08/09/04 23:00:36 r/MN9RYV0
「この中に美味しいお茶が用意されているんですね？」
旧体育倉庫の扉に手をかけ、雪歩はあなたに訊ねてくる。
「うう、ちょっと雰囲気が怖いかも。でも、お茶があるなら･･････」
頷くあなたにそう言い、彼女はゆっくりと入っていった。
そう、ついにあなたは雪歩を旧体育倉庫に連れ込むことに成功したのだ。
個人的感想を言えば、お茶の一言で騙されるのもどうかと思うが、あなたを信頼しているからだろう。
そう考えると良心の呵責を覚え･･････
「あ、お母さん、ここで何しているの？」
「ふふ、お弟子さんから有志を募って、お茶会ですよ」
予期しない声を聞き、あなたは慌てて雪歩に続いて旧体育倉庫に入る。
不要になった体育道具が詰まっているはずの空間に畳が敷き詰められ、
一人の女性を上座に数名の頑丈そうな男性が正座で控えていた。
「あ、プロデューサー、お母さんを紹介します」
雪歩にどこか似ている女性、一目で彼女の母だとあなたは悟る。
「初めまして、プロデューサー様、雪歩の母です。マサ、あなたもご挨拶を」
「プロデューサー殿、初めまして。私は若がし･･････若い連中を纏めている政野と申します。
以後、お見知りおきを」
差し出された名刺は明らかに上質な紙で出来ている。
名称は株式会社 萩原興業 営業本部長だが、真実のヒントは彼が言い淀んだ台詞にありそうだ。
「ふふ、マサさんは私が幼稚園の頃、遊び相手になってくれたんですよ。
マサさんはまだ若白髪なんて、生えていませんよ」
どうやら雪歩の中では若白髪と言おうとしたと脳内変換したらしい。
もちろん不正解なのはあなたにもよく分かる。
「ささ、プロデューサー殿、お嬢様、こちらへどうぞ。ヨウイチ、座布団」
「へい、若がし、いえ、本部長。プロデューサー殿、この座布団をお使い下さい」
マサの言葉にこれまた頑丈そうな男が座布団を出しだしてくる。
あなたは雪歩母の右手に座り、雪歩は対面、母の左手に座る。
ちなみにあなたの右手にはマサが異常なまでに背筋が伸びた姿勢で正座している。
「本日は雪歩がお世話になっているプロデューサー様にご挨拶とお礼を兼ねて、一席を設けさせていただきました。
お足の方が辛いようでしたら、どうぞお崩し下さい。あなた達もよ」
雪歩母は最後の言葉をお弟子さんに向けて語るがもちろん誰も足を崩さないし、微動だにしない。
「本日のお茶は京都の萩寿門が選定したものです。ほのかな甘みが特徴です。雪歩も好きでしたね？」
「はい、甘みと渋みが絶妙なバランスなんですよ、プロデューサー」
嬉しそうに語る雪歩にあなたは頷く。申し訳ないがお茶と言えば、牛丼屋のお茶とペットボトルしか飲まない。
もちろん正式なお茶の席は初めてだが、嬉しそうな雪歩と他の彫像の様に動かない面子に圧され、何も言えない。
「さ、プロデューサー様、どうぞ」
差し出されたお茶を手に取り、香りを嗅ぐと独特の香り、確かにいい物なのだろう、多分。
「あ、天目雪紋茶碗です。お母さん、いいの？ あれは･･････」
「ええ、雪歩がお世話になっている方に変な道具は使えないから」
雪歩の台詞から考えるに茶碗も高級な物のようだ。あなたには見当も付かないが。
それでも何とか飲み干し、他のお弟子さんが飲む間、雪歩の助けを借りながら場を保たせる。
「この後にお食事を、と考えていたのですがご予定もあるようですので、これで失礼させていただきます」
そう言って頭を下げる雪歩母に続き、全員があなたに頭を下げる。
「プロデューサー様、雪歩をよろしくお願いします。
騙そうとする輩、傷付けようとする輩からお守り下さいますようにお願いします。
もし、雪歩に至らぬところがあれば、遠慮なくご指導下さいませ」
「プロデューサー殿、もし、お嬢様の身に何かありましたら、私にご連絡を。
万難を排し、即座に駆け付けますので」
雪歩母とマサの鋭い眼光に怯みながらも何とか頷く。ああ、ばれているよ、きっと。
「それでは本日はお時間をいただき、真にありがとうございました。
さ、皆さん、撤収しますよ。ここの後片付けは私達でしますのでご心配なく」
それを合図にお弟子さんが立ち上がり、素晴らしい手際で片付ける。
あなたと雪歩は母に挨拶をして、旧体育倉庫を後にした。
「プロデューサー、お母さんとお弟子さん、気に入ってくれましたか？」
心配そうに訊ねてくる雪歩にあなたはぎこちなくだが頷く。
「えへへ、そうですか。嬉しいです」
嬉しそうに微笑み彼女に見られぬようにそっとあなたは天を仰ぐ。
これからは夜道に気をつけようと。
コンビニで雪歩を騙して旧体育倉庫に連れ込む妄想をしたら、返り討ちにあった