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『ウソにもおおいなる腕前が要る。才能のある者ほどこの道を行く。力のかぎり飾りた
てる。しかし、架空のハナシをつくる人の宿命は、どれほど綺麗に塗りあげても、まだ
加工が足りぬのではないかと不安になることで、これでもかこれでもかと、衣装の重ね
着と厚塗りに走るから、つい、やりすぎ、そこから自然に綻びが生じる。
完璧な不在証明(アリバイ)を持つ奴が犯人である。なぜそれほどまでに見事なアリバイが
必要なのか。名探偵はそこから推して行く。人間は、どこか欠けているのが常態である。
人の世に、完璧、全智全能、文武両道、私行清純、万人あこがれのマト、欠くるところなく
傷なく歪みなくマイナス面なし、というような人が奇蹟的にあらわれたら、おつきあいを
求めますか。それとも尻に帆かけて逃げだしますかな。富士は遠くから眺めるのがよ
いという。』(同 p.12) >>173