10/03/31 04:01:35 JDujXw3z
聞こえてもいない誰かの声に、むきになって抗う恵梨香。それが躯ではなく、心の幼さだと気づかない。
「ああ、もうっ。い、いいっ。ああっ、おとう、わたし、あ、ひ、おめこ、あふっ」
自らの頭に沸いた陰りを振り払うように、恵梨香は指を早く動かし、腰を捻り、声を高く上げる。
母が死に、この家には父 与助と二人だけ。その幸せな立場を確認するために自分を指で愛していた、はず。
なのに脳裏に浮かぶのは、この部屋に閉じ込められ覗いた、愛する男と自分ではない女が激しく睦み合う光景。振り払おうとしても、振り払えない、傷。
「あ、お、おと、うっ。あ、は、恵梨香、恵梨香っ、おめ、おめ、こっ、い、い、い、あっ」
ほう。なら、可愛い娘の姿をちゃんと見とかにゃねぇ。うふふ。
恵梨香は、気をやった。そういえば、指遊びもあの頃覚えたものだ。
気がつけば、恵梨香はそのまま床で寝ていた。時は、あまり経っていないようだ。
位牌を見る。花を見る。別段代わり映えのない景色。
「あほらし」
恵梨香は体を起こし、汗を流そうと決めた。父と交わってかいた汗と違い、心地悪くてしかたない。
もう一度振り返って、位牌を眺める。
「負けんの、やから。見とき」
呟く。なのにその粗末な木切れは、なぜか余裕綽々に見えた。引っつかんで投げつけたかったが、さすがにそれは、止めた。