09/07/23 23:59:35 qzu32CncP
『セフィロスがここにいる』
その言葉に秘められた絶望の重さが如何ほどか、私には量ることはできない。
不幸にして、あるいは幸いにして、私はその人物に出会ったことがないのだから。
ただ、眼前に立つ青年達の焦りと、隣に立つ賢者の表情を以って、察するだけだ。
「最低でもリルムと合流して、彼女の安全を確保したいんです!
『バリアの先の隠し部屋』に心当たりがあるならば教えてくださいッ!」
焦りを隠そうともせず、ラムザが捲くし立てる。
本来の姿であれば少女の居場所など容易く探し出せるのだが、今の私ではそうはいかない。
あるいは地上の建築物であれば、構造を思い出すこともできたが……
闇に覆われたこの世界は魔王の領域であり、天空の王座から視認できる場所ではなかった。
「そう言われても、我々はこの部屋の外は探索しておりませんからね……
リルムさんが特別な魔力を秘めたアイテムを持っているならば、話は別なのですが」
「特別な? ―そういえば、黒のマテリアを持っています!
サロニアの遺産と呼ばれたあのアイテムなら、きっと、相応の魔力が込められているはずッ!」
……マテリア? アレは確か、異界の生命と知識の結晶とやらではなかったか?
「まあ……やってみなければわかりませんし、試してみるとしましょうか。
ちなみに、どの時点まで、リルムさんと一緒に居ました?」
「城門のところまでは」
「では、そこから調べてみるとしましょう。
皆さんは一先ずここに留まって、もしもの時に備えてください。
逃げるところを襲われるよりは、万全の状態で戦いを挑む方が生き残れるでしょうから」
私はそう言って、部屋を出て行こうとした。
その時だ―銀の輝きが視界に移ったのは。
「ちょ、ちょっと待てよオッサン!
まさか一人で行くつもりか?!」
呼び止めたロックに、私は向き直り、笑顔を作りながら答えた。
436:神の悪意と掌の上で 2/9
09/07/24 00:00:55 qzu32CncP
「私一人が欠けたところで戦力的な問題はないでしょう。
むしろ、私の護衛のために戦力を割いて、各個撃破される方が危険です」
「いや、だけど……」
「なあに、いざとなったら逃げるから大丈夫ですよ。
これでも体力と逃げ足には自信があるんです」
どん、と胸を叩いてみたが、それでもロックは何か言いたげな表情で私を見やる。
しかし、彼よりも先に、ラムザが口を開いた。
「申し訳ありませんが、お願いします」
「ラムザ!」
「ロックさんの言いたいことはわかります。
けれど、この人の言うとおり、戦力を消耗する可能性は減らした方がいい」
「……」
納得がいかないといった様子で押し黙るロック。
弱い者を守ろうとする意思は立派だが、状況を判断する冷静さも、生き延びるためには必要だ。
「はっはっは、これぐらいしか役立てることなどありませんからね。
気になさらないでください。
あ、半刻経っても戻らなかったら、死んだと考えて下さって結構ですので」
私はそういい残して、今度こそ部屋を後にした。
魔王ピサロの居城、デスキャッスル。
天空の城にいた時も、人に紛れて下界で暮らしていた時も、ここに足を踏み入れる時が訪れるなど考えもしなかった。
ましてや一人で中を歩くなど、天空人達が聞いたら間違いなく腰を抜かすことだろう。
薄暗い城内に、コツン、コツンと足音が響く。
光を吸い込む素材で作られた廊下は、邪悪な気配に満ち、息苦しささえ感じる。
どうせなら、エルフの娘が好む内装に変えてしまえば良かったのに。
そんな無責任な感想を抱きながら、私は適当な所で足を止めた。
「さて……この辺りがいいですかね」
ここならば、誰の声も届かないだろう。
そして誰にも、私達の声を聞かれないだろう。
437:神の悪意と掌の上で 3/9
09/07/24 00:02:51 qzu32CncP
「セフィロスさんと仰いましたか。
そろそろ、姿を拝見させていただきたいのですが」
空気が張り詰める。
数秒の間を置いて、柱の影から押し殺した笑い声が響いた。
「……いつから気がついていた?」
足音どころか衣擦れの音すら立てず、銀髪の青年が姿を現す。
気配は見事なまでにこの城の空気に紛れ、歴戦を経た戦士の感覚すら欺ききることだろう。
『ほぼ』完璧な陰行術だ。
魔石を通じてロックを監視している時と、部屋を出る時に、長い髪の端をほんのわずか覗かせてしまわなければ。
「部屋を出る直前、ですかね。
しかし、私の後を追ってくるとは少々意外でしたよ。
てっきり、貴方はあちらの様子を伺うものとばかり思っておりましたので」
「仲間を囮にして逃げるつもりだったならば、賢い選択だと言いたいが―
少々、当てが外れたな」
抜き身の剣を手にしたまま、セフィロスは口の端をゆがめる。
ぼんやりと光る緑色の目と猫のような瞳が、彼の素性と、胸中に眠る邪悪な夢を雄弁に語っていた。
なるほど―中々に危険な男だ。
「逃げるというのは不正確ですね。
時間を稼いでもらっている間にこの城の主を呼びに行くつもりでいましたので。
偽りとはいえ、懐かしき我が家を無断で壊されては、ピサロ卿もさぞ不愉快になるでしょうしね」
「クックック……あの生意気な小娘は連れてこなくていいのか?」
「貴方の捜し求める黒マテリアと一緒に、ですか?」
私の言葉に、セフィロスはわずかに目を細める。
その表情、そしてわずかな殺気と無言は、肯定の表れと受け取って良さそうだ。
「私を追ってきたので、その可能性があると思い、言ってみただけなのですが……
大当たりのようですね。
ついでに、もう一つの目的も当ててみましょうか」
いつの時代でも、駆け引きというものは変わらない。
相手の行動から狙いを読み、その上で虚実を織り交ぜ翻弄し、
己が舞台に引きずり上げ、主導権を握った者が勝利するのだ。
そして―
438:神の悪意と掌の上で 4/9
09/07/24 00:04:52 YvPr7KSzP
「進化の秘法。―どうです?」
指を突きつけながら放った言葉に、セフィロスは静かに目を伏せる。
「……正解、と言っていいのだろうな」
彼は乗った。私の創り上げた舞台に。
「ラムザさんに戦いを仕掛けなかった理由が気になりましてね。
怪我をしているようにも見えませんから、この城での情報収集を優先したかったのかと。
そして、この城にあってもおかしくない書物で、貴方の目を引きそうなものとなると―
進化の秘法しか思いつきませんでした」
警戒心を崩すため、少しばかり大げさに身振りしながら、推論を披露する。
わざと隙を見せることも忘れてはならない。
『いつでも殺せる、故に、話を聞くことが先決』と思わせることが重要なのだ。
こうしてやれば、彼は―
「月並みな台詞で悪いが……命が惜しければ、秘法とやらについて教えるのだな」
剣を構え、喉元に狙いを定め、脅迫という手段で情報を聞き出そうとするだろう。
全て、思い描いた通りに。
だから私は、あえて作り笑いを消し去り、真っ直ぐにセフィロスを見つめた。
「教えずとも、既に貴方は見たのではないのですか?
闇の力に飲み込まれたまま死の淵に堕ちることで、不完全ながら進化を遂げた存在を」
闇による進化。その言葉で私の脳裏に浮かぶのはアーヴァイン一人。
しかし、傷つき倒れていった者達の中で、あるいは今生きている残り三十余名の中で、
闇に触れ、進化の兆しを見せたものがたった一人だけだとは考えにくい。
それに、闇を目視できる程度の進化しか知らぬのであれば、そこに力の可能性を見出しはしまい。
断言する。この男は、どこかで見たのだ。
アーヴァインとは比べ物にならないほど闇に侵された、限りなく完成形に近いイレギュラーを。
439:神の悪意と掌の上で 5/9
09/07/24 00:08:59 YvPr7KSzP
「過酷な環境に適応し、子孫を残すために、あらゆる生命が秘める力。
最終的には消滅に向かう物理法則の中で、ただ一つ、生という希望に向かう光。
それが本来の"進化の力"であり、進化の秘法もまた、元は命の可能性を引き出すための技術に過ぎませんでした」
己で用いたことはなくとも、理論ぐらいは知っている。
対抗策を編み出すには、対象となる術の知識が必要となるからだ。
退化の秘法というものは、ついに完成しなかったが。
「しかし……絶望、憎悪、畏怖、そのような暗き感情から生まれ、世界の理を否定し全ての有様を歪める―
"闇の力"を己が魂に取り込み、その上で内なる"生に向かう光"を完全に目覚めさせることができたなら、
それは不滅の生命を持ち、神をも超える存在に"進化"するのではないか。
そう考えた者が、進化の秘法を恐るべき邪法へと発展させたのです」
嘘で誤魔化す必要もない。
夢と欲望は、表裏一体。
勇者に道筋を示し、希望に満ちた未来へと導くことも、
邪悪な夢を煽り立てて手駒のごとく操ることも、本質は同じだ。
飾る言葉の違い、ただそれだけのこと。
「特別な術を施さずとも歪んだ進化を遂げる者が出るほどに、闇の力に満ちた世界。
そして、かつて魔王が進化の秘法を用いた大地を元にした、この世界。
進化の秘法を行うならば、これほどにうってつけの場所はありません。
―しかし」
私は言葉を切り、翠緑の目を真っ直ぐに見据えた。
「残念ながら、貴方の心は強すぎる。
今のままでは、進化の秘法の恩恵に与ることはできますまい」
時には希望をちらつかせ、時には絶望を垣間見せ、歩む道を狭めていく。
もちろん、選ぶのも、歩むのも、彼自信の意思。
しかし道を定めるのが私であるなら、行く末を決めるのはすなわち私の意志だ。
「ほう、どういう意味だ?」
「道具に頼らず、闇の力を取り込めるのは、心の弱い存在だけなのですよ。
闇は、心の隙間や欠落に入り込み、そこから同化していきます。
そのものが正義か邪悪かは問いません。隙があるかどうか、ただそれだけなのです」
440:神の悪意と掌の上で 6/9
09/07/24 00:14:57 YvPr7KSzP
私の言葉に、セフィロスは無表情のまま、『やはりな』と呟いた。
遥かに少ない情報しか持ち得ておらぬのに、そのことに気づいていたというのだろうか。
なるほど、ラムザやギードが恐れるだけのことはある。
果たしてこの城の主とどちらが賢しいのだろうか―そんな下らない疑問が脳裏をよぎった時だ。
セフィロスが一歩間合いを詰め、私の鼻先に得物の切っ先を突きつけたのは。
「残念だが……みすみす力を逃すほど、私は諦めのいい性格ではない。
ましてや『神を超える』などと聞かされれば、何としてでも欲しくなる」
「血気盛んなのですねえ」
ため息と、喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
力を手にして何を為す?
下らぬ夢を見るのは、魔王も人も同じか。
「……私の知る限り、己が心を弱める手段は一つ。
夢の貴方を分離するしかありません」
「夢?」
「人は誰でも、"夢に生きる自分"を持っています。
それを分離されれば、残された肉体は、弱い意志と自我しか持ち得ない―文字通り、夢の抜け殻となる。
その状態ならば、貴方の望む進化も遂げられることでしょう。
……なに、肉体を進化させた後、夢を呼び戻せば、精神は元に戻ります」
ここまでは真実だ。
偽りを混ぜるのは、この先。
「最も、今の私には、夢と現実を分かつだけの力はありません。
"カズスで青い飛竜に奪われた"、竜の紋章が刻まれた黄金のオーブ。
それさえあれば、貴方の望みを叶えて差し上げることもできますがね」
ドラゴンオーブは、間違いなくこの世界に存在する。
しかし、存在を確信している理由を言葉で説明することはできない。
『私が神でオーブが神の力だから何となくわかる』など、天空人相手でも戯言に取られる。
『持っていたが奪われた』、そういうことにした方が、話が早い。
それに、魔女の魔力に取り付かれ、下僕と成り果てた竜を、いつまでも放ってはおけぬ。
敵同士、喰らいあって潰しあえば重畳。
この男がドラゴンオーブを手にして舞い戻ってくるならば、それはそれで―
441:神の悪意と掌の上で 7/9
09/07/24 00:17:27 YvPr7KSzP
「―そこまで話す、貴様の目的はなんだ?
小娘や、仲間とやらの命を乞うためか?」
……確かに、それもある。
特にギードとクリムトがいなくなれば、首輪の解析は限りなく不可能に近づくだろう。
だが、それだけではない。
「私の最終的な目的は二つあります。
一つは幼き私を育ててくれた魔女のために、彼女が愛した大地を守ること。
そしてもう一つは……"魔女"の称号を汚した愚かな人間を滅ぼすこと。
その夢を達成できるならば、手段など問いませんよ」
私怨に走ることが許されぬ立場であることは百も承知だ。
しかし、それでも、アルティミシアの存在は許すことが出来ぬ。
世界の在り様を歪め、運命を歪め、私の知る"魔女"と"勇者"の命を絶った人間を捨て置くことなど出来るはずがない。
あの女を滅ぼせるならば、私は魔王とも手を組んでみせよう。
「貴方の星と、私の世界は、本来であれば交わることのない位置に存在している。
あの忌まわしき魔女さえ滅びれば、私の夢は叶うのです。
貴方の星が滅びようが、そちらに住む人間が死に絶えようが、それは私の知ったことではありません」
私の言葉に、セフィロスは目を伏せた。
微動だにしなかった切っ先が、ゆっくりと下がっていく。
「フン……私が貴様の言うなりになって、魔女を倒すと思うか?」
「魔女に仕えることを選ぶ傀儡ならば、最初から力など求めないでしょうよ」
肩を竦めて見せながらそう答えると、彼は、「確かにな」と己を嘲笑うかのように言った。
「良かろう。貴様の誘い、乗ってやる」
442:神の悪意と掌の上で 8/9
09/07/24 00:20:25 YvPr7KSzP
「……信じてくれたのはありがたいですが、途中で裏切るとは考えないのですか?」
「その時は貴様の首を貰い受けるまでだ」
私の問いに、セフィロスは漆黒の衣装を翻しながらそう答えた。
自らに対する絶対的な自信と、傲慢と謗られるべき態度を正当なものとする実力。
揺るぎなき心に抱きし邪悪な夢さえなければ、まさしく英雄と呼ぶに相応しい男だ。
・・・・・・・
そう、『夢さえなければ』―
剣士は音も無く闇に溶けて行く。
その後姿を見送ってから、私は小さく息を吐いた。
上手いこと、ドラゴンオーブに関心を向けることができたといえ、黒マテリアとやらへの執着は失っていないようだ。
『多少の犠牲』は厭わないが、『余計な犠牲』を出すことは私の本意ではない。
ここの城主が傍にいるなら心配はないが、そうでないというなら、早めにリルムを保護してやらねばな。
【セフィロス
所持品:村正 ふういんマテリア いかづちの杖 奇跡の剣 いばらの冠 プレデターエッジ
第一行動方針:ドラゴンオーブを探し、進化の秘法を使って力を手に入れる
第二行動方針:黒マテリアを探す
最終行動方針:生き残り力を得る】
【現在位置:デスキャッスル1F→移動】
【プサン(左肩銃創) 所持品:錬金釜、隼の剣
第一行動方針:リルムを探す
第二行動方針:アーヴァインが心配/首輪の研究
基本行動方針:仲間を探しつつ人助け】
【現在位置:デスキャッスル1F】
443:神の悪意と掌の上で 9/9
09/07/24 00:21:28 YvPr7KSzP
【ギード(HP2/5、残MP1/3ほど)
所持品:首輪
第一行動方針:セフィロスの対策を練る
第二行動方針:首輪の研究
第三行動方針:アーヴァインが心配/ルカと合流】
【クリムト(失明、HP2/5、MP2/5) 所持品:なし
第一行動方針:???
第二行動方針:首輪の研究
基本行動方針:誰も殺さない
最終行動方針:出来る限り多くの者を脱出させる】
【ロック (左足負傷、MP2/3)
所持品:キューソネコカミ クリスタルソード 魔石バハムート 皆伝の証、かわのたて
魔封じの杖、死者の指輪、ひきよせの杖[0]、レッドキャップ、ファイアビュート、2000ギル
デスキャッスルの見取り図
第一行動方針:セフィロスの対策を練る
第二行動方針:ギード達の研究の御衛
第三行動方針:ピサロ達、リルム達と合流する/ケフカとザンデ(+ピサロ)を警戒
基本行動方針:生き抜いて、このゲームの目的を知る】
【ラムザ(ナイト、アビリティ:ジャンプ・飛行移動)(HP3/4、MP3/5、精神的・体力的に疲労)
所持品:アダマンアーマー、ブレイブブレイド テリーの帽子 英雄の盾 エリクサー×1
第一行動方針:リルムを見つけ、セフィロスから逃れる
第二行動方針:アーヴァイン、ユウナのことが本当なら対処する
最終行動方針:ゲームから抜ける、もしくは壊す】
【現在位置:デスキャッスル2Fの一室】
444:名前が無い@ただの名無しのようだ
09/07/30 12:38:02 sTbxLWA8O
ほしゅ
445:迷走ロンド ―A「彷徨」― 1/4(21)
09/08/03 23:53:13 NlJtPbhzP
『ヘンリーが、一人で?』
花弁の向こうから響く声には、当然のように戸惑いの色がにじむ。
「しょうがねえだろ? あの状況で止められるかよ」
サイファーは細い茎を握り締め、遠くに居る―彼にしてみれば目前にいる―相手に聞こえるように、舌を打った。
『……あんたがそう判断したなら、仕方ないんだろうな。
で? ターゲットは見つかったのか?』
「間抜けなことを聞くんじゃねえよ!」
見つかっていたらとっくに連絡している。
そう言い放ってから、サイファーはひそひ草をコートの内側に仕舞う。
僕はため息をつき、ヘンリーと、スコールの無事を祈りながら、周囲をぐるりと見回した。
「どこにも居ませんね」
「どうせ、最初ッから追ってなんかいなかったんだろ?
そうじゃなけりゃ、どっかですれ違ったか、だ」
破邪の紋章を刻んだ刀身が、持ち主の身長すら凌駕するほどに伸びた草達を薙ぐ。
限りなく茂みに近い草むらは、かつても仲間との連携を阻み、魔物の襲撃を助けていた。
この領域の主と同じだ。―人間にはやさしくない。
「後者でないことを祈りましょう」
僕はそう呟いて、行く手を阻む草を押しのけた。
……どれほど歩いただろう。
急に、視界が開ける。
群生する草が途切れ、平野に出たのだ。
南を向けば、茫洋とかすみ、豆粒のように小さく見えるものの、架け橋の名を関した塔が聳え立っている。
反対側を見やれば、天に仇名す剣のごとき山と、塔と同様ミニチュアサイズの城影がある。
「あれが例の―ロザリーの彼氏の持ち家か?」
サイファーが呟いた。
意味合いは間違っていないが、正直、その表現はどうかと思う。
446:迷走ロンド ―A「彷徨」― 2/4(21)
09/08/03 23:55:19 NlJtPbhzP
「デスキャッスル。魔王ピサロの居城にして、魔族の本拠地です。
さすがに魔物は居ないでしょうが……この城自体が、人を拒む造りになっています」
「回りくどい言い方なんざしなくていい。
要するに、罠だらけってことだろ?」
サイファーは自信たっぷりに笑いながら、大げさに両手を広げる。
「魔王と裏切り者を捕らえに、罠に飛び込む若き勇者二人……
映画だったらクライマックスのシーンだぜ」
くるくると剣を回しながらポーズを決めるという道化じみた所作。
しかし、彼の顔に浮かぶ不敵な笑みと、双眸に宿る光が、滑稽さというものを完全に打ち消していた。
(勇者二人……かあ)
勇敢なる者、という意味でならば、サイファーもまた確かに勇者と呼べるのだろう。
一瞬、自分の装備を身につけたサイファーを想像してしまったのは内緒だけれど。
「…何、にやついてんだ?」
「あ、い、いや、何でもないです」
目が合った。
僕は慌てて首を振り―それから、ふと、それに気づく。
どこからともなく聞こえる、ぼそぼそとした声。
「あの、サイファー、ひそひ草は?」
「あ? もちろん、ここに仕舞って……」
そう言いながら、彼はコートの内側に手を伸ばし―
花弁が僕の視界に現れた途端、聞こえるはずのない声が響いた。
『ソロ! サイファー! 無事か!?』
「ヘ……ヘンリー?!!」
珍しく、サイファーが狼狽する。
そりゃあそうだ。タバサを追っていったヘンリーさんが、なんで、ひそひ草の片割れを持っているのだ?
混乱する僕らを他所に、草はかすかな物音を伝え、そして、
『落ち着け、三人とも』
スコールの冷静な声が、ため息混じりに響いた。
447:迷走ロンド ―A「彷徨」― 3/4(21)
09/08/03 23:57:28 NlJtPbhzP
――
「……つまり、こういうことですか?
僕らはピサロ達と行き違いになり、タバサちゃんの説得は失敗し、
君の偽者がターニアと一緒にいて、ピサロがそれを追いかけて、
それでヘンリーさんとアーヴァインと、リルムちゃんって子が、祠に戻ってきたと」
『そうらしい。……正直、俺にも把握しきれていないがな』
額を押さえながら言った僕の言葉に、呆れ交じりの返事がかけられる。
ちらと隣を見てみれば、サイファーは不機嫌極まりない様子で、左足のつま先をとんとんと地面に打ち付けていた。
「無駄骨になってしまったわけですね。
せっかくデスキャッスルの近くまで辿り着いたのに……」
さすがに、ため息が止まらない。
しかし『そんなことはない』と、スコールが言った。
「いや、無理に慰めてくれなくてもいいですよ。
すれ違ったことに気づかなかった僕らのミスですから」
『そうじゃない。
あんた達には、そこからさらに西に移動してもらいたい』
「え?」
当惑する僕に、スコールの声はあくまでも冷静に告げる。
『ティーダとユウナ、それにロザリーと…テリーだったか。
アルガスの話じゃあ、その四人が、デスキャッスルから西に向かったらしい。
帰還する前に、そいつらの保護を頼みたい』
「ロザリーが!?」
448:迷走ロンド ―A「彷徨」― 4/4(21)
09/08/03 23:58:54 NlJtPbhzP
エルフの少女の名前に、サイファーは僕の手からひそひ草をひったくる。
「おい、その話、マジなのか?」
『リルムがとんでもない手段で脅してくれた上で聞いた話だ。
信用していいと思う』
「なんだ? そのとんでもない手段ってのは」
『アルガスの似顔絵を書いてみせた上で、本当の事を喋らないとアーヴァインの似顔絵を描くってな。
……全く、子供ってのは大人以上に残酷だ』
「似顔絵だぁ?」
何を言っているのかわからない、といった様子で、サイファーは頭を横に振る。
「元からクソ生意気でいけすかねえ上、子供の絵を見てブルっちまうようなチキン野郎、
そいつの言うことを信じてさらに西に行けってのか?!
余計な無駄足を踏まされるだけじゃねえのか?」
『その四人組がいなくても、他に保護すべき相手がいるかもしれないだろ。
エリアとか、……な』
「ハッ! 自分から殺人鬼についてった女なんか保護してどうすんだ」
サイファーは肩を竦め、それから僕を見た。
青い瞳は、どうする? と問いかけていた。
「……行ってみましょう。
リュックのためにも、ピサロのためにも、そして僕らのためにも」
449:迷走ロンド ―B「帰還」― 1/5(5/21)
09/08/04 00:01:51 NlJtPbhzP
ヘンリーと別れた。
その判断が正しかったのかどうかは、多分、放送まで待たねばならないのだろう。
少なくとも俺はそう思ったし、たまたまこちらの様子を伺いに来ていたバッツも、
「早まった真似にならなきゃいいけどな」
と、零したほどだ。
しかし現実は、俺達の予想を簡単に嘲笑ってくれた。
「おーい、スコール! 戻ったぜー!」
まるでどこぞの大統領のように軽い声が、上階から響いた。
俺とバッツは当然のように顔を見合わせ、同じタイミングで同じ言葉を口にした。
「「なあ……今の声、ヘンリーだよな?」」
しばしの沈黙。
俺の物真似でもしてるのか、と言いたくなるのを堪えながら、代わりに指示を出す。
「……バッツ。悪いが、確認してきてくれ」
だだだだ、と硬い石畳を蹴って、走り去っていくバッツの後姿を見やりながら、俺は額に手を当てた。
タバサという少女を追ったというヘンリーが、何故、こちらに戻ってきたのか。
考えられる理由は三つ。
その少女を保護することに成功したか、帰還は可能だが再合流することは出来ない程度の怪我を負ったか。
あるいは―少女とは別の、保護対象を見つけたか、だ。
そして最後の可能性であるとすれば、その、保護対象は……
「うわ! ホントに居たぁ!」
甲高い声が俺の思考を遮る。
面を上げてみれば、絵描きのようなベレー帽をかぶった金髪の少女が、目をまんまるくして立っていた。
その後ろには、苦笑というにはぎこちない笑みを浮かべたヘンリーとバッツがいる。
「キモチわるーい。分裂してるみたい」
初対面のはずの少女は、真っ直ぐ俺を見つめたまま、好き勝手なことを言っている。
きもちわるい、だと? ……一体俺が何をした?
分裂ってなんだ? 単細胞とでもいいたいのか? ところで誰が単細胞だ。
こちらの釈然としない表情に気づいたのか、ヘンリーが口を開く。
450:迷走ロンド ―B「帰還」― 2/5(6/21)
09/08/04 00:04:42 NlJtPbhzP
「なんか、この子、お前の偽者を見かけたらしいんだ。
ターニアと一緒に居たらしい、ってんだが」
「らしいじゃなくて、居たの!
モヤシだってピサロだって見たって言ってるでしょ?
ジャクネンセーチホーショーなんじゃないの?」
ずいぶんとまあ、口の減らない子供だ。
そういえば誰かに、そんな奴の話を聞いたような気が……
「……リルム?」
そうだ、そんな名前だったな、と俺が思い出すより早く。
少女は声の主に気づき、そして、弾丸のように飛びついた。
「マッシュ! マッシュ!!」
満面の笑みは、しかし、すぐに陰り、泣き顔へと変わる。
強がりが剥がれ落ちて、本当の心が出てきてしまったのか。
それとも、マッシュの右腕に気づいたのか。
あるいは両方ともが理由なのか―俺にはわからない。
「良かった、無事で……本当に良かった」
マッシュはそういって、左手で少女の髪の毛をくしゃくしゃとなでた。
「なあ、今まで誰と一緒にいたんだ?」
その問いに、少女は両手で目を擦りながら、答える。
「んとね、最初はロランってにーちゃんと会って、それからゼルってトサカ頭やユウナ達が一緒になったの。
それからユウナのカレのティーダってニブチン男と、アーヴァインってヘタレのモヤシがついてきて、
それからテリーに会ったんだけど、緑のプリンに乗っかった魔物とキョーボーまな板女に襲われて、それから……」
「「ち ょ っ と 待 て」」
……今度はマッシュと台詞が被ってしまった。
無邪気に喋っていた少女は、遮られたことが嫌だったのか、ぷうと頬を膨らませる。
「何よ、まだ途中なのに」
「待て待て待て待ってくれ。
今、アーヴァインって奴の名前を聞いた気がするんだが、俺の気のせいか?」
無理やり笑顔を作りながら―完全に引きつって口の端が痙攣している、普通の子供なら泣くぞ?―マッシュが問いかけた。
リルムはきょとんとした表情で、人差し指をくわえる。
「気のせいじゃないよ? 今も一緒だし。
ヘタレでいろいろあぶねーヤローだけど、悪いのは全部ケバケバおばさんだもんね!」
451:迷走ロンド ―B「帰還」― 3/5(7/21)
09/08/04 00:07:50 /uSUQCr2P
ケバケバおばさん……アルティミシアのことか。
そんな一番どうでもいい下りに反応してしまうぐらい、どこから問いただせばいいのかわからない。
呆気に取られる俺とマッシュと、ついでにバッツを気にも留めず、リルムは何故か、えっへんと胸を張ってみせた。
「魔獣使いの才能もあるリルムさまにかかれば、ケバケバおばさんのセンノーを解くなんて朝飯前だもん!
ヒゲがなくたって、いざとなったら操り返してやるもんね!」
「……あー。ずいぶんげんきなお子さんだな、あんたの仲間」
バッツが呟いた。完全に棒読み口調だが、気持ちはよくわかる。
俺は頭を抱えるマッシュと、ひたすら苦笑を浮かべるヘンリーを見やり、そしてあることに気づいた。
「アーヴァインはどうしたんだ?」
リルムは言った。『今も一緒にいる』と。
しかし、この場には、あいつの姿はない……
「外で待たせてる。二人で話したいこともあると思ってな」
答えたのはヘンリーだった。
右手で後ろ髪をがりがりと掻きながら、反対側の手をくいっとひねり、親指で部屋の外を指し示す。
思惑を察し、俺はゆっくりと立ち上がった。
そして、マッシュとバッツに目配せしてから、ヘンリーと共に回廊部分へと出た。
「……で、どうしたんだ?」
淀んだ空気と暗闇が占める通路で、俺は改めてヘンリーに問う。
部屋に残してきたリルムや、さらに奥に居るアルガスが聞きつけないように、あくまでも小声でだ。
「なあ。アルガスが言ってた事、覚えてるか?」
ヘンリーの意図を掴めなかった俺は、「は?」と間抜けな声を返すしか出来なかった。
アルガスが言っていた事といえば、ユウナのことと、アーヴァインが俺を呼んだことぐらいしか思いつかない。
値踏みをするように、あるいは探るように、ヘンリーは躊躇いがちに言葉を継いだ。
「人が化物になる病気、なんてあると思うか?
アンデッドとかじゃなくて、さ」
俺は首を横に振った。
アンデッドモンスターを除けば、人が化物になるなんて、映画か御伽噺の中だけだ。
ヘンリーは俺の仕草にため息をついてみせたあと、ゆっくりと話し出した。
452:迷走ロンド ―B「帰還」― 4/5(8/21)
09/08/04 00:09:04 /uSUQCr2P
「あいつが言っていたんだ。
この世界には、そういう病気が流行っていると。
……弟も、タバサも一緒で、手遅れだと」
(あいつ?)
「アーヴァインだよ」
俺の思考を呼んだかのように、ヘンリーはその名を口にした。
眉をひそめた俺の前で、彼は腕を組み、右手の人差し指でとんとんと自分の衣服を叩き出す。
「アルガスはあいつを化物と呼び、あいつは化物になる病気があると言った。
……これは偶然なんだろうか?」
翳った瞳と、寄せられた眉に、俺はかける言葉を見失う。
短い沈黙を破ったのは、行く手にわだかまる闇の中から響いた、かすかな笑い声だった。
「偶然じゃないよ、きっとね」
こつん、と石畳が音を立てる。
そして、純粋に懐かしいとは喜べない声が、静かに反響する。
「待ちくたびれちゃった。
リルム、一緒に待つって言ってくれたのに、無理やり連れてっちゃうしさ」
姿は見えない。
けれど、気配はある。声もする。
光さえあれば、十数メートルほど離れた先に、あいつの―アーヴァインの姿を見て取れたのだろう。
「中に、あの子の知り合いがいてな、早く会わせてやりたかったんだ。
それに、お前をいきなり連れてったら、袋叩きにされても文句言えないだろ?」
ヘンリーの言葉に、闇の奥に立つ男は「まあね」と答えた。
453:迷走ロンド ―B「帰還」― 5/5(9/21)
09/08/04 00:11:20 /uSUQCr2P
俺は一歩近づく。
二歩、三歩と、脚を進めるうちに、行く手にうすぼんやりと白い影が浮かぶ。
けれど、通路の向こうで足音がした。
見えていたはずの影が、また、闇に溶けていく。
「まみむめも! スコールはんちょー。
久しぶりの再会を祝って……ってのは冗談だけど、二人きりで話したいことがあるんだ。
外で待ってるからさ、すぐに来てよ」
―くすくす。
喉を鳴らすような笑い声もすぐに消えた。
遠ざかっていく足音は、奴の言葉どおり、出口の方へと向かっていく。
俺はため息を一つついてから、ヘンリーを見やった。
「すぐに戻る。こいつを預かってくれ」
渡したのは、絶対に奪われてはいけないもの。
つまり、ライオンハートとGFを除く武具であり、連絡を取るために必要なひそひ草だ。
「……スコール」
ヘンリーが俺を見つめる。
大丈夫か―緑の瞳は、そう問いかけていた。
だから俺は頷いた。
あいつの目的が何であろうと、人の命を奪う真似だけはさせないという決意を込めて。
454:迷走ロンド ―C「帰還」― 5/5(9/21)
09/08/04 00:12:11 /uSUQCr2P
闇の果て、わずかに開かれたままの扉に手をかけて、押す。
どこか赤みがかった光と、生ぬるい風が、身体を包む。
むせ返りそうな独特の匂いと、踏みしだかれた草の中心―
そこに、あいつはいた。
いつもの自信に満ちた笑みの代わりに、青白い能面のような表情を張り付かせ、
何かを憂うかのような瞳を、じっと折れた草に向けていた。
ぼさぼさになった長い髪を整えようともせず、ところどころ破けた衣服は乾いた血と泥で汚れ、
俺の記憶にある"あいつ"の姿とは、あまりにもかけ離れていた。
だが、それでも、こいつがアーヴァインだと思えたのは……
「ちょ……なんか、顔色悪いけど、大丈夫?」
そう言った時の表情だった。
狼狽を隠そうともせず、目を見開いて、おろおろと手を差し伸べる仕草は、記憶の中のあいつと同じだった。
「数時間前に毒を食らっただけだ。
解毒もしたし、命に関わるほどじゃない」
「……解毒してるのにそんな真っ青になる毒って、すんごい心当たりがあるんだけど。
もしかして、イクサスとか、バーバラにやられたんじゃないの?」
「いいや。サックスって名前の、赤髪の男だ」
無駄な情報を与える気などなかったのに、気づけば口が動いてしまう。
「サックス……だったらやっぱり、イクサスから奪った毒薬だと思う。
無理しないで座った方がいいよ」
「いや、いい」
アーヴァインの勧めを断ったのは、俺の中にある猜疑心の、最後の抵抗だった。
アルガスの恐怖と、ヘンリーの疑問と、そして何よりこいつ自身が口にした言葉―
それが、こいつに対する警戒を崩す事を執拗に拒んだ。
俺はライオンハートの先端を地面に突き刺した。
杖の代わりに身体を預け、ふう、と息をつく。
同時に、ざくっ、と草を踏み潰す音がした。
顔を上げると、いつの間にかアーヴァインはそっぽを向いていて、一歩、二歩と、足を動かしていた。
455:迷走ロンド ―C「現実」― 2/10(11/21)
09/08/04 00:13:26 /uSUQCr2P
「最初はね、謝ろうって思ってた」
踏まれて折れた茎の間から、赤紫や緑白の液体がにじむのが、やけに鮮明に映る。
そこから視線を上にずらしていけば、斑に染まったローブの裾から垢と泥に塗れた右手が伸び、
名も知れぬ草の天辺から白い花のようなものを摘み取っていた。
「ちゃんと、頭下げて、ごめんねってさ―」
アーヴァインは器用に左手だけを使って、花びらを裂いていく。
右腕はぶらぶらと垂れ下がったままだ。
折れているのだ、と思い当たるまでには、さして時間はかからない。
「でも、やっぱり止めた。
嘘ついて誤魔化すとか……そんなことをしたら、余計に戻れなくなるだろ?」
そう言った、あいつの指の間で、花が悶えた。
雄しべに見えたものがうぞうぞと蠢き、残り僅かな花びら―ベルベットのような薄い羽から、大量の燐粉を撒き散らす。
それは、虫だった。
青空の無い世界でどんな進化を遂げたのか、蛾の羽と、蜘蛛と同じ数の脚と、蟻の体を持つ、掌サイズの虫。
それをアーヴァインは捕まえて、玩具を壊す子供のように甚振っていたのだ。
あからさまに楽しんでいる風でもなく、嫌悪を抱いている風でもなく、ただ、呼吸をするように。
でたらめにもがく脚を、伸びた爪で弾いて千切り取り、びくんびくんと暴れる腹を、掌でゆっくりと押しつぶしていく。
「今更、仲間だの友達だの、なんて持ち出せないことはわかってる。
それでも―教えてほしいんだ」
振り向いたあいつの顔は、限りなく自嘲に近い、寂しげな笑みを刻んでいた。
その一方で、あいつの手の中は、虫の上半身がひときわ大きく身を捩った。
ぱきゅっ、と硬い音と同時に、緑色の体液と潰れた中身が指の隙間から零れ出す。
ぐったりとうなだれた頭を、アーヴァインの右手は解放しようとしなかった。
短くなった鉛筆を繰るように、残った部分をすっぽりと包み込み―同じように、握りつぶした。