卓上ゲーム板作品スレ その2at CGAME
卓上ゲーム板作品スレ その2 - 暇つぶし2ch400:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:13:24
投下終了です。
たったこれだけなのに、レス数が厳しい。
くっ、分割分割で投下しないと厳しそうですね。

竜の巻はまだ続くのですが、今回はこれまで。

ご支援ありがとうございました。


401:NPCさん
08/10/08 20:02:50
>泥の人
GJー。じーちゃん危ねぇことするなぁww

アンゼが世界魔術協会として声かけたってことは魔術協会として所属しろってことなのかな?
ロンギヌスとしてじゃないってのがやや安心だけれども。
竜作さんは歳老いてもカッコイイ。さすがくどーちゃん(違)!

読めるのはすごくうれしいですが、
ここは本当に投下するには規制厳しいんで、一括投下するならたぶん別所の方が……(汗)

402:NPCさん
08/10/10 07:59:03
じいちゃん変身するとなぜか若返ってたよな

403:mituya
08/10/10 23:13:41
遅ればせながら、泥の方GJです! おじいさん、すごい………vv

え~と、“裏切り”のほうですが、この三連休で完結できたらよいなあ、とか画策中なんですが、
書いててちょっと疑問が………

アンゼロットが第八世界にスカウトされた時期の公式設定ってありましたっけ?
ルルブにも載ってないですよね………? エル=ネイシアとかで出てたりしましたっけ?


404:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/10 23:41:47
>>403
んーと、具体的な時期は不明かも?
でも、大体アンゼロットが男の奪い合いで死亡したあとのはずだから、エル=ネイシアでアンゼロットが死亡した後~現在のNWまでの間しか分からないね。
エル=ネイシアを持ってないので詳しいことが分からないです。ごめんなさい。
それと、一時前ぐらいには龍の巻の続きを投下出来ると思います。

ひりゅ~(勝手に命名)さんも頑張ってください!

405:mituya
08/10/11 00:09:57
お返事ありがとうございます!
自分もエル=ネイシア持ってなくて………持ってる友達に聞いても載ってない、と(汗)
………今回はMY設定で行かせて貰います! ………って、今更ですね、MY設定(汗)

えーと、こちらの投下は早くても明日の午後かと………
が、頑張って早く上げれるようにします(汗)

406:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 00:59:45

 調身、調息、錬気。
 錬気法。
 その基本にして正道。
 姿勢を正すこと、調身。
 練り上げるために、呼吸を乱れなく行うための姿勢。
 呼吸を整え、調息。
 気息を整え、閉息し、息吹を発す。
 忘我の領域に入り、丹田の氣を練り上げる。
 皮膚は血を包み、血は肉を満たし、肉は骨を覆い、骨は筋を整える。
 乱れることなかれ。
 歪めることなかれ。
 違えることなかれ。
 先天の氣を全身の経絡より巡らせる。
 骨格により整えられ、全身に張り巡らされた血管と筋の複合器官によって全身に流す。
 後天の氣を呼吸より取り込む。
 丹田に存在力、すなわちプラーナを練り上げて、丹田に溜め込んでいく。
 二天の氣を混じり合わせて、体中に流し込み、グルグルと流転させながら練り上げる。
 さらに、さらに、さらに。
 己の氣を大地と見立て、外界の氣を天に見立て、天地流動、森羅万象、流れるが如く、激流の如く、或いは清流の如く、流して、練り上げ、整える。
 大地に染み込んだ水は蒸発し、天へと還り、雨となって大地に降り注ぎ、再び地を満たす。
 森羅万象。
 その全てが流転。
 巡り、巡らし、流れる氣の行く先。
 大いなる万物の流れ、それらに器を与え、我らは龍と呼ぶ。

407:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:00:46
 己の中に万物を内包し、流転させながら、己が森羅万象そのものと目指して、鍛錬を続ける。
 力が満ちる。
 心が満ちる。
 張り裂けそうになる、空気の詰まった風船のように充実し、骨が、肉が、血が、皮膚が軋みだす。
 破裂しそうな血管、整えられ、氣を乗せた血流は轟々と血管の中を荒れ狂い、荒れ狂う。
 それを整えるのが気息。
 荒れ狂う龍を宥めすかし、己の経絡を整え、血流を把握し、呼吸を持って己が五臓六腑を掌握する。
 そうして、ようやく使い手は己が力を振るう資格を得るのだ。

「ふぅ」

 気息を整えながら、氣を巡らせ続けた“少女”が目を見開いた。
 その額には汗が浮かび、全身にびっしりと汗が噴き出していた。
 それは美しい少女だった。
 動きやすい武道着を身に付けた少女。
 色素の抜けた茶髪をツインテールに結い上げて、身動き一つ取らずに道場の真ん中で構えを取ったまま動かない。
 微動だにせずに、静止し続けている。
 時間にして一時間ほどにも渡り続けている。
 ただ規則性のある呼吸を続けて、その度に珠のような汗を流していた。
 運動力学的にはどこにも熱量を生み出すような動作をしていないのにも関わらず、少女の吐く息は熱く、その身から立ち上る陽炎の如き水蒸気はフルマラソンをした陸上選手のようだった。

「……ふむ」

 そして、その様子を見ていた人物が一人居た。
 どこか紫色を帯びた銀髪の女性。
 年齢化すれば二十代半ばぐらいか、長身のふくよかな体つきの女性が涼しげな中華服を身に付けて、佇んでいた。

「練りはそこそこよくなったのぉ。よし、やめていいぞ」

 パンッと女性が手を叩くと、同時に少女が息吹を緩やかに弱めて、ふぅーと己の気息を乱さぬように体中を弛緩させた。

408:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:03:48
 パンッと女性が手を叩くと、同時に少女が息吹を緩やかに弱めて、ふぅーと己の気息を乱さぬように体中を弛緩させた。

「つか、れたぁ」

 丹田の練り上げを止めて、少女がだらりと息を吐いた。
 練った氣は充足させたまま、へ垂れ込む。
 ここで霧散させるようなことをすれば、横に立つ女性―少女の“祖父”からの叱咤が飛ぶのは明白だったからだ。

「なんじゃだらしない。高々一時間程度の錬気でへこたれるのか」

「無茶言わないでくれよぉ」

 ぐでーと疲れたまま、答える孫の言葉に女性はため息を吐くと―呼吸を整えた。
 調息の息吹、閉息に繋げて、錬気の工程をこなす。
 その呼吸音を聞きつけた瞬間、少女の反応は早かった。

「ちょ、まっ!」

 飛び退ろうと立ち上がる少女―その額が“仰け反った”。
 パンッとデコピンでも食らったかのような姿勢、されど誰も手に触れていない、ただ激痛の呻き声が上がった。

「いったー!!」

「やれやれ、この程度も見切れんのか―龍之介」

 “竜之介”、そう呼ばれた少女に、ピンッと虚空に指を突き出した彼女の祖父―藤原 竜作は呆れたように声を上げた。
 少女―藤原 竜之介。
 女性―藤原 竜作。
 彼女達は“男性”である。
 されど、その姿は歳若き少女であり、妙齢の女性でもあった。

409:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:06:14
 別段女装をしているわけでもなく、その体は確かめる必要もなくれっきとした女性のもの。
 何故そのような状態なのか?
 それは彼らの一族に大体伝わる特異体質が原因だった。
 彼らが伝える気功武術、九天一流。
 その開祖である一人の女性龍使い。
 その子孫は類稀なる良質のプラーナを保有し、ウィザードを多く排出する家系であったが、開祖の龍使いに何らかの遺伝子欠陥があったのか、それとも外的要因か。
 自身の肉体の心拍数、それが一定以上にまで上がるとその性別を女性へと変質させてしまう呪いじみた体質を持っていたのである。
 故に本来は男である竜之介は自身と同じ年頃のうら若き少女となり、竜作は自身の年齢とは関係ないのか老体の身でありながら若返ったかのように二十代半ばの女性へと変身する。
 竜之介はその特異体質に以前から悩んでいたが、唯一の解決策だったかもしれないとある宝玉を己の意思で手放し、今は諦め半分で過ごしていた。

「ほれ、さっさと立ち上がらんか。組み手をするぞ」

「へーい」

 竜之介は赤くなった額を摩りながら立ち上がると、竜作と対峙するように足場を移動し、構える。
 距離は大体五メートル。
 龍使いならば一足で踏み入り、攻撃を交わせる間合い。
 けれども、竜作はその位置から脚位置を組み替えて、すらりと綺麗に両足を並べて立つと、静かに告げた。

「上達の程度を見てやろう。ほれ、この位置から動かんからかかってこい」

 くいっくいと手の平で誘いながら、その本来の性別と年齢を知らなければ魅了されそうな妖艶な微笑を浮かべる竜作。
 それにカッと来たのは竜之介だった。

「余裕ぶっこきやがって! これでも、魔王級エミュレイター倒したんだぞ!!」

 自惚れではない自信があり、自負がある。
 鍛錬は続けていた。
 一時間もの錬気の果てに、氣は充足している。
 だんっと踵で床を踏み締めると、その反発力でロケットのように竜之介が前に飛び出し―

410:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:08:48
「ほれ」

 パンッと空気が破裂するような音と共に竜之介の頬が打たれた。
 手の届かぬ位置、そこで竜作が無造作に手を振るった。
 それだけなのに、竜之介の頬には確かな衝撃があった。
 出掛かりを潰されて、僅かによろめきながらも、錬気を練り上げ、さらに踏み込もうとした瞬間。

「立ち直りが遅い」

 竜作の両手が閃き、蝿でも払うかのように大気を叩いた。
 パンッ、パンッ、パンッと見えない太鼓を叩いているかのような音。
 その度に竜之介の体がくの字に曲がり、ベコリと一瞬体に手の平方の陥没が浮かんだ。

「こ、のぉ!」

 気息を発し、神経をさらに過敏化させながら、竜之介が不意に大気に向けて手を打ち込んだ。
 奇しくも同じパンと竜作が音を鳴らした瞬間。
 二つの大気の爆ぜる音に、爆竹のような音が鳴り響き、閉ざされたはずの道場の中で大気が渦巻いた。

「ワシの伏竜に反応したか」

 いつもよりも早く反撃を開始した孫に、嬉しそうに竜作が微笑む。

「はっ! 伊達に毎度殴られてねーよ!」

「ならば、少し本気でいくぞ」

 息吹を発しながら、竜作の手が緩やかに構えられて、その腕の動きはまるで舞いでも踊るかのように優雅に円を描く。


411:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:11:23
「へ?」

「むんっ!」

 息吹を僅かに発し、練り上げた氣を持って、見極めた大気の打点―道場内の気圧、寒暖差の流動、見えぬほどに細分化された大気を構成する成分を見極め、衝撃を浸透させるのに最適なポイントを見抜き、殴りつける。
 その際に振るわれた脱力した腕はどこか優雅に、インパクトの瞬間引き締まった一撃は苛烈に。
 大気を貫き、僅か数センチの挙動で爆風を生み出した。

「げぇつ!!」

 少女あるまじき呻き声。
 竜之介は感知する。
 大気が歪曲し、衝撃が増幅されたその一撃による衝撃破がまるで巨人の拳のような勢いを持って直前にまで飛び込んできたことに。

「っ!!」

 咄嗟に氣を解放、全身を噴き出す氣の内圧で凝固させ、同時に床を蹴り飛ばし、十字に腕を構えて直撃に備えた。
 全身に叩きこまれる衝撃。
 まるでトラックで撥ねられたかのような重さ。

 ―加減ってものをしらないのか、くそ爺!

 と、内心竜之介が罵り、ビリビリと痺れる両手を苦労して引き剥がすと、空中で体勢を整える。
 すとんっと血流を操作し、流れる勢いを操作しながら、ふわりと重力を感じさせない重みで床に音もなく着地する。

「いってぇえー! ジジイ! 孫がかわいくないのか!」

 ズキズキと鈍痛が走る全身。
 幸い骨までは行っていないようだが、湿布が必須だろう打撲に竜之介が抗議の咆哮を上げた。


412:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:15:37
「ほほほ、この程度で潰れるなら九天一流など継げないじゃろうて」

 片手を己の唇に当てて、優雅に微笑む竜作。
 その脚は先ほどから一歩も動かず、ただ立ち尽くしていた。

「くそ、今日こそ一発その顔をぶん殴ってやる!!」

 調息、閉息、錬気。
 どこか荒々しく呼吸法の息吹をこなすと、全身からプラーナの輝きを放出させ、龍之介が踏み込む。

「む?」

 それに答えて、竜作が再び大気の打点を打ち抜き、衝撃破を乱射するが、ジグザクに高速移動を繰り返す竜之介には当たらない。
 氣を練り上げて、心臓から走る血流の勢いを強めて、血管の中に流れる僅かな勢いを束ねて増幅し、脚力へと変換している動きはまるで疾風の如し。
 風は風を捉えることなど出来ぬ。
 そう告げるかのように影を残して、揺らめき舞い踊り、十数メートルまで広がっていた間合いを次の瞬間には二メートルにまで潰した。

「ほっ!」

 竜作が目を見開く。
 その様子をほくそ笑みながら、右手を掬い上げるように、練り上げた氣を放出させながら、叫ぶ。

「雷、竜ゥ!」

 練り上げられた氣は電光を放つ雷氣を纏い、殺意すらも篭められていた。
 己の練り上げた内功、全てを注ぎ込むつもりで放った気剄。
 地から天へと放たれるかのような、天地の理を逆転させるかの如き電流の迸りは―


413:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:20:34
「未熟」

 流麗に伸ばされた指先で受け止められていた。
 たった二本の指、それが放たれる電流を受け止め、切り裂いていた。

「へ?」

「―かっ!」

 タンッと上げていた踵を踏み降ろし、動かずにして放つ震脚から体重が、増幅され練り上げられた桁違いの気功が、迸る電流を呑みこみ、噛み千切る暴龍の如き威力で消し飛ばされた。
 打ち込んだ拳から一転し、弾き飛ばされ、今度こそ体勢も取れずに、ゴロゴロと道場の故に背中から激突し、強制的に肺の中の酸素を吐き出された。

「がっ!! ぐっ、ふっ!!」

 咳き込み、気息が乱れた。
 その瞬間、僅かに残っていた錬気が荒れ狂い、臓腑にビキリと激痛を発せた。

「つっ~」

 気息を整える。
 乱れた経絡を整え、緩やかに、落ち着いて、されど急いで気息を発しながら、痛みを押さえつける。

「まだまだ、じゃな。思い切りはよかったが、気功の練が足りんぞ。見た目こそ派手じゃが、あれでは威力も拡散するわい」

 少しだけ焦げ付いた指先をふっと息で吹き払うと、気息を整えて、練っていた氣を霧散化させた竜作が歩み寄る。
 未だに呻く竜之介の背に優しく手を載せると、その手の平から温かい光を放った。

「無茶しおって。放つのなら制御出来るだけの気功にせんか」

414:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:32:43
「や、やれると思ったんだけどさ……マジで化け物だな、爺ちゃん」

 気功を用いた回復魔法を受けて、徐々に痛みが和らいでいく。
 気功を放ち、内傷を負うのは未熟である証拠だった。
 上手く散らせず、整えられなかった氣が暴発し、内臓に負担を掛けるのだ。
 未熟なものであれば、神経がズタズタになってもおかしくない。
 それだけ氣を、龍を操ることは命がけな行為なのである。

「ま、しかし―それなりに成長はしたのぉ、竜之介」

「へ?」

「少しだけあの雷竜にはひやりとしたぞ」

 にやりとどこか余裕のある笑み、けれど誇らしげな笑顔を浮かべて、竜作は告げた。

「とりあえず今日の鍛錬はここまで。気息を忘れずに、汗を流してさっさと寝るんじゃな」

「あ、ああ」

 竜之介は髪をかきあげ、額の汗を拭うと、立ち上がり、道場から出ようと足を踏み出した。
 いつもとは違うどこか優しげな態度に首を捻り、竜之介は汗ばんだ武道着に風を送りながら出て行った。
 その背を道場に残る竜作は見届けると、先ほど竜之介の一撃を受け止めた二指を眼前に上げた。
 その第一関節は見る見る間に青白く膨れ上がり、折れていることを鈍痛と共に竜作に伝えている。

「成長したのぉ」

 気息を続け、流れる気で折れた指の気脈を整えながらカラカラと竜作が笑った。
 たった指二本。それだけで防げると確信していた。
 だが、それを上回った竜之介の成長に、祖父たる女性は誇らしげに笑ったのだった。

415:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:35:57
 流れる。
 裸身の上を熱い液体が流れ、滑り落ちていく。
 珠のような肌の上に熱い液体が流れ、肩から脇へ、脇から腹へ、腹から太ももへと流れ落ち、髪を濡らしたお湯と共に床へと流れる。
 一糸纏わぬ裸身、そこにタライで汲み上げたお湯を被せて、体を清める。
 スリムな体型、程よく膨れ上がった乳房、美の女神が祝福したかのような整った体型。
 見るものが見れば息を飲むような素晴らしい肉体、されどその本人は何も感じずに、ただお湯をかけるたびに染みる痛みに情けない声を上げていた。

「いちち、染みるなぁ」

 未だに性別は戻らず、熱いお湯で心拍数の上がったままの竜之介が女体の裸のまま呟く。
 全身にアザだらけ、風呂から出たら湿布でも張る必要があるだろう。
 丁寧にスポンジで体を擦る。
 いつもならタオルでゴシゴシと体の汚れを落とすのだが、今の体でやると簡単な拷問だ。
 丁寧に、されど手早く泡だらけの体に変えて、再び汲み上げたお湯で流す。
 シャンプーは祖父と共同のものを使う。
 男性でも女性でも使える奴だ、その横にある猫用シャンプーと女性専用のシャンプーはあげは用だから下手に使うと後が怖い。
 シャンプーを二回、リンスを一回。
 浴室に備え付けた鏡を見ながら、両手で揉み解すように洗う。
 女性化すると何故か長くなる髪は洗うのに手間がかかるから、竜之介は嫌いだった。
 普通ならば興奮してもおかしくない女性の裸身、だがそれが自分のものだとすれば途端に興味を失う。
 そもそも子供の頃から見慣れた体に一々欲情が湧くわけがない。
 洗髪を終えれば、後に待つのは入浴だ。
 疲労回復に効く入浴剤を入れたフローラルな香りのする浴槽にゆっくりと細い足を差し込んで、温度を確認しながらゆっくりと全身を沈める。

「ぁ~、効くな~」

 痛い、熱い、けれど気持ちいい。
 プカプカと浮かびそうになる乳房が邪魔だが、それすらもどうでもよくなるほどに疲労が抜けていく。
 極楽、極楽。
 脚なんか組んで、浴槽の外に突き出しながら、仰向けに伸びをした。


416:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:38:59
「あー生き返る~」

 疲労が溶けていくようだった。
 日本人の心はやはりお風呂だろう。
 心の洗濯。
 これがなくては生きてはいけない。
 最高だった。
 鼻歌なんぞ歌ってしまう。
 ……そんな入浴を三十分ほど続けた頃だろうか。
 そろそろいいかと、竜之介が浴槽から出て、裸のまま浴室から出ようとした瞬間だった。

 ―ズキリと痛みが生じた。

「え?」

 それは言葉にすら出来ない激痛。
 “背より発した焼け付くような痛み”。

「がぁあっ!!」

 思わず転倒する。
 脳内が沸騰しそうなほどの痛み、鋭い痛み、ズキズキと脳神経を焼き焦がす激痛。
 がらがらと音を立てて、竜之介の体が浴槽から半分ほど出た位置で倒れた。

「どうした!?」

 瞬間、ドタバタと廊下から走る音がした。
 浴室に繋がる部屋の扉を開けて、一人のパジャマを着たネコ耳少女が飛び込んでくる。
 人化したあげはだった。


417:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 02:00:28
「竜之介!?」

「あ、げは……」

 痛みがある。
 背中が痛い。
 痛い、痛い、痛い。
 斬られたかのような痛みがあった。

「どうし―なんだこれは?」

 竜之介の裸身。
 うつ伏せに倒れた彼女の背中、そこには“一線の巨大な傷跡”があった。
 まるで今そこで斬られたかのような傷跡から、血が流れていた。

「っ、まってろ! 今、止血してやる!!」

 慌てながらあげはが月衣から取り出した化膿止めや包帯などで治療をされながら、竜之介は混沌とした意識の中でまどろむように意識を薄れていく。

 あげはの悲鳴が聞こえたような気がした。

 けれども、どこか眠くて、そのまま竜之介は意識を失った。



 異変は既に始まっていた。




418:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/11 02:01:56
投下終了です。
一応次回で龍の巻終了ですね。
夜分遅くの投下は支援もないから、きついぜよ。

竜作爺ちゃんの強さはこんなイメージです。
鬼哭街とか大好きな泥げぼくでした~!
読んでくださった奇特な方がいればありがとうございました!!


419:NPCさん
08/10/11 03:21:28
乙&GJ。卓ゲ板で長文の投下はやっぱきついのか。
練気の下りは読み入ったわー。参考資料とかあるなら是非教えて欲しいんだが。俺もこんな演出やってみたい。

420:mituya
08/10/11 08:49:57
か………かっこいい! どうやったらこんなかっこいい文章をかけるんですか、泥の方!
パソコンの前でもだえて、家族に変な目で見られましたよ!(笑)

“裏切り”の続き執筆のエネルギーが、すさまじく充填されましたvv!
目指せ、今日中一回投下! (<目標低い)

421:mituya
08/10/11 14:49:44
あ、あくしょんは苦手です………
動きがない~! 書けない~! と泣きながら書きましたよ(汗)

というわけで予告してた投下です~。無駄に長いから、さるさん来るかも(汗)

422:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 14:51:48
 昏い赤の空に浮かぶは、真円の紅。
 ──常の世が脅かされる時、天は紅い月を抱く。
 月門──それは、世界を侵す魔が現れる徴(しるし)。

 赤い宝玉が、煌めく刃の尾を引いて、流星の如く地上を奔る。
 男は、地を飛ぶように速く、無慈悲なほど猛々しく、敵を屠る。
 ──その様、まさに逆鱗に触れられた竜の如く。
 手にした一振りの刃を己が牙として、怒れる竜は戦場を駆ける。
 赤い流星が奔る度、異形の者がまたひとつ、またひとつと倒れゆく。
「──ありえんな、あいつは」
 その男──飛竜の背を見つめ、浅黄の衣装を纏う男が言った。その手には、飛竜と同じ拵えの剣。
 “七星の剣士”の一人である、壮年の男は呟く。
「里に来た当初は、我らの誰にも勝てなかったというのに………」
 感嘆の声──その内に宿る微かな畏怖。
 ──三年──たった、三年だ。
 年若い飛竜と同年代の瑠璃を除き、“七星の剣士”は皆、“七星の剣”に選ばれて十年近く、あるいはそれ以上の時を重ねている。三年前、仕え守るべき巫女が見つかる前から、それだけの年月を神子の里の戦士として戦ってきた、歴戦の猛者達。
 その彼らを、飛竜は里に来て半年で越えた。彼より一年早く里に来た瑠璃が、いまだ男から一本も取れないというのに。
 そして、三年過ぎた今、もはや里で飛竜に敵う者はなく、彼は世界でも指折りの戦士となった。
「──化け物か………」
 低く呟く声を、穏やかな声が諌める。
「仲間に対してのその言い様、いかな刀牙(とうが)殿といえ聞き逃せませんよ」
 言ったのは、同じ作りの衣装を纏いつつも、全く違う拵えの大剣を手にした男。
 “七星の剣士”の他にただ一人、“星の巫女”と共にある運命(さだめ)を負う戦士──“星の勇者”。
 “七星”が剣に選ばれし者なら、“勇者”は世界そのものの意志によって選ばれし者。
 彼も刀牙と同じく、里の戦士として十年近くの時を戦歴を誇る一人。
「──正仁(せいじん)」

423:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 14:53:26
 正仁と呼ばれた男は、寄ってきた異形を一刀の元に切り伏せ、続ける。
「彼は、誰よりも努力しているだけです。あなたもそれはご存知のはずでしょう?」
「──知っているとも。だが………」
 同じように異形を切り倒し、男は飛竜を見遣る。
 異形達の群の直中で、まるで嵐のように剣を振るう青年の姿に眼を眇め、
「………あいつの戦い方は、まるで何も恐れていないように見える」
 ──敵も、それが齎すかもしれない死も。
「………そうでしょうか」
 同じように青年を見遣り、正仁は言う。
「──私には、何かが恐ろしくて堪らないから、剣を振るっているようにしか見えません」
 ──敵も、それが齎す死も、霞むほど──恐れる何かから、逃げるように。

「彼はきっと──皆が思うほど、強くない」

 刀牙は訝しむような視線を正仁に投げ──しかし、問いを口にするより早く、向かってくる異形の群に気づく。
「──無駄口を叩いている場合ではないな」
「ええ。先輩として、飛竜一人に見せ場をもっていかせるわけには行きませんしね」
 軽口のように言い、正仁も剣を構え直した。
 ──そして、華麗にして無慈悲なる剣舞が始まる。

424:NPCさん
08/10/11 14:56:48
支援

425:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 14:57:59
 ──三年ぶりの故郷に、もはやかつての面影はなかった。

 夏には青々と、秋には黄金の輝きを見せていた水田は、ただ汚泥の溜まり場と成り果て、働く大人達の忙しいそうな声も、賑やかにはしゃぐ子供達の声もなく、響き渡るは異形の奇声。
 生まれ育った小さな生家も、我が家同然に入り浸った幼馴染の家も、見慣れた家並みも、ただの瓦礫の山と化していた。

 ──ここを守るために、あの里へいったはずなのに。

 里の一員として戦うことが、ここでの暖かな日々を、それをくれた人々を守ることになる。──そう、思ってここを離れたのに。

 ──楓は、ただそのために耐えていたのに。

 目の前の風景は、彼の思いも選択も、彼女の決意も努力も、全て無残に踏み砕く。
 胸に渦巻く、怒り、悲しみ、喪失感、後悔──それをぶつけるように、飛竜は異形を屠る。
 ただ一つ、救いがあるとすれば──

「──ちぇ、やっぱり“御子”達は出てきてくれなかったか」

 物思いを遮ったのは、場違いな若い──幼いともいえる女の声。
 己を取り囲む異形を牽制しながら振り返った先にいたのは、声の通り、年の頃なら十四、五の少女。
 紅い月を背に、少女は虚空から飛竜を見下ろしていた。
「──てめぇ………」
 低く唸り、飛竜は剣を構え直す。
 村でも里でも見覚えのない少女、その気配は明らかに人のものではない。
 ──侵魔(てき)だ。
 それも──人の姿を取れるほどの力を持つ者。この異形たちを率いているのは、十中八九この少女。

426:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 14:58:59
「“星の巫女”の実家を襲えば、どっちか片方くらいは出てきてくれるんじゃないかと思ったのに………あら?」
 少女は肩ほどまでの銀の髪を片手で弄びながら呟き、ふと気づいたように金の双眸を飛竜の剣に向ける。
「その剣………そうか、“流星の飛竜”。──あなたにとっても、ここは生まれ故郷だものね」
 少女の言葉に、飛竜は目を眇める。
 それは──彼の素性を知っているということ。
 そして、その上で狙いは彼ではなく──彼の幼馴染や、神子の役目にある友だということ。
「── 一方的に知られてるってのは、気分いいもんじゃねぇな」
 剣呑に言えば、少女は一瞬目を見開き、次いで面白そうに笑う。
「あら、失礼。──でも、たぶんそっちもあたしのこと知ってると思うわよ?」
「………何?」
 言われて飛竜は少女を改めて見遣る。しかし、やはり見覚えはない。
 そもそも銀髪はともかく、あの金の眼は、一度見ればそう忘れられるものでは──
「──金の、眼………!?」
 気づいて、愕然と呟く。

 ──銀の髪に、金の瞳。少女の姿をした、力ある魔性。

 確かに、飛竜はその特徴に当てはまる存在を知っていた。──否、侵魔と戦う運命を負った者達で、その名を知らぬ者などそういない。
「──気づいたみたいね」
 楽しげに、少女は嗤う。

「そう──あたしの名はベール=ゼファー。空をゆく者達の主、“蝿の女王”よ」

 そう、少女の姿をした魔性の王は嗤った。

427:NPCさん
08/10/11 14:59:16
しえん

428:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 15:01:18
 ──よかった。

 まず、飛竜が思ったことは、それだった。
 ──楓達が、来なくて、よかった。
 今、この村に来ているのは“星の巫女”の陣営から飛竜と刀牙、正仁の三人、そして“神子”に仕える里の戦士が十人ほど。
 “星の巫女”の故郷を襲撃されれば、誰もが陽動を疑う。故に、これ以上の人員はこちらに割けなかった。
 ──楓が、笹が、どれほど心を痛めようとも。
 だが、それでよかったのだ。
 この“蝿の女王”の狙いが里なのか、それとも二人の“御子”のいずれか、あるいは両方なのか、それはわからない。
 いずれにせよ、二人の“御子”は守りを固めた里の中、“御子”二人の元に団結した里は、いかな“蝿の女王”とてそうそう打ち破れるものではない。
 この村はもう、報せを受けたときには手遅れだった。ならば、これ以上の被害が出ない、相手の策にうかうかと乗せられずに済んだ里の選択は間違っていなかった。

 ──楓達は、大丈夫だ。

 その思いが、飛竜の口許に笑みを刻む。

429:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 15:03:26
「──あら、ずいぶん余裕ね?」
 心外そうに──不快さをも滲ませて、“蝿の女王”が笑みを収める。
「“御子”達が無事に済んでよかった、とか思ってる? でもねぇ、あなたが出てきた時点で、結末は変わらないのよ?」
 言って、再び魔性の王は嗤う。

「──大事な大事な幼馴染が死んだと聞けば、“星の巫女”は必ず出てくるでしょう?」

 その言葉に、飛竜は目を見開く。
 ──確かに、自分がここでこの少女に殺されたと聞けば、楓はここに来たがるだろう。
 だが──

 ──“飛竜の死”を里に報せる為には、誰かこの場にいる人間を生き残らせる必要がある。

 今、この場の戦力──既に侵魔の群と戦って消耗しているこの人員では、“蝿の女王”と残った侵魔達に全滅させられるのが関の山。
 だが、確実に一人は生き残れる──飛竜の死を、代償に。
 そして、何より、

 ──俺を殺しても、楓は里から出てこない──

430:NPCさん
08/10/11 15:04:13
支援

431:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 15:04:32
 楓は、確かに来たがるだろう。それでも、

 ──時雨に、頼んだからな──

 楓を頼むと、里を出る時に、言ったのだ。
 彼は、お前に言われるまでもない、そう、応えた。

 ──里のために、笹のために、あいつは、決して楓をここに来させるような愚は犯さない──

 だから、飛竜は笑う。いっそ、穏やかに。
 相棒たる剣を構え、真っ直ぐに目の前の魔王を睨んで、挑発の言葉を投げる。

「──じゃあ、殺してみろよ、“蝿の女王”」

 今、自分が出来ること、すべきことは、己の命を持ってこの魔性の力を削ぐ、それだけなのだから。

432:NPCさん
08/10/11 15:05:18
sie

433:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 15:07:20
「──さて、一段落か」
 向かってきた群を全滅させ、刀牙は呟く。
「では、飛竜の方に──」
 応援へ──そう、正仁が言いかけた時、
 突如、膨れ上がるように現れた強大な魔力に、二人は弾かれた様にそちらを見遣る。
 そちらには、遠目に見える飛竜の背と──その前方の虚空に佇む小柄な人影。
「──魔王!?」
 刀牙が思わず叫ぶ。──この魔力の強さ、侵魔の中でも“王”と呼ばれる階級のものでしかありえない。

 ──その魔王へと、飛竜は真っ直ぐに突っ込んでいく。

「──莫迦な! 飛竜、止せ!」
 正仁が叫ぶ。──いかな“流星の飛竜”でも、背の筋が凍ると感じるほどの魔力の持ち主に単身で敵うわけがない。
 魔王が掲げた片手に、眩いばかりの光が集う。──空間が、強大な力に震え、軋んで、悲鳴を上げる。

「──飛竜─────ッ!」

 二人の絶叫は、飛竜目掛けて放たれた光、それが齎した閃光と爆音に掻き消された──

434:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 15:08:38
 ──死んだな、こりゃ。

 突っ込んで行く先、強大な魔力光を掲げた“蝿の女王”を見て、飛竜は声に出さず呟く。
 挑発は失敗だった、と飛竜は内心後悔する。
 侵魔の中には、陰険というかねちこいというか、そういう性格の者もいる。そういう類の奴は、挑発されるほど、相手を嬲り殺そうと一息に相手を仕留めるような攻撃をしてこなくなるのだが──
 ──“蝿の女王”は、そういう性格じゃなかったか。
 目の前の魔王は全力で、一息に自分を殺そうとしている。読み違えた、と飛竜は猛省した。
 ──でも、まあ、いいか。
 これだけの魔力を感じれば、ここから見えない場所にいる仲間も危機を察するはず。それで退避してくれれば、御の字だ。
 ──“蝿の女王”の目的は、俺だけだからな。
 より正確には、自分を殺して、楓をおびき出すこと。
 無論、こちらの戦力を削ぐのに越したことはないだろうから、向かっていけば殺されるだろうが、逃げていく相手をわざわざ追いかけて殺しはしないだろう。どのみち、“飛竜の死”を伝える伝令役が必要なのだから。

 ──時雨、みんな………楓と笹を頼むな──

 そう、胸のうちで呟いた刹那、
 向かい来た閃光が──全てを白く、塗りつぶした。

435:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 15:14:35
 ──そして、

「──あ?」
 白い世界が晴れて──飛竜は呆然と呟いた。
 消し飛んだ、と思った身体は何ともない。
 何が起きたのかわからず、視線を彷徨わせれば、目の前にはやはり呆然とした様子の“蝿の女王”。
「………なん、で───ッ!?」
 言いかけて、魔王は弾かれたように右手を振り返る。
 飛竜もその視線を追い──やや離れた場所に、見知らぬ女性を見つけた。
 長く眩い金の髪、深い思慮を感じさせる銀の瞳。年の頃は、飛竜と同じくらいに見える。
「──間に合いましたね」
 彼女は怜朗な声でそう告げると、飛竜に向けて掲げていた手を下ろす。
 その仕草で、飛竜はようやく事態を理解する。
 ──あの女が、防御魔法をかけてくれたのか。
 それにしても、一人で魔王の本気の一撃を防ぐなど、容易に出来ることではない──というか、ほぼ不可能だ。
 ──何者だ?──
 睨むように自身を見つめる飛竜の視線を意に介して様子もなく、女は言う。
「さて──“蝿の女王”よ、我らとやりあうつもりか」
 我ら、という言葉に、飛竜はそのことに気づく。
 女の後ろ、瓦礫の影にある複数の気配に。おそらく、十に近い数はいる。
 ──なるほど………あの人数で一斉に防御魔法をかけりゃ、あの威力も削げるか。
 一つの謎は解けた、しかし、肝心の謎は解けない。

436:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/11 15:15:51
 何者だ、と飛竜が女に問いかけるより早く、
「──覚えてなさいよ!」
 まるで子供のような捨て台詞を残し、“蝿の女王”が虚空に消えた。
 気がつけば侵魔達の姿もなく──空に浮かんでいた紅い真円ももはやない。
「──ひ、いた………のか?」
 信じられない心持ちで呟いて、飛竜は女に視線を向ける。
「ええ、そのようですね」
 女は頷いて、後ろを振り返る。
「皆、戦闘状況は終了。これより負傷者の治療と撤収作業に移行せよ」
 応える声がして、瓦礫の影から現れた人々が散っていく。
「──あんた………あんた達は、一体………?」
 呆然と問う飛竜に、女は柔らかく笑いかけ、答えた。

「我らは“紅き月の巫女”にお仕えする者。──この地の隠れ里に居られるという“神子”様を訪ねる途中、侵魔の気配に駆けつけたまで」

 ──“紅き月の巫女”──

 その名は、飛竜にも聞き覚えがあった。遠方の地にて力ある者達を束ね、侵魔に対抗しているという巫女。
 同じく侵魔と戦う者達の思わぬ救援。“蝿の女王”は退き、危機は去った──
 その、はずなのに──

 ──背が透くような、この感覚は、何なのか。

 死ぬと思って死ななかったことに、拍子抜けでもしたのか──そう、思いたいけれど。

 この感覚は、そんな甘いものではないと、胸のうちの何かがいっているような気がした。

437:NPCさん
08/10/11 15:24:50
しえん?

438:mituya
08/10/11 16:00:15
と、とりあえずここまでで……… って、最後のコメでさるさん来るとか(汗)

あ、あくしょん………だめだ………アクションといえるほど動いてないのに………
いつもに増して駄文ですいません………でも、これが今の自分の限界です………(泣)

感想くれると元気になります。具体的に言うと、書く速度が一割り増しになります(笑)
もしも待ってくださる方がいるなら………一言でよいので、感想くれると嬉しいです。

439:NPCさん
08/10/11 16:21:26
お二方ともGJです。
いつも楽しみにしています。
期待一割り増しで次を待っています。

440:NPCさん
08/10/11 19:16:40
泥げぼくさん。mituyaさん。GJです。
赤巫女の気配がしないな-、と思ったらまだ合流して無かったんですね。
後、些細な事かも知れませんが、星の勇者が歴戦の戦士と言うところに違和感が。
NWの勇者って世界の危機に即応する形で現れる者で、得に星の勇者は
歴代皆、使い捨て勇者だったような描写をされていたような気がするので。
歴戦の戦士が星の勇者として目覚めたッて言うのもアリだと思いますが。

441:mituya
08/10/11 19:49:53
>>440さん
ぐは! そうでしたすみません! やっちゃた………!(泣) 勇者使い捨て………!
えと、とりあえず普通にウィザードとして活動してたのが、勇者に選ばれた(目覚めた)の解釈で!

というか、今回出す予定全くなかったベル様が、書いてる途中で勝手に出てきて勝手にポンコツっぽく帰るという素敵自体が。
続き書くのに問題ないのでそのまま投下しましたが………こんなベル様書いて怒られないかなぁ、と実はビクビクしてます(汗)

442:NPCさん
08/10/11 20:01:20
覚えてなさいよ、の捨て台詞もぽんこつも、これぞベルさまクオリティ。
全く無問題。がんばれ、みつやん(と勝手なあだ名で)。

443:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/11 20:13:12
レス返しと感想です。

>>419
感想ありがとうございます。
錬気の描写というか気功法は大半はニトロプラスの鬼哭街から参考にさせていただきました。
龍使いの描写としては個人的には一番優れたものではないかな? と思っております。
ゲームが最高ですが、スニーカー文庫で紫電掌と鬼眼麗人の上下巻で出ているのでそちらで読んでもいいかもしれません。
それと呼吸法の描写はネットで調べた気功などを大量に参考にしていますが、ジョジョ第一部と第二部で活躍した波紋なども呼吸法としては参考になりますね。
スタンドで有名なジョジョですが、序盤の頃は気功法で吸血鬼と戦う話でしたのでw

>>みつやん(勝手に命名)氏へ
紅巫女との合流ですか。
そういえば出ていませんでしたねw
ポンコツ魔王がこの頃から暴れているということは意外でした。
紅巫女が合流ということは護衛役の命もいるはず。
アスモデートも絡んでくるのかな? あの”金色の巫女”も加えると悪徳の七王が三体もw
やばい、勝てる気がしませんww
飛竜に待ち受ける運命は悲劇ですが、せめて一時の間の幸せを、何か掴めるものがあるのだと信じています。
描写はかっこいいですよ。
自分のはどうにも癖が強いらしく、上手いとは思っていませんので(汗)
頑張ってください。
こちらも精進します。

444:mituya
08/10/11 20:24:16
>>442
よ、良かった……… そういってくれる人がいて……… ベル様は何かどうしてもポンk、いえあのなんでもないです(汗)
みつやん!(笑) いつか誰かが言うかなと思ってましたvv

実は仕込んだネタに誰も気づいてくれなくて、ちょいしょんぼりです。
やっぱ、わかりにくすぎたか……… あんな脇キャラ………(汗)

ともあれ、色々感想いただいて元気でたので、明日も投下できるように書き書きします(笑)
頑張れば、今日の夜中………いけるかな? いけると、いいな………(願望)

445:mituya
08/10/11 20:39:18
>>443
わ、泥の方、わざわざありがとうございます!
うわーうわー褒められちゃったー!///(<落ち着け) 嬉しいです!パソコンの前で顔にやけてますよ!

えと、今回はあまり"赤巫女”サイドには絡みません。自分の許容量をオーバーするので(汗)
前述しましたが、ポンk………ベル様は正直今回書き始めるまで出す気ありませんでした。
勝手に出てきて、勝手に帰ったんです、ホント(汗) 何故………(<訊くな)
う~ん、自分の文章は少々重い方向に傾く傾向がある(と自分では思っている)のですが、
その中で、淡い光を描ければ、と思っています。

さて、ものすごいエネルギー貰ったので、書きますよー!(笑)

446:NPCさん
08/10/11 21:22:56
>ひりゅーさん
あー……たぶんも一人の星の巫女護衛ですよね。
ネタなのか聞こうと思ってたのに今ヒマになりました(汗)。遅くなり申し訳ない。

今回も楽しく読ませていただきました。
うーん、真炎の騎士はこっから始まったのか。いやそんなことはちょっとさておいて。

ターニングポイントきましたねぇ。金髪巫女コスのあの方が……(パールちゃんにあらず)。
時雨あんなに信頼しあってるのになぁ(苦笑)。あぁ、どうなるのか楽しみ(サドっ気全開中)。

次の更新も楽しみにしています。頑張って下さい。


……おいらも軽いの投下しにこようかな、明日あたり。さるさん2回くらいの。

447:NPCさん
08/10/11 21:46:02
>み(ry
ベルさんのような有名キャラが出てくると、知ってる知ってる、
てなりまして親近感が沸いて読んでいて楽しかったよ。

私事ですが描写に「ヒジを立てて手の上にアゴを乗せる」が
「頬杖を付く」って言葉があるじゃないかと気づいた時は楽しかったな(バカw
+10% Speed でガンガレー

>泥げぼく
竜之介っていいますと、うる星やつらの藤波竜之介を連想してしまいました。
「ワシの伏竜に反応したか」で、ワラタw
高橋留美子さん曰く、プロレスの藤波辰巳さんがソース元だったとか。

その漫画とは無関係かもしれませんが、泥げぼくさんもガンガレー

448:NPCさん
08/10/11 21:58:15
寡聞にしてこの板の存在をつい最近知りました(←オイ)。
凄い賑わいですね ! 私はアッチ専門(どこかはお察しください)でしたのでいままで知らなかったことを
悔やんでみたり。ていうか、泥のお方、ここにもいたんですね。平行しての投下、なんという精力的な(笑)。
現在進行中のが終わったら、こっちにも顔出させていただこうかしら、と(おずおず)。
こちらはNW大盛況みたいですけど、アッチでは私も書いてないDXとか、需要あれば書いてみたいな、とか。
それと、みつやんさん(でいいのでしょうか)。
SS書き、没頭しすぎにはお気をつけて。私も経験ありますが、書いているうちに夜中の三時とか結構あります
ので、お体に触らない程度に。
 簡単ではございますが。ではでは。


449:NPCさん
08/10/11 22:00:58
>>448
前スレもよろしく!

ゆっくりしていってね(言葉まんま的な意味で)!

450:NPCさん
08/10/12 06:32:08
>443
レスせんく。JOJOの波紋編も鬼哭街も読んだしやったんだけどなあー。素養の差か。
やっぱ地道に調べるのが一番かー。

451:NPCさん
08/10/12 06:41:44
かなり遅レス&既に不要かもしれませんが

>みつみつ氏
アンゼロットが第八世界で守護者になった明確な時期は不明ですが“エル=エイシア”の記述によりますと、第三世界で死亡した後ゲイザーの力で過去のファー・ジ・アースに転生したとあります

推測にしかなりませんが、恐らく世界結界が出来る頃には既に世界の守護者であり(過去に転生させるならば中途半端な過去でなく、世界結界が出来た最初期に転生させ裏界からの侵略に備えるのが効率良いでしょうし)

この事から作品の舞台である500年前の飛竜達の世界にも既に守護者として存在すると思われます

……これだけでかなり独自設定っぽいですが、何かの参考になれば幸いですw

452:mituya
08/10/12 08:05:59
投下は多分午後なりますが、先にレス返しだけ。
っていうか、本当にここ賑やかになりましたねvv うれしいなぁ、色々読めるしvv

>>446さん
良かった、気づいてくれる人がいて(笑)
投下ですか! 是非是非! 楽しみしてます~

>>447さん
み(ry ってvv お茶吹きましたよ!
そうですか、ベル様にはそんな効果が……… 出てきてくれてよかったvv

>>448さん
DX! DXDX~!(<落ち着け)
是非是非是非書いてください! っていうか、自分が本格的にTRPGに嵌ったのは、
DXがきっかけなので! DXリプレイは殆ど全部読んでますし。
ものすっごく楽しみにして待ってます!
あと、わざわざお気遣い下さりありがとうございますvv
でも自分はわりかしお子様体質なので、時間遅くなると自然に眠気に負けるため、
過度な夜更かしはしないというより出来ませんから、大丈夫ですよ~vv
昨日も結局あの後寝落ちしたし………(汗)

>>451さん
わざわざお答えくださりありがとうございます~。
か、過去……… 確かに中途半端な時期に転生させる意味ないですしね。
でも、あわせみこ読む限り、あの事件に関ってた雰囲気ないんですよね~、妙に他人事の空気が。
………いたけど事件に介入しなかった、の方向で行きます、多分(笑)

453:mituya
08/10/12 11:21:07
本日一回目の投下ですよっ。感想のおかげで速度上がってますよ!(当者比)

先に宣言してましたが、本当に“赤巫女”サイドは殆ど出て来ません(汗)
あっちはあっちで、何かそれで一本話組めそうな感じになっちゃうので………
いっぺんにやるとこんがらがるので、すっぱりカット。ごめん、あかりん………(汗)


454:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:22:57
【間際の決意】

 飛竜の窮地を救った一同は、里に招かれると、神子への面会を求めた。
 笹は快く応じ、“紅き月の巫女”の一行を神子の社へと招く。
「──お初にお目にかかります、“碧き月の神子”様」
 金の髪の娘は、笹をそう呼んで微笑んだ。

 まずは互いの紹介、そして飛竜の一件についての礼、と話は進んで、客人側が本題を切り出した。
「──世界結界の強化?」
「はい。我らはそのために、神子様のお力をお借りしようとこの地をお訪ねしたのです」
 そう語るのは、金の髪の娘。
 彼女の横には、緋の色の髪と瞳を持つ、静謐な気配の娘。
 ──“紅き月の巫女”、灯華(とうか)。
 灯華は、金髪の娘──“金色の巫女”と呼ばれるその娘に話を任せているらしく、名乗ったきり、ただ静かに場を見守っていた。
「裏界からこの世界を侵さんとする魔性達を、完全にこの世界から遮断するために」
「──そんなことが、できるのですか?」
 笹は、思わず身を乗り出す。
 ──侵魔を完全にこの世界から遮断、それができるなら。
 もう、楓の村のようなことが繰り返されることはない。
 楓のように、望みもしない地位に祀り上げられるような者も生まれないで済む。
「できます。──“碧き月の神子”様と、“紅き月の巫女”様、お二人の力があれば」
 そう言って、“金色の巫女”は微笑う。

455:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:24:11
「先程も私のことをそう呼ばれましたが、その“碧き月”、というのは一体?」
 笹は首を傾げる。今まで自分をそんな風に呼ぶ者はいなかった。
「その名の通りです。神子様の力を持って出(いづ)る“碧き月”、これこそが世界から侵魔を追いやる鍵なのですよ」
 言って、“金色の巫女”は説明する。
 二人の“御子”がその身に宿す強い“存在の力(プラーナ)”。それをもって、世界結界を強化する二つの月を生み出すのだ、と。
「ただ、完全にこの術が完成するまで時間がかかりますし、神子様の身にかかる負担もおそらく軽いとはいえません。術を完成させまいとして、侵魔達の襲撃も激しくなるでしょう」
 ですから、といいかけた彼女の言葉を遮り、笹は言う。
「それでも──世界から完全に侵魔の脅威がなくなるなら、やってみる価値は十分にあります。──いえ、やらない理由がありません」
 ──もう、楓のような辛い思いを、誰にもさせないですむ。
 己に降りかかるだろう負担も危険性ももはや関係ない。その一念だけが、笹の胸を占めていた。
 笹の答えに、灯華も、“金色の巫女”も安堵したように頷く。
「──ありがとうございます、神子様。その尊いお心に答えられるよう、この術の成功に全身全霊を持って取り掛からせていただきます」
 そう、“金色の巫女”は笹に微笑んだ。


 ──そうして、数日の後、天空に紅と碧の双月が浮かんだ。

456:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:26:08
「──で、あの二つの月が重なったら、術は完全に完成するってことか」
「ええ、そうです」
「そーそー」
 いつものように公の席をふけた飛竜に、笹と楓はいつもの森で天に浮かんだ月を示して術の詳細を説明した。
 話を聞いて感心したように頷いていた飛竜は、ふと気づいたように笹の顔を覗き込む。
「………笹、やっぱ、あの“月”を維持するのに、結構消耗激しいんじゃねぇの?」
「いえ、負担というほどのものでもありませんから」
 そう微笑んで返すも、しかし飛竜は険しい表情のまま、
「本当か? 顔色悪いぞ」
 言って、自然な動作で笹の額に手を当てる。
 突然の出来事に、笹は硬直した。──今まで、こんな風に他人(ひと)に──ましてや異性に触れられたことなど、皆無に等しい。
 熱はないな、と飛竜が呟いて彼が手を離すのと同時に、彼との間に割り込むように時雨が笹の正面に回りこんだ。
「そうです、神子様。こんなところでこんな莫迦者相手に懇切丁寧な説明などしてやることなどありません、社に戻ってお休みください」
「おう、その通り──って、おい」
 時雨の言葉に同調しかけ、飛竜は半眼になって彼を睨む。
「莫迦は余計だろ、おっさん」
「本当のことだろうが、魔王に喧嘩売って危うく消し炭になるところだったのは誰だ」
「しょーがねぇだろ! 逃げりゃ良かったってのか!?」
「何も正面から突っ込むことはないだろうこの莫迦が!」
 いつもの遣り合いに突入した二人に、楓がころころと笑う。

457:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:27:33
「ったく、時雨さんも素直じゃないよね~。心配したって、素直に言えばいいのに」
「え──ええ、本当に」
 笹も硬直から脱し、横にいる楓を振り返って笑う──刹那、
 ほんの一瞬──瞬(まばた)くよりも、短い微かな瞬間、

 楓の姿が──掻き消えたように、見えた。

「──え?」
 笹は思わず己の目を擦って楓を見直す。勿論、楓の姿はいつもの通りそこにある。
「………笹ちゃん?どうかした?」
「い、いえ………確かに、少し疲れているようです」
 あなたの姿が掻き消えて見えました、などと答えられるはずもなく、誤魔化すようにそう答えれば、楓は途端心配そうな顔つきになり、男二人も言い合いをやめて笹の方を見遣る。
「笹ちゃん、大丈夫?」
「神子様、やはりお社にお戻りになってお休みになった方が」
「笹、そうしろ。顔色、さっきより悪くなってる」
 口々に言われて、頷く。笹自身にも、己の顔から血の気が引いているだろうことはわかった。
 ──そう、疲れているから。
 疲れのせいだ、と自身に言い聞かせるように呟く。

458:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:28:34
 ──あんなのは、疲れから来た目の錯覚。
 そう、言い聞かせ続ける。

 ──楓さんが消えるなんて、ありえないんだから。

 そう、言い聞かせようとして、

 ──本当に、ありえない?

 気づいてしまった可能性に、ぐらりと目の前が傾いだ。

「──笹!?」
「笹ちゃんっ!」
「神子様!」
 己を案ずる皆の声を遠くに聞きながら、笹は意識を失った。

459:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:29:26
 ──どうして、気づけなかったの。

 夢うつつの中、悔悟の念だけが胸のうちに渦巻く。

 世界結界の強化。──裏界からの干渉を完全に遮断するほどの強化。
 確かに、侵魔の脅威はそれで消えるかもしれない。だが、肝心なことを失念していた。

 ──“私達”も、世界結界から見れば、弾くべき異物だった。

 侵魔に抗う力──それは、即ち常の世から外れた力。
 世界結界からすれば──弾くべき異物に他ならない。

 ──世界結界は、常の世からかけ離れたものほど弾こうとする。

 この里で、最も常の世からかけ離れた存在──力ある存在は、笹自身だろう。
 だが、笹は世界結界を強化する要として、まだ世界結界に存在を許容されている。
 同じ理由で、“紅き月の巫女”も。
 ならば、今、この里で一番最初に世界結界からの干渉を受けるのは──

 ──“星の巫女”、楓さん──

 彼女の姿が掻き消えて見えたのは、目の錯覚などではない。
 彼女の存在が、世界結界によって否定されつつあるのだ。

460:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:30:27

 ──どうして──

 なぜ、彼女が消えてしまわなければならない。
 彼女のような悲しい思いをする人が、もういなくて済むように──そう願って。
 その、願いのためだけに、あの術に力を貸したのに。

 ──どうして、楓さんなの!?──

 悔悟と自責、喪失への恐怖。負の感情が胸のうちに渦巻く。
 そのまま、その思いに溺れそうになるけれど。

 ──止めなくては。

 この術を、止めなくてはならない。
 このまま行けば、楓は本当に消えてしまう。
 このまま行けば、世界結界に存在を否定されるのは、楓だけでは済まない。
 時雨も、里の皆も──

 ──飛竜さん、も──

 思った途端、胸が潰れるような痛みが襲った。
 楓が消える、そう思ったときより、ずっとずっと重く苦しい。

461:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 11:32:25

 ──私の不安に、思いに気づいてくれた人。

 自分自身が見つからなくて揺れていたこと、楓を許したことで許された胸のうちを。

 ──私に、“人”としての名前をくれた人。

 笹──星祭に、皆が願いを託すものにかけて、里の希望としての名を。

 ──私を、“人”にしてくれた人。

 笹、と笑って呼びかけてくれた。平気で触れてきてくれた。

 その、彼が──

 ──消えてしまう──

 否、消えるのではない。

 ──私が、消してしまう──

 このまま、術が完成すれば、笹自身の力で、彼を消してしまうようなもの。

 ──そんなの嫌!──

 はっきり、そう思った。
 楓のことに気づいた時よりも、ずっとずっと強く。

462:NPCさん
08/10/12 11:50:57
支援?

463:NPCさん
08/10/12 11:56:28
ちと遅かったかな。
自分も待機中なんで待ってるー。

464:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 12:09:44
 そうして、笹は初めて気づいた。

 ──ああ、そうか──

 彼は、特別だった。笹の中で、最も特別な人だった。

 ──特別、大切で、愛しい人だった。

 父のように、兄のように──恋する男性(ひと)のように。
 傍にいたい、傍にいて欲しい。支えたい、支えて欲しい。そう、願う相手。
 けれど──

 ──飛竜さんにとっての“特別”は、楓さんだから。

 ずっとずっと、彼女の傍に寄り添って支えてきた。
 彼女を見る時、その眼は、何より優しくなって。
 かける言葉はそっけないのに、思いに溢れていた。

 ──だから、私に気づいてくれた。

 楓と笹。正反対のようで、実は胸の奥の奥で、同じように苦しんでいた二人。
 楓によく似ていたから──彼は、笹に気がついた。
 笹に──優しくしてくれた。

 ──返さなくちゃ。

 彼に、楓を。彼の一番大切なものを、彼から奪ってはいけない。
 楓を、消させてはいけない。

 ──術を、止める。

 どんなことをしても──そう決意して、笹は目覚めた。

465:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 12:10:28
「──術の中断?」
「はい」
 “紅き月の巫女”の一行に与えた社、その一室で、笹は“金色の巫女”と向き合っていた。
 部屋には、彼女と笹、二人だけ。供としてきた時雨も、部屋の外に下がらせてある。
「それはまた………どうして」
「危険なのです、この術は。このままでは、この里の皆が消えてしまう」
 笹は“金色の巫女”へ術の危険性を説く。だが、
「──それがどうだというのです?」
 当たり前のように、彼女はそう言った。
「常の世から外れたものが一掃される、良いことではありませんか。それこそ、世界結界が望む世界の真の姿でしょう」
 “金色の巫女”は淡々とそう告げる。
 それは、里の人間が──全ての異能を持つ人間がどうなっても構わない、という言葉。
「──あなた──」
 何を言っているか、わかっているの──そう、言いかけて、笹は気づく。

 ──この、気配──

 今まで気づかなかった、巧妙に“人”のものに似せて殺したその気配。
 しかし、彼女に疑念を抱いて初めて、気づいた。

 ──“人”じゃない──

 それも、ここまで巧妙に“人”になりおせるなど、生半な力の魔性ではない。

 ──金の髪、銀の瞳──

 そして、何より平気で世界結界を強化する──強化した世界結界にも耐えうる力を持つ存在。

466:NPCさん
08/10/12 12:10:41
支援

467:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 12:11:11
「──あなたは──!」
 叫んで思わず席を立った笹に、“彼女”は嗤う。
「──今更、気づいたとて遅い」
 笹の不明を嘲るように、告げる。

「もはや術は動き出した。あの月はお前と今一人の巫女の頭上にたゆたい続ける。
 ──止める術などありはしない」

 絶望を齎すように、告げる。

「──そう」

 笹は、短く返して、踵を返す。
 戸を出る直前、振り返らぬまま、告げる。

「──最後の助言、ありがたく戴きました」

「………何?」
 訝しむように呟く魔性の声を背に受けて、笹は部屋を後にした。

468:NPCさん
08/10/12 12:11:48
しえん

469:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 12:11:58
 思いつめた表情で“金色の巫女”との部屋から出てきた主に、時雨は思わず聞かずに入られなかった。
「──神子様、一体何のお話を………」
「今はまだ、あなたに語るべき時ではありません」
 冷たいほどにきっぱりと返され、時雨は面食らう。
 ── 一体、どうしたというのか。
 そもそも、森で倒れたのが今日の昼。夕暮れ近くに目覚めるなり、身体に障ると止めるのも聞かずにここに押しかけた。──訊ねるとの、先触れも出さずにだ。
 ──礼節を重んじる、神子様が。
 己の身体も、礼節すらも構わぬほどの緊急事態。なのに、自分には何も話してくれない。
 そう思って落ち込んだ時、主が口を開いた。
「──時雨、お願いがあります」
「なんなりと」
 思わず、背が伸びる。主の願いなら、どんなことでも──そう、思って。
「楓さんの社によります。その後、飛竜さんと二人で外に出ることを許してください」
 その言葉に、頭を横殴りにされた気がした。

 ──私は、それほどまでに頼りにならなのか?

 思って、脳裏に浮かぶのは、飛竜と共にある時の主の姿。
 安堵しきった笑みをあの青年に向ける己の主を見るたびに、どうしてその笑みを自分に向けてくれないのかと思った。
 理由は、わかりきっているけれど。

470:NPCさん
08/10/12 12:12:56
どろどろしてきたww支援

471:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 12:13:20

 ──私は、彼女を“神子”として扱っているから。

 彼女を“人”として扱う飛竜より、彼女に対して自ら距離を置いてしまっているから。
 だから、ずっと、平然と彼女を名で呼び、彼女に触れる飛竜に、苛立ちと──憧憬を覚えていた。

 ──どうして、自分はああなれないのか。
 ──どうやったら、自分もああなれるのか。

 彼女が幼い頃から、彼女に仕える者として振舞ってきた。そのことに不満はなかった。寧ろ、彼女に一番近いのは自分だという自負と誇りがあった。
 例え、二人の間に主従という壁があっても、その壁を越えるものは誰もいないのだから、と。

 ──なのに、あの男は、それを易々と越えていった。

 最初は、憎悪に近い念すら抱いた。──ぽっと出の男が、大事な大事な己の主を軽んじているようにしか思えなかったから。
 だが、違った。あの男は彼女を軽んじているのではなく、もっと近い場所から思い遣っているのだと気づいて──憧れた。
 自分も、そんな風に近いところで、彼女を支えたいと、そう思った。
 けれど、十年以上続けてきた生き方を、関係を、今更どうやって変えればいいのか、わからない。

472:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/12 12:14:02
 悔しくて、苛立って、思わずあの男に当り散らして──当たり前のように、それすら受け止められて。
 ──敵わない、と思った。
 どうせ、自分はあんな風にはなれないと、諦めかけていた。
 けれど──

 ──楓を、頼む──

 里を出る、あの男の言葉に、火をつけられた。
 あの男は、己の最も大切なものを──他ならぬ自分に託したのだ。

 ──その信頼に、応えられるだけの存在になりたい。

 そう、強く思った。
 それでも、まだ届かない、敵わない。

 ──それでも、

「──かしこまりまして、神子様」
 一つの決意は、もう胸に定まっていた。

473:NPCさん
08/10/12 12:14:46
シエン

474:mituya
08/10/12 12:18:58
途中でさるさん来て、時間潰しに別のことしてたら投下の続き忘れかける莫迦がここにいます(汗)
えーと、とりあえずここまで。夜にもう一回投下できるかな………できたらいいな(願望)

っていうか、“世界結界”をどうしても“世界決壊”と変換するうちのパソコンは、ある意味きくたけ先生クオリティなんでしょうか(笑)

475:中身
08/10/12 12:24:23
投下乙ですー。
あぁよくやるよくやる(笑)>時間つぶしで投下忘れる
ツールの単語登録で世界結界で一括登録しちゃえばよいのでは?
きちんとした感想はまた後で書きます。


えー……すごい連打で申し訳ないが自分も短編分割投下ー。

ジャンル:やっぱりナイトウィザード
主役:ぽんこつ
タイトル:『ベール=ゼファーの休日』


予定:たぶん今日明日で投下完了できる……はず。支援はほしいにゅ。
   おいらもそろそろトリかコテつけるべきだろうか。

476:ベール=ゼファーの休日・そのいち 幕前
08/10/12 12:26:01
幕前・小さな不幸


赤い紅い、月の下。
片手に剣を構えた青年が、傷だらけの異形の前に立っていた。
異形は獣面、柘榴のように炯炯と輝く朱い瞳、いくつも突き出た角を持ち、それを黒い法衣の内に収めている。
法衣からところどころ外に覗く腕や足は、深い緑の濃い体毛によって覆われていた。

――エミュレイター。

赤い月の夜、月門を通りて人の世に降り、人を食らう化け物。異形はそう呼ばれる存在だった。
人間の天敵。彼らにとって人間などはただの餌でしかない。命を繋ぎ、己の力をより強くするための、餌に。
いくつもの夜を渡り、幾多の命を貪り、魂を食らってきた彼はしかし。

今、この場において完全に”狩られる側”となっていた。

「ったく、手間かけさせやがって。こっちは久しぶりに家に帰ってしばらく羽伸ばそうとしてたんだぜ?
 それをまぁこんな夜中まで。よくつき合わせてくれたもんだな」

声は、エミュレイターの前に立ち剣を構えて剣呑な眼つきをした青年のもの。
エミュレイターにとって餌であるはずの人間達の中で、数少ないながらもエミュレイターに抗する力を持つ者達の一人。

すなわち――夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)。

赤い月の下、低位とはいえエミュレイターを傷一つ負わず一人で追い詰めた、そいつの名前は柊蓮司といった。
柊は剣を持たない方の手に握っている銀色のエンブレムを刻んだ板を2、3度軽く投げ上げながら言う。

「これを何に使う気だったか知らねぇが、残念だったな。年貢の納め時だ」



477:NPCさん
08/10/12 12:27:18


478:ベール=ゼファーの休日・そのいち 幕前
08/10/12 12:27:35
侵魔は歯噛みする。
長きに渡って準備をしてきた。あとはアレさえ手に入れれば全ての用意が整うはずだった。
それを、たった一人の通りすがりウィザードに阻止されてしまうこと。それが腹立たしい。
そしてそれ以上に、自分の十分の一も生きていないだろうたかが人間が自分を殺すだろうという未来が何よりも彼を激しく激情に駆る。
しかし、現実にこの状況から自分が命を拾うのは砂漠で砂粒一つを見つけ出すのと同じほど難しいだろう。
魔力はほぼ尽きあと二回魔法を使えるかどうか、先日まで思うがままに食らい溜まっていたはずのプラーナも存在を維持するので精一杯。満身創痍。
この状況で逆転するのは不可能だ。せめて戦略的に転進することができればいいが、その望みも絶望的なまでに薄い。
柊がなんの躊躇もなくエミュレイターに向けて一歩歩を進めた。
今度こそ命を刈り取ると、その目につまらなそうな光をたたえながら。
エミュレイターは焦る。何か。何か、この現状を打破する何かがあればせめてこの場から逃れることができるのに。何か。何かないか。

そして――彼は天敵に出会った狩られるもの達の中で、億に一つの可能性を握っていた。

気づく。
一瞬だけ頭が真っ白になった。その奇跡に彼は感謝した。
目の前の青年に気づかれぬよう、月衣から大きめなメダルを引きずり出す。以前とあるところで手に入れた魔導具「逆巻凌(さかまきしのぎ)」だ。
とある神の力を封じたメダルで使い捨ての上使用者のプラーナを大量に奪うが、月匣の展開に使用しているプラーナを全て集中させればそれほどの負担にはならないと目算。
あとはうまくタイミングを計るだけ。
青年がさらに一歩近づいた。確実にとどめをさすつもりだろう。
おそらくはこちらが何がしかの行動をとるよりも早く、この青年は首を狩ることができるはずだと彼我の力を計算する。
ならば。
ほんの少しだけの隙を作り出すのみ。

「……あまりそれを粗末に扱うな。それは私のものになるのだ」
「この状況でそれを言うのかよ。よっぽどだなおまえ」
「なぜ私がここまで落ち着いていると思っている。この絶体絶命にしか見えぬ状況下で」

つまりはハッタリだ。
はん、と青年は鼻で笑う。


479:ベール=ゼファーの休日・そのいち 幕前
08/10/12 12:28:11
「往生際が悪いぜ。援軍が来るんならわからないはずがねぇよ、気配もなけりゃ移動音もない。まさかその二つを俺が見逃すとでも思ってんのか?」
「いいのかウィザード?気配も風を乱すこともない移動法を、知らぬわけでもあるまい」
「空間跳躍か。残念だけどそのハッタリも無駄だぜ、前にどっかの魔王に虚属性の魔法乱打されたことがあってな。無駄にその手の感知能力が高くなっちまった。
 それに、あれは現れてから攻撃までに微妙なタイムラグがあるだろ。空間跳躍の予兆でも感じ取れば迎撃すんのは難しくない」

余計なことを、と青年に以前魔法を乱打したという魔王に心の中で恨み言を言う。
その間に必要な作業を全て完了させた。チャンスは一回、外せば終わる。

「では試してみよう。『ヴォーテックス・クラウド』!」

冥属性の魔法攻撃。闇色の雲が青年の体を覆い隠し――

「――甘ぇよ」

蒼い風が、その雲を一刀の元に弾き散らした。
魔剣使いの特殊能力<護法剣>。
魔に属する者にのみ可能となる、世界を書き換えることによる奇跡の具現である『魔法』。それをただ一振りの刃のみで弾き散らす、馬鹿げた業。
そう。この異能の前では青年にろくな攻撃を与えられないのは分かっている。
それでいい。これは布石。必要なのはこれを使わせることで生まれるほんの少しの隙なのだから。

左手に隠し持っていたメダルを青年にかざす。
妙な動きをした自分に向けて青年が返す刃で剣を振りぬく。
月匣が消え失せてメダルに吸い込まれた。同時に強くなる常識(せかいけっかい)の抵抗力。青年の剣速がほんの髪一本分ほど死ぬ。刹那――

発動。

そして、侵魔は逃げおおせることに成功した。



480:NPCさん
08/10/12 12:28:28
支援ですよ!

481:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント1
08/10/12 12:29:36
カウント1 みつけたらほごしてあげましょう。

人間の世界というのは意外に面白いものだと彼女は常々思っている。
数だけは多すぎるほどに多い人間が、退屈から刺激を求めて生み出すものの数々。そのいくつかには彼女が感動を覚えるほどのものが混じっていることもある。
玉石混交。もっとわかりやすく言うのなら雑多な、人間の娯楽を集めたこの町を歩くのも、最近では彼女にとっての最大の娯楽の一つだ。

「ま、最近は色々面倒ごとが重なって少しばかり規制も入ってるわけだけど――」

なんで人間ってのは他人の楽園を壊すことにためらわないのかしらねー、と他人事のようにため息をつきながら彼女――
――裏界の現暫定一位、『蝿の女王』ベール=ゼファーはぼやいた。

歩く町並みは秋葉原。お気に入りのゲームセンターに待ちに待った筐体が入荷されたため、華麗にストーリーモードをクリアしつつ13人ほど乱入者を潰してきたところだ。
あぁもうしかし主人公があんだけ使いづらいって反則じゃないの? リーチ短いし動き遅いし同系の赤い白髪のが強いじゃない、と使用キャラを愚痴りつつ、
お腹がすいたので知り合いのバイト先のたこ焼き屋へと向かう。……その知り合いとは立場上一回共闘しただけの敵のはずなのだが。
妙にあちらが気を使う上にまた来てくださいね! と言われている以上行かないのも不義理だろう、と自身を納得させ最近のルーチンワーク(にちじょう)を繰り返す。
リオンもあそこのたこ焼き好きだし。
そんなこんなで彼女がたこ焼き屋に向かうために角を曲がったその時。

どん、と。自分より一回り小さなものとぶつかった。

彼女にとってはそう大きな衝撃ではなかったものの、ぶつかったものにとってはそうもいかなかったのか「それ」はころんと転がった。
ベルは文句を言ってやろうと眉を寄せ、口を開け――そのままそれは言葉にならずぱくぱくと空をきる。
その理由は簡単だ。ぶつかった相手の顔が見えた、ただそれだけのこと。



482:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント1
08/10/12 12:30:32
(ひ……柊、蓮司?)

黒髪ではあるものの、悪い目つき、生意気そうな顔立ちといい、ベルの前に幾度となく立ちふさがってきた宿縁の相手。
その宿敵――を、10歳くらいにしたような子供だったのだった。
声にできなかったのはベルの知る彼はこんな姿ではなかったからだが、他人の空似だろうと改めて腕を組んで皮肉気に微笑みながら相手を見る。

「――ちょっと。レディにぶつかっておいて侘びの一つもないわけ?」
「あ。悪ぃ、ちょっと急いでて――」

そこまで言って、相手がかちんと固まった。
本人とは違うといえ、いつも煮え湯を飲まされている相手にそっくりな顔が鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているのを見るのはそれなりに胸がすっとした。
しかし。

「――ベルっ!?」

さすがにこの反応には目を丸くした。
ベル、というのは彼女の愛称だ。そもそも一回としてあったことのない人間が、たとえウィザードであったとしても呼ぶことはほとんどない。
相手は子供とはいえいくらなんでも失礼だろうと、少しだけ不満をにじませて文句を言おうとして、気づく。
幾度となく戦った相手である宿縁の相手と、この少年。同じ属性のプラーナを感じるのだ。
ウィザードであり、その上自分をベルと呼ぶ数少ない人間。さらに属性まで同じときた。もう十中八九間違いはない。
ベルは、内心の呟きを今度は外に漏らすことになった。

「ひ……柊、蓮司?」



483:NPCさん
08/10/12 12:31:40


484:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント1
08/10/12 12:31:45
***

大したことではないはずだった。
相手は名前を持ったのが不思議に思えるほどの名前持ちエミュレイター。今まで幾度となく倒してきたレベルの相手だ。
油断はないとはいえなかったが、それでも自身の能力への過信はしていなかったはずだ。
つまるところ、相手に予想外の切り札があったことと、己の能力の汎用性のなさ。そんなところが今の状況を作りあげているわけで。

「……言いたいことはそれだけでいいのね? 遺言として受け取ってあげるわ」
「ちょ、ちょっと待った! 流石にそれは死ぬ! 今それ食らったら死ぬからストップ!」

眉をひくひくさせながら、圧縮に圧縮を重ねた存在の力を今にも解き放たんとするベル。
それを必死で止めるのは今までえんえんと状況を説明していた柊(10才児仕様)だった。
ベルはその制止を前にさらにブチ切れる。

「どんな凶悪な相手に不覚をとったのかと思って聞いてみれば、たかが名前持ちにやられたですって……っ!?
 ねぇ、柊蓮司。アンタ自分の立場ってモンわかってるわけ!? アンタは、裏界の中でも一目どころか大量に目ぇつけられてんのよ!
 いい!? 皇帝シャイマールに金色の魔王なんて序列一位どもを倒すだのしてるから、どんな魔王もアンタの動向には色々目を光らせてんの!」
「そうなのか?」
「そうなのっ! 自覚持ちなさいこの無自覚○○野郎!
 なにより許せないのは、あたしの計画をことごとく破ってきたウィザードであるアンタが! たかが名前持ちのシェイプシフトごときに不覚をとったってことよ!
 なによそれっ!? あたしの計画は名前持ちの行き当たりばったりの行動に負けるって言いたいのねぇアンタどうなのっ!」

ヒステリックに叫ぶベルに首をがっくんがっくん揺らされながら、柊はなんとか落ち着かせようと試みる。

「お、落ち着けベル! そもそも俺は倒されたわけじゃねぇし! 逃げられただけだからなっ!?」
「……アンタ、そんな姿にされてそんなこと言うわけ?」

今度は逆に呆れたようにじと目になるベル。
それも当たり前といえば当たり前だ。柊は白兵戦特化のウィザードである。それが体そのものに呪いをかけられているのだ、いつもと同じように戦えるはずもない。
それに対して、しかし柊は平然と答えた。

485:NPCさん
08/10/12 12:32:12
しえん~

486:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント1
08/10/12 12:32:23
「こんな姿ったって、まだ剣は握れるしな、戦えないわけでもない。なんとかするしかねーだろう」
「アンゼロットにでも連絡取っちゃえばいいじゃない。アンタがなんとかする必要はあるの?」
「……あいつがこんな俺を見て、何もしないと思うか?」

なんだか暗い背景を背負いながら言う彼に、ちょっと同情するベル。
そうなのだ。あの守護者がこの状況をみればノリノリで柊にランドセルを背負わせるなり写真会なりするだろう。
世界の危機が差し迫っていなければ、彼女は遊ぶ方を優先させる。ほぼ確実に。それをわかっているからこその柊の判断だった。涙が出そうである。
アンタも大変ね、と呟いて、彼女はそれで? とたずねた。

「そいつ、アンタの体を小さくしてから逃げちゃったんでしょ? あんたの手の届かないようなところまで逃げちゃってたらどうするのよ」
「それはない……と思う。
 あいつは今力を大幅に失ったままだから、あのまま裏界に帰るわけないと思うし、手近なところでプラーナ摂取でもするんじゃねーかと。
 月匣解除と一緒に走って逃げやがったから、まだそう遠くには行ってないし――何より、あいつの欲しがってたコレはまだ俺の手の中にあるしな」

そう言って、彼が見せるのは銀色の板。それには何かしらのエンブレムが刻まれている。
ベルはそれをまじまじと見ると、ふぅん、と言った。

「何かしらこれ。確かにある程度魔力は感じるけど、そんなに大きな力を秘めてるようにはとても思えないんだけど」
「なんだ、お前もわからねぇのか」
「うっさいわね、興味のないものなんかわかるわけないでしょうが」

ベルのその言葉に納得する柊。
彼女にとって『興味』――ものごとが面白いかどうか、というのは彼女にとってなによりも巨大な原動力になるのだ。
そんなことでちょっかいだされる側としては洒落にならないのだが。
ただ、と彼女は続ける。

「あたしにわかるのは、コレが魔王復活の糸口に直接なったりするってわけじゃないことくらいかしらね。
 大方、なんかの封印の一部とかなんじゃない?」
「なるほどな。ってことは、余計これを狙ってくるってことか」


487:NPCさん
08/10/12 12:32:47


488:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント1
08/10/12 12:33:17
銀色のプレートをまじまじとながめて、月衣ではなく懐にいれる柊。
それを見て、ベルは呆れたようにため息をつく。柊の言う『敵』は、彼の話ではよほどこの板に執着を抱いていたはずだ。
探知する手段の一つ二つ持っているはずであり、それを月衣にいれないということは彼自身の位置を相手に知らせることでもある。

「アンタ、馬鹿じゃないの。それがどういうことなのかわかってる? 自分で囮にでもなるつもり?」
「それくらいしか考えつかなくてな。そもそもこんな人通りの多いところにエミュレイター逃がしちまったのは俺の責任だ。
 そんなことより他のウィザードも月匣感知してるかもしれないし、早く逃げたほうがいいんじゃねぇのか?」
「なんであたしがウィザードごときの動向を気にしなきゃいけないのよ」

柊の懸念にふふん、と鼻を鳴らすベル。
これでも彼女は裏界の大公。敵対するウィザードでも同属である侵魔でも、蝿の女王の名を知らぬ者などいるはずもない。
知らぬ者なき実力者。その自信があるゆえにこその言葉だった。
柊はそれに辟易しつつへいへい、と呟いて背を向ける。

「こっちは人目を気にしないわけにゃいかねぇもんでな。そろそろ行かせてもらうわ」
「待ちなさい」
「なんだよ、ここの代金なら払ってやるからさっさと――」

言って、伝票を取って会計に向かおうとする柊の手をとって、ベルが妖艶に――悪く言えばオモチャを見る視線で言う。

「待ちなさい、と言ってるでしょ。性急に過ぎると男が泣くわよ」
「何の話をしてんだ。っつーか、なんなんだよ」

繋がれている手を見て食傷気味に言う柊に、ベルはいっそすがすがしいほどに笑顔で告げた。

「今日一日、付き合って」

落ちる沈黙。

489:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント1
08/10/12 12:34:24
柊はぴったり15秒固まった後、間抜けな声を上げる。

「――は?」
「今日一日、付き合って」
「一言一句同じ台詞繰り返すなっ!?」

そうだそうだー、コピペだと思われたらどーすんだー(棒読み)。
閑話休題。
なによ、とベルは嗜虐的な笑みを浮かべながら答える。

「だから、今日一日付き合いなさいって言ってるの。アンタ確かここの生まれでしょ? この辺の面白いこととか知ってるんじゃないの?」
「なんで俺がお前の観光案内に付き合わなきゃなんねーんだっ!?」
「だって面白そうじゃない。アンタにもメリットはあるわよ?
 どうせ情報収集とか異変感知とかの類は苦手でしょ、あたしなら町一つ分くらいは軽いもの。付き合ってくれたら、その手伝いくらいはやってあげなくもないわよ?」

それに、と彼女は切り札を切る。

「今のアンタの状況、アンゼロットに写メールの一つも送ったらどうなるかしらね?」
「謹んでその申し出を受けさせていただきます」

直角お辞儀。
アンゼロットさん、素行を改めないからこんなことになるんだと思います。まる。
それでいいのよ、と胸を張り、ころころと笑いながらベルは言った。

「まぁ、アンタを見下ろせるなんて状況はこれから先はなかなかないでしょうし、一日面白おかしく付き合ってもらうわ。
 せいぜいきちんとエスコートすることね?」
「……お前は俺に何を期待してんだ」
「決まってるじゃない。面白いこと、よ」

その顔は、少女には似合わぬほどに妖艶で、しかし彼女には非常に似合っていた。

490:NPCさん
08/10/12 12:34:48
しえん

491:NPCさん
08/10/12 12:37:16
さるさんかな?

492:NPCさん
08/10/12 12:37:33
さるさん?さるさん。

493:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント2
08/10/12 13:01:04
カウント2 ほごしたらぜったいにめをはなさないようにしましょう。


柊は呆れたようにたずねる。

「なによ柊蓮司、今ちょっとかなり悩んでるんだから話しかけないでくれる?」
「大魔王が大判焼きの中身をどうするかで本気で悩んでんじゃねぇよっ!?」
「うるっさいわねあたしはいつでも全力投球なのよっ!?」

柊に紹介されたのは近くの大判焼き屋台。
子どもの頃から買い食いしていたところで、値段もリーズナブルであり、大通りにない隠れた名店である。
こんなところにこんな店あったのね、とむしろ感心したらしいベルは大判焼き屋のメニューを見て、真剣に悩みだしたのだ。

「定番のやっぱり定番のあんこにするべきかしら、いやでもチャレンジャー精神満載のマヨベーコンとかバジルトマトとか肉じゃがも捨てがたいし。
 あぁでも大判焼きって言ったらちょっとした変化球だけど結構人気の高いカスタードとか白あんも、チョコレートクリームとかも……」
「おーい、聞いてんのかよベルー?」
「うるさい黙れ。アンタはちょっと飲み物でも買ってきなさい、お茶よ。緑茶以外買ってきたら殺すわ」
「……へーい」

まだかかりそうだ、と考えた柊はその言葉に素直に頷く。

「……っていうか、絶対アレは俺への協力忘れてるよなぁ」

ため息とともに、近くの自販機で緑茶とスポーツ飲料のペットボトルを購入。月衣に放り込む。
もともと期待してはいないが、ちょっとくらいは義理を果たしてくれてもいいような気はする、とは思う。
まぁ、魔王に義理だのなんだのの感覚があるかは分からないが。柊自身も確かに感知自体は苦手とは言え、視界に納めた場所程度までなら月匣を感知できる。
ベルを案内しながら町を見回っているものの、今のところ月匣が目に入ったことはない。
よって、今のところエミュレイターが月匣を張っている様子はないといえると思うのだが……ともかく、油断してはならないと思いなおし、ベルの方を見た。

494:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント2
08/10/12 13:02:50
そこには、ベルをナンパしようとしているのか声をかけている学生の姿。
ベルは完全に無視しているものの、学生はしつこく言い寄っているのが分かる。
まずい。あれはまずい。何がまずいってあの学生の命がまずい。
ベルの目に剣呑な光が宿るのを感じ、彼はもう一つため息をついた。

***

ベルはかなり今イライラしていた。
とりあえずカスタードとあんを両方買うことは決定した。あとはバジルトマトにしようかマヨベーコンにしようかオニオンペッパーにしようかで悩んでいた。
そこで絡んできたのがこの男だ。
なんかぺらぺらと話をしていたようだが、こっちは悩んでいるのでいる。まったく耳に入っていなかった。
それが癪に障ったのかなんなのか知らないが、貧弱な命のくせに命令口調で話しかけるのみならず強引にそちらを向かせようとしていたのだ。
怒りを滲ませながら、子蝿にすらわかるように言ってやる。

「――あなた、うるさいわ」

彼女のわずかばかりの慈悲の心すら解さず、相手はまだなにかぴーちくぱーちく言っている。
しかたない。存在の差が見ても分からないのならこの世から存在そのものが消えてしまってもいいだろうと、手のひらに存在をいじるための力を集めた、その時だった。

――男の姿が、物理的に消えた。

ベルが瞬きをしたその刹那のことであるため、彼女も何があったのかを見損ねた。
彼女の横から犯人……いつの間にやらお茶のパシリから帰ってきていた柊がため息まじりの息を吐く。

「……お前な、腹立ったからってソレはさすがに物騒すぎるだろ」
「――何をしたの?」
「単に足払ってすっ転ばしただけだよ、ほら」

つまらなそうに彼の指す先にはすねを押えて転がる学生服の男が倒れている。
あら、と呟いてベルは微笑む。

495:NPCさん
08/10/12 13:03:02


496:ベール=ゼファーの休日・そのいち カウント2
08/10/12 13:03:59
「私に声をかけるのなら、それ相応の対応をしてもらわないと困るっていうのを体に覚えさせてあげようと思っただけよ?」
「あとかたもなくなったら覚えるも何もねぇだろうが」
「お人よしねぇ。そんなあなたを――彼らがおまちかねよ?」

彼女は楽しそうに指差す。柊もわかっていた。ベルに声をかけていたのは少年一人、しかし同じ制服の少年達が近くに5、6人いて、ベルに声をかけている少年を見ていた。
さっきベルに声をかけてきたのは使いっ走られた哀れな少年だったのだろう。
少年達は今彼らのまわり――というか、柊を取り囲むように集まっていた。
なんでこう厄介事に巻き込まれるかな、と内心思いつつため息。
相手はもう因縁つける気まんまんである。誰にともなく子ども相手に大人げねぇなぁ、と呟いて、柊は正面の少年にたずねる。

「あー……なんか用か?」
「なんか用か、じゃねぇっ!人のツレになにしてくれてんだこのガキ!」

やっぱりそう返ってくるよなぁ、と内心のボヤキ。知らん顔してそのまま逃げるという案をボツ。
ベルの方はといえばカスタードとあんとベーコンマヨにすることに決定して完成をこころまちにうきうきしている。悪魔かあの女、と思いつつ言葉に出さず心にしまう。
アレを邪魔すると今度はあの魔法が柊に向く。よってベルを引っつかんでそのまま逃げ出す、という選択肢もボツ。となれば彼にできることはあと一つ。
あーあ、と呟き柊は彼らに告げた。

「先に言っておくけど、声かける相手は選んだ方がいいと思うぞ。あと……」

自分達よりも小さな子どもの忠告を聞くことなく、柊になぐりかかろうとした少年の一人が――唐突に後ろに吹っ飛ばされる。
少年の目に映らぬ速さで顔面に飛びヒザ蹴りを叩き込んだ柊は、着地と同時に残りの少年達に向けてため息とともに言葉を続けた。

「……ケンカ売る相手もな」

体躯が変わっていたとはいえ、幾度となく生死をわける戦場に放り込まれてきた経験が彼を裏切るはずもない。
それがたかがちょっと大きいだけの少年達が挑んで勝てるはずもないのだった。合掌。
ベルはそんな光景を見つつ緑茶でできたてつぶあん大判焼きを一人優雅にぱくつくのであった。


497:中身
08/10/12 13:07:58
とまぁそんなわけでちびらぎとベルの珍道中その1でした。
……もとは柊の誕生日記念で何か書こうかと思ってたアイデアがいやに早く固まったのでさっくり蔵出し。
誕生日祝いには別のもん書こう。柊姉とか。
今回はベル様が主役……のはず。おいしいとこ持ってくのはすべてベル様です。
自分の好みはフール=む


ひりゅーさんの後連続はかなり心臓がいるんですが……(汗)。
ではまた。

498:mituya
08/10/12 13:26:26
>ベルの方
~~~~~~~~ッ!///(<声にならない歓声)

ベル様がッ! ちびらぎがーーーーーーッ!///
もうあのエミュレイターGJですよ柊をちびらぎにしたという点でっ!(<そんなにちびらぎ好きか)
そしてついてないお兄ちゃん達に涙(笑)
続きが気になりますよぅ~!

自分(一人称)の駄文なんか気にせず、さくさく投下してくださいっ!


あー………あと、自分、今晩の投下は無理っぽいです………用事入っちゃったんだぜ………(泣)

499:NPCさん
08/10/12 16:45:31
柊蓮司は ミニらぎ→ショタらぎ→ちびらぎ→ひいらぎ、と出世魚のように名称が(嘘

500:NPCさん
08/10/12 17:07:53
書きたいといっていたDX、さっそくやらせてもらいにきましたー。
読むに当たっての注意事項は以下の通りですー。

元ネタ : ぐだぐだぶるくろす
すてーじ : アキハバラ
登場キャラ : 考え付く限り(つまり見切り発車の執筆開始)

シリアスも戦闘もいっさいなし !
ま、いいか、アキハバラステージだし的なノリで !
合言葉は「だらだらいこうぜ !」な感じです。


501:NPCさん
08/10/12 17:08:26
「おかえりなさいませ、ご主人様 ! 」


 軒先の小さなチャペルが入口の扉で涼しげに鳴り響くと、こんなきらびやかな少女たちの声が、「いらっしゃいま
せ」の代わりに来客を出迎える。黒を基調としたメイド服、たくさんのフリルがついた純白のエプロン。
 そんな装いをした年頃の少女たちが、とびっきりの笑顔を振りまきながらフロア一帯を闊歩する。
  ここはいわゆる ―― 『メイド喫茶』と呼ばれる場所。
 この極東の島国で独自の発展を遂げたメイド文化というものは、古式ゆかしき厳格さや、奉仕するものの謙虚
さよりも、どこか一風変わったファッション性(?)を内包しているように思えてしょうがない。
 それがいわゆる『萌え』というものであるらしいのだが、アキハバラに足を運ぶ機会が増えたいまになっても、い
まいち “彼” にはその理解が及ばない。
 だから、こうやって所用があって訪れた喫茶店で、どう見ても自分と同年代の女の子たちに『ご主人様』などと
呼ばれても、どう反応していいか分からずに困惑して立ち尽くすしかなくなってしまう ――
 今日も、仕事のために「喫茶ゆにばーさる」を訪れた彼は、出迎えてくれたメイドさんのひとりに、『どうか助けて
はもらえまいか』とでも言いたげな視線を泳がせて、まるで阿呆のように店先に直立不動で硬直していたのであ
る。


「そ、そんなところにぼーっとしてちゃダメッすよ ! ほら、他のお客さん………じゃなくてご主人様たちが入れな
いじゃないッすか !」


 店の扉を開け放ったまま、複数の「おかえりなさいませ」に当惑したように突っ立つ彼。
 なんだかひどく頼りなげなSOSの視線をこちらに向けてくる彼を目ざとく見つけてくれて、メイドの一人が注意の
声をかけてきた。


502:NPCさん
08/10/12 17:09:22
 たまたま自分の一番近くにいてくれたのが、話をしやすい彼女でよかった、と彼は思う。
 意志の強さを顕すようなくっきりとした眉の上には綺麗に切り揃えられた前髪。その下に、意外と大きくてぱっち
りとした瞳が輝いている。やたらと体育会系の喋り方は、一応は自分の事をご主人様と呼んでくれてはいるが、ど
う贔屓目に見たってメイドのものではない。
 第一、エプロンの下のメイド服はやけにごわごわとかさばって、黒い袖口やスカートから覗く布地は、どこから見
たって空手着以外の何物でもないのである。
「辰巳さん、キミでよかった」
 ほっ、と一息ついて彼 ―― 檜山ケイトは安堵の表情を浮かべる。
 このメイド喫茶『ゆにばーさる』のメイドたちとは大抵顔見知りだったり、仕事の関係で臨時のパートナーを組む
こともあるのだが、空手着の上にメイド服という奇妙な出で立ちのこの少女 ―― 辰巳狛江は、ケイトにとって
気安く話せる数少ないメイドなのだ。
「よかった、じゃないッすよ。ほら、こっちこっち、こっち来てくださいッす」
 ケイトの手を取り、大股でズンズンと店内を縦断する狛江。
 ずるずると引きずられるようにテーブルのひとつに案内されて、ケイトはなんとなく話のきっかけをつかむことも
できず、無言で、なすがままに店内の一人用テーブルに着席させられてしまった。
「さあ、ご注文はなんッすか、ご主人様 ?」
 仁王立ちになった狛江はオーダーを取る気マンマンであった。


503:NPCさん
08/10/12 17:10:25
「コーヒー………あ、やっぱりランチセットで」
 ここへ来る前に昼食を摂ることをすっかり忘れていたことを、くるくると鳴ったお腹が思い出させてくれる。
 時刻はぎりぎり午後の二時。ランチセットのオーダーには間に合う時間であった。

「押忍っ、ご注文繰り返しまッす ! 『桃色メイドの手作り濃厚ラヴランチセット』ッすね !?」
「それ、正式名称っ !?」

 ケイトの声が裏返る。あまりといえばあんまりなメニュー名に、知らずに頼んだこっちが赤面してしまうほどだ。
「押忍ッ、店長以下多くのウェイター、メイドの絶大な反対意見を押し切って、霧谷さんの鳴り物入りで決められ
たスペシャルメニューッすよ !」
 なぜか誇らしげにふんぞり返る狛江を、呆れるよりほかないといった表情で見上げるケイト。
 霧谷さん、というのは言うまでもない。UGN日本支部長であり、現在は主にここアキバ支部営業担当サポーター
として辣腕を振るう、霧谷雄吾のことである。
「あの、霧谷さんが……… ?」
 ケイトは絶句し、次の言葉を捜そうと口をぱくつかせる。おかしい。僕の知る霧谷さんという人は、地位こそ高い
人だけど、存外気さくで温厚で、いたって常識のある大人の男性だと思っていたのだが。そもそも、ここ「喫茶ゆ
にばーさる」だって、表舞台に進出を開始したファルスハーツの対抗拠点として設営された世を忍ぶ仮の姿。
 一応の体裁があるから喫茶店経営はまともにしているようだけど、ここまで「アレ」な感じのお店にする必要は
ないはずだよね ?


504:NPCさん
08/10/12 17:10:59
「ふっふふ。そこが霧谷さんのシンボーエンリョってヤツらしいッすよ ? 男性客、じゃなくてご主人様たちのニー
ズに応えたネーミングとしてこれは絶対受け入れられると、私は聞いてるッす」
 人差し指を立てながら、チッチッチッ、と言ってみせる狛江。
「この名前が、なんで受け入れられるのさ……… ?」
「なんでもですね、メイドさんたちに堂々と、『桃色メイド』とか『濃厚ラヴ』とか言わせることができるから、ってそん
な理由みたいッす」
 あっけらかん、とした狛江の答えに。
 ケイトはテーブルクロスの上に額をぶつける勢いで落ち込んだ。
 喫茶ゆにばーさるの営業スタンスに、心底から疑問を抱いたのはこのときが始めてである。
 羞恥プレイか ? 羞恥プレイなのか !?
 ケイトは想像してしまう。
 例えば、いつものクールな無表情を崩すことなく、
『桃色メイドの手作り濃厚ラヴランチセット………入ります』
 と淡々とメニューを読み上げる久遠寺さんとか。
『も、桃色メイドの………手作り濃厚ラ(声が消え入ってよく聞き取れない)セット………ですねっ』
 と、カチコチになりながら必死で職務を遂行しようとする玉野さんとか。
 ………なんだか、いろいろと不憫になった。


505:NPCさん
08/10/12 17:11:19
支援

506:NPCさん
08/10/12 17:37:09 CVQ2a+ca
支援らー!

507:NPCさん
08/10/12 18:04:16
ageてしまたもうしわけない。
サルさん規制は00時になったら解除されるぞー!

支援

508:NPCさん
08/10/12 18:26:11
どうしようかな……投下途中みたいなんだけど。
投下に時間制限のある自分の身の上がうらめしい。

509:NPCさん
08/10/12 18:57:11
たいへん申し訳ない上普通はやっちゃいけないことですが、投下割り込みます。
時間制限的にちょっとやっぱり厳しい……。
身近にネット環境がないゆえの暴挙です。申し訳ありません。

じゃあ投下っ!

510:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント3
08/10/12 18:59:04
カウント3 まわりにちゅういしましょう。


「たいした化け物っぷりじゃない。あれなら下級侵魔の一匹二匹程度軽く倒せるんじゃない?」

ベルはそう妖艶な笑みで尋ねる。
あれだけの動きができるのならいつもと同じ戦いができるはずもないという心配は無用なのではないか、という意味である。
彼女は先ほどさっくりと自分よりも大きな少年達を片付けたことを揶揄して言っていたのだが、柊は半眼で答える。

「……そういうことはほっぺたについてるカスタード取ってから言えよ魔王サマ」
「えっ、あ! う、うるさいわね柊蓮司のくせにっ!」

言われて気づいたベルがあわててカスタードを拭うのを見て、こういう仕草だけは女の子っぽいのになー、と内心思いつつ柊は答える。

「そうでもねぇよ。リーチも違う、スタミナも落ちてる、瞬発力は……まだマシか。軒並み弱くなってんだ。
 まぁ、剣持てないほど筋力が落ちてたわけじゃねぇのが不幸中の幸いってトコだろうな」

ぐっと拳を握って、開く。彼は身一つで剣を振り回して旅するのを生業とするフリーのウィザードである。
歴戦、と誰が見ても認めるほどの月匣(せんじょう)を渡り歩いてきた割にどこに所属するわけでもなくふらふらと風のように世界を巡り渡る柊は、自分の体調には敏感だ。
無論、無茶も無理もしなければならない時はある。
しかし平時においての管理は万全にしなければ有事に対応するのが難しくなるのは事実にして当然だ。
だからこそ、彼は意外に自分の体調や状況は正確に判断しておくようにしている。

嘘がつけないのはたまに傷、と言うべきだろうか。
ベルはふぅん、と言って目を細める。

「珍しく弱気じゃない」
「そうでもないと思うけどな。単に正確な判断してるだけで」
「正確な判断ねぇ。

 ――つまり。アンタを殺すなら、このチャンスを逃すのはもったいないってことよね?」

511:NPCさん
08/10/12 19:00:03


512:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント3
08/10/12 19:00:06
そう、酷薄な瞳で彼女は柊を見た。

大魔王、『蝿の女王』、裏界の大公と、様々な称号や異称を持つベール=ゼファーは、しかし何度もこの目の前の現在ちびっ子化したウィザードに煮え湯を飲まされている。

『赤星の右座』こと<星を継ぐもの>。
『星詠みの王』こと<魔王>ディングレイ。
『滅びを撒く白闇』こと<魔王>皇子。
『世を食らう暴食』こと奈落魔王。
『金色の魔王』こと、<裏界一位・大公>ルー=サイファー。
『滅びの光』こと、<皇帝>シャイマール。
『目覚めさせるもの』アウェイカー。
この一年だけで柊が戦い、滅びに関与し、あるいは彼自身が倒したものの名である。
もちろん彼だけの功績ではない。しかし、これだけの無茶で派手な戦跡をかざるウィザードは、近年とんと現れなかった。
ウィザードから見れば、アンゼロットに使われて情けない姿をさらしているところが強く印象に残るものの、腕の立つ、それ以上に頼もしい味方。
しかし、侵魔側から見ればその名は侮蔑と畏怖に満ちている。裏界の上位者の計画をことごとく蹴散らし邪魔してまわる、闇を払い神すら殺してみせた最悪の敵。
ルー=サイファーやシャイマールの信望者の間では憎悪のまなざしを向けられていて、またそれ以外にも名を上げる絶好の対象でもある。
ベルとしても、何度も計画を潰してくれたウィザードである。その因縁は深い。

しかし柊は、心底不思議そうに答えた。

「なんだよ珍しいな、お前が俺に忠告するなんて」
「な。
 あ、あんた何言って――」
「何って、お前は弱ってる相手を襲うとかそういうの趣味じゃないだろうが。
 趣味じゃないことは死んでもやらねぇのがお前じゃねぇか。本気で手を出す気はねぇんだろ」

513:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント3
08/10/12 19:00:43
本気で不思議そうな柊の声に、ベルの顔が紅潮する。
確かに本気でここでやりあう気はなかった。それは認めよう。ちょっとばかりからかってやるつもりだったのだ。
それがまさか、こっちの性格を読みきった返しをされるとは思っていなかった。予想外の事態に、ベルはぱくぱくと酸素を求める金魚のように口だけを動かす。
そんな彼女の様子に気づいた様子もなく、柊は苦笑しながら答える。

「まぁ、手に負えなくなりゃ逃げるさ。お前に心配されるまでもねぇよ」
「し、心配なんかしてないわよっ! バカじゃないの柊蓮司っ!
 いいっ!? 今のは単にこのあたしの計画をぽこぽこ潰してるアンタが、他の誰かにやられたら許さないってだけの話なんだからねっ!? わかってるっ!?」
「ん? それ以外の意味とかあるのか?」
「あ――あるわけないでしょうがっ!」

心底不思議そうなこの男の言動が、今すぐ制限解除ヴァニティワールドをぶち込んでやりたいほど腹立たしい。
ベルは内心の動揺をなんとか抑えようと必死だ。
『落ち着け、落ち着くのよベール=ゼファー。柊蓮司がそういう男だっていうのは言うまでもなくわかってることじゃない。
 そう、とりあえずスピットレイから順繰りにだんだん威力高い魔法叩き込んで最後はディバインまでっていう前やった虚属性の天版みたいなのやりたくても我慢よ我慢』
とかいう羽目になっているベルに、柊がその手を掴んだ。

「ベルっ!」
「って……なにすんのよこのバカっ!」

思いきり右手を振りぬいて頬を張る。なんだか面白い音を立ててほっぺたをはられるものの、彼はおかまいなしにベルを掴んで路地裏に隠れた。
何をするのかともう一度右手を振りかぶった瞬間、柊が慌てて静止する。

「待て! っつーか待ってくれ頼むからっ! ほら、アレ! あれ見ろよっ!」


514:NPCさん
08/10/12 19:01:45


515:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント3
08/10/12 19:01:57
やけに必死な静止にベルがそちらを向くと、そこには長身痩躯の男の姿。
蒼き月の神子、真壁翠の使徒・羽戒時雨である。
色々と柊に因縁がある存在であり、その上侵魔に対しては容赦がない。おそらくはそのためにベルを隠す形で路地裏に隠れたのだ。
ベルはしかし不機嫌そうに唇を尖らせ、柊に言う。

「なによ、あたしがアレに負けるっていうの? あの程度の男が、このあたしに傷一つでもつけられると思って?」
「別にお前が弱いとかは一言も言ってねぇだろうが。そうじゃなくて、お前があいつと鉢合わせたらそこで面倒だし、お前放っておいたらまた騒ぎになるだろうが」
「騒ぎになったってアンタには関係ないでしょう」
「大アリだ。人に一日エスコートしろって約束させたのはどこのどいつだよ」

不満そうに言った彼女に、ため息をつきながら柊はそう答えた。
時雨がくればベルがまた騒ぎを起こす。それをわかっているからこそ、彼女を不快にさせないために――ベルが戯れにさせた約束を守るために、こんな行動をとったのだ。
……ベルと柊が一緒にいるところを見られれば問答無用で柊も襲われる、ということや柊自身が今の自分の姿を見られたくない、という考えもなかったとは言わないが。
もっとも、その理由すらも結局先の理由に帰結するのだからあまり変わらないと言えば変わらない。
ベルは人間の欲望や願望を利用するのを好む魔王である。そのためか、自分に向けられるストレートな正の思いにはかなり弱い。
それが殺意や敵意、害意といったものなら慣れたもの。むしろそれすら利用してやろうという気持ちもある。
だがしかし、めったに向けられることのない純粋な好意や優しさの類にはめっぽう弱い。真壁翠やアゼル=イヴリスに弱いのもこんなところが原因だろう。

ベルは完全な不意打ちにあ、う。と意味不明な言葉をしばらくうめいて頬を赤く染めると、ふんっ、と鼻を鳴らして腕を組むと言った。

「……これだから、柊蓮司は」
「なんだよ」
「別にっ! まぁ、アンタの顔を立てて今回だけは騒ぎ起こさないでいてやるわよ」


516:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント3
08/10/12 19:03:36
へいへい、と呟いて柊は再びため息。時雨が行き過ぎるまで待つ。

「そういえば、なんで時雨がここにいるんだ?」
「あれ、アンタ知らないの? もう一つ向こうの角の店って真壁翠のバイト先の一つよ?」
「ってぇ、俺が行ったらまずいだろうがっ!? 仕方ねぇ、回り道するぞ」

そう言うと、彼はベルの手をとって路地裏を進み出す。
それはエスコートというには乱暴すぎて、どちらかというと手のかかる妹を引っぱる兄のような仕草だったが。
不思議と振りほどく気にならず、ベルはされるがままにしていた。

その手は、なんだかやけに暖かい気がした。


517:NPCさん
08/10/12 19:04:59


518:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント4
08/10/12 19:06:28
カウント4 たのしくあそんであげましょう


「ほらほらほらほらきたわよ来たぁっ!」

大魔王ベール=ゼファー、ガッツポーズ。
がこん、という音とともに落ちたのは――なにやら丸っこい、デフォルメされた人型のぬいぐるみ。
それを柊はじとっとした目で見ている。
その視線に気づいたのか、ベルは小首を傾げながら問うた。

「なに? 不思議そうな顔して」
「いや……お前本当にゲーム好きだよなって思ってよ」
「あら、それはそうよ。長い間生きてると刺激が欲しくなるものなの。特に自分の命が脅かされてない状況だとね。
 そのへんは人間もそうでしょう?」
「さてな。俺の場合、刺激だらけの人生って言っても過言じゃねぇ。
 できるなら何も起こらないのが一番なんだけどな、刺激が欲しいと思うのは慣れからくるもんだ。
 自分にないもの欲しいと思うから欲しがるんだろうが……そのへんはいまいちよくわかんねぇわ」
「あなたにとっては、それが日常でしょうからね。うらやましいわね、刺激だらけの人生。
 まぁ、守りに入ってばっかりのウィザードの戦いなんてあたしの性に合わないでしょうからすぐ飽きそうだけど」
「おいおい。飽きたっつってやめられねぇんだぞ、こっちは」

苦笑しながらそう言う柊に、ベルがぬいぐるみを両手で掲げてくるくる回りつつ月衣に突っ込みながら答える。

「そうでもないでしょう、夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)?
 激しい戦いの中で、心が折れる者もいる。守る意義を見失い、絶望に堕ちる者もいる。力に見入られ、魔道に迷い込む者もいる。
 それは同じコインの表と裏。やめようと思えばいつでもやめられるのよ。あっけなく。
 あれだけ殺人的なスケジュールで任務をこなしてきているんだもの。あなたはその真実を知っているはずでしょう?」

口元には悪魔の微笑み。言葉には甘い毒。
やめたいと一言でも口にすればそれを言質に悪魔の取引をする気が見て取れるほどの、蟲惑的で柔らかな問いかけ。

しかし、それにも柊はただ肩をすくめただけ。

519:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント4
08/10/12 19:07:49
「残念ながら。ウィザードになってからこれまで、一度もこの場所から降りたいなんて思ったことはなくってな」
「……いち、ども?」

その言葉に逆にベルが目をしばたかせるほど。
強烈な経験をしていればこそ、苛烈な戦場に立たされればなおさら。そこに対して恐怖を抱かないはずがないのだ。
あわてて問う。

「おっかしいんじゃないのアンタっ!? 痛いのを気持ちいいとか言っちゃうヘンタイとかっ?」
「誰がだよっ!?」
「だって……痛いのが好きとかそういうのでなきゃおかしいでしょう? 今まで一度も怖いと思ったことがないとは言わせないわよっ!
 アンタの前に立ちふさがってきた魔王がどんな連中か、身をもって知ってるでしょう?」

その威を知るがゆえに、ウィザードと魔との力の差を知るがゆえに。理解できないとたずねるベルに、一つため息。
あぁ、とそれに対してなに一つ逡巡することなく、柊はそれを肯定した。

「当たり前だろ。俺だって痛い思いはしたくないし、魔王連中と戦ってて怖くなかったなんて言えるわけもねぇ。
 けど――それとウィザードを降りたいって思うことって、別だろ?」

苦い表情とともに柊は問い返す。
痛みもある。苦しみもある。喪失感も、恐怖も、傷もある。
それでも彼は、戦場に立ち続ける。その場から降りたいと思ったことなどないと彼は告げる。
なぜか、とベルが問えば、彼はどこか困ったように頭をかきながら答えた。


520:NPCさん
08/10/12 19:08:14


521:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント4
08/10/12 19:11:23
「だってなぁ……みんなが幸せになるために一人が貧乏くじ引くのって、やっぱ間違ってると思うんだよ。
 戦うのは覚悟がある奴であるべきだし、何も知らない奴は知らないままで幸せでなきゃおかしいだろ。
 そもそも諦めんのが速すぎるんだよ。他に方法見つける前から切り捨てる方向で動いてたら、切り捨てなくていいものまで切り捨てることになっても文句言えないだろ。
 だったら最後までみっともなかろうが足掻いてもがいて、最後の最後まで手を打ち続けたら何とかなることだって、結構あるんだってわかっちまったからな。
 一度でもそうやって救えたものがあるんだ、次も、その次もって欲張ろうとしてるだけだ。
 
 俺がそうしたいから、欲張るために体張ってるだけだ。
 怖いのも痛いのもごめんだが……俺が納得できる方法で結果を得るためにやってんだ、それに文句なんぞつけられるわけもねぇだろ」

やりたいことだからこそ、痛いのも苦しいのも乗り越えられる、と。そいつはそう言い切った。
それでベルも気づく。
おそらくは、この人間にとっては負けることなんかよりも、殺されることなんかよりもずっと、ずっと。

――自分の守ると決めたものが守れないことの方が、怖いんだということを。

言葉は、自然に出た。

「わかってはいたつもりだったけど……」

522:NPCさん
08/10/12 19:11:57
支援どすえ!

523:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント4
08/10/12 19:13:36
「なんだよ? いきなり笑い出して」
「アンタって本当に頭が悪いわね、柊蓮司」
「結局それかよっ!?」

ツッコミをいれる自分よりも小さな宿敵の手をぐいっと引っ張ると、ベルはゲームセンターの奥へと進んでいく。
今度は柊があわてた。

「ちょ、ちょっと待てよベルっ!? エスコートすんのは俺って話じゃなかったのかよっ!?」
「気が変わったのよ。こっちはアンタに連敗続きなの、せめてゲームで晴らさせなさいよ馬鹿」
「って、待てぇっ!? 俺ここ一年筐体なんぞ触ってねぇんだってのっ! どんなゲームがあんのかも知らないのに勝てるわけねぇだろうがっ!?」
「知ったことじゃないわよそんなの。それに――」
「それに?」
「あたしが絶対勝てるから、楽しいんじゃない」
「おいこらテメェっ!?」

そんな問答をしながらも、相手の話を聞くことなく、ベルはずるずると引きずっていく。

……言うまでもないことだが。
柊は、格ゲーでもクイズゲーでも音ゲーでもレースゲーでもシューティングでもパズルゲーでも勝てなかったという。


524:ベール=ゼファーの休日・その2 カウント5
08/10/12 19:16:39
カウント5 げんきにみおくってあげましょう


「情けないわねぇ」

ころころと。鈴音のような声で笑うベル。丸いテーブルの対面に突っ伏しているのはもちろん柊だ。

「……なんで一年見てないだけでこんなにゲーム変わってんだよ。
 格ゲーくらいなら勝てるかと思ってたけど、おかしいだろ各キャラ3スタイル制になってたりバランスブレイカーな新キャラがいたりストライカー制なくなってたりとか」
「パズルやクイズではさすがに勝てると思ってなかったみたいね」
「シューティングと音ゲーも無理だろ。ありゃある程度は反射でなんとかなるが、こっちは初見だぞ。暗記ナシと一回でも見たことがある奴じゃ難易度段違いだ」
「よくわかってるじゃない」

微笑んで、苺のジェラートをぱくりと口にする。
ゲームセンターでひたすらヘコまされた後、近くのジェラート専門店でまたも柊がおごることになっていた。今日一日でかなり痛い出費である。悲しいことに。
ベルからすれば大好きなゲームに勝った後の報酬だ。おいしくいただかなければバチが当たる。当てるのは誰か知らないが。
あー、となんだかバテたように突っ伏していた柊。

そう、だらしない子供の姿をさらしていた彼が――不意に視線を鋭くさせ、がばりと身を起こした。

「――きた」
「……そのようね。腹立たしいことに」

ベルが無粋な相手に苛立たしげな表情を浮かべる。
つい先ほどまで彼女は完全に忘れていたものの、柊はこの町に逃げ込んだエミュレイターを逃がさないためにここにいる。
そして、柊もベルも近くに月匣が張られたのを今感知した。
柊は財布から札を一枚取り出してべし、と伝票に叩きつける。



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