09/05/29 01:16:41 Z53ACjbb0
春香さんが先輩になるということで何かティンときたので妄想した↓
「プロデューサーさん、ちょっといいですか?」
「ん、ああ、構わないが……何だ春香?」
春香はプロデューサーに声をかけた。
おそらく誰かのステージ衣裳の組み合わせを考えていたのだろう、
彼が手にしている資料には、奇抜なものからかわいらしいものまで、いくつもの服が写真やイラストとして載っていた。
「あ、お仕事中ならその、別に」
「いや、もうすぐ打ち合わせがあるけど、少しくらいなら大丈夫だよ」
パタン、とプロデューサーは資料を閉じると、椅子をくるりと回し、春香の方へと向き直った。
身長は圧倒的に男性である彼の方が高いが、今は椅子に座っているので、立っている分だけ春香の方が視点が上だ。
「あの……うちは新しい子は入らないんですか?」
「新しい子?」
「えーと、その、新たなアイドル候補生っていうか」
プロデューサーは一瞬きょとんとした後に、春香の言いたいことを理解した。
つまり、765プロは新人を募集なりスカウトなりしないのか、と。
「当面そんな予定はないけどな……少なくとも、今のメンバーでうちはいっぱいいっぱいだよ」
「そ、そうなんですか」
「全員を俺一人で見ている状況じゃあ、そこまで手は回らないな」
「そうか……そうですよね」
春香が何故このようなことを言い出したのか、ある程度はプロデューサーは推測出来る。
先日、春香と彼で別の芸能プロダクションと一緒に仕事をした時に、そこの社長が今度新人を三人デビューさせるという話をしていたのだ。
さらに、あの961プロもプロジェクトを立てて新アイドルをデビューさせるという噂も聞こえてきている。
「あー、要するに、春香は後輩が欲しいってことだな?」
「へ、は、はい?」
「春香たちはほとんど同時にデビューしたから芸歴に差はないし……」
「えーと、そ、その」
「強いて言うなら美希が後輩にあたるんだろうが、あいつは態度が後輩っぽくないしなあ」
「い、いやその! せ、先輩って立場に憧れたりとか、後輩から慕われたいとかは全く私はありません! ヴぁい!」
「いやいやいや、視線がふらついているぞ、春香」
プロデューサーは前髪をかきあげると、苦笑いの要素を三割程含めつつ、微笑んだ。
まったく、この娘は時にドキッとするほど大胆な行動力を見せてくれるが、それでいて今のように慌てふためくと簡単にボロが出てしまう。
道を歩けば10人に8人は顔と名前を知っている有名アイドルなのだが、それでいてどこかアイドルらしくない。
「さっきも言ったように、俺一人で皆をプロデュースしている現状ではちょっと難しいな」
「はい……」
「まあ、春香たちにそれぞれ個別にプロデューサーを雇って、俺が新人デビューに全力を注ぐっていうなら出来ないことも……」
「ダ、ダメですっ! そんなこと、わ、私は、プロデューサーさんとっ!」
「……ないだろうが、社長に相談もなしにやれることじゃないし」
「ずっと一緒にっ、て、……え、えーっと、その」
「ま、そういうことだ」
プロデューサーは立ち上がると、ポン、と春香の頭に手を置いた。
双方の頭の高低が逆転し、春香の視線が斜め下から斜め上へと移動する。
「なに、765プロがもう少し大きくなったら、新しいアイドルの卵を発掘する余裕も作れるさ」
「プロデューサーさん……」
「春香が、皆が頑張れば、その姿に憧れてアイドルになりたいと思う子たちが出てくる」
「……」
「だから、そう遠い未来じゃないと思うぞ? 後輩が出来るのは」
プロデューサーは春香の頭から手を離すと、背広の上着を取り、ドアへと歩を進めた。
765プロがもう少し大きくなったら、と彼は今しがた春香に言ったが、765プロを大きくするのはアイドルの力であり、
そしてそのアイドルのために仕事を取ってきて、共に成功を目指すのが彼のやるべきことだ。
「じゃあ打ち合わせに行ってくるよ。あ、小鳥さんが買い物に行ってるんだ、戻ってきたら俺が用事で出て行ったと伝えておいてくれ」
「……はい」
春香もわかってはいる。
テレビの中で踊り、歌っていたアイドルに子供の頃に憧れたように、自分もまた自分より幼い者たちから憧れられる存在でなければならないことを。
後輩が出来たとして、本当に慕われるような存在に。
「いってらっしゃい、プロデューサーさん」
ドアの向こうに消えていくプロデューサーの背中に、春香は小さく手を振った。
ニコリと微笑みながら――