10/05/19 19:10:41 R/7/trOl0
NWAという「団体」は1940年代以降存在しなかったし、プロレスの
経済的中心地は常にニューヨークを中心とした東海岸。
NWA王者の「長期ロード」っていうのは同じ商店街に属するエリアに
顔を出して回る「いつもの巡業」だし、世界で知られたスパスタどころか
隣の州で何が起きているか誰も知らないマイナーな世界の「王者」だから
同じ相手とサーキットすると、各エリアで毎日毎日同じ展開、同じ結果の
試合を繰り返していた。もちろん隣の州からやってくるような物好きな
マニアの客などいなかったし、そんな客は選手も想定していなかった。
日本で言えばWWFの定期戦が武道館や国技館の新日のビッグマッチ、
NWAのサーキットはみちのくプロレスの巡業。それを「狭い関東だけで
王者を語っている新日本に比べて、みちのくの王者ははるかに広大な
エリアをサーキットしている。王者のサスケは巡業からバスで帰ると
クタクタだと語っている。この環境を潜り抜けないものは一流になれない」
と言ってるようなものだろう。
フミ斎藤でさえ日本で「NWAの総本山」と何かすごい所のような報道の
され方をしていたセントルイス・キールを「ド田舎だよ」の一言で片付けてた。
いつまでも山田隆時代のホラ話を真に受けている人間の酔っ払い話は、
微笑ましくはあるがどうしても哀しく聞こえるものだな。