卓上ゲーム板作品スレ その2at CGAME
卓上ゲーム板作品スレ その2 - 暇つぶし2ch300:279あるいは泥ゲボク ◆265XGj4R92
08/10/02 23:48:23
取っ掛かり部分ですが、竜之介と一狼のSSの頭部分が出来ました。
いささか未熟な点が多いでしょうが、受け入れてもらえるかどうかビクビクしながら投下します。
よろしくお願いします。

タイトルは【迷錯鏡鳴】です。

301:迷錯鏡鳴 序の巻 ◆265XGj4R92
08/10/02 23:50:23
 
 紅い赤光に飲み込まれた世界がある。
 時刻はまだ夕方なのにも空には紅い満月が輝いていた。
 嗚呼、なんという恐ろしい月夜なのだろう。
 それは紅く、赤く、破瓜の血のように鮮血に染まっていた。
 大気すらも紅く、呼吸するたびに血に染まっていくような錯覚すら覚える世界。
 紅い月の光に満たされた空間―月匣と呼ばれる異空間。
 そこに三人の人影がいた。
 暗い、薄暗い校舎の中で対峙するものたちがいる。
 一人は少年。
 輝明学園秋葉原分校の制服を身に纏い、両手に無骨な形の両刃の刃物を握っている。黒塗りの刀身、刃渡り20センチほどのそれはクナイと呼ばれる得物。
 右に一本、左にも一本、逆手に握る少年。
 その眼光は鋭く、不気味なほどに身じろぎもせずに、ただ目の前に二人をにらみつけ、硬質な殺意を放っていた。
 空気が凍りつきそうな、歩み寄るだけで首が切り落とされそうな殺意。
 それを受け、それと対峙するのは二名の少女。
 一人は色素の抜けた茶髪をツインテールに結い上げた少女。
 輝明学園秋葉原分校の女生徒用の制服を身につけ、両手には巨大なるトンファー―否、それはトンファーではなく、“箒”。
 ドラゴンブルームと呼ばれるトンファー型の箒、それを構えた少女はただの常人か?
 否である。
 この月匣内で怯みもせずに、ただ眼前の少年を射殺さんとばかりに睨み付けている少女が常人なわけがない。
 そして、その横で佇む少女もまた常人ではなかった。
 彼女は人ですらなかった。
 その手は異形の如く鋭い爪を生やし、耳に当たる部位は猫のように大きく肥大化し、臀部からは猫の尻尾を生やした、それを人類と呼べるわけがない。
 瞳孔は細い亀裂のように縦に長く夜闇を見通す獣の瞳。
 バンダナを頭に身につけ、後ろ髪をリボンで括った少女は人間ではない。
 人狼―デミ・ヒューマン。亜人間と呼ばれる種族の一人、猫と人間の混ざったようなそれは猫人と呼ぶべきか。
 それらが一同に会し、互いに対峙している。

302:迷錯鏡鳴 序の巻 ◆265XGj4R92
08/10/02 23:51:47
 
 まるで漫画か幻想のような光景。
 夢のような、趣味の悪い悪夢。
 しかし、その夢は決して覚めぬ夢。
 確固たる現実なのだから。

「   」

 少年が呟く。
 しかし、その言葉は少女達には届かない。
 互いに敵だと既に認識し、放たれた言葉はむなしく大気に希薄化し、消失する。
 ゆらりと少年の身じろぎ一つしなかった体が崩れ、揺らいで、瞬間―音もなく、少年の位置が移動した。
 体勢はそのままに、ただ位置のみが移動する。
 前へ、爪先でだけで蹴飛ばし、移動するその歩法。
 すり足と呼ばれる剣道の歩法、その亜種、恐るべき速さでの前進。

「っ!?」

「  !!」

 トンファー使いの少女が驚きに目を見張り、亜人の少女が警戒の咆哮を上げる。
 二人の少女が動き出す。
 ツインテールの少女が呼気を洩らしながら、力強く前に踏み込み、そのしなやかなる手足を流れるように用いて、ぶぅんと大気を両断するかのようにドラゴンブルームを横なぎに振り抜いた。畳み掛けるように亜人の少女が右手の爪を一閃させ、十字に切り裂くかのような疾風。
 防ぐか、止まるか。
 どちらを取るかと少女達は考えて―第三の選択を少年は選んだ。
 少年の頭部を粉砕するかのような残酷なる軌跡、しかしそれを少年はさらに踏み込み、低い体勢で躱す。
 地面と頭が平行になるほど低く、蜘蛛のような姿勢。爪先と指先のみで床を引っ掛け、疾走する移動法。
 なのに、速い。
 飛び出した少女たちと少年の軌道が交差し、位置を真逆に変える。
 少女は前へ、少年は少女の背後を取った。

303:迷錯鏡鳴 序の巻 ◆265XGj4R92
08/10/02 23:52:48
 
 驚愕にツインテールの少女が硬直したのは一瞬、即座に建て直し、旋回するようにトンファーを背後に振り抜いた。
 横薙ぎの一閃。
 風すらも切り裂く閃光の如く殴打は再び空を切る。
 少年は振り返るよりも早く、ただ上へと跳んだ。
 恐るべき身体能力で天井へと跳んで、クルリと天井へと―“立った”。
 重力を操作した?
 否、違う。
 天井からぶら下がった蛍光灯、それを足先で掴み、ただ引っ掛けたのみ。
 少年の靴は普通の革靴―多少改造されているとはいえ、本来の戦闘服である装束ではなく、僅かなくぼみを掴むための足先がない。
 故の代理、そして空を切った少女へと少年の両手が閃いた。
 二条の投擲、人差し指で支え、中指で押し出した独特の投擲術でクナイが弾丸の如き速度で撃ち出される。
 少女は息を呑み、片方を咄嗟に構えたトンファーで弾き、もう一つは首を捻って躱す。
 顔の真横を突き抜けるクナイ、風を切る音が鼓膜を震わせ、ドスンとクナイの先端が廊下の床に半ばまでめり込んだ。
 その威力に戦慄する。
 弾いたトンファーに確かに残る衝撃に手が痺れていた。まるで砲撃の如き投射術。

「あげは!」

 瞬間、言葉が意味を持った。
 あげは、そう呼ばれた少女が人外の速度で天井に佇む少年へと爪を伸ばしていた。

「はぁああああ!」

 僅かな挙動、助走すらもない跳躍で二メートルを超える高みへと登る身体能力、まさしく人外。
 少年の手元に武器は無く、自然落下で避けるには遅い、絶好のタイミングでアゲハと呼ばれた亜人の少女は唸りを上げて、爪を少年へと叩き込み―金属音を響かせた。

304:NPCさん
08/10/02 23:54:10
あんたかいっ!支援

305:迷錯鏡鳴 序の巻 ◆265XGj4R92
08/10/02 23:54:18
 
「っ!?」

 確かに爪は命中した。
 少年の胸元へと振り抜かれた爪は紛れも無く必中のタイミングと軌道を描いて打ち込まれ―受け止められていた。
 少年の袖から飛び出したクナイによって。
 手首を曲げればもう一本、瞬時に飛び出し、その手に握られていた。
 バギンッと蛍光灯が二人分の体重に破損し、二つの人影が落下した瞬間、斬光が交差した。
 二本の爪が、二本の刃が、瞬くような瞬間を重ねて煌めく。
 互いに殺意を向けて、刃が振りぬかれて―弾かれたように吹き飛んだ。
 互いに人外、鍛え抜かれた、或いは常識外れの身体能力を持って、体勢を整え、まるで羽毛のような軽さで着地する。
 見ていなければ今着地したのだと分からぬほどの静かな音。
 アゲハはぐっと短い苦痛を洩らして胸元を押さえて、少年は歯を食いしばりながら手の甲で頬についた爪痕を拭う。
 互いにその速度と鋭さを認識し、油断は出来ないと判断した瞬間だった。

「どけ、あげは!」

 独特のテンポ、リズムで息を吸い上げたツインテールの少女が腰を捻る。
 膝を曲げて、手首を曲げて、しなやかに踊るように体を前に投げ出し―あげはが意図に気付いて飛び退いた瞬間、虚空を切り裂くかのようにトンファーを振り抜く。
 刹那、大気が奇怪な破裂音を奏で上げて、陽炎の如く歪んだ。
 ―伏竜。
 そう呼ばれる技術がある。
 龍使い。
 “氣”、すなわちプラーナの操作技術を極限まで編み上げ、体を鍛え抜いたウィザードの一派。
 体内に巡る経絡の流れと龍(ロン)と称し、大地に巡る霊脈―竜脈と呼ばれる大地の流れと同調し、己の中に龍を宿した武術家たち。
 内力を練り上げ、丹田を通し、己の経絡を全てにプラーナすなわち氣を巡らせ、錬気を練り上げた彼女には見える、感じる、悟れる。
 大気の流れを、その硬直した位置を、打点すべき位置を。
 故に無駄なく、迷い無く、その一点を叩いて、大気に衝撃の波紋を広げた。


306:迷錯鏡鳴 序の巻 ◆265XGj4R92
08/10/02 23:55:34
 
 世界は彼女にとっての水面。
 指を突いただけで波紋が広がる、大気もその時の彼女にとっては液体も同然。
 風の如く、音の如く、衝撃が大気を伝達し、少年の体を打ち据えた。
 少年には意味が分からなかっただろう。
 大気が歪んだと思った瞬間、5メートル以上は離れていた少女が振り抜いた一撃が不可視の衝撃となって少年を打ち抜いたのだから。
 見た目は十代半ばの少女。
 けれど、振り抜いた一撃は鉄をも砕く剛力無双。
 六十キロ前半の十代少年の体をトラックの直撃の如く吹き飛ばし、遥かな廊下奥へと転がすのには十二分の一撃だった。

「竜之介、やったか!?」

「いや、まだだ!」

 あげはが呼んだ少女の名、それは不可思議なことに男の名前のようだった。
 けれども、竜之介と呼ばれた少女は一切の疑問も浮かばせず、ただ厳しく前を見る。

「手ごたえが浅え!」

 手ごたえの弱さに、竜之介は厳しく目を細めていた。
 よくよく考えれば、派手に吹き飛びすぎていたのだ。
 幾らなんでも竜之介の一撃を受けたとはいえ、廊下の奥にまで吹き飛ぶなんてありえない。
 むしろ、わざとその方向に自ら跳んだとしか言いようがないほどに。


307:NPCさん
08/10/02 23:56:00
ここ規制厳しいんで頑張ってください支援

308:迷錯鏡鳴 序の巻 ◆265XGj4R92
08/10/02 23:56:19
 
「まだケリはついてねえ」

 じわりとこめかみに汗を浮かばせ、竜之介は静かに呟いた。


「来るぞ!」


 廊下の奥から煌めき、打ち込まれてきた無数の白刃。
 それらを打ち払いながら、竜之介は赤い夜空に響き渡るほどの咆哮を上げて、足を踏み出した。



 ナイトウィザード 異説七不思議録

  【迷錯鏡鳴】



 忍の巻に続く


309:NPCさん
08/10/02 23:57:29
ふにゃ支援

310:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/03 00:02:18
投下完了です。
なんで頭部分だけで8KBもあるんだろう? 不思議不思議。
25(+5)行の制限は厳しいですね。
レス数がどうしても多くなってしまいました。誠に申し訳ない(土下座)

一応次回、忍の巻、龍の巻、終の巻の全四本で終わらせる予定でしたが、
レス数が膨大に多くなり、一部上下編にするかもしれません(汗)

他の職人様と比べると雲泥のへぼSSですが、どうか楽しんでもらえると幸いです。
ああ、恥ずかしい(真っ赤)
それでは近いうちにまた続きを投下させていただきます。
今後は泥げぼくとここでは名乗らせていただきます。

一狼とか竜之介やらあげはがおかしい! という指摘は全て自分の未熟さ故です。
すみませんでした!!

311:NPCさん
08/10/03 00:13:56
>>310
相変わらずだなぁあんさんは(苦笑)。
つーかどんだけ平行する気だいあんた。おいらの知ってるだけでいつつはある気がするんだけどね。
読む側としちゃ、ありがたいの一言だがね。据え置かれてるのの続きも読ませてくれんかね、地下とか。

いろんなデータ見てると書きたくなりますよねー。
次回更新もお待ちしています。

ここも、賑やかになるなぁ(遠い目)。

312:NPCさん
08/10/03 00:19:31

GJ!……なんだが、この上手いが独特な戦闘描写、そして泥げぼくという名前……もしや地下のマッドマン氏?w

313:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/03 00:29:01
レス返しです。

>>311
一応こちらのはあまり長くなく終わる予定です。
竜之介と一狼などの習作のつもりで書かせていただいてます(とはいえ、本気でかいてますが)
色々と書き溜めていますので、少しだけお待ち下さい。
あと何故に遠い目にw?

>>312
ナ、ナンノコトデショウ?
単なる新人ですよー

314:NPCさん
08/10/03 00:44:21
>>313
いや、昔の話さ。
半年前には、アニメ板の方はスレごと暴れてるほどだがこっちは静かなもんでね。投下もとうに途切れてた頃。
前スレが無くなるときに立ち会ったから、次は立つのかどうかでかなりやきもきしたわけさ。
立った後も使い切れるのかとね。色々心配したもんだ。

昔は読んで感想くれる人間も一人二人いりゃあいい方でね。方々で宣伝した甲斐もあったと思うとねぇ。
それが今じゃたくさん書き手がいてくれる。時ってなきちんと流れてるもんだなと思ったのさね。

いや、もちろん書いてくれる作家さん方がいてこそなんだがね。感慨深いね。

315:巡りの中身
08/10/03 16:52:18
しみじみしてるところアレじゃが投下しにきましたー。
支援できる人いますかねー?

いなくてもするけど。

316:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 16:56:16
司令室で、ラルフは難しい顔をして腕を組んでうなっていた。
彼の前にいるのは、まだあどけない顔をした子供と子供の頃から面倒を見ていた娘。
ラルフは、ミリカに引きずられてきた柊の思いつきについて彼の口から聞いていたのだ。
しばらくうなった後、彼は少年にたずねる。

「おいガキ。今の作戦、お前どれくらいで考えたんだ?」
「どれくらいも何も。そこのねーちゃんが文句も言わせず人を引きずっていきやがるから、最低限の決め手以外は引きずられてる間になんとか辻褄合わせただけだ」

明らかに不機嫌そうな表情で柊が答える。ミリカは特に悪びれもせず、ふふん、と楽しげに笑っている。
ほう、と感嘆の声をあげ、ラルフは言葉を次いだ。

「お前作戦立案の才能があるかもしれねぇな。どうだ、コスモガードなんぞやめてウチにこねぇか?」
「部隊長っ!?」
「いや、俺日本離れる気はまだねぇし」
「そうか、惜しいなぁ。ウチに来れば退屈しねぇぞ?人種なんぞ気にする奴もいねぇし。
 なぁミリカ、この小僧のために日本支部立てるような余力は本家にはないのか?」
「ありませんっ!なにを非常識なこと言ってるんですかっ!?」

食ってかかるミリカに、ラルフが両手を挙げて勘弁、というポーズをとってみせる。
そんなやり取りを眺めながら、呆れたように柊に言う。



317:NPCさん
08/10/03 16:57:44
はわ

318:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 16:57:50
「んで、おっさん。言ったモンは用意できんのかよ」
「あぁ、もちろんだ。
 ミリカ、お前はハンガーに行ってリッドじいさんから例のアレを受け取って狙撃班に届けろ。今すぐだ。
 で、ガキ。お前は俺と一緒に来い。俺も戦線近くまで移動する。ここの状況は逐一伝えろ、いいな?」
「それはいいですけど『アレ』、一体誰に撃たせるんです?」
「決まってる。この部隊に随行してる最高の狙撃手っつったら『銀弾』のロベルトしかいねーだろ」
「ロベルトさんをそこに使っちゃったらこの子のフォローどうするんです?」
「心配いらねぇ、あいつは『銀弾』だぜ?その程度できなくてんなあだ名つかねぇよ」

それもそうですね、とミリカが気安く頷く。
ラルフがだろう?と男らしいふてぶてしい笑みを浮かべ――オペレータールームを通じて、全軍に指揮を飛ばす。

「さぁ野郎ども、勝ちにいくぞっ!!」

村中に、鬨の声が広がった。



319:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 16:58:53
***

断続的に続けられていた魔法が止む。
それを確認し、銀の狼は移動を開始――しようとして、箒に跨って横合いから一直線に飛び来るものを視認した。

獣は笑う。あれだけの数を使ってなお、自分に有効な一撃を与えることもできなかった生き物共がたった一匹で何ができるのか。
全方向に向けて大量に放っていた魔法を、その一匹に向けて幾つも放つ。
闇色の弾丸が、風の刃が、炎の龍がまっすぐ前を見据える少年に向かって放たれる。
柊は自分の属性である風の魔力反応を感知、自身の跨るテンペストを慣性の法則を無視して横にドリフトしながら避けた。
しかしそれでは後に迫り来る闇の弾丸と炎の龍をしのぐことは不可能。そのはずだった。

――もしも、彼が一人で戦っているのであれば。

柊の飛び立った辺りには、十数人の魔法使いが己の杖を構えて立っている。
その内の2人が魔法を発動させた。

「<マジック・シェル>っ!」
「……<ノー・リーズン>」

白い光の膜が柊を包み、放たれた闇の弾丸をその薄い光が逸らし弾く。
襲いくる炎の龍は、もともと存在しなかったかのように火の粉となって散り、消え去った。
怪物は目を見開く。



320:NPCさん
08/10/03 16:59:49
みぱ

321:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 17:00:31
***

「ひゅう♪本当にアレ子供かい?俺も作戦会議は聞いてたけどサ、あの年の状況判断じゃないよネ、絶対」

そう言ったのは、『銀弾』のロベルトと呼ばれる狙撃手。
ラテン系のなまりのある彼は、目の前で繰り広げられる光景を楽しげに眺めている。
その目線の先にあるのは、まるで花火のようにいくつもいくつも一人の少年に向かって飛ぶ攻撃魔法の数々。
炎が爆ぜ、水が逆巻き、光が奔り、闇が塊となって打ち出され――その全てが、柊の曲芸じみた箒操作と後方より放たれる支援魔法により意味を成さないものとなる。

箒などほとんど乗ったことのない柊が回避に成功しているのは、襲いくる魔法を感じているからだ。
世界に満ちる力――プラーナを術者のもとに集め、自らの思い描く現象へと魔力を用いて束ね上げ、発動という手順をとって魔法はこの世界に一時的に顕現する。
世界に満ちるプラーナにも属性がある。水分のない砂漠で水の魔法を扱うのは不可能と言っていい。
個人の資質と対応するプラーナが多く存在するほど魔法使いには有利になる。
今柊がやっているのは、その逆説的な証明だ。近接専業の魔剣使いとはいえウィザードのはしくれ、魔法を扱うための手ほどきはある程度受けている。
風を第一属性とする魔法使い(ウィザード)は、大気を己が味方に変える。
自らの感覚を大気の流れを『読む』ことだけに集中させ、通常のウィザードが回避するのよりもさらに一瞬早く箒を操作、正確に回避しているのだ。

ロベルトが褒めているのは、風読みに裏付けられた箒操作と支援魔法のタイミングを読むことだけではない。
もともとこの作戦を提案したのは柊だ。
曰く、「魔法を受ける対象を一人に絞ってしまえばそいつだけに防御だの打消しだのを使える人数分集中させることができる」
そして、もう一つ。

「全力の援護を受けながら真正面から向かってくる敵を見れば、他への注意が薄くなる、か」


322:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 17:01:39
その通りだ、と呟きながら彼は照星を目標に合わせる。
彼の隣にたたずむミリカが、絶対の信頼を込めて問う。

「――いけそうですか、ロベルトさん」
「ミリカちゃんも意地が悪いネ」

そう言って、彼は口元に笑みを浮かべながら――やぐらに突貫工事で取り付けられた箒。その超巨大砲口は、銀色の狼に向けられている。
その箒のトリガーにかかった指を引く直前、彼は女好きの顔から、男らしい不敵な笑みへと移行させながら言葉を続けた。

「――誰に向かって言ってるのサ」

トリガーは果たして引かれ、極太の光の渦が砲口より放たれる。
ストロングホールドに搭載された超ロングレンジライフルは、今その猛威をここに発揮した。



323:NPCさん
08/10/03 17:02:21
きゃ

324:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 17:03:42
***

光の嵐が狼の背中に直撃し、爆風と破壊を撒き散らす。一瞬ゆるむ集中砲火に、ここが勝負どころと確信した柊は叫ぶ。

「<エア・ダンス>っ!」

爆風によって乱れた風、己の魔法によってそれすら味方につけ、彼は加速、突入する。
さまざまな光に取り巻かれ駆け抜ける彗星。それは、狼により放たれる破壊の暴虐を、ドリフトし急降下し急上昇し木の葉落とししバレルロールし避けかわして前へ。
痛みに苦悶の声を上げながらも、獣は近づくうざったい生き物に対し攻撃を仕掛ける。

狼にとって、一切の魔法攻撃が無効化されることがわかった今、頼れるものは数少ない。加速した生き物に対し、己の堅い毛を槍と化して放つ。
そんなものをものともせず、彼はただ前へと進む。
何発かは柊の体をかすめ血をあふれさせるが、直撃するものだけを回避、他を無視。ただただ狼に向けて高速で突っ込む。
止まらない相手に対し、本能的な恐れが獣を襲う。狼は、先ほど虚空をなぎ払った巨大な光を吐き出すことで、恐怖のもとを絶たんと口内に光を集中させて大口を開く。

その光を放とうという直前、何かが光を貫いた。爆発寸前の光に衝撃が加えられ、口内で破壊のエネルギーが荒れ狂う。
悶絶する狼。光を貫いたのは、未だやぐらの上にいたロベルトが放った、備え付け式のアンチマテリアルライフルの放つ弾丸だ。

狼のすぐ傍まで来ていた柊は、それまで乗っていた箒を蹴り、自由落下に身を任せる。
獣の上に着地するため態勢を整え、その動作も含めて捻りを加えながら月衣から己が相棒たる、紅い宝玉の魔剣を引き抜き振りかぶる。
プラーナを注ぎ込み、先ほど銀色の槍にえぐられた箇所から流れ出る血を媒介に己の生命力を食らわせ――

――落下と着地の衝撃も含め、ロングレンジライフルで陥没した箇所に、思い切り刃を叩き込む。



325:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 17:08:12
鉄壁と思われていた白い毛皮が、光の渦に焼きちぎられ、皮膚が焼き固められた背中は、二重の強化を受けた魔剣によって、こんどこそその鉄壁を崩される。
深々と切り裂かれ、獣が絶叫をあげる。
しかし、この程度では銀色の狼は死にはしない。むしろ、これだけの攻撃を叩き込んでようやく鉄壁を一部分だけ崩せた、というのは普通絶望的な状況でしかない。
けれど、彼の策はここで終わりではない。暴れる狼の背から振りほどかれまいと、必死に剣を突き刺してその暴虐に耐えながら、貸与されたピンマイクに向かって叫ぶ。

「頼むっ!」

その声は、オペレーターを通してラルフに伝わり、ラルフは目の前の杖を構えた部下達に叫ぶ。

「今だ、思いっきりやりやがれ!」

その号令に、いくつもの声が重なった。

「<トンネル>!」

発動したのは、地面に穴を掘る魔法だ。
掘削用に開発された魔法だが、シュトラウスのように任務で野営を組むような組織の構成員としては覚えておくと便利な魔法である。
そのため、地属性のウィザードの中でもルーンマスター系でないものは習得していることが多い魔法だった。
声の分だけ発動された魔法が、獣の四肢の下にあった地面に大穴を開ける。
突然なくなった足場ではふんばりも効かず、獣は成す術もなく動きを封じられる。
柊はすぐさま魔剣を引き抜き、ミリカから預かった水晶の塊を2本、獣の傷口に埋め込む。水晶の尖っていない方は少しだけ傷口から出しておく。
その痛みにまだ柊が自分の上にいることを気づいたのか、獣は銀の体毛を槍のようにねじり、柊の左足を貫く。

激しい痛み。
それ以上に、その毛槍はこれまでの飛ばしてきたものとはまったく別種のものだった。

326:NPCさん
08/10/03 17:08:47
にゅ

327:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 17:10:49
狼は、一匹の侵魔を食らっている。
そしてこの狼は食らったものの力を操ることができる。これまでは魔術師の技である魔法と、イノセントの多量のプラーナ程度しか使えるものがなかった。
だが、侵魔を食らった以上は侵魔の力すらも『それ』は扱うことができるようになっていた。
狼の食った侵魔の能力は――『支配』。
個体の精神を奪い操る能力。
それが、銀色の槍を通して柊の精神を蝕んでいく。

『奪い取れ。飲むように喰らうように侵すように貪るように踊るように殺すように齧るように冒すように狩るように辱めるように。
 奪え。名もなき頃のように楽しんで愉しんで喜んで悦んで歓ぶように奪えうばえ略奪えウバエ奪え――!』

泥のようなものが自身の周囲を覆う感覚。
周囲の全方位から放たれる圧倒的な悪意。
おぞましいものに精神にもぐりこまれる。
拒否反応なのか、体がびくりと痙攣した。

「っぁ――」


『くう。食らう。クウ。飲み干す。くウ。啜る。クう。齧る。食う食う食う食う食う食わせろっ!』

食への大合唱。
巨大で虚ろでほんの少しの停滞もなく澱んでいる矛盾。
泥のようにおぞましいソレが、柊の中に侵食する。
恐ろしさよりもおぞましさ。冷たい汚泥がどろり、どろりとしみこんでいく感覚。
息をのむ。
巨大すぎる敵。精神世界において数十人の精神そのものを繋ぎ合わせた闇にたった一人で抗うのは、大時化の海に小船で立ち向かうようなものだ。

「あ」


328:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 17:11:51
けれど。

――だから、なんだ。
その程度の闇が、絶望がなんだっていうんだ。

「あぁ」

それで、それを前にした程度で、自分が自分を諦める理由になるのか。
幼馴染の笑顔。それをもう見られなくなることを認める理由になるのか。
死に向かう泣き顔の少女の慟哭。それを忘れることを許す理由になるのか。
同じ顔の少女が最後に託した願いごと。それを手放していい理由になるのか。

――いいわけねぇだろうが。

「じゃ……」

諦めない。
認めない。
許さない。
放さない。
絶望が襲ってくるのと、自分が諦めないのとはまったく別の問題だ。
幾千の夜が、幾億の闇が襲おうと、心にある意地を失うのとはまったく別の問題。諦めるのは己の意思を捨てること。けして他に負けることではない。
手を伸ばす。何一つ、諦めたくはない。諦めていいものなんか、なくしていいものなんか何一つ彼は持っていない。だから手を伸ばし続ける。
伸ばした先にあるものを、自分に背負える限り背負い、どれだけ傷つこうが、自分の守りたい何かを守り抜くための、その意地だけを張り通す――っ!
だから。

「……ますんな、どけぇぇぇぇぇっ!」



329:NPCさん
08/10/03 17:13:07


330:風の巡り・後編 <Small tactician>
08/10/03 17:14:02
一喝。
魂からの咆哮に、闇が柊の中から怯えて飛び出る。
その隙を彼は見逃さない。
唇に犬歯を穿ち、意識を保つ。再び同じことをされて耐えられるとは限らない。機はここにしかない。だからこそこの機は逃さない。
相棒を再び高く振り上げ、自身の生命力を吸わせ――

「――<魔器、解放>ぉぉぉっ!」

吼えた。

ごう、と魔剣より巻き起こるは凶悪なまでの暴風。やがてそれは炎とプラーナをまとい、青き爆炎の大嵐と化す。
これまでの戦いの間ずっと共にあった最高の相棒を。彼は絶対の信頼を持って、炸薬の仕込まれた魔力水晶弾に、ひいてはその先の獣の体に向けて振り下ろす――!
直後。

その日一番ド派手な。
爆発するように膨らみ、それでいて収束された青白い光の柱が現出。
それは夜天を灼き、狼の体内を荒れ狂って穴という穴から飛び出し、それでも足らず体内から狼を引き裂き――そして、それを放った少年をも、巻き込んだ。



331:風の巡り・エンディング <no tear,give smile>
08/10/03 17:18:35
夜が明けて、数日がたった。
リィンは、年が近いこともあってなのか姉がいなくなった日からずっと柊に付きまとっていた。
それはまるで本当の兄弟のようで、シュトラウスの部隊員達を大いに和ませた。
リィンが無邪気にひよこのように柊の後ろをついていくのも、それをたまに困ったような笑みを浮かべながら見ている柊も。
夜に寝付けないのをため息交じりに一緒にいてやったり、悪夢を見て泣いていれば黙って頭を撫でてやっているのも。
あれだけの戦いを見せた柊が年下のリィンに引きずられたりしているのを、年上の隊員達に揶揄られてやや彼が不機嫌な様子になるのも含め、である。
けれど、別れの時は来る。リィンは魔法災害を生き延びたが身寄りはない。孤児として孤児院に預けられることになる。
その日は、すぐにやってきた。シュトラウスの手配した迎えの人間が来たのだ。

「……リィン」

柊は、困ったように自分の服のすそを掴んで離さない年下の少年を見た。リィンはいやいやと言うように必死に首を横に振る。
彼もわかっているのだろう、この別れは、もう二度と取り返すことのできない別れであることを。
困ったような表情は変えず、柊はぽん、とその頭に手を置く。

「リィン、これ。お前の姉ぇちゃんからの預かりもんだ」

そう言って、彼は鎖だけ新しくなったオモチャのペンダントを渡す。
柊が放ち、また巻き込まれた爆発の中、彼は見覚えのあるものを見つけた。
それは、『リアラ』が持っていたペンダントだ。手の届くところにあったそれを掴み――そして、そこで柊は意識を手放した。
次に起きたのは、医療キャンプのベッドの上だ。手が届くから、手を伸ばしただけの話。
リアラの墓に備えてやろうかとも思ったが、彼女のいる場所は彼女自身に聞いた。だから、持ち主のいるところに返すべきだと思った。

「あいつは、ずっとお前と一緒にいるってさ。だから、忘れてやるなよ」

俺はお前の姉ぇちゃんにはなれねぇからさ、と言いながら、困ったように笑って。新しくなった鎖をリィンの首にかけてやる。
うつむいてぼろぼろと泣きながら、リィンは何度も何度も頷いた。
だから心配はしない。そして、彼らの道は再び分かれた。


332:NPCさん
08/10/03 17:19:10
らー

333:風の巡り・エンディング <Re:air>
08/10/03 17:20:29
「あーあ、行っちゃった」

ミリカは、キャンプに降り立ち、柊を回収していったヘリを見てそう呟いた。ラルフが揶揄するように問う。

「なんだ、お前年下趣味だったのか?」
「そんなわけないでしょうっ!?」

拳を振り上げながらツッコミをいれるミリカに、両手を挙げて冗談だ、と答えるラルフ。
もう、とため息をついた彼女を見ながら、部隊長は空を見上げて呟く。

「まぁ、確かにあの才能はかなり得がたいしな。シュトラウスの娘として惜しくなるのもわかるさ」
「確かにその通りですけど。
 けど、れんじ君は私達のところにいちゃいけない気がするんです」
「あいつがダメになるってのか?それはねぇだろ。あの手のガキはしぶといぜ」
「えぇ。もちろんそういうことじゃなくてですね」

彼女は、自分の予測を笑いとばすように言った。

「あの子、世界を救うような気がするんです。だから、ここにいるとそれができなくなっちゃうでしょ?」
「世界、だぁ? またそりゃでかく出たな。
 そもそも世界なんつーもんは人間一人に背負えるようなモンじゃねぇだろ」

傭兵として至極正しい発言をするラルフに、苦笑いでミリカも返す。

「だから、単なる予感ですってば。ラルフさんもしつこいですよっ!
 それに、会おうと思えばまた会えますしね」

この仕事をしてる限り、と彼女は呟く。彼女の長いポニーテールが、青い空に吸い込まれるように風に巻き上げられた。


334:NPCさん
08/10/03 17:28:16
ぷにぷに

335:風の巡り・エンディング <Home>
08/10/03 17:28:54
「おはよっ、ひーらぎっ!」
「……お、おう」

幼馴染の視線が怖い。
学校に登校復帰したその日のことだ。笑顔ではある。あるのだが――

「それで、この連休中はどこに行ってたの?」

来ると思った。
しかも、なんだかちょっとこっちをうかがうような表情だ。
もともと言葉に表すのが苦手な彼としては非常に困る。しかも、彼女が気づくその時までは隠しておきたいそのことを聞かれるのは非常に困る。
えーと、としばらく悩んでから、答える。

「……プチ家出、とか?」
「そんなことであたしと遊ぶ約束すっぽかしたんだ、へー」

視線が痛い。
いや確かにすっぽかしたけども。
仕事がいきなり入ったんだから仕方ないっつーか。
仕事の電話を姉貴がとりかけてエラいことになりかけたっつーか。
むしろ帰った弟にいきなり飛びつき腕ひしぎとかどうなんだ姉貴とか。
いい加減上司に姉貴と連絡とったりくれはに連絡取ったり翻訳機ついてたりする0-Phone よこせって言っとくかなぁとか。
色々と言いたいことはあるが、彼女に言えることではなかったため、心にとどめておく。最後のは願望だし。

336:風の巡り・エンディング <Home>
08/10/03 18:44:11
様々な葛藤を飲み込んだ後、彼にできることはたった一つしかなかった。
すなわち、平謝り。

「……悪ぃ」
「――よし、許す。ただし、今日はちゃんとウチに来なさいよ」

りょーかい、と力なく答えるしか出来ない柊。
まぁ、もともとくれはの家には呼び出されるとは思っていたし、そこはいい。
どうせだし、くれはのご機嫌を一日とることに集中しよう。ヒマがあったら青葉にグチでも聞いてもらいつつ。

ため息。
けれど、それはなんだか心地いいため息のような気がした。
またなんとか。日常に戻ってこれた、という実感の欠片のようなものが彼の心に落ちてくる。
少なくとも、あの時闇に屈していれば得られなかったまぶしさ。
それは、ひどく暖かくて。悪くない、と思えた。

だから彼は戦える。またここに戻ってくるために。この場所を守るために。
そして――また風は、世界を巡る。


fin

337:巡りの中身
08/10/03 18:49:05
はい。以上で風の巡り終了でございます。
いかがでしたでしょうか。柊はきっと最初っから最後まで柊蓮司です。では、ちょいと作中補足。公式じゃないんで聞き流していただきたい。

・年齢的には柊中一、12歳くらいの出来事。この頃はまだくれはの方が身長高くて(くれは148、柊145あたり)柊としてはちょっと不満。成長期は中学後半から。
 くれは未覚醒。一応家のお手伝いはしてるのでそういう学問自体は学んでいるものの、まだ魔法が存在するものだとは思ってない。
 実は青葉はもう使えてたりする。しかしもちろん実践経験はない。
 ……実は、柊も近くに出たエミュレイターを積極的に狩りにいってるのだけど。それもあってかいまだに月匣内に入ったことのないくれはは未覚醒。ちゃんと守ってます。

・コスモガードに在籍した……というか雇われになったのは中学生から。「らむねと」からは魔剣さんと一緒に近所の小さな事件を解決してた模様。修行期ですな。
 ハウスルールになりますが、ウィザーズユニオン間の取り決めで「純正の人間」(使徒・人狼・吸血鬼などは除く、という意味)の雇用可能年齢は満12歳ってルールが。
 学生生活とかでもっとたくさん経験を積んでからにしてくださいってことです。あくまで「雇用」なので勝手に動いたり巻き込まれたりするのは別。つまり夢子供はOK。
 つまり在籍自体はいつしてもいいよってこと。柊は在籍はしてないけど雇用はされてました。つまりは雇われ。傭兵みたいとも言う。


338:巡りの中身
08/10/03 18:49:46
・リィンはこの後修道院に併設されてる孤児院に入るもののすぐにウィザードに覚醒。銀十字に編成されかけたので修道院を脱走し、コネを頼ってシュトラウスに。
 シュトラウス少年部に入り、魔術師としての適正を見出されて、ただ一つの憧れを胸にひたすら己の魔術の腕を上げることに。
 今では相棒のストライカーズブルーム「遊星(シューティングプラネット)」を駆り、移動型大鑑巨砲になってたり。性格は素直で面倒がり。
 13歳の四月になった2nd 環境下、初めての任務で日本の秋葉原に行くことに。曰く
 「日本の秋葉原がいろいろときなくさくなってきててねぇ。陰陽師の名家は関係冷え切るわとある学校に異界に繋がる門があるって噂は立つわで滅茶苦茶。
  色々ありすぎて現地調査員が一月で三人倒れちゃって。まったくもうあの世界の危機大国が。そんなわけでさ、学校に入れる身分も必要だから、ちょっと行って来い」
 とのこと。もともと日本に来たかった彼は一も二もなく了承。憧れの輝明学園秋葉原校中等部制服に袖を通すことに。
 そして彼は任務先の日本で――最近御門所属の陰陽師(どうぎょう)からハブられるようになってちょっと寂しい赤羽青葉と同級生になったりする。
 夢はとある火属性レベル6魔装を購入すること。子供の頃見た狼を叩き切ったように見えた閃光によく似ているらしい。憧れ憧れ。ちなみに属性は天/火。

・柊がこの時点で使えるはずのない魔法とか使ってるのは仕様です。本編では使えるけど使わなかっただけなんだZe。とか言っておく。
 あと魔力水晶弾については……まぁ、ルールだと使えないけどSSだとこんな使い方したら面白いんじゃねって試験的なもの。
 直接薬莢ぶち叩きつつ魔器解放してるから狼さん一たまりもなかったらしいよ。グロ。


339:巡りの中身
08/10/03 18:50:17
そんじゃ、レス返しー。

>>278
待っててくれてありがとうございます。
柊蓮司は最初っから最後まで柊蓮司です。柊っぽく書けてたら嬉しいなぁ。
リアラはそのまま育てば美人さんになっただろうちょっとそばかすの多いかわいらしい女の子でした。きっとペンダントがリィンを見守っててくれることでしょう。

>>279
そうですねー。柊はいい奴です。
個人的にはOKだと。むしろ書き手さんが増えてくれるのは嬉しいですし。と思ってたら箱庭で泥の人でしたかっww
楽しく続きを待たせていただきますー。

>>295
2ちゃん見てる以上はアクセス規制はある程度覚悟するべきものですよー。よくあることなんで気長にいくのは大事ですよ。
うーん……呼称が難しいんだよなー。フレイスやアニメ6話を「ちびらぎ」とすると、一応十台の今回の柊はなんと呼ぶべきか……。
こどらぎ? みにらぎ?(原型ない)どーでもいいですわな。
ゆっくりいきましょう。ゆっくり。


さて。しばらくのお別れでございます。
日記も終わったし、ほかのとこのも終わったし、ストックも使いきったし……しばらくは猫抱いて日向ぼっこしてようかなぁ。

340:NPCさん
08/10/04 02:18:04

GJ&乙かれー、本当に良い書き手が増えてきてくれたよな~

所で、こういう格好良い柊の話をくれはが誰かに聞かされても

はわっ、こうして見ると柊がまるで凄いみたいだよ~

とゲーム版みたいな事を言いそうな気がするのは俺だけだろうか?w

341:mituya
08/10/04 09:45:21
なんかいない間にイメージボイスがついちゃってますよ?(汗)>299さん
早くレベルアップしてミソッカスを卒業ですよ!?

っていうか、“巡り”の方GJすぎですよ!?なんかもう………この後に投下するのが気が引けるくらいに(汗)
ちびらぎ………そうか、この年にこの呼び名を使うとその下がなくなっちゃうんですね(汗)うーん、何かあるかな………


んでもって、予告してた投下です。“裏切り”の方の続き。“柊くれはほのラブ(仮)”はまだお待ち下さい………(汗)
………っていうか、ホントにこの良作の直後に投下するのはビクビクもんですよ………?

342:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 09:47:42
 神子の娘が飛竜に出会い、楓の生来の性を知ってからも、里は何も変わることなく、十日が過ぎた。
 思い切り泣きじゃくっていた楓は、予定されていた里の重役との集いにきちんと顔を出し、今までと変わらず“巫女”として振舞った。飛竜も、やはりいつもの“流星”ぶりを発揮し、結局顔を出さなかった。
 変わったことといえば、楓が神子やその供と目が合った時、懇願するような表情をむけてきたことくらい。
 ──何も言わないで。
 声にはせずとも、そう告げていると知れるその表情から、彼女がこれからも耐える道を選んだのだと、容易に知れた。
 それは、里にとっては良いことなのだろう。いきなり彼女が態度を豹変させれば、皆が戸惑い、混乱するのは目に見えている。
 だが、楓の涙を見てしまった娘には、それが酷く痛々しいものに思えた。


 どこか重い気分で会合を終え、社に戻る途中、娘はふと思いたち、供を説き伏せて寄り道を許してもらう。
供と共に森の中を歩んでゆくと、ややあって聞き覚えのある声が聞こえてきた。先日飛竜が楓に追いかけられていたその場所に、並んで腰を下ろす二人の姿が遠目に見える。
「………今日くらい、来てくれたって良かったんじゃない?」
「ぜってぇごめんだ。堅苦しいのは嫌なんだよ、かしこまらなきゃいけねぇだろが」
 拗ねたように言う楓に、飛竜は溜息をつくような声で答えた。しかし、楓は納得しかねる様子で、
「かしこまれないわけじゃないでしょ。“七星”のみんなの前では、あたしに対して敬語使えてるんだから」
「………それとこれとは話がちげぇよ」
「どう違うってのさ?」
「──なんだって良いだろ。それより、挨拶した方が良いんじゃねぇか?」
 楓の追求に飛竜は話を逸らすように言った。立ち上がって神子達の方を振り返る。
 先日は楓の暴走から逃げ回るのに必死だったせいで気づかなかったようだが、元々彼は世界でも屈指の戦士だ。森の中で姿が見えるほどに近づけば、気配に気づかぬはずがない。
 彼の視線を追った楓が、歩んでくる神子達の姿に気づいて、慌てて飛竜に倣って立ち上がる。

343:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 09:51:17
「──すみません、お話の邪魔をしてしまったようですね」
 近くまで歩み寄ってからそう詫びた娘に、楓は慌てて首を横に振った。
「とんでもない!──で、ですけど、どうしてこちらに?」
 問われて、娘はしばし言葉を探すように沈黙した。──どうして、自分はここに来たのか。
「………あなたと、話がしたかったのです。人の目がないところで」
 言われて、楓は目を見開く。その視線に、戸惑いと不安の色が浮かんだ。
 娘は緩く首を振って、楓の危惧しているだろうことを否定する。
「私に、楓さんが本来の自分とは違う言動を皆の前で取っていたことを咎める気も、その権利もありません。
 寧ろ、知らぬうちにとはいえ、この里があなたにそんなことを強いてしまっていたこと──今も、強いてしまっていることを、私は里の代表として詫びなければなりません」
 そんな、と声を上げる楓。その表情は、驚きと困惑に染まっている。
 その楓に、ひたと視線を向けて、娘は問う。
「──あなたは、今のままで………良いのですか?」
 ──あれほどに──赤子のように外聞もなく泣きじゃくるほど、苦しかったのに。
 それでも、その道をまだ歩み続ける──それで、大丈夫なのか。
 言葉に出来なかった娘の真意を、楓はどこまで悟ったのか、目を見開いた後に真摯な表情で答える。
「確かに、里のみんなはあたしに“巫女”としてのあたしを期待しました。けど、それはきっかけではありましたけど、理由ではないんです。
 ──あたしがその期待通り振舞うのは、“あたし”がその期待を裏切りたくなかった、それだけなんですから」
 ──期待されることと、その期待にこたえようとすること。
 その二つは、娘の中ではそう違うことには思えない。思わず、言った。
「………それは………やはり、期待されたことが原因、というのではありませんか?」
 娘の言葉に、楓は苦笑したように言う。

344:NPCさん
08/10/04 09:51:55
支援試射

345:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 09:53:06
「みんなが期待することと、あたしがその期待を裏切りたくないって思うことは、全然別のことじゃないですか。
 なんていうのかな………人から“そうあるべきだ”っていわれることと、自分で“そうしたい”って思うことは、全然関係がないじゃないですか。
 “やれ”っていわれたって、嫌なものは嫌だし、“やるな”といわれたって、やりたいと思うこともありますよね?
 あたしの場合は、たまたまみんながあたしに望むことがあって、あたし自身がそれをみんなに対して叶えたいと思った、ってだけで………」
 ああもう、うまくいえない、ともどかしそうに呟いてから──楓は真っ直ぐに娘の目を見返して、言った。
「──あたしは周りから、嫌々選ばされたんじゃなくて、あたし自身の意志でこの道を選んだんです。だから、途中で投げ出したくない」
 ちょっとばかり苦しくても──そう言って、楓は笑う。
 苦心の影も、寂しい翳りもない、透明な笑み。
 それを見て、娘は思う。思い知る。

 ──ああ、なんて───彼女は、強いのだろう。

 全て、自分の意志で決めてきた娘。意に沿わぬ役目を負わされても、その中で自身の意志を貫いて。

 ──ああ、なんて───自分は、弱いのだろう。

 何一つ、自分で決めてこなかった娘。周りの意にただただ応え、他の道を知らず、知ろうともせず、自身の意志すらあやふやで。

 そうして、娘は思う。

 ──“私”は───何、なのだろう。

 “人を導き束ね、魔を退ける大いなるもの”、それが自分。だが──

 ──皆を導く者。必要なのは、それだけで──

 明確な、“自分”すら持たない、こんな存在など、

 ──“私”は、必要ない?──


346:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 09:55:25
 行き着いた思考に、足元が揺らいだ、その時、
「………なーんて格好つけて、こないだ思いっきりべそかいたのは誰だよ」
 娘の思いなど知る由もなく、剣士が幼馴染に軽口を投げる。言われた方は真っ赤になって叫んだ。
「うるさいなぁ!──泣いたらちょっと楽になったの!神子様にばれちゃったのも、かえってすっきりしたし」
「──え?」
 呼ばわれて、娘は我に返る。
 楓は悪戯がばれた子供のような表情で笑い、言う。
「………神子様は驚いただけで、あたしの地を、“そんな風ではだめだ”とか“そんなだったなんて”、みたいなこと何も言わなかったでしょう?」
 呆気に取られて何もいえなかっただけかもしれませんけど、と楓は笑う。そうして、言った。
「──なんか、許された気がしたんです、いろんなこと」
「──許された………?」
 許すも何も、責められるべきはそんな重責を彼女に負わせた里の方だというのに。
 呟く娘に向けて、楓は言葉を続ける。
「自分で選んだ道だけど、結果的に里のみんなを騙してるようなものだし。自分もちょっと苦しいし。かといって、いまさらやめるのも全部投げ出すみたいで無責任だし。
 これでいいのかな、どうすればいいのかな、とか色々ぐちゃぐちゃになりかけてたんですけど………神子様は、何も言わないでくれたから。
 今も、あたしを案じることはしても、あたしの道を否定したりはしなかった………」
 そうして、楓は嬉しそうに笑う。
「──ああ、あたしは、あたしの選んだ道で、この里にいてもいいのかな──って、思って」
 そんなのじゃない、と、娘は思う。
 ──自分はただ、彼女の負うものも量れず、言うべき言葉を持たず、絶句していただけだ。
 黙って受け入れた、なんて、そんないいものじゃない。


347:NPCさん
08/10/04 09:56:29
効力射開始ー

348:NPCさん
08/10/04 09:56:57
支援、いたしますーーー

349:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 09:57:22
 でも──それでも。ただの結果論でも、

 ──未熟な“私”が、未熟だからこそ、何も持たないが故にこそ、彼女の意志を、心を守ることとなったなら──

「──よかった………」
 呟いて、娘は俯く。何か暖かいものが胸に灯った気がして、両手を当てる。
 胸にこみ上げた暖かさが、瞳から溢れた。
「──神子様!?」
 時雨の慌てたような声に振り向いて、涙を流したまま笑んでみせる。
「違うの、時雨──私は、嬉しい」
 言って、楓に向き直る。驚いたようにこちらを見返す瞳に笑いかけて、告げる。
「──私があなたを許したなら、それで、あなたを許したそのことで、私は許された………」
 神子としてではなく、未熟な“私”として取った行動が、彼女の許しになったなら。

 ──“私”にも、意味があった。

 その思いが、自身の確かな輪郭を描く。まだ中身は追いついていないけれど、もう、ぼやけはしない。
 “私”らしさは、これから見つけていかなければならないけど。“私”の思いも、これから色づけていくのだけれど。
 今はただ、神子ではない“私”の部分を認めてもらえただけで。

 ──“私”は、“私”。

 他の何者でもないと、そう、思えたから。

「──ありがとう………」
 暖かなものが言葉となって零れ落ちた。

350:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 09:59:03
「え──ええ!? あれ!? 神子様がなんで………あたしがお礼いうとこですよね、ここ!?
 ──飛竜! あ、あたし、何かした!?」
 娘の涙の、言葉の意味を図れず、楓が、あたふたとした様子で幼馴染に助け舟を求める。
 剣士は軽く肩をすくめて、微笑った。
「何もしてねぇよ。神子様が、お前に何もしなかったのと、同じにな」
 その言葉から、彼が正しく己の心中を察していると知れて、神子は驚いて彼を見る。
 目が合って──彼が何か言うより早く、
「──“しなかった”ではなく、“なさらなかった”だろう!言葉遣いに気をつけろ、小僧!」
 時雨がすさまじい剣幕で、飛竜に詰め寄った。
 その言葉に、飛竜の顔が引きつる。
「………っこっ………!?
 ──いっちいち、細かいのは年の証拠だぞ、おっさん!」
「っだっ………誰がおっさんだ誰が!?」
「あんたのほかに誰がいるよ!」
「──貴様ぁッ!?」
 激昂した時雨が武器を出すより一瞬早く、
 ──っふ………っ………
 吹き出す声が、二つ。
「──おい、楓………」
「──み、神子様………?」
 男達の声に、娘達は笑い声で返す。
「………す、すみません、つい………」
「………ふ、ふたりとも、まるで子供………っ」
 男二人は顔を見合わせ、どちらともなく不機嫌な表情で顔を逸らす。
 その様子が、更に娘達の笑いを誘い──二人は憮然と黙り込んだ。

 ──軽やかな二つの声が、森に響いた。

351:NPCさん
08/10/04 10:00:30
しーえん

352:mituya
08/10/04 10:05:50
すみません、今日は短いけどここまでで。続きは………気長に待ってください(汗)
話すすまない、無駄に長い………自分の力量不足が目に見える………(泣)精進します………


とりあえず今は眠すぎて頭痛いので寝てきます………おやすみなさい………(バタ)

【それはそのまま動かなくなった】

353:NPCさん
08/10/04 12:21:22
ゴッドスピード。裏切りの。
安らかに眠れ。
ゴッドスピード。裏切りの。

354:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/04 16:12:52
>>352
ええ話やー。
けれど、待ち受けている運命を考えると残酷な世界に絶望しそうです。
神子様頑張れ、そして飛竜はエエ奴ダー。
お疲れ様です、しっかり寝てください。

では、すみませんが【迷錯鏡鳴 忍の巻】を投下します。
支援くださると幸いです。

355:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:14:40
 
 深き迷宮がある。
 赤光に満ち満ちた空間。
 そこには無数の殺意と―生臭い血臭が吹き荒れていた。
 生臭い息を吐き出し、暴れ狂う異形の姿が一つ。
 牛頭人身の怪物―ミノタウロスと呼ばれる侵魔の一種、その手に巨大なる鉄槌を握り締め、迷宮中に響き渡るような悲鳴を上げていた。
 異形なる人外、その速度は凄まじく、振るう腕の一撃は鋼鉄をも拉げさせるだろう怪力。
 その化け物に悲鳴を上げさせるのは何者か?
 それは二人の人影、走り回り、息の合ったコンビネーションを見せる少年と少女の二人組だった。

「姫宮!」

 両手にクナイを持ち、輝明学園の男子制服を身に付けた中肉中背、十代半ばの少年がその身に叩き込まれた投射術を打ち放ちながら、声を上げる。
 吸い込まれるように撃ち出された二刀の刃物は片方を弾かれたものの、その影に隠れるように打ち込まれた漆黒の刀身がミノタウロスの眼球を抉った。
 四肢のうち三つの神経を巧みに切断され、片目を失い、血を撒き散らすミノタウロスは悲痛にも似た絶叫を上げる。
 ぐらりと膝から崩れ落ち、命乞いでもするかのような哀れなる叫び。
 されど、容赦する余裕もなければ、必要もないのだ。

「ごめんなさい」

 小さな声。
 それを発したのは少年に姫宮と呼ばれた少女。
 輝明学園秋葉原分校の女子制服を纏った彼女は滑るような速さで、ミノタウロスの失った眼球の方角―すなわち死角から迫り、その右手を振り上げていた。
 一見すれば少年には似つかわしくない可憐なる顔、美少女と呼ぶに相応しい少女。
 だが、今の彼女を見て愛らしいと好意を抱く人間は少ないだろう。
 振り上げた右手、それは人の手ではない。
 真っ直ぐに伸びた白い塊、吸血鬼を断罪するために作り出されたかのような杭の形状。
 彼女―姫宮 空は人間ではない。

356:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:16:29
 人造人間、人の手によって作り出されたホムンクルスと呼ばれる戦闘生命体。
 侵魔に抗うために作り出された人造の生命。
 その身は生物の理から剥離し、あらゆる形状に、戦いのために適した体へと作り変えることが出来る。
 アームブレイド。
 己の腕部を武器へと変えて、空は真っ直ぐに、僅かな躊躇いを浮かべた表情のままミノタウロスの頭部に腕を叩き込んだ。
 頑強なるミノタウロスの頭部、それがアームブレイドの一撃で柘榴のように粉砕される。
 脳漿を撒き散らしながら断末魔の言葉の途中でミノタウロスが崩れ落ちる。
 濃厚なる血臭が撒き散らされて―不意にそれが消失した。
 飛び散った血肉も、撒き散らされた脳漿も、崩れ落ちた遺骸も虚空に溶けたように掻き消えて、その場に残ったのは赤ん坊の手の平程度の大きさの小さな紅いガラスのような塊。
 空はアームブレイドを解除し、腕を通常の形状に戻し、手を伸ばした。

「あ、魔石」

 空は小さく呟き、ガラス塊―侵魔が落とすプラーナの結晶体、通称魔石を拾い上げた。
 手の平サイズのそれは質は悪いが、大きさはそこそこある。

「斉堂君、魔石だよ」

「うん。見えてる」

 空の下へと小走りで歩み寄った少年―斉堂 一狼は不器用に微笑んだ。
 床に転がった無数のクナイ、投擲に使ったそれらを回収すると、軽く一振りして手品のように制服の中に納めていく。

「それにしても……姫宮も強くなったよなぁ」

 強くなりたいと空が言い出したのは何ヶ月前のことだろう。
 姫宮 空が藤堂一狼の“支給備品”となってそれほどの時間は掛からなかったような気がする。
 己がウィザードであることの自覚、己が人造人間という存在だという理解。
 その果てに空はウィザードとして存在を確立し、その力を操ることに強い意思を見せていた。
 最初こそ反対していたものの、頑張る彼女の姿に一狼は根負けし、今ここで空の戦いぶりを見ていると説得に折れたことが間違いではなかったと思えた。

357:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:18:49
 
「そうだね」

 互いに無傷に等しい状態、精々少し埃を被っている程度の互いを見てクスリと笑う。
 空と一狼が居る場所。
 それは輝明学園の地下に広がる巨大フォートレス―訓練用迷宮【スクールメイズ】と呼ばれる場所だった。
 休日である土日、彼らは迷宮にもぐり、鍛錬をしていた。
 特別部活に所属しているわけでもない彼らだからこその行為、思春期の男女としては少しおかしいかもしれないが彼らなりに楽しんではいたのだ。

「そろそろ戻ろう。姫宮も疲れているだろ?」

 一狼はまったく疲労を感じさせない顔で、或いはそれを隠し通した表情で空に声をかける。
 空の額にはじわりと緊張による汗が浮かんでいて、それを一狼は見逃さなかった。

「ありがとう、一狼君」

「……べ、べつにこれぐらいは普通じゃないか」

 恥ずかしそうに答えると、真っ赤になった顔を背けて一狼はテクテクと歩き出す。
 既に月門は閉じられ、侵魔の気配は無い。
 空と一狼は事前にマッピングしておいた地図に沿って出口から脱出した。

 輝明学園秋葉原分校二年生。
 姫宮 空と藤堂 一狼の日常はいつものように過ぎていた。



358:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:21:53
 
 時刻はもう夕方を通り過ぎ、夜闇が訪れようとしていた。
 転送ゲートからスクールメイズを脱出し、オクタマーケットでいらない取得品を売り捌き、資金に変える。
 パートタイムで絶滅社からの任務をこなしているとはいえ、彼の備品でもある空の学費や食費を賄う彼にとって金は幾らあっても多すぎるということはない。
 積極的に彼がスクールメイズに潜るのは忍術の修行に最適という理由の他にも、手っ取りばやい稼ぎになるからだといっても過言ではなかった。
 顔なじみの錬金術師―二学年になってからは同級生になった少女から常備数が少なくなったポーションや足りなくなった幸運の宝石を買う。
 彼女の売る商品は相場よりもやや安い割には質がとてもいいお買い得商品だった。

「おおきにや~」

「あ、この間の幸運の宝石。ちゃんと使えたから、助かりました」

「そうかそうか。それならよかったわぁ」

 傷物ということでまけて貰った幸運の宝石、その成果を告げると錬金術師の少女―亜門 光明はにっこりと微笑んだ。

「そっちの彼女の分も、ご加護がありますように」

 短く祈りを捧げて、幸運の宝石を一つずつ入れた紙袋二つを一狼に手渡す光明。
 その袋を受け取り、空に袋の一つを手渡しながら、一狼は周囲を見渡した。
 いつものように賑わっているマーケット。
 その中で目当ての人物がいないことを確認し、一狼は光明に聞いた。

「えっと……亜門だっけ? ヴィヴィ先生はどこに居るか知らない?」

 亜門 光明が世界屈指の錬金術師、ヴィヴィの弟子だということはマーケットに出入りしているウィザードにとっては周知の事実だった。


359:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:30:48
「ヴィヴィ先生? あー、そういえばここ数日は外国に行くっていってたで?」

 光明はんーと唸りながら指先を口元に当てて首を捻る。
 子供っぽい仕草。

「そうか……」

「なんか用なんか?」

「いや、預けていた荷物を確認しようと思ったんだけど、しょうがないか」

 スクールメイズで手に入れた戦利品の大半はオクタマーケットで売り捌くか、保管のためにヴィヴィに預けることしか許されていない。
 ダンジョン内で何本か手に入れていた戦利品の暗器を預けていた一狼は返してもらうおうと思っていたのだが、どうやらタイミングが悪かったようだ。

「んー、さすがにうちの権限だと預けてる荷物は取り出せんしなぁ。ヴィヴィ先生に事前予約しておいたわけでもないんやろ?」

「あ、うん。一応その場で言おうと思っていたので、僕のタイミングが悪いだけです」

 どこか緊張した口ぶりで、彼をよく知るものならかなり緩和したと思える口調で一狼は礼を言うと、空と一緒に歩き出した。

「どうする? 一狼君。まだ六時ぐらいだし、少し時間はあるけど……」

 ひょこひょこと空が一狼の横を歩きながら、首をかしげて、見上げるような体勢で訊ねた。
 どきりと少しだけ一狼の心臓が高鳴る。
 昔よりはましになったけれど、やはりまだどこか女性が苦手で―しかも目の前に居る女性は大切な少女で、それが可愛らしい姿勢で見上げてくるのには冷静さを売りにする忍者である一狼の心臓でも飛び跳ねていた。

「そ、そうだなぁ。今日は順調に攻略が進んだし、少し早めに帰って休もうか。途中でスーパーにでもよって、食事にしないか?」

 がらりと敬語から、砕けた口調に切り替えた一狼は空の言葉に考えながら答える。

360:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:33:23
「あ、それなら私がカレーを作るね。ルーは確かあったはずだし」

「……い、いや、僕が作るから!」

 依然味わった悪夢。
 切りもしないどころか皮も剥かず、そのまま鍋で煮られたカレー(らしきもの)。

「一応……勉強しているよ?」

「あ、うん、でも」

 空は一応料理書などを買って勉強を続けているが、植え付けられたトラウマはそんなに簡単には払拭しなかった。
 簡単な肉じゃが程度なら何度か振舞ってもらい、食べられるものになっていることは知っている。
 だがしかし、カレーにはNOと言える男になりたかった。

「それじゃあこうしよう。二人で協力して作るって事で」

 見張りの意味も篭めて一狼が提案すると、空は少しだけ驚いて顔を歪めて……すぐに綻ばせる。

「いいよ」

 笑顔を浮かべる空に、え? なんか嬉しくなるようなこと言ったっけ? と一狼が内心首をかしげた時だった。

「にーさん、にーさん。仲がええのはけっこうやけど、目の前でいちゃつくのはやめてな?」

『あ』

 居心地悪そうに露天を広げたままの光明が告げると、慌てて一狼と空は頭を下げて、その場から離れた。
 見ればいつのまにやら注目を集めていて、二人は真っ赤になりながらオクタマーケットから抜け出した。
 そして、そのまま校門から外に出ようとした時だった。

361:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:36:26
「あ」

「どうした、姫宮?」

 不意に空が困った顔を浮かべたのを見て、一狼が訊ねると、彼女は恥ずかしそうに両手の指を絡めると、かすれるような声で呟いた。

「えっとちょっと忘れ物」

「忘れ物? スクールメイズに?」

 それなら厄介なことになるな、と一狼が少しだけ厳しい顔を浮かべると、慌てて空は両手を横に振って違う違うと言った。

「教室にね。英語のノート忘れてたの、今日迷宮に潜るついでに取ろうと思っていたんだけど……ついつい忘れてて。もうこんな時間だから校舎も閉まってるだろうし」

 その言葉に思い出す。
 そういえば英語の課題が週明けに出ていたはずだ。
 英語のノートがないと、課題を終わらせるのにも苦労するはず。
 馬鹿だね、と舌を少しだけ出して苦笑する姫宮に、一狼はふと思いついたことを言ってみた。

「僕が取ってこようか?」

「え、いいよ! それなら私が―」

 空が遠慮する中、一狼は事実を告げた。

362:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 16:39:33

「これでも忍者だからね。姫宮よりは脚は早いさ、待っててくれ。十分も掛からないと思う」

 スタンと少しだけ足を鳴らすと、今出たばかりの校門から反転し、足を校舎に向ける。
 走り出そうとする一狼に、空は慌ててこう付けたした。

「えっとノートは私の机の中にあると思うから!」

「わかった!」

 瞬間、一狼が力強く足を踏み出す。
 一応は月匣外、常識的な程度に―されど陸上部のエースよりも格段に疾い速度で一狼は校舎に向かって走り出した。




 誰も居ないはずの校舎はどこか不気味だ。
 上履きにすぐさま履き替えて、忍者としての習性で音も立てずに二学年の教室が占める廊下を走る。
 スクールメイズのある地下施設は未だに賑わっているだろうが、通常の校舎には部活で遅くなった学生ぐらいしか居ないだろう。
 音はしない。
 静寂のみが満杯になったプールのような感覚。
 電灯も消された校舎の中はまるで墓場のような不気味な静けさに満ちている。
 されど、一狼は忍者。
 闇を共にし、静寂の中で蠢くもの。
 恐れはない。
 不安もない。
 ただ己の感覚を信じて、一目に付かないことをいい事に全力で廊下を駆け抜けていた。
 百メートルの距離は数秒以内に踏破するほどの速さで、一狼は己の通う教室の前に辿り着く。


363:NPCさん
08/10/04 16:52:41
支援

364:NPCさん
08/10/04 16:53:18
支援

365:NPCさん
08/10/04 16:53:29
支援です~

366:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 17:00:16
「よし」

 教室のドアを開き、一応宿直の先生などが居ないことを確認しながら、一狼は手っ取り早く闇の中で空の机を見つけ出した。
 普段彼女が座っている机。
 その中のものを取るというのはどこか気まずい感覚がしたが、まあ本人の許可は貰っているしと自分を誤魔化す。
 机の中のノート、一冊一冊を月夜で表記を確認し、英語と書かれているノートを見つけ出した。

「これだな」

 ノートを握り締めたまま己の纏う異相結界―月衣を開くと、その中にノートを仕舞い込んだ。
 さて、戻るか。
 と、一狼が踵を返して、教室のドアから外に出た瞬間だった。

「ん?」

 廊下の真ん中で、不意に一狼が振り返る。
 どこか遠くで足音が聞こえたような気がしたのだ。
 鍛え抜かれた聴覚が、遠い場所で僅かに響いた足音に気づく。

「見回りの先生か?」

 足音の主の正体を推測するが、しかし一狼の感覚は否と告げていた。
 校舎内を乱反射し、かすれる程度にしか聞こえない足音。
 されど、その重みを、その足音の実体を、忍者である一狼は聞き分ける。

「軽い?」

 足音の反響音から推測。
 宿直の先生―成人の人間が響かせる足音よりもどこか軽く、テンポも軽やかな足音。
 女性、それも若い人間の足音だと感じられた。

367:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 17:02:34
「部活中の女生徒かな?」

 そう結論し、まあ確認する義理もないので一狼は予定通り校舎から出ようと踵を返した。

 ―瞬間だった。

 コツリと足音が背後でしたのは。

「なっ!?」

 聞き違えるはずのない、至近距離での足音。
 誰が?
 誰もいなかったはず。
 それなのに足音。矛盾している事実。
 ―振り返った一狼、その前に一つの人影があった。
 それは少女。
 それは人型。
 それは美しい造形を持ち、秋葉原分校の制服を纏った少女だった。
 俯いた表情、そこからは顔は見えない。
 ツインテールに結い上げた髪型、造形の整えられた肢体を持ち、両手をだらりと垂らした―まるで操り手のいなくなったマリオネットがその場に立ち尽くしているような不気味さ。
 同年代の少女、その事実に一狼は心拍数を跳ね上げたが、同時にその身に纏う不気味な気配に厳しい目つきを浮かべて、一狼は警戒心を剥き出しに言葉を発した。

「誰だ?」

 一狼が訊ねる。
 俯いたままの少女に。
 されど、少女はゆっくりと手を掲げて、虚空より二振りの武器を取り出す。
 一対の箒、トンファー型の武装―ドラゴンブルームと呼ばれる装備。


368:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 17:05:26
「ウィザード!?」

 月衣からの武装顕現に、一狼が声を荒げた瞬間だった。
 少女が踏み込んだ。
 ダンッと廊下が震えるほどの踏み込み、鍛え抜かれた動体視力を持つ一狼でも接近に気付くのが遅れたほどの神速。
 声をすらも出さず、無言で少女の一撃が無防備な一狼を横殴りに弾き飛ばした。

「がっ!!」

 巻き上げるかのような打撃、咄嗟に両手を十字に組んで防ぐも、骨が軋み、激痛が走るほどの衝撃に、一狼の体が窓を突き破り、廊下から落下する。
 そして、見た。
 ガラスの舞い散る空の中で、空に浮かぶ紅い―月を。
 月匣、そして月門。

「エミュ―」

 追撃してくる少女。
 即座に同じようにガラス窓をぶち破り、煌めくガラス片の中で美しい造形を持った少女―不気味なほどに無表情の少女の双眸が、落下する一狼を睨んだ。

「レイターか!?」

 振り下ろされるドラゴンブルーム。
 落雷のような鋭さのそれを、両手の裾―己の手によって改造し、至るところの暗器を仕込めるようになった改造制服から、クナイを取り出し、受け止める。
 衝撃、打撃、浸透。
 落下する。
 空中での追撃によって一狼は空から叩き落され、地面に背中からぶつかり―強制的に肺から酸素を吐き出させられながらも、横に転がった。
 追撃で打ち込まれる踵、ニーソックスとミニスカートの間から見える艶かしい足を無造作に振り上げ、振り下ろされる鉄槌。その一撃が一狼の頭部のあった場所にめり込み、派手に爆音を響かせる。
 恐るべき身体能力、マトモに食らえば一狼の頭部など柘榴のように砕けただろう一撃。


369:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 17:08:18
「っ!」

 それに冷や汗を掻きながら、一狼は汚れた制服の土埃を払う余裕も無く飛び起きて、間合いを広げながらクナイを構えた。
 理由は分からない。
 ウィザードなのか、それともエミュレイターなのか。
 判断は付かない、月匣を展開することは弱体化した世界結界故に月衣のエキスパートである夢使いでなくとも可能となっている。
 ただ分かることは―敵だということのみ。

「敵ならば」

 敵だ。
 そう理解した瞬間、心拍数の上がっていた一狼の心臓がまるで魔法でもかけられたかのように静かになる。
 止まったわけではない、ただ静かになった
 今まで浮かんでいた顔。
 襲撃に驚き。
 相手の性別に戸惑い。
 空に向けていた優しさ。
 戦うための勇気。
 それら全てを排除し、誰も知らない一狼の顔が浮かび上がる。
 冷酷。
 冷徹。
 冷静。
 無駄を削り、感情を削り、表情を削り上げた能面のような顔。
 忍者に感情はいらぬ、忍者に表情はいらぬ、無駄をこそぎ落として最高率をもって戦い抜け。
 勝つために。
 目的を達するために。
 殺すために。

 ―殺人技巧者の顔を浮かび上がらせる。

370:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 17:10:36
 声すらも静かに、一狼が両手を閃かせる。
 二本のクナイ、全て急所狙い、水月・眼球、縦に並んだ白刃の襲来。
 それを少女は踊るように踏み込み、旋回しながら振り向いた鋼鉄の打撃で弾き飛ばす。
 そして、一狼はさらに手元を閃かせると、魔法にように現れるは漆黒の鉄杭。
 棒型手裏剣と呼ばれる暗器、それらを恐るべき速度の投射術で撃ち放つ、さながら銃弾の如く速度と威力で。
 それを弾き、捌き、砕く。
 嵐のように少女は手元を閃かせ、鉄壁の構えを見せる。
 されど、それこそが狙い。
 足を止めた格闘使いに勝利は無い。
 一狼は前に進むと足を踏み出し、その手に腕の一振りサイズもある短刀を構える。
 真っ直ぐに直進する一狼。
 愚かと嗤うように、無表情の少女は腰を捻り、膝を曲げて、渾身の打突を繰り出した。
 それを躱せるのは先読みか、類まれなる速度を持ちえた人外の速度しかありえない。音速に迫る、亜音速の一撃。
 衝撃破を撒き散らしながら、直進する一狼が刀を構えるが、その程度は障害になるわけもなく粉砕し、そのまま一狼の肉体を粉砕させた―かと思えた。

「!?」

 驚きに気配が歪んだ。
 打ち放った一撃、それが直撃したはずなのに手ごたえは無く、目の前の一狼は姿すらも掻き消える。
 残ったのは折れた刀のみ。
 まるで磨き抜かれた刀身が鏡にでもなっていたのだろうか、折れ砕けた刀身が無表情に歪む少女の顔を映して―その背後に立つ一狼の姿を浮かばせる。

「!」

 少女が振り返る、それよりも早く一狼が首のネクタイを外し、手元を翻したほうが速かった。
 一振り、気を通し、構えられた布切れはあらゆる刀よりも鋭い刃物と化す。
 ネクタイブレードの一撃が、少女の左肩から背中を切り裂いた。
 血は出ない。
 ただ薄く肌を切り裂いたのみ。
 一瞬早く、前に転がるように少女が転倒し、床に付けた手を支点に跳ね飛んで、少女が間合いを広げる。
 その際に一瞬スカートの中身が見えたが、戦闘思考に集中した一狼は気にも留めない。

371:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 17:12:45
「まだ、やるか」

 ネクタイブレードを右手に、左手に月衣から取り出したクナイを握り締め、一狼が告げる。

「……」

 少女は沈黙する。
 言葉も出さずに、息を吐き出すように唇を動かすと、不意に後ろへと走り出した。

「っ、逃がすか!」

 校舎の中に逃げ出す少女を追って、一狼が俊足の術を発動する。
 前のめりに倒れこむように自重を前へ、そして倒れないままに走り続ける、古武術において縮地と呼ばれる歩法。
 それを強靭なる身体能力を兼ね備えた忍者が行えば、まさしく風の如く速さ。
 少女が校舎の中に飛び込んだ次の瞬間には、一狼はその真後ろにまで迫っていた。

「にがさ―」

 校舎の中に飛び込んだのを確認し、トラップなどに対する警戒心を持ったまま一狼が校舎の中に足を踏み入れた。
 しかし、そこには―誰もいなかった。

「なに?」

 テレポートか?
 それとも他の何らかの魔法か。
 しかし、魔力の流れも感じず、術式を組むほどの余裕があったとも思えない。

「どこへ?」

 周囲を見渡してもあるのは静かな廊下。
 一階に備え付けられた廊下窓から差し込む月光の光―見れば既に月匣は解除されていた。

372:迷錯鏡鳴 忍の巻 ◆265XGj4R92
08/10/04 17:16:08
「逃げた、のか?」

 気配を探るも何も無し。
 傍にあった廊下備え付けの鏡に手を備えて体重を預けると、一狼は顔に手を当てて表情を変える。
 冷酷な忍者の顔から、どこにでもいる普通の少年の顔に。
 切り替えた。

「とりあえず姫宮のところに戻るか」

 鏡を見ながら、ネクタイを綺麗に結び直すと一狼はそそくさと校門へと向かって歩き出した。
 いきなりの襲撃。
 正体不明の少女。
 気になるものはあるけれど、ただ今ここにある日常を大事にしたくて一狼は学校を去る。


 彼の背後でにやりと笑みを浮かべる悪意の存在に気付かぬまま。




 龍の巻に続く



373:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/04 17:18:43
投下終了です。
一度サル規制がかかりました。
時間がかかってしまい、誠に申し訳ございません。

次回は竜之介サイドの話になる予定です。
ありがとうございました~

374:NPCさん
08/10/04 17:31:41
なにい!スカートの中を見ても動揺しない冷静なニンジャボーイだと!まさか既に空とヤっ(背後からアームブレイドで斬られる)

なにはともあれGJ!

375:mituya
08/10/04 17:51:00
泥げぼくさん、果てしなくGJですよ!こんな作品を書ける方に、感想いただけて感涙ですよっ!
さりげなく冥宮ネタが入ってる!亜門~vv
空ちゃんはバリバリ強くなってますね!一狼君も、竜之介ちゃん(笑)もかっこいい!
………こんな戦闘シーンが書ける文才が欲しい………(遠い目)

ところで、ごっとすぴーど………? ………神速? こんな亀の歩みの更新ですが………?>353さん

376:NPCさん
08/10/04 18:14:12
>>375
335じゃないが……
ゴッドスピード……[god-speed]成功、幸運。=good ruck。
god speed youで「いい旅路を」youを略すことも。

まぁこの場合は「お疲れ様、いい夢を」くらいの意味かな

377:mituya
08/10/04 18:52:47
なるほど~!理解です!ありがとうございますvv>>376さん
そして改めて335さんにもお礼を!おかげさまでよく眠れました~vv

そして、皆さんのご支援・ご感想、泥げぼくさんの素晴らしい作品のおかげでなんかエンジン点火ですよっ。
もしかしたら今日もう一回投下できるかも………頑張りますっ!


378:NPCさん
08/10/04 21:36:49
うおぅ、っていうか気付いたらかなり投下されてやがるしっ!?

>裏切りの人
……呼称がアレなんでなんか別のあだ名がほしいな。ご本人様が気に入ってるならいいのですが。
ゆっくり進むってことはじっくり描写してるってことだと思います。続き楽しみに待ってます。

>風の人
完結お疲れ様でした。後編の邪魔すんなのあたりは痺れました。
この紅茶で疲れを癒して下さ(ry

>泥の人
イチロ頑張れ!当方忍者少年ファンでございます(笑)。
更新早いなぁ、次も楽しみに待たせていただきます。

379:mituya
08/10/04 22:28:16
えーと、ちょこっとだけ投下しに来ました~。

あ、あだ名?………み、みっちゃん?(まんまか) いや、そういうことじゃないですよね。
作品にちなんでって意味ですよね(汗) 別に自分としてはこのままでも気にしないんですが………
えーと………“ワイヴァーン”………は、まるで魔剣ちゃんみたいだしなあ(汗)
ま、まあ、お好きに呼んでください(笑)

380:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 22:30:19
【希望は、金色の絶望に】

 晩夏の季節になっても、里は変わらない日々を紡いでゆく。
 けれども、ほんの少し変わったものも、あった。

「──また、こちらにいらしたのですね」
 蝉の声降り注ぐ森の中、例の如く公の席をすっぽかした青年と、その彼に文句を言いに来た娘は、聞こえた声に笑顔で振り返る。
「神子様こそ。時雨さんの眉間のしわ、すごいことになってますよ~」
 楓が娘の後ろに控えた供を見て茶化すように言い、それに飛竜が吹き出した。
「貴様、何がおかしいっ!」
「鏡を見たらわかるんじゃねぇの? おっさん」
 時雨が噛み付き、飛竜がくつくつと笑いながら返す。
「ほんっと、時雨さんは飛竜と相性悪いなぁ」
 そんな二人を見て、言葉とは裏腹に笑って言う楓。
 娘は、その光景に眩しいものでも見るように目を細め、頷く。
「──ええ、本当に」
 穏やかな、笑みがこぼれる。

 楓がいて、飛竜がいて、時雨がいて。
 他愛ない、戯れ合いのような──かけがえのない時間。
 それは、娘の大切な日常の一部になっていた。


 互いに互いの涙を見た二人の娘は、ごく自然に打ち解けるようになった。
 里の皆の前では神子と巫女の関係を崩さぬものの、人の目のない場所では同じ年頃の娘達と何も変わらない、友人同士の語らいを交わすようになった。
 その人目を避ける場所は、自然、いつも飛竜が公の席から逃げて隠れている場所となり、神子たる娘が行くとなれば、当然のように時雨も同行し。
 娘達が涙を流してから一月近く経った今、四人は気安い間柄となっていた。

381:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 22:32:27
「からかう飛竜も飛竜だけど、真に受ける時雨さんも問題だよねぇ。ねぇ、神子様」
 ぎゃいぎゃいと喧しく遣り合う二人を見ながら言う楓に、呼ばわれた娘は首を傾げる。
「………少し前から気になっていたのですが、どうして、“神子様”のままなのですか?」
「── へ?」
 きょとん、と楓は目を見開く。話の内容が気になったのか、男二人も言い合いをやめて娘を見た。
「ですから、楓さんは普通に私と話してくださるようになったのに、どうして呼び名だけそのままなのかと思いまして」
 心底不思議そうに言われて、楓は目を瞬く。
「た、確かにそうかも……… で、でも神子様だって敬語のままだし」
「私はこの話し方が一番楽なだけですよ」
 ずっとこうでしたから、といわれて楓は困惑したように、うーん、と呻いた。
「そ、そういわれると、あたしもずっと“神子様”って呼んでたから、としか返せないんだけど………
 っていうか、そもそもこの呼び方やめたらなんて呼べばいいのっ?」
 問われて、今度は娘が首を捻る。
「──伊耶冠命(いささかのみこと)では、長いですしね」
「っていうか、伊耶冠命って神様としての号じゃないの?あたしの“星の巫女”みたいに」
 言外に、人としての名が他にあるのでは、と問われ、娘は困ったように笑む。
「私の場合は生まれた時から才を見出され、この名を与えられましたから」
 普通の人として扱われた期間が──人としての名すらも、ない。
 その事実に──その事実を本人の口から言わせてしまったことに、楓はうろたえる。
「──あ、その………」
 意味のない言葉が口の中で淀む。──謝ったところで言わせてしまった事実が消えるわけでもなく、そもそも謝るのも何か違うような気がする。寧ろ、失礼なような。
 娘の方も、気にしないで、といったところで楓が気にしないわけもないとわかっているから、何もいえない。
 微妙な沈黙が、二人の間に落ちかけた時、

「── ささ、はどうだ?」

 よく通る声が、響いた。

382:NPCさん
08/10/04 22:32:46
しえん

383:NPCさん
08/10/04 22:34:36
しえん?

384:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 22:40:52
「………さ、ささ?」
 唐突に告げられた言葉に、楓は面食らって幼馴染に問い返す。
 飛竜は、だから呼び名、と笑った。
「いささかのみこと、から二文字取って、ささ。──呼びやすいだろ」
 あまりといえばあまりな命名に、娘二人は絶句し、時雨は怒りに声を震わせる。
「──貴っ様は………御名を何だと──」
「それに、もうすぐ七夕だろ」
 怒鳴りかけた時雨を遮って、飛竜は言う。

「──笹(ささ)に願いを託す、星祭」

 虚を衝かれたように、時雨が言葉を詰まらせた。
 娘達は互いに顔を見合わせ、交互に呟く。

「──ささ、に………願いを託す………」
「──星、まつり………」

「………どうだ?」
 悪戯な笑みで問われ、娘達はもう一度目を合わせると──揃って頷いた。

385:“裏切りのワイヴァーン”
08/10/04 22:41:59
「──よい名を、ありがとうございます」
「うんうん、とても飛竜が考えたとは思えないくらいだよ」
 二人の言葉に、飛竜は笑みを穏やかなものにして──ん?、と呻いて顔をしかめる。
「………おいこら、楓。お前、褒めてねぇだろ、それ」
「あ、わかる?」
「わからいでかっ!?」
 怒鳴られても平気で楓はころころと笑う。言っても無駄、という風に飛竜は一つため息をつくと、娘に向き直って言った。

「んじゃ、ま、改めてよろしくな── 笹(ささ)」

 呼ばわれた娘は、この上もなく嬉しそうに笑って──頷く。

「──はい」

 ──この穏やか日々がずっと続けばいい。

 ──この穏やかな日々を守りたい。

 笹の名を得た娘の、そんな願いは──あまりにもあっけなく、崩れさる。

 その翌日、とある山間の村が侵魔に襲撃されたとの報が里に届く。
 そこは──楓と飛竜の、生家がある村だった。

386:NPCさん
08/10/04 22:44:04
しえん、

387:mituya
08/10/04 22:51:23
本気でちょっとだけど、ここまでで(汗)
っていうか、改行制限で無駄にスレ食ってますよ~(汗)

あ、ちなみに注釈、というか、言い訳?
この話の時代だと暦が旧暦なので、七夕は現在の8月初頭か中旬………のはず(汗)
大雑把に調べただけなので、間違ってたらごめんなさい(汗)
七夕のこと星祭とも言うそうです。素敵ですよね~vv


388:NPCさん
08/10/05 22:08:33
>>387
それじゃみつみつで。嘘。
じゃあ自分は勝手ながらひりゅーさんと呼ぼうかな。

ともあれ、遅くなったがGJ
いやぁ、断崖絶壁に向けて一直線に進んでくってのはドキワクしますな(笑)
ささちゃん(見た目は三下まんまなのかな?)も名前がついたみたいで。なんていうか、清純派っぽい(笑)。
時雨がいい喧嘩友達にしか見えない(笑)。たぶん圧倒的に精神的上位にいかれてる気がする……。
次回更新を楽しみにしています。

時に、どこでここのことを知ったので?
クロスまとめからはリンクで跳べるけどクロスの存在はご存知なかったみたいですし。

389:mituya
08/10/06 19:37:12
>>338さん
み、みつみつ!? あ、嘘、嘘ですか!? すぐ信じちゃうので真実を教えてくださいね!?(笑)
ひりゅーですかvv 漢字だと勇ましいのに、ひらがなになると途端になんか可愛くなりますね(笑)

感想ありがとうございます~! 元気が出るのですよ!
はい、笹の外見は基本碧ちゃんのまんまです。もうちょっと、内面の差で大人びて見えるかもですがvv(笑)
清純派といっていただけて嬉しいです! わりと意識していたのでvv
そうですね、飛竜の方に上にいる意識はないけど、むしろ時雨の方が下にいると感じてる、というところかも。

ここを知ったきっかけですか? え~と、確か………
某Yah●o!から“柊蓮司 くれは 二次創作(もしかしたら SS だったかも)”で、検索したら、前スレが引っかかったのです~。

390:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/08 19:04:04
どうも久しぶりです。
竜の巻が少し出来たので、投下します。
規制が厳しいので、まとめて投下すると厳しいので小出しですが、お願いします。



391:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:04:58

 春が来た。
 短い春休みが終わって、学年が上がり、前とは違う教室に通う。
 どこか新鮮な気持ちになれる。
 桜舞う校門に少しだけ見とれながらも、呼吸を整えて、彼は歩き出した。
 どこか童顔な顔つきを瓶底眼鏡で隠した地味な少年。
 輝明学園秋葉原分校の制服を身に付けて、手には小さな学生カバンが一つ。
 彼の名は藤原 竜之介。

 少々変わった体質を持った少年である。



【龍の巻】


 新学年のクラスはいつでも騒がしい。
 同じクラスになれたことを喜ぶこと、見慣れない顔に恐る恐る話しかけて、気が合う仲間を見つけた時など。
 ホームルームの前の僅かな時間、割り当てられた席に座った竜之介の前に一人の少女が現れた。


392:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:05:54
 
「おはよー、竜之介!」

 香椎珠実。
 竜之介の幼馴染でもある少女、新聞部に所属する元気のいい彼女の声に、はぁっと竜之介はため息を吐き出して。

「お前も同じクラスか」

「いいじゃない。ラッキーよ? 結構前の面子とはクラスが違っちゃったけど」

「そうだな」

 竜之介も知らない顔がずいぶんと新しいクラスには多いようだ。
 個性的な顔つきが多いし、髪型や格好なども独自のファッションで決めている奴がちらほらと見えた。
 どこか地味な顔つきの少年が、彼女だろうか? と可愛い顔つきの少女に話しかけられている。
 それと前の方の席に座っているのは―亜門 光明だ。
 ある理由で彼女のことを龍之介は知っていた。
 まあ顔を知っている程度だが、知り合いでもない。

「はぁ」

 こんなクラスで上手くやれていけるのか。
 とある理由で人付き合いが得意ではない龍之介はため息を吐き出した。

「なにため息付いてるの?」

「いや、ちょっとな」

 やれやれとこれからの苦労を考えて、竜之介は机に突っ伏した。


393:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:06:47
 
 昨日と同じ今日。
 今日と同じ明日。
 誰もがそう信じている。
 そう、信じていたいからこそ今の今日がある。
 世界は常に危機に晒されていた。
 侵魔、そう呼ばれる異次元からの侵略者達。
 それに抗うもの。
 常識の領域外―魔法を使いこなす存在。
 紅い夜の下で戦い続ける夜闇の魔法使い。
 すなわちナイトウィザード。

 その歴史は一つの変貌を遂げていた。

「ただいまー!」

 新学年初日、その授業を終わらせて竜之介は家に帰宅した。
 古めかしい道場―九天一流拳法の道場、それと隣接した家屋の玄関、ガラガラと音を立てる扉を開いて、家に入った。

「竜之介、帰ったか」

 そこに掛けられた声。
 視線を降ろせば、玄関の脇で丸くなっている三毛猫が一匹。
 あげは。
 そう名乗る猫は人語を喋り、竜之介を見上げていたが、彼は驚きもしないで答える。


394:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:07:53
 
「ただいま。爺ちゃんは?」

「竜作老なら出かけているぞ、なにやら親交のあるウィザード組織に顔を出してくるわい。とかいっていたが」

 竜之介の祖父である藤原 竜作のことを老と付けて、どこか古風に呼ぶあげは。

「へえー」

 気の乗らない口調で返事をしながら、竜之介は靴を脱いで、玄関に上がった。
 そんな竜之介の後姿を見ながら、あげはが口を開く。

「興味はないのか?」

「んー。俺にはあまり関係ない話だろー?」

「やれやれ」

 板張りの廊下を歩いていく竜之介の背中を見ながら、あげはははぁっとため息を付いてその後姿を追うと、ぴょいっと歩く竜之介の肩に乗った。

「なんだ?」

「聞け。これは一応お前にも関係のある話なのだからな」


395:NPCさん
08/10/08 19:08:09
にゅ

396:NPCさん
08/10/08 19:09:35
支援

397:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:10:23
「ん? どういう意味だ」

「先のシャイマール事件、お前も話は聞いてるだろう?」

「ああ」

 竜作から聞かされた話。
 この秋葉原から非難するように言われて、その理由を尋ねた時に竜作から説明されたのだ。
 マジカル・ウォーフェア。
 七つの宝玉を巡る事件。
 その一つを巡る攻防に竜之介も参戦したからこそ分かる。
 そして、そのケリを付けたのがある有名なウィザード―下がる男と以前マユリが言っていた男だということを。
 それによって世界結界が弱体化し、侵魔などが協力になり、そして新種の“冥魔”と呼ばれるものが出現するようになったと聞かされてはいる。

「これは竜作老から聞かされた推測なのだが、竜之介。お前にも招集が掛かるかもしれんぞ」

「へ?」

 一人の身のフリーのウィザード、いや、単なる能力持っているだけの学生をやっているつもりだった竜之介は驚きに声を上げた。
 そんな竜之介の態度に、あげははやれやれと首を横に振った。
 呆れたように。

「仮にも魔王級エミュレイターとの交戦経験があり、しかも宝玉の手助けがあったとはいえ倒したのだぞ? シャイマールの覚醒で熟練のウィザードが数多く失われ、死亡した。今はどの組織も人手不足だと聞く」

「で、それにお鉢が回ってくる、と?」

 どこか信じられないように訊ね返す竜之介。
 彼にはまるで実感がなかった。
 彼は自分の実力を知らない。
 世間から比べればどれだけ重要な、貴重な人材だと見られているのかもしらないのだ。

398:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:11:23
「魔術教会の長が是非とも。と、お前に誘いを掛けたらしいがな。竜作老が断ったようだ」

「じいちゃんが?」

「未熟者を預けるのは断る! と折檻してようだ」

 竜之介の不在時、仮面を付けたロンギヌスたちの勧誘があったのをあげはは知っていた。
 それを断った竜作老の立場は危うい。
 魔術協会の長―すなわちロンギヌスの統率者であるアンゼロットからの直々のスカウトを断ったのだ。
 穏やかな外見に比べて、いささか癇癪もちらしいと噂されるアンゼロットからの召喚を断ったのは竜作としても危ういことだったのだろうが、実際のところ孫の身の安全を案じたのだろうとあげは推測している。
 横で「やっぱりそんな理由か~」 と肩を落とす竜之介に、あげはは少しだけ笑った。

 お前は愛されているな。

「ん? なんか言ったか、あげは」

「いや、なんでもない」

 あげはは首を振るうと、竜之介の肩から降りて、ぼそりと呟いた。

「そうだ。竜之介」

「ん?」

「竜作老がな、帰ったら組み手をするから道場を掃除しとけ。と言っていたぞ?」

「な、なにぃ! 早く言えよ、そういうことは!!」


399:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:12:21
 
 竜之介は慌てて駆け出した。
 万が一帰ってきたときの掃除が終わっていなかったら、組み手と称してぼこぼこにされるのが目に見えていた。
 小さな道場といっても一人でやれば時間が掛かる。
 あげはが手伝ってくれると性格では無いと、既に竜之介は理解していた。

「きがえー! ああ、飯は後回しだ!」

 恐怖の滅多打ちから逃れるために、竜之介は廊下の奥に走り去って、あげははふわぁっと欠伸をするように口を開けた。

 平和だった。
 今日の時点では。


 まだ彼らが立ち向かうべき危機の姿は無い。


400:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/08 19:13:24
投下終了です。
たったこれだけなのに、レス数が厳しい。
くっ、分割分割で投下しないと厳しそうですね。

竜の巻はまだ続くのですが、今回はこれまで。

ご支援ありがとうございました。


401:NPCさん
08/10/08 20:02:50
>泥の人
GJー。じーちゃん危ねぇことするなぁww

アンゼが世界魔術協会として声かけたってことは魔術協会として所属しろってことなのかな?
ロンギヌスとしてじゃないってのがやや安心だけれども。
竜作さんは歳老いてもカッコイイ。さすがくどーちゃん(違)!

読めるのはすごくうれしいですが、
ここは本当に投下するには規制厳しいんで、一括投下するならたぶん別所の方が……(汗)

402:NPCさん
08/10/10 07:59:03
じいちゃん変身するとなぜか若返ってたよな

403:mituya
08/10/10 23:13:41
遅ればせながら、泥の方GJです! おじいさん、すごい………vv

え~と、“裏切り”のほうですが、この三連休で完結できたらよいなあ、とか画策中なんですが、
書いててちょっと疑問が………

アンゼロットが第八世界にスカウトされた時期の公式設定ってありましたっけ?
ルルブにも載ってないですよね………? エル=ネイシアとかで出てたりしましたっけ?


404:泥げぼく ◆265XGj4R92
08/10/10 23:41:47
>>403
んーと、具体的な時期は不明かも?
でも、大体アンゼロットが男の奪い合いで死亡したあとのはずだから、エル=ネイシアでアンゼロットが死亡した後~現在のNWまでの間しか分からないね。
エル=ネイシアを持ってないので詳しいことが分からないです。ごめんなさい。
それと、一時前ぐらいには龍の巻の続きを投下出来ると思います。

ひりゅ~(勝手に命名)さんも頑張ってください!

405:mituya
08/10/11 00:09:57
お返事ありがとうございます!
自分もエル=ネイシア持ってなくて………持ってる友達に聞いても載ってない、と(汗)
………今回はMY設定で行かせて貰います! ………って、今更ですね、MY設定(汗)

えーと、こちらの投下は早くても明日の午後かと………
が、頑張って早く上げれるようにします(汗)

406:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 00:59:45

 調身、調息、錬気。
 錬気法。
 その基本にして正道。
 姿勢を正すこと、調身。
 練り上げるために、呼吸を乱れなく行うための姿勢。
 呼吸を整え、調息。
 気息を整え、閉息し、息吹を発す。
 忘我の領域に入り、丹田の氣を練り上げる。
 皮膚は血を包み、血は肉を満たし、肉は骨を覆い、骨は筋を整える。
 乱れることなかれ。
 歪めることなかれ。
 違えることなかれ。
 先天の氣を全身の経絡より巡らせる。
 骨格により整えられ、全身に張り巡らされた血管と筋の複合器官によって全身に流す。
 後天の氣を呼吸より取り込む。
 丹田に存在力、すなわちプラーナを練り上げて、丹田に溜め込んでいく。
 二天の氣を混じり合わせて、体中に流し込み、グルグルと流転させながら練り上げる。
 さらに、さらに、さらに。
 己の氣を大地と見立て、外界の氣を天に見立て、天地流動、森羅万象、流れるが如く、激流の如く、或いは清流の如く、流して、練り上げ、整える。
 大地に染み込んだ水は蒸発し、天へと還り、雨となって大地に降り注ぎ、再び地を満たす。
 森羅万象。
 その全てが流転。
 巡り、巡らし、流れる氣の行く先。
 大いなる万物の流れ、それらに器を与え、我らは龍と呼ぶ。

407:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:00:46
 己の中に万物を内包し、流転させながら、己が森羅万象そのものと目指して、鍛錬を続ける。
 力が満ちる。
 心が満ちる。
 張り裂けそうになる、空気の詰まった風船のように充実し、骨が、肉が、血が、皮膚が軋みだす。
 破裂しそうな血管、整えられ、氣を乗せた血流は轟々と血管の中を荒れ狂い、荒れ狂う。
 それを整えるのが気息。
 荒れ狂う龍を宥めすかし、己の経絡を整え、血流を把握し、呼吸を持って己が五臓六腑を掌握する。
 そうして、ようやく使い手は己が力を振るう資格を得るのだ。

「ふぅ」

 気息を整えながら、氣を巡らせ続けた“少女”が目を見開いた。
 その額には汗が浮かび、全身にびっしりと汗が噴き出していた。
 それは美しい少女だった。
 動きやすい武道着を身に付けた少女。
 色素の抜けた茶髪をツインテールに結い上げて、身動き一つ取らずに道場の真ん中で構えを取ったまま動かない。
 微動だにせずに、静止し続けている。
 時間にして一時間ほどにも渡り続けている。
 ただ規則性のある呼吸を続けて、その度に珠のような汗を流していた。
 運動力学的にはどこにも熱量を生み出すような動作をしていないのにも関わらず、少女の吐く息は熱く、その身から立ち上る陽炎の如き水蒸気はフルマラソンをした陸上選手のようだった。

「……ふむ」

 そして、その様子を見ていた人物が一人居た。
 どこか紫色を帯びた銀髪の女性。
 年齢化すれば二十代半ばぐらいか、長身のふくよかな体つきの女性が涼しげな中華服を身に付けて、佇んでいた。

「練りはそこそこよくなったのぉ。よし、やめていいぞ」

 パンッと女性が手を叩くと、同時に少女が息吹を緩やかに弱めて、ふぅーと己の気息を乱さぬように体中を弛緩させた。

408:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:03:48
 パンッと女性が手を叩くと、同時に少女が息吹を緩やかに弱めて、ふぅーと己の気息を乱さぬように体中を弛緩させた。

「つか、れたぁ」

 丹田の練り上げを止めて、少女がだらりと息を吐いた。
 練った氣は充足させたまま、へ垂れ込む。
 ここで霧散させるようなことをすれば、横に立つ女性―少女の“祖父”からの叱咤が飛ぶのは明白だったからだ。

「なんじゃだらしない。高々一時間程度の錬気でへこたれるのか」

「無茶言わないでくれよぉ」

 ぐでーと疲れたまま、答える孫の言葉に女性はため息を吐くと―呼吸を整えた。
 調息の息吹、閉息に繋げて、錬気の工程をこなす。
 その呼吸音を聞きつけた瞬間、少女の反応は早かった。

「ちょ、まっ!」

 飛び退ろうと立ち上がる少女―その額が“仰け反った”。
 パンッとデコピンでも食らったかのような姿勢、されど誰も手に触れていない、ただ激痛の呻き声が上がった。

「いったー!!」

「やれやれ、この程度も見切れんのか―龍之介」

 “竜之介”、そう呼ばれた少女に、ピンッと虚空に指を突き出した彼女の祖父―藤原 竜作は呆れたように声を上げた。
 少女―藤原 竜之介。
 女性―藤原 竜作。
 彼女達は“男性”である。
 されど、その姿は歳若き少女であり、妙齢の女性でもあった。

409:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:06:14
 別段女装をしているわけでもなく、その体は確かめる必要もなくれっきとした女性のもの。
 何故そのような状態なのか?
 それは彼らの一族に大体伝わる特異体質が原因だった。
 彼らが伝える気功武術、九天一流。
 その開祖である一人の女性龍使い。
 その子孫は類稀なる良質のプラーナを保有し、ウィザードを多く排出する家系であったが、開祖の龍使いに何らかの遺伝子欠陥があったのか、それとも外的要因か。
 自身の肉体の心拍数、それが一定以上にまで上がるとその性別を女性へと変質させてしまう呪いじみた体質を持っていたのである。
 故に本来は男である竜之介は自身と同じ年頃のうら若き少女となり、竜作は自身の年齢とは関係ないのか老体の身でありながら若返ったかのように二十代半ばの女性へと変身する。
 竜之介はその特異体質に以前から悩んでいたが、唯一の解決策だったかもしれないとある宝玉を己の意思で手放し、今は諦め半分で過ごしていた。

「ほれ、さっさと立ち上がらんか。組み手をするぞ」

「へーい」

 竜之介は赤くなった額を摩りながら立ち上がると、竜作と対峙するように足場を移動し、構える。
 距離は大体五メートル。
 龍使いならば一足で踏み入り、攻撃を交わせる間合い。
 けれども、竜作はその位置から脚位置を組み替えて、すらりと綺麗に両足を並べて立つと、静かに告げた。

「上達の程度を見てやろう。ほれ、この位置から動かんからかかってこい」

 くいっくいと手の平で誘いながら、その本来の性別と年齢を知らなければ魅了されそうな妖艶な微笑を浮かべる竜作。
 それにカッと来たのは竜之介だった。

「余裕ぶっこきやがって! これでも、魔王級エミュレイター倒したんだぞ!!」

 自惚れではない自信があり、自負がある。
 鍛錬は続けていた。
 一時間もの錬気の果てに、氣は充足している。
 だんっと踵で床を踏み締めると、その反発力でロケットのように竜之介が前に飛び出し―

410:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:08:48
「ほれ」

 パンッと空気が破裂するような音と共に竜之介の頬が打たれた。
 手の届かぬ位置、そこで竜作が無造作に手を振るった。
 それだけなのに、竜之介の頬には確かな衝撃があった。
 出掛かりを潰されて、僅かによろめきながらも、錬気を練り上げ、さらに踏み込もうとした瞬間。

「立ち直りが遅い」

 竜作の両手が閃き、蝿でも払うかのように大気を叩いた。
 パンッ、パンッ、パンッと見えない太鼓を叩いているかのような音。
 その度に竜之介の体がくの字に曲がり、ベコリと一瞬体に手の平方の陥没が浮かんだ。

「こ、のぉ!」

 気息を発し、神経をさらに過敏化させながら、竜之介が不意に大気に向けて手を打ち込んだ。
 奇しくも同じパンと竜作が音を鳴らした瞬間。
 二つの大気の爆ぜる音に、爆竹のような音が鳴り響き、閉ざされたはずの道場の中で大気が渦巻いた。

「ワシの伏竜に反応したか」

 いつもよりも早く反撃を開始した孫に、嬉しそうに竜作が微笑む。

「はっ! 伊達に毎度殴られてねーよ!」

「ならば、少し本気でいくぞ」

 息吹を発しながら、竜作の手が緩やかに構えられて、その腕の動きはまるで舞いでも踊るかのように優雅に円を描く。


411:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:11:23
「へ?」

「むんっ!」

 息吹を僅かに発し、練り上げた氣を持って、見極めた大気の打点―道場内の気圧、寒暖差の流動、見えぬほどに細分化された大気を構成する成分を見極め、衝撃を浸透させるのに最適なポイントを見抜き、殴りつける。
 その際に振るわれた脱力した腕はどこか優雅に、インパクトの瞬間引き締まった一撃は苛烈に。
 大気を貫き、僅か数センチの挙動で爆風を生み出した。

「げぇつ!!」

 少女あるまじき呻き声。
 竜之介は感知する。
 大気が歪曲し、衝撃が増幅されたその一撃による衝撃破がまるで巨人の拳のような勢いを持って直前にまで飛び込んできたことに。

「っ!!」

 咄嗟に氣を解放、全身を噴き出す氣の内圧で凝固させ、同時に床を蹴り飛ばし、十字に腕を構えて直撃に備えた。
 全身に叩きこまれる衝撃。
 まるでトラックで撥ねられたかのような重さ。

 ―加減ってものをしらないのか、くそ爺!

 と、内心竜之介が罵り、ビリビリと痺れる両手を苦労して引き剥がすと、空中で体勢を整える。
 すとんっと血流を操作し、流れる勢いを操作しながら、ふわりと重力を感じさせない重みで床に音もなく着地する。

「いってぇえー! ジジイ! 孫がかわいくないのか!」

 ズキズキと鈍痛が走る全身。
 幸い骨までは行っていないようだが、湿布が必須だろう打撲に竜之介が抗議の咆哮を上げた。


412:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:15:37
「ほほほ、この程度で潰れるなら九天一流など継げないじゃろうて」

 片手を己の唇に当てて、優雅に微笑む竜作。
 その脚は先ほどから一歩も動かず、ただ立ち尽くしていた。

「くそ、今日こそ一発その顔をぶん殴ってやる!!」

 調息、閉息、錬気。
 どこか荒々しく呼吸法の息吹をこなすと、全身からプラーナの輝きを放出させ、龍之介が踏み込む。

「む?」

 それに答えて、竜作が再び大気の打点を打ち抜き、衝撃破を乱射するが、ジグザクに高速移動を繰り返す竜之介には当たらない。
 氣を練り上げて、心臓から走る血流の勢いを強めて、血管の中に流れる僅かな勢いを束ねて増幅し、脚力へと変換している動きはまるで疾風の如し。
 風は風を捉えることなど出来ぬ。
 そう告げるかのように影を残して、揺らめき舞い踊り、十数メートルまで広がっていた間合いを次の瞬間には二メートルにまで潰した。

「ほっ!」

 竜作が目を見開く。
 その様子をほくそ笑みながら、右手を掬い上げるように、練り上げた氣を放出させながら、叫ぶ。

「雷、竜ゥ!」

 練り上げられた氣は電光を放つ雷氣を纏い、殺意すらも篭められていた。
 己の練り上げた内功、全てを注ぎ込むつもりで放った気剄。
 地から天へと放たれるかのような、天地の理を逆転させるかの如き電流の迸りは―


413:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:20:34
「未熟」

 流麗に伸ばされた指先で受け止められていた。
 たった二本の指、それが放たれる電流を受け止め、切り裂いていた。

「へ?」

「―かっ!」

 タンッと上げていた踵を踏み降ろし、動かずにして放つ震脚から体重が、増幅され練り上げられた桁違いの気功が、迸る電流を呑みこみ、噛み千切る暴龍の如き威力で消し飛ばされた。
 打ち込んだ拳から一転し、弾き飛ばされ、今度こそ体勢も取れずに、ゴロゴロと道場の故に背中から激突し、強制的に肺の中の酸素を吐き出された。

「がっ!! ぐっ、ふっ!!」

 咳き込み、気息が乱れた。
 その瞬間、僅かに残っていた錬気が荒れ狂い、臓腑にビキリと激痛を発せた。

「つっ~」

 気息を整える。
 乱れた経絡を整え、緩やかに、落ち着いて、されど急いで気息を発しながら、痛みを押さえつける。

「まだまだ、じゃな。思い切りはよかったが、気功の練が足りんぞ。見た目こそ派手じゃが、あれでは威力も拡散するわい」

 少しだけ焦げ付いた指先をふっと息で吹き払うと、気息を整えて、練っていた氣を霧散化させた竜作が歩み寄る。
 未だに呻く竜之介の背に優しく手を載せると、その手の平から温かい光を放った。

「無茶しおって。放つのなら制御出来るだけの気功にせんか」

414:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:32:43
「や、やれると思ったんだけどさ……マジで化け物だな、爺ちゃん」

 気功を用いた回復魔法を受けて、徐々に痛みが和らいでいく。
 気功を放ち、内傷を負うのは未熟である証拠だった。
 上手く散らせず、整えられなかった氣が暴発し、内臓に負担を掛けるのだ。
 未熟なものであれば、神経がズタズタになってもおかしくない。
 それだけ氣を、龍を操ることは命がけな行為なのである。

「ま、しかし―それなりに成長はしたのぉ、竜之介」

「へ?」

「少しだけあの雷竜にはひやりとしたぞ」

 にやりとどこか余裕のある笑み、けれど誇らしげな笑顔を浮かべて、竜作は告げた。

「とりあえず今日の鍛錬はここまで。気息を忘れずに、汗を流してさっさと寝るんじゃな」

「あ、ああ」

 竜之介は髪をかきあげ、額の汗を拭うと、立ち上がり、道場から出ようと足を踏み出した。
 いつもとは違うどこか優しげな態度に首を捻り、竜之介は汗ばんだ武道着に風を送りながら出て行った。
 その背を道場に残る竜作は見届けると、先ほど竜之介の一撃を受け止めた二指を眼前に上げた。
 その第一関節は見る見る間に青白く膨れ上がり、折れていることを鈍痛と共に竜作に伝えている。

「成長したのぉ」

 気息を続け、流れる気で折れた指の気脈を整えながらカラカラと竜作が笑った。
 たった指二本。それだけで防げると確信していた。
 だが、それを上回った竜之介の成長に、祖父たる女性は誇らしげに笑ったのだった。

415:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:35:57
 流れる。
 裸身の上を熱い液体が流れ、滑り落ちていく。
 珠のような肌の上に熱い液体が流れ、肩から脇へ、脇から腹へ、腹から太ももへと流れ落ち、髪を濡らしたお湯と共に床へと流れる。
 一糸纏わぬ裸身、そこにタライで汲み上げたお湯を被せて、体を清める。
 スリムな体型、程よく膨れ上がった乳房、美の女神が祝福したかのような整った体型。
 見るものが見れば息を飲むような素晴らしい肉体、されどその本人は何も感じずに、ただお湯をかけるたびに染みる痛みに情けない声を上げていた。

「いちち、染みるなぁ」

 未だに性別は戻らず、熱いお湯で心拍数の上がったままの竜之介が女体の裸のまま呟く。
 全身にアザだらけ、風呂から出たら湿布でも張る必要があるだろう。
 丁寧にスポンジで体を擦る。
 いつもならタオルでゴシゴシと体の汚れを落とすのだが、今の体でやると簡単な拷問だ。
 丁寧に、されど手早く泡だらけの体に変えて、再び汲み上げたお湯で流す。
 シャンプーは祖父と共同のものを使う。
 男性でも女性でも使える奴だ、その横にある猫用シャンプーと女性専用のシャンプーはあげは用だから下手に使うと後が怖い。
 シャンプーを二回、リンスを一回。
 浴室に備え付けた鏡を見ながら、両手で揉み解すように洗う。
 女性化すると何故か長くなる髪は洗うのに手間がかかるから、竜之介は嫌いだった。
 普通ならば興奮してもおかしくない女性の裸身、だがそれが自分のものだとすれば途端に興味を失う。
 そもそも子供の頃から見慣れた体に一々欲情が湧くわけがない。
 洗髪を終えれば、後に待つのは入浴だ。
 疲労回復に効く入浴剤を入れたフローラルな香りのする浴槽にゆっくりと細い足を差し込んで、温度を確認しながらゆっくりと全身を沈める。

「ぁ~、効くな~」

 痛い、熱い、けれど気持ちいい。
 プカプカと浮かびそうになる乳房が邪魔だが、それすらもどうでもよくなるほどに疲労が抜けていく。
 極楽、極楽。
 脚なんか組んで、浴槽の外に突き出しながら、仰向けに伸びをした。


416:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 01:38:59
「あー生き返る~」

 疲労が溶けていくようだった。
 日本人の心はやはりお風呂だろう。
 心の洗濯。
 これがなくては生きてはいけない。
 最高だった。
 鼻歌なんぞ歌ってしまう。
 ……そんな入浴を三十分ほど続けた頃だろうか。
 そろそろいいかと、竜之介が浴槽から出て、裸のまま浴室から出ようとした瞬間だった。

 ―ズキリと痛みが生じた。

「え?」

 それは言葉にすら出来ない激痛。
 “背より発した焼け付くような痛み”。

「がぁあっ!!」

 思わず転倒する。
 脳内が沸騰しそうなほどの痛み、鋭い痛み、ズキズキと脳神経を焼き焦がす激痛。
 がらがらと音を立てて、竜之介の体が浴槽から半分ほど出た位置で倒れた。

「どうした!?」

 瞬間、ドタバタと廊下から走る音がした。
 浴室に繋がる部屋の扉を開けて、一人のパジャマを着たネコ耳少女が飛び込んでくる。
 人化したあげはだった。


417:迷錯鏡鳴 竜の巻 ◆265XGj4R92
08/10/11 02:00:28
「竜之介!?」

「あ、げは……」

 痛みがある。
 背中が痛い。
 痛い、痛い、痛い。
 斬られたかのような痛みがあった。

「どうし―なんだこれは?」

 竜之介の裸身。
 うつ伏せに倒れた彼女の背中、そこには“一線の巨大な傷跡”があった。
 まるで今そこで斬られたかのような傷跡から、血が流れていた。

「っ、まってろ! 今、止血してやる!!」

 慌てながらあげはが月衣から取り出した化膿止めや包帯などで治療をされながら、竜之介は混沌とした意識の中でまどろむように意識を薄れていく。

 あげはの悲鳴が聞こえたような気がした。

 けれども、どこか眠くて、そのまま竜之介は意識を失った。



 異変は既に始まっていた。





次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch