09/03/15 20:05:57 PL/Xf89m0
いつもより、ほんの少し長めの散歩。
熔けるようにじくじくと沈む橙光に、コロマルの被毛が蜜柑色に煌く。
荒垣は漣立つ腹を無意識に押さえながら目を細めた。
期待もある。“美味しかったです荒垣さん”そんな感想に。
苦慮も感じる。そっけなく、ぶっきらぼうな対応をするであろう自分に。
「ただの気紛れだ。お前等の為にやったわけじゃねぇ…」
きっと、こう言う。せっかく喜んでくれたのに、笑顔を曇らせる。
ざわざわと腹中の苛立ちが胸を圧迫して、ため息が出た。
努めて不機嫌そうに見えるような顔を造って、荒垣は寮の扉を開いた。
そして絶句する。せっかく取り繕った仏頂面も剥がれて落ちた。
荒垣を出迎えたのは三体の氷像だった。
「あ、アキ…。順平…。キタロー」なんだこれは?
「荒垣か。…おかえり。コロマルも」
荒垣はすんでに悲鳴を漏らすところだった。コロマルは尻尾を巻いて逃げた。
美鶴の声は冥府の底から滲んでくる瘴気のようだった。
「お前が用意してくれた菓子に、この三人は勝手に手を付けたのだ」
口を尖らせて、ゆかりが言い募る。
「荒垣先輩、ホワイトデーだからって、わざわざ焼いてくれたんですよね?
なのに、私らより先に食い散らすなんて赦せないです!」
“処刑”の二文字が延髄に炸裂して荒垣は声を詰らせた。
凍りついた真田の顔を見る。哀れさにため息が洩れた。先刻のため息より深い。
「山岸、すまねぇが風呂沸かしてくれ。…アイギス、手ぇ貸せ。こいつら運ぶ」
「自業自得ですよ。しばらくほっといたらいいじゃないですか」
変声期前の甲高い天田の声に、荒垣は我知らず苦笑を浮かべた。
「風邪でもひかれたら探索に支障が出る。だろ?」
思い出したように、やれやれと愚痴を零しながら荒垣は氷像を叩いた。
「ま、後でクッキーでも焼いてやる」