダンス?」
「うん」
意外だった。おとなしい、典型的な文系少女だと思っていた彼女がそんなことをやっていたとは。でも、背の低い彼女には
結構向いていそうだ…って言ったら怒られそうだから、さすがにそこまでは言わなかった。
「だから、今日と木曜日は放課後会えないの。ごめんね」
「いいよ。毎日会ってたら悪いもんな」
本当は学校が終わってからだって、毎日会いたい。会いたいに決まっている。彼女に夢中になっているのだから当たり前の話だ。
でも、それは言えなかった。ボクは『物分かりのいい男』を演じてしまったのである。それがいいのか悪いのか、この段階ではまだ
分からなかった。
どういうわけか、ボクは心の中で胸騒ぎを覚えた。なぜ?自分でもわからなかったけど。
646:fusianasan
11/01/24 22:32:33
ボクの胸騒ぎを別とすれば、佐紀との恋愛はまあまあうまくいっていた。初めて同士だと、歯止めが利かない。付き合うまでに紆余曲折、
二転三転した分だけ、付き合ってからのボクたちはどんどんお互いに夢中になっていく。加減の度合いが分からないから、どんどん
加速していってしまうのだ。
最初の頃の堅さはどこへやら、ボクたちはあっという間に角が取れて丸くなっていく。丸くなって、お互いを求め合うようになっていき…
放課後。駅前のファーストフード店。
「ねえ、おいしい?」
「うん、おいしい」
寄り道して、二人してポテトを食べていた。佐紀の口にちょっと残っていた塩を見つけたボクは、
「あっ、ここに塩が残ってる」
と、指で取っちゃったりなんかしたりして…で、その指が勢い余って口に入っちゃったりして…
「チュプ…んん…これは、指だよぉ」
「あっ、勢い余っちゃった。へへ、ごめんね」
「もう…」
そう言いながら、佐紀は困った顔のまま、ボクの指をちょっとだけ舐めてくれた。何とも言えない快感があった。はて、ボクは指にも
感じるポイントがあるんだろうか。知らなかったなぁ…
『人前でいちゃつけない』とか言っていたのは昔の話、ボクたちはベッタベタな、周囲の人が見たらちょっと…いやかなり引くくらいの
関係になっていた。
恋をすると周りが見えなくなると言うが、まさにその通り。少なくともこの時間は、ボクと佐紀の二人しかこの世の中にいないような気分だった。
647:fusianasan
11/01/24 22:34:57
駅の改札口。
「じゃあ、ここで。また明日ね」
「うん。おやすみ…あっ、ちょっと待って」
ここまで加速度的に惹かれあう二人だったが、実はまだ、『あの日』以来一度も休みの日にデートできていなかった。
「ん?どうしたの?」
「なぁ、今度の日曜、どこか行かないか?」
「日曜?私はいいけど…でも、どこ行くの?」
「いや…まだ決めてない」
「えぇ?ダメじゃん!」
これで話はあっさり破談になりかけ…たが。
648:fusianasan
11/01/24 22:35:51
「佐紀は、どこか行きたいところある?」
「私?そうだなぁ…」
一瞬の間があった。そして、佐紀がボソッと言った。
「どこか、二人で思いっきり遠くへ行ってみたいなぁ」
意外な一言だった。佐紀は特定のどことは指定せず、ただ『遠くへ行ってみたい』、それも『思いっきり』遠くを願った。
一体どういうことだろうか。
「そっか…じゃあ、そうしようか。どこか探してみるよ」
「うん!楽しみにしてるね」
佐紀の真意がわからないで戸惑うボクと、嬉しそうな佐紀。この変なコントラスト。
649:fusianasan
11/01/24 22:36:23
木曜日の放課後。今日、佐紀はダンスの教室に通っている。一人になったボクは、久々に悪友と遊ぶことにした。
川沿いの公園で、ボクと悪友はしょうもない話をしていた。悪友はボクと佐紀とのことを聞きたがっている。もっとも、
興味本位なのは言うまでもない。
ボクは彼にどこまで話すべきか迷ったが、とりあえずこの間の一件を話してみた。すると、
「深読みし過ぎなんじゃねえの」
ボクの心境を思ってか、悪友がそう言った。
「そうかなぁ…今まで誰かと付き合ったことねえから、分からないんだよね」
ボクの本音。加速度的に夢中になってはいたけれど、それが本当にいいことなのかどうかは分からないのが本音だった。
「まあ、いいんじゃねえの。清水さんに嫌われてるわけでもないんだろ。ならいいじゃん」
悪友はそう言うと視線を宙に浮かせた。その視線の先には川が流れていて、その向こうの川岸で子供が遊んでいる。
「あの右側の女の子が可愛いな」
…なんだ。結局最後はそういう話かよ。ボクは彼に相談したことを内心後悔した。
(つづく)
650:fusianasan
11/01/24 23:31:44
乙です
651:fusianasan
11/01/25 21:47:30
>>649
日曜日の朝。少し暑い朝だった。ボクはいつものように駅の前にいて、佐紀を待っていた。
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
約束の時間から今回も五分遅れで彼女がやってきた。今日は白いワンピース姿だ。背の低…もとい、小柄な彼女によく似合っている。
「で、どこ行くの?」
「秘密」
ボクは佐紀に行き先を秘密にしていた…いや、秘密にしていたといえばカッコいいが、実は直前までどこに行くか決めかねていたのだった。
行きたいところは山ほどあるが、彼女の意向もあるし、何より明日は学校だから、確実に日帰りで帰れるところにしなければいけない。
「そうだ。海まで行ってみよう…か?」
「海?」
まだ本格的な海のシーズンには少し早い。でも、人の多いところにはあまり行きたくなかった。シーズン外なら、きっと人もまばらなことだろう。
「でも、私、水着とか持ってきてないし…」
「いいんだよ。海辺とか、散歩して…嫌?」
「…まあ、それでもいいけど」
どうやら、あんまり嬉しそうではない。まあそりゃそうか。だけど、『どこか遠くへ』と漠然と指定されても、正直どうしていいかわからなかったのだ…
とは言えなかった。
「まあ、とにかく行こうよ」
佐紀の手を引っ張って、ボクは駅から電車に乗り、バスに乗り換えて目的地を目指した。その先に何が待っているかは、まだ分からなかったけど。
652:fusianasan
11/01/25 21:48:55
バスの中はあんまり人がいない。ボクら以外の乗客は数人といったところか。
「ふぁぁ…何だか眠くなっちゃった」
佐紀は大あくびをすると、そう呟いた。そして、そのまま彼女はボクの横で眠り込んでしまう。
「Zzz...」
思えば、彼女の寝顔を見るのは初めてかもしれない。目を閉じたまま小さな顔をコクリ、コクリとやっている彼女の姿は可愛いとしか
言いようがない。『無防備な彼女』が、ボクの目と鼻の先にいる…
ボクはそれがたまらなく嬉しかった。
バスに揺られて一時間半。終点の駅に着いた。人影もまばらな終点は、電車も一時間に一本か二本しかないような小さな駅だった。
「誰もいないね…」
ここから電車で一駅か二駅も走れば港に着く。でも、いつ電車が来るかなんて調べてもいない。訊けばいいか、と思っても駅にも誰も
いないようだ。
「あと三十分かかるってさ」
佐紀が時刻表を見てポツリと言った。三十分くらいなら、待てないこともない。
「じゃあ、待とうか」
二人して誰もいない、そして誰も来そうにないホームのベンチに座った。
「ちょっと疲れたんじゃない?」
「ううん、さっき寝たから、大丈夫だよ」
そう言いはしたが、佐紀の目はまだ眠たそうだ。
「いいよ、もうちょっと寝てなよ」
ボクはそう言って、彼女の頭が乗れるように自分の肩を少し下げてやった。
「じゃあ、もうちょっとだけ…寝てていい?」
彼女はその肩に頭を乗せて、そして再び目を閉じた。
653:fusianasan
11/01/25 21:49:36
そのまま少しの時間が流れた。電車の来ない駅はまるで時間が止まったかのように静かだ。
ボクの耳に聞こえるのは時々やって来る鳥のさえずりや羽音と、ボクの肩に載っている少女の寝息だけである。
そんな時間が続いているうちに、ボクは何だかこの世界が二人しかいないような錯覚にとらわれてしまった。何せ、
あたりを見回しても誰もいないし、誰か来る気配すらないのである。
「ふぇ…ふぁぁ…」
佐紀が目を覚ました。どうもボクの肩が無意識のうちに動いてしまい、それで目を覚ましてしまったようだ。
目を覚ました彼女は半分寝ぼけ眼のまま、『どうしたの?』という感じでボクの顔を見る。その表情が…
ボクの心に火をつけた。つけてしまった。
だって、その表情はボクが今までの人生の中で出会った…どんな人よりも可愛らしかったから。
ボクは黙って彼女を抱きしめ、そして唇を求めた。彼女は一瞬驚いたようだったが、ボクの無言の要求を受け入れた。
唇と唇が触れた。それも一瞬ではない。ゆっくりと続いていく口づけ。
いや、時間にしたらそんなに長いことではなかったのかもしれない。でもボクにはその時間がとてもとても長く感じられた。
そして、長く続ければ続けるほど、自分と彼女の心を通わせられる、と思っていたのだった。
それが正しいのかどうかは分からないけど。
654:fusianasan
11/01/25 21:50:49
唇を離すと、ボクたちは我に戻ったかのように体を離した。
「ごめんね、急に…」
「ううん、気にしないで…ちょっと、びっくりしただけだから」
ボクはいきなり、今まで気にも留めなかった周囲の様子が気になってきてしまった。まあ、見渡す限り相変わらず
誰もいないことには変わりないんだけど…でも、誰かに見られてなかったかとか、誰か通ったらどうしようとか、
そんなことが気になってきてしまって…
我ながら実に小心者だと思う。でも、なかなかこういう部分は直りそうにない。
「キス、しちゃったね…ごめんね」
「…」
佐紀は何も言わなかった。何も言わず、ただ下を向くだけだった。
ボクの発作的な行動は、彼女が望んだこととはかけ離れていたのだろうか。『ボクしか見えてなかった』というのは、
ボクの勝手な思い込みだったんだろうか…
会話がないまま、いつしか電車がやってきた。ボクたちは、黙ってその電車に乗り込んだ。電車の中でもほとんど
会話がなかった記憶がある。
窓越しに見える海岸線。人気もまばらなその景色はまだどこか重たそうで、まるでボクの心の中を描き出したようだった。
655:fusianasan
11/01/25 21:51:30
二駅先の駅にボクたちは降り立った。ここもやっぱり人のいない場所だった。
「行こうか」
「…うん」
佐紀が小さくそう言った。少しは愁眉を開いてくれたのだろうか。ボクたちは駅から歩いて、海岸沿いを目指した。
「ねえ…怒ってる?」
「何が?」
「さっきのこと」
ボクは恐る恐る訊いてみた。答えを聞くのが怖いような…でも答えを聞かないと先に進めないような…複雑な気持ちだ。
「怒ってないよ…別に」
佐紀はそう言うが、声はどこか元気がない。まあ、今日、ずっとなんだけど。まるで、付き合う前に戻ってしまったみたいだ。
それはなぜ?ボクが悪いのか?だとしたら、どうしたら元に戻ってもらえるんだ?
謎ばかりが増える。でも、それをいちいち彼女に訊くわけにもいかない。だから余計に気が重くなって、空気まで重くなるんだ。
ああ、なんて悪循環。
656:fusianasan
11/01/25 21:52:03
でも、まだボクは知らなかった。彼女…佐紀が、もっと重大な問題を抱えているということに。
そして、その問題にボクも無関係ではいられないということに…
(つづく)
657:fusianasan
11/01/28 22:59:25
>>655
二人で海岸沿いの公園にたどり着いた。佐紀をベンチに座らせて、ボクは一人で歩き、自販機で二人分のジュースを買った。
「お待たせ」
ジュースを渡して、ボクもベンチに座る。目の前には海が広がっていて、時々海からの風がボクらに涼しい空気を運んでくれる
…そんな景色。
「ねえ、少しだけ、話したいことがあるの…聞いてくれる?」
佐紀がそう言ってきた。佐紀が今日一日、ずっと冴えない様子だったのはこの話のせいなのだろうか…ボクはただならぬ雰囲気を
察して、向き直った。
「実はね…ちょっと、話が来てるんだ」
「何の話?」
佐紀が次に言った言葉を、ボクは終生忘れることはないだろう…きっと。
658:fusianasan
11/01/28 22:59:55
「…引っ越さないか、って話」
659:fusianasan
11/01/28 23:01:30
ボクは驚きのあまり、ベンチから転げ落ちそうになった。一体どういうことなのか。
「実はね、パパが転勤になりそうで…で、家族みんなで引っ越さなきゃいけないかもしれないの」
「…それ、いつのこと?」
「夏休みの間には決まると思う…」
「…どこへ行くの?」
「神奈川」
遠い場所だ。ボクが会いたいと思っても、おいそれと会いに行けるような場所ではない。
「…」
ボクは何も言えなかった。こんな時、一体何を言えばいいのだろう。
660:fusianasan
11/01/28 23:02:24
「××くんのことは好きだよ。ホントに好き。大好き!
だけど…」
「…だけど?」
「私一人じゃ、どうにもならないこともあるから…」
そう話す佐紀の顔は曇って、今にも泣きだしそうだ。
「ごめんね…今日は…そのことを…どうやって言えばいいのかなって、ずっと考えてた…
機嫌が悪かったとか、怒ってるとか、そういうことじゃないの…
ただ…どうやって言えばいいのか分からなくて…考えてただけなの…
ホントに…ごめんなさい」
謝られても、ボクはどうしていいかわからない。そもそも、彼女が謝る必要があるのだろうか。いや、きっとないはずだ。
そう、これはボクにも彼女にも手が出せない、どうしようもないことなんだ、きっと。
だけど…ボクは…そんなの…
661:fusianasan
11/01/28 23:04:02
「ねえ」
泣きそうな顔の佐紀が、ボクに囁いた。
「もう一回、キス、して」
「…いいの?」
さっきは何かの弾み、衝動から来るものだった。だからお互い夢中だった。だけど、今は違う。二人の心の中は、さっきとは
比べ物にならないくらい重くなっているはず。なのに、佐紀はボクにまたキスを求めてきた。いいんだろうか…
ボクの問いに、佐紀は何も言わず、小さく頷いた。こうなると断る理由はない。ボクは彼女をそっと抱きしめた。
さっきよりは、上手にできた、と思う。
「…」
佐紀が唇を求めてきた。黙ってそれに応じる。佐紀から仕掛けられたキス。
優等生の彼女がこんなことを…ボクに…
さっきの一件のせいでまだ頭は混乱していたが、正直、ボクはとても興奮してしまった。
「また…キス…しちゃったね」
佐紀の顔は真っ赤になっていたが、でも、ほんのちょっとだけ涙が流れていたのを、ボクは見逃さなかった。
「佐紀…大好きだよ。世界で一番…一番、一番、好きだよ」
ボクの本心だった。嘘も偽りもお世辞も何もない。百パーセント、混じり気のない純粋な感情。それをありのまま佐紀にぶつける。
今まではどこかでセーブしていた部分があったかもしれない。でも、もうそんなのはやめてしまえ。
いいじゃないか、好きな人に『好き』と言って、何がいけないというんだ…
662:fusianasan
11/01/28 23:05:42
「…ありがとう…嬉しい」
佐紀の言葉は涙にかき消されそうだった。そして、その様子を見ているうちにボクも何だか目頭が熱くなって、
二人は一緒に泣いた。
ボクも佐紀も、間違いなくお互いがお互いのことを大好きで、お互いのことを求め合っていて、
それなのにそう遠くない将来、二人は引き離されようとしている…
ボクはそれが耐えられなかった。そんなの嫌だ、佐紀と離れるなんてできるわけない!
…何とかして、それを回避できる方法はないものか。回避が無理なら、せめて少しでも幸せな結末を迎えたい…
ボクはこの時決心した。絶対に佐紀をボクだけのものにする、と。
今思えば、バカなことを、と思う。でも、その時のボクにはそれが分からなかった。
涙顔のボクたちは…三度お互いを求め合って、抱きしめあって、そしてキスをした。もうこの段階ではボクの視界に佐紀以外の
何かが入ってくることもなかったし、たぶん佐紀も同じだっただろう、と思う。
お互いを求め合う時間がしばらく続いた。
その時間は、カン、という金属音で終わりを告げた。
「あ…」
抱きしめた勢いのあまり、佐紀がジュースの缶をベンチの下の地面へ落っことしてしまったのである。
倒れた缶から、残ったジュースが漏れ出ていく…ボクはそれを見て、なぜかとても悲しくなった。まるで自分たちの未来を
暗示しているかのようで…いやいや、そうなっちゃいけないし、そうなりたくもないけれど。
(つづく)
663:fusianasan
11/01/28 23:07:24
|ω・) 誰もいなくなっちゃった… 読者さん、いなくなっちゃったのかな…残念(´・ω・`)
664:fusianasan
11/01/29 00:45:45
おつです。
エロシーン期待してます。
665:fusianasan
11/01/29 23:39:00
>>662
「行こうか…」
「…うん」
どこに行くかも決めていない。いつまでいるかも決めていない。決めていないことだらけだけど、ボクは佐紀の手を握って海岸線を歩きだした。
時々、波がボクらの足元までやってくる。
「きゃっ!」
予想よりちょっと大きな波が来たのか、佐紀が波に足をすくわれたような形になった。体がボクの方にゆらり、と崩れてくる。
「!」
ボクは…我ながら見事に受け止めてみせた。
「ごめん…大丈夫?」
「大丈夫」
ボクの腕の中にしっかりと佐紀の体が収まっていた。
「…また、やっちゃったね」
佐紀は顔を赤らめながらボクにそう言った。さっきから自分が何かとヘマばかりしていて申し訳ない、と思っているのだろうか。ボクにとっちゃ
ヘマでも何でもないんだけど。だって、その仕草一つ一つがとっても素敵で、愛らしくて、たまらなく愛おしいのだから。
「いいよ…だって」
「だって?」
「佐紀のことが大好きだから」
666:fusianasan
11/01/29 23:39:53
我ながら、歯の浮くようなことを言っている。ボクの周りの人間が見たら、きっと笑い転げながら、お前、頭がおかしくなったんじゃないか、
と言うだろう。でも、そんなことはどうでもよかった。
また…これ以上ないくらいに顔を赤らめた佐紀にそっと顔を近づけ、キスを求める。
「もう…××くんはホントに、キスするの好きなんだね…」
佐紀がちょっと呆れたように笑った。
「そうかもね。自分でもここまでだとは、気がつかなかったよ」
ボクはそう答えた。本音である。付き合い始める前までは、自分がこれだけ能動的に求める人間だとは思いもしなかった。今も多少の
羞恥心はあるが、夢中になる気持ちの前には勝てそうもない。それほどまでに、ボクは佐紀が…好きで好きでたまらないのだ。
「いいよ。私のこと好きでいてくれるのは、やっぱり嬉しいもん。私でいいんだったら…」
そう言うと、佐紀は一瞬間をおいて…つばを飲み込んで…続きを話した。
「好きなだけキスしていいよ。もう…怖くないから。大丈夫だから。××と一緒なら…大丈夫だから」
そして、佐紀はゆっくりと目を閉じ、ボクの唇を受け入れた。それだけじゃない。今度は…
お互いの舌が絡むような、熱いくちづけ。
足元に冷たい水が来たが、ボクたちはもう気にもしなかった。
667:fusianasan
11/01/29 23:41:34
歩いているうちに一軒の小屋が見えた。どうも、判断するにまだ営業開始前の海の家か、その残骸のようだ。辺りには誰もいない。
「ねえ、ここ、入ってみよっか?」
ボクは佐紀にいたずらっぽく訊いてみた。
「いいのかなぁ…怒られたり、しないかな?」
「そうなったら、ボクが謝るから…ね?」
渋る佐紀を強引に丸めこんで、ボクはその小屋に入った。中には誰もいないし、カメラの類もないようだ。
誰もいないから当たり前だけど、小屋には何もない。埃をかぶった机や椅子と、これまた埃をかぶった畳の敷かれた空間が
あるだけだった。
ボクたちは埃を振り払って、畳の上に座った。
「ねえ、一つだけ…訊いてもいい?」
佐紀がボクに訊ねてきた。
668:fusianasan
11/01/29 23:42:15
「何?」
「さっきの、ことなんだけど…」
佐紀が引っ越すとか、引っ越さないとかの話である。
「もし、ホントに引っ越すことが決まったら…その時は、ちゃんと報告するから…真っ先に、××に言うから…」
そう言うと、佐紀は小さな声で呟いた。
「私のこと、嫌いにならないで…くれる?」
意外な言葉だった。どうしてボクが佐紀を嫌いにならなきゃいけないのだろう。そんな…ことで。
「どうしてさ、嫌いになるわけないじゃん」
「だって、引っ越したら、学校で会ったり、デートしたり、できなくなるし…
電話だって…できなくなるかもしれないんだよ?
…それでもいいの?」
そういうことか。確かにその通りだ。お互い携帯電話を持っていないこともあり、ボクらは電話で話す機会さえ満足に得られなかった。
佐紀が引っ越せば、ボクらの恋も終わってしまうのだろうか…
理屈の上ではその可能性は高いことぐらいボクでもわかっていた。でも、今の二人には、その選択肢を選ぶことなどできない。
「大丈夫だよ…きっと」
本当は「大丈夫だ」とはっきり言い切りたかった。言い切ってしまいたかった。でも、それを言い切れないのが…
ボクの心の中のどこかに残っていた不安の表れ、だったのかもしれない。
669:fusianasan
11/01/29 23:42:57
「ホント?信じて…いいの?」
「信じていいよ。信じてくれよ」
ボクがそう言うと、佐紀はボクの体に抱きついてきた。
「嬉しい…××のこと、好きになってよかった…」
ボクはそのまま畳の上に寝転がった。ボクの腰の上に佐紀が乗っている形になる。そして、佐紀がそこからボクの体の上へ倒れ込んできた。
「上に乗っかっちゃったね」
「重たくない?大丈夫?」
「大丈夫だよ」
670:fusianasan
11/01/29 23:43:48
彼女の重み自体は別にさしたる問題ではなかった。むしろ問題だったのは…ボクの下半身が…
その…
疼いていることの方で…
「ねえ…これ…」
「ん?何?」
佐紀が何を言いたいか、本当はボクも分かっているのだけれど、わざと知らないふりをした。
「…あたっ…てる…」
「何が?」
「だから…その…」
佐紀は明らかに言いづらそうだ。まあ、そりゃ、そうだろう。あっけらかんと言われてしまったら、こっちもどうしていいか困る。
「何が当たってるの?」
ボクが訊き直すと、彼女は意を決したように一度小さく呼吸を整えて、そして呟いた。
「××の…おちんちんが…私の…太ももに…当たってる…よ」
そう言う彼女の顔は真っ赤になっていた。よほど恥ずかしいのだろう。
671:fusianasan
11/01/29 23:44:34
「やっぱり、分かっちゃったか…」
「分かるよ、そりゃあ…」
下を向き、恥ずかしそうに呟く佐紀に、ボクはあるお願いをしてみることにした。
「ねえ、触ってみて欲しいって言ったら…怒る?」
「…え?何を?」
「佐紀の太ももに、今当たってるものさ」
ボクがそう言うと、佐紀の目がこれ以上ないくらい大きくなり、『何を言い出すんだ』と言わんばかりの表情になった。
「…本気?」
「うん…佐紀がおっきくしてくれたから、佐紀に鎮めて…もらいたいなぁ」
当たり前だが、こんなことを女の子におねだりしたことなんて今まで一度もない。にもかかわらず、ボクは心の中で、佐紀の表情が
困れば困るほど不思議な余裕が芽生えてくるのを感じていた。
「…わかった。でも、誰にも言わないでよ?」
困り果てた顔で彼女が呟く。ボクは笑いを噛み殺すのに必死だった。
「言わないよ、言う必要がないじゃんか」
ボクがそう言うと、佐紀は観念したように…そっとボクのベルトに手をかけた。
672:fusianasan
11/01/29 23:45:31
ベルトを緩め、ボタンを外し、ファスナーを下ろし…
そこで佐紀がポツリと言った。
「すごく…おっきくなってる」
布越しに彼女の手が触れた。そして、その手は布を下ろし、露わになったそれに直に触れていく。
「もしかして、男の人の…見るの、初めてだったりする?」
「…うん」
彼女は小さな声でそう答えた。顔は真っ赤で、今にも火が出そうな感じだ。
「じゃあ、手で、上下に、しごいてみて…くれる?」
「…こう?」
彼女の手がゆっくりと動き、ボクのそれをしごいていく。甘美な感覚がボクを包む。
「あぁ…気持ち…いぃ…」
673:fusianasan
11/01/29 23:46:32
体が甘美な感覚に包まれれば包まれるほど、だんだん意識が遠くなっていく。そして、数分経って…
「ひゃっ!」
ボクが果てるのと同時に、佐紀が悲鳴を上げた…放出されるところを見るのも当然初めてだったわけで…
彼女はかなり驚いていたようだ。
「すごい…いっぱい…出た…ね」
「ビックリさせちゃったね…ごめんね」
ボクが謝ると、彼女はティッシュでボクの放出した『それ』を拭き取りながら…笑ってかぶりを横に振った。
「ううん…大丈夫…気持ちよくなって…くれたんでしょ?なら…よかった」
そして、ボクらは再びキスを交わすのであった。
674:fusianasan
11/01/29 23:52:54
そのままボクと佐紀は小屋の中で二人…『いちゃついた』時間を過ごした。
帰りのバスで、佐紀はやっぱり眠り込んでしまった。ボクは彼女の手を握ったまま、一人で窓の外を見ていた。
こんなにうまくいっている二人が…引き離される日がやってくるのだろうか。もし本当にそうなってしまったら、ボクは一体
どうすればいいのだろうか…
考えても仕方のないことを、ボクはただ考え続けた。そのうちに、だんだんと気持ちが悲しくなってきて、車内に視線を
戻すと…
佐紀が穏やかな寝顔で眠っているのが見えた。彼女のそんな姿が、また愛おしく思えた。
(第二章 終)
『夏の魔法』 PEPPERLAND ORANGE-1998
URLリンク(www.youtube.com)
675:fusianasan
11/01/30 00:03:50
(´・ω・)っ(第三章 予告)
『ボク』と『佐紀』は、とうとう『初めての日』を迎える
残り少ない時間を惜しむかのようにお互いを求め合う二人
そして、やって来る旅立ちの日
『ボク』と『佐紀』の運命は…?
(´・ω・)っ(明日以降連載予定…)
676:fusianasan
11/01/30 19:47:02
乙です
ついに・・・
677:fusianasan
11/01/30 20:29:31
第三章
―あいたい 今の君は どんな場所で 暮らしてる―
本格的な夏がやってきた。学校の中じゃ野球部の県大会を応援に行く人もいるようだが、ボクは行かなかった。
別に特に行く理由もないし。
かといって、期末試験に備えて勉強しようなんて立派なことを考えるわけでもなく…
ボクはただ、考えていた。考えてもどうなるわけではないことを、ただ考えていた。
「お待たせー。ごめん、待った?」
この笑顔の主が、もうすぐボクの前からいなくなってしまうかもしれないのである。
いや、「いなくなってしまうかもしれない」って表現は的確じゃない。「いなくなってしまう」確率は残念ながら
かなり高い。
678:fusianasan
11/01/30 20:30:47
「それまでに…ボクは…」
何をすべきで、何をすべきでないのか。彼女のために、一番プラスになる選択肢はなんだろう。
どんなにいろいろ考えても、決まった答えが出るわけじゃない…数学の授業のように、決まっていてなおかつ正しい答えが
出せるものならどんなに楽だろう。でもそうもいかない、のが悲しい。
「…ねえ、ねえったら!」
「…あ、ごめん、どうかした?」
どうやら、ボクが意識をほかに向けている間に、彼女はボクにずっと話しかけていたらしい。気がつかなかった。
「もう、全然聞いてないんだから…私の話」
ふくれっ面をする彼女を何とかなだめて、もう一回同じ話をしてもらった。
679:fusianasan
11/01/30 20:31:31
「ああ…そういうことか。ごめんごめん、全然聞いてなかったわ」
我ながら答えがどこか空虚なのが分かる。心中穏やかでないのに平静を装えるほど、ボクは器用な人間ではない。
「…そういうことだから。だから、今度の日曜日、あけといてね」
「うん」
珍しく佐紀の方からデートを予約してきた。別に嫌じゃないけど、不思議な気分だ。
「…その、準備とか…あるし」
「え?」
準備って何だ。何のことだ。何か大がかりなことでもあったっけ…?
「何のこと?」
思わず訊き返してしまった。すると佐紀は
「…もう!知らない!」
顔を真っ赤にしてどこかに行ってしまった。一体何だったんだろう。
680:fusianasan
11/01/30 20:32:42
よせばいいのに、ボクはそのことをそれとなく悪友に話してしまった。すると、悪友は大笑いしてこう言った。
「お前、そりゃ、アレだよ。初めての準備ってことだろうよ」
「はぁ?」
なんだそりゃ。
「ああ、そうかそうか。ごめんなぁ、未経験者には分からないよなぁ」
酷いことを言うもんだ。自分だって似たようなもんじゃないか…とボクは内心思いながら、それでも悪友の話を
黙って聞いていた。
「要するに、初めてはお前にもらってほしい、ってことだよ」
…はぁ。
「よかったなぁ。お前、すげー幸せもんだぞ」
「そうなのかなぁ…そうなんだろうなぁ、やっぱ」
ボクには、まだその程度の認識しかなかった。頭では理解できないこともないが、どうにも『それ』がまだ現実的なことと
して受け入れられないように思えて仕方なかったのである。
681:fusianasan
11/01/30 20:34:01
そして、日曜日がやってきた。
「お待たせ」
いつものように駅前で待ち合わせをした。白い服に身を包んだ佐紀は、いつもより少し翳があるように見えた。
「じゃあ、行こうか」
二人で映画を見に行って、喫茶店でお茶して…ここまではごくごく普通のデート、のはず。
でも、この日はそれでは終わらなかった…
「ねえ、私、行ってみたいところがあるんだけど」
喫茶店で、唐突に佐紀が切り出した。
「どこ?」
「…××くんの家」
比喩ではなく、ボクはこの時、飲んでいたアイスティーを噴き出しそうになった。
「…マジ?」
「…マジ」
さっきまで笑っていた佐紀の目が真剣だった。どうやら、これは本気のようだ。ははぁ、『準備』って、このことだったのか…
と今更になって思う。
しかし、ここまで真剣に言われたらボクも断れそうにない。もとよりあまり断ろうとも思ってないけど。
「分かった…でも、いいの?あんまり綺麗な部屋じゃないよ?」
「いいよ。そんなの最初からわかってたし」
…さりげなく酷いことを言われたような気もしたが、ボクは気にしないことにして、佐紀を自分の家へ連れて行った。
682:fusianasan
11/01/30 20:34:50
「おじゃましまーす…」
もとより今日はこの家、ボクたち二人以外誰もいないのだが…佐紀は恐る恐るという感じで、我が家にやってきた。
「ここが…ボクの部屋」
もっとも、大した部屋ではない。ベッドと本棚と勉強机とテレビとコンポがあって…それだけの部屋だ。
「へー、男の子の部屋って、こうなってんだね」
佐紀は興味津々といった感じであれこれ見ようとする。ボクは内心、あんまりあれこれ見てもらってもちょっと困るな、
と思いながらそれを見ている。
「…ねえ、エッチな本とか、ないの?」
「…は?」
いきなり何を言い出すんだ。そんなもの、あるわけないじゃな…
本当はあるんだけど。
683:fusianasan
11/01/30 20:35:50
ボクの白々しいウソは、あっという間に佐紀に見抜かれてしまった。
「きっとここら辺にあるような気がする…あ、あった!」
見つかってしまった。こっそりと公園の陰に捨てられていたのを拾ってきたやつだ。
「ふふ…女の勘は鋭いのです」
佐紀はそう言いながら、ボクが隠していたエッチな本を取り出した。表情はニヤニヤしっ放しだ。
「へー、男の子ってこんな本を読んでるんだね…」
佐紀がニヤニヤしながらページをめくる。驚いた。意外とこういうことに耐性持ってる子だったんだなぁ…
そうは見えなかったので、ボクはちょっと意表を突かれたような感じになった。
最初はニヤニヤしながら読んでいた佐紀だったが、だんだんと表情が真剣になってきて、口数が少なくなってきた。
よほどお気に召したのか、もしくはよほど夢中になる何かがあったのか、それは定かではないけど…
少なくとも、真面目な顔をして読むような本ではないような気がする…と、佐紀を見ながらボクはそう考えていた。
684:fusianasan
11/01/30 20:36:37
「ふーっ…一気に読んじゃった…」
そう言ってこちらを見る佐紀の顔は上気していて、ほんのり赤くなっている。心なしか、汗の量も多いようだ。
「…ひょっとして、興奮しちゃったとか?」
「え、まあ、それは…」
佐紀の顔がさらに赤くなった。図星のようだ。
「…なあ、一つ訊いてもいい?」
「何?」
ボクも内心こんなことを訊くのはどうかと思ったが、いまさら後には引けない気がした。
「…もし、その本に書いてあるようなことを…今から、したい、って言ったら…どうする?」
それが何を意味するかは、佐紀にも分かっているはずだ。
「…いいよ。だって…」
「だって?」
この次に来る言葉を、ボクはまだ予測できないでいた。そして、佐紀の口から発せられた言葉は、
ボクの想像を超えたものだった。
685:fusianasan
11/01/30 20:37:16
「そのつもりで来たんだし…」
(つづく)
686:fusianasan
11/01/30 21:19:21
ついに…
687:fusianasan
11/01/31 00:38:08
(;´Д`)ハァハァ
688:名無し募集中。。。
11/01/31 01:22:46
あちこちのスレで忙しいですなw
書く人さんが戻って来てくれるまでは任せました!w
689:fusianasan
11/01/31 08:20:56
期待
690:fusianasan
11/01/31 20:41:48
>>685
そう、佐紀は確かに『そのつもりで来た』と言ったのだ。そのつもりとは、つまり、そういうことだ…
…と、ボクは頭の中で自分で自分に言い聞かせていた。でも、正直、今日だとは予想していなかったから、
頭の中で多少の混乱を招いていた。
「××くんも…やっぱり…前からずっと…そういうこと…したいんだろうな…って思ってたし…」
まあ、したいかしたくないかって言われたら当然したい。したいに決まっている。でも、上手にできるだけの経験もないし、
自信もない。だから、ボクは内心そこはかとない不安を抱えていたのだ。
「それに…他の人にそういうことされるの…イヤだから…」
そう呟くと、それまで目線をずっと伏し目がちにしていた佐紀が、ボクの方を見た。
691:fusianasan
11/01/31 20:42:26
「最初は…××がいい…な」
692:fusianasan
11/01/31 20:43:08
ボクはもういてもたってもいられなくなって、佐紀を思いっきり抱きしめた。
「キス…しよう」
思いっきり唇と唇を合わせる。舌を絡ませる。もう夢中だ。二人してベッドに…もつれ合うようにして倒れた。
無邪気に、そして夢中のまま佐紀と絡み合っているうちに、佐紀がボクの上になった。ちょうど、ボクの腰の上に
佐紀の体が乗っている。
「これから、どうしたい?」
「さあ…分かんない」
ボクも佐紀もどうしていいか分からないまま顔を見合わせ、そして苦笑いを浮かべた。悪友がこの様子を見たら
多分大笑いすることだろう。でも仕方ない。ボクも佐紀も
『頭では分かるが、体が動かない』状態になっていたのだから…
「佐紀の好きなようにしたらいいよ」
「でも…わからないし…」
そう言うと佐紀は体をずらして、ボクの上に寝そべる形になった。そして、耳元に彼女の顔がやってきた。
「どうしていいかわからないから、××の好きなようにして…いいよ。××の好きな色に染めて」
至近距離で…頬を赤らめて…そんなことを言われたら…反則だよ、と思わず呟きたくなった。
693:fusianasan
11/01/31 20:43:57
「じゃあ…ボクの服…脱がせてよ」
ボクがそう"おねだり"すると、佐紀はニッコリ笑って頷いた。そして、ボクのシャツを脱がして、素肌になったボクの胸板に
そっと口づけをした。
「何か…改めてこんなにジロジロ見られると…恥ずかしいね」
ボクがそう言うと、佐紀は口づけをやめて、再びボクの耳元へ顔を持ってくると、そっと囁いた。
「でも…××の体…好きだけどなぁ」
「え?」
「なんか…ふつーなところが…いいな、って」
ボクは筋肉質でもないし、スポーツマンというわけでもない。あんまり自分の体に自信なんてないけれど、でも佐紀はそんな
ボクの気持ちを察してくれたのか、あるいは知らなかったのか…とにかく褒めてくれた。恋人同士故のお惚気成分が多分に
含まれているんだろうけど、とりあえずはそんなことは放っておいて、この優しさを甘受したい、と思った。
694:fusianasan
11/01/31 20:44:52
「じゃあ、次は…」
「…うん」
ボクは佐紀の目を見て、目と目…アイコンタクトで、次に何をするかを伝えた。
そして、佐紀の白い服にゆっくりと手をかける。彼女のピーン、と張り詰めた緊張感が服越しでも伝わってくる。
「緊張しないでいいよ」
ボクがそう言うと、佐紀は苦笑いを浮かべた。
「緊張したくないけど…やっぱり…恥ずかしい…」
まあ、その気持ちは分かる。ボクだって、『緊張しないで』という自分の言葉が―自分でも―
驚くほど緊張していることを理解していた。
でも、進めなきゃいけない。というか、進めたい。彼女のすべてを見たいのだ。
白い服のボタンを丁寧に外し、ゆっくりと脱がせる。別にそうしろと言われたわけでもないのに、やけに慎重に
手を動かしている自分がいた。
服と同じ、白いブラジャーだった。それも外そうとしたが、なかなか外れない。ホックの場所を間違えていたのだ。
「もう…ここだよ、ここ」
見かねた佐紀が、自分でやってくれた。それを外すと…
695:fusianasan
11/01/31 20:45:36
「あんまり…見ないで。恥ずかしいから」
「見せて。見たいんだ、全部」
ボクがそう言うと、佐紀はゆっくりと腕を下ろした。決して大きくはないが、きれいな胸が現れた。
中心には二つのきれいな蕾が見える。
その周りには小ぶりな円が描かれていて、それはきれいなピンク色であった。
佐紀は恥ずかしさのあまりなのか、ボクに抱きついてきた。ボクもそれを受け入れるが、手は彼女の下半身を
"攻撃"することを忘れてはいない。
「えぇ…もう、脱がす…の?」
「早く…見たいんだもん…」
そう言いながらボクは彼女の下半身をあっという間に下着だけにした。上とお揃いの白いパンティが現れた。
「脱がすね?」
「…うん」
聞き取れないくらい小さな声を発して、彼女が頷いた。その表情は、どこか震えていた。
696:fusianasan
11/01/31 20:46:33
そして、佐紀は生まれたままの姿になった。
彼女の下半身は大人のような黒々としたデルタを描いていた。しかし、だからといって無駄な肉がついていることはなく、
みずみずしくしなやかな肢体だった。
「私だけじゃ恥ずかしい…××も、早く脱いでよぉ…」
「じゃあ、脱がせてくれたら、嬉しいんだけどな」
ボクがそう『おねだり』すると、彼女は素直に従った。あまりの恥ずかしさに、判断ができなくなっていたのだろうか。
697:fusianasan
11/01/31 20:47:15
お互いを求め合いながら、ボクも佐紀も、生まれたままの姿になった。
「あんまりジロジロ見ないでよぉ…恥ずかしいじゃん」
そう言って、佐紀は体を隠そうとする…もっとも、ちっとも隠せていないのだけれど。
「いいから…見せて。見たくてたまらないんだ…お願い」
ボクが哀願するようにそう言うと、佐紀は観念したかのように、腕を開いた。
そして、ボクの体をそっと自分の腕の中に収めた。
ボクはまるで…母に抱かれているような…いや、姉のような…もしかしたら全く別の誰かの仕業のような…
そんな不思議な感覚を味わっていた。なんだろう、この『心の奥底に響く』気持ちは。
「来て…」
ベッドの上に寝転がった佐紀の上に、ボクが乗っかる形になった。
698:fusianasan
11/01/31 20:48:11
「また…当たってるね」
興奮しきったボクのそこが、いつの間にか、また佐紀の太ももに当たっていたらしい。
「ごめんね…もう、我慢できないや」
「ちょっと待って…」
そう言うと、佐紀は自らボクのそこに唇をつけた。
「初めてやるから…自信ないけど…もし、痛かったら、教えてね?」
そして、彼女の唇が、舌が、口がボクのそれを包んでいく。初めて味わう、温かい感覚。
ボクのそれが、彼女の口内で清められている…しかもそれをやっているのは、クラスでも真面目な美少女として通っている女の子…
おまけに彼女は、人生で初めての行為…
ボクを"燃えさせる"ための燃料は十分すぎるほど揃っていた。だから、ボクはその感覚に長くは耐えられなかった。
「やばっ!出るっ!」
「…?」
何のことか分からない、という表情をしながら続ける佐紀の喉に…ボクは思いっきり吐き出した。白いエキスをたっぷりと、吐き出した。
「ゴホッ…ゴホッ…」
直撃を受けた佐紀はたまらずむせた。まあ、当たり前のことか…
「ご、ごめん!大丈夫?」
佐紀は何も言わなかった。何も言わず、直撃した白いエキスをむせながらも飲み込んだ。
699:fusianasan
11/01/31 20:48:52
「ごめんよ…苦かったろう…」
白いエキスが苦いものであることぐらいは、ボクでも知っている。飲んだことがあるわけじゃないが。
「味…分かんなかった。反射的に飲んじゃった…苦かったのかなぁ…分かんないや…」
佐紀はそう言って笑った。半分は本当で、半分は彼女の優しさ、だと推測した。
ゆっくり彼女の体を抱き寄せ、大人のような黒々としたデルタに指を這わす。彼女は恥ずかしさのあまり
紅潮させたかぶりを横に振るが、ボクは構わず指を使う。
「あっ…やっ…」
しばらく指を細やかに使ってあげると、彼女のデルタからピチャピチャという音がし始めた。
佐紀の表情がうっとりとしたものになってきた。準備は…万全のようだ。
(つづく)
700:fusianasan
11/01/31 20:50:50
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
701:fusianasan
11/01/31 23:45:34
キターーーーー
702:fusianasan
11/02/01 22:10:50
>>699
「大丈夫?」
「うん…大丈夫。もう何も怖くないよ」
ボクはゆっくりと、佐紀の中に侵入していく。
「痛い?」
「…ん…だい…じょ…うぶ…がまん…で…きる…から…」
そうは言うが、彼女の顔は苦痛に歪んでいるように見える。中は強烈な締め付けで、ボクのそれをがっちりとホールドして離さない。
こりゃ抜け出せないや…抜くのに相当のエネルギーを要しそうなくらい、きつい。
ボクはしばらく動かず、彼女の強烈な締め付けに任せることにした。何もしていないのに彼女の中が、白いエキスの放出を誘う。
いやいや、まだ出したくないってば…
「…もう…うごいて…も…だいじょうぶ、だよ…いいよ…きて…」
佐紀がそう言ってくれた。ボクはゆっくりと腰を動かし始める。
そして、ボクと佐紀はお互い初めての快感の波に浸るのである。
…お互いの頭の中が真っ白になっていくまでに、そう長い時間はかからなかった…
「さ、さき…もう…でる!」
「…いい、よ…だ、し、て!」
そして、ボクは彼女の中に、すべてを出し尽くした。
703:fusianasan
11/02/01 22:11:24
「…どうだった?」
「うーん…ちょっと…痛かった、かな」
ボクの問いに、佐紀はそう答えた。本音だろう。タオルには、彼女の『初めての証』が付着していた。
「でも…私…今とっても…幸せだよ。
途中で、下から、××の顔を見たら…すごい…気持ちよさそうで…
それ見てたら、私、すっごく嬉しくなったんだ」
そう言って、佐紀はぼくの腕の中にやってきた。
「大好きだよ…」
佐紀は僕の頬に再び口づけをした。たまらなく愛おしかった。
「そっか、それならいいんだ」
佐紀を抱きながらもボクは、自分の感覚が急に現実に引き戻されたのを感じていた。ボクはもうすぐ、佐紀と離れ離れになろうとしている。
これだけうまく行っていて、お互いとても幸せな毎日を送っているというのに、その日々の終わりは…
その事実が、とてもとても、辛かった。
704:fusianasan
11/02/01 22:12:35
夏休みに入った。優等生の佐紀は期末試験で高得点を出したようだが、ボクはそれに遠く及ばない成績しか
あげることができなかった。ギリギリで夏休み中の補習を回避できたのは、佐紀の励ましと個人授業のおかげか、
それとも佐紀と過ごす時間をこれ以上短くしたくないとの思い故か…それは分からない。
夏休みに入ると、ボクたちはお互い時間を見つけては一緒に過ごした。
映画館、ショッピングモール、水族館、公園、図書館、そしてボクの家…
場所は変われど、二人の結びつきが変わることはなかった。彼女はボクを求め、ボクは彼女を求めていたのである。
ボクの家で…肌と肌を重ね合う日々が続いた。
そして…ボクたちはついに、超えてはならないかもしれない一線を踏み越えることになる。
705:fusianasan
11/02/01 22:13:28
その日、ボクと佐紀はお互い別の用事があって学校に来ていた。もちろん、お互い今日学校にいることは知っていたから、
二人で『学校デート』をすることにしたのである。
夏休み中の学校は人影もまばらで、いるのはせいぜい数人の教師と、一部の部活動をしている生徒ぐらいである。二人きりに
なれる場所を探すことなど簡単なことだった。
ボクたちは誰もいない音楽室にこっそり忍び込んだ。なぜ音楽室かといえば、何をやっても音が外に漏れる心配がない、と勝手に
思っていたのである(実際はそうでもなかったらしいのだが…)。
「ねえ、もし見つかったらどうしよう?」
「どうだろう…怒られちゃうだろうね」
平静を装ってはいたが、ボクは内心ドキドキであった。でも、もし見つかったら…というドキドキ感がボクの心を妙に興奮させていたのも
確かである。
「ね、キス、しよっか…」
「…誰かに見られたら、どうする?」
我ながら実に臆病者だと思うが、仕方ない。逆に、佐紀は妙に肝が据わっているというか、度胸があった。
「いいよ。別に」
「え?」
「見つかってもいい…××のことが好きだから、バレたって別にいいよ」
706:fusianasan
11/02/01 22:14:18
ボクはたまらなく嬉しかった。こんなことを言ってもらえる人間はそうそういない。ああ、ボクは何て幸せ者なんだろう…
と、一人で喜んでいた。
そして、ボクと佐紀はいつものようにキスを交わした。
調子に乗ったボクは、さらなる『おねだり』をしてみた。
「ねえ…口で…って、言ったら、怒る?」
「…ここで?」
佐紀はちょっと驚いたようだったが、怒りはしなかった。
「…分かった。でも、廊下から見えないように、していい?」
「いいよ」
そう言って、彼女は近くにあった机と椅子の陰に移動した。廊下からは何をしているか分からない位置である。
そして、ゆっくりとボクの制服のズボンに手をかける。
「見えたらマズいから、ファスナーだけ…でいい?」
「…うん」
佐紀はゆっくりとボクのファスナーを下ろし、中の布の切れ目から指を入れ、器用にボクのそれを出して…
ちゅぱっ…ちゅぱっ…と丁寧に、口に含んでいくのだった。
しばらくして、ボクは彼女の口の中に、また白いエキスをどっと放出した。佐紀はすこししかめっ面をしながらも、
一滴もこぼさずにすべてを飲み干した。
「ごめんよ…苦かった、よね」
「大丈夫だよ。もう慣れちゃった…××のせーし、いつも飲んでる気がするし」
そして、ボクらは何事もなかったかのように…お互い制服姿のまま…また濃密な時間を過ごすのであった。
707:fusianasan
11/02/01 22:15:10
その日の帰り道。
「さっきさあ…ボクのこと好きだから、バレてもいいって…言ってくれたじゃない?」
「うん」
「…ボク、すげー嬉しかったんだ」
ボクが突然そんなことを言い出したのが、佐紀には可笑しかったらしい。
「どうしたの?急にそんなこと言いだして」
「何かさあ…どうしてもお礼が言いたくて」
ボクの本音だった。ボクのことをそこまで好きでいてくれる彼女に、感謝せずにはいられなかった。
多分、人生で最初に付き合った女の子がこんなによくできた子だなんて、そうそうあるもんじゃないだろう。
それも、ひょんなことから…運命って不思議なものだ、としみじみ思っていた…ら。
「そっか…じゃあ」
そう言うと、佐紀が思いもよらぬ提案をした。
(つづく)
708:fusianasan
11/02/01 23:23:38
はあはあ
709:fusianasan
11/02/02 19:27:32
いいですね
710:fusianasan
11/02/02 22:38:05
>>707
「叫んでよ」
「えっ?」
「ここで、私のことが大好きだ、って叫んで」
叫んでと言っても、周囲は普通に街があって、人の流れがあって、時間が流れていて…とてもじゃないが、こんなところで
できることじゃない…
「ここじゃ無理!だから…」
ボクは佐紀の手を引っ張って、走り出した。別にそうしようと思ったわけではないが、発作的な衝動だったんだろうか。
「あ、ちょ、ちょっと、どこ行くの?」
佐紀の小さな手を引っ張って、ボクは走る。佐紀も何とかそれについていく。
不思議なもので、走っている間中、ボクは周りの景色がスローモーションのように見えていた。そして、心臓の鼓動が
やけに大きく聞こえた。
「もう…一体どこまで走る気!?」
「わかんない!」
本当に分からなかった。分からなかったから、できればどこまでも走っていたかった…佐紀と一緒に。
711:fusianasan
11/02/02 22:39:40
結局、走って走って行き着く先はボクの家の近所だった。そこに小川が流れている。小川と言っても、うまく跳べば
跳び越えられるくらいの小川だ。
「ここでなら…叫べる」
「じゃあ、叫んで」
走っている間とは一転、ボクの心の中にまた恥ずかしさが込み上げてきたのだが…そのことを知ってか知らずか、佐紀は
ボクにミッションを貫徹するようにという。仕方ない。やるしかないんだ。
ボクは佐紀を残し、一人小川の向こうへ跳んだ。そして、おもむろに口を開いた。
712:fusianasan
11/02/02 22:41:43
「さあきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!
あいしてるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」
…我ながら、びっくりするくらいの声が出た。自分でも驚くくらいの大声。
川向うの佐紀を見ると、彼女は満面の笑みで、ボクにこう叫んだ。
「すき!すきすきすきすき!!すきすきすきすきだああああああああああああいすき!!!!!!!」
そして、おもむろにボクの方に向かって跳んだ…
713:fusianasan
11/02/02 22:42:48
はいいが、着地でバランスを崩したか、彼女の片足が小川に落ちてしまった。
「ひゃあ!」
結局、彼女の片足は靴、靴下もろともずぶ濡れになってしまった。
「大丈夫?」
「大丈夫!」
しかし、佐紀は笑っている。ボクに向けて、これ以上ないくらい笑っている。
「もっと笑って」
「え?」
「笑ってて。もっともっと笑ってて」
ボクの横に上陸を果たした佐紀が、そう言った。
「××の笑ってる顔…もちろんそうじゃない時の顔も…好きなんだけど…笑ってる顔が、一番好きなの。
だから…もっと見せて。××の笑ってる顔…いっぱい、いっぱい見せて!」
…まったく、どこまで嬉しくさせてくれるんだ、この子は。
ボクはまたいてもたってもいられなくなって、佐紀を抱きしめていた。この時もやっぱり、他のことは
一切考えられなくなっていたのは、言うまでもない。
714:fusianasan
11/02/02 22:44:07
そして、それから数日後、佐紀の転校が正式に決まった。
「ごめんね…本当は、もっともっと…××くんのそばにいたかったんだけど…」
電話口でそう話す佐紀の声は涙声になっていた。その声を聞いたら、ボクまで泣けてきた。
「仕方ないよ…佐紀は悪くないさ」
ボクたちは、彼女が旅立つまでの間、時間を見つけてはできるだけたくさん会う約束をした。一瞬の間も惜しかった。
会うたびにボクらは抱き合い、キスをし、そして肌を重ねた。
佐紀は肌を重ねるごとに、ボクの上で何度も何度も声をあげていたっけ…
715:fusianasan
11/02/02 22:47:52
しばらく経った、夏の終わりのある日。
「じゃあ、行くね」
「…手紙書くから。電話もするし」
「うん…待ってる。ずっと待ってるからね」
いよいよ、佐紀が旅立つ日がやってきた。ボクが考えていたことがどこまでやれたかは定かではない。
でも、少なくとも、自分にできる精一杯の形で佐紀を幸せにすることは、多分できたんじゃないかなと、思った。
「また絶対遊びに来るから。そしたら、真っ先に××のところに行くね」
「うん。待ってるよ」
その約束が果たしていつ実現するかは、ボクにも佐紀にも分からなかった。
彼女を見送った時、ボクは自分が突然、夢から覚めたような感覚を感じていた…
716:fusianasan
11/02/02 22:49:13
事実だけを書こう。
ボクと佐紀はこの後しばらくして別れた。
別にケンカ別れしたわけでも、嫌いになって別れたわけでもない。
でも、顔の見えない、逢えない、連絡さえなかなか取れないような日々にはお互い耐えられなかったのである。
ボクらがもう少し大人なら、そんな日々も耐えられたのかもしれない。でも、その関係を続けるには、ボクらは
まだ若すぎた。
でも、二人の関係が完全に終わったわけではなかった。
後にひょんなことで、もう少し大人になったボクと佐紀は再会することになるのだが…
それはまた、別の話。
(第一編 終)
『一瞬の夏』 渡辺美里-1989
URLリンク(www.youtube.com)
717:fusianasan
11/02/02 22:51:37
(´・ω・)っ(第二編 予告)
ある時出会った、『優しい同級生』
ある時出会った、『傷を負った少女』
ある時出会った、『中卒フリーター』
彼女たちに、ボクは何ができる?
ボクは彼女たちと、何がしたい?
そして、四人をつなぐ一つの共通点、それは…
(´・ω・)っ(近日連載予定…)
718:fusianasan
11/02/02 22:54:17
ということで、主人公と佐紀ちゃんの一夏の恋は終わりました(´・ω・`)
やたらめったら長い割にエロ要素が少なくて、非常に申し訳ない…と今更反省しております(´・ω・)
まあ、多分次の話はもっとエロ要素が少なくなりそうな(というより、そこに辿り着くまでが長い)話なんですが…
お読みいただいて
ありがとうございました(*´・ω・)
719:名無し募集中。。。
11/02/02 23:08:43
乙でした
切ないな・・・
720:fusianasan
11/02/02 23:37:29
乙です
純愛の中でのエロ要素最高でした。
切ない感じもいいです。
721:fusianasan
11/02/06 23:44:26
むかーしむかし、というほど昔のことでもないけれど、とあるところに『帰ってきた!!Berryz工房のエロ小説を書こうよ!!』
というスレッドがありました
そこにはいろいろな作者の方がいて、それぞれがそれぞれ、多種多様な小説を投稿されていました
『濡れ場さえ書いておけば、他はどんな設定にしようが作者の自由』というルールだったようです
その中で自分も、いくつかの話を書きました
きっちり決められたルールに沿って話を書くのが苦手な自分には、上のルールは実に心地良いものでした
他の作者さんの話を読んだり、作者同士で表現や登場人物、その他もろもろのやり取りをしたり…
恐らく、自分にとって『居心地のいい場所』だった時期は、長かったような気がします
722:fusianasan
11/02/06 23:45:56
時が流れ、その場所の空気が、少しずつ変わってきたのを感じました
昔からいた人がいなくなり、新しくやってきた人たちが中心になっていきました
そして、いつしか自分が『古参』と呼ばれる部類の人間になっていたことを知ります
「少し…長く居過ぎたかもしれない」と思いました
でも、作っている話もあったことだし、せめてこれが終わるまでは、と自分に言い聞かせました
ある時。
いくつ目のスレッドか忘れましたが…
『ある作者がいれば、もう他の作者はいらない』という趣旨の書き込みを見かけました
自作自演かどうかは知りませんが、それに同調する意見も見かけました
なるほど。
既に自分が『招かれざる客』であったことにようやくここで気付きました
作品の内容がつまらないというのならそれは考え、修正し、対応できる
しかし、『いらない』というのなら、もうここにいる必要はない…
そう思って、書くのをやめました。製作途中であった話は続きを書くことがないまま、封印されました
723:fusianasan
11/02/06 23:47:00
それから、時々立っては短期間でdat落ちを繰り返すスレッドの中で
『あの作品の続きはまだだろうか』という書き込みを時々見かけました
同じ人が書かれたのかもしれないし、別の人が書かれたのかもしれない…
でも、待望してもらっているのに、何もできない自分。
心の中で『いや、本当に申し訳ない』と頭を下げました。
時が流れました。書いていた頃から…自分の立場も変わり、少々体を病み、ちょっとした問題を抱えながら
毎日を送っていました。
『帰ってきた!!Berryz工房のエロ小説を書こうよ!!』というスレッドはもはや新スレが立つこともなくなり
かつて立った避難所のようなスレッドが細々と続くだけになっていました
今なら、『誰某はいらない』というようなレスを見かけずに済むかもしれない。書くことに集中できる環境に
なっているかもしれない。
そう思って、もう一度何か書いてみようと思い立ちました。
どうせなら、かつて書いていたあの話が、最後にどういう結末になる『はず』であったかを明かす話にしよう。
そう考えて、久々に登場人物の設定を練り始めました。
が…
書けない。書けないのです。
かつてあれだけ苦も無く書けていたものが、たった二行、三行書くだけで何も書けなくなる。
驚きました。自分の頭が、そして心がこれほどまでに死んでいたなんて。
結局、その話は構想だけで放棄されました…
724:fusianasan
11/02/06 23:50:35
それからまた時が流れました。
もはや隆盛を誇っていた頃の住人の皆さんも三々五々、どこかへ行ってしまい
避難所の一つは消滅し、『PINKのなんでも』という板のスレだけが細々と生き残っている状況でした
しかし、今でも心のどこかで『あの時、話をしっかりとまとめられなかったこと』を悔やんでいる自分がいて、
そのことに対する申し訳なさが残っていました。
病を得た時とは状況が変わった。
今なら、もしかしたら何か書けるかもしれない。
いや、ちゃんと書けるか自信はないが、自分のリハビリのために、何か書いてみよう…
そう思って、物語を書き始めました
その最初の話が、『主人公と佐紀ちゃんのひと夏の恋』の話です
『どうせ作るのなら、今までちゃんと話を畳んでこれなかったことへの反省も兼ねて、あの時出していた人を
何かしらの形でみんな、登場させよう』と心に決めていました
その数を数えると、ちょうど10人になりました
久々にまとめサイトに行って、自分の書いたものや他の作者さんの書いた話を読み返しました
意外な発見があるもので、あの頃大して気にも留めなかった話や、表現に『おっ』と思わされることが多々ありました…
自分も、他人も。
725:fusianasan
11/02/06 23:52:54
ということで、どこまでやれるかは自分でもまだ分かりません。
分かりませんが、『あの時、自分の作品を待っていてくださった人のため』に
やれるところまでやろう、と決めました…
次の物語から、主人公の周りはどんどん暗いものが漂ってきます
その『暗いもの』はもしかしたら、かつて自分が見ていた景色なのかもしれないし、
そうでないのかもしれない。
ただ、その暗い景色の中で、彼や彼女たちはどう生きるのか…
この物語の根底は、そんなテーマなのです。
726:fusianasan
11/02/06 23:55:07
|ω・) 書いていいのかどうか分からなかったけれど、どうしてもこれは書いておこうと思ったので
自分とこのスレの関わりや、何でこの話を書こうと思ったかの説明を長々と書いてしまいました…
ちなみに、改めて読んだ中で、理系の学生さんやめようさんやヲタモドキさんの作品はすごく
共感できて惹かれる部分があったなぁ…
あの時、一言でもそれを言っておけばよかった、と今更後悔しています
まあ、お三方とももうこのスレは見てないだろうから、名前を出しちゃいましたがw
|ω・) 明日から第二編がスタートします お楽しみに…
727:名無し募集中。。。
11/02/07 01:51:10
あなたは多くの佐紀ヲタ住人にトラウマを与えたあの方なのでしょうか?w
違うかもしれませんが、まあ誰であれ続編期待してます
あとこれだけは言っておかないといけませんね
お帰りなさい!
728:fusianasan
11/02/07 04:28:07
自分は誰が必要、誰が不要とか全く気にしないで作品を楽しませてもらってたけどな
誰かが不要とか言ったり同調したりして作者さんを傷付けてたのなら、読者の一人としてお詫びします
まあどうせそんな事言ってた人は、多分今ここにはいないと思うけどね
729:fusianasan
11/02/07 21:20:19
第二編 彼と彼女と彼女と彼女と そしてfootball
第一章
―負けることだけ恐れて 勇気を忘れてはいないか? 心の翼広げて 勝利をつかむのさ
730:fusianasan
11/02/07 21:20:56
時が流れた。ボクは高校生活二年目の秋を迎えようとしていた。
その頃、ボクは理由あって生徒会の仕事の手伝いをやっていた。別にやりたくてやっていたわけではない。クラスの生徒会担当を
誰もやりたがらず、結局ボクにお鉢が回ってきたのである。
「あーあ、やりたかねえや、こんなの…」
生徒会担当と言ったって、やることは実質下働きだ。生徒会通信をクラスの人数分印刷して、持って行って、配って…
生徒会の会議の書記をやらされて…生徒会が何かやることになったら、その準備や後片付けの手伝いをやらされて…
こんなことのために週に何度かいちいち放課後に残されるなんて、すこぶるめんどくさい。道理で誰もやりたがらないわけだ。
ボクは貧乏クジを引かされることになった自分の運命を呪った。でも…
731:fusianasan
11/02/07 21:22:01
「○○くん、印刷、全部終わった?」
こんなやりがいのない、めんどくさい仕事でも、一つくらいはいいことがあるものだ。ボクは隣のクラスの矢島舞美さんという女の子と
仲良くなった。
実は、彼女は佐紀の友人だったそうである。そう、ボクと佐紀が付き合うことを決めた夜に、佐紀が電話で話していた『友人』こそ、
彼女だったのだ。
でも佐紀と付き合っていたころは、せいぜい学校で挨拶したくらいで深く話した記憶がない。それだけ、ボクが佐紀に夢中だったってこと
なんだろうか…
皮肉なことに、佐紀と別れた後の方が話す機会が増えた。ボクは内心、佐紀と別れたことで、その友人である彼女とは気まずい関係に
なってしまうだろうなと思っていたが、意外とそうではなかった。
授業で一緒になれば、彼女はボクに話しかけてくれたし、逆にボクが話しかけても、彼女は特に嫌な顔もしなかった。矢島さんもボクと
佐紀の関係はよく知っていたが、だからと言って別れたことでボクを責めることもなかったし、逆に、佐紀にあれこれ言うこともなかった。
「ま、それはそれで、別にいいんじゃない?私がどうこう言うことじゃないし」
と、実にあっさりした答えが返ってきたものだった。
732:fusianasan
11/02/07 21:22:45
一年生の秋のこと。矢島さんが、生徒会の一員になった。生徒会の一員と言っても、ボクのような別にやりたくもない
『下働き』ではなくて、ちゃんとした投票で選ばれる生徒会事務局のえらい人である。聞けば、彼女は担任教師に自分から
立候補したい、と言ったのだそうだ。
その理由を訊くと、彼女は笑ってこう言った。
「何かさ、おもしろそうだったから」
「…はぁ」
それが本当の理由なのかどうかは、ボクには知る由もなかった。
ボクが生徒会の『下働き』になったのは、二年生になった春のことだった。
「あれ?○○くん、生徒会担当になったの?」
彼女はボクを見つけると、気さくに声をかけてきた。
「そうだよ。誰もやりたがらなかったからさ、ジャンケンで負けて、結局ボクがやることになったわけ」
「へー、運がないんだねぇ…」
そう言って彼女は笑う。ボクも…まあ、ここは笑っておこうか。
「はは、まあ、そういうことさ。よろしく」
そして、ボクと矢島さんは生徒会のいろんな行事を通して、だんだんといい関係が築けるようになっていった。いろんなことの
手伝いをしていて、わかったことがある。
彼女が何事に対してもとても一生懸命な人だということ、彼女が誰に対してもとても優しく礼儀正しい人だということ、そして
彼女がとても汗かきだということである。
733:fusianasan
11/02/07 21:24:00
六月の終わりに、ボクらの高校では毎年恒例の文化祭がある。主導は当然生徒会だが、ボクも立場上、
手伝わされることになった。
来たくもないのに朝の早くに学校に呼ばれ、残りたくもないのに遅くまで学校に残され…いろいろと雑用をやる。
あんまり楽しいもんじゃない。普通に一生徒としてあれこれ回っている方が、よっぽど楽しい。
でも、後片付けがすべて終わって解散となり、疲れたボクが一人で帰ろうとしていた時…
「○○くーん!」
誰かの声がした。振り返ると、矢島さんがボクを追っかけてきた。
「あれ?どうしたの?みんなで打ち上げに行くんじゃ…」
「いいの、あれは後で別のとこで待ち合わせになったから」
そう言うと、彼女はカバンの中から缶ジュースを取り出した。
「こんなのしかないけど…これ、いる?」
「いいよボクは。矢島さんが飲みなよ、あれだけ働いてたんだし」
ボクがどれだけ働いたといっても、実際に主導した生徒会の人間の方が数倍働いている。一番働いているのは
三年生の役員の人たちだけど、矢島さんたち二年生の役員だって、かなり忙しく動き回っていた。それはボクも
よく知っていることだ。
734:fusianasan
11/02/07 21:24:47
「いいよ、私は。○○くんこそ、もらって。生徒会以外の人には…あんまりちゃんとお礼も言えなかったし…」
聞けば、彼女は自分の周りで働いていた人たち一人一人に、終わった後お礼を言って回っていたらしい。ところが生徒会の
『下働き』の人たちはあくまで生徒会以外の人間なので、片付けが終わったらそこで帰されてしまう。彼女はその人たちに
お礼を言えなかったことを悔やんでいたようだ。で、その中の一人にボクがいた、ということらしい。
「そっか…じゃあ、ありがたくいただいておくよ」
ボクはそう言って、ジュースをもらった。冷えていない常温の品だったが、そんなことは気にしなかった。
「ごめんね、でもホント助かりました…ありがとう」
そして、彼女はボクの肩を優しく叩いた。こんな時でも優しさを忘れない彼女の心に、ボクは内心感動していた。
735:fusianasan
11/02/07 21:25:53
「ああ、そうだ。ボクさあ…携帯電話、買ったんだよね」
その数日前に今更ながら、ボクは人生初の携帯電話を買ってもらった。
もっとこれが早くからあれば、佐紀と別れずに済んだのかもしれないなぁ…
と思ってしまったのは、ここだけの話だ。
「そうなんだ。じゃあ、私のアドレス、教えてあげる」
「…いいの?」
「いいよ!何で?いいに決まってるじゃん」
矢島さんは『どうしてそんなこと訊くの?』という表情をしていた。そして、快く自分の連絡先を教えてくれた。
「あんまり電話かけたら、怒られるかもね」
ボクがそう言うと、彼女は笑って、
「そんなことないよ。夜なら大丈夫。部屋に一人でいることが多いから…いつでも連絡してよ」
と言ってくれた。どこまで本当か分からなかったが、ボクにそんなことを言ってくれる彼女の優しさに、
また感動してしまった。
駅に着くまで二人でいろんな話をしたが、話せば話すほど、ボクは彼女に惹かれていく、ような気がした。
(つづく)
736:fusianasan
11/02/07 21:27:57
|ω・) ということで 第二編がスタートしました
高校二年生になった主人公と、三人の女の子を中心に話が展開します
ご期待ください…
737:名無し募集中。。。
11/02/07 23:49:47
乙です!舞美が出てきたか
××がまだちょっと珍しいとか将来の伏線だったりするのかな
他に出てくる子は誰なんだろ
そして主人公の相手は誰になるのか…楽しみです!
738:fusianasan
11/02/08 22:05:51
>>735
話を生徒会室に戻そう。
「いや、まだ終わってない…」
クラス全員分を印刷しなきゃいけないのである。しかも、用意された性能の悪い印刷機はいちいち紙をその都度
突っ込まなければ動いてはくれない。一度に35枚入れたらその分だけ勝手にやってくれるほど、頭はよくないのだ。
「そっか。手伝おうか?」
「…いいの?」
「いいよ。早く終わらないと私の仕事も終わらないし」
手伝い始めた彼女が、突如ボクにふと相談を持ちかけた。
739:fusianasan
11/02/08 22:06:41
「ねえ、○○くんってさ、サッカー、興味ある?」
「…は?」
別に嫌いなわけではない。でも、だからといって自分から見に行こうと思ったこともない。それって興味があるのかないのか、
自分でもよく分からない…と内心思っていたら、
「実はさあ、知り合いがオレンジキッカーズのチケットくれたんだけど、一緒に行く予定だった友達が熱出しちゃってさぁ…」
「はぁ…」
「で、××くん、興味あるかな、って…よかったら一緒に行かない?」
オレンジキッカーズとは、この街にあるサッカーチームの名前だ。国内のトップリーグから数えて三部リーグのチームである。
聞いた話では来年の二部リーグ昇格に向けて、なかなかいい順位にいるらしい。
考えてみれば、別に断る理由が思い浮かばなかった。まあ、適当にサッカーを見て、あとは矢島さんとあれこれ喋っていればいいか、
と思った。
「分かった。じゃあ、行こう」
「ホント?ありがと!
じゃあ、今度の土曜日のお昼に駅の前で待ち合わせね」
話はとんとん拍子に決まった。そこからもう一盛り上がりしようとしたところに…
『ピー…ピー…ヨウシガキレテイマス』
機械音声が水を差した。やれやれ、何と空気の読めない、話のわからない機械なのだろう…機械なのだから、当たり前か…
740:fusianasan
11/02/08 22:08:11
土曜日の正午。矢島さんの家の最寄り駅にボクは立っていた。
「そういや、ここで誰かと待ち合わせするのも、久々だなぁ…」
矢島さんの家の最寄り駅。それはかつて佐紀と何度も待ち合わせをした駅である。初デートの時は、すごく緊張したなぁ…
そんなことを思い出しながら、ボクはガムを噛んでいた。
「お待たせっ!」
矢島さんがやってきた。オレンジのタオルマフラー、オレンジの上着、オレンジのロングパンツ…
上から下まで全部オレンジである。
「…ど、どうしたのその格好?」
まさかこんな格好でやってくるとは思わなかったボクは、思わずそう訊いてしまった。しかし、矢島さんは逆に
怪訝な表情でボクを見る。
「え?だって、応援しに行くんだから。○○くんこそ、オレンジの服とかないの?」
「…ない」
あんまり明るい服を持っていなかったボクは、いつも通り白と紺のコントラストである。まあ、確かに応援する格好
ではない…かな。
「それじゃダメだよ!よし、じゃあ改造計画!オレンジのグッズで、身を固めてもらうからね!」
「…はぁ」
矢島さんはボクの戸惑いをすっ飛ばして、勝手にどんどん話を進めていく。どうやら彼女は『常に一生懸命』な分だけ
『一度走り始めると止まらない』性格のようだ。
741:fusianasan
11/02/08 22:09:05
駅から電車で十五分。ボクと矢島さんは目的地のスタジアムにやってきた。オレンジ色の幟があちらこちらに立っていて、
売店…フードコートというそうだ…が並んでいる。
「こっちこっち!」
「…はい」
早足で歩く彼女に、ボクはついて行くのが精いっぱいだ。まったく、もう少しのんびり試合を見るつもりだったのに…
こんなはずじゃなかったんだけどなぁ…とボクは内心思っていた。
「ね、これとこれ、どっちがいい?」
彼女がオレンジ色の長そでシャツとタオルマフラーを持っている。どちらかをボクに買えというつもりのようだ。
「まっ、両方でもいいけどね!」
「…こっちで」
オレンジのシャツを着るのはどうも気乗りしなかったので、大人しくタオルマフラーを買う。二千円也。
「これでちょっとは応援する気になった?さ、行こ行こ」
ボクは買ったばかりのタオルマフラーを巻いて、スタジアムに足を踏み入れた。思えば、サッカーを生で見るなんて、
幼少時の頃以来の経験かもしれない。
742:fusianasan
11/02/08 22:13:33
「わー、結構入ってるね」
てっきりがらんどうのスタジアムを想像していたボクは、予想以上のお客さんに面食らった。
「こっちこっちー!」
矢島さんのバイタリティは本当にすごい。男のボクよりもはるかに元気いっぱいで、感心してしまう。
一体彼女はどうしてあんなにいつも元気なのだろうか…謎だ。
導かれるままについていくと、ボクたちの座るべき席の隣にもう一人女の子が座っていた。
「まいみさーん!」
「ちぃ!」
ちぃ…?誰だ?
「久しぶりだね」
「うん…ちなみは毎回来てたのに…」
どうやら二人は友人のようだが、二人の会話に入れない。ボクは何だか自分だけが取り残された気分になった。
「ああ、そうだ。紹介するね」
矢島さんの言葉で、ボクはようやく会話に加えてもらえることができた。
「後輩の徳永千奈美ちゃん。オレンジのサポーターなんだよ」
「はじめまして!」
徳永さんがボクに声をかけてきた。小麦色に焼けた健康的な肌が印象的だった。
「ああ、どうも、はじめまして…」
「ちぃちゃん、彼が○○くん。ほら、この間、私が『今度連れていく』って言ってたでしょ。あの子」
どうやら、事前に矢島さんは徳永さんにボクのことを紹介していたらしい。ボクは何も聞かされてなかったんだけどなぁ…
と思わず言いかけてやめた。危ない危ない。
743:fusianasan
11/02/08 22:14:58
|ω・)っ(つづく)
|ω・)っ(訂正)
>>739の舞美ちゃんのセリフ
正「で、○○くん、興味あるかな、って…よかったら一緒に行かない?」
誤「で、××くん、興味あるかな、って…よかったら一緒に行かない?」
|ω;) 校正でミスがありました お詫びして訂正いたします…
744:fusianasan
11/02/08 22:18:52
>>727
|ω・) 誰かは…秘密です まあ、分かる人は分かるだろうし、分からない人は分からないだろうけど
それでもいいかな、と…思っております
>>728
|ω-) 大多数の読者の方が…そうだったということはよく分かっております ただ、一部…特に後期…
そうでない読者の方がいて、その声が非常に大きかったのは事実で…残念なことですけどね
|ω・) お詫びだなんてとんでもない…きちんと読んでくださる方なら、大歓迎です
745:fusianasan
11/02/09 21:39:19
>>742
試合が始まった。
「ほら、ここはこうするのよ」
「あ、コーナーだから、タオル回さなきゃだよ」
「は、はぁ…」
矢島さんと徳永さんがボクに応援のイロハを手取り足取り教えてくれる。とりあえずは『ハイ、ハイ』と聞いているが、
分かったような、分からないような…
「いけー!そこで逆サイドー!」
「あー!何で打たないのもー!」
「あぶなーい!早くクリアクリア!」
ボクの隣で、矢島さんが叫んでいる。ホントに、感心するくらい活発な女の子だと思う。とてもじゃないがボクには
マネができない。
一方、初対面の徳永さんは…
「ああああああああああ!あぶなーい!」
「いやぁっ!!!!!!あぶないよー」
…どうも、二人とも大差ないようである。なるほど、同じような性格なら、そりゃ仲良くなるのも早いはずだわね、
とボクは心の中で呟いた。
746:fusianasan
11/02/09 21:40:06
試合の中で、オレンジキッカーズの10番の選手が目についた。金髪で白人の選手。
「あー、うまいところ出すな」
「あー、うまく抜いたな」
「あー、トラップ上手だな」
ボクは決してサッカーに詳しい方じゃないが、それでも数十分続けて見てると素人なりに上手な人の見分けが
つくものである…
まあ、プロなんだからボクたちに比べたら、全員めちゃくちゃうまいんだろうけど。
「ねえ、あの選手は何て名前?あの10番の人」
「ああ、アンドレ?」
矢島さんが彼の名前を教えてくれた。どんな選手なんだろう、と手元に渡されたマッチデー・プログラムを見ると…
『国籍:ブラジル』と書いてある。
「へー、ブラジルの人だったんだ」
金髪で白人のブラジル人なんて珍しいなぁ…と思っていたら。
747:fusianasan
11/02/09 21:40:50
「あああああああっ!」
「いやあああああっ!」
耳元で二人の悲鳴が一斉に聞こえた。ボクが顔を上げると…相手の選手が喜んでいる。
「ただいまの得点は…アルシオーネ和歌山 背番号20 森下友一選手の得点です…」
どうやらボクは一瞬目を離したすきに相手の得点シーンを見逃してしまったようだ…でもテレビ中継のように
リプレイ機能があるわけではない。
電光掲示板の機能しかないスコアボードでは、リプレイ映像を流してもらえるはずもなく…
結局、試合はそのまま0-1でオレンジキッカーズの負けになってしまった。アンドレは後半途中で他の選手と
交代してしまい、オレンジキッカーズは攻撃の柱を失って、その後はろくにシュートも打てずに完封負けである。
748:fusianasan
11/02/09 21:41:34
帰り道。みんな考えることは同じなのか、駅へ絶え間なく人の波が押し寄せている。
「ねえ、毎回こんなに人が多い感じなの?」
ボクはこんな人混みのなかにずっといるのはしんどいなぁと思いながら、矢島さんに訊ねた。
「うん、ずっとそうだよ」
「え…マジ?」
月に二度三度とホームゲームがある。その度にこの人の数。正直…人混みがあんまり得意ではない
ボクからすれば、ご勘弁願いたいものだ。
「あんまりアクセス良くないからね…仕方ないよ」
矢島さんはどこか寂しげに言った。熱心なサポーター故に、いろいろ言いたいこともあるのだろうが、相手が
素人のボクということもあってか、自重したように見えた。
「ねー、お腹すいた。どっか寄ってこうよー」
矢島さんの気持ちを知ってか知らずか、徳永さんはマイペースにそんなことを言っている。
ここは…どっちに同調した方がいいのかなぁ…
考えるより先に、言葉が出ていた。
「なんかボクもお腹すいちゃったな。どっか寄ろうよ」
「そう?じゃあ、エキヨコにしよう」
そして、ボクたち三人は喫茶店へ歩き始めた…やっぱり人ごみの中をかき分けながら。
749:fusianasan
11/02/09 21:42:19
『エキヨコ』だと言ったのにそれは『駅の横』ではなかった。駅から離れた場所。人ごみとは反対の方向へ歩いていく
ボクたち。
「ねー、ボクたち、どこ行くのさ?」
「だから、エキヨコだって」
「エキヨコって言ったって、駅と反対方向じゃないか」
ボクがそう言うと、突然隣の徳永さんがプッ、と噴き出した。
「何で笑うのさ」
「それ、意味が違うんですよー」
徳永さんは陽気に笑っている。矢島さんが説明してくれた。
「店の名前が『エキヨコ』って言うの。別に駅の横にあるわけじゃないんだよ」
「はぁ…」
自分の顔を鏡で見たわけではないけれど、多分この時のボクの顔はキツネにつままれたような顔になっていたことだろう。
徳永さんはそんなボクを見て笑っている。眩しい笑顔だが、その笑顔がなぜ生まれたかを考えると、ちょっと複雑な気持ちだ。
矢島さんは説明だけして、後はとにかく歩いている。しかも歩くペースが速い。ちょっと意識しないと、ついていけないくらいの
ペースだ。
「試合が終わった後、しかも負け試合の後だというのに、なんて元気なんだ…」
ボクは内心、ちょっと呆れていた。
(つづく)
750:fusianasan
11/02/10 21:26:42
>>749
「到着ー」
『エキヨコ』と呼ばれるそこは、ビルの一階にある小さな喫茶店だった。おそらく十人も入れば満員になるだろう。
「いらっしゃいませー」
背の高い女の子がボクたちを迎えてくれた。どこかエキゾチックな顔立ちの女の子。
「えりぃ!」
「まいみぃ!」
なんだ、矢島さんの知り合いだったのか。つまりは彼女が『知り合いのいる喫茶店』に行きたいがために、
ボク(と徳永さん)は付き合わされたわけだ。駅の横でもないこんなところまで…まあ、しょうがないけどさ。
「紹介するね。親友の梅田えりか」
「はじめましてなんだよ!」
背の高い子だった。てっきりハーフか何かだと思ってたら、純然たる日本人らしい。人は見かけによらないものだ…
って、そういう話でもないか。
「よく一緒に試合見てる徳永のちーちゃんと、今日初めて見に来た○○くん」
「へー、また『ご新規さん』増やしたんだ」
「へへ…まあね」
話の様子から、どうもこの梅田さんという背の高い女の子もオレンジキッカーズを応援しているらしい。
でも今日は試合に行かずここで働いている…どういうことか、ちょっと訊きたかったが、聞けそうな雰囲気ではなかった。
というのも…
751:fusianasan
11/02/10 21:27:48
「えへへ…久々にえりのお店来ちゃった。一人?」
「うん…さっきね、マスターがコーヒー豆買いに行っちゃったんだよ。代わりに店番しといてって」
「嬉しいなぁ…じゃあ、遊んで帰ろうっと」
この二人が思いっきりいちゃついているからである。ボクと徳永さんは完全に『おいてけぼり』状態であった。
「…ねえ、ちょっと、あっちで、話さない…かい?」
思い切ってボクは徳永さんにそう呟いた。彼女はボクの目を見て、黙ってうなずいた。その顔には明らかに
『困った』という様子が出ている…
752:fusianasan
11/02/10 21:28:48
カウンターでいちゃついている二人は放っておいて、ボクと徳永さんは窓際の席に座った。
「なんか、二人だと、緊張…しますね…」
ボクと一対一で話をするのは初めてだからだろうか、彼女は敬語で喋っている…でも、その喋り方が何とも
ぎこちないというか、舌足らずというか…とにかく『一生懸命無理やり喋っている』のがありありと分かるので、
「いいよ、無理しなくて。タメ口きいてくれていいよ」
ボクは助け舟を出した。
「いいんです、大丈夫です…ごめんなさい、気を使わせて」
「いいのいいの。気にしない」
徳永さんは本当に申し訳なさそうな顔をした。その顔が、何とも可愛い。
「どうか…しました?」
その『申し訳なさそうな顔』でボクの方を見る。ヤバいヤバい、こんな表情を何分も続けられてしまったら、大抵の男は
彼女にメロメロになるだろう。
「いやいや…何でもないよ。だけど、徳永さんって、可愛いね」
「え?ちなみ…じゃなかった、私が?ホントですかぁ?」
まるでテストでいい点を取って頭をなでられた子供のように…彼女は嬉しそうな顔になった。
753:fusianasan
11/02/10 21:29:40
二人でいろんな話をした。そこでボクは徳永さんが最近このチームの試合を見に来るようになったこと、初めて見た試合で
逆転勝ちを見て、それ以来すっかりハマってしまったこと、観戦に来るうちに矢島さんと出会ったこと、そしてアンドレのファンで
あることなどを聞かされた。
「へー、ボクもアンドレはすごいなぁ、って今日思ったんだよ」
「でしょでしょ!すごいんですよー」
ボクにあれこれいろんなことを話す徳永さんは本当に楽しそうだ…いや、楽しそうなんだけど…何かがおかしい。
「ん?」
ボクは彼女に対して、妙な違和感を感じていた。ただ、その違和感の正体が何であるかはまだ分からなかった。
(つづく)
754:fusianasan
11/02/10 21:30:29
|ω・) 誰もいなくなっちゃった…やっぱりエロが少ないと一気にヒトイネになっちゃうね…w
|ω-) でも、まだ当分エロは出てきません…スイマセン
755:fusianasan
11/02/11 03:12:03
すみません。
感想を書くのが下手なもので。
毎回楽しく読ませていただいております。
転調を感じさせる回ですね。次回が楽しみです。
756:fusianasan
11/02/11 22:30:44
>>753
「戻って来たら…こら、店番してないじゃないか!」
どうやら、店主が帰って来たらしい。
「あ、ごめんなさい…つい夢中になっちゃって」
店主がボクらの方を見た。お客さんがいることに気がついたらしい。
「おや…お客さんか」
店主…マスターは初対面であるボクらを認めると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません、ノッポが店番しませんで…コーヒー、一杯サービスしときますんで」
「はぁ…どうも…」
恐縮するマスターを見たら、何だかボクも恐縮してしまった。いや、ボクだって別に来たくて来たわけじゃなくて、
矢島さんに連れてこられただけなんだけど…
とは、さすがに言えなかった。
757:fusianasan
11/02/11 22:31:56
コーヒーを飲みながら店主も交えて、いろんな話をした。そこで、このマスターの過去を知ることになる。
「僕もねえ、昔は選手だったんだよ…オレンジキッカーズのね」
「えっ、そうだったんですか?」
訊けば、彼はオレンジキッカーズがまだ下部リーグ…しがない小さな町クラブだった頃、選手としてプレーしていたのだそうだ。
ポジションは、中盤を走り回ってボールを奪うミッドフィールダー、ボランチだったという。
「僕はね、足はあんまり速くないし背も高くなかったけど、体力だけはあったんだなぁ…」
選手全員がプロ契約のトップディヴィジョンとは違い、下部リーグではサッカーでの収入だけで食べられるはずもなく、練習が
終わればさまざまなアルバイトをこなし、シーズンが終われば紹介された工場で一日中臨時工として働き、生活費や用具代に
充てていたという。彼はそんな生活を、十年以上続けていた。
758:fusianasan
11/02/11 22:33:36
彼が30歳を迎えた年に、チームは四部リーグで優勝し、全国の四部リーグ優勝チームが集まって行われる『決勝大会』を
勝ち抜き、見事に三部リーグ昇格を果たした。
「嬉しかったねえ。18でこのチームに入って、仕事の合間にサッカーやって、大変だったけど、ここまで来たのが嬉しくてねえ…
人目もはばからず泣いたのを覚えているよ」
しかし、三部リーグに上がった途端に彼の出番は激減した。「労を惜しまず走り回る」だけの選手では、レベルの上がった
対戦相手に太刀打ちできなくなってしまったのである。
「最初の試合は出たんだけどさあ、そこで5点取られて負けちゃってね。それっきり出番がなくなって…」
三部リーグに上がったことで、まとまったスポンサーもついて、選手の補強も進んだ。彼はそれによってスタメンから
弾き出される格好になり、試合に出られない日々が続いたという。
「辛かったけど、仕方ないなとも思った。自分の力が足りなくなったというのは、練習をしていても感じたしね」
結局、彼はその年限りで現役を引退することを決めた。指導者として残れる道はなく、引退後、何をするかの決断を
迫られることになる。
「引退してこれからの人生を考えた時に、どうせならちょっと違う仕事をしてみたくなってね」
そして、彼はこの『エキヨコ』という店を始めた。
759:fusianasan
11/02/11 22:46:03
「金も知識もない…ないない尽くし。でも、体力だけはまだ負けない自信があったからさ。手当たり次第やっていけば、
何とかなると思ってたんだよ」
彼…マスターはそう言うと、隣にいた梅田さんの頭を撫でた。
「一人じゃ大変だから、誰かバイトを雇おう…と思ってさ。でも求人広告出すお金もないし、とりあえず店の前に貼り紙を
貼ったら、この子…ノッポさんが来たってわけ」
梅田さんは店の中で『ノッポ』と呼ばれているようだ。確かに背が高いから、ピッタリなネーミングかもしれない。
「もー、その呼び方はやめてって言ったじゃないですかー」
「あれ、そんなこと言ってたっけ?」
「…でも嘘なんだよ。もう慣れたんだよ」
梅田さんがそう言うと、店内が温かい笑いに包まれた。なんだ、案外優しい空間じゃないか、と思った。
「今日はありがとう。また来てくれよ」
マスターはそう言って、ボクたちを送り出してくれた。
760:fusianasan
11/02/11 22:48:47
「じゃあ、ちぃ、またね」
「ばいばーい」
徳永さんは、ボクたちに手を振って反対方向の電車に乗って行った。ボクは何気なくそれを見送った…が。
「ん?」
その時、ボクは確かに見ていた。徳永さんの体に起きていた、ある変化を。
「○○くん、どうかした?」
帰りの電車の中で、矢島さんがボクに訊ねた。
「いや、何でもない…何でもないよ」
徳永さんの体に起きていた変化を、彼女に話すべきか話さざるべきか…ボクは考えていた。事は急を争うのかもしれない。
ならばできるだけ早く話した方がいい。
でも、ここは電車の中。誰かに話を聞かれてしまうかもしれないし、その中に徳永さんの知り合いがいる可能性だって、
ゼロではない。
ここで話すのはあまりにリスクが高すぎる気もする…
結局、ボクは言えなかった。言えないまま、自宅に帰った。それが後々、『ボクと彼女と彼女と彼女の関係』に影響をもたらす
ことになるのだけれど、その時は、そんなこと思いもしなかった。
(第一章 終)
VICTORY THE ALFEE-1993
URLリンク(www.youtube.com)
761:fusianasan
11/02/11 22:54:28
(´・ω・)っ(第二章 予告)
『ボク』が見つけた『彼女』の異変
そして、オレンジキッカーズの運命が決まる日
『ボク』は『彼女』の心の中を知る…
(´・ω・)っ(明日以降連載予定…)
762:fusianasan
11/02/11 23:01:14
|ω・) まあ、このマスターも後に…登場人物と密接なかかわりを持つことになるんだけど…
それはまた別の話と言うことで…
>>755
|ω・) いえいえ…
作者の気持ちから言えば、どんなことでもいいから感想を書いていただきたい、と思っています
個人的に一番辛いのは、書いても書いても何の反応もないことです
だから、一言でもいいから、毎回何かしらのリアクションをいただきたいな…とは常に思っておりまして…
|ω・) 読んでくださった方は…何か一言でもいただければ、嬉しいです
以上、切なる…wお願いでした
763:fusianasan
11/02/12 00:08:12
エロ「が」ある、ではなくて、エロ「も」あるリア消スレみたいな感じで甘酸っぱくていい感じ
ただ
>その時は、そんなこと思いもしなかった。
>でも、まだボクは知らなかった。
といった描写がやや目立つのが個人的には気になりました
まあ過去を振り返って書いているならやむを得ないことなんでしょうけど
764:fusianasan
11/02/13 19:04:07
>>760
第二章
―寒い夜だから あなたを待ちわびて どんな言葉でもいいよ 誰か伝えて―
それから二週間後。
また、矢島さんに誘われて一緒に行くはずだったのに、ボクは一人でスタジアムに行く羽目になってしまった。
矢島さんが『どうしても抜けられない用事』が入ったと言ってきたのである…当日の朝に。
「ったく、言うならもっと早く言ってくれないかねぇ」
とボヤきながら、ボクは電車に乗って行った。別に行かなくてもいいかとも思ったが、行かないで矢島さんに
後であれこれ言われるのがイヤだったのである。
電車に乗って、一人でスタジアムに行く。近頃めっきり寒くなった。慣れれば何ということもない行程なのだろうが、
ボクにはまだ『しんどい』ことに思える。
当日券を買い、入口をくぐって中に入ると…
「○○さーん!」
徳永さんが待っていた。別に何も伝えてはいなかったのに、どういうことだろう。
「あれ、どうしたの?」
「まいみちゃんが『今日は行けないけど○○君が代わりに行くから一緒に見てあげて』って言われたんですよ」
どうやら、またボクの知らないところで話がついていたらしい。まあ、徳永さんのことをもっと知るチャンスでもあるから、
ここは素直に従っておこう。
「そっか。じゃあ、行こうか」
そう言って、この間と同じ格好のボクは歩きだした…一つだけ違うことは、首にオレンジのタオルマフラーが増えていたことだった。
765:fusianasan
11/02/13 19:04:52
この間の試合で負けて、しかも先週のアウェイ戦を引き分けてしまったオレンジキッカーズは、二部昇格ラインとの
勝ち点差が4になってしまった。残りの試合で負けることは許されない…
というか、全部勝ってやっと追い付けるかどうかになってきた。
「今日の相手って、強いんだっけ」
「ちょっとぉ…今日の相手って、13位のチームですよ。勝たなくてどうするんですか!」
怒られてしまった。13位か…そりゃ確かに勝たないといけない相手だろうが、だからって怒らなくても…
ボクはふくれっ面になっていたらしい。横から小さい声が聞こえた。
「あのー、怒ってます…か?」
「いや、別に」
見抜かれないように平静を装う…ことを心がけたが、自信はない。ボクだって、いきなり怒られていい気分なわけは
ないのだから。
「あ、選手出てきた。試合見よう」
いいタイミングで選手が出てきた。これ以上揉めごとを起こさなくて済む。
766:fusianasan
11/02/13 19:05:57
この間、印象に残ったアンドレが今日も出てきた。しかし、試合開始からちょっと動きが悪い。
「うーむ…」
通してほしいパスが通らない。運動量も少ないし、体が重そうだ。疲れているのだろうか。
「オーレー オーレー ウィーアーオレーンジー」
徳永さんは隣で元気にチャントを口ずさみながら応援している。
ボクはといえば、座って試合の経過を目で追っている。アンドレにボールが渡った。二人のマーク。
「出せるのか?出せるのか?」
出した。ディフェンスの間をうまく抜けるスルーパス。
「行けっ!」
後はフォワードの和田が流し込むだけ。先制だ。
「やったああああああああああああ!!!!!!!!!!」
ボクは隣の徳永さんとハイタッチを交わした。この間はがっかりだったが、点が入るとサッカーってこんなにも
面白いものなのか、と思った。
767:fusianasan
11/02/13 19:06:36
試合は前半終了間際。1-0で勝ってはいるが、試合の流れを考えるともう1点2点欲しいところだ。
「ここで取れたら、後が楽になるんだけどなぁ…」
ボクは思わず呟く。すると…
右サイドの福田がボールを持った。そのままサイドを駆け上がる。相手守備陣は中を固めることばかり意識していたのか、
ボールへの寄せが甘い。
福田はそのままゴール前まで上がるとグラウンダーのクロスを上げた。相手のゴールキーパーが弾く…そこへ。
「あんどれえええええええええ!」
詰めていた。アンドレがどこからともなくやって来て、こぼれ球に詰めた。2-0。追加点だ。
「やったぁ!」
ボクはまた徳永さんとハイタッチを交わした。溜めに溜めていたものを解き放つような感じで、ハイタッチが実に気持ちいい。
何も、徳永さんの手の感触が気に入ったからとか、そういう理由ではないのだ…多分。
768:fusianasan
11/02/13 19:07:16
試合はハーフタイムに入った。
「何か買ってこようか」
そう尋ねたボクは、徳永さんのリクエスト通りコーヒーを買って帰って来た。
「はい、どうぞ」
「ありがとございます」
相変わらず舌足らずな声。でも、何気なく彼女が手を伸ばした瞬間…
ボクは見つけた。見つけてしまった。
彼女の手の内側…手首に、いくつかの傷が残っていたことを。それも、ただの傷ではない。
明らかに、自分で『試みた』跡を…
769:fusianasan
11/02/13 19:07:49
「よし、ボクもホットドック食べようっと」
ボクは知りたかった。試合の内容などもうどうでもよくなった。徳永さんがなぜそのようなことをしたのか、
そしてそれが一度ではないのはなぜなのか…
ボクは知りたかったが、訊けなかった。さりげなく訊ける自信がボクにはない。せっかく仲良くなってきた
ところなのに、ここでヒビを入れたくなかった。
ボクは見なかったことにして、黙ってホットドックを口に頬張った。いきなり突っ込んだせいか、思わず
むせてしまった。
「…大丈夫、ですか?」
徳永さんが心配そうにこちらを見ている。ボクは心の中で呟いた。
「いや、キミのせい、なんだよ」
と。
(つづく)
770:fusianasan
11/02/13 19:09:17
|ω・) ということで、一日遅れで第二章が始まりました…
>>763
|ω・) ああ、言われてみたら確かにそうかもしれません<描写の目立ち
|ω・) ちょっと修正法を考えておきます…
771:名無し募集中。。。
11/02/14 01:34:04
千奈美に何が・・・
772:fusianasan
11/02/14 21:39:28
>>769
後半が始まった。前半で2点を取ったからどこか安心して見ていられる。サッカーで最も危険なスコアは「2-0」だというが、
相手はシュートチャンスすらほとんど生みだせない。
アンドレは後半半ばで下がったが、その後もスコアは動かなかった。そして、タイムアップを迎える。
「やったあーっ!勝った勝ったにぃー!」
徳永さんは大喜びしているが、ボクは嬉しい半面、心のどこかにさっきのことが引っ掛かっていた。
「やりましたね!勝ちましたよ!」
「う、うん…そうだね。よかったよかった」
ボクは努めて嬉しそうな顔をした。まあ、嬉しくないわけじゃないんだけど…でも…
773:fusianasan
11/02/14 21:40:11
その日の帰り道。
「ねえ、エキヨコ寄りません?寄ろうよー」
「そうだね。行こうか」
まだ彼女と別れたくない。できればもうしばらく一緒にいて、様子を見たい。この間感じた違和感にしても、
今日見た『手首の傷』にしても、彼女には見過ごせない謎の部分が多すぎる。
「この子には…絶対に何かある。誰にも言えないようなことなのかもしれない」
多分ボクの抱いた感情は間違ってはいないはずだ。その答えを一刻も早く知りたい。だけど、せっかく
築きつつある彼女との信頼関係は損ねてはいけない。難しいミッションだ。
難しいけれど…やるしかない。歩きながら、ボクはそんなことを考えていた。
774:fusianasan
11/02/14 21:40:47
『エキヨコ』に行くと、『ノッポさん』こと梅田さんが迎えてくれた。
「いらっしゃーい…あれ、今日は舞美いないの?」
ボクはわけを話し、コーヒーを二つ頼んだ…のだが、またしてもマスターがいない。そのことを訊ねると、
「ああ、マスターなら町内会の集まりに行っちゃった。呼んでこようか?」
「いや…いいです。コーヒー、頼んで大丈夫だった?」
すると、梅田さんはちょっと焦った表情になった。
「えーっと、あんまり自信はないけど…でも、まあ、やってみるんだよ!」
嫌な予感がする。結局ボクは、注文をオレンジジュース二つに変えることになった。
「ごめんねぇ…」
梅田さんはそう言ってはいるが、あんまり謝ってなさそうな感じである。まあ、飲めたもんじゃないコーヒーを
出されるよりはいいか、とボクは思うことにした。
775:fusianasan
11/02/14 21:43:24
ボクと徳永さんが並んで座る。その横に梅田さんがジュースを持ってきて座った。話題は自然と、今日の試合の話になる。
「そっか、○○くんもすっかりオレンジのとりこなんだね」
「…まあ、ね」
ボクは内心、そのことよりも徳永さんへの謎のことの方が気になっていたのだが、話が進んでしまった以上は合わせるしかない。
「でもいいなぁ…試合見に行けて。あたし、最近全然見に行けてないからなぁ」
「どうして?」
徳永さんが笑顔で訊く。梅田さんは苦笑いして答えた。
「毎日、ここでバイトだもん」
「毎日?学校は?」
今度はボクがそう訊ねると、彼女は苦笑いを崩さないまま、ポツリと呟いた。
「…辞めちゃった」
776:fusianasan
11/02/14 21:44:36
ボクと徳永さんは一瞬、言葉を失った。多分、マンガ風に言えばこの時、二人とも頭の上に「?」マークが出ていたことだろう。
「ど、どうして?」
「…それは秘密」
いつの間にか梅田さんが真顔になっていた。ボクらに視線を向けることなく、壁の方を見ている。
「なんでかは、秘密。別に、あなたたちは…知らなくてもいいことだし」
空気が重くなった。ボクはなんだかいたたまれなくなって、早めにお暇することにした。
「…千奈美ちゃん、行こうか」
ここでボクは敢えて意識して『徳永さん』ではなく『千奈美ちゃん』と呼んだ。何とかして、彼女をボクの行動に同調させたかったのである。
そのためには、もっと距離を縮めていかないといけない…とボクは判断した。それが正しいことなのかどうかは分からないけれど。
「えっ?…う、うん」
徳永さんは戸惑いながらもボクについて来てくれるようだった。
「じゃあ、また来ます」
「もう帰っちゃうの?…寂しいなぁ」
梅田さんはそう言ってくれたが、ボクの方が落ち着かない。とりあえず、店を出ることにした。
777:fusianasan
11/02/14 21:45:51
駅へと向かう道。
「ねえ、どうか…したんですか?」
徳永さんが不思議そうな顔でボクを見る。ボクの心中を察してはくれないようだ。まあ、仕方ないか。
「いや、何でもない…でもさぁ、あんなこと訊いちゃって…何か、居づらくてさ」
ボクの本音である。真顔で『知らなくてもいいこと』なんて言われたら、ちょっと気が重くなるのは当然ではないか。
「はぁ…」
「そうだ…徳永さんに訊きたいことがあったんだ。一つ、訊いてもいいかい?」
「何ですか?」
思い切って、今日ずっと気になっていたことを訊くべきか、訊かざるべきか…今ならまだ別の質問をして逃げられる。
さあどうしようか…
ボクは考えた。考えたといっても数秒しか考えるための時間はないけれど、その中で精いっぱい考えた。そしてこう言った。
「徳永さんの…連絡先、教えてくれないかい」
「なんだ、そんなことかぁ」
ボクがあんまりにも深刻そうな顔をしていたので、何を言い出すのかと思っていたらしい。彼女は一気に緊張がほぐれた顔になった。
そしてボクたちは電話番号とメールアドレスを交換し、駅でいつものように別れた。
「またねー」
手を振る彼女…その手首には確かに沢山の傷があった。
778:fusianasan
11/02/14 21:47:16
それからボクは、何度も徳永さんに『例のこと』を訊こうとして携帯電話を取っては、その度に思い直してやめていた。
関係にヒビが入るのが怖かったのである。
あるいは見なかったことにすればよかったのかもしれない。でもそれはできない。
だって、自分の目にウソはつけないから。
でも、どうやって訊けばいいのか正直分からない部分もある。彼女の機嫌を損ねないようなやり方を考えなくてはいけないが、
でもなかなか思いつくものでもないし…
(つづく)
779:fusianasan
11/02/15 03:02:03
なるほど。
イカせるテクが分かったよ。
さっそく実践してみようと思うお(*´∀`)
URLリンク(hirashaine.com)
780:fusianasan
11/02/15 23:00:30
>>778
あれこれ思案しているうちに、また二週間が経った。
今日はオレンジキッカーズの今シーズン最終戦である。おそらく徳永さんも、そして矢島さんもスタジアムにやって来ることだろう。
「今日、訊こう。今日が終われば来年まで試合はない。もしここでヒビが入ったら、それまでの仲だったと思えばいいんだ」
ボクはそう自分に言い聞かせて、スタジアムへ向かった。
すっかり風が冷たくなり、めっきり寒くなったが…スタジアムはいつもよりも人が多かった。この一戦にすべてがかかっていることを、
サポーターはみんな理解しているのだ。
昇格圏内である3位との勝ち点差は2。勝ちが絶対条件。勝って、同時刻キックオフの3位チームが負ければ昇格決定、引き分けなら
得失点差勝負だ。
ボクは試合のことがもちろん気になっていた。いたけれど、それと同じかそれ以上に徳永さんに「例のこと」をどうやって訊くかをずっと
考えていた。
781:fusianasan
11/02/15 23:01:55
「よっ!」
誰かに背中をポンと叩かれた。びっくりして振り返ると、矢島さんが立っていた。
「えらいねえ、私が『見に行こ』って言わなくてもちゃんと来るようになったんだ。感心感心」
「はぁ…どうも」
彼女は明るく話しかけてくれるのだが、ボクは『例のこと』で頭がいっぱいであった。
「どうしたの?元気ないじゃん」
「はは…まあ、大丈夫だよ」
自分でもいったい何がどう大丈夫なのか分からないが、とりあえず適当に取り繕ってスタンドに入る。
いつもの席に、徳永さんがいた。心なしか元気がない気がする。よく見ると、この間はなかったオレンジ色のリストバンドを
両手に巻いている。だから、手首の状態は確認できない。
「いよいよ今日だね…なんとかなるよ、きっと」
努めて明るく振る舞っているように見えるが…元気がないのは緊張からか、それとも他の理由か…
そして、試合は始まった。
782:fusianasan
11/02/15 23:02:25
試合中は『例のこと』を忘れることにした。とにかくオレンジキッカーズの勝利を願って、ボクら三人は声を張り上げ続けた。
しかし、攻めども攻めどもゴールが遠い。相手はすでに順位目標の特にないクラブなのだが、プレッシャーからか最後の最後で
詰めが甘い。
ボールポゼッションも、シュートの数も、決定機も全部オレンジキッカーズの方が上。でもゴールが生まれない。
選手を変え、フォーメーションをいじり、何とか得点、そして勝利を目指すオレンジキッカーズだったが、決めきれないまま、時間だけが
刻々と過ぎていく。
スコアレスのまま、試合は後半アディショナルタイムに入った。目安は4分。
「4分か…」
ボクは無意識のうちにストップウォッチを押していた。1分経過、2分経過、3分経過…
3分半を過ぎたところだった。