09/02/02 08:06:43 NV7nAzit0
言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、小鳥は走った。小鳥の頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。
ただ、わけのわからぬ妄想の力にひきずられて走った。
陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、小鳥は疾風の如く結婚式場に突入した。間に合った。
「待って。そのカップリングは認めないわ!音無小鳥が帰って来ました。約束のとおり、いま、帰って来ました。」
と大声で式場のアイドルにむかって叫んだつもりであったが、化粧が剥げて皺(しわ)が出たばかり、
アイドルは、ひとりとして彼女の到着に気がつかない。
すでに披露宴の準備は整い、タキシード姿のプロデューサーは、貴音さんとバージンロードを歩いてる。
小鳥はそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだようにアイドルたちを掻きわけ、掻きわけ、
「私よ、仲人!彼と結婚するのは、私よ。小鳥よ!彼を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら
ついに新郎新婦席に昇り、プロデューサーの両足に、齧(かじ)りついた。
アイドルたちは、どよめいた。うっう~!やりぃ!と口々にわめいた。プロデューサーの結婚は、破棄されたのである!
「プロデューサーさん。」小鳥は眼に涙を浮べて言った。「私を叩いて。ちから一ぱいに私を叩いて。私は、途中で何度も、あなたで妄想した。
あなたが若(も)し私を叩いてくれなかったら、私はあなたと抱擁する資格さえ無いの。さあ!」
Pは、すべてを察した様子で首肯(うなず)き、式場一ぱいに鳴り響くほどぺちっと小鳥さんを叩いた。叩いてから優しく微笑(ほほえ)み、
「小鳥さん、俺を殴れ。同じくらい音高く俺の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った(ウソだけど)。
君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
小鳥は腕に唸(うな)りをつけてPの頬を殴った。
「ありがとう。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
アイドルの中からも、歔欷(きょき)の声が聞えた。暴君961社長は、アイドルの背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが
やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「ゴホン!君たちの望みは叶(かな)ったぞ。君たちは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。
どうか、私をも仲間に入れてくれまいか。
どうか、私の願いを聞き入れて、君たちの仲間の一人にしてほしい。」
どっとアイドルたちの間に、歓声が起った。
「万歳、765プロ万歳。」
ひとりの少女が、緋(ひ)のマントを小鳥に捧げた。小鳥は、まごついた。佳き夫は、気をきかせて教えてやった。
「小鳥さん、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い雪歩さんは
小鳥さんの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
小鳥は、ひどく赤面した。