卓上ゲーム板作品スレ その2at CGAME
卓上ゲーム板作品スレ その2 - 暇つぶし2ch2:NPCさん
08/03/07 15:17:36
前スレが立つこと、早4年と9ヶ月・・・ よく落ちずに持ったものだ

3:NPCさん
08/03/07 15:24:19
卓上板だからなぁ……>>1乙。

えーと。前スレラストの話書いた者ですが、残り容量が怖くて書けなかったこと。

・勝手に捏造話書いてごめんなさい王子。
・一応、年齢的には柊・くれは小学6年。アニメの誕生日を参考にしたのでまだ11歳。
 青葉は小学2年生です。
・書いた動機は柊→くれはものってないよなーとの考えから。
・あれがラブなのかは読んだ方の判断に任せます。
・前回「夢物語」の感想を下さった皆様本当にありがとうございました。書くための心の糧です。

ありがとうございました。

4:NPCさん
08/03/07 15:50:01
前スレのログ

卓上ゲーム板作品スレ
URLリンク(pantomime.jspeed.jp)

5:NPCさん
08/03/07 17:35:29
この板即死ってあったっけ>>1

6:NPCさん
08/03/08 00:14:39
前スレにお疲れ様。それから>1にも乙。
…このスレもひっそり賑わってくれるといいんだが。

7:NPCさん
08/03/08 10:27:50
このテンプレっ
コテハンネタは放逐っ
書く事は許されないっ
出す事は許されないっ
そんな意味っ……。

8:NPCさん
08/03/08 12:23:33
テンプレにないけど、一応載せとくか。
18禁作品の投下先↓

スレリンク(eroparo板) 
(卓ゲエロパロスレ)

9:NPCさん
08/03/08 17:31:22
逆に考えるんだ。
18禁だからこそテンプレから外したんじゃないだろうかと考えるんだ。

10:NPCさん
08/03/10 18:13:26
そういや、21禁から18禁に変わったこととか未だに知らん人もいるらしいね>BBSPINKカテゴリ

11:NPCさん
08/03/12 17:39:20
ひっそり500kb越えか
この板では始めて見た
>>1

12:NPCさん
08/03/14 21:52:09
前スレ落ちたかな>>1

13:NPCさん
08/03/15 00:16:52
今更だが、即死判定ってあったっけ?

14:NPCさん
08/03/15 03:17:07
カッスロの2スレ目は落ちたっぽいから、一応あるんじゃね?

15:NPCさん
08/03/18 18:38:55
そういえばそんなゲームが出ると思ってた時期もあったなぁ。

16:NPCさん
08/03/18 20:26:28
ああカッスロか、カックロかと思った
あれはパズル板の範疇か

17:NPCさん
08/03/24 15:59:55
保守がてら願望を。

誰かARAハートフル組で誰か書かんかのう。
ファム×ヴァリアス、カミュラ×カッツの恋愛模様なんて大好物なんだが。
(ファム×ヴァリは萌え的に、カミュ×カッツは下僕的に)

どうでもいいが、中原の支配者たる〝覇王〟の子孫で後継者の「ファムリシア」、
神々に愛されし〝大賢人〟シェフィールド本人の「カミュラ」、
〝銀の〟ケセドと〝大聖人〟ルキアノスの子供の「ヴァリアス」と比べて
ただの〝戦災孤児〟「カッツ」のなんと貧弱なキャラ背景か……

次巻で 記憶を紡ぐものブルギニオン に連なるものって設定が生えたりするのだろうか。

18:NPCさん
08/03/25 15:30:33
カッツの相手はイエミツしか思い浮かばない俺は以前見たSSに影響されすぎてる…

19:NPCさん
08/03/29 00:44:48
保守がてらに質問を。
基本リプレイ読みです。

ARAルージュでガーベラSSを作成中なんですが、神竜を倒した時点で
ドラグーンスキルに差し支えは無いんでしょうか?
リプレイの説明で、古代竜の加護うんぬんとあったので。

それに付随して。
もし加護を失ったとして、ケテル辺りと再契約(?)は可能でしょうか?

20:NPCさん
08/03/29 09:22:45
ルール的にはそうした制限は無い。ドラグーンが古代竜に刃向かってもいいし、アンチ神殿なトランが
アコライトスキルを使ってもデータの上では問題無い。

もちろん物語としてそうしたドラマを作りたいと言うならそれはそれで制限されない。

21:NPCさん
08/03/29 17:01:37
ドラグーン自体、何かの加護がないとなれないってわけじゃないしなあ。
ドラグーンになればそういう力が手に入るってだけで。

ガーベラと言えば、某所のクリス×ガーベラSSを見たが、良かったなァ。
最終話後にクリスがノエルに煽られてガーベラに求婚するという。

22:NPCさん
08/03/31 01:57:46
>>20-21
19です。回答ありがとうございます。
制限がないならば助かります。

>>21
エイプリルがプロポーズの練習相手になる話でしたら、
私が書いたものかも。
あれの続きで、もう一つ作ろうと思っています。
これからプロット作成です。

23:NPCさん
08/03/31 02:35:15
>>22
きゃっほう!続き期待してます~。

24:NPCさん
08/03/31 09:25:09
あんただったのか。これはwktkせざるをえないw

25:NPCさん
08/04/01 00:45:44
>22
本人かよーーーーッッ!ww
くそ、それは期待せざるを得ない。

26:NPCさん
08/04/04 16:46:21
保守

27:NPCさん
08/04/06 02:25:21
なんとこんなスレがあったとは・・・・・・でも今更エロパロ意外書く気力ねえよ。

28:NPCさん
08/04/06 11:48:54
なぁに、そのうちエロ以外も書きたくなってくるもんさ。

29:NPCさん
08/04/06 14:21:06
ここって、卓ゲ関係ない作品のキャラが卓ゲの作品世界に迷い込んだ小説とかでもいいんですかね?

30:NPCさん
08/04/06 16:14:59
ふさわしい板とかありそうだけど
どうせ過疎ってるし別に構わないんじゃね?

31:NPCさん
08/04/06 20:33:14
初代スレで、TGC対戦を扱った青春モノがあったから
セーフだとは思う。
ただ、そのキャラのクロスSSスレ等があったら、そちらに
投下した方が反応がいいかも。
そのキャラ次第じゃない?

32:NPCさん
08/04/06 21:07:49
>>23-25
どうも、22です。
リプ読み専門でしたが、観念してルールブック・上級・リインフォース・
アイテムガイド・トラベルガイド・エネミーガイド購入に踏み切りました。
(さらば、還付金!)

現在、一部が注文済み状態で、発送待ち。
そんな訳で、気長にお待ち頂けたら幸いです。

33:NPCさん
08/04/06 23:16:07
>>32
乙、ってマジかよ!?
合計一万二千円弱じゃねえか…ともあれ新作、首を長くしてお待ちしておりますw

34:NPCさん
08/04/07 19:51:53
>>29
卓ゲ同士のクロスはあったような……>前スレ
そこが独自にクロススレを持たない話なら別にいいんじゃね?規約に書いてないし。

35:NPCさん
08/04/17 23:58:15
プロットは完成。
とりあえず、今回は出来た所まで。
忙しくて敵いません。GWに続きを書き溜めします。

元ネタ作品:アリアンロッド・リプレイ・ルージュ

時間軸:後日談の更に後日談

登場メイン:ガーベラ

注意:
「アリアンロッド・リプレイ・ルージュ」、「ノエルと白馬の王子」「魔を貫くもの」
の内容を含みます。未読の方はネタバレにご注意ください。

また、このSSは「クリスと翡翠の騎士」の続きに当たり、その前提での内容です。
詳しくは、卓ゲ地下スレ保管庫の収録をご覧下さい。

36:ガーベラと薔薇の武具
08/04/18 00:03:11

 神聖ヴァンスター帝国の神殿には、三人の騎士団長が存在する。
 その内、最も年若い聖騎士は叙任から一月も経たず、結婚という慶事を迎えようとしていた。
 続けざまに人生の幸福を満たす若者に関係者は祝福を述べたが、その婚約者が麗しい美貌の
持ち主と知って心から羨望の声を上げた。
 この美しい恋人もまた騎士であり、その剣腕は神殿の筆頭騎士にも引けを取らないという噂
である。
 勇気を奮って二人に真偽を伺う者も居たが、
「私はガーベラに泣かされっ放しです。これも惚れた弱みでしょうね」
「あたしはクリスさんのギルドと何度か戦いましたが、一度も勝てませんでしたよ」
 それぞれの発言に、却って謎を深めて困惑している。
「でしたら、お二人の夫婦喧嘩はさぞかし大変でしょうね」
 意地の悪い者が反撃を試みたが、二人は笑って異口同音にこう答えたという。

「夫婦喧嘩なんて有り得ない。あったとしても、許しを請うのは自分の方でしょう」

 己の発言を二人は信じていたし、また相手も同じものと望んで疑わなかった。
 新たに式を上げるファーディナント夫妻とは、このような人たちである。
 ある意味、お似合いの二人であったと言えよう。


      「アリアンロッド・リプレイ・ルージュ」より

    みっしょん10「ガーベラと薔薇の武具――Gerbera II 」 


 聖騎士団長クリスとガーベラの挙式は、聖都ディアスロンドにて行われた。
 その地で静養していた新婦側の知人、薔薇の巫女ノイエの体調を気遣ってのものだ。
 また新郎側の友人エイプリルは神聖ヴァンスター帝国の逃亡者であり、彼女の出席にも都合
が良かった為、ガーベラの提案にクリスも異存はなかった。

37:ガーベラと薔薇の武具 02
08/04/18 00:06:43
 彼の悩んでいた最大の問題は、場所ではなく招待者である。
 神殿関係者と悪の秘密結社ダイナストカバルの幹部が同席するという前代未聞の式。
 一時は難色を示す神殿関係者により一触即発が心配されたが、新郎の先輩騎士の「俺に恥を
かかせる気か?」という鶴の一声に沈黙。
 無事に粛々と式は進められた。

 やはり主役は花嫁である。
 その点、新婦ガーベラは、出席者たちの目を驚かせる美しさであった。
 イジンデルの村でクリスと婚約して以来、伸ばし続けている金色の髪は肩口まで届き、より
女性らしい印象を強調している。
 翡翠色の瞳は感慨に潤み、紅を差した唇は絶えず笑みの形を浮かべていた。
 白い肩を露わにした真珠色のウェディングドレスが、均整の取れた身体に実によく似合う。
 長手袋に通した右腕を新郎の腕に組み、慎ましく身を寄せた淑やかな姿は、衣装の最終調整
を抜け出し、新郎の居る帝国の神殿まで駆け込んだ行動力の人とは、とても見えない。
 常ならば新郎は祝杯攻めに遭うものだが、酒瓶を手にした皆、隣に居る花嫁に笑顔を向けら
れると鼓動を早め、自身が野暮天になった心地で祝辞のみで切り上げていた。
 無論、花嫁に他意はなく、己の笑顔の威力を知らなかったと断っておく。

 この式は、花嫁以外にも参席者に華があった。
 ご多分に漏れず、美しい華には虫が寄るものである。
 新郎クリスの友人という赤いドレスを着た女性は、豊かな金髪にスミレ色した瞳の麗しい容
姿であったが、漢らしい物言いで声を掛けた者を唖然とさせ、見事にあしらっていた。
 彼女の連れはローズピンクの衣装の、栗色の髪と緑の瞳をした可憐な少女だ。
 少女は声を掛けた人間の後をふらふらと着いて行きそうになり、その度に連れの女性から肩
を掴まれて保護されている。
 赤いドレスの女性はエイプリル。
 少女は勿論、ノエルである。

「此処は舞踏会じゃないぞ。いい加減、気安く男の誘いに着いて行くのは止めろ」
「……ううっ! わ、分かりました。今度は絶対に騙されませんよっ!」
「たぶん、相手は騙したつもりは無いと思うぞ……」

38:ガーベラと薔薇の武具 03
08/04/18 00:10:59

 ちなみに、このやり取りは本日で十五回ほど再現されている。
 ノエルの気合いに頬を歪ませるエイプリル。
 そんな彼女にグラスを盆に載せた給仕姿の男性が声を掛けた。

「お疲れ様です。冷たいものでも如何ですか?」
「レントさんっ!?」
 魔術師姿しか見せたことない銀髪の男に驚くノエルと違い、エイプリルはため息をついた。
「やっぱりアレは、オレの見間違いじゃないんだな」

 料理や飲み物をこの式の給仕たちは、仮装大会にも出てきそうな裏方じみた黒覆面である。
 レント同様、給仕服を着ているが、どう見てもダイナストカバルの戦闘員であった。

「招待状の端に仮装可と書いてあった時点で、怪しいと思っていたんだが……」
「全ては大首領の出席を可能にする為。神殿の関係者が参加する中、素顔を晒す訳にはいけ
ませんから。ですが、神殿側にも都合の良い方が居たようです」

 レントが視線で示す先には、目元に仮面を着けた老人がいた。
 仮面の上に鎮座する豪快な眉毛―ディアスロンドのハーヴェイ教皇である。
 流石に膝元の聖都で、神殿のトップが悪の秘密結社と同席とは聞こえが悪い。
 あくまで個人としての非公式の参加である。
 その傍らにメイドの格好をしたアルテアが近づいた。
「ようじはないか!」
 ハーヴェイが断ると、彼女は次の招待客へ同じ質問を繰り返す。
 その様子に懐かしい記憶を呼び起こされて、ノエルが小さく笑い声を上げた。

 式もたけなわとなり、次の砕けた宴へと移すべく一旦締める様子だ。
 新郎新婦が出席の礼を述べると、周囲が口づけを促して囃し立てた。
 皆の目の前で二人が恥ずかしそうに、ゆっくりと優しく唇を交わす。
 祝福の歓声を受けて、照れながらも二人が嬉しそうに顔を綻ばせた。

39:ガーベラと薔薇の武具 04
08/04/18 00:13:27

「二人とも幸せそうだな」
「はいっ!」
「幸せが続くと良いよな」
「……エイプリル?」
 何だか歯切れの悪い発言に、レントが訝しがる。
「オレは帝国では指名手配の身で逃亡者だからな。これは旅先で聞いたんだが……」
 目線は本日の主役二人に向けながらエイプリルが囁く。
「四大秘宝の一つ、神槍ブリューナクの遺跡は本当の話か?」
「あたしも聞きました。高位の魔族を封じていた神槍はある冒険者たちが手に入れたものの、
神槍は一本だけではなく、高位魔族の数だけ他にも存在しているとか」
「誰に聞いた?」
「お父さんです」
「………………」
 ノエルの発言に一同が沈黙する。
 彼女の実父は大首領であり、組織の同盟者として魔族との交流もあるという。
 情報の信憑性は高いと言えた。
「エイプリルさん。それが二人の幸せと何か関係あるのですか?」
「ヴァンスターで他の高位魔族が動いていると、裏の世界では情報が流れている」
「えっ……で、でもっ……!」
「継承者殿、クリスはヴァンスター神殿の聖騎士団長です。魔族が動けば、クリスは職務と
して必然的に対処する立場です」
「…………っ!」

40:ガーベラと薔薇の武具 05
08/04/18 00:17:08
 レントの補足で理解してノエルが絶句する。
 立ち竦む彼女の頭に、エイプリルが優しく掌を乗せた。
「大丈夫だ。いざとなったら俺達がいる」
 手の温もりに俯いたまま、こくんとノエルが了承を示す。
「レント」
「ええ」
 エイプリルに応えて、レントもまたノエルに告げる。
「神殿の犬を応援するのは癪ですが、その花嫁はかつて我らの好敵手です。彼女の幸せの為、
組織でわたしも魔族の動向に注意しておきましょう」
「ああ、クリスは兎も角、花嫁が不憫だからな」

 いつもの如く、悪し様にクリスの身を案じない二人の発言。
 真意とは正反対である仲間の約束に、ようやくノエルが笑みを浮かべた。
 周囲の歓声と拍手に、頭を下げて応える二人を見ながら、彼女は心の中で願う。
 どうか、幸せなお二人の平穏が続きますように。
 夫に手を引かれ退陣する花嫁がノエルの視線に気づき、左手を振って顔を綻ばせる。
 笑顔を返したノエルの心から、自然と不安が消えていた。


           / / /


 ファーディナント夫妻の挙式から三ヶ月が過ぎた。
 二人はヴァンスター街の南中広場に近い住宅を借り、甘い新婚生活を送っている。

41:ガーベラと薔薇の武具 06
08/04/18 00:18:29
 その間、神聖ヴァンスター帝国領内では、ヴァン山脈に於いて次々と神槍ブリューナクを
納めた遺跡に通じる転送ゲート発見され、帝国住人の注目を集めていた。
 当初、ある噂が巷間に流れた。
 神槍は高位魔族を封じる武具であり、その数は一つではないと。
 遺跡から探し出した神槍を神聖皇帝ゼダンに献上し、褒賞を得た冒険者ギルドの数が増える
につれ、噂は真実として世間に認知された。
 しかし同時に、ある真実にも気づいた人々が囁き始めた。
 ならば世界には神槍の数だけ、強大な高位魔族がいるのではないか?
 憶測は確かな恐怖となり、無責任な噂を尾ひれにつけて人々に伝播した。
 時には不安に駆られた者が事件を起こし、好機と見た犯罪者が便乗して暗躍する。
 それを見た無責任な者たちは、事件を遺跡から復活した魔族の仕業だと騒ぎ立て、更に多く
の民衆の不安を煽った。
 こうなると悪循環である。
 事態を重く見た皇帝は負の連鎖を絶つべく、ヴァンスター神殿に人心の回復を申し付けた。
 噂の発端が冒険者にあるとして、許可の無い者の立ち入りを禁じた遺跡封鎖と、神殿による
単独調査を命じたのである。

 こうして三つの神聖騎士団の内、二つが治安回復と遺跡管理に当てられることになる。
 結果クリスの率いる騎士団が遺跡管理を担当し、その内30人が遺跡の調査を兼ねてヴァン
山脈の転送ゲートへと赴くことになった。

42:ガーベラと薔薇の武具 07
08/04/18 00:20:11 OB2ga39j
 遺跡の迷宮では、騎士団という大所帯は却って身動きが取れない。
 先ずはクリス率いる30人が取り組み、二週間後には新たな30名が到着して交代を行う。
 以下、同じように新たな組が……と休養を挟んで次々にローテションを計画した。
 本来なら迷宮調査には冒険者の手を借り、メイジやシーフといった技能者を同行させるのが
最良であったが、皇帝の命により神殿のみで調査しなければならない。
 冒険者として経験のあるクリスは迷宮が深い場合を考え、各騎士の負担と期間を減らすべく
このような苦肉の策を取ったのだ。
 また計画の影には、有事に備え帝都の神殿に兵力を温存する目的もあった。

 公務とあっては仕方が無い。
 以上の事情により、ガーベラは夫の居ない二週間をノイエの元で過ごすことにした。
 当初ガーベラは妻として留守を守り、帰りを待ち続けるつもりだったのだが、新妻を独り
寂しくさせる申し訳なさから、クリスの方が懇願したのだ。
 夫の心遣いに感謝しつつ、ガーベラは快く承諾をした。

 聖都ディアスロンドの街外れにある、農地と森に近い並木通りの一角。
 そこに在る落ち着いた小さな古い屋敷が、現ノイエ夫妻の住居である。
 本来はノイエの静養の為にと教皇が商家から借り受けた別荘だったのだが、ノイエ自身も
療養中この家を気に入り、持ち主の許可を取って管理人として住み続けている。
 最近ノイエの夫も地域住民に愛される組織の長として運営に忙しく、同じく不在がちな夫
を待つ身として、クリスの提案は渡りに舟であったらしい。
 神竜との戦い後、ガーベラも主に付き添って同居していたのだから、あたかも嫁に出た娘
の里帰りである。
 クリスの出発を見送って三日後、家の中を片付けて戸締りを確認すると、ガーベラは了承
の手紙と共に送られてきた転送石を用いて、ディアスロンド神殿へと移動。
 その後、乗り合いの馬車に揺られて目的の屋敷の前に到着した。

43:ガーベラと薔薇の武具 08
08/04/18 00:21:24

 ゆったりと裾の長い白い衣をまとった女性が、背を向けて庭で薔薇の手入れをしている。
 結っても背中まで届く、豊かな栗色の髪を見てガーベラが微笑む。
 微かに流れる小さな鼻歌に、時おりパチンと合いの手を入れる花鋏。
 ガーベラが門まで歩み寄ると、気配を察したのか歌い手が作業を中断して振り返った。
 左手の花かごには、切り取ったばかりのピンクと白の薔薇。
 本日ここに訪れる客人を歓待する為に、手ずから用意する心遣いと人柄が懐かしかった。

「ご無沙汰しております、ノイエ様」
「いらっしゃい、ガーベラ。あなたの顔を見れば、幸せに過ごしていると分かりますよ」
「ノイエ様の方こそ、お顔の色が良くなりましたね」
「ええ、最近は逆に時間を持て余している始末よ。だから、あなたの到着は楽しみだったわ。
じゃあ、妬いて上げるから、新婚の奥様の話を聞こうかしら?」
「……どうか、お手柔らかにお願いします」
 かつての主従であった二人の婦人は、平穏の日々による再会を心から喜んだ。

44:NPCさん
08/04/18 00:21:57
一応支援とか入れてみる

45:NPCさん
08/04/18 00:35:17

今回はここまで。
まだ同じ量の続きを書いているのですが、コチラは改行や文字数の制限が
きつくて投稿しづらい……。
(地下だったら、半分のスレ消費で済みますね)

スレの過疎が勿体ないなと思い、18禁パートだけ地下に分離すれば良いかと
考えていましたが、続きは地下に上げようと思っています。
とりあえず、あちらで良い作品がフィナーレを迎えようとしているので、邪魔しない
ように完結されてから、残りを投下するつもりです。
勝手ですが、どうかご容赦ください。


46:NPCさん
08/04/18 06:30:25
GJッ、だが、保管どうしよっか。
地下へ来るんだったらこれ保管所に転載しちゃってもいいべか。

47:NPCさん
08/04/18 23:53:55
はい、喜んで。
よろしくお願いします。

48:NPCさん
08/04/19 00:02:56
了解、せんくー

49:NPCさん
08/05/16 14:58:22
ほしゅ

50:NPCさん
08/05/20 01:38:00
ほしゅ

51:一応ストライク。
08/05/28 00:23:20
感想と一緒にコソーリ投下。SSにもならんミニエピ。

***

微かに、少女の口元がゆがんだ。本当に久しぶりの・・・・・少女自身忘れていたと思っていた、微笑み。
「そうだね・・・雰囲気、違うよね。以蔵とは」
その視線の先には、白学生服の少年がコンクリート床に転がり寝息を立てている。
「でも・・・昔は、あんなふうにふざけてたね。もうずっと前だけど。
やっぱり、無理してた?ごめんね、気付いてあげれなくて。」
足音を殺して歩み寄って。
「これからは勇って呼んだほうがいいんだよね。でも・・・もう一回だけ、言わせて。
おかえり、以蔵・・・」
やはり忘れかけていたはずの涙がこみ上げるのをこらえ、少女はそっと部屋を抜け出した。


52:一応ストライク。
08/05/28 00:24:23

口には出さずに呟く。
”紅葉さんのためには、国見以蔵だったほうがよかったのは、分かってたんですけどね”
そう呼ばれていた記憶は、断片的で、どこか実感がともなわない。
”無理・・・してたのかな?”
言われてみれば苦笑するしかなかった。
”でもやっぱり、呼ばれたくないなあ”
記憶を持ったまま出会っていれば・・・多分憎むしかなかったろう。
<紅葉を傷つけた世界>に彼女を残して逃げるしかなかったもう一人の自分のように。
忘れていたから、なんとか許せていたのだ。
<ヒーローになっても、紅葉を守りきれなかった以蔵>から逃げ出した自分は。

どんなに無様でも、無知でも、自分自身ともみじからは逃げ出さないその名の少年を。

”もう二度と、この世界からも、国見勇からも、逃げない-だから”
「ごめんね、それから、ありがとう。これからよろしく。」

***

ストライク3、紅葉が勇とわりとなじんでる事、及び6話の引っ越し当時のエピソードから、
根っこは同じなのが、紅葉の前でリアルヒーローになることに突っ走っちゃったのが
エンドラインの国見以蔵だったんじゃないかという感想より。
ところでSSとは関係ないが、多元時空を収束させるのがもみじ(&紅葉&マーヤ)の能力なら
その存在ゆえに、ストライクとエンドラインが似てるという可能性もあると。
ならば、独自性で拡散させるのがモルガン、とも考えられるのでは。
そうするとそこに沙織がきたら、萌え属性は別として最強ですな、こいつら。




53:NPCさん
08/06/17 01:21:46
ほしゅっとけ

54:NPCさん
08/07/03 12:13:11
保守?

55:NPCさん
08/07/14 00:44:20
スレ保守がわりに、かつてボツにしたネタでも。
暇を見つけて作成の鈍行投下ですので、悪しからずご了承ください。

元ネタ作品 : ナイトウィザード

登場メイン : とある侵魔


勘の良い方なら、早い段階でネタに気づくと思いますが、どうか指摘する
ことなく、最後まで温かく見守って頂けたら幸いに思います。


56:Eの記憶 01
08/07/14 00:47:25

 頬を打つ冷たい雨で目覚める。
 目を開けば、深い森の木々が切り取った灰色に濁った小さな空。
 見知らぬ土地で敵と遭遇し、撤退の転移と相手の攻撃が同時に重なった結果、制御を離れた
力に放り出され、現在地も分からぬまま倒れていた始末だ。
 自身の損傷を確認するまでも無く、激しい痛みで再び意識に霞がかかる。
 かすれゆく認識の中で、雨音に交じって濡れた木の葉を踏む足音が聞こえた。
 所詮、敵に捕捉されるか、損傷で死が追いつくのかの違い。
 無感動に考えながら、それは自らの意識を手放した。


              ※


 侵魔と呼ばれる存在がある。
 超至高神に反逆した古代神とその眷属の流刑地、裏界に住まう者たちの総称だ。
 上は魔王から実力に応じた爵位階級があり、最下層は名も持たぬ侵魔である。
 今から語る侵魔も、かつては古代神に創り出された存在ではあったが、名前が無かった。
 存在自身でもさしたる思い入れを持たなかったが、初めて赴いた人間界で“エミュレイター”
と呼ばれ、名前という法則を知った。
 以降、それはエミュレイターの頭文字を取り“E”と名乗っている。
 あくまでも便宜上の手段として。
 これはEの心の底に埋もれた、遥か遠い記憶の断片――そんな物語である。



57:Eの記憶 02
08/07/14 00:48:25

              ※


 沈んでいた意識が浅瀬に浮かび上がる。
 今度の目覚めは冷たい雨の感触でなく、薪が炎に爆ぜる音。
 揺らめく炎の照り返しを受ける、質素な藁ぶきの天井が目に入ってきた。
 家屋というよりも家畜小屋に近い、雨露をしのぐだけの薄汚れた建物の中で、Eの身体には
申し訳の程度に布団代わりのムシロが掛けられている。
 記憶の混乱を避けるよう、自身の前後を思い出して整理する。
 人間界のとある国で侵魔とウィザードの緊張感が高まる最中、下位の侵魔の悲しさで大局を
知ることなく、Eは物見遊山の気分でこの地を訪れていた。
 魔王級の侵魔が広域の月匣を展開する地で、安心し切っていた油断。
 一時的に占拠したとはいえ、ここは人と魔の戦いが確定した先端なのだ。
 運悪くウィザードの一団と遭遇し、命からがら逃走を試みるも重傷を負った次第である。
 一つ一つ自分の行動を思い返し、Eは当然の疑問に思い至った。
 ここは何処なのだろう?
 身を起こそうとして走った激痛に硬直し、倒れ込んでまた新たな痛みに悶絶をする。
 その騒動を聞きつけたのか、扉すらない家屋の入り口に人の気配が生じた。
 痛みに耐えながら半身を起こす。
 粗末な小屋の入り口に、小さな少女が壁に手を着いて佇んでいた。
 ぼろ布に等しい酷く汚れた粗末な衣服をまとい、腰まで長い黒髪は余り手入れをしたことが
ない無造作さが見て取れる。
 明らかに貧困に喘ぐ下層の存在で、容姿は平凡なありふれたもの。
 疲労めいた影の雰囲気を持つ中、伸びた前髪から覗く、Eの身を案じる優しい瞳が印象的だ。
 少女は片足を引きずりながらEに近づいてくる。
 それは片足に怪我や障害を抱えた不自由なものだが、歩みからは長年の付き合いが伺えた。
 Eと一定の距離を置いた場所で、少女は腰を下ろして正座する。


58:Eの記憶 03
08/07/14 00:49:50

「……キミがボクを助けてくれたのかな?」

 Eの問いかけに、少女は口を引き結んだまま首を縦に振った。
 口を利いてくれないとは、やはり警戒されているのだろうか?
 簡単な質問を何度か投げかけるが、少女は黙して首を縦や左右に振るばかりだ。
 ふと思い当たり、Eは問いかける。

「もしかして、キミは口が利けないのかい?」

 申し訳なさそうに、ゆっくりと首が縦に振られた。
 鈍い自身に苦笑しながら、Eが少女に近づこうとすると、彼女は狼狽して後ずさった。
 気にはなっていたが、どうも少女の様子が変だ。
 彼女に瞳を合わせて思念を探り、真意を知ってEは噴出しそうになるのを抑える。
 少女はEを神に類する美しきものとして畏まっていたのだ。

 こちらの世界でのEの姿は、背中まで流れる金色の長い髪に白い肌、青い瞳の麗人である。
 時代に合わせてまとった貫頭衣が、その美貌には巫女さながらに似合っていた。
 下位の侵魔は実体を持たない不定形な精神体であり、人間界の物質や生物に取り憑くことで
怪物として具現化する。
 Eは古代神に創られた古き存在ゆえ、長い年月の末に自身を具現化するに至っている。
 もっともEの戦闘能力は低く、後衛向きである為に便利性から人型を取っていた。
 裏界ゆえに身近には人型のモデルが居らず、Eは魔王たちの姿を参考にしたのだが、それは
人間界の基準では高い美貌に当たる。
 もちろん、美とは表向きの形だけでなく、気品や内に宿す魂があって完成するのだが、ただ
の人間から見れば十分な資質であろう。

59:Eの記憶 04
08/07/14 00:50:53

 茶目っ気を出して、Eは思念を通じて彼女の心に告げた。
<……助けてくれてどうもありがとう>
 途端、驚愕して少女が髪と同色の黒い目を見開き、“やはり、神さまだった!”と感嘆の思念
を伝える。
 戦闘能力が低く後方向きであるがゆえに、Eはこうした能力を持っている。
 声無き者の思念を聞くなど簡単な部類だ。
 試したことはないが、その気になればヒト以外の生物とも意思疎通が出来るかもしれない。

<残念ながら、神さまではないけどね。まぁ、その使いみたいな下の者だ>

 かつての古代神が上位なのだから、ある意味で嘘はついていまい。
 実際、Eはクラス的には「使徒」と呼ばれる存在である。
 しかし少女には、神とそのしもべは同義語であったらしい。
 畏怖と尊敬の眼差しで、少女の思念が届く。

“天女さまは、三日間も眠られていたのです。あの、お腹は空いていませんか?”

 Eにとっては、人間の食事は余り意味を成さない。 
 だが、少女に言われて侵魔としての飢えが呼び起こされた。
 世界に存在をなす力―プラーナである。
 傷を負った身の回復には、何よりも美味な食事だ。

<キミのプラーナを分けて欲しい>
“……ぷらーな?”
<存在の力とでも呼べばよいかな。キミが生きている輝きとか、生命力みたいなものだ>
“生き血のことでしょうか?”
<いや、そういった痛い類じゃないんだ。ちょっと疲れるかもしれないけど……>


60:Eの記憶 05
08/07/14 00:52:30

 手を伸ばそうとすると、彼女の思念から躊躇するのが分かった。
<やはりボクが怖いかい?>
 慌てて少女が頭を振る。

“わたしは……汚れていますから……”

 少女が長い前髪をかき上げ、片足を横に崩した。
 片足のかかとにある腱を切られた白く古い傷痕。
 額に付けられた、所有者の示す一つの文字の焼印。
 Eの持つ人間界の知識が告げる。
 少女は、奴隷と呼ばれる立場なのだ。
 粗末な住居や彼女の態度に納得すると同時に、Eは少女へと優しく笑いかけた。

<大丈夫。プラーナは汚れることの無い力だし、キミのはとても綺麗だよ>
“…………っ!”

 Eの言葉で真っ赤になる少女が可愛らしい。
 距離を詰め、手を伸ばして優しく少女の頭を抱えると、額の焼印に唇をつけた。
 身を硬くする少女を微笑ましく思いながら、ゆっくりと微量のプラーナを吸い上げる。
 手っ取り早く回復を願いたい所ではあるが、少女の存在を危うくするほど吸い上げて騒ぎを
起こせば、ウィザードたちに気づかれてしまう。
 だから時間をかけて、ゆっくりと少しずつ回復をしなければならない。

<……今日はこのくらいで。ありがとう、出来れば、また明日も頼むよ>

 身体を離して、安心させるように少女の肩をぽんと叩く。
 顔を赤く上気させたまま、こくりと少女が頷いた。


61:Eの記憶 06
08/07/14 00:54:18

<そういえば、名乗るのがまだだったね。ボクの名はE“いー”。キミの名は?>
“……つぐみ……と呼ばれています”
<つぐみ―か。ふぅん、可愛らしい良い名前だね>

 名前に感じた皮肉さを隠し、Eがつぐみに微笑みかける。
 つぐみとは日本で冬を越す渡り鳥のことである。
 越冬中はほとんど鳴くことがなく、春の渡り直前のわずかな時期にのみ鳴く生態から「口を
つぐむ」の意味で名づけられている。
 口の利けない少女を揶揄して、奴隷の主が名づけたに違いない。

 現代から千年と数百年を遡った時代。
 こうして一体の侵魔は、一人の少女と出会う。
 これが悲劇の始まりであることを、この時二人は知るよしも無かった。



62:NPCさん
08/07/15 23:21:59
お、なんか投下されてる
続きを楽しみに待つ。

63:NPCさん
08/07/17 15:38:50
そんじゃオイラもー。
やっぱりナイトウィザードで申し訳ないが「あるもの」の日記です。
大分捏造入ってるんで、そういうのダメな方はやめといていただけるとよろしいかと思われます。




注:文字変換は故意にやってます。

64:日記・「一人目」
08/07/17 15:40:40
○月○日
めがさめた。
じぶんの『おや』というひとがたんじょうびおめでとう、といってわらっていた。
なんだかよくわからないけど、そのえがおがきれいだとおもった。
やっぱりよくわからないけど、えがおはとてもたいせつなものだとおもった。

○月×日
なんでも、じぶんはエミュレイターというてきとたたかうためにうまれたらしい。
エミュレイターは、みんなをいっぱいなかせているのだという。
ないているというのは、とてもかなしいことなんだとしった。
なくひとがすくなければいいと、おもった。

○月□日
はじめてエミュレイターをころした。
そのようにつくられたものなのだから、じぶんはそのただしいことをしたんだろう。
そして――きっと、これからも、ずっと、ころしつづけるんだろう。
わたしが、くだけるそのひまで。

○月△日
やめて。
やめてやめてやめてやめてやめて。
いなくならないで。きえないで。どこかへいってしまわないで。
マスター、いっしょにいてくれるっていってたのに。なんで、わたしはあなたをまもれない。

65:日記・「二人目」
08/07/17 15:41:26
△月○日
目がさめた。
あたらしいマスターが、わたしをにぎった。
その手があったかくてうれしかった。その手もいつかはなれるのがかなしかった。
ともかく、マスターといっしょに、またたたかう日がつづくんだろう。

△月×日
こんかいのマスターは、まえのマスターよりもずっとわかい。
マスターといっしょにいる人が、わたしのマスターのまもりたい人らしい。
わたしの記憶のなかにも、「星の巫女」とある。
マスターは、「星の巫女」といっしょにいるとうれしそうだ。マスターがうれしいとわたしもうれしい。

△月△日
マスターが、すこしのあいだちがうエミュレイターをたおすために「星の巫女」からはなれるらしい。
これからはしばらくマスターとのふたりたびになるらしい。
それが、すこしだけうれしい。
ごめんなさい、ほんのすこしだけ。

△月■日
また。またまもれない。
マスター、おきてください。あなたは「星の巫女」のところにかえるんでしょう。
なんでわらうんですか。あなたは「星の巫女」をまもるためにいるっていうのに。
わたしは、あなたにつれていってもらわなきゃ、あの人にあやまることもできないっていうのに。

66:日記・「三人目」
08/07/17 15:42:27
×月×日
目が覚めた。
わたしは、またあたらしいマスターに触れられた。
……この生に意味はあるのか。斬って斬って斬って斬って、さいごにはぜったいにだいじなものを失くす。
つまり、わたしは握った者を殺すだけの剣だということだ。

×月○日
マスターとともにエミュレイターを狩る。
今回のマスターは女性だ。自分の娘である「星の巫女」を守るためにわたしを握ったと言っていた。
前回は、「星の巫女」からマスターを奪ってしまったわたしだ。
罪深いわたしだが、罪滅ぼしだけでもできればいい。

×月□日
マスターが「星の巫女」にわたしを会わせてくれた。
まえの「星の巫女」とはちがう、ちいさな女の子だ。
その女の子は、これまで敵を斬ってきたわたしに触って、きれいな剣だね、と笑っていた。
すこしだけ、うれしかった。この子を守るためにがんばろうと思った。

×月△日
なんでだ。なんでこんな結果しか得られない。
「星の巫女」は「星の勇者」に殺された。
世界を滅ぼす悪魔と言われて、あのちいさな子はなにもできずに殺された。
マスターとわたしはその光景を見ているしかできなかった。
そしてマスターも、わたしをふるって子どもを追うようにその命を絶った。
……そんなのはないだろう。
あの子がなにをした。マスターがなにをした。わたしはまたなにもできず、失った。
わたしのある意味は――なんだ。

67:日記・「午睡」
08/07/17 15:43:42
月日はよくわからない
まどろみの中に夢を見る。
何度新たな主を得ただろう。みな、守りたいものを持っていた。
何度その主を失うのだろう。別れの時はいつも唐突だと知っているはずなのに。
主の多くが、「星の巫女」という存在の側にあった。
同じ目的のために何度抗おうとしても、主も「星の巫女」もけして守れなかった。
ならばもう、期待するのはやめにしよう。淡い期待ならば持たぬほうがいっそ楽だろう。
きっと、わたしにはなにも守れない。わたしはただ、斬るためだけに生まれた剣なのだから。

68:日記・「天を駆ける竜」
08/07/17 16:12:38
□月×日
目が覚めた。
新たな主がわたしを執った。此度の主は若い男だ。いまだ少年と言っても過言ではない。
今回の主も守りたいものがあるゆえにわたしをとったらしい。
わたしに守る力はないと言ったが、俺の力になってくれりゃいいや、と返された。生意気な小僧だ。さらに言うなら馬鹿だ。

□月□日
主の名は飛竜というらしい。
知らずともいい知識のはずなのだが、どうしても覚えろといってきかない。
しかたがないので覚えることにした。なんでも、名前がないと相手が誰なのかわからないだろう、とのことだ。
相変わらずバカの理論はよくわからない。けれど、悪くはないと思った。

□月○日
驚いたことに、わたしには兄弟がいたらしい。しかも6つも。
今回一同にそろうこととなったが、出会うのははじめてだった。
七人の主と七つの剣で、一人の巫女を守る。
一人ではできなかったはずのことが、今回はできそうな気がしていた。

□月▽日
気づけば、主の周りにはたくさんの人がいた。
たくさんの人が集まれば、一人ではできないことだってできる。
みんな、笑っていた。血を流す戦場で生きているのに、人間というものの生はとても短いのに、彼らはそれでも笑っている。
不思議だ。けれど、その輪の中に自分も存在できることがとても誇らしく思えた。誰かの笑顔を守れていると思える。とても心地いい。

69:日記・「天を駆ける竜」
08/07/17 16:13:07
□月◎日
なぜだろうか、とてもとても嫌な予感を放つ女が現れた。
誰も気づかないのだろうか、その違和感に。時折あの女が笑う度に、背筋を怖気が走るのを。
あぁ、気味が悪い。
なぜだか。とてもとても嫌なことが起きそうな気がしていた。これが現実にならないことを祈る。

□月△日
やはり、予感は当たっていたらしい。
あの金髪の女は敵であるらしい。それはいい。よくないけれどどうでもいい。
なぜ。なぜそれをわたしの主が知らねばならなかったのだろうか。なぜその陰謀を砕くために主が仲間を切らねばならなくなったのだろうか。
勝手に自殺でもしていてくれ。主を巻き込まないでくれ。主の人生をめちゃくちゃにしないでくれっ――!

□月▼日
また、守れなかった。
バカだと思った主は、最後の最後までバカなまま。愚かな選択をして、仲間に殺された。
バカみたいに笑って死んでいった。一緒に笑いあった仲間に怒りをぶつけられながら、嘆きをぶつけられながら、それでも笑って死んでいった。
まるで理解のできない前衛芸術みたいに体中を人とは思えないほどぐちゃぐちゃにされて。それでも意識があるはずなのに痛いなんて一言も言わずに。
――なんで、こんな目にあわなければならない。世界を恨もうにも、主にそれを止められているのでできやしない。
なんてものを置き土産に置いていくんだ、このバカは。
世界を。貴方をこんなにした世界を。守り続けろなんて、なんて酷いワガママ(のろい)。
主一人守れないわたしに、世界なんて守れるわけがないことくらいわかっているはずなのに。

70:NPCさん
08/07/17 16:15:20
とりあえずここまで

実はもうちょっとだけ続くんですが(汗)。後編に続くーってヤツですな。
……頑張ろう俺

71:NPCさん
08/07/17 20:54:35
続き気になる。めちゃ気になる。
後編つーか歴代最高のバカの手に握られる本編ですよね?!

72:NPCさん
08/07/18 03:39:25
>>71
奴は「歴代最高のバカ」ではない


 「 史 上 最 高 の バ カ 」 だ


wktk期待しつつ支援

73:NPCさん
08/07/19 15:25:37 mD1ZH+Ox
age

74:NPCさん
08/08/04 14:59:45
私、ま~つ~わ~♪

75:日記の中身
08/08/06 10:15:55
>>74
え、マジで?待っててくれたの?(自分のじゃないかもしれんが)
くそぅ、嬉しいこといってくれるじゃねぇか!だったら投下しないわけにゃあいかねーな!(キャラ違う)



まぁそんなわけで「日記」の続きです。
期待せずにお読みください。

76:日記・「不幸少年/星の因縁」
08/08/06 10:19:11
☆月×日
新しい主が見つかった。
やはりまたも年若い小僧だ。
それもわたしのことをゴミ扱いするわ、逃げ出そうとするわ、歴代の主の中でも一際世界を守るもののなんたるかがわかっていない。
本当にこんな主に使われることになるのかと思うと頭が痛くなってくるが――最後の一撃と誓いの名乗りは悪くはなかった……気がしなくもない。
この主は――誓いを守ってくれるのだろうか。不思議と、あの声には力があるように感じた。

☆月▽月
――驚いた。
これまで一度たりと守りきれなかった星の巫女を、主とその仲間たちはわたしを振るって守ってしまった。
星の巫女との長きに渡る因縁もここで終わってしまうのだろうか。もしそうだとしたら、わたしはなんのために存在すればいいのだろう。
……いましばらく、この主と共にありたいと思う。わたしがここにある意味は、主に握られているうちはあるのだろうから。

☆月†日
主とともに異世界に来た。
目的は元星の巫女の魂を奪い返すこと。そして、その魂を奪うためにある騎士を打倒すること。
――正直、今の主で勝てる相手ではない。もちろんそんなことは対峙した本人もよく理解しているだろう。けれど。
主にはそんなことは関係はないだろうし。わたし自身も、主とわたしをナメられたまま黙っていられるほど温和でいてやるつもりはない。

☆月‡日
異世界に現れたのは、忌まわしき赤い星屑。
きちんとその星々との因縁は絶ったはずであるのに、再び蘇ってきた。
いいだろう、星のなりそこない。一度潰された程度のもの、何度蘇ろうともわたしと主で叩き潰す。
何度も迷い出られては本気で迷惑だ。これまで散々わたしに絶望を与えてきた星の屑共よ、その身に後悔を刻むほど、一片たりと残さずその野望ごと叩き斬ってくれよう。

77:日記・「刃の主/信頼」
08/08/06 10:23:03
☆月○日
正直、主にあの娘を斬ることができるとは思えなかった。
わたしに刻まれた例の力からすれば、確かにあの娘の因縁を斬ることはできただろう。けれど、主にとってあの娘は最も大切なものの一つだったはずだ。
それを――歯を食いしばり、血を流し、それでも弱音の一つも吐かず、あの娘を救うことだけを心に刻み。闇に囚われた娘と魔王との因縁とを「切り」「分けた」。
刃の意義とは斬ることであり、絶つことであり、分けることであり、開くことである。
ゆえに。主は立派な一振りの刃であり、わたしを握るに相応しいものであると言えるだろう。
今度の主とは、どこまでいけるだろう。これまでの主とは星の巫女との因縁だけで終わってしまったが、それももはやない。
いけるところまでは、共にわたしも駆けぬけよう。刃(にないて)とともにある一振りの剣として。

☆月□日
世界の守護者というのは、あんなにも奔放でいいものなのだろうか。
妙な因縁によって再び出会ってしまった神父と、異なる世界の天使、魔王候補なんぞとともに、終末期の世界まで飛ばされる羽目になってしまった。
どこまでいけるだろう、なんて言ってしまったことが災いしたのだろうか。正直、少し後悔した。
……それにしても、あの日記だけは抹消しておいて正解だろうと本気で思う。

☆月△日
懐かしい声と感触で、目が覚めた。
気がついてみれば、あの女剣士に封印されてから2万の年を重ねたらしい。
目の前には、最後の最後までわたしの与える滅びから逃げた魔王――こちらに来て、その力は飛躍的に増加したようだ。
しかし、恐れることなど何もない。ずっとずっと待ち続けた、わたしの主がいるのだから。
正直――負ける気が、しない。

78:日記・「担い手/相棒」
08/08/06 10:25:36
☆月◎日
世間にはよく似た奴が3人いる、とは聞いていたがこれほどまでに同じ姿の人間がそろう光景もなかなかないと思う。
なんだか知らないが、主にあるというよくわからない力を欲したバカが主を狙っていたらしい。
そんなことはどうでもいい。腹が立つのは目の前の主そっくりの男だ。
主と同じ顔で泣き言ばかり漏らされるのは、主を主として持つわたしにとっても腹立たしい。
仕方がない。主と共に、一刻も早く目の前の模造品を叩き斬るとしよう。
見よ、他者の力を持って己を誇る者よ。
――これが、わたしの認めるただ一人の主だ。たかが姿が同じ程度で同類などと、愚弄したことはけして許さない。

☆月◇日
二つの月が昇った時から、嫌な予感はしていたのだ。
あの時の女がまた同じことをしようとしているとは考えていなかった。主はわたしの所有者というだけで、神子の使徒なぞに命を狙われることにもなった。
いいだろう、金色の魔王。
わたしとて、以前の主を奪われた痛みを、わたしに与えられた不名誉な名を、忘れたことなど一日たりとてない。
今度こそ、その陰謀ごと貴様を叩き斬る。

79:日記・「業物/共に行く」
08/08/06 10:27:57
☆月☆日
大気圏から帰還し、数日が過ぎた。
少し変なものがわたしの中に混じってしまったが、まぁ落ち着いたときにでもなんとかするとしよう。このままだと主が強化人間の筋力で千切られかねない。
……まぁ、そんな物騒な話はさておき。
用もないのに、少しだけわたしを引き抜いた。人目は一応気にしていたが、月衣や月匣の張られている空間以外はわたしにとっても毒になりうることをわかっているのか。
でも、そんなことはどうでもよくなった。

「これからもよろしく――たのむぜ」

そんな一言が、どうしようもなく嬉しかったのだ。
わたしを手に取った瞬間から、彼には様々な因縁が降りかかっていたはずだ。
星の巫女の剣士としての宿縁。そも「星の巫女」とされた少女の魔王との因縁。わたしの異能を欲する守護者の思惑。そして今回の双月の巫女。
どれもこれも、わたしの主となったがゆえに起きたできごとだとも言える。
それでも。そんなことはなんの気にもせず、ただこれからも頼むという一言を発した。
あぁ、本当にばか者だ。
これまで何度も何度も死にかけたり傷ついたりしたことのいくつかの原因はわたしだというのに。わたしはそれほどに人の、主の死を業と背負っているというのに。
たった一言で、これからも一緒にいていいのだと。そう未来(これから)を示してくれた。

この国には、業物と呼ばれる刃がある。
斬るべきを斬り、断つべきを断つ。しかし傷つけないと決めたものには一つたりと傷をつけないと言われる、振るうものの意思を汲む最高峰の刃に与えられる栄名。
いつか、主のことを一つの刃だとわたしは称した。
刃の意義とは斬れることのみにあらず。意思を持ち、斬るべきを斬り、守るべきものを守る。それこそ、意思を持った『業物』のようなその在り方。
それとともに在ることを、同じ刃として誇りに思う。
主を守るために振るわれることを、一振りの剣として嬉しく思う。
あぁ――ともに行こう主よ。わたしと主ならば、きっとどこまでだって行けるだろう。

80:日記の中身
08/08/06 10:38:02
今日はここまでー。

いや、その。後編とか言っておきながら3部構成かよ!って話なんですけどね。
宝玉の少女編がやけに長くなっちゃったとか、エピローグ書くのに次のGF待ちになりそうとかで結局実は4部構成になりそうとか(汗)。
一応次の更新は24日あたりの予定です。


……ベタ惚れじゃ、すきねぇのか魔剣さんよ、っていうツッコミは受けません。
俺は星の巫女とか蝿の女王とか世界の守護者とか同僚とか裏界皇帝とか紅き巫女とか三下女神とかよりもこいつらの関係の方が好きなんだ(超本音)!
いえ、別に嫌いなわけじゃないですよ?幼馴染とかそういうの。ただ、相棒ってのは特別な関係だと思うのです。まる。
つーかくれはは守るべき日常の象徴でいてほしかったんだ……!前線には出てこないでほしかったんだ……(超私情)!

81:NPCさん
08/08/06 11:31:44
一番槍GJ。
じっと待ち続けた俺は、三部も待つ。

82:NPCさん
08/08/06 17:42:06
同じくGJ
毎日チェックし続けた甲斐があった
次も楽しみに待ってます

83:NPCさん
08/08/06 19:23:52
歌って待ってた!GJ!
やっぱり、魔剣と柊の組み合わせは良いなぁ。
次も待つよ~

84:NPCさん
08/08/22 14:23:04
情報部13班4月が好きな人、いるかな?いるなら投下するかも

85:NPCさん
08/08/22 14:24:13
大好きだ

86:四月と雨
08/08/22 18:37:39
<あめのひ -rainy day->
――雨が、降り注いでいた。
水気を吸い重くなった衣服。右手の先の鋼の塊は、手のひらからどんどんと熱を奪っていく。
魔導銃(キャリバー)。そう呼ばれる、この世界ことエリンディルで作られる武器の一つ。そして、彼女の命を何度となく救ってきた相棒だった。
は、と彼女は息を吐く。
まったく、なんて逆境だろう。相手は自分を包囲する大量の皇帝近衛騎士。
練度自体は彼女以下だが、集まられるとどうしようもない。彼女は多数の敵を相手にするのは苦手なのだ。それ以前にすでに弾丸は尽きている。
絶対絶命の極地とはこのことを言うのだろうな、と彼女はやけに冷静な思考の中でそう思った。
今はなんだかんだで牽制により騎士たちは攻めてこないが、見ればじわじわと数が増えている。
おそらくは姉妹達の始末が終わり、あちこちから駆けつけているのだろう。まったく最悪だ。
一体何が最悪なのだろう。弾丸がもうないことがか、自分が死ぬことがか、姉妹がおそらくは全滅してしまっただろうことがか。
決まっている、全部だ。何から何まで最悪だ。ここまでツイてないと逆に笑えてくる。
くく、と彼女が漏らした笑みが、騎士たちに戦慄を抱かせたのか。じり、とぬかるんだ地面を鉄の塊がすべる音がした。
せいぜい勝手に恐れていろ。
お前らがいつ俺を殺そうとも、残弾の無い女を恐れ、その輝かしい剣とやらを振り下ろすのを躊躇い、後退ったのを俺だけは知っている。
お前らのそのマヌケぶりを、地獄の底から笑ってやろう。
彼女が心底そう思った時だ。金属同士の不協和音がひびく。

87:四月と雨
08/08/22 18:38:52
雨の中でもひたすらに響く豪奢で傲慢な鎧の足音だった。その音と共に彼女の目の前の騎士の壁が開く。
騎士の包囲の中現れた男は、彼女も顔だけは知っている男だった。
しかし、こんなところでは最も見ることはない顔でもあった。彼女の人生でも屈指でたまげた事態だったと言える。
我ながら間の抜けた顔をしていることを自覚し――彼女は大笑した。己の不運を。
「ははははは!
 こりゃあ、なんの冗談だ。アンタは反逆者を潰すのに顔見せるような奴だったか?なぁ――皇帝様(ゼダンぼっちゃん)?」
神聖ヴァンスター帝国現皇帝、ゼダン。
あらぬ罪ではあるが、彼女が牙をむいたとされる相手がそこにいた。もともと彼女のいた組織の主がそこにいた。姉妹達を殺しつくした元凶がそこにいた。
皇帝へのあまりの物言いに、皇帝近衛騎士は彼女に凄まじい殺気をこめた視線を向ける。
しかし、その不敬を彼は片手を挙げることで許す。
「よい。
 答えてやろう、反逆者よ。余も暇を持て余しているわけではない。しかし、余直属の部隊が謀反とあっては旗印は動かぬわけにはいかぬのだ」
「そりゃご苦労なこった。こんな日に災難だな」
「まったくだ。話は終わりか?では余から問おう情報部13班最後の生き残りよ」
彼は、問う。
雨の中、その言葉は深く響く。
「貴様は、余に反逆の意思を持っているか?」
そう、彼女の姉妹を奪った男は問うた。
彼女の名は、エイプリル=スプリングス――情報部13班、<四月>の名を冠するエージェントだった。

88:四月と雨
08/08/22 18:42:57
<春 -spring->
『彼女』は、気づいたら一人だった。
母親の顔も、父親の顔も知らない。気がついたら、ヴァンスターの貧民街で、他の子供たちと一緒に日々を食うや食わずの生活をしていた。
ありつけるかわからない食事と、いつも腹をすかせている仲間、暗い路地裏、雨をしのぐだけの低い天井。それが彼女の世界の全てだった。
ねずみやカラスと競って食料を手にいれ、盗みを働き、仲間たちとその日その日をただ生きている日々。
しかし、終わりは唐突に訪れた。
そんな中で必死に毎日を生きていた彼女達は、貴族達の「景観を損なう」との一言でヴァンスター神殿より遣わされた神殿騎士たちによってちりじりになった。
『彼女』――当時は他の名を持っていたような気もするが、今となってはその名は残っていない――も一人になる。
重い剣と武装の騎士から逃げ回り、子供の体力の限界につきあたり、路地裏でのたれ死ぬはずだった『彼女』。しかし目を閉じて、再び開けたそこは――別世界だった。

床ではないところに寝かされていた『彼女』は、その天井が暗くないことにまず驚いた。
これまでの隠れ家であった雨漏りする掘っ立て小屋では、警邏兵に見つからないためにもほとんど明かりをつけていなかった。
彼女は今まで暗くない天井があることは知っていたが、見たことはなかったのだ。
驚いている彼女に、女の声がかかった。
「目が覚めたか」
それは事務的な口調ではあったが、優しく柔らかな感情がこもっているように思えた。
大人の声といえば、彼女達が盗みを働いたときの商人の怒声や、貴族達の蔑みの声くらいのもので。
その声にあわてて離れようとして、シーツが体に絡まってベッドの上を転がった。
ベッドというもので寝たことの無い彼女が何がおきたのか理解できないでいると、愉快そうで、しかしイヤミのない苦笑が聞こえた。先の女の声だ。
シーツから顔を出して声の方に顔を向ける。
そこにいたのは、黒いドレスを身に纏い、眼帯をひっかけ、黒い帽子を頭にのせた、奇妙な格好の女だった。
少なくとも、『彼女』の知る限り真っ黒いドレスは人が死んだときに着るもので、それに帽子や眼帯は不似合いである。

89:四月と雨
08/08/22 18:44:57
町娘はあんな豪華なドレスを着ないし、かといって貴族の女は黒などという色のドレスを喪服以外で着ることはない。
頭が混乱しているのを見てとったのか、女は笑いを引っ込めて口元に小さく笑みを浮かべながら言った。
「あわてることはない。ここにお前を追うものはいないからな」
「……お前、だれだ」
見た目は小さな女の子である『彼女』の口から出た言葉に、ほう、と頷いて黒いドレスの女は言った。
「見た目にそわず、なかなか元気がいい子供だな。
 私の名前はオーガスト。オーガスト=バケーションという」
「うそつけ」
「人の名前を即答で否定するな」
「八月(オーガスト)なんていうのが人名であってたまるか。せめて旧語で十二月(ノエル)くらい名乗ってみろ」
名前を全否定されたにも関わらず、オーガスト、と名乗った黒衣の女は笑みを崩さない。
「なかなか負けん気の強い子供だな。
 ――残念ながら、これが今の私の偽らざる本名だ。私がここに入ってつけられた名だ。それ以外に私は自分で名乗る名を持たない」
「……まて。ここに入って、って言ったな?ここはどこだ」
くすり、とその言葉に笑って。オーガストは言った。
「ここがどこか、は後で教えるとしよう。それより今の状況を説明した上で、選択肢をやる。好きな方を選べ」
「……ずいぶんと、俺の考えをむししてくれるじゃないか?」
「お前にとっても有益な話だ。きちんと聞け」
そう言ってオーガストが説明したのは、簡単な世界(このくに)の仕組みだった。
孤児達はあの路地裏から一掃された。
行き場を失った孤児達の内、体の丈夫な男子は神殿に、見目麗しい女子は貴族のメイドにそれぞれ召抱えられる。
そうでなかった者たちは、あの町を追い出されて外の世界へと追いやられ――おそらくは、大半が魔物の餌になっているだろうとのこと。
ゴミが出ない、なんてムダのない世界。
くそくらえだ。

90:四月と雨
08/08/22 18:46:08
それで、ここはド変態お貴族サマの屋敷の一室なのか、と『彼女』が問うと、そうではないと首を横に振ってオーガストは告げた。
「そこで選択肢だ。
 お前ほどの顔があれば貴族の召抱えになれるだろう。そうやって自分の人生を他人に切り渡して生きるか?
 もう一つは私に師事し――他人の人生を押しのけてでも、自分の人生を切り開いて生きる術を身に着けて生きるか?」
好きな方を選べ、と彼女は言った。
前者を選べばうまくいけば仲間達と会えるかもしれない、そういう考えもあった。
しかしそれでも『彼女』は、貴族達が自分たちに向ける目の冷たさを知っていた。そうされる痛みを知っていた。そういう目で見る貴族に嫌悪感すら抱いていた。
その痛みを忘れて、同じことをするかもしれない自分がいることが気持ち悪かった。だから、そうしない強さがほしかった。
結局、『彼女』にとって選択肢に意味はなかった。ほとんど悩むことなく、『彼女』は後者を選んだのだから。
そう告げる『彼女』を見て、オーガストはそうか、と言って満足げに笑った。
「ならば、お前は今日から私の――私たちの妹だ。『エイプリル=スプリングス』」
『彼女』――この日からエイプリルと呼ばれることになる――は。その日、はじめて名前と姓と……なにより、姉妹という家族(きずな)を手に入れることになる。

91:四月と雨
08/08/22 18:52:48
<夏 -summer->

銃声が三連。閃光も三つ。しかし、的の木の板に空いた穴はど真ん中に一つだけ。
それを見れば、普通の人間は下手くそめ、と笑うだけだ。静止しているとはいえ的に当てるというのは初心者には難しいものではあるが。
しかし、その場にはほう、と感嘆のため息が漏れた。
「ほんの数年でやるようになったな、エイプリル。静止した的を正確に打ち抜く魔導銃技術でいうのなら、すでに私を追い抜かしているのではないか?」
黒衣の女――オーガストの賞賛の声に、エイプリルはいつもの冷徹な瞳を少しだけ半眼に変えると、イヤミか、と呟いて答える。
「ぬかせ。静止した的なんていくら打ち抜いても、俺たちの仕事にゃ意味のないことだろう」
「しかし正確さは尊ばれてしかるべきだ。師がたまには誉めているのだ。素直なところの一つもないと可愛げがないと言われるぞ、妹よ(エイプリル)?」
からかうような視線に、一つ舌打ち。
オーガストに拾われ、魔導銃を与えられてガンスリンガーとしての訓練を彼女の下で積み重ねること数年。
彼女の銃弾は、目標を撃ち抜くことにかけては師からすら賞賛されるほどのものとなっていた。
それはまさに天が彼女を愛しているかのように。魔導銃を扱う才能を与えたのかと思うほどの天賦の才だった。
しかし、これが仕事の話となると少しばかり話が変わってくる。
彼女達の仕事である情報部13班の任務というのは半分以上が破壊工作や暗殺などの荒事であり、他には窃盗、護衛、諜報活動の援護などの仕事が少々あるくらい。
情報部のサポート、アシスト、ついでに部内規律の公安と始末までをこなすのが13班の仕事。となれば俄然荒事も多くなる。
が、しかし。荒事で精密すぎる射撃というのも実際少し困りものなのだ。
精密だということは、狙いを外さないということ。それはつまり、対象がそれに反応しようとした場合の対処が容易になるということだ。
初撃をはずせば、魔導銃の性質上敵に居場所を教えることになる。それがそう遠くない距離でのことだった場合は、次撃のチャンスは薄くなり、その上自身を危険にさらす。

92:四月と雨
08/08/22 18:54:13
歴戦の勇士といった連中は、特に自身の命の危険に関して敏感だ。初撃が殺す気で放たれたものであればあるほど、その危険が高ければ高いほど反応する可能性がある。
それへの対処法はもちろんいくつか存在する。
まず、次弾の装填を考えることなく連続した攻撃を行えるようにすること――二挺拳銃スタイルということ。
これはオーガストがやっていることである。あまり猿マネはしたくないが、有効であることは確かだ。エイプリルも少しずつ自己流でそれを会得しようとしている。
次に、殺意を気づかれないほど遠くからの狙撃技術を磨くことだ。
しかしこれは有効打にならない。そもそも彼女は魔導銃使いとしての才能があるだけで、狙撃手としての才能や精神を持ち合わせているわけではない。よってボツ。
そしてもう一つは――至近距離に近づいての逃れようのない一撃。魔導銃使いの真髄とも言える、遠間武器による至近距離戦闘術の会得だった。
これを覚えるには、動いている物体への狙撃訓練が必要になる。また、相手の攻撃を受けるかかわすかする技能も必須だ。
オーガストによれば、いまだに彼女の戦闘術ははその域に達していないという。
だからこそ、彼女は真っ向からの戦闘や破壊活動などに参加したことはない。
これまでやったことといえばカンを養う、という名目でいくつかのダンジョンの奥からお宝を盗み出すことや、彼女の見目が麗しいことも手伝った潜入工作任務くらいだ。
ついこの間は潜入任務で盗人として台無しのカバとかいう組織から来たエージェントを気まぐれで逃がし、
窮地に陥りかけたところを近くを通った初心そうな神殿騎士見習いをちょちょいとだまくらかし、必要なものだけかっさらっておさらばしてきた。
ついでにセクハラをかましかけた当主の弱みをいくつか掴み、情報部の他班に引き渡してある。あとは皇帝の胸先三寸でいくらでもあの家は潰せるだろう。

93:四月と雨
08/08/22 18:56:21
それに不服な負けず嫌いのエイプリルの憮然とした表情をいつもどおり楽しげに眺めながら、オーガストは言った。
「そんなことよりも、夕食ができたから呼んで来いと言われたから呼びにきたんだ。早く終われ」
「わかった。今日の当番は誰だった?」
「<十月>(オクトーバー)だ。
 あいつはやけに魚介を扱わせると生き生きするからな。今日は東方式の『アラジル』と、サフランたっぷりのパエリア、ボンゴレビアンコと香草焼きらしいが」
「……なんでパエリア(海鮮炊きあげご飯)とボンゴレ(貝類を使用したパスタ)を一緒に作るんだあいつは」
「オクトのボンゴレは私は好きだがな。今回はいい白ワインが手に入ったとかで、余りを姉妹達に配るそうだ。
 どうせマーチやメイは飲まんし、ノーヴェは消毒用にとっておこうなどと言い出すだろうからな。お前にとっては見過ごせんだろう?」
それを早く言え、と言いながらエイプリルは魔導銃を片付けだす。
美味い酒は何にも変えがたい喜びだ。それを価値を知らない子供などに与えられてはもったいない。
師の評価を受け、日が暮れるまで鍛錬し、姉妹の呼び声で訓練を終える。それは、彼女の日常の一面だった。

94:四月と雨
08/08/22 18:58:44
<秋 -fall->

任務を終えて帰ってくると、そこには存在するだけで威圧感を放つ翼を持つ青い鱗の竜が立っていた。。
竜自体は見た顔であり危害を加えることがないことはわかっているので無視。そのまま通り過ぎようとして――
「エーイプリルぅぅぅ!久しぶりに会ったってのによぉ、無視はねぇんじゃねえのかよ、あぁ?」
「……いたのか、ジュライ」
「いたのか、じゃねええええ!俺様の、この俺様のことを無視しやがった挙句にその台詞かぁぁぁっ!?」
竜がいたため存在感がまるでなかったので気づかなかった、というのはもちろん嘘である。
単にこの女と会話をしたくなかっただけのことだ。
エイプリルがジュライと呼んだ、彼女と同年代の娘はエイプリルと同じ情報部13班に所属するエージェント、『ジュライ=スターマイン』という。
専門は相棒の竜を使った陽動……というか、それ以外にはできることはないわけなのだが。
エイプリルと同じ時期に引き取られてきた彼女だが、
銃を使わせれば味方に当て、剣を使わせればショートソードすら持ち上げられず、魔法を使わせようにも呪文を必ず間違って覚えるという使えなさだ。
そんな彼女を拾ったオーガストが、ジュライをどうして13班に入れたかといわれれば、ひとえに彼女の横にいるドラゴンのおかげである。

95:四月と雨
08/08/22 19:00:06
モンスターの中でも屈指の能力を持つ竜種、その幼体とはいえ完全に言うことを聞かせられるという力。
サモナーも動物と心通わす術を持ってはいるが、あくまで動物、できて獣まで。ドラゴンは神の使いの形でもある、そんなものを従えられるという時点で異常な異能だ。
ジュライとなる前の彼女は小さな村に住んでいたが、彼女の従えるドラゴンと彼女曰く『友人』になり、それが村に発覚すると同時に彼女は村を追われることになる。
後は簡単。あちこちをドラゴンと浮浪している子供がいる、という噂を聞きつけた13班がオーガストを派遣、彼女が独断で13班に迎えた、というわけだ。
……もっとも、ジュライにそれ以外の才能がまったくなかったということは流石に想像していなかっただろうが。
そのジュライ。エイプリルにはやけにつっかかってくる。
ただでさえ三下口調で、ドラゴンと心通わせられる能力があるだけのただの無力な娘は、同じオーガストに拾われ、自身がお姉さまと呼ぶオーガストじきじきの訓練を受け、
その能力でもって彼女から認められてもいるエイプリルがうらやましくて、つんけんした態度をとるのだが――

96:四月と雨
08/08/22 19:02:08
彼女のそんな葛藤など、エイプリルにとっては知ったことじゃねぇのである。単につっかかってくる味方で、三下で、うざったい小娘。それくらいの認識だ。
正直なところ、あまり積極的に関わりたくはない相手なのだ。視界に入っただけで難癖をつけようとしてくる相手になど、エイプリルにはかかずらう意味がない。
もちろん、そんなことをジュライに言ってもあまり意味はないのだが。
エイプリルは半眼になって言う。
「そんなことはどうでもいい。俺はさっさとノーヴェのところにこいつを届けなけりゃならないんだ、邪魔をするな」
そう言って掲げてみせるのは布袋だ。今回の任務のついでに頼まれてとってきた木の実が入っている。
13班の姉妹の一人。11月の名を冠する、<エリクサー>と呼ばれる銀糸の白服ヒーラーこと、ノーヴェンバー=メイプルの頼みの品である。
そう言われたジュライはぴくりと動きを止め、小刻みに震えだす。
「の、ののののノーヴェの奴、が?」
「あぁそうだ。アレでノーヴェは一応人の話を聞くからな。頼まれた薬草が送れた理由がお前だと知れば、当然後で何かしらの行動をとってくるだろうな。
 いいのか?俺は別に困らんが」
エイプリルは面倒そうにそう言う。
……情報部13班<11月>のノーヴェンバー=メイプル。白いドレスに銀髪をポニーテールにしたつるぺったんなおねーさん。
注釈。キレると怖い常識人ないい人。特に自分の専門である医療・魔法薬関係の品に対しての妨害行為には容赦がない。
ジュライもエイプリルも彼女のキレた時の様子を知っている。
ちなみにその時の犠牲者は13班の三強の一角、フェブルアリー。彼女はそれがトラウマで、以後ノーヴェに対しては苦手意識を持っているという。
それを知っているエイプリルが出した札に、ジュライはすごすごとひきさがった。
エイプリルはちょっとだけノーヴェに感謝した。

97:NPCさん
08/08/22 21:19:15
わっほう、新しいの来てる~。
エイプリルかっけぇ。


98:四月と雨
08/08/22 23:50:15
<四季 -four seasons->

ジュライを退けたエイプリルはノーヴェの仕事場に行く。
……その途中、ノーヴェの部屋に近づくにつれてなんだか情けない悲鳴が聞こえてくる。
途中でこの声が誰のものかわかったエイプリルは本気で帰ろうかと思うが、彼女自身も怒ったノーヴェは怖い。
大きく盛大にため息をついて、彼女はノーヴェの仕事部屋のドアを開けた。
「あうぅぁっ!いだいいだいそこいだいぃ!ちょっ、ノーヴェ!も、もうちょっと優しくぅっ!ああん!ぎにゃぁうあぁっ……い、いたいって言ってるじゃんよーっ!?」
「まったく、こんな傷こさえてくるのでしたら痛みにくらい慣れてるでしょうに。わたくしの処置がそんなに下手だとおっしゃりたいの?
 それとも単に痛い目にあいたいと、そういうことでよろしいのですわねマーチ?」
「絶対違うじゃんよっ!?あぎゃうっ!あんっ、あァっ!?いたっ、いたいいたいそこはっ、そこはダメだってばもうやめてぇぇ……っ!」
その先にいるのは、桜色ドレスを半分脱がされ上半身裸の涙目で苦痛を訴える状態の赤毛のフィルボルの娘――<ライトニング・エッジ>マーチ=ブロッサムと、
白いドレスの上に作業用エプロンをかけてところどころを紅く染めた、釣り目気味の銀髪のエルダナーンの女――<エリクサー>ノーヴェンバー=メイプルだった。
色気の欠片もない声で泣き叫ぶマーチ。それを冷静に観察しながらノーヴェは手を休めない。
……ちなみに、ノーヴェの名誉のため言っておくがマーチは別にいかがわしいことをされているわけではない。
先の任務で負った傷を洗浄し、薬草をはり、ポーションを塗り込んだりしているのだ。
単にマーチが回復魔法が肌に合わず、特別な治療をしなければならないゆえの医療行為である。
まったく、とノーヴェが大きくため息をついてマーチの背中をぽん、と押す。それに猫のように毛を逆立たせて、マーチは涙目でノーヴェを見る。
「……おしまい、じゃんよー?」
「お終い、ですわ。まったく、貴女を相手にしていると野生動物の方がもう少し大人しいのではないかと思ってしまいますのよ。
 ――あら、いらっしゃいエイプリル。例の物はとってきて下さいましたので?」

99:四月と雨
08/08/22 23:51:16
「あれ、エイプリルー?ひっさしぶりじゃんよー」
エイプリルに気づいた二人は、一人は優雅に、一人は無邪気にぶんぶんと手を振りながら彼女を迎える。
彼女は無造作にすたすたと歩いていくと、ノーヴェに向けて布袋を差し出す。ノーヴェはそれを受け取り、中身を覗いて子供のように嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、エイプリル。最近はこの実は品薄で、火傷の薬が作れなくて困っていたのですわ」
「それは聞いた。俺たちの命を繋ぐかもしれないものなんだ、ないと俺も困る」
「ふふ、相変わらずですわね。
 それはともかくエイプリル――この左手の火傷はなんですの?」
内心、エイプリルはその声にぞくりっと背筋をなで上げられた気がした。
必死に弁解タイムに移ろうとする彼女だが、弁解をすればするほどノーヴェが恐ろしくなるのは目に見えている。すぐにここは大人しくしたほうが得策だと判断した。
「……ノーヴェ、頼む」
「わかりました。じゃあ、さっそくこの貴女の取ってきてくださった実で薬を作らせていただきますわね。ここに座って少しお待ちなさい」
折れたエイプリルを見て嬉しそうに大人の笑みを浮かべ、ノーヴェは机に置かれた薬研で木の実をすりつぶし始める。
エイプリルが大人しく傷の治療をする、と言ったのが嬉しかったのだろう。ここで断ると彼女は魔族なんかよりもよほど恐ろしい、というのが13班の娘たちの共通見解だ。
その隙にいつのまにか隣の椅子に座っていたはずのマーチが見当たらなくなっている。逃げ足の速い奴め、と内心ぐちっていると、背後から声がかけられた。
「相変わらず綺麗なブロンドじゃんよー、エイプリル。いーなぁいーなぁ」
「……おいマーチ。どさくさにまぎれて人の髪に触るなと何度言ったらわかるんだ、お前は」
「何度言われてもお断りじゃんよー。エイプリルってばこーんな綺麗な髪持ってんのにほとんど手入れしないのが悪いじゃん。ちゃんと手入れするじゃんよ」
言いながら、どこからかその子供っぽいしゃべり方からは想像できないほど高価そうな、貴族が使うような櫛を取り出すと、エイプリルの髪を梳かしはじめる。

100:四月と雨
08/08/22 23:53:06
マーチには自分の姉妹達の髪を触るクセがあった。
本人曰く、『髪触るだけで結構元気かどうかとかわかるじゃんよ』とのことだが、種族の関係上一番身長の低い彼女の手の届く位置にいてくれる相手は少ない。
だからこそ、相手が動かない時を狙ってくる。イタズラ好きのフィルボルの血がそれを推しているのだろう、と姉妹の間では噂されている。
それに対する姉妹達の反応も様々だ。
オーガストなどは「妹に髪をいじくられる、というのもなかなか面白い話だな」などと言って好きにさせている。
普段はおっとりしているノーヴェやジューン、年齢的に幼いメイやセプもそれに近い。
しかし、過剰な他人からの干渉を苦手とするエイプリル、捻くれ者のフェブ、基本的に他人に指図されるのが嫌いなジュライは少し嫌がっているというところだ。
とはいえ、ここで暴れるとノーヴェがキレる。エイプリルは大きく嘆息して答える。
「……好きにしろ」
「やったじゃんよー!ノーヴェのとこ来てこんな役得があるんだったらいつでも来たくなるじゃんよ!」
「マーチ、それはわたくしのところには極力来たくない、という意思表示ととって構わないのですわよね?
 ×××(SE:ズキュゥゥン!)の○○○○(SE:ピヨピヨ)を、××(SE:ピー)した後に▽×○♀?Δ(SE:あはーん)されるのが望みでしたら、
 すぐにしてさしあげますわよ?」
「ぎゃあああぁっ!?それトラウマ!トラウマじゃんよ!心に深い深い傷を負ってしまうじゃんよっ!?」
「の、ノーヴェ。さすがにそれは俺でもこいつが哀れになってくるからやめてやってくれ……」
珍しく顔を少し青ざめさせてマーチの弁護に立つエイプリル。
あまりに過激な台詞のため、ちょいと加工させていただきました。あしからず。
閑話休題。
部屋の中に響くのは、すり鉢である程度潰した木の実を薬研でさらに細かくしながら薬草数種類と調合しながら薬研を動かす音と、櫛で髪を梳かす音。

101:NPCさん
08/08/22 23:58:20
エイプリルはそのどちらも不機嫌に思いつつ、それでも大人しくしていた。別に暴れるほど嫌なわけではない。
静かだった部屋の中で、ぽつりと彼女は呟いた。
「マーチ、ジュライの奴が外で寂しそうに相手を探してたぞ。お前はあいつと仲がいいだろう、構ってやれ」
「エイプリルー、あいつはあんたにかまってほしいんじゃんよー?
 あいつのストレス発散にここ最近ずっと付き合ってやってたけど、適任がいるんじゃあたしの出る幕はないじゃんよ」
「わからん奴だな。そんなに負けるのが楽しいのか?」
「……そこまで本気で理解できないって風に言われると逆にもう同情したくなってくるじゃんよー」
ジュライにとってはエイプリルへのじゃれつきはお互いの無事を確認するための一つの手段なわけである。本人は自覚していないが。
そうやって育ってきたので、そうやった接し方以外ができないのだ。
不器用で難儀な性格だが、そこを理解しているマーチは困ったもんだと思いつつ、そんな姉妹を好ましくも思っている。彼女は不器用なりに一生懸命な人間が好きだからだ。
だからこそ、姉妹のためを思った行動を取りながらも、言葉がどうしても少ないエイプリルのことも好ましく思っている。
そんなマーチの能力は、東方から来た武家の三女だった母から受け継いだ剣技――サムライの業だ。
形見のカタナを握り、雑魚を蹴散らし、魔法使い達の盾になって、傷だらけになる前線要員。それが彼女だ。
誰かを守り傷を負うことに彼女は誇りを抱いている。だからこそその考えはノーヴェに毎回毎回怒られるのだ。
ノーヴェにとって、傷とは苦しみの象徴だ。エルーラン王国に生まれ、幼いころから薬師としてずっと師につきまとって直にその技術を見ながら行商をこなしていた。
世界中を回る中、戦火で苦しむ人々を見た。貧困の中傷を負っても治せずいる子供達を見た。どの場所でも、苦しみにあえぐ人々を見てきた。
その中で、彼女の薬によって救えた人も、救えなかった人もいた。世界の広さと、自分のちっぽけさを知った。
それでも。苦しみの中にいる人を助けたいと彼女は思うのだ。絶対助けられるわけじゃない。それでも助けられるかもしれない命があるのだ。

102:四月と雨
08/08/22 23:59:25
――誰かを笑顔にできるかもしれないのだ。
だからこそ、13班の一員になった後も様々な組織への薬の開発・調合・調達は行っているし、怪我をしている姉妹は命に代えても助けたいと思ってしまうのだ。
戦う力を持たない自分にできる助けを、戦う力を持っているがゆえに傷つく姉妹達が痛みに苦しまないようにと。
マーチは、ノーヴェのその気持ちを知っているが、傷つかないことができるほど強いとは言えないと自分を評価している。
だから、今度から怪我しないようにする、なんて安請け合いは絶対しないし、怪我をしたらどれだけ苦しい処置をされるか知っていても絶対にノーヴェのところに行く。
それが姉妹に一番心配をかけないやり方だと知っているからだ。
閑話休題。
髪を綺麗に梳かれ終わった頃、ノーヴェの薬も完成した。
灰褐色の出来立ての液体を綿の片面につけ、それを患部を覆うように貼り付ける。その上にガーゼを重ね、テープで仮固定し、その上を包帯でさらに固定した。
巻き終えると、彼女は一度<ヒール>を唱えて彼女の手を軽く叩いた。
「とりあえず、今日はこれを外さないでほしいのですわ。明日の朝になったら外してもよろしいですが、明日のヒマな時に一度顔を出すのですわ。
 経過を見ないとなんとも言えないですからね」
「……了解した。ところで、そろそろ夕飯の時間だが。今日の担当は誰か知らないか?」
「えーと?確かオクトじゃんよ、今日の当番。
 ブイヤベースと塩焼きとタイメシとイカ墨パスタ作るって張り切ってたじゃんよ。そのためにわざわざあたしにドナベ取り寄せさせるってどういう了見じゃん?」
「あら、わたくしはオクトのブイヤベース好きですわよ。こだわりの一品ですものね」
「なぁノーヴェ、舌は肥えてるのに作れるのが消し炭だけってのはなんでなんだ?」
「う、うるさいですわねエイプリルっ!作れるのが切って焼くか煮るかしかない雑な料理しか作れない貴女の台詞じゃないですわよ!?」
「いやー、どう考えてもまだエイプリルの方がマシじゃんよ。作り方雑な割に結構美味いし。味単調だけど」
そんなことを言いながら、彼らは食堂に向かう。騒がしくしゃべりながら。

103:四月と雨
08/08/23 00:02:15
みんな人の死はイヤというほど体験してきている。
けれどこの姉妹達だけは、いなくなることはないと思っていたのだ。なんの根拠もなく。
人の死など一瞬だと、人の生など一瞬だと。知っているはずなのに、それでも『それ』にぶち当たる日まで気づかない。
そしていつだって――気づいた時には遅いのだ。

104:四月の中身
08/08/23 00:09:15
はっはっは(超ハイテンション)
新横浜からこんばんわっ!天さんトークショー待機列一段目から失礼します、中身でございます

パソコンからだと2ちゃんねるつながんなくてパソコからメールにのっけてコピペコピペ。
改行規制に悩まされつつ投下投下。おかげで携帯電池がヤバいヤバい(泣)
いやー、超楽しいよJGC。これから天さんのトーク楽しんできますよ!

後編は明日、また。最終日は柊と魔剣さんの話も投下予定。ではでは

105:四月と雨 [代打]
08/08/24 01:05:15
<幕間・雪華>

ヴァンスター帝国領、とある屋敷の一室。
暗い部屋の中にいるのは、黄色いドレスに身を包んだ女と、差し向かいに椅子に座って手を組んだ紳士だった。

「……では、そのようによろしく頼むよ。ミス・スノウフラワー」
「きゃは。あんまりその呼び方好きくないんだけどねぇ。ミスなんてガラじゃないってーのよ、子爵様?」

黄色いドレスの女は、細い目に白い肌、赤毛にたれた茶色いウサギの耳を生やしたヴァーナだった。
ヴァーナの女はふりふりと垂れた耳をゆらしながら、踵を返し部屋を出る。
それを見届けた後、この家の主こと『子爵』は一つため息をつく。

「ふん……駒ごときにあんな無礼を許すことになるとはな」
「旦那様、あと少しのご辛抱でございます。時間はかかりましたが、あの者を巻き込むことができたのならばもう計画は八割成ったも同然でございましょう」

『子爵』の言葉に声を返したのは、青い髪のメイドだった。
闇に溶けるようにして子爵の背後から現れた彼女の問いに、特に子爵は驚いた様子もなく答える。

「セリカか。わかっている、後は決行の日を待つだけだ」

その対応は、これまでのセリカの忠義と神出鬼没さを彼が知っているためだ。
実際、彼女がいなければ『計画』にここまでの完成度と決行までの速度を追求することはできなかっただろう。
爵位持ちとはいえ、子爵程度の屋敷に仕えるにしては出来すぎているほどの従者、それがセリカだ。
子爵はそれに違和感を覚えない。自分が天下をとるに足ると信じている以上、その運が巡り来ているとしか考えない。
彼は葉巻を灰皿に落とすと、言った。

「心配することなど何もない。この国はまもなく私の手に落ちる」

セリカの眼鏡が、彼女のその奥のまなざしを隠すようにきらりと輝いた。

106:四月と雨 [代打]
08/08/24 01:06:00
<冬 -winter->


舌打ちを一つ。
どうせあの連中には聞こえていない。がちゃがちゃやかましい鎧の音がそれを彼女の吐息の一つくらいかき消してしまうだろう。



異変は突然だった。
情報部他班と急に連絡がとれなくなって丸一日、皇帝直属のはずの13班(じぶんたち)が皇帝の妹の命を狙ったとかいう罪状で、一日で国家の大反逆者に早変わりだ。
姉妹達の誰もが耳を疑った。あの冷静なオーガストでさえだ。誰もそんな任務についた覚えはないし、そんなことを請け負うはずもない。
そしてそれについて調査しようにも他班とは連絡がとれない。早馬に任せようとしたその時――エージェントから、連絡が入る。
帝国領より派兵された帝国軍により13班の詰め所に包囲されている、ということだった。

そんな状況下、場の最高責任を取るものとしてオーガストが下した判断は――解散。
13班を暫定解散する。疑いが晴れるまで各自好きなようにしろ、とのことだった。

そう言い放った後で、彼女は真っ先に踵を翻して正門へと向かう。当然そこには帝国騎士がわんさか待ち構えているはずだ。それをジュライさえも指摘した。
それに対し彼女は、笑顔で言っただけだった。

「好きにしろ、と言ったはずだが。私は姉妹を守りたい、だから彼らと『話し合い』をしにいく。お前たちも好きにしろ」

できれば、一人でも多く生き延びろ。それが私の望むことだ、と告げて彼女は正門に優雅に歩いていった。
しばらくして、建物内の灯が全て消えた。おそらくはオーガストの差し金だろう、その思いをムダにしないためにも、エイプリルは背中を向けて駆け出した。

107:四月と雨 [代打]
08/08/24 01:07:15
遠くから、金属音と聞きなれた発砲音がする。
あれからだいぶ時間は経ったはずだが、音は止まない。さすがに八月、13班最強の一角だ。そう心を落ち着ける。
確かフェブの奴はオーガストがいなくなるのと同時に例のわけのわからん手品ですぐにあの部屋から消えていたはずだ。
オクトはオーガストが出て行くと同時に「こ、こんなとこにいられるか!オレは一人で逃げさせてもらう!」と宣言して即逃走――ここに来るまでに屍を見た。
ディッシはもともと長期任務中。ここで姿は見えない、任務先でどうなってるかもわからないが。
ジュライはエイプリルが安全な方のドアから出て行くその時も、オーガストが出て行ったドアをじっと見つめていた。
あの部屋にまだいるのかもしれないが――そんな可愛らしいタマでないことは、銃声の合間に聞こえる氷の砕ける音を聞けばわかる。まったくアイツらしい。
マーチは、後方支援要員のメイをひっ捕まえると「さっさと逃げるじゃんよ!」と叫びつつエイプリルよりも早く部屋を出て行った。
姉妹と別れることになって呆然として泣きそうだったメイの口を塞ぎ、「ノーヴェも一緒に逃がさなきゃいけないじゃんよ、余計な手間かけさせんなっ!」と叱った。
マーチは荒っぽい性格の割にほとんど怒るようなことはないのだが、この時ばかりは姉妹を守ろうという気迫が全身からあふれ出ていた。
いつもはまったく威厳のない姉妹の迫力に圧され、またウォー/サムの筋力に魔法使いのメイがかなうわけもなく、ずるずると引きずられていった。
あっちはマーチに任せておけば大丈夫だろう。そもそも、マーチは自分一人逃げるだけなら無理はない。
単に接近されるとどうしようもない相手を連れて先に脱出するのを選んだだけ。自力脱出が可能なエイプリルを置いていったのは、他の足かせを増やしたくないだけ。
つまり、マーチと一緒に逃げているメイとノーヴェは孤立するのを避けられ逃げられるということだ。

「――待て」

そこまで考えて、エイプリルは違和感を覚えた。

108:NPCさん
08/08/24 01:08:22
そうだ。今マーチといる人間は、後方支援を得意とするメンバーばかり。つまり、騎士相手に逃げのびる戦いをするには不利にすぎる能力者のみ。
問題はそこじゃない。『13班には他にも後方支援派の能力持ちがいる』という点だ。
この屋敷にいた残りの後方支援型であるもう一人は、オクトが出て行ったすぐ後、
『ここでお終い、ってわけね。きゃはっ!ま、生きてたらまた会いましょ』なんて言いながら出て行った。
あの女は生きるのを諦めるほど大人しくないし、姉妹の盾になろうとするほど可愛げのある性格ではない。
しかし使えるものは容赦なく使う。特に自分とその周囲が生き延びるためならどんな手でも使う。
『仲間』と認識しているものなら誰の盾にでもなれるような甘っちゃん思考のマーチがいて、それを利用することも、その策も口にせずに逃げる。

それは、あまりにも不自然なことではないのか。
まるで自分だけで動いて生き残れる方法をあらかじめ知っているみたいじゃないか――?

一瞬だけ、エイプリルは目を閉じる。
暗闇の中で、ずっと生活してきたこの建物の全景を思い出す。
そして、エイプリルが出て行く前にあの女だけが使った、一番出口に向けて遠回りになる道に続くドア、その道にここから向かう術を探す。
ため息をつく。もともと頭を使うのは別の人間の仕事だ。けれど、そんな贅沢も言ってはいられない。
生き残る道として一番可能性が高いと彼女のカンが告げるのはその道だ。
そして――もしも、その可能性が当たっていた時のために。

――裏切り者を殺す覚悟を、決めた。

109:NPCさん
08/08/24 01:09:23
<幕間・冬の慟哭、春の声>


鎧の隙間を、鎧よりもなお冴え輝く刃が貫いていた。
引き抜かれる刃金。
刹那。
――これまで数え切れぬほどの人を、魔物を屠ってきた皇帝騎士の一人の命が紅に消えた。

紅く赤く。ただの血袋と化した騎士は、その肉の袋に詰まっている液体を所構わず浴びせかける。
アンティーク調の壁を、べたべたとした嫌な温度と粘度、臭気を放つ液体が覆っていく。
そんな光景に、なんの感慨もなく、表情を変えることなく刃の主は引き抜いたそれの血を振り払う。
刃――東方の品で、名をカタナという――の主は返り血を拭うとため息をついた。

「……ノーヴェー、あんたのせいでホント厄介事しょいこんじゃったじゃんよー?」
「――っ!わたくしにだって間違いの一つや二つあるのですわ!幸い、メイを安全なところまで逃がした後だったのでしょうっ?」
「ま、あーのちょろちょろ動いてないと息が止まるんじゃないかっていうメイが静かにしてたらじゃんって話だけど」

なお、その話題になっているメイは、ここにくる途中に地下牢に放り込んである。
この地下牢は外部からしか開けられない鍵がかかっている。地下牢への道は塞いでおいたため、後は彼女を迎えに行く人間さえいれば安全は確保される。
……逆に言えば、その事情を知っているノーヴェかマーチが行かなければメイは結局のたれ死ぬわけだが。

110:NPCさん
08/08/24 01:12:15
マーチはメイを地下牢に放りこんだ後、ノーヴェのいる薬務室に彼女を迎えに行き――侵入者との戦闘用意を万全に整えていた彼女に、勘違いで不意打ちされた。
もうルールどおりの不意打ちだ。真っ正面から堂々との不意打ちを受けたマーチは、激しくダメージを受けるものの、なんとか誤解は解けた。
顔を真っ赤にしたノーヴェが彼女の傷を手当てしていると、その大音を聞きつけた騎士達が駆け寄ってくる足音を聞き、なんとか二人で逃げ出そうとしているのだった。
気配を統一し、姿を隠した状態から騎士を一撃。そのヒットアンドアウェイで音も無く何人もの騎士を屠っていくマーチ。
それでも騎士達に物量で圧されればすぐに参ってしまう。だからこそ隠れて潜み、必要最低限量を相手取る形で少しずつ少しずつ出口へ向かおうとしている。
もちろん、正門はオーガストたちがいまだ奮戦しているし、そんなところにお邪魔する気はない。とはいえ普通の通路は全てふさがれてしまっているはず。
できるだけ早く逃げたいので遠回りな道も却下。となると、正規の通り道は考えない方がいい。
はぁ、とため息をつくノーヴェ。

「それにしても、脱出口が前にジュライがドラゴンと一緒になって作ってしまった大穴からだなんて……」
「あははっ。ジュライもたまには役に立つってことじゃーん、あいつが生きて帰ったらちゃんと礼言ってやんないとじゃんよ」
「……そういうことにしておきましょうか。ともかく、もう少し――この角を曲がった先の部屋ですわ」

111:NPCさん
08/08/24 01:13:34
歩く。足音を殺し、目前になったゴールを目指して。
長い長い歩みの果て、二人は扉にたどりつく。
ノーヴェはその扉を見て安堵の息をつき、マーチは扉の前に立っている騎士を見て舌打ちした。

「ようやく到着ですわ」
「けどまぁ、あの騎士邪魔じゃんね――ちょっと一仕事してこようかね。ノーヴェ、見つからないようにここで大人しくいい子にしてて待ってるじゃんよ」
「だ、誰がいい子ですかっ!ほら、さっさとお行きなさいっ!」

はいはーい、と軽く言うとマーチは小柄な体で気合をいれ、一度目を閉じると息を吐き出した。
次の瞬間、一緒にいたはずのノーヴェにすらマーチの姿が薄らいで見えた。
これがマーチの得意とする戦法である。彼女の気配遮断は感嘆すべき腕前であり、しかし彼女自身はこの技を嫌う。
正々堂々、という甘い考えが通じるわけではないと知っている。単に彼女自身が派手に暴れるのは好きで、隠れて不意をうつのを良しとする性格ではないだけだ。
とはいえ守るものがいるのならばそう甘いことも言っていられない。
目の前の敵に向けて敵意を打ち消し、ただ闇と同化し、その時を待つ。
うっすらとマーチの姿を見てとれるノーヴェは、ぎゅっと拳を握り締めてその姿を見ている。
そして、一瞬の隙をついてどつりっ、と重い音が響いた。
その瞬間だけは、ノーヴェは目を逸らした。人を癒すということを生業とする彼女は、たとえ見知らぬ人間であろうと傷つくのは見たくない。
しかし、その彼女の優しさが仇となった。目を閉じたその一瞬、月に照らされた影がちらりと動き、それをたまたま見ていた騎士がいたのだ。
剣を持つ騎士よりは金属部は少ないが、装飾の多い革式の騎士甲冑がノーヴェに向けて杖を向け、風の刃の渦を放った。
気づいた時にはもう遅い。見えなくとも彼女は魔法を使うものだ、自分ひとり殺すには十分すぎるマナの高まりが感じてとれる。背筋が凍る。
風が渦を巻き、近くの柱を傷つけながら彼女を襲う――その刹那。

112:NPCさん
08/08/24 01:16:17
とん、とその胸を押された。視界が回転。スローモーションのようにじわじわと後ろに流れていく景色。
ざくざくざく、と風が肉を裂く音がする。それはノーヴェの体からではない。
ぼたぱたっ、と盛大に血が滴る音がする。それはノーヴェの体からではない。
ぎりぎりっ、と歯を噛みしめる音がする。それはノーヴェの体からではない。
倒れこむまでに見えたのは、桃色のドレスがずたずたになり、赤く染まっていく光景。そして、ドレスの人影がそれでも前進をやめない姿。

痛い。痛いに決まってる。だって、そんなに血に染まっているじゃない。言いたい言葉は形にならない。
全ての音を放った相手は、痛いに決まっているその痛みを、それでも不敵に笑って吹き飛ばしながら、敵の杖を刃で斬り飛ばす。
返す一刀。袈裟懸けに刀を振りぬく。それは、革鎧しか着ていない相手を絶命させるには十分すぎるほどの一撃だった。
はぁっ、と大きく息をついて、鮮やかなまでに敵を斬り殺した彼女――マーチはノーヴェに向かって倒れこんだ。
その光景に心を凍らされたような心地になりながら、ノーヴェは彼女を支える。

「マーチっ!?」
「あ~ぁ、まったくもうノーヴェってば。大人しくしてろって、言ったじゃんよ……?」

113:NPCさん
08/08/24 01:17:04
こふっ、と咳き込む。その口から吐き出されたのは血の塊だ。同時にマーチは意識を失った。
危険な状況だとノーヴェには一目でわかった。
サムライをしているとはいえ、種族柄かマーチ自身はそう体力のある方ではない。重い鎧は着込めないゆえに気配遮断という技を磨いていたのだ。
どんな状況になっても相手が倒せるように、という能力を優先して覚えていった結果だ。
装備が重くできないという状況では、彼女は避ける技を身に着けていくしかなかったのだ。よって彼女の防御力は前線要員にしてはかなり低い。
魔法に弱い能力でかわせないとあっては、マーチ自身には耐えるしかない。
しかし度重なる騎士達との戦闘、ついでにノーヴェの爆撃と体にガタがきていたところに今の魔法の直撃だ。無理に無理が重なり、彼女が意識を失うのは当然だった。
ノーヴェは自分のウエストポーチを探りながらマーチに手当てを施していく。
けれど出血が止まらない。ダメだ、と諦める声がする。それは彼女の死ということではない、ここからの脱出確率がほぼゼロになったことだ。
これは回復魔法を受け付けてくれるのならばすぐ動けるまで回復する傷だ。しかし、マーチは回復魔法に拒否反応の出る特殊な体質の娘なのである。
その状態では彼女の薬を受け付けても、しばらく安静にしていなければならない。けれど、この敵地のど真ん中でそれは死を意味する。

こうなればとるべき道は一つだ。
諦めてたまるものか。ゴールは目の前。これまで自分や妹を守り続けてきてくれたこの心優しい妹を、今度は自分が守りぬく。
戦う力なんかなくても、この小さな体を背負って扉を開け、一発だけ残ったグレネードで破砕し後は歩き続けるだけ。

もう呼吸音さえ小さくて聞き取れないような、苦しそうなマーチの吐息を感じながら、ノーヴェは音を立てぬよう注意を払いつつ進む。
最後の一歩、扉に手をかけたその瞬間、がちゃり、と鎧の音がした。
音の方を振り向けば、血のついた鎧に気づいた騎士が一人こちらに向かってくる。
止まりそうになる呼吸。けれど、諦めない。まだ生きている。できることはたくさんある。

114:四月の雨
08/08/25 02:43:23
相手の抜刀。
急いで扉を開く。
閉じようとした瞬間、扉が切り払われた。ドアノブにまだ手をかけていた彼女は大きくバランスを崩すものの、なんとかマーチを落とすことなく踏みとどまる。
けれどそれで何ができるわけでもない。彼女が体勢を整えた時には、敵はすでに白銀に輝く剣を大きく振りかぶっている――!
マーチを抱えたままの彼女には避ける術もない。できたことといえば杖を差し出すことのみ。
しかしそれでも意味があったのか、ほんの少しひるんだ騎士の刃は杖の先端を叩き切った。おそらくは魔法が放たれるのではという懸念がそうさせたのだろう。
結果、騎士の剣は彼女のドレスをかぎ裂きに引き裂いただけに終わる。
けれどノーヴェは自身の数秒後の死を正確に予見する。先の一撃は単に運がよかっただけのこと。すでに放たれようとしている横薙ぎの斬撃までは回避できない。

ここまでなのか。
こんなにも頑張ってくれた妹がいるのに、自分がそれをムダにするのか。
嫌だ。絶対にイヤだ、そんなことは認められない。

けれど無常にも剣はノーヴェを襲い――しかし、彼女の身に届く直前で停止した。


115:四月の雨
08/08/25 02:45:45
「……おいおーい?いっくらあたしが温和だっつってもさぁ、さすがに姉妹が剥かれんのは黙って見てらんないってーのよ、クソ野郎。
 罰として殺してやっから死んで償っとくじゃん?」

騎士は、ノーヴェの後ろから放たれた一撃により絶命していた。
ノーヴェの目に涙がたまった。その声は、彼女の背中から聞こえていた。

「マー……チ?」
「うぁ、ノーヴェなにこの状況。ノーヴェにおんぶされてんのとかマジ始めての体験じゃんよ」

あくまで軽い口調のその言葉に、涙があふれる。
まだ敵地の只中だというのに、安心して動けなくなりそうだった。それでも心をなんとか奮い立たせ、その軽口に答える。

「……そうですわね、おそらく最初で最後になるでしょうから、今の内に存分に体験しておくといいですわ」
「んー、ごめん。そうさせてくれると助かるじゃんよ……正直、今ので打ち止めー。もう指一本動かせる気しないじゃん」
「まったく。助けてほしいのでしたらきちんとそういえばいいのですわ。だって――わたくし達は姉妹なんですもの」

いつもいつもそう繰り返していた八月のように、彼女は笑った。



――やがて、屋敷を爆音がゆるがす。

その後の騎士達の必死の捜索にも関わらず、
<エリクサー>ノーヴェ=メイプル、<ライトニング・エッジ>マーチ=ブロッサム、<スターライト・ウィッチ>メイ=フォレストの三名は死亡確認されながったという。
報告書には「あの状況下での脱出は不可能。後の消息もつかめぬため、死亡扱いとする」という一文があるのみである。


116:四月の雨
08/08/25 02:47:38
<冬 -水ぬるむ、ころ->

「――え」

それが、彼女の発した最後の言葉になった。
言葉が声にならない。お腹に刺さったナイフが冷たくて、体が熱い。
痛い、痛いよ、なんでこんなことするの、やっと助かったのに。ねぇ、なんで?なんでわたしをおいてくの?
声にならない声が次々に生まれて、口だけが動く。それを見ていた黄色いドレスの女は、彼女――13班<9月>のセプの小さな体を思い切り蹴飛ばした。

「きゃははっ、なんで?なんでって今聞いたの?決まってるじゃない――アンタらが憎いからよ、13班」

蹴飛ばし、転がった子供の体を、今度は踏みつける。何度も何度も、鈍い音が響く。

「なんでアンタがアタシの後つけてきたかは知らないけどさ、アタシには邪魔なだけなのよね。
 やっとこのうざったいところから開放されて、普通の人生を送り出すってのにさ。
 邪魔なの、ねぇ、その小さな脳みそでもわかる?きゃははっ。邪魔ってさ。うざくて、必要なくて、邪魔、ジャマ、邪魔ァァァっ!」

踏まれるたびに反射運動をしていたセプの体。その反射もだんだんと弱ってくる。
やがてぴくりとも動かなくなるセプ。その体に纏っていた黄緑色のドレスはぐちゃぐちゃに踏み潰され、土にまみれ、一部は赤にも染められている。
その光景を見て、女はきゃはっ、と全身からあふれる愉悦をこめて、楽しそうに笑った。

「あーあ、きったなぁい。でもアンタにはお似合いよ、セプ。13班(こんな)連中、みーんなみんな、泥にまみれて汚い死に方すんのがお似合い。
 あれだけの騎士に襲われて、ぐちゃぐちゃに踏み潰されちゃえ」
「残念だったな、思い通りにしてやれなくてよ」

117:四月の雨
08/08/25 02:48:24
黄色いドレスの女からではない、たおやかな声。
その声に聞き覚えのあった彼女はあわててそちらを向く。

――そこには、鋭い目つきの赤いドレスの少女、エイプリル=スプリングスが立っていた。厳しい目で彼女を見ている。
エイプリルは、問う。

「それで?これはどういうことだ。姉妹を殺し、さらに騎士を呼び寄せたのは自分だ、みたいな言い草じゃねぇか」
「エ、イプリル。どうして、ここに……」
「質問に質問で答えるなって教えられなかったか?なあ作戦立案長サンよ。
 教えてやる義理はないが……生き延びるためならなんでも利用する性質のお前が、盾の一つも連れずに脱出しようとするなんて不自然きわまりないと思わないか?」

ぐ、とうめき声を発する女。エイプリルはいつでも魔導銃を引き抜ける体勢で女を見つめている。その顔には皮肉気な笑みがある。
それで?と彼女は女に再び問う。

「こっちの質問にはいつ答えてもらえるんだ?俺自身はどっちでもいいんだがな」
「……どっちでも?」
「お前がこの状況の原因だと認めても認めなくてもどっちでもいいと言ってる。
 ――どっちにしろ、お前がセプを殺してるのを見ちまった、裏切り者として処断すんのには十分だ。姉妹をあんな殺し方する奴を、俺は姉妹なんて認めないさ。
 それで。やったこと全部洗いざらい吐き出してから死ぬか、セプを殺ったことだけを裏切りの証として死ぬか。
 どっちがいいんだ?とっとと答えろよジェン、いや情報部13班<一月>・ジャニュアリー=スノウフラワー!」

黄色いドレスの女――ジェンは、その言葉にしばらくうつむくと。きゃは、といつもの笑い声をあげて暗い視線でエイプリルをねめつけた。

「アンタにしてはきちんと頭使ってんじゃないの、エイプリル。どしたの?どっかでぶつけたとか?」
「お前の計画が杜撰なだけだ、ジェン。ある程度は有能なんだろうが、もう少し自分を過信するクセを治せとオーガストがいつも言ってたはずだが?
 結局はお前はあいつすら格下に見て、他人の忠告を聞かないから足元をすくわれるんだ。マヌケ」
「きゃは。アンタがアタシをマヌケ扱いすんの、傑作だね。
 いいわ、どうせ誰にも言う必要ないとは思ってたけど、そんなに聞きたいっていうんなら聞かせてあげる」

118:四月の雨
08/08/25 02:49:56
きゃはははは、と空回るように笑い声だけがその場に流れていく。

「簡単よ。アタシはここに連れてこられるまではちょっと大きな商家の娘だった。
 けど、その商家ってのが前皇帝の機嫌を損ねたらしくて、一家はアタシを残して全滅。アタシはほんのちょっとのお金を握って、貧民街に叩き落されたってワケ」
「……俺はお前の半生の話を聞きたい、と言った覚えはないんだがな?」

眉をひそめてそう言うエイプリルに、いつものように人を見下しきった視線でジェンは答える。

「まったく気の短い子ね、バカじゃないの?話はここからだっての。
 アタシは、アタシにそんな生活をさせた奴を見つけたら八つ裂きにする気でいた。
 よりによってアタシに貧しい思いをさせ、苦い汁舐めさせた奴に、何としてでもその償いをさせてやるってね。
 13班に入ったのも、国の暗部の最高の諜報機関ならその情報を手に入れられるかもしれないから、ただそれだけ」

そこまで言うと、ジェンはきゃは、とまた笑った。

「――けど、驚いたわ。まさか13班そのものが前皇帝の命令でウチを襲撃してた、なんてわかった時にはね。
 その時のメンバーは、もう今のメンバーによって刷新されてしまってる。要は死んでるのよ、アタシが殺してやりたいと思ってたのになんて皮肉?
 殺す相手がいないのは仕方がないから、ココを潰すことにしたワケ。
 今の皇帝を蹴落としたがってる身の程知らずの伯爵に取り入って、ソイツの部下を使って皇帝の妹の暗殺計画を立てて、失敗させる。
 そして、皇帝のエージェントにその計画を立ててる人間が13班の人間であるという情報を流す。
 後は、そのエージェントに13班が企んだことだって嘘情報を流せばそれでお終い。
 きゃはは。帝国も皇帝も、アタシの手駒になってわざわざアンタ達を殺しにきてくれた。良いコマになってくれたわ」
「……ずいぶんと回りくどい手を使うな。俺たちを消したいだけなら無理な任務にでも全員で突っ込ませればいいだけだろうに」


119:四月の雨
08/08/25 02:50:49
「13班がチームで任務に行くときは多くてせいぜい4人まで。それじゃあ最低3回も同じことを繰り返さなきゃいけないじゃない。
 その間に気づかれればお終いだし、なによりアタシはアンタたちの虫ばりのしぶとさを絶対に過小評価しない。
 アンタたちを殺すには圧倒的な数で、それも能力にばらつきのない連中を、無制限にぶつけるっていうのがベストなのよ。
 それだけの人間を動かせる人間って言えば、やっぱり皇帝閣下サマくらいしかいないもんねぇ?」

そこまで話を聞いて、やはり顔色一つ変えず。エイプリルは問うた。

「まぁ、色々と小難しい話は聞かせてもらった。
 その上で言わせてもらうが――地獄に落ちる用意は済ませたか?」
「きゃはは。ずいぶんと自信満々じゃないの、考える頭のない小娘風情が」
「当たり前だ。俺はまだ13班として八月の最新の命令を受け付けたままでな、なら13班の人間としての責務を果たさなけりゃならない。
 ひと時でも在籍したんだ、お前も知っているな?13班の鉄の掟――裏切り者には、死だ」
「来るならさっさと来なさいよ、それとも怖くて来られないとか?きゃははははっ、アンタにしちゃ前口上が長くないかしらっ?」
「用意が済んでるならいいさ――行くぜ」

エイプリルは走りながら魔導銃を引き抜き、引き金を引く。
放たれた弾丸はあやまたずジェンの眉間へと飛びくる。ジェンはその正確な狙いを読んでいたかのようにくるりと回りながら半身になり、その銃弾をかわした。
遠距離からでは攻撃は当たりはしない。ジェンはエイプリルのクセを知っている。
正確な狙いは、裏を返せばかわしやすいということでしかない。二挺技はもう少しの修練が必要だ。
その程度の技ではあの逃げかわすことに関しては13班で1、2を争う女に通じはしない。ならばかわせないほどの至近距離で弾を叩きこむしかないだろう。
魔導銃の射程に入る以上にさらに自身に近づいてくるエイプリルを見て、ジェンは笑う。予定通りだ。彼女はエイプリルの戦法を知っている。
直接の戦闘力自体は低い彼女が、戦闘要員になったエイプリルとまともに相対して勝てるはずもない。ならば。

「活動と熱を象徴するものよ。色は赤、方位は南、あらゆる破壊と浄化の象徴。汝の名は炎、その力をもって我が敵を焼き尽くせ――『ファイアボルト』っ」

120:四月の雨
08/08/25 02:51:51
生まれるのは赤い炎の塊。それをエイプリルに向けて放つジェン。
エイプリルは右前に跳んでかわす。狙いは甘い、そうかわすのは難しくなかった。さらに距離を詰めようとした時、彼女の背筋に怖気が走った。
ジェンは――その状況を見て、笑った。
きゃはは、という笑い声。その笑みは、彼女が相手に対して圧倒的優位にいる時にしか浮かべない笑み。
次の瞬間、エイプリルのかわした炎の玉が地面に触れ――彼女を中心に半径5mほどが爆発した。
炎が渦巻き、熱風が荒れ狂い、黒煙がらせん状に舞い上がり、ものの焼け焦げる臭いが立ち込める。肉の焼ける臭いは、慣れていない者にとっては吐き気を催すほどだ。
ジェンはそれを一瞥して踵をかえし――射すような殺気に打たれた。
ひっ!?と息を呑み、再び焼けた大地を見直す。
しかし、そこにはぱちぱちと火が爆ぜる音を立てながら黒煙を立ち込めているだけ。動く影などどこにもない。
けれど先ほどから今も続く殺気は本物だ。逃げることに特化している彼女が、獲物を狙うような殺気を間違えるはずもない。
どこから来ているのかと視線を巡らせるが、しかしそんな相手は見当たらない。
その時だ。

赤い影が、唐突に目の前に現れる。

金の髪が風と重力にもてあそばれて踊る。黒い銃口はジェンに向けられ、青い瞳は変わらず彼女を貫く。
あの爆炎の中に消えたはずのエイプリルが、そこに立っていた。
彼女は爆発の瞬間、大きく上に跳んで2、3発魔導銃から弾を放ちさらに爆発から距離を稼ぎ、爆風に乗って爆発そのものから逃れたのだった。
ジェンは死神を前にして逃げることしか頭になかったが、それでも逃げられないと良すぎる頭が答えを出していた。
彼女はやはり無表情のまま――

「じゃあな、ジェン。俺は姉妹を殺したお前を許すわけにはいかないし――許すつもりもさらさらない」

――その手で、引き金を引いた。


121:NPCさん
08/08/25 03:06:00


122:四月の雨
08/08/25 03:06:21
<幕間・一月の思い>

かあさまは厳しいけど、優しい人だったんだ。
とうさまは怖かったけど、休みの日は一緒に遊んでくれたんだ。
兄は意地悪ばかりしてきたけど、怖いものからアタシを守ろうとしてくれたんだ。
そんな人たちをアタシから奪った奴を、どうしても許せなかったんだ。
逃げて逃げて、死に物狂いで生き延びて。そいつを殺すことしか考えなかった。考えたくなかった。
アタシの家族はあそこだけだ。だから、姉妹なんていらない、いらないんだ。

ここにいればいるほど、アタシは家族のことを忘れてしまう。
違うんだ。アタシの家族はあそこだけなのに、アタシの家族はなくなってしまったのに。
忘れたくなんかないんだ。心地いいなんて認めたくないんだ。アタシの中から出てってくれっ!
そうでないと――そうでないと、アタシはアンタらを家族の代わりにしちまうじゃないか!


123:四月の雨
08/08/25 03:08:02
<四月と雨>

躯は野ざらしのまま。しかし、爆発の音を聞きつけたらしく騎士の移動音が近づいてくる。
死んだ人間はモノでしかないが、元は姉妹だ。放っておくのはイヤだった。騎士達に蹂躙されるのは我慢がならない。
仕方が無いので、爆発であいた穴に二人分の亡骸を放り込み、略式ながら土を盛って、鎧の音から逃げるように駆け出す。
ここを戦場にしないために。ついでに生き延びるために逃げながら。


そして――今に至る。


彼は、問う。
雨の中、その言葉は深く響く。

「貴様は、余に反逆の意思を持っているか?」

そう、彼女の姉妹を奪った男は問うた。
は、と自嘲するように笑って、エイプリルはそれに答えた。

「個人的に腹が立つと言えば立つが、あいにくと俺はそんなご大層なことを考えられる性質じゃなくてな。
 反逆だのなんだのは、上の連中が考えることだ。俺はその命令を聞いて、戦って死ぬ役割。ただ、最後に上司に受けた命令は『好きにしろ』ってもんでな。
 『反逆に手を貸せ』なんて言われた覚えはねぇから、そんな考えはこれっぽっちもないとだけ言っておくさ。信じるかどうかはお前次第だ、坊や」
「余を坊や呼ばわりか小娘。それだけで不敬罪で殺してやってもよいのだぞ?」


124:四月の雨
08/08/25 03:08:46
言いながら、ゼダンは剣を抜き放ち、エイプリルに突きつける。
それと同時、エイプリルもまた銃口をゼダンに向けた。にわかにざわめく周囲の騎士達。それを遮るように、エイプリルは言った。

「はん。どうせ反逆者として討たれる身だ、あんたが俺を殺すってんなら、最大限の抵抗はさせてもらう」
「この距離なら剣の方が速いぞ?」
「俺のあだ名を知らねぇか、皇帝様。
 情報部13班<デス・バレット>エイプリル=スプリングスだ。俺が死のうとこいつの弾は、あんたの眉間を貫くさ」

しばしの睨みあい。どちらの顔にもふてぶてしい笑みが浮かんでおり、剣先も銃口も降りしきる雨の中ブレることはない。
冷たい雨と視線の中、先に武器を下ろしたのはゼダンだった。

「よかろう。その生意気な物言いが気に入った。
 エイプリル=スプリングスよ、貴様に余が直々に刑を申し渡す。反逆未遂罪により貴様を刑期2100年に処す。
 貴様は我が帝国の永久独房に移送するものとする」
「おいおい、俺を捕まえようってのか?他の連中は殺したってのによ。
 それにあんたにゃ余計な忠告だろうが、反逆者なんぞ放っておいてもろくなことはねぇぜ?」
「反逆者であるがゆえに殺したわけではない。反逆者だという証拠はあれど刑を申し渡した覚えはないからな。
 捕らえにいこうとしたはいいが、貴様らが先に騎士に手を出したのだ。自衛行為として剣を抜くのは仕方があるまい?」
「いけしゃあしゃあと……死人に口なしってか?さすがは皇帝様ってところかい坊や」
「それでどうするエイプリル=スプリングス、情報部13班最後の生き残りよ。
 貴様は死んだ仲間のために命を捨てる無駄死にの道を行くか、それとも生きながらえるかどちらを選ぶのだ?」



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