07/10/04 15:03:14
>>30
なんというか、間違ってる。そこは
[G の任意の元 x に対して x^1 = x] かつ[自然数半群 N が自己準同型として作用する]
と仮定した場合を考えているから成立する。
G がモノイドのとき x^0 = 1_G, 群のとき x^(-1) は x の逆元
とするようなことも(モノイドや群としての)準同型性を仮定しているからで、
それを外すと、途端に取りとめもない話になる。
代数的にまとめて論じられるのはこの自然数冪、整数冪のときぐらい。
G と N との間には大して関係が無いので、こうやって (0_G)^0 = 1 と仮定することと、
もとの話の 0^0 の値は何であることが必然かということとの関係は論じられない。
>>38-41
冪を X を台にして X × Y → X; (x, y) → x^y という写像だと考えるとき、X と Y は分けて
考える必要があって、そこで Y = N, Z, Q, R と拡大していくことを考えると、
有理数冪 x^q を考えるには、考えている台集合 X が小さすぎても
大きすぎても不都合が起きる。冪根が X の中にどれくらいあるか、
足りなくてもダメだし、多過ぎると分岐してしまうから困るというわけ。
もし有理数冪が定義できるときは、実数体 R が有理数体 Q の完備化である
という位相的な性質があるおかげで、冪指数に関する連続性を仮定すれば
実数冪は有理数冪の極限として出てくる。
連続性を仮定しないなら(Hamel basis の分だけ)無限に可能性が
増えてどうにもならない。
しかしいずれにせよ、Y = N や Y = Z のときの拡張になっているものと
考える限りは、x^0 = 1 を仮定していることになるので、0^0 = 1 になる。
いまは X については何も考えてないからこういう結論になる。
一般論として簡単に言えるのはここまでだろう。もし具体的な X に対して
その性質を使って議論しようとするなら、X が十分大きくなると矛盾が生じる
というのが R × R → R; (x,y) → x^y が二変数の連続関数と仮定したときなどに
出てくることになるね。まあ、至る所不連続でいいなら病的な定義ができそうだけど。