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■南京大虐殺 この痛みは忘れることはできない■
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●いとこは殺され、私は助かった【崔 金貴さん】
「12月15日、私は日本軍につかまりました。いとこも一緒でした。西善橋で、服をぬがされ銃剣で刺されました。いとこは殺され、私は首のあたりを2ヵ所刺されましたが、首のまわりの服が厚かったので助かりました。
この時、相手の剣をつかんでしまったので、手にも傷跡があります。あとは気を失ってしまいました。
その後、2ヵ月ぐらい家で過ごしましたが、血がたくさん流れて、なかなか回復しませんでした。
●神様はどうしてこんな運命をさずけたのか【諸 鴻宝さん】
「私はその時15才でした。日本兵は銃剣を抜いてバシッバシッと私の頭を切りつけてきました。
血がダラダラ流れるので帽子をとってみると、帽子がズタズタになっていました。頭は大きくはれあがってしまいました。お父さんはそれを見て、ショックで気がくるってしまいました。
おばあさんは、傷口をお茶で洗いながら涙を流し、「どうして、お前がこんな目に会ったのか?神様は私の孫にどうしてこんな運命を授けられたのか?と泣きました」
●私たちが何をしたというのですか!【夏 淑琴さん】
押し入ってきた日本兵は、いきなり父とおばあさんを撃ち殺しました。まだ赤ちゃんだった妹は、床にたたきつけられて殺され、母は強姦されたあと刺し殺されました。
いちばん悲しかったのは、二人の姉さんのことです。15才だった上の姉はテーブルの上で強姦され殺されました。13才の姉もズボンをおろされて殺されていました。
私もフトンの上からメチャメチャに刺され、気が付いたとき、9人家族のうち生き残ったのは7才の私と3才の妹だけでした。
その後、助けられるまで、鍋の底のおこげを食べ水を飲んで、家族の死体の中で暮らしたのです。
私たちがどうしてこんな目に会わなくてはならないのですか!私たちがいったい何をしたというのですか!