09/02/18 23:52:16 utwh4bvU0
【とあるプロデューサーさんの昔話】
「メリークリスマス、伊織ちゃん。ずいぶん大きくなったものだね」
「あら、たかぎのおじさま。わたしもう4つよ。
こんなにステキなレディーをコドモあつかいするなんて、しつれいしちゃうわ」
「それは申し訳ない。お詫びといってはなんだが、今日はゲストも一緒なんだ」
「だれなの? サンタクロースかしら」
「歌がとっても好きな女の子でね。とびきり素敵なお姫さまなんだよ」
「なによ、おじさまったら。わたしのほかにステキなレディーがいるっていうの」
「見たくなってきたかい?」
「べ、べつにみたいわけじゃないわ! ど…どんだけチープか、くらべてあげるだけなんだからね!」
***
「クリスマスおめでとう、高木のおじさま。ねぇ、あのおひめさまのおはなしをきかせて?」
「はっはっは。伊織ちゃんはいつも、お姫さまのお話だ」
「顔はわすれちゃったけどね、わたし、今でもおもいだしちゃうことがあるの。
ステージの上でころんじゃって、かわいいパンツが見えちゃったのよね!」
「そうだった。伊織ちゃんがとっても喜んで、大勢のゲストも興味津々になったんだったね。
今はもう、そんなこと絶対にやらかさないよ。ころんでも、観客は誰一人として笑ったりしない」
「ふーん?」
「そういうところで歌えるようになったのだよ。―それは、とっても、誇らしいことなのさ」
***
「おじさま、一体どうしちゃったの? クリスマスなのに、なんだか元気がないみたい」
「すまないね、伊織ちゃん。お姫さまをここに連れて来れなくて。
あれから何度もクリスマスを迎えたのに、私達が2人で来たのは一度きりだったね」
「パパが言ってたわ。おじさまはプロデューサーのお仕事を辞めるんだって」
「ああ、そうだよ。あの子が舞台を降りるというのならば、あの子を見つけだした私もいっしょさ」
「おひめさまは、もう歌いたくないの?」
「お休みすることにしたんだよ。ステージを降りられず、長いことお姫さまだったものだから。
一年経った時に、休んでもいいのだよと言ってあげていたら、あの子はどれほど安心できただろう」
「おひめさまもラクじゃないのね」
「大事なタイミングを見逃した、私の運がわるかったんだよ。
でも、お姫さまじゃなくなったお姫さまは、なんだかちょっと嬉しそうなんだ。
うっかりころんでパンツが見えても、昔のようにみんなが笑ってくれるからね」
***
「メリークリスマス、社長。これ、パパからお酒のプレゼントよ」
「ありがとう、水瀬君。これから大きなライブだろう。わざわざ寄ってくれたのかい?」
「だって、もう一緒にイブを過ごせなくなっちゃったんだもの。仕方ないでしょ。
トップアイドルともなれば、一日中あっちでこっちで引っ張りだこなのよ」
「こんなに素敵なレディーを前にしたら、もう誰も子供あつかいなんて出来やしないだろうね」
「ありがと社長。でもね私、いまでも思いだしちゃうことがあるの。
あのとき眺めたおっちょこちょいなお姫さまが、やっぱりいちばん素敵なレディーだったわ」
「そんなふうに褒められると、私も自分のことのように誇らしいな。
いつの日か水瀬君のプロデューサーも、こんな気分を味わうことだろうね」
「にひひっ♪ 当然じゃない! この伊織ちゃんは、100万年経っても素敵なレディーよ。
社長はホント運がよかったわよね。最初からとびきり負けず嫌いなお姫さまも見つけだしていたんだもの」
廊下をゆっくり歩いていた事務員さんは、社長室から漏れる声に気づいて足を止めました
それは昔、どこかで自分が、何かをやらかしてしまったときに聞いたような気がする声でした
ドアの隙間から見える、小さな女の子とプロデューサーさんの影が、一瞬だけ霞んで消えて―
―ころばないようお茶を運んできたお姫さまを出迎えたのは、楽しそうな2人の笑い声でした