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暗い闇の中、その者は生まれる。
全てが無い世界に忽然と現れた彼は、自分の体も生まれた理由も知らず、ただ自意識
だけを宙に漂わせるのみである。
そんな彼が唯一出来ること、それは、漠然とした意識の奥底から湧いてくる声に聴覚
を傾けることであった。
多種多様なその声は決して自分に向けられたものではなかったが、聞いている内に彼
は理解した。
これは何者か一人が体験している声、あるいは体験したであろう記憶にある声である
こと。知らない世界が存在して、少なくともそこに自分以外の生き物がいること。
歓喜した彼は、このなにも無い世界から出られる手懸りも見つかるかもしれないと、
当分の間を、声の中で生きることにした。
その者はある時、一国の姫に仕える騎士だった。
平民の出だった彼だが、才覚に秀で、出で映えする容姿を持つために、本来は成り得
ない位を受けたのである。
国王からの信頼も厚く、後見人としても補した彼は、親密な姫との間柄にいけない噂
が立つほどであった。
事実、姫から胸中を語られたことも幾度かあった。騎士も思いは同じで、実に喜ばし
いことだった。しかし、自分の立場をわきまえる彼はその度に姫をいさめるのである。
そんな、幸せ鳴りやまぬ内の出来事だった。
国王が暝目し、姫がそのまま円滑に位を継ぐかと思われた矢先、昔に亡くなった叔父
王の息子を擁立するものが現れたのである。
この王位継承の争点は、伝説の剣にあてられた。
自国に語り継がれる話によると、初代国王が位に就く時に神から授かったという剣が
あるらしい。そして今回のような問題が起きた場合、その剣を手にする者が正統性を拳
証できるのだと。
現在、王家からは紛失しているその伝説の剣を、姫とその騎士は身を粉にして探した。