10/03/03 21:11:12 SgNrTkjB0
「くっ、また失敗。こんなに不器用だったとは、自分に絶望したわ」
「千早ちゃん、諦めるのは早いよ。もっと練習すれば、きっと、たぶん」
「まさか、これほどの難易度を誇るとは･･････」
紙ナプキンで手とテーブルの汚れを拭き、千早はため息をつく。
「う～ん、やっぱり食べ慣れていないのが大きいかなぁ」
「そうね。今まではあまり買わなかったから。自分で作ることもなかったし。
まさか、シュークリームを綺麗に食べるのがこれほどに難しいなんて、くっ」
まさかシュークリームを食べたことがない女子高生がいるとは、春香も想像しなかった。
「私もここまで苦戦するとは思わなかったよ。千早ちゃんは学校帰りや休みに･･････」
シュークリーム買ったことないの？ と続けようとして春香は踏み止まる。
以前の千早の環境だと買い食いとかしてなさそうだ。
「春香、どうしたの？」
「ううん、えっと、学校帰りや休日にやけ食いしなかったのかなって」
「するわけないでしょ、春香みたいにカスタードクリームだけでも1キロ食べられる方が変よ」
「あれは番組の要請でしかたなく食べたの。普段はしないって」
あの後の大変さを千早にも教えたいと春香は切に思う。一週間は洋菓子を食べられなかった。
「ともかく千早ちゃん。シュークリームには大きく分けて二種類あるの。
クリームをチューブとかで入れている場合と切り込みから入れている場合」
「小さな穴があるのが前者ね」
「そう、メーカー製に多いかな？ 逆に洋菓子屋さんだと切り込みにクリームやフルーツが入ってる」
そう言って春香はテーブルの上にあるシュークリームを二つに分類する。
「切り込みがある場合は簡単。蓋になっている部分を千切って、クリームをすくいながら食べるの。
ある程度減らしてから囓れば、クリームを零す心配はないと思うよ」
「なるほど、こうね。確かにこれは楽ね」
生地がさくさく感じられる洋菓子店の方が千早の好みだ。
「問題はこっちのチューブとかで注ぎ込んでる方。難易度は上なんだよね」
「さっき私がクリームを盛大に零したのもこれだったわね」
春香の言葉に千早はシュークリームを睨み付ける。
「裏技として、穴からクリームを吸い出してから食べるという手段が･･････」
「春香、さすがにそれは人前で出来る食べ方ではないわ」
ズボボと言う音と共にクリームを吸い出す春香を千早は窘める。
「そうだね。だから、まずは小さく囓る。次に囓った場所も覆うようにかぶりつく。
大口を開けなくて済むように最初は小さく囓るのがコツ。
これだとクリームが溢れるのは最初に囓った場所からだから、口から零れないの」
「そ、そんな高等なテクニックがあったなんて。私の中で春香株が急騰中よ」
「でしょでしょ。これは私が多くのクリームを犠牲にして会得したテクニック。
付け加えると二口目の時に多めにクリームを吸い出しておくと後が楽だよ」
「なるほど、勉強になるわ」
頷く千早に微笑みながら、春香はそもそもの疑問を思いついた。
「でも、どうしてシュークリームの綺麗な食べ方を身に付けようと思ったの？」
「それなんだけど、聞いて、春香。プロデューサーが･･････」
「またプロデューサーさんがらみか」
春香は惚気に耐えるべく、神経を張り詰めさせる。直撃すれば、大破炎上間違い無しだ。
「この前、シュークリームをプロデューサーや音無さんと食べていたの」
「小鳥さんが買ってきたシュークリームだね。美味しかったよね」
「ええ。私はシュークリームを食べるのが下手だから、あちこちにクリームをつけちゃって。
紙ナプキンで拭いたんだけど、手や頬がクリームまみれになっちゃって」
「あはは、プロデューサーさんの前で恥ずかしい目にあったからなんだ」
春香は思いの外に単純な理由に思わず気を抜いた。
「音無さんには『手や顔がベタベタの千早ちゃん、ありね』とからかわれるし」
「小鳥さんらしい反応だと思うけど。色々と漲ってきていたんだと思うし」
「プロデューサーにはクリームが勿体ないとか言って、手や頬を舐められるし」
「あはは、それは災難･･････なんだと？」
春香は聞き捨てならない一言に思わず身を乗り出す。
「え、プロデューサーに手や頬を舐められて･･････春香、急にどこへ行くの!?」
「千早ちゃん、それ、ご褒美だよ。と言うわけで私も行ってくる!!」
「ちょっと待って、春香。私は本当に恥ずかしくって･･････あ、行っちゃった」
シュークリーム片手に飛び出した春香を千早は呆然と見送った。
千早、再開早々だがコンビニでシュークリーム買ってきた。手を汚しながら喰ってくれ