09/01/10 03:51:03 qijErAXa0
傘もっていけばよかったチクショウただいま。そして>>500氏、惜しい! 俺の電波は違った!
☆ある雨の日の風景
「ダメです、いけませんプロデューサー! ……そこから一歩でも外にでようとしたら、大声をだしますよ?」
「ま、まて、ち、千早。わわ、わかったよ……だ、だか、ら……」
千早が住むマンション、彼女の部屋の前で俺は震える体を押さえつけ、ようやく視線を返していた。
ほんの少しの憂いの色を、より強烈な感情で塗りつぶした瞳が、俺をその場に縫い付ける。
逃げるに能わず、といってこれ以上進むのは如何にも拙い。
「では、扉を開けますが……。もう一度言います、逃げたら本気で叫びます」
「わかったって! そんな、こと、しないから」
今日ほど、車でこなかったことを後悔した日はない。
彼女に相談があると連絡を受けたのが出先で、一度帰社せずにそのまま来てしまった。
近所のファミレスで軽く食事でもして、すぐ話が終わる。そう高を括っていた。
「……どうぞ」
「ううう。お、お邪魔しま……ま……ックショイ!」
ずぶぬれの俺は寒さに耐えながら、千早の部屋の玄関にはいってしまった。さらば終電。
「コート、本当にありがとうございました。おかげさまで私は全く無事です。干しておきますね……。
ですがプロデューサー。あの状態で帰るだなんて、何を考えているんですか。
月曜、ぶり返した風邪に苦しむ姿を私に見せたいと? そうなった時の私の気持ちも考えてください」
「ふう、ううっ。す、すまん。だ、大丈夫だと思うんだが、が、がックショイッ!!」
歌詞の解釈に詰まった彼女の相談に、思わず俺も熱がはいって、気づけば時刻は10時半。
千早を送る途中、雨が降り出して俺は彼女を冷やさぬためにコートを傘代わりにした、その代償がこれだ。
「全然大丈夫じゃないです。はい、タオルはこちらを。よく温まってください」
「き、着替えがないが」
「大丈夫です。スーツ、乾かしますね。私の洗濯機はこういうの乾燥できるタイプなので」
「あ、ありが、とうッショイ!」
「はやくお風呂へ!」
*
30分ほど湯に浸かり温まった後、恐る恐る洗面所に抜け出ると、明滅する乾燥終了のランプが俺を出迎えた。
脱衣かごにはおそらく彼女が所持しているもののうち、最も大きいのだろうトレーナーが一着。
それでも俺にはつんつるてんだ。上だけ借りてスラックスを履く。
「千早、入るよ。ありがとう、すっかり生き返っ……千早?」
リビングの戸を開けると、そこにはこたつに突っ伏す、パジャマ姿の千早がいた。
そりゃそうだ、もう日が変わる。毎朝トレーニングを欠かさない彼女は、普段ならとっくに寝ている時間だ。
だが……。
「すまんが、千早。さすがにそれは体に障る。なあ、寝床まで頑張ってくれ」
「んにゅ……はい……」
もそもそと、千早が立ち上がる。
いかん、ヤバい、まて俺。直視するな。ほかの事を考えろ! 昨日何食べたっけか。
千早の腰、細いなー。違う! えーと、俺の親父は確か27歳上だから今年いくつだろー?
混乱する俺をよそに、千早は寝ぼけ眼で引き戸をがらりと開けた。
俺の視界に飛び込んできたそれは、ある意味異世界だった。
これはパグだな。そのとなりはチワワか。
ずらりと並ぶシベリアンハスキーは、模様違いのが7つか。お気に入りのようだ。
ドーベルマン、シェパード、土佐犬、テリア、アフガンハウンド、コリー。
サモエドとダックスフントは大きさ違いのが3つずつ。お、コーギーもあるな。
ポメラニアンのは時計を咥えている。ボクサーにマスティフ。
極めつけは巨大なセントバーナード。
ぬいぐるみ牧場みたいな部屋をとてとてと横切り、千早はベッドに吸い込まれるようにもぐりこんだ。
「おやすみなさい……」
言いたいことは山ほどある。うがいをしろとか、せめて顔は拭けとか、スキンケアをしろとか、歯を磨けとか。
いや、でも俺が風呂にはいっている間に済ませたか? だが、しかしだな。あ、これこないだのサルーキ。
仮にも若い男が部屋にいるのにだ、なんだその無防備は。うむ、柴犬のベロが飛び出てるの可愛いな。
まったく。これが世に名を馳せる深蒼の歌姫だなんてな。
俺はとりあえずリビングで夜を明かすかね……。
おっと、危ない。ハムスターのお手玉を踏んづけるところだった。ゴメンよ。