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■ボーカルレッスン(ランクB)
「ふふっ……くすくすくす……【お日様さん】って……【様】のすぐ後に【さん】って……
ヘンな歌詞だけど、楽しいですね~……うふふふ……」
歌詞読み時に、どうやら一部の歌詞があずささんのツボに入ってしまったようで、
しばらくレッスンが止まっている。
社長が自らプロデュースする【30代、40代のためのカバーアルバム】の収録は順調で、
このあずささんの担当曲【結婚しようよ】で最後となる。
私たち765プロのアイドルは、主に同年代に向けて販売戦略を練っていると言う話だけど、
どうやらそれ以上の年代にもアルバムが売れているという事で、それならばと企画されたのがこれ。
主に60年、70年代のフォークソングを中心にカバーする、珍しいCDになるという。
最初、この話を聞いたときは大丈夫かと思ったけど、曲と担当アイドルを見れば、納得できた。
・雨やどり(天海春香)
・大都会(菊地真)
・私の彼は左きき(秋月律子)
・青葉城恋歌(如月千早)
・帰ってきたヨッパライ(双海亜美)
・岬めぐり(高槻やよい)
・結婚しようよ(三浦あずさ)
このあたりのラインナップを見ると、さすがは音楽業界で長く生きる社長だと思う。
真の【大都会】は、本人の声質と相まって、ぬけるような清々しさが気持ちよく……
私が熱望したけど社長に『如月君が歌うと、おっちょこちょいなヒロインの感じが出ないから』と、
歌わせてもらえなかった春香の【雨やどり】も、心に情景がはっきり浮かぶ、素晴らしい曲になった。
亜美真美の【帰ってきたヨッパライ】なんて、この二人のために用意された曲と思えるほど、凄い。
高槻さんの【岬めぐり】は、何故か聞いた人誰もが涙を流す、不思議な情感に溢れた歌になった。
リコーダーを、高槻さん自らが演奏してるのもポイントだろう。
それもこれも、社長自らが指導するボーカルレッスンの賜物であり、かつて【豪腕】と呼ばれた
高木順一朗その人の指導力は、現役プロデューサーとしても通用すると思えたほどでした。
私の【青葉城恋歌】をレッスンしてくださった時は、タイミング一つ指示するだけで、
これが同じ曲かと思うほど、劇的に素晴らしくなったのだから、ただの黒い人では無かったという事ですね……
そして、最後の曲【結婚しようよ】のサブボーカルを私が手伝う事になり、
あずささんと一緒に歌詞レッスンをしていたんだけど……一部の歌詞がツボにはまったあずささんは、
さっきからずっと笑い続けている。一体どうしてそれだけで20分笑えるのか……私には、謎です。
仕方が無いので私だけでも何かレッスンする部分があったらと思い、社長に聞いてみると……
「ふむ……では、そうだな……如月君はこの曲において、どのような雰囲気がベストだと思うかね?」
唐突に、そんな話を社長が振ってきた。
「そうですね……公害問題などの発生から、オイルショック事件を含む年代ですので、
高度経済成長の押し一点ムードから、丁度人々が癒しを求めていた時期だと聞きましたから。
未来への希望と同時に、ひとときのやすらぎを雰囲気として表現できたら、と思います」
「はっはっはっ……如月君は勉強家だね。歌の事となれば、ちゃんと元曲の年代を調べる。大したものだ。
だが、それはファンに対してサービス過剰かもしれんな。当時の雰囲気などは聴いた人がそれぞれの
思い出と共に感じてくれる。曲のカバーで大事なことは、最も大切な一点を、元曲に負けずに伝える事だよ」
「最も大切な一点……ですか?」
「ああ、そうだ。三浦くんも一緒に聞いてくれたまえ。年代こそ違えど『結婚したい!』と思うその気持ち……
人が、人を愛する気持ちはいつの世も基本的に変わらぬものだ。だから、君達には……
仮にそんな想い人がいるならば、ただその人のために歌えば良い。できるかね?」
社長のこの言葉……レッスン的には正しいのだけど、アイドルに個人的な恋は求められないのでは?
たとえ恋心の歌であれ、それはファンに向けて歌うべきものだと思うのだけど……
「あら~……ど、どうしましょうぅ~できると思いますけど、いいのでしょうか~」
嬉しそうに悩むあずささんを見ると……やはり彼女もその辺の不安要素は分かっているみたいだった。
先月、親友の方がご結婚なさってから、急に彼女も担当プロデューサーと仲良くなっていったようですし。