08/11/13 05:52:24 nq//M1M80
■ボーカルレッスン（ランクＣ）
「おい美希！まだノルマが一回残ってるぞ？」
「えー、だってー……調子良かったし、一回くらいだいじょーぶでしょ？ね？おまけして♪」
「……なぁ美希。確かにノルマは決めたが俺が命令してるわけじゃない。美希がおしまいと言うなら
それでいいんだ。でも、手間を省くと得るものも省かれてしまうぞ……」
「でもね、ミキ、ちょっと前まではレッスン自体嫌だったの。それを今日はここまで頑張ったんだから、
手間は省いてないよ！むしろ、かなり頑張っちゃった方かも？だから……」
「わかった。それで終わりにする……はぁ、またノーマルレッスンで終わりか……イメージレベル、
上がりそうだったんだけどなぁ……」
プロデューサーさんはちょっと前、車に撥ねられそうになったミキを助けてくれた……
あの時はもう、どうしようかと思ったけど……彼は無事だったし、本当に良かった。
それから、やっぱりレッスンサボると悪いって思うし、少しは今みたいに頑張ってるんだよ？
でもね、やっぱダメ。嫌なものは嫌だし、疲れるし、いっぱいダメ出しされるし、好きになれない！！
分かってるんだけど、つい怠けたいのって、みんなもそうだよね？
……でも、前まであった、サボった時の開放感が今はなぜか無いんだよね……
前は、『ラッキー♪さ、空いた時間で何して遊ぼうかな？』なんて思ってウキウキしてたんだけど、
今はなんだか、ヘンにイライラ、ウズウズする……なんだろう？この気持ち。
晴れない気分のままスタジオを出ると、隣でボーカルレッスンをしてる千早さんの声が聞こえてきた。
あぁ、やっぱ千早さんの声は綺麗だな……いいよね？才能あるって。人より怠けてても上に行けるし。
ミキも、勉強とか運動とか、才能ある方だから、大抵頑張らなくても上手く行く方なの。
でも、千早さんの場合、歌に限っては才能のレベルが違うの。ミキみたいに校内一レベルじゃなくて、
日本一になれちゃうくらいスゴイの。あれくらい才能あると、楽していっぱい勝てるんだろうな。
レッスンでも褒められてばっかりで気持ちよく出来るんだろうな……
そんな気持ちもあって、隣のスタジオのドアを覗いてみると、千早さんの声が止んだ。
ううん、性格には止めさせられた……千早さんのプロデューサーが、彼女の顔を叩いたから！？
ナニコレ？修羅場！？解散の危機って現場に鉢合わせ？刑事シリーズ【アイドルは見た！】とか？
「違う！！だからお前の歌はＣランク止まりだって言うんだ！歌より自分が前に出てどうする！？
お前はいい歌が歌いたいのか？それとも歌をダシに自分が気持ちよくなりたいだけか？」
ミキの聴いたカンジだと、さっきの歌は……そうとうレベル高いと思うの。多分道場クラスの特別オデなら、
普通のアピールだけで確実に勝てるの。でも、あのプロデューサーは怒ってるの……どうして？
「そんな歌をファンに聴かせるくらいなら辞めてしまえ！自分の子を貶めるような事をするな！！
それとも、千早が嫌っていた育児放棄するような母親と同じでいいと言うのか？」
「すみません……続けます。お願いします！」
「分かった。が、俺に謝るな、歌に謝れ！！……じゃ、サビの部分からもう一度、行くぞ！」
なにあれ？千早さん泣いてるよ？あんな状態でまともに歌なんて歌えるわけ無いじゃない！？
あの人は、千早さんを苛めたいの？それとも、何か嫌な事でもあって怒りをぶつけてるの？
千早さんも、なんで続けるの？あんな人の言うことなんて無視すればいいのに。
今のままでもアイドル界なら一番のシンガーなんだから、もっとラクしていいのに……
あそこにいるのは、鬼なの。歌のために人で無くなった、鬼だと思うの。ミキだったら絶対逃げ出してるの。
レッスンどころか、アイドルだってあんなにキツいならやりたくないの。
でも……でも、ほんのちょっとだけ、何故かうらやましいって思ったの。
なんで？って思うよね？ミキもそうだし。普通、あんなキツい事うらやましくも何とも無い。
むしろ絶対、関わりたくないってゆーか……あんなレッスンしたら、１週間はおにぎり食べて寝て、
遊び放題の時間でももらわなきゃ、やってらんないって思うのに……
扉の向こうにいる二人は、こんな雰囲気ですら楽しんでいるような気がするの。
さすがにこれ以上覗いてるとプロデューサーさんが心配しそうだし、戻ろうと思ってた頃……
さっきとまるで違う千早さんの声に、ミキの全身が震える感じがしたの。