10/05/21 06:14:37 JSXQrH3E0
まあ、スレのタイトルが「70年代のアントニオ猪木」だから、余りアメリカのプロレス話を
延々と続けるというのはどうかと思って、話題を元に戻すと、猪木ファンや信者は新日が
NWAとの関係が希薄だったこともあってか、実態よりも低く言う傾向があるのだろうと思う。
馬場ファンと信者はその逆にNWAを必要以上に持ち上げるから、どうでもいい不毛な対立が続く。
日本人が初めてプロレスを観たときに、力道山がNWAという団体の傘下に置くことで
外国人選手の安定供給を得て、NWAというものを権威付けしたことから、そこのチャンプこそ
プロレス最高峰なのだという刷り込みは根強くあったのは事実。猪木といえどその例外ではなく、
金で買ったNWFやカール・ゴッチの怪しいベルトに頼らざるを得なかったのは、NWAとの関係を
築くことが出来なかったからだ。WWFとの関係が出来るまでは、ゴッチが招聘してくる誰も知らない
レスラーや日本人対決などの新機軸でファンを掴むしかなかった。70年代までの日本では、
プロレスの権威は間違いなくNWAにあったのは紛れもない事実だ。