08/10/28 22:29:11
>>649の補足というわけでもないですが、関連して、
実は地球上の生命全体を一つの生命体として見ても良いのではないかと考えています。
太古の昔、自己複製能力を獲得したある種の有機化合物(生命)は、その能力により
周りの有機物を資源に、自分自身をねずみ算式に増やしはじめた。
当然、この生命は資源が許す限り自己複製を続けて行くが、ここで対象となる資源が
壊れやすく不安定な有機物であったことは、一つ重要な意味が在ったように思います。
(まあ、不安定な素材であったからこそ自己複製という芸当も可能だったのだろうけど)
無機物であれば、一度形成された状態は非常に安定で、半永久的に保存されるのに
対し、不安定な有機物は、やがて分解されて場に資源を放出、そして、それを再利用
して新たな自己複製を繰り返す、という"準"安定なサイクルを形成する。
というより、こういう準安定的なサイクルを形成する以外に、不安定な有機物が、
"形ある状態"を永く維持する手段は無かった。
この”準”安定なサイクルの中で、生物(有機物)はその不安定さ故に変化していき、
多種多様となり、ついには、弱肉強食的に分解と自己複製を半ば強引に繰り返す、
食物連鎖というより安定なサイクルを形成するに至った。
つまり、太古の昔に分裂を始めた一個の細胞は、変化を伴いながら増殖し、あるものは
食物連鎖の底辺を形成し、あるものは地球のガン細胞呼ばわりされつつもその頂点に
居座るようになった。
でも実は、これもより安定なサイクルを構成する為の役割分担に過ぎず、多細胞生物が
一個の受精卵から発生した群体生物であるように、生態系全体も一個の生命から発生した
郡体生物である、というのもあながち間違いでは無いのでは?