08/10/21 22:43:37 k71kjPJ20
「･･････と言うわけだ。では、如月君と･･････君、聞いているのかね？」
「え、あ、はい」
社長の声に彼は我に返り、周囲を見回す。
何度も出入りした部屋で変わったところは見当たらないが今日は強烈な違和感を感じる。
「どうしたのかね？ 体の調子が悪いようなら活動開始を遅らせても構わないぞ」
「あ、いえ、大丈夫です、社長。えっと、彼女は何処にいるのでしょうか？」
「うむ、如月君はどうやら近くの公園に行ったようだ。早速迎えに行き、活動を開始してくれたまえ」
「公園、ですか？」
「最近はそこでぼんやりしていることが多いそうだ。何か悩みがあるのかもしれん。そこら辺のフォローもよろしく頼む」
一つ頷き社長室を後にするが違和感はさらに強まる。居るべき場所に居るべき人がいない。
如月千早とは事務所で顔を合わせた程度で詳しくは知らない。知らないのだが何故か公園との組み合わせに違和感を感じる。
「別に気分転換で公園に出掛けても不思議じゃないだろ。しっかりしろ、俺」
自分に言い聞かせ、近くの公園に行くと小さなステージの上に彼女の姿を見つけた。
「あ～あ～、ドレミレド～♪ 少し音程がずれているわね。もう一回」
音程がずれていると言うには微妙な差だが彼女には分かるらしい。彼女がどんな歌を歌うのか興味がわき、彼は近くの木の陰に身を隠す。
「男では耐えられない痛みでも 女なら耐えられます 強いから♪ ふう、まずまずね。本調子には程遠いけど」
彼女は残念そうに頭を振るが、彼はその歌唱力の高さに驚く。
確かにコンテストで連戦連勝を重ねた実力派とは聞いていたが、アマチュアのトップレベルでは収まらない。
さらに軽く踏んでいるステップや歌っている最中の腕の動き。
「･･････まるでトップアイドルみたいだな」
「あっ!? 誰です!?」
小さく呟いたつもりだが聞こえていたらしい。
「あ、ごめん、驚かせちゃったな。怪しい者じゃないよ」
「自分を怪しいと言う人はいないと思いますよ」
彼の言葉に彼女は苦笑する。
「歌の練習かな？」
「ええ、デビューを待つアイドル候補生ですから、今は」
「候補生の歌唱力とは思えなかったけどなぁ」
「･･････そう言っていただけると光栄です。プロデューサー」
「ああ、そうなんだ。ん？ 俺、プロデューサーだと言ったっけ？」
彼の言葉に千早は一瞬だが落胆した表情を見せたが、すぐに笑顔に戻す。
「･･････いえ、でも、そうだと思ったので」
「そっか。これから君を担当することになった、よろしく。
それにしても歌唱力だけでなく、体の動きも凄いな。練習したのかな？」
「ある方に教えていただきました。歌だけでの表現では何れ限界が来る、と。
最初は反発していましたが今ではその言葉の重要性が分かります」
「ふ～ん、良い指導者に出会えたようだな」
彼の言葉に千早は嬉しそうに微笑むと胸元からネックレスを取り出す。
「ええ、私の一番の理解者で･･････大事な人でした」
彼女の手を見るとプラチナリングがネックレスに通されていた。
彼の違和感は既視感に変わり、何かが必死に訴えかける。鎖、リング、過去から未来への絆･･････。
「でも、向こうはもう私のことを覚えていないようです」
寂しげに呟き、千早はリングを大事そうに指で撫でる。
「このネックレスはその方からいただきました。ここに私の誕生石の･･････」
「アメジストが填めてある･･････あれ、俺、なんで知ってしるんだ？」」
自分の口から出た言葉に思わず彼は首を傾げる。
「それは･･････プロデューサーが･･････あなたがプレゼントしてくれたからです」
「え、俺、君とは今日が初対面だろ？」
「この世界では、です。･･････お願いです、これで思い出して」
千早はそっと彼の頬に手を添え、そのまま唇を彼の唇に合わせる。
「･･････ふぅ、思い出せましたか？」
「･･････えっと、よく思い出せないけど、もう一回してくれたら思い出すかも」
「目が笑っていますよ、プロデューサー」
千早はその言葉と共に彼の胸に飛び込むと同時に自分を縛っていた何かが消えるのを感じた。
「ずっと、ずっと待っていたんですよ、あなたが来てくれるのを」
「ごめんな、千早」
「いいんです、気付いてくれたから。もう怖いものはありません」
どうやら千早の旅は今度こそ終わりは迎えそうであった。
一人でコンビニ弁当を食べながら、>>534から昼休みに妄想してみた