07/11/12 02:32:57 4fFD5HRc
「そ、そんな………。いちごさん、あなた、また………」
「そう、あなたたちの力で私は一回人間に戻されてしまった。けれど、偉大なる大勲位様は再び私を
世異界にお導きくださり、私に新しい体と力をくださったの。
どう?この体、素晴らしいでしょう?」
いちごはうっとりとした表情で自らの体をさわさわ撫で上げた。いちごの感情を読み取ったのか、覆って
いる蔓も悦んでいるかのようにうぞうぞと蠢いている。
「な、なんてことを……」
やはり少し警戒するべきだったのだ。いちごの様子がおかしいのは最初からわかりきっていたことなのに
何も考えずのこのこ付いてきて、こんな事態を招いてしまった。
「いちごさん………、少し我慢してください……。また、元に戻してあげますから………」
燃えるように熱い体を何とか動かして康代はその場から立ち上がった。震える足を必死に押さえ、胸の
サイヘンシンボルに手をかざそうとする。
「おっと。変身なんてさせないわよ!」
康代の変身を阻止せんといちごの手から伸びた蔓が、康代がサイヘンシンボルに触れるより前にそれを
胸から弾き飛ばした。
弾けとんだサイヘンシンボルはころころと転がり、横の苺の花壇へと消えていった。
「あっ!」
転がっていくところを目で追った康代は、一刻も早く取り戻そうと倒れこむように花壇の方へと脚を向けた。
そして、捕ろうと手を伸ばしたとき、
目の前の苺花壇が、ぬっと立ち上がった。
「!!」
そのとき康代は思い出した。この学校の花壇に、苺の花壇などなかったということに。
「こ、これは?!」
「ア、アァ、アアァァ………」
目の前に立ちはだかる苺花壇。それはよく見るとこの学校の生徒だった。苺の蔓の切れ目切れ目に学生服や
人間の皮膚が目に入ってくる。ただ、その目は完全に光を失っており意思を感じることは出来ない。
康代は伸ばした手を苺人間にがっしりと掴まれてしまった。振りほどこうとしても蔓がざわざわと腕を
昇ってきて拘束してしまい、逃げようにも逃げられない。
しかも、苺人間はこの一人ではなかった。ところどころでむくり、むくりと起き上がり康代を包囲せんと近づいてくる。
「うふふ、こいつらは休み時間に誘い出して私の実を食べさせてあげたの。ほら、もうこんなに大きくなって
実までつけるようになったのよ」
確かに苺人間には無数の花と実が付いている。花の甘い香りと実の鮮烈な香りが辺りに充満し、頭がくらくらとしてくる。
「この実を人間が食べれば、また増殖して苺人間になるの。それを繰り返して、この国全体を苺の国に
するのよ。どう、とっても素晴らしいことだと思わない?」
『苺の国』。この字面だけを見ればとてもメルヘンな世界に聞こえることだろう。だが、現実は苺に
支配された人間が跳梁する魔境である。
「そ、そんな世界、間違っています。いちごさん、お願いですから、正気に………」
「あ、康代ちゃんはもちろんこんな苺人間にはしませんよ。私の、大事な人ですから………」
いちごが前にかざした手の先にある蔓から、ぽんと大きな花が咲き、急速に中心が膨らんで巨大な果実を形成してゆく。
ころんとできた苺は闇よりも濃い黒色をしていた。
「これを食べれば、康代ちゃんも私と同じ体になれます。私と一緒にたっくさん苺を作って、苺の国を
作り、世異界への礎にしましょうね」
いちごは出来た黒苺をぷちんと採り、手につまんで康代へと近づいてくる。康代は必死にそれを拒もうとするが
四肢を拘束しているので適わない。
いや、ふだんならそれでも逃げることは不可能ではないのだろうが、先ほどからいちごに飲まされたエキス
が原因で体に力が全く入らない。
「さあ………」
「んーっ!んーーっ!!」
目の前に突き出された苺を、康代は口を閉じて顔を反らし懸命に抵抗する。
「………しぶといですね。さっさと食べてください!」
業を煮やしたいちごが康代の顎を掴み、強引に口を開かせる。かぱっと空いた口にゆっくりと黒苺が迫ってくる。
「あ、あ、あ………」
康代は、その瞬間を絶望の眼差しで見続けていた……
-以下トゥルーエンド-