09/06/28 03:04:09 krTkge+W0
■ある日の風景(ランクC)
『コレは夢だ』と分かっていながら夢を見ている状態ってのを、皆も少しくらい経験してるはずだ。
少なくとも、今の俺はそんな状態であり、ぼんやりと空を漂う幽霊のようになりながら周りを見ている。
そこは暖かい空気が漂う保育園。何故か園児は全員所属アイドルで、保父さん達が全員俺の同僚達だ。
玩具および子供服メーカーの音無さんが、園児用セーラー服やグラビアミズギをサービスしに来ては、
『資料用』として写真を撮っていく。なぜか嬉々とした顔で。
年少の876組を、新任の石川主任が苦労しながらまとめていて……961組の黒井主任が突然退職したおかげで、
わが765組に三人の園児を編入させるのが決まったばかりで、わが【愛桝保育園】は忙しい真っ只中。
……そんな設定がスラスラ出てくるのは、多分俺が昨日、千早にチャイルドスモックを着せるために
四苦八苦して、冷やかな目で見られながらも土下座しながら拝み倒した記憶が鮮明に残ってるからだろう。
……しかし、何とも違和感がある風景だなぁ。園児たちが全員同い年で一つのクラスにいるというのは。
『おかえりなさい、あなた~ご飯にする?それともお風呂~?』
『んっふっふ~♪まずはお前をいただいちゃうのDA-!!』
『あ~れ~♪』
『はわっ!?おとーさんとおかーさんが、プロレスごっこをはじめたですー?
ひょっとして、また弟か妹ができるですか?わたし、将来頑張って稼ぐですか?』
『待てあずさ!その旦那はニセモノDA!!それは真美夫のふりをした亜美夫なのDA!』
……園児たちのおままごとが、妙に生々しい設定なのは気のせいか?
『ちょっと!!その積み木はわたしが使うの!返しなさいよ』
『これはみんなのものだぞ!伊織は昨日もコレで遊んだんだから、今日はボク達の番だよ!』
『きーっ!!おもらしまこりんのくせに、生意気よっ!!』
『う、うるさいなぁ!!関係ないだろ!そっちこそ、その歳でおでこ広すぎるんだよこの太陽拳女!』
『あ、あのう……二人とも、ケンカはダメだよぅ……真ちゃんも、一緒に穴掘らない?泥だんご、作れるよ?』
こっちはこっちで、アイドル時代と変わらんやり取りが繰り広げられているような……
すると、残るは三人……奇しくもボーカル組か。多分、天海さんが何かやらかして千早を困らせ、
秋月さんがフォローに入る、黄金の三連コンボが決まる光景が見れるのだろう。
……いや、待てよ。うちの歌姫はこんなところでも一人を貫いてずっと歌っているのかもしれない。
夢という自覚はあれど、自由に動けないこの身が何とももどかしい……
そんな事を考えていると、すぐそこに歌を歌っている園児が三人。
多分、一番上手いのが千早で……あれ?千早って昔はみつあみだったっけ?
『もう、ちはや!またズレてるじゃないの!!これで何度目?』
『そうだよちーちゃん……なんか、びみょーに盛り上がりすぎ……』
『あははっ……ごめーん♪』
何だこの風景?俺は、夢でも見てるのか……って、そうだよ。まさに夢だよ!!
だから、現実と違っても問題は無いはずなんだが……なんで、千早だけこんなに今のイメージとズレてるんだ?
歌自体はあんまり上手く無い。しかも、失敗しても暗い表情一つ見せずに笑ってる……
まるでその笑顔は太陽のようであり、現実世界の天海さんや高槻さんが持っている雰囲気だ。
つまり、一番歌が上手くてこの三人を仕切っているのは秋月さんか……まだ眼鏡はしてないんだな。
天海さんのリボンはもうこの頃からなんだ……
それより、一番驚いたのは千早の歌。
さっきも言ったとおり、上手くは無い……でも、何だろうこの痺れる感覚は!?
そうだ。あれは……はじめて千早の歌を聴いたときと同じ感覚だ!!いや、それよりずっと強い!
天才的なセンスと歌唱力。それは間違いなくあの暗い部屋で感じたものではあった。
でも、その中に……いや、その芯にあるのは、この、ただひたすらに何かを【伝えよう】とする気持ちか?
誰かに、何かを、歌で伝えたい!!
その気持ちが溢れて、漲って……あぁ、そうだ。この子は紛れも無く千早だ。
だって、俺はこんなにも感動して……この歌を、もっとたくさんの人に聴いて欲しいと思うから。
もっと歌唱力とテンポ、声量を鍛えて……でも、この芯にある【気持ち】だけは失わないように。
この、聴く人全てにエネルギーを与える、太陽のような歌声を、大事に育てていくように。