07/09/27 23:11:30 XR4npWEO
「命さんは、どうしてお医者様になろうと思ったの?」
小首をかしげる女に、命は気が付かれないようにため息をついた。
――また、この質問か…。
都内の某有名レストラン。
女がどうしても、というので連れてきたのだが、
――この女とも、そろそろお終いかな…。
命は、ワインを飲みながら思った。
グラスをテーブルに置くと、悲しげな顔を作ってみせる。
「実は、弟が不治の病で…医者に見離されてしまってね…。」
口からでまかせの適当な話をしつつ、
命は、どうやってこの後、この女を家に帰そうかと考えていた。
「まったく…。」
駄々をこねる女を何とかタクシーに放り込むと、
命はジャケットを肩にかけ、夜の街をぶらぶらと歩き始めた。
「理由がなくて医者になっちゃ悪いか。」
不機嫌な声で独りごちる。
命の場合、「気がついたら医者になっていた」というのが正解であった。
命は、昔から何でもできる子供だった。
手先も器用で頭も良い。運動神経も悪くない。
一番難しいからと言うだけの理由で、最難関の医学部を受けた。
医学部でも成績は常にトップだった。
当然、国家試験にも難なく合格した。
そうやって、いつの間にか医者になっていたのである。
そんな彼に、周りの人間は常に期待と羨望の目を向けていたが、
当の本人は、周囲の熱とは裏腹に、いつも一人、
心の隙間に空風が吹いているような気持ちで生きてきた。