08/11/25 06:31:28 YTfmtyIV0
■ライブ（市民ホール）ランクＥ（※注意・ストーリー的ネタバレを含みます）
市民ホールとはいえ、2000人の収容人数を誇る、地方都市のそこそこ大きな建造物。
ドームのような大会場で歌ったこともあるけど、それはあくまで前座としてだ。
今日……ついさっき、はじめてのコンサートが終わった。
デパートの屋上でもなし、街頭キャンペーンでもなし……【如月千早コンサート】と、
イベント情報や地方の雑誌に銘打たれた、正式なイベント。
アイドルという立場と力を借りての人気であることはある程度承知していた。
その証拠に、列に並んでいる人たちの中に、蒼い半被のようなものを着込んだ親衛隊らしき姿が見えるし、
あからさまにカメラ機材のようなものをチェックしている人もいる。
それでも……幼い日、あの子と約束したとおり、夢は実現できたんだ。
もう、ごっこ遊びじゃない……ホンモノのコンサート。人間のお客さんはたった一人じゃない。
この規模で満足なんてもちろんしてないけど……やっぱり、達成感のようなものはあった。
「お姉ちゃん、約束、守れたよね……本当に、コンサート……できちゃったよ」
ただただ、あの子が喜ぶ姿が見たくて歌っていた、はるか昔のあの日……
あの子が生きていたら、もっともっと感動してたかもしれない。嬉しくて泣いていたかもしれない。
でも、あの子が喜ぶ顔は見えないから……わたしは、次を目指す。
武道館なら。野外ステージなら。ドームなら……もっと大きな規模で大きな盛り上がりを見せたら……
天まで届くかもしれない。空にいるあの子にも、聞こえるかもしれない。
だからこそ、もっともっと……いい歌を。感動させる歌を、歌いたい。
「お疲れ様だな、千早……片付けも一段落したし、反省会兼、ミーティングするぞ」
わたしをここまで導いてくれたプロデューサーが、ホール屋上で風に当たってるわたしを呼びに来た。しかし……
「ちは……と、その……す、すまん……」
「へ？」
見てはいけないものを見てしまったという、プロデューサーのリアクションを見ているうちに、
いつの間にか、わたしの頬にあったかいものが流れていることに気が付いた。
今のこの涙を、わたしはなんて説明したらいいんだろう？
あの子のこと、事故のこと、両親のこと……説明するには全てを避けては通れない。
「コンクールとは違って、初のメインコンサートでしたから……その、思い入れもありまして……
いろんな感情が、一気に出てしまって混乱しています。特別辛かったりとかでは決してありませんので、
心配しないで下さい」
嘘ではないけど、核心には触れずにプロデューサーを安心させることが出来ただろうか？
「小さい頃……小学校にも入らない頃です。コンサートごっこが大好きで、家族の前でよく歌っていました。
現実に、2000人もの方にお金を払って歌を聴いてもらえる……この素晴らしさは、やはり格別です。
わたしらしく無いと、笑われるかもしれませんが……本当に、飛び上がりたいほど、嬉しいんですよ」
歌いきったことへの充実感と、お客さんたちが満足してくれた事への達成感。
コンサートが終わった後のわたしは……小さな頃にもどってしまったみたい。
あの子と、両親の拍手と笑顔が鮮明に思い出されて……色々と引きずられてしまったのだろうか？