10/01/05 01:02:32 tCWEOhhj0
>現実にも凶悪犯に同情して獄中結婚する事例がありますが、だからといってその凶悪犯に
>「同情の余地」があったという事にはなりません。
単にその結婚した人の価値観では同情の余地があったというだけの話に過ぎない。
>時系列的にもロザリーの件がピサロの酌量の要素に当たらない
AがBに恋人を殺され、復讐のためBを殺した場合、情状酌量がなされるだろう。
たとえAが恋人を殺される以前からBを殺したいほど憎んでいたとしても、殺人を実行に
踏み切らせた一押しは恋人を殺されたという事実であり、酌量の要素にも同情の余地にもなる。
ピサロの場合も同様である。
>Q.そもそもピサロは人間ではなく魔族であり、人間とは違う価値基準を持っているはずです。
>人間の価値基準で彼らの所業を悪だと断じることはできませんよね?
>A..「ピサロに同情する」という意見も人間の価値観でのものです。
人間の価値観を適用できず、ピサロを悪と断じられなかった時点で、
「デスピサロは同情の余地なき悪党」という説は間違っている。そもそも悪党ではないのだから。
>「ピサロに同情する」と主張する時にはピサロを人間と同様の存在のように位置づけて自論を展開しておきながら、
>彼の行いを正当化する際には「ピサロは人間じゃなく魔族だから」と魔族の価値観について持ち出すのは、
>ダブルスタンダード以外の何物でもありません。
人間以外の生物に同情するのは普通で正常だが、このスレの「同情の余地なし!」のみが間違っている。
なぜなら、このスレでは同情の余地を、情状酌量の余地という意味で使っているから。
人間以外の生物に同情するのはおかしなことでもなんでもない。
が、人間以外の生物の情状酌量を検討するなどというのは、明らかにおかしなこと。
そもそも指している内容が違うため、ダブルスタンダードでもなんでもない。