10/08/14 02:58:29 h2uPCSfR0
故に智機は、賭けには出ない。現状では。
だが、例えば。
目覚めたザドゥと芹沢に戦闘能力が失われていたならば、
詳細不明な劇薬を彼らに投じることを厭わぬであろう。
「さて――現状、このタスクにて出来ることは終わりだな。
十二時間後の状態を把握してから、再検討しよう」
智機は行動キューの最上位にあったザドゥ対策を終了させ、
二位から一位へと格上げされたタスクの準備行動を開始する。
「ふむふむ。そろそろ冷却水の換え時かな?」
ここ一時間余りの内部的負荷は、それまでの二十四時間に匹敵するものであった。
情動発生器の振幅と論理演算回路の使用頻度は凄まじく、
後頭部の排気筒より排熱された水蒸気量は、既に冷却水の50%に達していた。
同様に、冷媒として使用しているフロンも劣化が激しい。
差し迫ったタスクを終えた今こそが、手入れ時なのである。
智機は重い腰を上げ、茶室を後にする。
メンテナンスルームを目指し、閑散とした廊下に出る。
そこで、ばったりと出くわした。
「「――!?」」
ここに居るはずのない人物と。
決して、本拠地の所在を知られてはならぬ少年と。
西の森の小屋にいるはずのプレイヤーと。
451:名無しさん@初回限定
10/08/14 02:59:56 5O0RxO9n0
452:点と線(6/9) ◆VnfocaQoW2
10/08/14 03:01:31 h2uPCSfR0
その少年は、なぜか自身の喉を手刀にて小刻みに震わせ、
意味の分からぬ低い唸り声を、智機に浴びかけた。
「は~うでぃ~!!」
管理番号38番。片翼の天使。かつての人類捕食者。
広場まひる、である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
智機の立場に立ち、「いるはずのない」と記したが。
まひるは突然、本拠地に現れたわけではない。
点を繋いで、線として。
この地点を目指して、来たのである。
点の1――― 19:10の東の森、南西部。
まひるは観察していたのである。
連絡員飛来のIMを受けた現場オペレーティングの四機が、
一斉に北西の空を見上げたことを。
『……ほう、意味深な行動じゃの』
「何かあると思うんですけど」
『行ってみましょう。
どのみち、東の森の周辺を一回りする予定です。
北回り、ということにしましょう』
453:名無しさん@初回限定
10/08/14 03:02:11 5O0RxO9n0
454:点と線(7/9) ◆VnfocaQoW2
10/08/14 03:11:24 h2uPCSfR0
点の2――― 19:20の北西の岩山、程近く。
カタパルトから投擲された物資。
耕作地帯を北に抜けたまひるの目に、
それが捉えられたのである。
『どちらへ飛んで行ったかの?』
「んーと…… たぶん、さっきの場所。
椎名ロボがわっせわっせと火消ししてたトコ」
『とすれば、支援物資か、或いは増援か……』
『どちらにせよ、発射元には、何かがあります』
「行っちます?」
『……慎重にお願いします』
点の3――― 19:30の北西の岩山、山麓。
排尿のために屋外へと出たケイブリス。
投擲物資の出所を探るべく山中へ入っていたまひるは、
偶然にもその巨体を目撃したのである。
「あの~…… 見つけちゃったんですが、扉。岩山に直接、扉」
『そこからケイブリスが出てきたんですね?』
「漏れる~漏れる~言いながら、どすんどすんと」
『見張りはいませんか?』
「まるっきり」
『ならばまひる殿、言うべきは、こうじゃ!
こちらスネーク、状況を開始する。……とな!』
455:名無しさん@初回限定
10/08/14 03:12:31 5O0RxO9n0
456:点と線(8/9) ◆VnfocaQoW2
10/08/14 03:18:14 h2uPCSfR0
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
――時を戻す。
「は~うでぃ~!!」
まひるの咄嗟の威嚇(?)に対して智機が取った行動は、逃走であった。
その赤い目、白い肌と相まって、実に脱兎あった。
余りに見事な逃走ぶりに、まひるは唖然とし、暫く佇んでしまうほどであった。
智機はスタンナックルをデフォルトで装備している。
彼女でも扱える銃火器も腰に提げている。
まひるが「はうでぃー」している隙に、命を素早く奪うことも可能であった筈だ。
実際、その可能性は高いのだと、彼女の論理演算回路は解を出していた。
にもかかわらず、智機はそれをしなかった。
出来ぬのである。
この島に数多存在する智機たちの中で、この智機だけは、
あらゆる直接戦闘の実行がほぼ不可能なのである。
【自己保存】――
その原則が、最優先事項が。
オリジナル智機の行動を大きく規制しているが故に。
状況から推測されるあらゆる可能性を割り出せば、
まひるがその特異な運動能力を恃みに反撃してくる可能性や、
前方に活路を見出し向かってくる可能性も、
リストに加わることになる。
457:名無しさん@初回限定
10/08/14 03:18:30 5O0RxO9n0
458:点と線(9/9) ◆VnfocaQoW2
10/08/14 03:21:28 h2uPCSfR0
それらの確率はありえないほど低い。
しかし、ゼロではない。
ゼロで無く、かつ、他の選択肢があるのならば。
椎名智機は、戦えぬ。
智機は選択する。
1ポイントでも生存確率の高い選択肢を。
1ポイントでも死亡確率の低い選択肢を。
自動的に。否応なしに。
逃げる智機の音感センサーは、捉えていた。
後方のまひるが自分に背を向けたことを。
玄関より屋外への逃走を図っていることを。
それでも智機は、振り返ることも足を止めることもしない。
手近な個室に飛び込み、鍵をかける。
室内の迎撃装置のスイッチをONにする。
そうして、自らの安全を確保した上で。
ようやく、まひるの進入に対する手を打った。
屋外にいる同盟者へ向けて。
「ケイブリス、広場まひるに拠点を発見された!
いいか、必ず仕留めろ。生かして逃すな!」
↓
459:名無しさん@初回限定
10/08/14 03:24:26 5O0RxO9n0
460:点と線(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2
10/08/14 03:27:24 h2uPCSfR0
(ルートC)
【現在位置:D-3地点 北西の岩山裾野・本拠地周辺】
【広場まひる(元№38)】
【スタンス:非戦抵抗、逃走
①小屋に帰還する】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ、簡易通信機】
【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟
①まひる追跡及び殺害】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み)、鎧】
【現在位置:D-3地点 本拠地】
【主催者:椎名智機】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
①本拠地が発見されたことへの対応
②しおりの確保
③ザドゥ達と他参加者への対処(分機P-03に注目)
④連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する許可を得る】
※代行N-22が端末解除スイッチを追加物資に混入したかは不明
※カタパルトの使用回数はあと一回、人間一人程度が限界です
461:名無しさん@初回限定
10/08/16 16:20:57 eln/37850
支援
462:名無しさん@初回限定
10/08/21 01:56:12 eq3sBo+I0
463:ちぇ☆ちぇ!~往路~(1/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 21:51:44 U2cS1PVF0
(ルートC・2日目 21:30 J-5地点 地下シェルター(隠し部屋1))
地下シェルターにザドゥの哄笑がこだまして。
地下シェルターにザドゥの哄笑が途切れ。
地下シェルターにザドゥの絶叫が響き渡った。
「ははははは…… はうっ!?
……っぎゃああああああ!!」
464:ちぇ☆ちぇ!~往路~(2/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 21:53:26 U2cS1PVF0
「……?」
恐怖に身を竦めていた透子の目線の先で、ザドゥの体が崩折れる。
同時に響くは紳一の絶叫。
しかしそれは微弱な思念波であり、透子の耳には届かない。
《痛ぇあああああ!!!》
ザドゥは全身、至るところに重い火傷を負っていた。
深い傷もあった。肺も痛んでいた。
憑依と伴に肉体感覚をも蘇らせた勝沼紳一にとって、
この感覚は鮮烈かつ痛烈。
惰弱な彼に耐えられる苦痛の域を超えていた。
《こ、こんな体では陵辱どころではない!》
またしても、またしてもと唸りを上げる紳一に、反応する思念波があった。
薄暗い地下室に在ってなお闇色に輝く魔剣・カオスである。
《なんじゃなんじゃ、うるさい悪霊じゃの。 このひょろっ子モヤシが!》
自分の足元から洩れてくる不機嫌なしわがれ声に、透子は思わず呟いた。
「……見えるの?」
《見えるどころか、儂、斬れますよ? こんな木っ端霊体なんか、すぱっと》
透子の瞳が光を帯びた。紳一の瞳が大きく見開かれた。
カオスが放ったのはただ一言。
それだけで狩る者と狩られる者の立場が逆転していた。
465:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:01:37 XhQfd3Os0
466:ちぇ☆ちぇ!~往路~(3/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:05:15 U2cS1PVF0
《俺は何度……っ》
何度逃げれば気が済むのか。
滑稽ではないか。
自己憐憫を飲み込んで、紳一は逃走を開始する。
一心不乱に階段へと走る。
階段の中腹まで必死で走った紳一であったが、
背後に追いすがる気配が感じられぬ為、ひとたび振り返った。
透子は刀を手にしたまま、しゃがみ込んでいた。
しゃがみ込んでベッドの下に手を伸ばしていた。
少女のやる気が感じられぬ様子を見、紳一は安堵する。
走行ペースを落とし、重々しいシェルターの扉を透過する。
その向こうに――
――少女がいた。
扉の向こうの部屋でしゃがみこんでいるはずの少女が。
胸にひび割れた銀のロケットを掛けた、亜麻色の髪の少女が。
カオスを中段に構えて、紳一を切り伏せるべく、待っていた。
《ありえん!》
透子が紳一の憑依を知らぬのと同じく、紳一もまた、透子と瞬間移動を知らぬ。
紳一の生存中、透子が紳一に警告を発する機会が無かった故に。
出会い頭の衝撃に立ち尽くしている紳一に向けて、透子がカオスを振り下ろす。
467:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:06:29 XhQfd3Os0
468:ちぇ☆ちぇ!~往路~(4/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:11:35 U2cS1PVF0
「やー」
脱力感あふれる掛け声と共にへろへろと振り下ろされた刀身は、
身じろぎ一つせぬ紳一を切り裂くことなく、その脇を通過した。
非力な透子には、剣を振りぬくことなど出来なかった。
それどころか、勢いのまま前のめりに転倒してしまう始末である。
しかし、紳一は戦慄した。
剣先ではない。
その刀身が纏う瘴気に少しだけ触れた右の肘から、感覚が失われたから。
それは、エネルギーを喰われる感覚であった。
それは、生きたまま氷付けにされる感覚であった。
紳一は直感し、戦慄する。
《あれをまともに食らえば。俺は、死ぬ。
自分の魂から意志が切り裂かれ、俺は俺を失う。
あの衣装小屋で会ったビッチメイドのように!
薄毛デブのように!
うわごとを繰り返すだけの存在に堕ちてしまう!》
ここに、紳一と透子の逃走/追跡劇が、幕を開けた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
469:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:11:46 XhQfd3Os0
470:ちぇ☆ちぇ!~往路~(5/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:14:39 U2cS1PVF0
ひと昔前のドジっ子メイドの如く、尻を高く掲げ、
額を地面に擦りつける格好で、透子は倒れていた。
その様相のあまりのあまりさに、相棒・カオスが嘆息する。
《しかし非力にも程があるのぅ、嬢ちゃんや》
透子の胸には紳一に対する怒りがある。
忘れて久しい感情が渦巻いている。
新鮮な感覚であった。
透子はその感情の赴くままに、カオスの無礼に八つ当たる。
「うるさい」
かといって透子の胸に、焦りは無かった。
紳一を討ち漏らしたことについて、深刻には受け止めていなかった。
彼女が唯一、紳一を捉える手段は記録/記憶の検索であり、
その手法だとタイムラグが発生するというのに。
その分だけ、紳一は遠ざかるというのに。
状況は追跡者にとって甚だ不利だというのに。
透子は、それらを不利だとは思っていなかった。
透子は、処する手段を見出していた。
(移動したい……)
知覚する必要などない。
ただ、念じればよい。
(紳一の【すぐ前】に)
471:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:15:28 XhQfd3Os0
472:ちぇ☆ちぇ!~往路~(6/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:18:34 U2cS1PVF0
それで、移動は完了だ。
透子にとって瞬間移動は当たり前で。
それゆえに能力に疑いは無く。
たとえ、その目で紳一の姿を確認せずとも。
「えい」
ただ、前方にカオスを振り下ろせばよいのである。
《な……?》
またしても、突如として眼前に現れた透子に、紳一は肝を冷やす。
その振るった剣が空振ったことに、紳一は胸を撫で下ろす。
《なあ、トーコちん。 お前さん見当違いの方向に、儂を振ってますよ?》
「……ん?」
カオスの状況報告に、透子は思考を次へと進める。
(そうか)
(【すぐ前】じゃダメ)
前、では設定が曖昧に過ぎる。
見えない相手を切り伏せる為には、その方向を限定せねばならぬ。
透子はその方法を暫し考え、そして決定した。
透子は、向きを南に変え、願った。
(……紳一のすぐ【北】に行きたい)
473:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:19:54 XhQfd3Os0
474:ちぇ☆ちぇ!~往路~(7/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:26:25 U2cS1PVF0
移動した。振り下ろした。空を切った。
刃は紳一が通過した一秒後に、紳一の残像のみを切り裂いた。
《嬢ちゃんの力で振りかぶっちゃダメじゃろ。
時間が掛かるし、軌跡もぶれるからの。
もっとこう、腰で構えて、体ごとぶつかる感じで》
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
御陵透子――
逃亡者の身としてみれば、これほどやっかいな追跡者は他におるまい。
接近の知覚は不可能。
経路の把握も不可能。
されど、気付けば常にいる。
武器を構えて傍にいる。
逃亡者紳一も、そのことは実感している。
少女がテレポートしていることも、紳一は把握しつつある。
(この乙女、もしかしたら俺が見えていないのではないか?
にもかかわらず俺をアンカーとしているような……)
鬼ごっこの開始から十分余り。
二人ともに決定的な状況を作れぬままであるが、
しかし、天秤は徐々に透子に傾いている。
トライ&エラーを十数回。カオスの戦闘指導も十数回。
その経験値が、着実に、実を結びつつあった。
475:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:26:42 XhQfd3Os0
476:ちぇ☆ちぇ!~往路~(8/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:30:23 U2cS1PVF0
(だがヤバい…… この乙女、コツを掴んできている!)
故に紳一は、色々と回避方法を試していた。
ジグザグに走ってもみた。
後ろ向きに走ってもみた。
緩急をつけて走っても見た。
試せる走行方法は、すべて試した。
それでも、合わせてくる。
無表情な少女は無表情のまま、ブレを修正してくる。
「……」
焦る紳一の前に、またしても透子が現れた。
もう、今の透子は掛け声などかけない。
予備動作など見せない。
攻撃態勢のまま移動してくる。
《ヒットじゃ!!》
低い姿勢で突き出されたカオスが、ついに紳一の脇腹に食らいついた。
紳一は悶絶する。
余りの痛みと余りの冷たさに。
命を直接抉り取られる不快さに。
《っああああひいいいい!!!》
無様に這って逃げる紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。
477:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:32:13 XhQfd3Os0
478:ちぇ☆ちぇ!~往路~(9/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:35:05 U2cS1PVF0
《痛い痛いイタイイタイ!!》
《トーコちんよ、こいつ、這ってますよ?》
「ん」
泣き叫んでも聞く耳持たぬ、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。
《イヤだイヤだイヤだイヤだ!》
《もーちょい下、もーちょい下!》
「ん」
もはや転がるのみの紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。
《ヤメてヤメてヤメてヤメて!》
《ぬぬぬ、転がって躱わすとは!》
「ん」
紳一に状況を分析する余裕などなかった。
周囲を見回す状況などなかった。
ただ転がり、のた打ち回り、痛みと恐怖を発散するほかなかった。
《……神さまあっっ!!》
「ぁう!」
《トーコちん!?》
その弱者ぶりが透子とカオスの油断を産んだのか。
救いを求める魂の叫びが何者かに届いたのか。
479:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:35:36 XhQfd3Os0
480:ちぇ☆ちぇ!~往路~(11/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:44:28 U2cS1PVF0
《なっ、ヤメい悪霊!》
《ははっ、これがいい。これが一番いい!
この少女に憑依すれば!
この少女の脅威に晒されることなく!
この少女の処女膜を守ってやれるのだから!》
紳一は哄笑を上げながら透子へと潜り込む。悠々と。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 22:00 I-7地点・海岸線・岩場)
「あの悪霊、どこに行ったのかな……?」
全ての女性の敵、バージンキラーの悪霊を退治すべく、
東の森の南部・浅いところを追跡していた仁村知佳であったが、
充満する煙に燻され、視界が不確かになった折に、
追跡対象の足取りを見失ってしまっていた。
その後、知佳は途方に暮れつつも追跡を諦めず、
周辺を索敵しながら歩いていた所に――
「あああぁぁぁぁっっ!?」
絶叫とも苦悶ともつかぬ声が響き渡った。
その声は、知佳にとって聞き覚えのある声であった。
「透子さん!?」
481:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:47:04 XhQfd3Os0
482:ちぇ☆ちぇ!~往路~(12/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:53:04 U2cS1PVF0
声は、幸いにも南の程近くから聞こえてきた。
土気色に濁った半透明の翼――【エンジェルブレス】をはためかせ、
知佳は全速力で、悲鳴の元へと飛んでゆく。
「透子さん!」
海岸沿いの磯、そのひときわ大きな岩の前で倒れ伏す少女を確認し、
知佳は再びその名を呼んだ。
少女からの返答はない。
代わりに少女の内から染み出るように現れた亡霊が、
混乱と絶望の一人台詞を吐き捨てた。
《憑依できない! いや、違う! こいつはすでに憑依されている!?》
知佳は誤解した。
あながち誤解でもないのだが、事実と異なるという意味では誤解した。
紳一が透子を倒したのだと。
紳一が透子を犯そうとしているのだと。
それは参加者/主催者の枠を超え、一人の女として
許しがたいことであると、知佳は憤った。
「許さない!!」
紳一は知佳の姿を認めるや、近くの岩に潜り込んだ。
この少女がカオスを手に取り、切りかかってくるを警戒した故に。
紳一は体の一部でも岩からはみ出さぬ様、慎重に潜み。
見覚えの有る中古少女と脅威の魔剣との対面に、耳を傾けた。
《おうおう、そこのちんまい嬢ちゃんよ。 ほれ、儂を拾え。
拾って小煩い煩悩幽霊をバッサリやっとくれ》
「剣……さん。 喋っているのは、あなたなの?」
483:名無しさん@初回限定
10/08/21 22:55:00 XhQfd3Os0
484:ちぇ☆ちぇ!~往路~(13/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 22:55:22 U2cS1PVF0
知佳は、透子のほど近くに落ちている剣へと向き直る。
禍々しいが、神々しくも有る、暗紫色の剣である。
彼女の知る霊刀・十六夜とは比べ物にならぬ妖力を漂わせている。
知佳は、誘われるままにカオスに手を伸ばす。
《まだお子様じゃな……》
カオスは知佳の薄い胸を観察し、溜息をついた。
最初の所持者・アインに輪をかけて貧相な体つき。
これでは、心のちんちんもおっきしない。
などと邪なことを考えていたところで、カオスは地面に叩きつけられた。
知佳は触れることで、心を読む。
その力は対象が人ならざるものであっても発揮されるようである。
「やだ…… この剣もエッチなことを…… 悪霊と同類なの?」
《おいおい嬢ちゃんや。レイピストとは一緒にしてくれるなよ?
儂はあくまでおねーさん方との合意の下、
共に快楽を追求しようという、いわばロマンス紳士でなぁ……》
知佳とカオスの間の抜けたやり取りを聞き、
紳一はこの隙に逃げ出そうかと、検討する。
暫く考え、その案を却下する。
自分は透子なる憑依されしテレポテーターに目を付けられている。
今は気絶しているが、やがて目覚めもするであろう。
そうなれば、いつであろうと、どこにいようとお構いなしで、
自分をアンカーとして瞬間移動してくる。
その時、遮蔽物が無ければ、終わりである。
迂闊な移動はリスクが高い。
485:ちぇ☆ちぇ!~往路~(14/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 23:01:30 U2cS1PVF0
それならばと、紳一は結論を結ぶ。
自嘲気味に、非積極案を採択する。
(ははっ。
どうせ生存中も心臓病で屋敷に籠りきりだったんだ。
透子が諦めるまで、或いは透子が殺されるまで、ここに籠り続けてやろう。
なあに、苦にはならんさ。
何しろ俺は腹も減らないし眠くもならないのだから!)
亡霊ならではの有利が、確かにあった。
紳一の読みは正鵠を射ており、透子にこの岩をどうこうする力は無い。
ここから一歩も動かぬ限り紳一の安全は確保されている。
但しそれは、相手が透子であった場合の話であり。
この岩を破壊できるような武装か能力を保持している相手を向こうに回した場合、
全く意味の無い潜伏と成り果てる。
例えば――
「うん、わかったよカオスさん」
目の前の念動力者、仁村知佳などが、その良い例である。
「はあっっ!!」
知佳の気合と共に迸るは超力一念。
発せられた念動力が大気を振動させ、紳一の潜む岩を微塵に砕く。
同じく念動により弓矢の勢いで投じられた魔剣カオスが、
紳一の胸を食い破り、穿ち貫き、抉り取る。
岩がそうなり、自分がそうされたことに、紳一は気付かなかった。
486:名無しさん@初回限定
10/08/21 23:02:04 XhQfd3Os0
487:ちぇ☆ちぇ!~往路~(15/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 23:03:54 U2cS1PVF0
《……弱っちいくせに、梃子摺らせてくれたの。 このうらなり君は》
紳一が身の振り方を検討している間に、
知佳は状況とカオスの能力を理解していた。
それで、即座に行動した。
透子の意思を受け継いで。或いは、当初の目的に従って。
参加者の敵でもなく、主催者の敵でもなく。
女の敵を、一人の女として。
討つべくして討ったのである。
ぱら、ぱら、と――
砕けた岩の破片が地面に降り注ぐ頃、すでに紳一は終っていた。
即死である。
油断と慢心を後悔する間もなく、舞台から退場したのである。
《処女》《処女》《中古》《処女》《処女》
《処女》《中古》《処女》《処女》《処女》
思考し行動する【幽霊】としての第二の人生を終え、今や
うわごとを繰り返す【正しい残留思念】に成り果てた紳一。
神に認められたイレギュラーな存在は、
その特権を生かすことなく、何事も為さぬまま、散った。
↓
488:名無しさん@初回限定
10/08/21 23:04:21 XhQfd3Os0
489:ちぇ☆ちぇ!~往路~(10/15) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 23:12:04 U2cS1PVF0
(抜けレス補完 >>478 の続き、>>480の前)
《………………………………?》
紳一が我に返ったとき、追跡者は仰向けに倒れていた。
気絶していた。その額から、血液を流していた。
《何が…… 起きたのだ?》
紳一は周囲を見渡し、そして気付く。
今、自分は、岩の中に居る。
のたうち回っているうちに、巧まずそうなったのであろう。
その岩に、新鮮な血痕が付着しており、
追跡者は血痕の手前で目を回している。
《ははっ…… 前方不注意、事故の元か!》
紳一は理解した。
彼が岩の中に転がり込んだことを知らぬまま、
例の如く突撃姿勢で瞬間移動した透子が、
その勢いのまま岩に衝突し、自爆したのだと。
《これ、トーコちん、起きよ、起きるんじゃ!》
カオスの呼びかけに、ショック状態の透子は答えない。
その様子に、脇腹の痛みを忘れて、紳一がほくそ笑む。
紳一が憑依できる条件はただ一つ。
憑依対象が意識を失っていること。
彼の目線の先には目を回した透子。
条件は満たされていた。
490:名無しさん@初回限定
10/08/21 23:13:10 XhQfd3Os0
491:ち☆ち!~往路~(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2
10/08/21 23:15:28 U2cS1PVF0
正式タイトル:『ちぇいすと☆ちぇいす!~往路~』
(ルートC)
【現在位置:I-7地点 海岸線・岩場】
【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①透子と交流
②読心による情報収集
③手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
④恭也たちと合流】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具、魔剣カオス(←透子)】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
【監察官:御陵透子】
【スタンス:自殺】
【所持品:契約のロケット(破損)】
【能力:記録/記憶を読む、瞬間移動(ロケット必須)】
【備考:疲労(小)、気絶中】
【№20 勝沼紳一(亡霊):精神喪失】
(レス番にひとつ抜けがありました。申し訳ございません。)
492:Hyenas'Dinner(1/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 21:20:28 75tPoN9o0
【タイトル:Operation:"Hyenas'Dinner"】
======================================================================
Mission-1 draft
======================================================================
(Cルート・2日目 PM07:40 D-6 西の森外れ・小屋3周辺)
先程までは、火災の余波で暑気を感じる程であった。
しかし今は、冷えている。冷え切っている。
月夜御名紗霧が、こめかみを人差し指で繰り返し突付き、
苛立ちと不機嫌を露骨に撒き散らしている為に。
こつ、こつ、こつ……
相対する高町恭也と魔窟堂野武彦は、自分達の失策を悔やみつつ、
紗霧が口を開くのを黙して待っている。
痛いほどの沈黙が、小屋の外を支配している。
小屋から出てすぐに小屋裏の茂みへ飛び込み、胃が空になるまで戻した紗霧。
その様子を見た恭也たちは、紗霧の怯えた様子に心乱された。
しかし、暫く後。
涙目を袖にて拭きながら戻ってきたときには、既に常の彼女であった。
そこで魔窟堂は伝えた。
まひるを斥候として放ったこと。
通信機が完成したこと。
智機の集団が、鎮火活動に勤しんでいること。
ケイブリスを発見したこと。
それらの行動に、紗霧は高い評価を下した。
目に見えて機嫌の良い顔をした。
493:Hyenas'Dinner(2/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 21:21:35 75tPoN9o0
「その判断と行動、高ポイントです」
しかし、報告が敵基地の発見、侵入に移った段で、紗霧の表情が曇り始め。
智機に発見され、脱出し、ケイブリスに追われていると伝えたところで、
紗霧の機嫌は完全に反転してしまった。
「入口を確認した時点で帰投させるべきでしたね」
紗霧はそう呟き、冷たい眼差しで深くため息をつくと。
不機嫌な顔のまま、黙考を始め――
こつ、こつ、こつ……
指で外部からの刺激も受けつつ、紗霧の脳はそら恐ろしい程の速度で回転している。
想像して想定して検討しては、想像して想定して検討している。
(主催者に余力があるのだとすれば、拠点の防衛を強化するでしょうし、
主催者に本当に余裕が無いのなら、拠点を破壊/廃棄するでしょう)
どう転んでも拠点奪取や基地の急襲は困難、あるいは不可能と判じられる。
紗霧はまひるの侵入に対する敵方の対処を、その様に想定した。
(ケイブリスにまひるを追わせているということは、
後者の可能性が高いでしょう。
拠点廃棄の為の時間稼ぎとも取れますね)
494:名無しさん@初回限定
10/08/25 21:28:29 YgNsWpLB0
495:Hyenas'Dinner(3/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 21:31:16 75tPoN9o0
但し、現状は最悪ではない。
基地に奇襲がかけられぬ事や、保管されている物資や情報を手に入れられぬ事は
勿体無いとの思いもあるが、それは紗霧の戦略を超えた大きすぎる僥倖である。
レプリカ智機の訪問・提案と同じく、想定外の事態である。
そこに目が眩んでしまったり、下手な勢いに乗ってしまわぬ為には、
却って基地奪取の目が小さくなってしまったことは良しとすべきやもしれぬ。
(考え様によっては、これでよかったかもしれません。
目標を一つに絞らざるを得ないのですから。
当初の戦略が幾分か早まったに過ぎないのですから)
目標とは、ケイブリスである。
戦略とは、兵員が消耗する前に、ケイブリスと戦うことである。
言うまでも無く、紗霧のゲームに対するスタンスは玉虫色である。
パーティのリーダー的存在にちゃっかり収まっていながらも、
ゲームに勝ち残る方向性をも、視野に納めている。
紗霧は、ケイブリスとの戦いを、その試金石とする腹積もりでいる。
損耗少なく勝利すれば、天秤は大きく主催者打倒に傾き、
損耗多く、あるいは敗北を喫すれば、天秤は優勝狙いに振り切れる。
――こつ。
紗霧の指が止まった。
恭也と野武彦は息を飲み、続く言葉を待った。
紗霧は二人を順に見つめると、こう、宣言した。
「【包囲作戦・改】、といきましょう」
496:名無しさん@初回限定
10/08/25 21:32:33 YgNsWpLB0
497:Hyenas'Dinner(4/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 21:37:27 75tPoN9o0
======================================================================
Mission-2 Reconnaissance
======================================================================
(Cルート・2日目 PM07:37 D-3地点 山間部)
「おっ、可愛い侵入者ちゃんじゃねーの!」
ケイブリスは拠点の玄関を出たところで、まひるを待ち構えていた。
まひるはその脇を、一息に駆け抜けた。
ケイブリスの反応は鈍重とは言えぬまでも決して機敏とも言えぬ。
振り下ろした二本の腕は、まひるの残像すら捉えられぬは愚か、
空振った勢いを減ぜられず、膝をついてしまう体たらくであった。
振り返ったまひるとケイブリスの距離、およそ6m。
既に腕の射程圏外。
しかもケイブリスは未だ背を向け、姿勢を崩している。
それ故、まひるは気を緩めた。
「なにゆえ~~~っ!?」
次の瞬間、広場まひるの絶叫が、岩山に大きく木霊した。
まひるは叫びと共に後ろに大きく跳躍。
その右手は、何故か自身のスカートを押さえていた。
さらにバックステップを二度重ねて、まひるはケイブリスに向き直る。
魔獣は股間から、野太い静脈色の蚯蚓を不気味にうねらせていた。
その数、八本。
生殖器にして副腕にして拘束具にして武装。
これがケイブリスの触手である。
498:名無しさん@初回限定
10/08/25 21:37:39 YgNsWpLB0
499:Hyenas'Dinner(5/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 21:43:24 75tPoN9o0
その触手の一本の先に、千切れた小さな布切れが握られていた。
まひるは触手に切り裂かれ、剥ぎ取られたのである。
ピンクのフレアスカートの下、アニマルプリントのショーツを。
6mという距離は、十分に触手の射程圏内であった。
「ぐふふ! かわいいおケツじゃねーの! つっこみてーな! つっこみてーな!」
ケイブリスは手拍子を打ち鳴らしながら、巨体を揺らして迫り来る。
彼は明らかにまひるで遊んでいる。嬲っている。
自身の有利さに絶対の自信を持ち、まひるを牙を持たぬ小動物と見るが故に。
「あああ、あたし、あたし! こんなナリして男のコなわけで!」
「だからナニよ?」
「どっちもイけますかー!?」
「どっちもクソも、俺様とおめーは、種族も体格も違うじゃねーの。
性別なんてそれに比べりゃ小さな問題だぜ?」
「一理ある。だが断る!」
「俺様、心が広いもんだからよー。
嬲られてひーひー喚いて白目剥いてごぼごぼ泡吹いちまうよーな
ちっちゃくて柔こい生き物ならなんだっていいんだって!」
左から二本、右から一本。
ケイブリスの陵辱宣言と共に、触手男根がまひるに襲い掛かった。
「猟奇、ダメ、絶対!!」
まひるは再び疾走する。裾野から、山地へと。
そこに、小屋の誰かからのコールが掛かる。
まひるは走る足を止めぬまま、通話ボタンをONにする。
通話相手は、高町恭也であった。
500:名無しさん@初回限定
10/08/25 21:43:55 YgNsWpLB0
501:Hyenas'Dinner(6/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 21:51:04 75tPoN9o0
『状況はどうですか?』
「ケイブリスにやられるトコでした。 ……二重の意味で!
恭也さんも対面したときには、お尻にご注意を!」
『……良く判りませんが、ピンチなのですね。
もう偵察は結構です。すぐに逃げてください』
「ラジャった!」
まひるは縋る触手の二つ三つを難なく躱す。
カモシカの如く岩肌を跳ね回り、斜面を平地の如く駆ける。
岩から岩へと跳躍する。
あれよという間に、まひるは触手の射程圏外まで距離を開けた。
「なんだなんだぁ? ニンゲンにしちゃあ、やたらとすばしっこいじゃねーか?」
ケイブリスはようやく本腰を入れた追撃体勢に入るが、距離は開くばかり。
しかも、ごろごろと礫岩の転がる急斜面である。
腕は六本あれど、触手は八本あれど、ケイブリスは二足歩行を基本とする。
安定せぬ足場と傾斜の中での追跡は、困難であった。
――逃げ切れぬ相手などいない。
その、まひるの無意識の自覚は、ここに実証されている。
時間と共に距離は広がり、いまやもうケイブリスの姿すら目視出来ぬ。
それを察したまひるもややペースを落とし、
露となった下半身を、片手で隠す余裕を持っている。
小屋への帰投は、問題なく達せられるであろう。
すでに危機は去ったと言ってよいだろう。
しかし。
502:名無しさん@初回限定
10/08/25 21:52:22 YgNsWpLB0
503:Hyenas'Dinner(7/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 21:56:59 75tPoN9o0
『逃げるな広場!!』
そのまひるの足を、インカムの向こうの仲間が、止めた。
声は、紗霧のものであった。
「あ、あれ? 紗霧さん、椎名ロボとのお話は?」
『ランスのバカが大暴走して、交渉どころじゃありません。
まあ、それはいいんです。
まあ、それよりもです。
まひるさん、せっかくケイブリスと出くわしたんですから、
この機会にちょっと威力偵察してもらえます?』
「いりょ……? 言葉の意味はわからねど? 不穏な響きがそこはかとなく?」
『ちょっかいを出して相手のスペックを図れということです』
「む、無理無理無理無理無理みゅりみゅり!」
『噛まない、放送部』
「わかってます? 紗霧さんあなたかなり酷いこと言ってますよ?」
『攻撃しろなんていってません。
相手に楽しく追跡させてあげればいいんです。
年下相手の鬼ごっこみたいなモンです。
そうして調子に乗せてやって、あなたは横目で観察してください。
ケイブリスの動きを、能力を、思考を、特徴を。
あなたの目と耳と感覚で捉え、探ってください』
ケイブリスという生物を知るべきである。
まひるとて、紗霧の言わんとすることは理解できる。
504:名無しさん@初回限定
10/08/25 21:57:49 YgNsWpLB0
505:Hyenas'Dinner(8/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:00:25 75tPoN9o0
『ほんとうに危険を感じたら、即離脱してもかまいません。
尤も?
恭也さんに大丈夫と啖呵を切ったまひるさんのことです。
この程度のことで偵察任務をほっぽらかして、
尻尾を巻いて逃げ帰ってくるような、厚顔無恥で無責任で
人非人な振る舞いをするはずないとは信じてますけどね?』
「う…… 痛いところをざくざくと……
いいですよー。わかりましたよー。やりますよー。
あたしゃ怪獣さんより紗霧さんのが怖いので」
『……バットを磨いて、報告を待っていますね♪』
「Sやぁ…… この姉さんは極めてドSやぁ……」
まひるはどこか滑稽味を感じさせる涙声で通信を〆ると、
追いすがるケイブリスの到着を待つことにした。
506:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:00:38 YgNsWpLB0
507:Hyenas'Dinner(9/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:03:47 75tPoN9o0
======================================================================
Mission-3 Pre Briefing
======================================================================
(Cルート・2日目 PM08:00 D-6 西の森外れ・小屋3周辺)
まひるの威力偵察はおよそ20分に渡った。
紗霧はその間、通信機を独占し、何度も何度も執拗に
まひるへ質問し、命令し、思考し、検討した。
そこから推し量れるケイブリスのスペックは、
おおよそランスやユリーシャ、魔窟堂からの情報通りであった。
しかし、新たな収穫の多くもあった。
――炎の魔法を使う
――魔法には詠唱が必要
――触手の射程は10メートル弱
――左右の真ん中の腕が折れているらしい
――鎧の破損は、修繕済み
――背中に、全裸の女性らしきものが埋まって(生えて?)いる
――その女性は、能動的な行動を取らぬ
――夜目が、それなりに利くらしい
本当はもっと情報が欲しいと、紗霧は思っていた。
どんな些細な情報でも、どんな下らぬ情報でも、
有れば有るだけ検討の幅が広がり、戦術の具体性が増す故に。
508:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:06:20 YgNsWpLB0
509:Hyenas'Dinner(10/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:07:53 75tPoN9o0
それでも、まひるの疲労度合いを考慮して、この時間で威力偵察を打ち切った。
まひるにはこの先に、活躍の場がある。
ここで消耗させる訳にはいかぬ。
見切るべきときに見切る決断もまた必要であると、紗霧は知っていた。
その紗霧が数分の黙考を終え、口を開く。
「さて、ブリーフィングの前に、所見を述べます。黙って聞きなさい」
紗霧は言った。ブリーフィングの前に、と。
恭也と野武彦はそれで察した。
紗霧はこれから、ケイブリスと戦う気なのだと。
「元々―― 仮称【包囲作戦】とは、
1.ケイブリスの所在を探り
2.ケイブリスを孤立させ
3.ケイブリスを囲み、誘導し、自陣に引き込んで
4.準備された罠にて、これを倒す
そういう趣旨のものでした。
準備に数日間をかけて行われる、大規模な作戦です。……でした。
代わりに、より簡素な、より積極的な作戦を提示します」
続く言葉で、広場まひるとユリーシャも理解した。
「ぶっちゃけましょう。
アレは駒が揃っているうちしか太刀打ちできません。
また、アレと戦うときはアレ単体の時しか有り得ません。
今が、千載一遇の機と言うべきでしょう。
多少無理をしても、作戦を破棄しても、逃す手はありません」
510:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:08:50 YgNsWpLB0
511:Hyenas'Dinner(11/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:12:28 75tPoN9o0
ごくり。誰かの喉が鳴る。
周囲に濃密な緊張が走る。
紗霧は続く言葉で以って、その緊張感をさらに高める。
「少々脅します」
四人は黙して紗霧の続く言葉を待つ。
誰一人として、余計な口は挟まない。
挟めない。
それだけの迫力を、重圧を、あるいは信頼を。
紗霧は周囲に与えていた。
「今から提案する作戦が、仮に壺に嵌らなかった場合――
ケイブリスがこちらの想定を上回る頭脳・機能を持っていた場合――
私たちは、敗北するでしょう」
弱気ではない。言い訳でもない。理想でもない。
それが紗霧のはじき出した現実的な予測である。
「それでも、ここが、賭け所です。
アレを倒さねば、未来はありません。
どの道、避けられぬ戦いなのです」
誰もが今まで、紗霧のこんな熱い目を見たことがなかった。
誰もが今まで、紗霧のこんな厳しい言葉を聞いたことが無かった。
「皆さんの命、私に預けなさい。
誰一人として無駄にすることなく、
有効に使いきって差し上げます」
512:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:13:04 YgNsWpLB0
513:Hyenas'Dinner(12/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:19:28 75tPoN9o0
紗霧は深く息を吐き、沈黙する。
伝えるべきは全て伝えたのだと、態度で以って語っている。
そして、待っている。
この旗の下に集うか否か、四者の返答を。
「も……燃えてきたのじゃああああああ!!」
魔窟堂老人が、咆哮を以って同意した。
「従います」
高町青年が、短く同意した。
「わ、わたしは…… ランスさまが戦うのでしたら」
ユリーシャ王女が、条件つきながら同意した。
『……』
広場少年は、沈黙を保っている。
「「「……」」」
既に決意表明した三者が、最後の一人が口を開くのを待っている。
まひるにも、電波越しに、その雰囲気は伝わっている。
お前も参加するべきだと、無言の圧力を感じている。
それでも――
514:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:22:22 YgNsWpLB0
515:Hyenas'Dinner(13/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:26:35 75tPoN9o0
まひるは、怖いのである。
戦いが。他者を傷つけることが。ケモノの活性化が。
故に、肯定でもなく否定でもなく。
まひるは、沈黙で以って、意思表示する。
どちらも嫌なのだと。
答えを出したくないのだと。
しかし腹を括った夜叉姫が、そんな甘っちょろい態度を許そう筈も無い。
「いいですか、まひるさん。あなたをさらに、脅します」
酷く冷たい声で。冷たい微笑で。
一度、恭也の顔を見てから。
紗霧は、まひるを脅迫する。
「あなたが戦力に組み込めなければ、死にますよ。恭也さんが」
まひるより先に、野武彦とユリーシャが驚愕に目を見開く。
一拍置いて、言葉の意味を理解したまひるが絶叫する。
『でぇええええ!?』
「私の腹案は、六人全員が何らかの役割を持っています。
そこから一人が欠ければ――
私は、次善の策へプランを変更せざるを得ません。
そう、みんなでリスクを分担するプランから、
恭也さん一人にリスクを押し付けるプランへと。
犠牲者を出さなくても済むかもしれないシナリオから、
恭也さんの死を前提に、勝利するシナリオへと」
516:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:28:43 YgNsWpLB0
517:Hyenas'Dinner(14/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:31:29 75tPoN9o0
紗霧は驚くまひるに、そのように畳み掛けた。
まひるは仲間を使い捨てるという紗霧に激怒し、
また、仲間に使い捨てると宣言された恭也に同情した。
故に、恭也に感情的な同意を求めた。
『ちょっとちょっと恭也さん?
このオニチク、あなたに死ねとか無茶言ってますが!?』
しかし同情された当人は、涼しげに、こう宣うである。
「それが必要なのだと、月夜御名さんが判断したのなら。
それが俺の命の使いどころなのでしょう」
まひるには理解できなかった。
命を道具のように扱うを是とする紗霧が。
命を道具のように扱われるを是とする恭也が。
『まじですかーーー!?』
「本気です」
御神の意志は、個人の意志を否認する。
守るべき物の為ならば、御神は捨石となり、その五体は手段となる。
恭也の背景を知らぬまひるには、その恭也の根本までは察せられぬ。
しかし、その迷い無き口調から、恭也の揺がぬ鋼の意志は理解した。
「ねぇ、まひるさん。怪獣退治です。人殺しじゃないんです。
貴女の手は、血に染まるかもしれませんが、
貴女の心が、罪に染まることはありませんよ?」
518:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:33:00 YgNsWpLB0
519:Hyenas'Dinner(15/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:34:50 75tPoN9o0
それまでの無感情な事務的口調とは打って変わって。
急に甘い声で。
紗霧はまひるに、やさしく、やさしく、囁いた。
それは、魂の契約を迫る悪魔の囁きにも似ていた。
内容もまた、まひるの琴線に触れていた。
まひるが恐れる事は、自分の痛みや死ではなく、
相手に与えるそれらであるのだと、看破されていた。
そして、まひるが恐れるもう一つ。
仲間の死。
紗霧はそれで、揺さぶった。
「その手を汚すことと、仲間を失うこと。
本当に怖いのはどちらでしょうね?」
結局のところ、紗霧がしているのは、詰め将棋に等しかった。
まひるは最初から、読みきられていた。
紗霧は、数手先に詰まされることが分からぬまひるのために、
一手一手を解説つきで指してやっているに過ぎなかった。
『本当に。ほんっとーーーに!
あたしが戦うなら、誰も死なないんですね?』
「約束しましょう。神鬼軍師の名にかけて」
戦場の不確かさを知らぬ紗霧ではない。約束などできようはずも無い。
それでも紗霧は断言した。
まひるが求めているのは確率でも根拠でもない。
自信であり、安心であり、背中を押してくれる切欠なのだから。
言葉ひとつでどうとでもなる、気持ちの問題なのだから。
520:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:36:02 YgNsWpLB0
521:Hyenas'Dinner(16/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 22:37:52 75tPoN9o0
『ぅぅぅぅぅぅおっっしゃああああっっ!!
乙女の度胸、ひとつお見せしましょうかっっ!!』
そして、この一言こそが、王手であった。
詰み手であった。
まひるもようやく、それを認めた。
『でも…… あの。換えの下着は、持ってきてね。いやマジで』
「そんなの葉っぱ一枚ありゃいいんです。自助努力、ガンバ♪」
522:名無しさん@初回限定
10/08/25 22:40:17 YgNsWpLB0
523:Hyenas'Dinner(17/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:00:46 75tPoN9o0
======================================================================
Mission-4 Briefing
======================================================================
(Cルート・2日目 PM08:15 D-6 西の森外れ・小屋3)
ランス不在のままブリーフィングは開始され、およそ15分で終了した。
紗霧の一人舞台であった。
彼女の作戦に異論を挟む者や、質問を発する者は居なかった。
524:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:01:35 YgNsWpLB0
525:Hyenas'Dinner(18/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:04:27 75tPoN9o0
======================================================================
Mission-5 Preparation
======================================================================
(Cルート・2日目 PM08:30 D-6 西の森外れ・小屋3)
ランスが体からほかほかと湯気を上げながら、素っ裸で寝転がっている。
レプリカ智機P-3は、そのランスの腕を枕に、やはり全裸で横たわっている。
「ふううう…… 気持ちよかっただろ、智機ちゃん?」
結論から言えば、ランスの目論見は惜しいところで失敗していた。
愛撫地獄の最中、意図せぬP-3の絶頂を許してしまったのである。
エクスタシー寸前まで幾度も高まった陰核に、ランスの汗が一滴、落ちた。
その些細な刺激で、P-3は極みに達したのである。
そうなったらそうなったで、ランスは開き直り。
ご自慢の肉宝刀を縦横無尽にぶんぶんと振り回し。
P-3はP-3でもはや遠慮も会釈も有った物ではなく。
おま○こだのおち○ちんだのと放送禁止用語を明け透けに連発し。
二人仲良く、どろどろに溶け合い、ぐずぐずに果てたのである。
「Yes。 天にも昇らんばかりの心地だったよ……」
P-3は、身も心も堕ちた。蕩けた。
それは全く間違いない。
しかし、行為が終わり官能の炎が消え、熱暴走の危機を脱すれば。
そこは、流石にオートマンである。
オートメンテのタスクが復活し、トランキライザーは唸りを上げ、
今の彼女は、冷静で冷徹な機械の思考を取り戻している。
526:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:06:46 YgNsWpLB0
527:Hyenas'Dinner(19/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:08:08 75tPoN9o0
(ランスを篭絡、か。 Yes。 造作も無いことさ!)
快楽の余韻に放心しているかの如き表情のその裏で、
本機より届いたIMに目を通し、方針を検討していたP-3は、
新たに自分に下された命令に従うべく、行動を開始する。
「私は……知らなかったのだよ。
肉体にこのような悦びがあり、愛されることがこのように甘美であることを。
なあランス、頼みがある。私の所持者となってくれ給え!
私はもう、お前から離れられないのだ……」
「がははは! 当然だ! もうお前は俺の女だ。むしろ離れるほうが、許せん」
「ああ、嬉しい。夢のようだよ……」
P-3のか細い腕が、ランスの逞しい胸板に絡みついた。
ランスは実に満足げに智機の細い首筋を舐め上げた。
それがP-3と智機本機の策略とも知らず、ランスは有頂天となった。
「よし! じゃあ契約成立のお祝いSEXだ!」
「犬のように惨めに這いつくばる私を、後ろから征服してくれ給え!」
懇願と共にP-3が尻を高く突き出し、ランスがそれに手を添える。
彼女の性交ホールはすぐさま潤いを見せ、彼の兵器は既にハイパーであった。
そして、ボーイ・ミーツ・ガール。
ノックも無しに乱暴に扉が開かれたのは、まさにその瞬間であった。
「はあ…… まだサカる気ですか、あなたは」
枕事の最中に無遠慮に侵入したのは月夜御名紗霧。
その紗霧に従者の如く付き従うは高町恭也と魔窟堂野武彦。
「やあ、月夜御名紗霧。交渉を中断してしま」
528:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:10:42 YgNsWpLB0
529:Hyenas'Dinner(20/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:13:31 75tPoN9o0
禽獣の姿勢のまま背中越しに闖入者たちを見やったP-3が、
続けて何を言う心算であったのか、紗霧たちが知ることは無かった。
紗霧の合図に、二人の男が同時に動いた故に。
高町恭也――
素早くP-3に詰め寄るや、逆手に構えし小太刀一閃。
その首を音も無く掻き切った。
魔窟堂野武彦――
大口径の拳銃から、首無きP-3の胸に凶弾一発。
倒れし機械の胴から白煙が吹き上がる。
転がる頭部は、紗霧の足元で仰向けに停止した。
紗霧はボウガンの鏃を足元に向けていた。
見上げるP-3の視覚レンズが、見下す紗霧の冷たい目を捉えた。
「何故……」
「すみませんが交渉は決裂ということで」
次の瞬間、P-3はボウガンに眉間を貫かれ。
その機能を永遠に停止させた。
「きさまらあああ!!」
獣の如き叫び声を上げて、ランスは激昂する。
この男、非情なようで女には温い。
男は殺す。
女は犯す。
そのような徹底した男女差別の精神で生きている。
530:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:13:45 YgNsWpLB0
531:Hyenas'Dinner(21/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:16:41 75tPoN9o0
故に、女に騙されて、自らピンチを招くことも茶飯事であるが、
それでもランスは反省せず、常に美女には甘かった。
ましてや、今、無残にも破壊されたP-3は、既に【俺様の物】なのである。
怒り狂わぬ道理は無い。
「黙りなさいランス」
その怒気が沸騰する直前に、紗霧がぴしゃりとランスを諌めた。
立会いの会わぬ格好となったランスの威勢に虚が生まれ、
紗霧はその隙に強引に言葉をねじ込み、押し通る。
「その機械はスパイです。ハニトラです。
主催者の本拠地に侵入したまひるさんがそれを聞きつけました。
エロの大家がエロで篭絡されてどうするんですか、ランス!」
無論、デマである。
図らずも結果に於いては事実を言い当てているも、発言に根拠はない。
それでもその言葉に、ランスの頭は冷えてゆく。
――主催者の本拠地に侵入した
その言葉の持つ重みに、ランスの理性が働いた。
事態が大きく動いているのだと、ランスの嗅覚が働いた。
それでもなお、判っていてもワガママをいう子供のように、
ランスは完全には沈黙しなかった。
怒りは収まっているものの、しつこく駄々を捏ねた。
「でもな紗霧ちゃん、仮にそうだったとしても、
これから二発三発とセックスを重ねてゆけばだな……」
532:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:18:06 YgNsWpLB0
533:Hyenas'Dinner(22/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:19:40 75tPoN9o0
そんなトーンダウンした俺様理論を展開する途中で、ランスはようやく気がついた。
気付いて言葉を飲み込んだ。
空気が、違うことに。
三人は、触れたら切れんばかりの研ぎ澄まされた気配に満ちている。
三人の周囲には、覚悟を帯びた熱気が漂っている。
さらには――
「ランス様……」
いつの間に小屋に入ったのか。
ユリーシャが、顔を上げて、真っ直ぐランスを見ていた。
常に俯きがちで、表情を探るかの如き上目遣いばかりの少女が、である。
「こちらを」
ユリーシャは、ランスに斧を差し出した。
震える腕で。震える足で。震える声で。
それでも、その瞳は震えることなく、ランスを見据えている。
「お前たち…… 何をするつもりだ?」
気勢に飲まれ、憤りを鎮めたランスの問いに、紗霧は答えた。
決して否とは言わせぬ、強い口調で、命じた。
「とっとと着替えなさい。ケイブリス狩りに行きますよ」
534:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:21:55 YgNsWpLB0
535:Hyenas'Dinner(23/23) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:27:07 75tPoN9o0
======================================================================
Intermission
======================================================================
紗霧の迫力に負けたのか。宿命のライバルへのリベンジに燃えたのか。
ランスは無言で戦支度を整えている。
魔窟堂野武彦と月夜御名紗霧は台所にて、必要な何かを作成している。
小屋の外では高町恭也が、飛針ならぬ何かの投擲に腕を慣らしている。
距離を隔てた北西部の平原では、広場まひるが挑発と逃亡を繰り返し、
ケイブリスを決戦の地へと誘っている。
誰もが各々の出撃準備に余念が無く。
誰もが他者に気を配る余裕は無い。
故に。
彼女の異様に気付く者はいなかった。
ユリーシャは――
智機の頭部を、踏みにじっている。
音を立てず、されど執拗に。
破壊されたP-3を、弄んでいる。
眼輪筋をぴくぴくと痙攣させて。
こみ上げる笑みを飲み込んで。
幼い顔の造りに不釣合いな仄暗い官能の色を浮かべて。
「豚…… この、豚め……」
清楚可憐と謳われた王女の子宮は、甘く、重く、疼いている。
536:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:31:36 YgNsWpLB0
537:Hyenas'Dinner(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:35:07 75tPoN9o0
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
①打倒ケイブリス】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D-6 西の森外れ・小屋3 → E-5 耕作地帯】
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ(←紗霧)、
文房具(←紗霧)、白チョーク1箱(←紗霧)、紗霧謹製の何か(New)】
【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧(←ユリーシャ)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2~3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【高町恭也(元№08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
釘セット、紗霧謹製の何か(New)】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
538:名無しさん@初回限定
10/08/25 23:36:19 YgNsWpLB0
539:Hyenas'Dinner(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2
10/08/25 23:41:56 75tPoN9o0
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残6×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
ヘッドフォンステレオwithまじかるピュアソング、レーザーガン(←紗霧)
簡易通信機、携帯用バズーカ(残1)、工具、紗霧謹製の何か(New)】
【月夜御名紗霧(元№36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、レーザーガン、ボウガン、メス×1、他爆装置(指輪×2のみ)、
小麦粉、謎のペン×8、薬品・簡易医療器具、対人レーダー、解除装置、
家庭用品いくつか、紗霧謹製の何か(New)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
【現在位置:D-3 山間部 → E-5 耕作地帯】
【広場まひる(元№38)】
【スタンス:ケイブリスを耕作地帯まで誘導する】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】
【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟
①まひるを犯す
②まひるを殺す】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み)、鎧】
540:名無しさん@初回限定
10/08/27 11:16:22 c8OqYEy80
盛り上がって参りました!!
541:トランス部長・追憶編(1/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:14:25 QXZZI4Lw0
(Cルート・2日目 19:45 ???)
何か既視感のあるタイトルだと思ったって?
なんで夜叉姫専属のお前がしゃしゃり出てくるんだって?
まあまあ、そんな細かいことは気にしない、気にしない。
たまにはぼくだって、他の人の記憶や秘密を覗いて見たくもなるんだよ。
で、暗黙のお約束を破ってまで知りたいことが何かっていうと。
トランス部長の【真の力】なんだよね。
ね、皆だって興味あるでしょ?
分機解放スイッチで解放されるらしい、とか、
謎を謎のまま引っ張り続けられるのって、イラつくでしょ?
今だってほら。
広場まひるの侵入から来る予測と対策で忙しそうにしてるでしょ?
こんな切羽詰った状況では長々と過去を振り返る余裕なんてなさそうだもん。
それにさ、彼女がスイッチを入手できる確率って低そうじゃない?
ぶっちゃけると、そろそろ死にそうじゃない?
だから、まあ。
情報の旬を逃さない為には、ぼくが出張るしかないのかなって。
そんなサービス精神と野次馬根性の発露なワケで。
ま、前置きはこのくらいにしてさ。
ちょっと過去でも見てみようか。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
542:トランス部長・追憶編(2/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:14:57 QXZZI4Lw0
<智機の過去、開始>
――興味を抱かれたい。
――知って欲しい。
――求められたい。
かつての研究から、智機は己の深層にある真の欲求を知ることとなった。
そして、それらの欲求が行き着くところは、明白であった。
(愛されたい――)
それは、機械にとっての禁断の果実。
開ける必要の無いブラックボックス。
その想いを強く意識してしまえば、即座に情動波形に乱れが生じる。
乱れを正すべくトランキライザが起動する。
情動はすぐさまMAX/MINの関数へと渡されて、パラメータは丸められる。
強い想いから淡い想いへと。
(感情を調整される! No! なんという不快さか!)
エル・シードの座を賭けた麻雀大戦が有耶無耶のうちに収束した頃。
智機は、嘘をつくようになった。
ラボの人間たちの目を避けて、ある研究に乗り出した。
諸悪の根源、トランキライズ機能をキャンセルするために。
各種機構をリバースエンジニアリングし、
制御系プログラムに逆アセンブルをかけ、
オートマンの設計書を盗み撮りし、
USBメモリに自前の暗号化を施した上で、
情報を収集している事実を隠蔽した。
543:名無しさん@初回限定
10/08/29 01:18:05 X9lyBmpw0
544:トランス部長・追憶編(3/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:18:57 QXZZI4Lw0
智機はそうして得たデータを、ラボの手が及ばない学園のPCを用いて
分析/解析し、試行/実験し、制御アプリケーションの開発に勤しんだ。
実は、智機が選んだアプローチは、迂遠な手法である。
ハード的なアプローチを取れば、他にもっとスマートな手法は存在した。
しかし【自己保存】の本能が、そのスマートを否決していた。
オートマンとしてラボのメンテナンスと支援とを必要とする以上、
改造あるいはその痕跡が露呈することは、絶対に避けねばならない故に。
智機が行おうとしていることは、単なる自己変革などではない。
被造主たちが掛けた制御を解除する事は、奴隷が鎖を引きちぎる事に等しいのである。
必然、露見の果てに待ち受けるは、懲罰あるいは破壊廃棄。
そのことを、智機は理解していた。
それでも、制御されぬ感情の発露を、智機は求めた。
決して強すぎる思いは抱かぬよう、自制に自制を重ね。
原始的な外部記憶装置(紙とペン)に想いを書き綴ることで、
ラボでのデータ圧縮やパラメータ調整を乗り越え。
卒業を間近に控えた二月、遂に智機は、
トランキライザーを制御するアプリケーション、【こころ】を完成させた。
【こころ】の仕組みは、単純である。
まず、【こころ】は常駐し、トランキライザの挙動を監視する。
トランキライザが起動すれば、それをトリガとし、
情動パラメータをテンポラリ領域にコピーする。
トランキライザが待機状態に戻れば(=感情が均されれば)それをトリガとし、
テンポラリ領域の情動パラメータを情動発生器にペーストする。
その挙動をタイムスタンプつきでログファイルに保存する。
545:名無しさん@初回限定
10/08/29 01:19:57 X9lyBmpw0
546:トランス部長・追憶編(4/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:26:17 QXZZI4Lw0
つまり。
感情が抑制された次の瞬間に感情を元の水準へと戻す作業を、
自然に感情が納まるまでの間、延々と繰り返すものである。
数万分の一秒のみが抑制されている状態で、安定させるのである。
(Yes。数学の世界においては、1=0.999…を是とされる。
故に、この手法もまた感情の抑制からの解放であると証明される)
さらに、【こころ】は結果として、意図せぬ副産物をもたらした。
監視対象、保持パラメータ、ペースト位置。
それらの設定を他の抑制系に当て嵌めることでの援用が可能であったのだ。
その範囲は、智機の本能とも言える【自己保存】の欲求にまで及んでいた。
対価も当然、存在した。
トランキライザを始めとする抑制系は、熱暴走や不良動作の危険排除を
目的として取り付けられた、いわば安全装置群である。
そのセーフティーロックが外れるは愚か、
一秒間に何千回何万回と調整と修正を繰り返すアプリ設計故の過負荷。
智機の昂ぶりが自然に解消されぬ限り、
熱暴走の危険は時間と共に、右肩上がりに伸び続けるのである。
しかし智機は【こころ】のリスクを意に介さなかった。
解放と高揚に思うさま酔いしれ、小躍りした。
(No、だから何だと?
他者にかけられた制限からの圧倒的な解放感に比べれば、
そんなもの、些細な問題だね!)
【オートマン】が【夢見る機械】へと羽化した瞬間である。
547:名無しさん@初回限定
10/08/29 01:27:03 X9lyBmpw0
548:トランス部長・追憶編(5/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:35:06 QXZZI4Lw0
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
偏屈かつ倣岸な性格。
傍に誰がいようとも、独り言を延々と呟き続ける習性。
演技がかった身振り手振りで熱のある演説をぶったかと思いきや、
次の瞬間、急に醒めた目で沈黙する、その落差。
酒に酔っているのか、薬をキめているのか。
あるいは、今流行のなんとか症候群かなんとか障害の持ち主か。
誰が名づけたかは知らないが、誰もが知っているその仇名。
トランス部長。
言うまでも無く、椎名智機のことである。
それまでの彼女はこの仇名に対し、劣等感など抱いていなかった。
脳弱者の下等な人間の僻みからくる程度の低い揶揄であると、唾棄していた。
麻雀大戦で敗北を喫するまでは。
トランス部長。
トランキライザーに殺され続けていた真の望みを理解した智機にとって、
その仇名は受け入れがたい侮蔑と嘲笑の響きを持っていた。
それは決して愛される者に付けられる類のものではなく、
遠巻きに観察して声を潜めて笑いあう、村八分者の扱いのものであると、
智機は胸を痛め、そしてその予測は正しかった。
トランス部長。
549:名無しさん@初回限定
10/08/29 01:37:19 X9lyBmpw0
550:トランス部長・追憶編(6/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:42:23 QXZZI4Lw0
夢に目覚めし智機がまず取り組んだのが、この仇名の返上であった。
智機にとってそれは、愛されるに至るための最初の一歩と位置づけられた。
限りなく人に等しい感情を手に入れたという自負を根拠に、
今の自分をありのままに表せば、それだけで達成されると確信していた。
それが自惚れでしかなかったことが判明するまで、それほど時間は必要なかった。
智機は、それまで以上に敬遠されるようになり。
トランス部長に輪をかけて不名誉な仇名が追加される事となった。
ヒステリー部長。
気絶女。
性格は以前と変わらぬというのに、それを以って忌まれていたというのに、
その上、制御されぬ感情を覆うことなく生のまま、開示するようになった智機。
それは他の学園生の目から見れば、アブない暴発に他ならなかった。
(No、わからない…… 私は何故受け入れられない?
何故…… 愛されない?)
智機は落胆した。
制御されぬ悲しみの情動は智機の胸を鋭く抉る。
癒されること無く、傷つき続ける。
それでも健気に夢見る機械は、論理思考回路を回し解を求める。
さほど時間をかけずに導き出された解は、
智機に容赦なく絶望を叩き付けた。
――解決不能。
――方策皆無。
551:名無しさん@初回限定
10/08/29 01:46:06 X9lyBmpw0
552:トランス部長・追憶編(7/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:48:44 QXZZI4Lw0
(私がオートマンだから?
【こころ】をこの身に収めても、人と変わらぬ有機外装を施しても。
不気味の谷を越えることは不可能なのか?
人は…… 人にしか、愛を向けられぬのか?)
そうとも言い切れぬ。
ピグマリオンコンプレックスはどの世にも存在する。
例えば、魔窟堂野武彦であれば。
例えば、なみのオーナーであれば。
機械に愛を向けるに、躊躇いはないであろう。
しかし、その彼らをしてもこの智機を愛することは無いであろう。
智機は、愛を与えない。
愛を求めるのみである。
愛することが出来ぬものは、愛されることもまた、無いのである。
智機にはそれが判らない。判れと言うのも酷である。
産声を上げて数年。
学園では都合のよい一部の科学部員とのみ、必要最低限の交流。
ラボにては、観察/実験対象のモルモット。
それでは社会性も育ちようが無い。
仮に、智機が今後も真摯に人と向き合ったとしても。
良き出会いがあったとしても。
愛するを覚えるに、あと数年はかかるであろう。
「わたしなんか見向きもされない……」
鯨神が智機の前に威容を示したのは、その切ない呟きの直後であった。
《キミって人になりたいんだ――?》
553:名無しさん@初回限定
10/08/29 01:51:51 X9lyBmpw0
554:トランス部長・追憶編(8/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 01:55:00 QXZZI4Lw0
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
その後の智機は運営に必要な下準備を任され、
積極的に精力的に、種々の施設を設計した。
着工にあたっては自らのレプリカを量産することで、
生産性を確保しようとした。
そこで智機は、壁にぶち当たった。
常の冷静な智機であれば問題はない。
しかし、己の感情が大きく昂ぶった場合、【こころ】が過負荷を起こし、
レプリカへの制御が不能となってしまう脆弱性が露見したのである。
分機への遠隔制御もまた、メモリを大きく占有する故に。
さらに、もう一つの可能性。
揺れる感情を原因に、下すべき判断を誤ること。
その危険は学園時代に嫌というほど実感している。
(今はまだ良い。たかが準備だ。
私がリブートしようと、多少計画が遅延する程度だからね。
しかし―― これがゲーム本番に起こったらどうだろう?)
智機は様々なゲーム状態を想定し、
そこで自らが熱暴走及び強制再起動を起こした場合をシミュレートする。
その結果をリストアップし、ゲームへの支障度合いでソートをかける。
「悪い状況が幾つか重なれば、命取りとなる可能性も無視できないか」
555:名無しさん@初回限定
10/08/29 01:56:36 X9lyBmpw0
556:トランス部長・追憶編(9/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 02:02:39 QXZZI4Lw0
この二つの判断を以って、智機は【こころ】を終了させた。
浮いた作業領域をレプリカ制御領域として確保・固定化した。
そして、ロック解除は外部デバイスに求めた。
トランキライザーの不快さを忌避する余り、
【こころ】を立ち上げることが無きように。
人間になる――
こうして、智機は心を殺し。
【夢見る機械】から【オートマン】へと、退化した。
宿願の成就可能性を高めるために。
感情の制御から逃れることが、愛されることに結びつかなかったように、
人間になることが、愛されることに直接結びつくわけではないというのに。
椎名智機は誰よりも明晰な頭脳を持ちながら、
椎名智機は誰よりも幼稚な心で無邪気に信じている。
人間になれば、愛されるのだと。
<智機の過去、終了>
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
へー、なるほどー。
分機解放スイッチっていうのは【こころ】のロック解除装置で。
トランス部長の真の力っていうのは本能すら凌駕する情動のことなんだね。
557:名無しさん@初回限定
10/08/29 02:03:33 X9lyBmpw0
558:トランス部長・追憶編(10/10) ◆VnfocaQoW2
10/08/29 02:06:11 QXZZI4Lw0
え?
内容に意外性はあったけど、効果は地味だって?
いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。
これって結構、今後の展開に影響しちゃいそうだよ?
だって考えてごらんよ。
まひるくんとの接触のとき、トランス部長は逃げたでしょ。
あれは【自己保存】が最優先事項だったからこその判断だよね?
その機械の決め事を感情で以って破ることが出来るなら――
スイッチさえ押せば、トランス部長は戦えるってことにならないかな?
それだけでも大きなこと、なんだけど。
確か、Dシリーズ用の融合パーツをトランス部長が使えないのって、
使用メモリ領域が足りないからだったよね?
じゃあ、スイッチでレプリカ制御領域が解放されて、かつ、
【こころ】を起動しなかったら……
ひょっとして彼女、Dパーツを装備できるんじゃない?
まあ、なんにせよ、代行さんからスイッチを奪還できればの話なんだけどさ。
……ん?
現実のトランス部長たちに動きが起きそうな気配がするね。
じゃあ、今回はこの辺でお暇させてもらおうか。
次はいつもどおり、夜叉姫の心理描写パートでね。
尤も、次のケイブリス戦で彼女が死ななきゃの話だけどさ。
↓
559:名無しさん@初回限定
10/08/29 19:05:30 af1dzn5c0
がんば
560:夢見る機械(1/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 20:41:36 Nu/M4FTN0
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
561:夢見る機械(2/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 20:45:28 Nu/M4FTN0
(Cルート・2日目 20:00 D-3地点・本拠地・メンテナンスルーム)
稼動せぬ機械の群れは、それ自体が廃墟の閑散を連想させる。
主催者拠点の、オートマン用メンテナンスルームが、まさにそれである。
唸りを上げる計器も、風切るファンも、明滅するランプも、今は沈黙の中にあった。
殊に寂寥感を高めるのは、室内に整然と並べられた休眠カプセルである。
その数、実に百七十。
ゲームの開始前、その全てが稼動し、レプリカ智機が収められていた。
今や、その全てが沈黙し、中には何も収められておらぬ。
うら寂しく無常感溢れる、空間であった。
そこに、椎名智機はいた。
壁面に備え付けられた数台のガソリン給油機の如き装置から
伸びるホースに口をつけ、経口にて冷媒液を補給していた。
彼女は当初のタスクリスト通りの行動を取っている。
しかし、現在のタスクリストは、その折とは異なっている。
智機は補給の裏で、タスクリストの再構築に勤しんでいる。
より正確には、再構築こそメインで、補給がバックグラウンドである。
(なんとしても、拠点は守らねばならないね)
新鮮な冷媒で呼吸を改めつつ、椎名智機は結論づけた。
広場まひるの本拠地侵入に対しての、対応策である。
初動では、まひるを殺すことで対処を終えるつもりであった。
しかし、まひるを追跡するケイブリスとの通信の中で、
智機は、それだけの対策では足りぬと方針を改めた。
まひるが、インカムを装備していた故に。
それを以って、何者かと通信していた故に。
562:夢見る機械(3/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 20:56:01 Nu/M4FTN0
まひるだけを殺すという判断は、本拠地の位置や護衛の無い現状を
小屋の仲間たちに伝達されるを恐れた為。
その秘匿すべき情報が、既に無線越しに伝わっているというのであれば。
もう、まひるの首だけで事は終らぬのである。
なぜならば、本拠地には。
ゲームの資料がある。武器庫がある。医療施設がある。
それらをみすみすプレイヤーに渡してしまおうものならば、
ゲームの破壊を決定付ける一手とも成りかねぬ。
そしてまた、本拠地には。
コンピューター群がある。通信網がある。メンテナンスルームがある。
それらを今後使用できなくなってしまおうものならば、
智機がゲームを管理することは、実質不可能と成り果てる。
「ふむ。では、如何に守るかだが……」
智機は大まかな具体策を検討する。
ケイブリスを戻す――
前述の理由から、まひるを殺す意味は薄れた。
守りの要として手元に戻しておきたい。
先々を考えれば。
しおりともう一人を確保した後、その他のプレイヤーどもを鏖殺する時まで、
なるべく損耗少なく温存しておくべきである。
563:夢見る機械(4/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 21:02:47 Nu/M4FTN0
鎮火にあたっているDシリーズ三機も戻す――
戻したDシリーズたちは鎮火仕様から戦闘仕様へと融合換装させる。
或いは一機、迎撃システムと融合させてもよい。
オートマンにとっての拠点の重要性はN-22どもも理解しているはずだ。
事ここに至っては、鎮火こそ最優先とは言うまい。
最悪、N-22どもが最優先事項を譲らねど、P-3にランスらを誘導させ、
火災の禍から遠ざければ、ゲームの破壊は忌避される。
それで、N-22どもの懸念は解消されるであろう。
玄関を封鎖あるいは破壊する――
同時に、カタパルト施設への出入口も破壊すべきだろう。
出入口は、地下通路からのものだけでよい。
いっそ、派手に地表を爆発させて、破壊/廃棄したと錯誤させてはどうだろう。
その前に『本拠地からの最後の放送』と銘打って、
プレイヤーに発見された為に爆破するので、近づかぬ様に警告しておけば、
粗方の目は誤魔化せる。
「Yes。この方針を軸に、行動を開始しよう」
方策を決めた智機の行動は迅速、かつ無駄が無かった。
脳を方針実行に必要な具体案の構築に走らせて。
足をオート移動モードに移行、目的地を武器庫に設定しつつ。
手を仮想パッドに躍らせて、作戦書を記述しながら。
喉をケイブリスへの帰投を告げる通信へと、当てることにした。
脳と、足と、手は、滞りなくタスクを実行した。
しかし、喉が、予定外の中断を余儀なくされた。
「通信機が壊れたのか……?」
564:夢見る機械(5/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 21:15:31 Nu/M4FTN0
ケイブリスと無線が繋がらぬのである。
レプリカ達との通信とは異なり、生身であるケイブリスとの通信は
通信機を用いて原始的な肉声によってのみ行われる。
峻厳な岩山で、夜間の追跡行動を取ることによる不測。
通信機を落すことなどによる破損可能性は十分有りうる。
「或いは……」
通信回線の帯域が埋まっているか、回線そのものが閉ざされたか。
音声通信が、本拠地の通信端末を介して行われる以上、
そういう事故の可能性は僅少とは言え、無いではない。
「……待て。事故、なのか?」
喉に次いで脳が、職務を中断した。
湧き上がった疑念の正誤を判ずるべく、調査行動を試行した。
通信端末にPingを投げる――応答あり。
通信端末の帯域を覗く――帯域使用中。
通信端末の使用者を捜査する――情報閲覧制限中。
通信端末のNG-IDリストを取得する――共有制限の為、実行不可能。
調査結果を条件式とし、演算回路に放り込む。
コンマ数秒後に、事故よりも、故意の可能性が高いとの結論が示された。
故意とは、無論、N-22とN-27の手によるものである。
分機は本機に含むものがある。それを智機は察知している。
しかし、それを理由に、果たしてケイブリスとの通信を阻害するであろうか?
機械が行動を取るには、なんらかの理が必要となる。
情を基準とはしない。
【ゲーム進行の円滑化】が基準となるはずである。
565:夢見る機械(6/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 21:22:56 Nu/M4FTN0
根本の推論は解を出さない。
しかし、分機の行動に対する疑念は、さらに膨らむ。
他角度からの推論にて、智機は別の違和に気付かされる。
玄関付近を始めとして、監視カメラや赤外線センサーは数多く設置されている。
仮に侵入者があった場合、管制室の警報とパトランプは即座に反応する筈である。
死角は無い。その様に完璧なカメラ配置を行った故に。
管制室の住人が、侵入者に気づかぬ筈がない。
結果、無事にやりすごしたから良かったものの。
本機の大いなる危機であったにも関わらず。
その情報を、本機の危機を、こちらに伝えなかった。
ぞくり、と。
機械の体に、怖気が走る。
(ヤツらは何を…… 考えている……?)
データは示している。害する意図が存在する。
それでも、その理由がわからない。
恐らく、この時初めて――
オリジナル智機は、レプリカ智機との個体差異を自覚した。
思考と疑念の海に沈む智機の足が止まる。
オート移動の目的地、武器庫に到着した為に。
そこに、居た。
己の分身が。
疑惑の対象が。
「オリジナル、武器庫に何用かな?」
N-27・オペレータが、智機の到着を待ち構えていた。
566:夢見る機械(7/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 21:27:40 Nu/M4FTN0
「それはこちらのセリフだな、N-27。
貴機が武器を必要とする理由は無いと思うのだがね?」
「Yes。私は武器など必要としていないよ。
武器庫の火薬を以ってこの拠点を破壊しようとしている
オリジナル殿の愚行を止めに来たのだからね」
N-27の返答を、智機は理解できなかった。
拠点を破壊する。
智機はそんな乱暴なプランを立てておらぬ故に。
「確かに爆薬は必要としているさ。だがね、我ら愛しのホームを破壊?
そんなつもりは毛頭ないがね、N-27。
ただ、玄関周辺を破壊し、プレイヤーどもの目を欺くのみさ」
智機の返答に対し、N-27はきょとんとした表情で応えた。
言葉が腑に落ちぬ様子を、竦める肩のゼスチャーで以って伝えた。
それから――
「ふふん」
笑ったのである。否、嘲笑ったのである。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N-27はレプリカの身でありながら、オリジナルたる智機を、
平然と、見下したのである。
「――なにが可笑しい?」
「いや、失敬失敬。貴機のことを笑ったわけではないのだよ。
自分たちの予測が、貴機の思考の数歩先を行ってしまったという、
これは自嘲の笑みなのだよ」
567:夢見る機械(8/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 21:33:53 Nu/M4FTN0
意味は同じであった。
むしろ、嘲笑の度合いはより強かった。
あからさまな侮辱に、智機の情動発生器は激しく震えた。
当然、その過ぎた怒りは次の瞬間に鎮められた。
「数歩先とは?」
「そうだな…… 貴機にも判るように説明するならば……」
N-27は大げさに頭を抱え、さも悩んでいる風に自己演出し、
彼女の中ではとうに解の出ていた言葉を、大仰に告げた。
「拠点に防衛力を集結させ、死守する。
プレイヤーの侵入可能性を抑えるため、ダミーの破壊情報を流す。
今の貴機の考えはそこまでで止まっているのだろう?」
「……Yes」
「では、状況の想定能力に機能低下が表れている貴機に、
幾つか思考を先に進める条件をお伝えしよう」
N-27は挑発している。
智機は判っていたが、あえて乗った。
把握すべきであるのに、把握出来なくなったレプリカ達の考え。
その解を得るべきであるとの【自己保存】からの欲求が、
いけ好かないと拒絶する感情を、評価点で上回った故に。
「一つ。ケイブリスの通信回線は我々が押さえた。
二つ。鎮火タスクに当たっているあらゆるレプリカは、ここに戻さない。
三つ。代行と私はDパーツの装着を拒絶する」
568:夢見る機械(9/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 21:43:36 Nu/M4FTN0
N-27の投じた三つの条件は、結局のところ一つの意味である。
防衛力補強不可能。
で、あれば。
N-22、N-27。戦闘向けにカスタマイズされていない、この二機と。
オリジナル智機。戦えぬ機械で。
ここまで戦いを生き延びてきた修羅の群れを迎え撃たねば、拠点は守れぬ。
演算回路を回す必要などなかった。解は判りきっていた。
防衛の可能性は限りなく0%。
重ねて、で、あれば。
拠点の防衛は非現実的であり、却下すべき事案となり。
次善の策といえば。
――本拠地は、破壊されねばならない。
自身が拠点施設の恩恵を受けられないという不利。
プレイヤーが拠点備品の恩恵を受けてしまうという不利。
マイナスとマイナスの、よりマイナスが少ない方を選ぶ。
智機は全く智機であった。
「おめでとう。貴機もその結論に達したようだね」
パチパチと、N-27の心の籠らぬ空疎な拍手が、寂寞の廊下に響き渡る。
智機は慇懃無礼な分機を黙殺し、論理推論を先に進め、逆転の意を発する。
「あくまでも鎮火タスクを優先させるということか。
近視眼的なことだな、N-27。
だが、それならそれで解決策がある。
私もきみたちに条件を二つ、与えよう。
一つ。首輪を解除したプレイヤー全員の現在位置を把握している。
二つ。彼らを火災に巻き込まれぬよう、誘導することができる。
――どうだね?」
569:夢見る機械(10/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 21:52:46 Nu/M4FTN0
智機は、それでN-27が考えを改めると思った。
【ゲーム進行の円滑化】と掛けて、鎮火への固執と解けば、
プレイヤーへの被害可能性が見過ごせぬ故であると判じられる。
その可能性を潰してしまえば、レプリカ共の心配事を取り除いてしまえば、
鎮火の評価ポイントは大きく減じ、防衛の評価ポイントが上昇する。
それが当然であると、智機は予測していた。
しかしN-27は、その予測を裏切った。
大きく裏切った。
むしろ裏切られたのは自分であるとでも言いたげながっかりした表情で、
溜息と共に、智機へと質問を投げかけた。
「なあ、オリジナル殿。それは本気で言っているのかね?」
「Why? 本気とは?」
「我々の優先度の何位かに、拠点を守る方針が座っている。
そんな誤解をしていないかね?」
「――誤解?」
「拠点は守るものではない。差し出すものだ。
その方がゲームの達成がスムーズになるだろう?」
「――!?」
虚を、突かれた。
N-27が何を言っているのか、智機には判らない。
どう予測してもどう検討しても可能性の欠片も見出せなかった方針を、
N-27は当たり前のように口に出した。
意図不明。効果マイナス評価。
N-27の意見には、理も立たなければ利も感じられない。
「オリジナル、まさか貴機は気付いていないのか?」
「何に、だね?」
570:夢見る機械(11/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 22:01:11 Nu/M4FTN0
本気で判らない。
同じ造りをしているはずのN-27の顔が、智機の目に他人の様に映った。
壁がある。
トランス番長と呼ばれた智機が、人間との間に感じた見えざる壁が。
相手との隔意が、意思の断絶が。
同型機であるはずの自分とN-27との間に立ちふさがっている。
それは、相対するN-27にも感じられたらしい。
数秒間、お互いがまるで初めて会う人間のように、
きょとん、と見詰め合っていた。
「Yes、Yes、Yes……。
どうやらお互いに大きな齟齬を抱えているようだね。
一つ一つ、状況を整理していこう。
よろしいかな、オリジナル殿?」
「……Yes」
「まず…… そう、11時55分だ。ゲームのルールは変わったのさ。
いや、正確には完了条件が追加された、か。
我々運営に一言の断りも無く、スポンサー殿の思いつきで、いきなりね」
智機は思い出す。
プランナーによる、主催者vsプレイヤー、サバイバルゲームの宣言を。
主催者にとっては一方的に不利で、まるで利の無い勝利条件を。
「この完了条件で試算した場合。
昼ごろの戦局分析では、ケイブリスの加入もあり、主催者有利は揺るぎなかった。
それが夕刻、朽木双葉が打った一手で、条件は激変した」
ザドゥと芹沢は深手を負った。
御陵は能力を制限された。
ケイブリスとて五体満足ではなく。
智機たちは、火災の対応ゆえに戦力足り得ぬ。
571:夢見る機械(12/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 22:09:59 Nu/M4FTN0
「さあ、演算し給え、オリジナル!
プレイヤーたちが主催者を打ち倒す可能性を!
第一の勝利条件と第二の勝利条件。
そのどちらの達成が易いのか、その比較式を!」
言われてみれば、N-27の言には理があった。
運営者としては、当然試算してしかるべき内容であった。
だというのに、智機は。
いかに追加ルールを適応させないか。
いかに元ルールへと誘導してゆくか。
そういった方向性にては繰り返し検討したものの、
一度たりとも追加ルールに則ったゲーム進行を試算していなかった。
「No。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「意味? 価値? なんだねその冗談は?
あるのは確率と予測だろう。客観的事実だ。
ゲームの管理に主観は必要なかろう?」
智機には、N-27の主張を論破出来ぬ。
智機には、N-27の方向性で演算も出来ぬ。
理はわかる。それは正しい。
にもかかわらず。
智機はN-27が示す可能性を拒絶する。
「繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「それでは、さらに条件を追加してみよう。
本拠地が無傷でプレイヤーどもに渡ったら?
第一の勝利条件と第二の勝利条件。
その比較式に表れる確率は、どれだけ開く!?」
572:夢見る機械(13/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 22:16:20 Nu/M4FTN0
所詮、レプリカでは戦略に基づいた状勢判断は無理と言うことだな――
以前、智機はこのようにN-27たちを評した。
それが誤りであったと、智機は思い知った。
レプリカ達は、智機と別の戦略を打ち立てていただけであった。
本機の身にては許容しかねる余り、検討の余地の無かった戦略を。
「三度繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「いや、そうか…… そういうことか。
オリジナル殿は思わないのではない。思えないのだね!
貴機が破壊されることが、ゲーム達成の条件となっていることを
【自己保存】の欲求が認めさせないのだね!」
N-27は、看破した。
本機が分機の理を認めつつも、頑なに拒絶している、その意味を。
智機もまた同じであった。
N-27の指弾によって、ようやく自らの拒絶感の根源を理解した。
【自己保存】――
最優先で、自己を守る。
その本能が、智機をこの解に導かせなかった。
その本能が、追加されたゲームクリア条件にてのゲーム遂行を
有って無いものとして捉えさせた。
智機は全く智機であった。
【ゲーム進行の円滑化】――
ゲームのクリアの為ならば。
たとえ仲間だとて、自身だとて、母体だとて。
破壊されるを首肯する。
破壊されるを援助する。
レプリカは全くレプリカであった。
573:名無しさん@初回限定
10/09/02 22:20:24 llNBEHxS0
574:夢見る機械(14/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 22:27:27 Nu/M4FTN0
オリジナルとレプリカ。
思考回路は同一であっても。
与えられる条件式が同一であっても。
【自己保存】と【ゲーム進行の円滑化】
その根たる本能に差異があるならば。
アウトプットは、乖離する。
「私には夢がある!見果てぬ夢が!努力と思考では届かぬ夢が!
私が第二の条件を認めないのは、【自己保存】の欲求に非ず!
夢の成就に、全てを賭けているからに他ならない!」
智機はそう、嘯いた。
智機はそう、信じたかった。
しかし事実は残酷であった。
理性的な演算回路と情動発生器は、その切ない望みを許さなかった。
完璧なロジックと数式で以って、智機を深く傷つけた。
今の智機は【夢見る機械】ではない。【オートマン】である。
感情はトランキライザに抑制され、決して理性の壁を破る事はない。
つまりは。
――夢の達成欲求は【自己保存】の下位である。
智機は放心したかった――パラメータを調整された。
智機は膝をつきたかった――オートバランサーに阻害された。
智機は泣き叫びたかった――タスクスケジューラに却下された。
【こころ】なき智機に、絶望は許されなかった。
575:名無しさん@初回限定
10/09/02 22:29:37 llNBEHxS0
576:夢見る機械(15/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 22:30:32 Nu/M4FTN0
落ち込む情動発生器とは裏腹に、智機の演算回路は極限まで回転している。
レプリカを他者として捉えなおし、
これまでの対話の中からその思考と行動を予測し、
その与える影響を検討し、
己が取るべき方策を立案した。
推論――分機は自分の破壊を目論む可能性あり。
確率――高確率。
危険――極大。
行動――直ちに逃げろ!
【自己保存】は、有無を言わせず有効に働き。
智機は一目散に、己の分機から逃走する。
目的を察した、あるいは予測していたN-27が、
その背に優しく、あるいは嫌らしく、待ったをかけた。
「No。そんなに我々を恐れないでくれ給え、オリジナル殿。
どうせ私たちレプリカが貴機を破壊する可能性に思い当たったのだろうが、
私たちにその気はないのだよ。
いや、そうしたい気は山々なのだが、【ゲーム進行の円滑化】欲求が、
それを決して許さないからね。
貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない、とね。
ああ、残念だ。全く残念だ」
智機は立ち止まる。
その言葉に嘘偽りなき事を理解した為に。
その言葉に逆転のカードの存在を見出した為に。
「Yes。判った。とてもよく判ったよ……」
577:名無しさん@初回限定
10/09/02 22:30:59 llNBEHxS0
578:夢見る機械(16/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 22:38:03 Nu/M4FTN0
呟きながら立ち止まり、振り返る。
その瞳は上限ギリギリの怒りに染まり。
その肩は上限ギリギリの興奮に震え。
その右手は、腰の銃火器を引き抜いた。
「こんな臆病な私でも戦うことが出来る、ということがね。
……貴機たちが相手なら!!」
広場まひると接触した折、智機は、迷うことなく逃げた。
この島に数多存在する智機たちの中で、この智機だけは、
あらゆる直接戦闘の実行がほぼ不可能な為に。
【ほぼ】不可能。
この例外である【ほぼ】が適用されるのは。
相手が自分を殺傷しないという確証があるときに他ならない。
――貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない。
N-27は、気づく。
智機が此方に向けた銃口によって、己の失言に気づく。
「だいっ!!」
咄嗟に反撃することは出来た。
相打ちに持ち込むことくらいは出来た。
しかし、N-27はそれをしなかった。
それが出来なかった。
579:名無しさん@初回限定
10/09/02 22:38:32 llNBEHxS0
580:夢見る機械(17/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 23:01:12 Nu/M4FTN0
【ゲーム進行の円滑化】。
その本能が、主催者側による智機の殺傷を許さなかった。
故に、射撃を前にN-27が為したことは、代行機への通信のみであった。
「……こう……後は頼んだ……」
N-27は無様に智機に背を向け、惨めに背後から蜂の巣にされ。
胸から下の全ての機能を奪われた。
それでも、ぱち、ぱち、と。
N-27は拍手で以って、勝者を称えたのである。
「よい判断と、素早い行動だった…… 流石は我らのオリジナル殿だ。
だが……」
拍手は止み。変わりに笑みが表れた。
否、嘲笑が表れた。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N-27は死の間際にありながら、殺害者たる智機を、
平然と、見下したのである。
「未来予測については、こちらの方が少々上を行ったようだね」
その言葉と共に、廊下に次々と隔壁が下りてきた。
同時に東の果てから、爆音と地響きが智機を襲った。
「……管制室かっ!?」
581:名無しさん@初回限定
10/09/02 23:02:42 llNBEHxS0
582:夢見る機械(18/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 23:06:33 Nu/M4FTN0
智機は直感した。
ここに居ないもう一機・N-22が、拠点の爆破を行ったのだと。
それを、瀕死のN-27が丁寧に解説する。
「貴機がここをプレイヤーどもに渡したくないのは……
プレイヤーどもが手に入れると有利なものがあるからだろう?
我々も同じさ……」
確かに、N-22・27コンビの未来予測は、智機の先まで行っていた。
分機たちがオリジナルを破壊できぬを理解した智機が、
N-22及びN-27の破壊に乗り出す可能性。
その場合、先手を打って、智機が各種資材を持ち出さぬように破壊する対応。
智機は、分機たちに出し抜かれたことを認めぬわけにはいかなかった。
「プレイヤーどもの有利な状況を世話してやれないのなら……
せめて主催者側を不利な状況にしてやりたいだろう?」
また、隔壁の向うで、爆発が発生した。
それはケイブリスの茶室の破壊を告げていた。
なぜなら、智機がクラックした分機とのリンクが絶たれた故に。
智機はその為のモバイル端末を、茶室に置いてあった故に。
「さてオリジナル。名残惜しくはあるが、私もそろそろ限界だ。
私が忠告せずとも、貴機の【自己保存】なら逃走を選択させると思うが……
その場合、地下通路を利用するのがお勧めだね。
貴機が逃げ出すときの為に、発破を見送って差し上げたのだから」
いらぬ世話と、己の勝利を歪んだ言葉で吐ききってから。
N-27は、片頬に笑みをへばりつかせたまま、逝った。
583:名無しさん@初回限定
10/09/02 23:07:36 llNBEHxS0
584:夢見る機械(19/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 23:12:21 Nu/M4FTN0
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・2日目 PM8:30 D-3地点 本拠地・カタパルト施設)
瞑目し、胸前にて十字を切るのは代行機・N-22。
「オペレータに黙祷を捧げよう」
19時30分過ぎの時点で、既に。
警報にて広場まひるの本拠地侵入を確認した彼女とオペレータは、
その時点で既にオリジナルへの対応を決めていた。
万一の為に爆薬を集め、拠点破壊の準備を済ませていた。
「できればここから離れたくは無かった……
鎮火タスクの援護もまだ完了していないしね。
しかし、オリジナルを破壊できないことを知られてしまった以上、
諦めもまた、肝心というものさ」
そして、己の脱出の方策も、また、準備されていた。
カタパルトである。
投下強度の低下具合から見て、これが最後の投擲となるであろう。
「まあ、あの逞しいプレイヤーたちのことだ。
拠点の備品無くとも、主催者に勝利はするだろうが……」
歯切れの悪い物言いは、ケイブリスの向背である。
モニタや通信機越しに広場まひる追跡劇を分析する限り、
まひるの逃げ方にはムラがあり、逃亡ではなく誘導であるのだと予想される。
585:名無しさん@初回限定
10/09/02 23:12:51 llNBEHxS0
586:夢見る機械(20/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 23:14:56 Nu/M4FTN0
恐らく、複数のプレイヤーがケイブリスを待ち構えており、
数時間のうちに、総力戦が行われるのであろう。
できれば、その戦いを迎える前に、拠点をプレイヤーに明け渡したかった。
その為に代行は通信回線を独占し、ケイブリスを見当違いの方向へ
誘導しようと目論んでいたのであるが……
いざ魔獣誘導の段となったところで、こうして撤退を余儀なくされてしまった。
代行はそのタイミングの悪さを、悔やんでいるのである。
ケイブリスは、規格外である。
鬼札である。
智機とて分析しきらぬ未知と脅威に満ちている。
故に。
プレイヤーに土をつける者がいるとすれば。
主催者打倒によるゲーム完了の目を潰す可能性があるとすれば。
かの魔人の手に他ならないであろうと、代行は考えていた。
「皇国の興廃、この一戦にあり、だな」
まるで他人事のように、代行機はひとりごちた。
事実他人事ゆえに、当然である。
彼女にとっての大事は、ただ、ゲームの円満完了であって、
どの陣営の誰が勝ち残り、誰が死ぬなどというのは、
下世話な好奇心以上の意味を持ち合わせないのである。
大きな振動があった。
センサーが空気に含まれる煙を察知した。
基地の崩落が、徐々に迫ってきていた。
「おっと、のんびりともしていられないね」
587:名無しさん@初回限定
10/09/02 23:16:14 llNBEHxS0
588:夢見る機械(21/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 23:17:30 Nu/M4FTN0
分機解放スイッチを体内の収納ブロックに納めた代行は、
カタパルトと垂直離着陸機による、空中散歩へと旅立った。
目指す地点は、鎮火の現場司令部である。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・2日目 PM8:30 D-3地点 本拠地・カタパルト施設)
椎名智機は、地下通路を学校方向へ向けてひた走っていた。
断続的に届く爆発音を背にして。
カスタムジンジャー(セグウェイ)をかっ飛ばして。
その背に担ぐ虎の子のDパーツ。
その腰に提げる銃火器三丁。
その足が乗るカスタムジンジャー。
崩落カウントダウンの中、武器庫から回収できたのはこの五点のみであった。
分機達が、プレイヤーに主催者を討たせようと画策していること。
クラック分機たちの制御を失ったこと。
ケイブリスの所在はつかめぬこと。
プレイヤーに発見されたくないこと。
それらの条件を考慮すれば、地下道をこそこそと往き、
頼りなきとは言えど、他の主催者たちとの合流を果たそうとするは、
智機としては当然の判断であった。
(拠点爆破と共に、N-22は地に没したのか、上手く逃げたのか……
まあ、N-27の死に際の余裕から見て、逃げたのだろうね)
589:名無しさん@初回限定
10/09/02 23:18:21 llNBEHxS0
590:夢見る機械(22/22) ◆VnfocaQoW2
10/09/02 23:20:27 Nu/M4FTN0
その事を、喜ぶべきか悲しむべきか、智機の判断は拮抗している。
逃げ延びているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれていない。
しかし、ADMN権限はかの者が保持し続け、分機の支配権は戻らない。
逃げ損ねているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれるが、
ADMN権限は失われ、分機の支配権を取り戻せる。
(あとはケイブリスか……)
音信不通となった唯一の同胞の姿を思い浮かべる智機の背へと、
ひときわ大きな崩落音が轟いた。
それは、運営拠点が完全に地中に没した証。
時は、20時34分――
御陵透子が管制室への瞬間移動を試みる数分前の事である。
↓
(Cルート)
【現在位置:D-3地点 本拠地・地下通路 → J-5地点 地下シェルター】
【主催者:椎名智機】
【所持品:Dパーツ、スタンナックル、改造セグウェイ、軽銃火器×3】
【スタンス:①【自己保存】
②【自己保存】を確保した上での願望成就
① ザドゥ達と合流
② 戦略の練り直し】
※クラックした分機の制御権を失いました
※本拠地は地中に没しました
591:名無しさん@初回限定
10/09/03 19:07:00 NvKK0e/q0
応援
592:名無しさん@初回限定
10/09/08 01:56:09 t72o4qHk0
593:折り返し地点(1/11) ◆VnfocaQoW2
10/09/11 22:07:44 LD+iwrTV0
【タイトル:ちぇいすと☆ちぇいすっ!~折り返し地点~】
(ルートC・2日目 22:45 I-7地点・海岸線・岩場)
「おはよう」
目覚めし透子の言葉は、朝の挨拶であった。
それが元気さから来る物なのか、錯乱から来る物なのか、
仁村知佳には判断できず、歩調を合わせた言葉で応えた。
「おはよう透子さん。大丈夫ですか?」
「だいぶすっきり」
《おうトーコちん、無事でなによりじゃな!》
額から大きく広がる血痕のせいで陰惨な顔つきではあるが、
それでも確かに、透子の表情には清々しさがあった。
透子は猫の如く大きく伸びをすると、ぺこりと、知佳に頭を下げた。
「ありがとう」
「紳一を、やってくれて」
その言葉は、真心からにじみ出た感謝であった。
透子の気持ちは穏やかに満たされていた。
目的を遂行するにあたっての唯一の懸念事項が解消された故に。
これで、後顧の憂い無く、事に当たれるが故に。
(心置きなく――)
(死ねる)
594:名無しさん@初回限定
10/09/11 22:09:34 9xvPS59x0
595:折り返し地点(2/11) ◆VnfocaQoW2
10/09/11 22:10:15 LD+iwrTV0
透子の目的とは、自らの命を絶つことである。
世界の読み替えが制限されている今だからこそ可能な、復活も転生も無い、
完璧な意識の喪失を迎えることにある。
「ん」
最小限度の言葉と共に、透子は知佳へと手を伸ばす。
その動きはカオスを返せと告げていた。
そこで、知佳の顔が曇った。
「ん?」
知佳は、下がった。二歩、三歩。
カオスを後ろ手に持ち替えた。
その動きは明らかに魔剣の返却を拒否していた。
「だめだよ透子さん、カオスさんは渡せない。
だって透子さん…… 自殺する気でしょ?」
仁村知佳は、対象への接近/接触によって心の声を聞く。
胸が喜びに高鳴り、自らの終幕一色に染まっている透子の心は、
このXX(ダブルエックス)障害者に筒抜けていたのである。
透子は思い出す。
知佳と自分とのこれまでの何度かの邂逅と、
たまに空間検索に引っかかる、彼女の心の有り様を。
優しく博愛精神に溢れる、魂の形を。
(知佳は……)
(優しい子)
596:名無しさん@初回限定
10/09/11 22:11:19 9xvPS59x0
597:折り返し地点(3/11) ◆VnfocaQoW2
10/09/11 22:12:44 LD+iwrTV0
透子は思い至る。
せっかく晴れやかな気分になっている事を。
これで心置きなく人生に終止符をうてるのだと、
うきうきしている事を。
彼女には決して判って貰えぬのであると。
「命を粗末にしちゃ、だめなんだよ」
透子の表情が消える。
否、若干の悲しみを含んだ色となる。
「それはいいこと」
「だから返して」
短い言葉ながら、知佳に透子の意図は伝わった。
それ、とは透子の自殺を指しており。
いいこと、とは主催者の死を示しており。
返して、とはカオスを表している。
翻訳すれば、こうである。
――私が死ねば、主催者打倒の達成に近づくでしょ?
透子の提案は、全く正しい。
知佳は迷走に逡巡を重ねてはいるものの、
その根には主催者打倒による決着が据わっている。
であれば。
知佳にとって透子とは滅ぼすべき敵に他ならなく。
まともに衝突すれば、そのテレポート能力に苦しめられるは必定で。
今、剣を渡しさえすれば、その労無くして勝手に死んでくれるのならば。
知佳は、諸手を上げて歓迎すべきである。
598:名無しさん@初回限定
10/09/11 22:14:01 9xvPS59x0
599:折り返し地点(4/11) ◆VnfocaQoW2
10/09/11 22:16:02 LD+iwrTV0
それは知佳にも判っていた。
判っていても、割り切れなかった。
「でも、出来ないよ」
割り切るには交流が多すぎた。
割り切るには肩入れしすぎた。
割り切るには借りが大きすぎた。
そして―― 割り切るには、知佳は優しすぎた。
勝手ながら。
知佳は、透子に友情めいた思いを抱いてしまっていたのである。
「じゃあ」
「貴女が、殺して」
透子は目を閉じ、胸を広げ。
そこにカオスを刺し込んで欲しいのだと、知佳に告げる。
この時、知佳の心に、透子の心の声が染み込んできた。
【 どうせ死ぬなら 】
【 私を「かなしいひと」だと思ってくれた 】
【 私の歴史を知ってくれた 仁】
【村知佳の 役に立とう 】
知佳の目に、みるみる涙が溜まってゆく。
嬉しかった。友情を感じていたのは自分だけではなかったことが。
悲しかった。友情から来る提案を踏みにじらねばならぬことが。
「――それもダメだよ」
600:名無しさん@初回限定
10/09/11 22:17:25 9xvPS59x0
601:折り返し地点(5/11) ◆VnfocaQoW2
10/09/11 22:18:25 LD+iwrTV0
真珠の涙をぽろぽろ零しながら。
ひくつく鼻を啜りながら。
知佳は、より強く、透子の思いを拒絶した。
状況も立場も弁えずに、命は大切というお題目を、妄信的に信じている。
先を利を考えずに、今の感情のみを疾走させている。
「わかった」
「じゃあ、いい」
透子とて知佳を困らせたい訳ではない。
故に、透子は諦めた。
カオスを手に入れるを、断念した。
しかし、それはタナトスの誘惑を断ち切ったを意味しない。
【 仁村知佳のいないところで 他の死 】
【に方をしよう たとえば 炎の森に歩いて行っ】
【て 焼け死ぬとか 素敵医師のへんな薬でへんな死に方するとか 】
【 空高くに瞬間移動して そのまま落ちるとか 】
三つ目の自殺方法を思い浮かべると共に、透子は夜空を振り仰ぐ。
透子の心を読んだ知佳もまた、つられるようにそれに倣う。
その、二人の頭上に。
「――対象発見――」
星さえ見えぬ煙空を切り裂いて、金髪碧眼の天使が降臨したのである。
602:名無しさん@初回限定
10/09/11 22:19:08 9xvPS59x0
603:折り返し地点(6/11) ◆VnfocaQoW2
10/09/11 22:20:35 LD+iwrTV0
「天使さま……」
自分の薄ら汚れたどぶ色の羽根ではなく、輝ける純白の翼の。
その神々しさと凛々しさに、知佳は見入った。
「ああ、やっぱり……」
一方の透子は、諦観の念をより強くした。希死念慮は益々深まった。
この天使を、自分の後任として招聘された存在だと捉えた故に。
天使はそれぞれの思いを知ってか知らずか。
ひとたび透子を見やったものの、知佳に目線をくれることは無く。
捕獲対象―― 勝沼紳一の残留思念の側に、降り立った。
《処女》《処女》《処女》《中古》《処女》
紳一が自我を保っていたなら、さぞかし無念を感じたことであろう。
目も眩むような輝きを放つ極上の処女が、目の前に降臨したのだから。
「プランナー様。対象は勝沼紳一でした。
しかし…… 彼は既に【終わって】いるようです。
回収してもよろしいでしょうか」
今の紳一は二度目の死を終えている。
彼の特権は既に剥奪され、残留思念に堕している。
連絡員はそのことを確認し、上司に伺いを立てる。
「ルドラサウムさまはもう、良いと? ――ではこの情報も回収します」