08/07/28 03:22:32 +Z9UwCzP
与吉の背後から遠慮がちな声がしたのは、女性用のエリアが大半片づいた頃だった。が、作業に集中していた与吉の耳にはそれが入らなかったらしい。
「あのぅ……」
ふと気がついた与吉が振り返ると、入り口の『清掃中』の看板の向こう側にいたのは、黄色い制帽にピンクのランドセルを背負った可愛らしい女の子だった。身の丈は140cmあるなしといったぐらいなので、高学年に入ったあたりかもしれない。
「ん……? ああ……おじちゃんのお掃除が終わるまでガマンできそうにない?」
与吉の言葉に少女は辛そうに目を閉じながら小さくうなずいた。
中年のおばさんが図々しく大声で呼びかけてきたなら、心の中で嫌みの一つも言いたくなるところだが、きれいな黒髪を水色のゴムバンドで左右に垂らしたその女の子は、本当に申し訳なさそうに、上目遣いで与吉を見上げてくる。
最近、学級崩壊を起こすほど躾のできていない子供たちの話を聞くが、目の前の少女を見るとそちらの話のほうが嘘のように思えた。
意地悪く断ったら、失禁するまで従順にそこでそうしていそうに見えたため、与吉はできるだけ優しい笑顔で声をかけることにした。
「そっか。じゃあお嬢ちゃん、下が濡れてるから滑らないように気をつけて入っておいで」
「あ、ありがとう、おじちゃん…!」
少女は与吉に許可をもらうと、苦渋の表情を大きく和らげ、そろそろと入ってきた。
パタンとブースのドアが閉まり、施錠の音がすると、つづいて衣擦れの音がしたが、与吉は気にせずに奥で消耗品のロールペーパーの在庫を数えていた。
チョロチョロチョロチョロ……
ドアが閉まったブースから小さな水音が聞こえてくる。
やがて水音がやみ、ペーパーのロールが回る音、洗浄音、開錠の音が聞こえた。