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2003年、1月19日、決戦の日が来た。僕は姉の住んでいるマンションを出発。会場である神戸大学に出発する。
途中、コンビニに立ち寄ったときに店内をプロジェクトXの主題歌(曲名忘れた)がかかっていた。今でもセンター試験といえばこの曲を思い出す。冬の神戸大学に着いた。
学内にいてもかなり寒い。神戸大学は僕が一年の時に目指していた大学である。当然、今の自分の実力では到底届かない。こんなエリート大学に通っている人たちは羨ましいなと思った。
この日の試験は国語だっただろうか、まったくできていない。翌日、英語と現代社会の試験、僕が受けたのは3教科だけだ。そして試験結果を自己採点してみたがあまりいい点数ではない。
特に国語が致命的だったのだので、おおよそ3教科で受けられる国公立に受かる自信がない。最初から2教科で受けられる高崎経済、下関市立などを考えておくべきだった。
こういうセンター失敗時に備えて国公立短大を考えていた。私立の4大を受ければいいじゃないかと家族は言う。僕の家庭は貧乏ではない。親の収入も安定していて貯金もある、さらに・・以下略。
しかし関西の難関私立である関関同立に合格する自信がない。しかも何故か浪人する気になれなかった。編入という入試システムに目を付けたからだった。編入するには大学に在学する必要がある。
僕は短大に在学することを決めた。短大に決めた理由は卒業した次の年に編入なので見切りがいい、短大のほうが編入に積極的である、という理由だ。僕は編入実績が高そうな二つの短大を選んだ。
東京都立短大・経営情報
市立大月短大・経済
そして2月、僕は大月短期大学を受験するため。関東に向かった。