嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ その38at EROPARO
嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ その38 - 暇つぶし2ch184:名無しさん@ピンキー
07/09/09 18:57:07 CruRH7HA
つredpepper

185:名無しさん@ピンキー
07/09/09 20:44:21 UVMH7+HR
阿修羅様保管庫更新お疲れ様です
サイトがどんどん凄くなっているわけだが(*´д`*)
それにしても・・・買ったのか、あの本w

186:名無しさん@ピンキー
07/09/09 21:04:58 wH7eiGnZ
>>184
読んだが、これから修羅場ってとこで寸止めのままか…続き読みてぇぇeeeeeee!!


187:名無しさん@ピンキー
07/09/09 22:05:27 Wmz6KpvC
>>182
まだ前日譚だな。親代わりのベイリン隊長がまだ騎士だし。
主人公の出自をやるんだろうと期待。

188:名無しさん@ピンキー
07/09/09 23:39:38 OsJP8/5z
新参の俺はまだ旧作を読んでないから新作は読めない・・・(´・ω・`)

189:名無しさん@ピンキー
07/09/10 00:43:49 ZgHnphvK
>>188
一週間夜更かしすれば保管庫の作品は読み切れる
頑張れ


190:名無しさん@ピンキー
07/09/10 09:00:36 QNgQwpM3
>>1も読めない悪い子やもしれん

191:名無しさん@ピンキー
07/09/10 11:23:12 Xur/kS9t
タランチュラの話はSSまとめにないと思ったら、名レス名シーンのとこのプロットにあった…

192:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:00:14 2mxX3x6P
こんにちは
>>28の続き投下します。

193:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:01:13 2mxX3x6P
 今日は早めに学校を出た。なぜかというともうすぐ期末テストが控えているわけだから
だ。先輩の成績は全く問題ないのだけれど、僕のほうがヤバい。
 
 先輩と一緒に学校を出ると、いつもの風景に一つ見慣れないものが入り込んでいるのを
見つけた。

「何すかね? アレ」
「さあ……何だろうね」

 黒塗りのベンツ、そして黒いスーツに、黒いサングラスの男が数人。
 どう見ても怪しいその集団は、校門の脇から学校の中を覗いていた。

「怪しいっすね……」
「うん、怪しいね……」

 僕も先輩も自然に声を潜めていた。
 
「とりあえず、触らぬ神に」
「祟りなし……っすね」

 僕らはその脇をそそくさと通り抜けて、さっさと退散することにした。

 が、しかし

「君、ちょっといいかね」

 そのどすの効いた声は明らかに僕に向けられていた。

「は、はい……何でしょう?」

 恐る恐る振り返る。
 僕の顔を確認してから、男はおもむろに上着の内ポケットに手を突っ込んだ。

194:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:02:35 2mxX3x6P
 ――まさか、銃!!??

 僕は慌てて駆け出そうと方向転換をした。このままじゃ殺される!!
 だが、僕の目の前には別の黒尽くめがいて逃走経路は絶たれていた。

「くっ………」

 気付くと僕の周りはいつの間にか黒尽くめに囲まれていて、先輩とは隔離されていた。

「ふむ、やはり間違いないな……」

 先ほどの男が、手元の紙と僕の顔とを交互に見比べて言った。銃は持っていないようだ
った。少しだけ僕は安心した。

「あの、一体……」
「ご同行願えますか?」

 黒尽くめは無表情に、平らな声でそう言った。

「は?」

 理解できていない僕を無視してことは進んでいた。両腕を黒尽くめに掴まれて、僕は車
の中に押し込まれた。

「ちょ、ちょちょちょちょっと!!」

 僕の抗議もむなしく、ベンツは発進した。

「遼君!!!」

 ドアが閉められるときに、先輩の声が聞こえた……ような気がした。


195:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:03:54 2mxX3x6P



 車に揺られて僕が連れて行かれた場所は、立派なお屋敷だった。この街の高台に位置す
る壮大な屋敷。いかにも金持ちが住んでそうな建物だった。
 一体全体、どうして僕はこんなところに連れてこられたのだろうか? 今までの人生で、
こんなデカイ屋敷に住んでいる人と知り合いになったことはないと思う。
 うわ、内装もかなり豪華だ。壁にかかってるこの絵なんかは、きっとかなり高いんだろ
う。

 と、僕は大きな扉の前に着いた。

「失礼します」

 黒尽くめの一人がドアをノックして言った。

「うむ、入れ」

 中からは、低く厳つい声が返ってきた。その声に僕は緊張してしまった。

 ――もしかして、ヤクザの屋敷!?

 だとすれば、最悪。人生終わった。

 重い扉が、ゆっくりと開かれる。

 扉が開いていくと共に、僕の緊張も高まる。

「ようこそいらっしゃった!! 歓迎いたすぞ」

 扉の先の広間の豪華なソファーにどっしりと構えているのは、白髪の老人だった。着物
なんかを着込んでいて、やけに威圧感があった。


196:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:05:35 2mxX3x6P
「は、はあ……」

 僕は何も言えなかった。歓迎なんて言われても、別に招待状とかを貰った訳でもないし、
それにこんな知り合いはいない。親戚でもなければ、もちろん友人でもない。恐らく、初
めて会った人だろう。

「昨日は本当にお世話になった。なんとお礼をしていいのやら……」

 昨日? はて、この老人と昨日僕は何か係わりをもっただろうか。

 考えるまでなく、ノー。電車で席を譲った覚えだってない。まあ、普段からそんなこと
はしないけれど。

 ――と、僕はその老人の横に見覚えのある顔を見つけた。圧倒的な存在感の彼にすっ
かり、彼女は隠れてしまっていた。

「あ、昨日の店員さん」

 気付くのに時間がかかったのは、昨日と服装が違ったのも原因の一つだろう。

 僕がそう言うと彼女の顔はパアっと明るくなった。

「はい! 覚えていてくださいましたか!!」

 昨日のことなんだから忘れているわけないだろう。それにこんな可愛い娘なんだし……。

「君がいなかったら、家の娘はどうなっていたことか」

 この時点で、僕の頭の中で色々なことが繋がった。

 昨日の店員さんはここの家に住んでて、あのいかつい爺さんはあの店員さんの父親か何
か。それできっと、今日僕がここに連れてこられた理由は、昨日のお礼をするためなんだ
ろう。




197:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:06:44 2mxX3x6P



 あの時のこと、昨日彼が私を助けてくれたときのことを思い出すと、今でも体が熱くな
ってくる。
 強盗の狂気に満ちた目から私を救ってくれた彼は、本当に格好よかった。まるで、悪の
魔王に捕まったお姫様を助け出す、『王子様』みたいだった。

 家に帰ってから、彼の名前を聞いておかなかったことを後悔した。かろうじて分かるの
は、制服から通っている高校くらい。何年生で、どこに住んでいて、どんな生活を送って
いるのか、それらは全くわからなかった。

 気になって気になって仕方がなくて、私は家の者に彼を探してもらうことにした。何と
してもキチンとお礼がしたかったしそれに――もう一度彼に会いたかった。

 感じたことのない胸の高鳴り。彼のことを思うだけで、鼓動は自然に速まった。
 初めての経験。これがいわゆる『恋』なのだろうか?

 私は小学校も、中学校も、そして今通っている高校も全部女子校だったから、同年代の
男の子と接したことがほとんどなくって、だからよく言う『恋愛』の経験なんかは一切な
い。

 だから、もう一度彼と会いたかった。もう一度会ってこの感情の正体を確かめたかった。
 家の者たちには手がかりとして、昨日のコンビニの監視カメラから抜き取った彼の顔写
真を持たせた。

「あの、中原さん」

 二人きりでは間が持たなくなって、私は彼に話しかけた。

「は、はい?」

 彼も少し固くなっているようだった。
 全くお父さんたら何考えてるんだか……。いきなり、

『それじゃあ、後は若い者に任せて……』

 なんて言っていなくなるなんて。それで私たちは今、広間で二人っきりになってしまっ
ている。お見合いじゃないんだから変な気を遣わなくていいのに。

「今日はその、少し乱暴なやり方になってしまったみたいで、申し訳ないです」

 使用人たちは一体何を勘違いしたんだか……。あんな連れて行き方をしたら、彼もビッ
クリするに決まってるのに。

「いや、そんな気にしなくていいからさ」

 困ったような笑顔で彼は笑った。

「それにさっきから、綾瀬さん頭下げてばっかりだし」

198:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:08:52 2mxX3x6P

 彼の一言で、私はハッとした。

「そ、そういえば」
「ね?」

 思わず笑いがこみ上げてきて、私たちは二人で笑った。このお陰で、場の空気が少し緩
んだ気がした。

「それにしたって立派なお家だよね」

 彼は周りをきょろきょろ見回しながら言った。

「そうですね、無駄に大きいですよね」

 ホントに無駄に大きな家だと思う。家族は私と父親だけだから、部屋は大量に余ってい
る。残りは住み込みの使用人が使ったり、たまに来るお客様用の部屋になったりしている。

「物凄い大家族でもないと使いきれそうにないよね……」
「そうですね」

 また少しの沈黙が訪れてから、中原さんが口を開いた。

「あのさ、俺と綾瀬さんって同い年なんだよね?」
「はい、そうですが……」

 そのことはさっきの軽い自己紹介で話したのだけど、どうしたのだろう?

「じゃあさ、敬語とかじゃなくっていいんじゃないかな?」

 にこりと笑いながら彼は言った。その姿もやっぱり爽やかで、胸がドキンと鳴った。

「い、い、い、いえっそのっ」

 声が上ずっているのが自分でも分かった。顔が赤くなってしまう。そんな私を見て中原
さんはまたにっこり笑ってくれた。

「あの何て言うか、これはクセみたいなもので、私も無意識のうちにそうなってしまうん
です」

 焦っている自分が本当に嫌になった。

「そっか、なら別に無理しなくていいんだけどさ」

 優しく笑う中原さんは、本当に格好よかった。

「あの、本当に昨日はありがとうございました」

 改めて私はお礼を言った。

「別にそんなに大したことじゃないからさ、ホントに頭あげてよ」

 困ったように彼は言う。それでも、何度感謝したって足りないくらいだった。

199:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:10:51 2mxX3x6P

「何かお礼をさせていただきたいんですけど」

 だから別に気にしなくっていいって、と彼は笑った。

「そういう訳には」
「じゃあ、もう一杯このお茶貰える?」

 私の言葉を遮って中原さんはそう言った。

「俺、こんなおいしい紅茶飲んだことなくってさ。流石だね」

 私は急いでお代わりを彼のカップの中に注いだ。

「綾瀬さんはさ、何であそこのコンビニでバイトしてたの?」

 新しく入ったお茶を一口飲んでから、彼はそう尋ねてきた。

「社会勉強です」
「社会勉強?」

 確かにこんな家に住んでいるのに、わざわざアルバイトするのは疑問に思うだろう。

「はい、今までずっと学校と家の往復だけの生活だったので、ちょっと私世間知らずだか
ら」

 なんて言うと聞こえは良いかもしれないけど、本当はお父さんに強制されただけだった。

「へ~、偉いんだね」

 やった、中原さんに褒められた。思わず頬が緩む。

「でも今回の一件で、お父様がもうあんな危ない仕事はだめだって」
「ありゃりゃ、大変だね」
「はい………」

 あのままあの店で働いていられたら、これから中原さんと沢山会えるのに。

 それから、私と中原さんは互いの趣味だとか血液型だとか誕生日だとか、そういう他愛
ない話をした(中原さんの誕生日は四月だそうだ。覚えておこう!!)。


200:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:12:26 2mxX3x6P
「お嬢様、そろそろお時間が……」

 ノックをして執事が入ってきて言った。確かにもう結構な時間だった。

「あっ、ごめんなさい。こんな時間まで引き止めてしまって」
「別に帰ったって何にもするわけじゃないから大丈夫だよ」

 中原さんはまた、笑って言った。まだ数時間しか一緒にいないのに、この人は本当に優
しい人なんだと、心から思った。

 帰ろうとする中原さんに私は勇気を振り絞って言った。

「あの……ま、また会ってくれますか?」

 頷いてくれた彼を見て、私は今までに感じたことのない程の幸福感に包まれた。





 帰りも僕は黒塗りのベンツに乗せてもらった。こんなの一生に何回あるだろうか?

 ああしかし綾瀬さん可愛かったなあ。彼女の姿を思い返して僕は思わずため息を吐いた。
 まるでお人形さんみたいに彼女は可愛かった。
 あんな可愛い娘にあんなに感謝されて、もうマジで言うこと無し!! って感じだった
りした。

『あの……ま、また会ってくれますか?』

 あんなの顔赤くしながら言うなんて、反則に決まってる。

 鞄から携帯を取り出すと、先輩からメールが来ていた。何やら黒尽くめに拉致された僕
を心配してくれているらしい。

『大丈夫でした~
 詳しいことは明日学校で話しますね』
と、先輩にはこれだけ送っておいた。

201:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/10 14:15:07 2mxX3x6P
以上で今回分終了です。
これにて二人のヒロインが出揃いました。
これからちょっとずつ嫉妬成分が入っていきます。
次回もよろしくお願いします。

202:名無しさん@ピンキー
07/09/10 14:22:56 nt5A+eC5
リアルタイムでGJ!
これからの展開にwktkが止まらんw

203:名無しさん@ピンキー
07/09/10 14:34:31 ZgHnphvK
wktkが止まらないッ!
GJ!GJ!GJ!


204:名無しさん@ピンキー
07/09/10 16:40:05 lQuUJKkP
GJ!!
先輩がこれからどう出るかが激しく気になるぜ!

205:名無しさん@ピンキー
07/09/10 17:59:50 lH+n/ZnG
これはナイスなキュンキュンだぜ

206:名無しさん@ピンキー
07/09/10 18:06:42 2QulM1+z
>>201
GJ!!!!!
激しくwktk!

207:トライデント ◆J7GMgIOEyA
07/09/10 22:26:27 7kyV1rLT
では投下致します


208:雪桜の舞う時に ◆J7GMgIOEyA
07/09/10 22:28:12 7kyV1rLT
 アナザー4『バトル』

 夏の暑い陽射しが私の長い艶やかな黒髪に容赦なく降り注ぎ、意識は朦朧としてきた。
それは単に私が桧山さんのお弁当が食べてないから、元気が出ないんじゃあありませんよ。
単純に言うと体の悪そうなインスタント食品を食べていると、さすがに胸元が気持ち悪くなってきました。
お母さんが帰ってくるまで、栄養不足で私は死ぬかもしれません。
 本当なら、この夏休みは家で一人きりで過ごして、飢えを防ぐ予定でしたが。
 今年の夏は違うんですよ。
 この一週間、桧山さんの家の前で含み笑いをしながら眺めているんです。
 家事を一通り終わらせてから、昼頃に桧山さんのお宅の前でずっと立ち尽くすんです。
建物と敷地を見ながら、桧山さんがどのような一日を過ごしているのか想像します。
もう、それだけで私は頬が緩んで楽しい気持ちになれます。
 えへへ。
 
 まるで、どこぞのストーカーのようですけど。
 私はどこぞの犯罪者と一緒にしないでください。
 正面堂々と桧山さんの家の入り口に立っているだけですから。
 招き猫ならず招き雪桜の効果に桧山さんも私にメロメロです。
 うにゅ。
 それにしても、今年の夏はちょっと暑いかな。
桧山さんに誘惑するためにちょっと短いスカートを履いてきて、上は清純な白いブラウスを着ているんですけど。
もし、夕立とか来て、びしょびしょに濡れたとしても、
私のブラが透けて見えているところを桧山さんが一生懸命見てくれるなんてことがあれば……。
 私を襲ってくれるかも。

 さてと、隣の飼っているワンちゃんが私に向かって吠えているので黙らせてきますよ。
少しだけ待ってくださいね桧山さん。
 と、私は桧山さんの部屋がある辺りに投げキッスを送ると、犬退治へ向かった。


209:雪桜の舞う時に ◆J7GMgIOEyA
07/09/10 22:30:36 7kyV1rLT

★桧山家
 五月蝿い獣を標的にして、俺はナイフを投げる訓練を続けていた。
もう、怒りとか憎しみ以前にこの異常な状況に俺の頭をすでにパニックを起こしているかもしれない。
 そのストレス解消のために虎を思う存分に虐めていた。

「つ、つ、つ、剛君。い、い、い、今、頬をかすったよぉぉ!!」
「一週間前に買い漁ったナイフをそろそろ広い集めないとな」
 虎を吊るために服の隙間にナイフが固定されて、見事な標的として完成していた。
各急所に当たれば……恐らく、即死するだろう。

 狙う箇所は。
 頭。左腕。右腕。右足。左足。胸。目。股間。その他、虎の肉体箇所。

 その部分に当たれば、点数が貰える。外れたら、点数は貰えない。
 このゲームは『闇の虎殺しゲーム』と俺は名付けた。

 ルールは簡単だ。

 手持ちのナイフを投げて、虎が死ねば、俺の勝ち。手持ちのナイフがなくなると画面にコンティニューが出来るので
虎の足元に落ちているナイフを集めて、再スタートだ。
 まあ、ゲームクリアしても何の意味はないけどな。

「それにしても、ライトのせいで全く当たらないな」
「つ、剛君、これ、は、は、犯罪だよぉ~!!!!」
 と、虎が何か涙目になりながら、反対を訴えているが。俺はそれを当然のように無視して、ナイフ投げを続行した。
軽く余所見しながら、的を狙わずにナイフを投げた。
 そのナイフは鋭い金属音と共に虎の胴体のスレスレに突き刺さる。
「うぎゃぁぁぁぁぁーーーーー!!」
「当たってない。当たってない」
「当たってなくても、死ぬ。これは死にます!!」
「まあ、運が悪かったら死ぬことはあるんじゃない?」
「ひ、酷い。酷すぎるでしょ。オイ」
「酷いだって……」
 俺は的になっている虎を軽く睨み付けて、窓の方向に指を差して大声で叫んだ。
「瑠依が恋人宣言したせいで雪桜さんを傷つけた。そして、この有様だ!! 
毎日毎日、雪桜さんが玄関前でうふふふって笑っているんだぞ。
そのおかげで外に出られることも出来ないし、この時間になると……」


「ワンちゃん。聞いてくださいよ。私の桧山さんはとてもとても優しい方なんですよ。
私は彼の事がとても大好きなのに桧山さんはちっとも私の事を見てくれないんです。
いつも、玄関前に立っているのに声の一つもかけてくれないのは私のことを嫌いなんでしょうか? 
ううん。違います。桧山さんは私のことを愛しているんです。間違いありません。
 ワンちゃんはどう思いますか?」
「ワゥ? ク~ン」
「やっぱり、ワンちゃんも桧山さんは私のことが大好きって思いますか。えへへ」

「って感じに隣に飼っている犬にまで恋話に相談する始末。おかげで近所の皆様の俺を見る視線がちょっと冷たい。
てか、犬の飼い主ですらも恋人の雪桜さんを引き取ってくれと嘆願書まで提出してきた。
さすがに年頃の女の子が毎日毎日犬と相談する奇妙な出来事に精神が壊れたそうだ」
「全然、私のせいじゃないよ。あの泥棒猫が勝手にやっていることでしょ。さっさと警察を呼べばいいのでは?」
「警察なんて裏金作りに必死だ。どうせ、女の子に言い寄られている奴は豆腐の角に頭をぶつけて死ねとか念仏を唱えてくるだろう」
「だったら、私が剛君のために排除してくるわよ」
「できるのか?」
「私は剛君のためなら、何でもやれます」
「だったら、行け。犬の飼い主が俺に抗議と苦情を言って来る前に!!」
「その前にナイフを外してから~」
 と、磔にしていたナイフを俺は嘆息しながら無表情に抜いてやった。


210:雪桜の舞う時に ◆J7GMgIOEyA
07/09/10 22:32:29 7kyV1rLT
「そ~こ~のど・ろ・ぼ・う・ね・こ~~~!!」
 抜いた途端に瑠依は勢い良く玄関まで飛び出していた。
常人ではない脚力に虎の野性を感じずにはいられなかったが、近所迷惑になるから大声で叫ばないで欲しい。

俺は惰性で彼女の後を追うと隣の家の前で犬と恋相談している雪桜さんと虎が対峙していた。
以前にガチで対面していたのは夕日の屋上以来だろうか。犬は虎の表情に恐がり、大人しく犬小屋に退避。
 虎と雪桜さんの熱い目線が繰り広げられていたが、外は猛暑なのでいい加減に俺は家に戻りたかった。

「何ですか? 東大寺さん」
「剛君の命令であなたを排除しようと思って。ねぇ、剛君?」
「俺としては穏便に雪桜さんを玄関の前でうろつくのは辞めさせて欲しいのだが」
「にゃーにゃーにゃーにゃー桧山さんです。一週間ぶりに桧山さんと口を聞きました。
私に会いに来たんですよね? ね?」
 空を飛びそうなぐらいに雪桜さんの見えない尻尾は振っていた。
嬉しそうに蔓延なる笑顔を浮かべ、俺に駆け寄ろうとするが瑠依が立ち塞がる。

「剛君は私の恋人になる予定なんだから。あんたみたいな女に指一本を触れさせてたまるもんですか!!」
「東大寺さんが恋人になる予定でしたら、私はひ、桧山さんの妻になるんですから!! 
これは予定じゃなくて。確定事項だもん」
「泥棒猫……。がるるる。生かしておくわけにはいかないわ」
 虎も雪桜さんもここで熱くならないでくれ。ただでさえ、肌を焼きそうな陽射しの下から一秒でも早く抜け出したいというのに。
何で俺のことでこんなに熱くなれるのか逆に感心していたりする。
「剛君。いいよね!!」

「俺がバトルスタートと言えば、二人は存分に戦ってくれ。
勝負はどちらかが気絶するまでだ。もし、雪桜さんが勝てば、俺の家のフリーパスをやろう。
虎が負けたら、今晩の飯は抜きだ。それでいいな?」 
「ブ-ブー。私が勝った時の商品はないの?」
「また、『闇の虎殺しゲーム』をやりたいのか? 今回の騒動の責任を取るために俺がせっかく手筈を整えたのにな」

「ううっ……。頑張って全力を尽くしますよぉぉぉ」
 それでこそ。虎だ。


(東大寺瑠依さえ倒せば。私は桧山さんのお家に入ることができるんです。
このチャンスを絶対に逃すことは出来ません。見ていてください。桧山さん。私はきっと勝ちますからね)

 二人は少し距離を離れて、互いに睨みながら構えを取る。


211:雪桜の舞う時に ◆J7GMgIOEyA
07/09/10 22:33:47 7kyV1rLT
 憎めない猛獣・虎
         東大寺瑠依
              VS  
             愛らしい猫ストーカー
                  雪桜志穂

『バトルスタートだ!!』

「私は桧山さんのためなら。東大寺さんの一人や二人ぐらい皮を剥ぎ取って、明日のおかずにしてあげます!!」
 雪桜は猫耳装備を着用した。
 攻撃力UP
 防御力UP
 素早さUP
 尻尾攻撃力UP
「今こそ、泥棒猫の決着の時が来たのよ。いざ、目覚めよ。眠っている潜在能力をここに解放する!!」
 瑠依は虎の野性を完全に解放した。
 全てのステータスがUP。
「貴女には明日の朝日を拝むことすら許されません!!
 てぃっ!!」

 雪桜の攻撃!!
 雪桜は尻尾を振り回した。

 瑠依に15のダメージ。
 瑠依に15のダメージ。
 瑠依に15のダメ-ジ。
「舐めるんじゃないわよ!!」
 瑠依の攻撃!!
 瑠依は爪で引っ掻いた。
 雪桜に50のダメ-ジ。
 雪桜に50のダメ-ジ。
 雪桜に50のダメ-ジ。
「私は絶対に負けません!!」
 雪桜の攻撃。
 雪桜は肉球を虎の顔に押し付ける。
 瑠依に25のダメ-ジ。
 瑠依に25のダメ-ジ。
 瑠依に25のダメ-ジ。
「泥棒猫のくせに剛君と口を聞くなんて生意気すぎだよ!!
 大人しく、粗大ゴミになりさい!!」
 瑠依の攻撃。
 瑠依の遠吠えが鼓膜に響く。
 雪桜は30のダメ-ジ。
 雪桜は30のダメ-ジ。
 雪桜は30のダメ-ジ。

 雪桜は力尽きた。


212:雪桜の舞う時に ◆J7GMgIOEyA
07/09/10 22:35:22 7kyV1rLT
「おとといきやがれですぅ」

(東大寺さんみたいな人に負けてしまうなんて私は本当にダメダメです。
桧山さんと一緒に居られる機会をこんな形で見逃すなんて)

「負けるな。頑張れ雪桜さん!!」

(桧山さん……)

(いつも、あなたの声は私に力をくれる)

(ありがとう。大好きです)

 なんと、雪桜は起き上がった。

 雪桜の攻撃。
「天翔猫閃!!」
 超神速の尻尾が瑠依に襲いかかる。
 瑠依に9999のダメ-ジ。

 瑠依は倒れ去った。
「愛は必ず最後に勝利するんですっ!! にゃっっっーー!!」
 WIN 雪桜。

 と、女の熾烈な戦いはこうしてあっけなく決着は着いた。
雪桜さんの目に映らない速さで放たれた尻尾が虎に炸裂した途端に瑠依は空を飛んだ。
一体、何Mぐらい飛んだのかは測定器もないのでわからないが、地面に鈍い音と共に落下する姿は滑稽であった。
 正直、雪桜さんに声援を送るつもりはなかったが。人として虎に負けるのはどうであろうかと疑問を覚えたので、
劣勢だった雪桜さんに軽く応援をしただけでこの格闘ゲ-ムの超必殺技コマンドを入力したのような技を虎にお見舞いするとは。
少しだけ反省している。
 その勝利者の雪桜さんは蔓延なる笑顔を浮かべて、こっちにやって来た。
「これで桧山さんの家に入ってもいいんですよね?」
「わかった。約束だもんな」
「はいっ。今日からまたよろしくお願いしますねっ!!」
 と、雪桜さんは俺の腕に抱きついた。腕の辺りに柔らかな感触を感じるが、心地良かったのであえて何も言わなかった。
そのまま、足は俺の家に向かうが。
 哀れな敗北者の末路を大人しく見物していた。雪桜さんの強烈な一撃を喰らい、
立ち上がることもできずに熱いアスファルトの上で置き去りにされた虎は口を開けて、よだれを垂れ流していた。
 それでも、俺は虎の介抱することなく、雪桜さんと共に一緒に家に入っていた。


 いつか、流せるだろうか?
 完璧な涙を。



 ちなみにアスファルトに倒れているのが雪桜さんならば優しく救急車を呼び、
名医に診察しろと五月蝿く注文するのだが。虎はこんな程度で死なないから別によし。

 さて、勝利者になった雪桜さんに美味しい物でもご馳走しようかな


213:トライデント ◆J7GMgIOEyA
07/09/10 22:37:59 7kyV1rLT
以上で投下終了です。
ついに猫ストーカーが桧山宅に侵入です
まあ、ストーカーネタでお約束と言えば
家に帰れば、両親とストーカーが仲良く談笑して凍り付く
ってのは一度やりたいと思っていますw

後、近い内に桜荘にようこそを投下します。

では。次回もよろしくお願いします

214:名無しさん@ピンキー
07/09/10 23:26:22 mHTSZPkI
ギャグとはいえ、剛ひどすぎないか?
剛に対する評価がガラッと変わったよ…

215:名無しさん@ピンキー
07/09/10 23:31:20 Nu/zWgQe
色んな意味で男主人公が強いなら、修羅場にゃならんわけでな…

216:ニコ動から来ました
07/09/10 23:40:53 vklqFiw+
これなんてスレ?

217:名無しさん@ピンキー
07/09/10 23:43:43 py6DtwJs
>>216
どこから来たんですか?

218:名無しさん@ピンキー
07/09/11 10:32:05 +GBLqRyI
ニコニコ動画からってオイw

219:名無しさん@ピンキー
07/09/11 11:15:58 IMt3F8jo
頭の弱い子は相手にするな

220:名無しさん@ピンキー
07/09/11 14:30:28 CQhItHY1
>>213
雪桜さんが飛天の技を使えるとは
GJ

221:名無しさん@ピンキー
07/09/11 22:46:33 QR7XWkNT
>>213
神林ネタかよw

222:名無しさん@ピンキー
07/09/11 23:42:16 NjEeFd+P
>>213
これ、リトルバスターズのバトルシステムネタかよw


223:名無しさん@ピンキー
07/09/12 08:09:20 kh10mSh2
今週の絶望先生にちょっとときめいたw

224:名無しさん@ピンキー
07/09/12 16:01:38 u+pq5GV8
wktk

225:名無しさん@ピンキー
07/09/12 21:38:33 dFz9dh1Q
人が全くいないのは何故なんだ?

226:名無しさん@ピンキー
07/09/12 23:03:30 3X/jT4T9
まぁ今は一休みってところじゃない?

227:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:09:24 p8/YkcbM
投下します

228:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:10:20 p8/YkcbM

<一>

 仕事に出れば、千里耳の我儘に振り回され、何故か厄介ごとに巻き込まれ。
 かといって、屋敷に戻れば、姉の叱責と妹の罵詈が容赦なく降り注ぐ。
 それらに耳を塞いで剣の鍛錬に没頭し、疲れ果てて眠る。
 夕方になれば、起床し、再び仕事に赴く。
 畢竟、右庵の一日といえばその繰り返しであった。

 忙しさに追われてただその日常を繰り返すことしかできない。
 右庵自身が何かを変えたい、と思っても、そのような暇は、意識してもなかなか作れないのである。
 その元凶とも言えるのが、右庵が都廻において受け持っている役目である。
 千里耳から受取った書を詰め所へと送るという役目は、一日たりとて休むことを許されないのである。

 右庵にしても、やってみたいこと、あるいはやらねばならないと考えていることは幾つかあった。

 その最たるものが、紗恵と十夜の嫁入り先を探すことであった。
 紗恵は二十六、十夜もすでに十九である。
 さすがに、そろそろ嫁入り先を探さなければいけない歳ではあった。

 とはいっても、二人とも婚期を過ぎているわけではないし、器量も悪くない。
 右庵自身が使用人を雇っていないせいもあり、家事全般もそつなくこなす。
 唯一つ問題があるとすれば、少々家格が低い、ということぐらいであろうか。
 とはいっても、木下家程度の家格で嫁を探している家などいくらでもある。
 だから、右庵自身がその気になれば、縁談などすぐにまとまるはずである。

 一般的に考えればそのはずであったし、右庵自身も都廻になったばかりの頃はそう思っていた。

「お断りします」

 右庵がその言葉を聞いたのは、役目を終え、屋敷に戻ってきた時のことであった。
 目の前に座っているのは紗恵である。
 彼女は、いつもと変わらぬ冷たい瞳でそう言い放った。

「…しかし、姉様」
「断る、といったはずですが。
 これで何回目ですか?」

 説得を試みようとした右庵の出鼻をくじくように、もう一度紗恵は同じことを言った。
 その瞳に、右庵は背筋が冷たくなる。まるで刃を突きつけられているかのような感覚に、一瞬息が止まる。
 とはいえ、そこで退くことはできなかった。

「相手は勘定方の役目についている方で…」
「もう何度も聞きました。
 その上で私は、この事はお断りする、と言っているのです。
 それとも、貴方はそこまでして私をこの屋敷から追い出したいのですか?」

 私が家長である以上、貴女もいつまでもこの屋敷にいるわけにはいくまい。
 そんな言葉が右庵の頭を過るが、口にはしなかった。
 代わりに、紗恵の要望に沿うような話を持ち出す。


229:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:11:24 p8/YkcbM

「…相手方は婿入りも吝かではない、と仰っております」
「木下の家を他人のものにする気ですか?
 私の婿、ということはその男が長男の扱いを受けることになるのですよ」
「それも已む無しかと」

 今度の言葉は、本心からのものだった。
 どうしても紗恵が屋敷を出て行かぬ、というのなら右庵は家長の座を放棄することすら覚悟していた。
 幸い、都廻の役目は、木下家に与えられたものではなく、右庵本人に与えられたものである。
 屋敷を出ていったとしても、どうにかなるという考えが右庵にはあった。

 しかし、崖に飛び降りるほどの覚悟で言った右庵の言葉は、姉には相手にもされなかった。

「話になりません」

 今回も駄目だったか、という弱気の虫が声をあげる。
 だがそれでも、右庵は頼まないわけにはいかなかった。

「…せめて、会っていただくだけでもできないでしょうか」
「この事については、これ以上話すことはありません」
「そこをどうにか、お願い致します。
 会えば、悪い男ではない、ということも姉様にご理解いただけると思います。
 どうにか…」

 右庵は頭を下げた。
 そこで、紗恵の言葉が止まった。
 考えを改めてくれたのだろうか。
 そんなわずかな希望とともに右庵は頭を上げた。
 しかし。

「…」

 紗恵は、すでに右庵の前にはいなかった。
 溜息をつくでもなく、右庵はただ黙り、視線を宙に彷徨わせた。



230:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:11:59 p8/YkcbM

<二>

 紗恵が、嫁入りを拒否するのは初めてのことではなかった。
 右庵自身が具体的に嫁入り先を探してきた時だけで二回目である。
 それこそ、遠まわしに嫁入りを勧めた回数も含めれば、十は軽く越えるだろう。

 右庵は紗恵の態度が、愛着のある屋敷を出たくは無い、という意志の表れかと考えていた。
 だからこそ、婿入りも許容できるような相手を探してきたのだ。
 しかし、それでも紗恵は頭を縦に振らなかった。

 何か別のところに紗恵の本意はあるのか。
 右庵は考えてみたものの、全く思い当たることはなかった。

「…」

 どうしたものか、と思ってもどうすることもできない。
 体が疲れているだろうか、頭にもやがかかっているような感覚もある。  

 くらり、と足がもつれそうになったところを、どうにか踏みとどまり、頭を振る。
 これはただ眠たいだけか、と考え、右庵は諦めて床に入ることに決めた。 

 滅多にしない長話をしてしまったせいで、いつも右庵が眠る時刻はすでに過ぎ去ってしまっている。
 間もなく正午ではある。良くて二と半時程度しか眠ることはできないだろう。

 寝ぼけた頭の中で、何とはなしに、右庵は一つのことを思い出した。

 確か、紗恵は一度縁談がまとまりかけたことがあったのではないか。
 あれは、いつだったか。
 父と母が死ぬ、少し前だったような気がする。

 あの頃のことは色々ありすぎて、一つ一つのことを具体的に思い出すのが難しい。
 しかし、確かに紗恵はあの時にまとまりかけた縁談があったはずだ。

 とはいえ、そのことを紗恵本人に聞くわけにはいかないだろう。

 ならば、十夜に聞くべきか。
 しかし、彼女は八年前は十を過ぎたばかりの幼子だった。
 縁談のことなど、覚えているかどうか以前に、耳にしているかも怪しい。

 では、誰なら知っているだろうか。
 そもそも、何でそんなことを知ろうというのか。

 そうか、と右庵は己のうちで頷く。
 以前上手くいった経験があるなら、そこを辿れば答えが見つかるかもしれない、と思ったのだ。

 思考は混乱し、まどろむ。
 目を閉じると、あっさりと眠りにつくことができた。 


231:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:14:02 p8/YkcbM

<三>

「姉様?まだ起きてるのですか?」
「ええ…寝付けないのです」

 時刻は正午を過ぎた頃である。
 十夜が姉の部屋をのぞくと、そこには紗恵がいた。
 平常であれば、部屋にいる右庵同様、紗恵も床についている時刻である。
 だが、何故か紗恵は眠ることもなく、彼女の部屋でただ座っているだけだった。

「何かあったのですか?」
「…十夜には隠せませんね」

 紗恵が困ったように微笑む。
 紗恵の話の内容は、縁談を右庵が持ち込んだ、という話であった。

「それで、縁談を受けるのですか?」

 話が終わると同時、十夜は思わず前のめりになってそう聞いた。
 だが、紗恵は首を横に振るだけであった。

「話を聞く限りではいいご縁であるように私には思われるのですが」
「…右庵殿もそうおっしゃっていましたね」

 先ほどとは違う、物憂げな笑みを紗恵は浮かべる。
 十夜は紗恵の表情に、内心右庵に対して苛立ちながらも、どうにか言葉を継いだ。

「では、何故。
 このような縁談を兄様が持ち込むなど、滅多にありません。
 ここで断れば、次は無いのかもしれないのですよ!」

 語気が荒くなったことを、十夜は言葉を口にしてから悟った。 
 紗恵がどこか驚いた顔をしたのを見て、しまった、とも考えた。
 しかし、紗恵が驚いたのは別のことについてであった。

「…右庵殿は、頻繁に縁談の話を持ち出されます。
 十夜は気づいていなかったのですか?」
「…え?」
「つい三ヶ月ほど前など、今回と同じように、縁談をある程度まとめて私に紹介したのです。
 その時も断ったのですが」
「……」

 紗恵の言葉に思わず、十夜は呆けてしまった。
 縁談があったことなど、初耳だったのである。
 同じ屋敷で暮らしている以上、些細な会話まで全て知っているはずなのだが、紗恵の縁談や結婚に関する話は聞いたこともなかった。

 妙な疎外感を覚えると同時、何故そのことを右庵が自分に言わないのか、という腹立たしい思いが浮かんできた。

 しかし、そのような怒りなど今はどうでもういいことのはずであった。
 十夜はどうにか自分の心を落ち着けて、もう一度、紗恵に本題を問いただした。

「と、ともかく。
 何故それらの縁談を断ったのですか?
 せめて、相手に会うぐらいすればよかったではないですか」
「そうもいきません。
 一度会ってしまえば、相手方は私にもその気がある、と勘違いしてしまうでしょう」


232:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:15:39 p8/YkcbM
 十夜は黙り込む。
 紗恵も、次に言うべき言葉を思いつかなかったようであった。
 暫くして、十夜は、紗恵の意図を率直に聞いた。

「姉様は、結婚なさるおつもりが無いのですか?」
「ええ」
「何故ですか?
 このようなところにおられても…」

 十夜の言葉に、紗恵の表情が一瞬無くなる。
 不意に背筋に寒気が走ったように十夜は感じた。
 それは、幼い頃から時折感じていた、紗恵に叱られる前触れのようなものであった。
 十夜は、反射的に目を閉じる。

 しかし、何も紗恵は言わなかった。
 十夜が目を開けると、紗恵は、いつもの微笑みを浮かべていた。

「…そうですね。
 正直、嫁ぐということに否定的な気持ちは私にもありません。
 しかし、木下の家や、貴女のことが私は心配なのです」

 ほう、と息をする紗恵の言葉には嘘は無いようであった。
 紗恵の、自分のことを思いやる気持ちに、十夜は暖かいものに包まれる感覚を覚えた。

「十夜がどこかいい家に嫁げれば、私の心配も一つなくなるでしょうか」

 その言葉は、どこか冗談染みたもののように聞こえた。
 ただ、確かに自分が嫁入りでもすれば、紗恵の重荷も少しは軽くなるだろう。

 とはいえ、木下の家のことは、どうにもなるまい。
 後一郎が家を任せられるほど立派な人間であれば、と考え、紗恵は正直にそのことを口にした。

「兄様がもう少ししっかりしておられれば…」
「…全くその通りです」

 その時、姉妹の間で同じ意図が通ったように、十夜には思えた。

 話がやむ。
 そこで十夜は、紗恵の部屋を去ることにした。

 とりあえず、やるべきことができた、と十夜は考えた。
 紗恵の負担にならぬよう、立派な家に嫁ぐ。
 とはいえ、自分ではそんな縁など作ることもままならない。
 少々不満ではあるが、家長である後一郎に頼む必要があるのだ。

 さて、どう言ったものだろうか。
 十夜はそう考えつつ、掃除の続きをすることにした。


233:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:16:16 p8/YkcbM

<四>

「と、いうわけです」
「…私にはわかりかねるのですが」
「よいですか!?
 姉様は、今まで長女としてこの家を支えてこられました!
 ですから!!そのご恩を返すためにも、私は立派な家に嫁がなければいけないのです!!」
「…とりあえず、貴女のために縁談をもってこい、ということでしょうか」
「そういうことです」
「…姉様の縁談を先にまとめなければならないのですが…」
「姉様が言ったのです!
 私が嫁に行けば、安心して嫁に行ける、と!!」
「…」

 夕方に目を覚ました右庵は、起床と同時に持ちかけられた、十夜の頼みに面食らっていた。
 彼女自身の勢いもそうだったが、内容自体も今まで聞いたことのないような頼みだったからである。

「…とはいえ、一朝一夕というわけには」
「わかっています!ですから、とりあえず姉様より先に、私の縁談をまとめて欲しいと言ったのです!」
「…」

 そう上手くいくものだろうか、と右庵は考えたものの、十夜に逆らっても彼女の機嫌を損ねるだけだということは良く知っていた。
 とりあえずその場は頷いておいたものの、実際にその通りにできるとは考えにくい。

 ただ、十夜のことを心配して紗恵は家に残っている、ということはそこそこ興味深い話であった。
 そうであれば、確かに十夜の言うとおり、十夜の縁談を纏めれば、紗恵も嫁にいくことを承諾してくれるのかもしれない。
 それは、今まで考えもつかなかったことである。

「右庵殿、食事ができました」

 部屋の外からそう声をかけた紗恵にも、朝の様子を引き摺っている様子は見られなかった。
 紗恵に今参ります、と答えてから。

「…ありがとうございます」
「はい?何か言いましたか、兄様」
「…いえ」

 妹に頭を下げ、右庵の一日は始まった。


234:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:18:27 p8/YkcbM

<五>

「上手く言ったものだな。
 妹を屋敷から追い出せば、後に残るのはお前とあ奴だけ」

 夜の庭。
 投げかけられた不快な言葉に、刃を構える。
 月光を受けるその刃は、見事なまでに輝いていた。

 闇を払い、妖や魔を退けるはずの光。
 だがしかし、目の前にいる存在は何も感じてはいないようだった。

「私を切れば、王命が下るぞ?
 下手人を探せ、とな」

 冗談に聞く耳を持つ必要は無い。
 相手は、人ではない。
 これを殺したところで、何ら問題はないはずなのである。
 そもそも、殺せるとは思っていない。

「右庵がいなければ、言葉を交わす意味も無い、ということか」
「…その名を呼ぶな」

 口にされた名に、思わず言葉が先に出た。
 相手もそれを狙っていたのだろう。

「奴をそう呼んでいいのは自分だけ、か?
 自分の物にでもしたつもりか」

 嘲る様子の口調に、腹が捩れる感覚を覚える。
 それこそが相手の意図するところなのだとわかっていても、どうしようもない。

「やっと満足してもらえる相手が見つかった、と奴もほっとしていたのに。
 全く、あまり弟に迷惑をかけるものではないぞ」
「…黙れ」
「奴から離れるつもりはない、か。
 邪魔になる者は、八年前のように全て消す気か?」

 何故それを、とは聞かない。
 ただ、刃を振ることで答えた。

「魔を退ける煌き、とはいったものの。
 残念ながら妖魔の類ではないのだが」

 刀を振りかぶった時点で、標的はいつの間にか間合いの外にいる。
 しかし、それが無駄な行為であっても、敵意を失くすつもりもなかった。

「しかし、右庵に惚れた女でもできた場合はどうする気だ?」

 そんなことがありえるはずがない。
 もしあったとしても、どうなるかは知れている。

「それこそ愚問か。
 邪魔者を全て消す、と先ほど私が言ったとおりになるだけだな」


235:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:19:42 p8/YkcbM

 表情は浮かんでいないはずだ。
 考えを読まれたか、とも思う。
 と、相手は頭に手をあて、やや大げさに首を振った。

「私の苦労もわかって欲しいのだが。
 今回のこともそうだが、あまり無茶はしないようにしてほしいものだ。
 あれ程頑丈で、しかも色々と都合のいい男はそうはいない。
 それこそ、私の相棒が務まるような男は、な。
 だからこそ、お前が何かをして、奴が王都にいられなくなりでもしたら、厄介なのだ」
「…貴様」
「だからお前が怒るなというに。
 男女の情愛をかわすようなつもりは私にもないぞ」

 そうは言うものの、油断はならない。
 いつ、何がどうなるかなどわからないのだ。
 この女にそのつもりがなくとも、男の方がそのつもりになってしまうことだってある。

「気持ちもわからんではない。
 お前との付き合いも、そう短いものではないのだからな」
「…貴様が右庵殿を引き回さなければ、私もこのようなことはしない」

 それはそうだ。
 自分の敵わない相手に、意味もなく刃を向けるほど愚かにはなれない。

「そうもいくまい。
 私にも色々と都合がある。お前に都合があるようにな」
「ならば、せめて右庵殿に付き纏うのは止めてもらおうか。
 あのように身を寄せ合う必要などないだろう」
「そうは言っても、な。
 商売女のような格好の者と、騎士が並んで歩くのなら、あのような関係が自然だろう」
「いつも袴姿でいればいいだろう」
「あの格好をしていると、右庵が窮屈そうなのだ」

 くく、と笑った女に、さらに怒りが膨れ上がる。
 自分の方が、彼のことをわかっているとでも言うつもりなのか。

 が、相手は自分の怒りになど興味はないようだった。

「…間もなく時間か。
 私は戻るぞ。そろそろあ奴が書の催促に来るのでな」

 当て付けそのものの言葉に、ぐ、と刀の柄を握り締める。
 しかし、相手は涼しい顔でひらひらと手を振るだけだった。

「よいか?重ねて言うが、無茶はするなよ。
 特に、あ奴が持ち出した縁談の相手に手出しなどするな。
 今と昔は違う。
 あれで、あ奴は切れ者だぞ…そういったことに関してはな」

 最後に聞こえたのは、ひどく具体的な忠告だった。
 だが、それも声だけである。
 自分が相対していたはずの女は、すでに屋敷の庭のどこにもいなかった。


236:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:22:45 p8/YkcbM

 夜もとうに深くなり、肌寒さを感じる。

 きっと、「彼」は今夜も王都の中を巡っている。
 そして、明日の朝まであの女に振り回されるのだ。

 そう考えると、気が気ではない。
 だが、何もできない。

 彼がいない間、屋敷を守るのが自分の役目。
 彼が働けるよう、補佐をするのが自分の役目。

 そも、自分の体はそこまで頑丈ではない。
 この寒空の下、彼について回ったところで、体を悪くするのが関の山だろう。

 叫び出したいような思いを無理やり押し込め、屋敷の中へ、そして自分の部屋に戻る。

 灯をつける。

 暗闇に、わずかな光が生まれた。
 弱い光の下、浮かび上がったのは、最愛の人の着物だった。


237:或騎士之難儀4 ◆CjaIRU0OF.
07/09/12 23:24:46 p8/YkcbM
以上で投下終了です。
前スレ>>535さんの質問ですが、直後に張られていた説明で間違いありません。
説明に従えば右庵=忌み名、後一郎=字、といったところです。
もっとよく知りたい人は、武士 名前 などで検索するといいかもしれません。

238:名無しさん@ピンキー
07/09/12 23:27:37 EjWXO4As
リアルタイムGJ!
何というツンヤンデレ……
間違いなくツボにジャストミート
妹の方も右庵に対してどうにかなるんだろうか
うーん先が気になるな

239:名無しさん@ピンキー
07/09/13 00:24:04 /okrvE0F
GJ
八年前に何があったのか…両親は、相手先は……気になるな

240:名無しさん@ピンキー
07/09/13 00:37:55 of+BOp2m
>>237
やベー、姉様の性格がめっちゃツボだわ・・・
それにしても千里耳と紗恵の間にどんな確執があるのか・8年前に何があったのか、滅茶苦茶気になるし
早く続きが読みたいのでがんばってください!!

241: ◆WIhkQEicx2
07/09/13 00:54:57 n3n5fsiJ
投下します。

242:鬼 ◆WIhkQEicx2
07/09/13 00:57:28 n3n5fsiJ
明かりなど何もない夜の教室で、ぼう、と何かが揺らめく。
煙が漂っているようでもあり、袋の中に何か光を出すものが入っているようでもある。
しかしそれは煙でも光でもない。魂である。鬼、といってもいいかもしれない。
よくよく見れば、その姿が現代の教室にはまるで似合わぬ、刀を身につけた侍風であることが分かる。
和装に身を包み、しかし髷は結わず自然に流している。
その魂は生前の名前を、森巣誠一郎といった。彼は、この場所を訪れたことを後悔していた。
最初に外観を見た時から、陰の気が濃い、と感じた。
最早人の身ではない彼にとって、それはむしろ心地いい場所であることを示す。自然、足が向いた。
この時代の子供たちの学び舎であるということは分かっていたが、
既に使われていないということは、草の生え始めた外壁を見てもはっきりしていた。
そこの住人であるかのように、何の躊躇もなく建物に立ち入った。

(迂闊だった。)
と、彼は思っている。
彼が心地よい場所とは、つまり他の息をしなくなった者たちにとっても心地いいということだ。
既に人の姿かたちとか意思といったものを捨て、何か不透明なもの、といった程度のものになった者なら、
無視もできるし襲ってくるなら切り捨てることもできた。

しかし、彼がその日出会ったものは、完全な人の形を保ったままの、しかも少女の霊だった。
数えることもなく何階か上った先の廊下で出くわしたその少女は、座り込んで泣いていた。
女子学生のよく身に着けている服と同種のものを身に着けている。この学校で死んだ者の魂だろうか。
その少女に、彼は、
「どうした。」
と、声をかけた。死んだものにどうしたも糞もない、ということもあるが、
彼はそういうことができない性分である。見捨てて立ち去る自分に負い目を感じる。
少女は、青白い顔を森巣の方に向け、しばらくその姿を見つめていた。
立ち上がりはしない。突然に言い放った。
「私を切って。」


243:鬼 ◆WIhkQEicx2
07/09/13 00:59:26 n3n5fsiJ
予想していなかった言葉に、少し目を見開き少女を見る。
少女は、たじろがなかった。
双方何も言わないままでいると、しばらくして少女がぽつりぽつりと語った。

何人と落ちても誰も自分の傍にはいてくれない。皆自分とは別のところに逝ってしまう。
もう落ちるのには飽きた。今度こそ誰かに終わりにしてほしい。

少女は転落して果てたものであり、これまで何人か人を道ずれにして見たものの、
浮かばれることも満足することもできない、という、おおよそのことは森巣にも分かった。
そして、自分が何をすべきかといえば。立ち去るか、切るかしかないのだろうということも見当がつく。
元気を出せ、という言葉ほどその場で滑稽なこともないし、念仏を唱えてやることもできない。
その身に大小を帯びている森巣の様子を見て、彼女は切られようという思考に至ったのだろう。
切ってやれば、この少女の未練とか無念といったものも断ち切れるのだろうか。
魂の行き着く先などは彼には分からなかった。が、刀を抜いた。
それを見て、少女はそっとうなだれる。首を、差し出した。
その細い首に、森巣の刀が走った。

そういうことがあって、彼は自分の行動を後悔している。
こういう場所には、少女のような思いを抱えた先客がいるということを思い出すべきだった。
(あの少女は、自分のような者に出会うべきではなかった。)
そういう思いが強い。
自分の無念が何であるかも知れずただただこの世をさ迷っているような、そんな男に出会わず、
何かを諭してやるような人物と出会っていれば。
無常といった気持ちを、改めて彼は覚えていた。

が、不意にそういった気持ちが消えた。
生きているものの匂いを嗅ぎつけたからである。
どこからか、漂ってくる。彼のような虚ろのものではない、確かな息遣い。
(どこかに、いる。しかし姿が見えない。)
妙だった。彼の目は、反射した光を網膜で捉えるのでなく、ものの魂を感じ取る、といったように見える。
それなのに、何も見えない。


244:鬼 ◆WIhkQEicx2
07/09/13 01:02:12 n3n5fsiJ
すっと再び刀を抜き、下段に構え、左踵を上げる。
(遁甲で身を隠しているのか。)
彼のいた時代にも、この時代にも、そういう術士たちは生き続けている。
生きている頃にはむしろ疑っていたが、闇夜に住むようになってからは否応なしに出会う連中だ。
「誰だ。」
見えないものに向かって、声をかける。
「分かるの?大したものね。」
果たして、どこからか返事があった。返事をするとは、相手はどうやら素直な人物のようだ。
しかし、声から相手の位置は分からない。空気が震えるというよりは、頭の中に直接響いているだけだ。
「何の用かは分からないが、私は誰かに害を成すつもりはない。」
だから放っておけ、という意味だった。術士は大抵悪霊を払うか生きている人間を呪うかで、
無害な霊をいちいち成仏させてやるのは僧の仕事というのが相場である。
「抜け抜けと。肝試しに訪れる人を突き落として殺す、地縛霊の癖に。」
ふん、と笑うように声は言う。彼には一瞬何のことだか分からなかった。
が、すぐにそれが先ほど自分が切った少女の霊のことだと解した。
「人違いだ!」
咄嗟に、大声で弁解したが、声はそれ以上響いてこなかった。どうやら説得はできそうにもない。
油断なくあたりを見渡す。
きゅ、と、微かに床と砂利が擦れて鳴るような音がした。すぐにその方向に目をやる。
そこには何もなかった。ただの暗闇である。しかし、何かがいる。
少し離れたその位置にどう対処しようか思案していると、相手の方から動いた。

ただの暗闇の中から、いきなり手が生えた。いや、手だけが現れた。
見るとその手は白い何かを指で摘んでいる。それを、森巣に向かって振り放った。
大した速さではない。体にたどり着く前に、刀を跳ね上げて切り払う。
しかし。
(重い!)
鉄の腕に刀身を握られて、思い切り押されているような感覚。
それでも何とか押し返し跳ね返した。ひらひらと下に落ちたそれを見ると、ただの紙片である。
(ただの紙に、呪をかけているのか!)
相手はかなりの呪術者か陰陽師であるらしい。
再び暗闇から紙片を掴んだ手が現れる。目をこらすと、紙片のすぐ横に顔らしきものも見えた。
ぶつぶつと口が何かを呟いているようだが、不可視の術のせいかおぼろげにしか見えない。
再び投げつけられたそれを今度は上段から叩き伏せるが、やはり尋常な重さではない。
が、ぎりぎりで押しのけて進めないということはない程度の重さだった。
次々と投げつけられるそれを牛の群れを掻き分けるような気持ちで押し分けながら、
彼は暗闇の方へと歩を進める。


245:名無しさん@ピンキー
07/09/13 01:04:18 n3n5fsiJ
「嘘!?く、来るなぁ!!」
暗闇の方も、自分の間合いに森巣が侵入してくるのがわかるだけに、
一歩一歩と必死で遠ざかりながら紙片を投げようとする。
しかし、うまくはいかないようだった。どうやら、何か布のようなもので身を包んでおり、
それが霊である森巣の目から逃れることが出来るのと同時に、身を包むものの動きを阻んでいるらしい。
森巣は、襲撃者の後ずさる動きが鈍いことに気づくや否や、渾身の力で床を蹴りつけた。
右足が地に着くのと同時に、切っ先は紙片を摘む手のその紙片だけを正確に貫いていた。

紙片と共に、襲撃者の身を包む布のようなものも巻き込まれたらしい。
はらり、とそれが落ちる。
現れたのは、白い小袖に緋袴の巫女だった。
年は20にも満たぬだろう。大きく見開かれた黒い瞳が、こちらを呆然と見つめている。
白い頬に、つ、と赤い血が流れた。どうやら、切っ先が顔にも触れたらしい。
彼が刀を引く前に、芯を抜かれたようにどすんと巫女が床に尻餅をつく。
何事か、と思っていると、巫女の大きな目から涙が流れ出した。
彼は、慌てた。それを顔には出さなかったが、こんな年端もいかない娘相手に必死に応戦し、
挙句刀を向けて泣かせてしまったとあっては、なにやら恥ずかしくもある。
君が調伏しようとしていたのは別の霊であり、自分は君にも他の人間にも危害を加えるつもりはない、
ということを何とか説明しようと思ったが、
しかしそれを考えていたせいで、手に持つ武器を鞘に収めるのを忘れていた。

彼女にとって、自分の眼前に刀をつきつけ、何かを考え込んでいる森巣の姿は、
彼女をどうやって殺そうかと思案している悪霊の姿にしか見えなかった。
生きたまま切り刻まれるのか、あるいは一撃で首を落とされてしまうのか。
もしかしたら、散々に嬲られ犯され殺されるのかもしれない。
ここで何人も殺しているだろう悪霊なら、そういうことをしても何も不思議ではなかった。
自殺した学生の霊か何かだろう、と高をくぐっていた挙句、自分の術が通じない敵に出会ってしまった。
不意に股が濡れているのに気づく。恐怖に耐え切れず漏らしてしまったのだ。
ああ、なんて情けないのだろう、と絶望する。しかし、彼女にはもうこう懇願するしかない。
「お願い。殺さないで。」

彼の目の前で助命を願う巫女の姿は、たまらなく痛々しかった。
抱きしめて、大丈夫だと言ってやりたいほどだったが、しかし先ほどまで彼女とは命のやりとりをしていたのである。
結局、ここでも彼は去る以外の何も方法が思い浮かばなかった。
刀を引き納め、振り返ると、心もち急ぎ足でその場を後にした。
昇降口と呼ばれる門を出ると、空は白みかけていた。
結局、彼はこの日二回も女の涙を見ながら、そのどちらにもたいしたことをしてやることはできなかった。
(俺が誰かにしてやれることなど、もう何もないのだ。)
何を果たせば満足できるのかも分からないままに、諦めだけが身に積もっていく。
太陽に晒され、さらに薄くなっていく自分の体を見ながら、森巣はため息をついていた。

これが、森巣誠一郎と鏡春菜との、最初の出会いになる。


246: ◆WIhkQEicx2
07/09/13 01:04:55 n3n5fsiJ
ここまでです。続きます。

247:名無しさん@ピンキー
07/09/13 01:05:29 4hwrR9rc
GJ!
>234の初っ端の千里耳の台詞に吹きましたw
姉さんの静かなる策謀にwktkです!

248:名無しさん@ピンキー
07/09/13 01:11:05 n3n5fsiJ
おお、俺も言い忘れてた。
>>237、GJ!妹が展開され始めるのが楽しみです。

249:名無しさん@ピンキー
07/09/13 01:19:29 /okrvE0F
何やら長編の香りがして戻ってきました
本日二回目ですけどGJです


250:名無しさん@ピンキー
07/09/13 15:01:41 HU+82/tx
>>237>>246
乙です!!続きを楽しみ待ってます。
まとめサイトの管理人さん、仕事早すぎw乙です!いつもお世話になっとります。

251:ふすまの奥で ◆KJPplSAabQ
07/09/13 18:47:42 Osjl1vaE
「…真里菜、起きてる?」
トントンとふすまをノックしながら、制服姿の少年は尋ねた。
しばらく待っても返事は無い。

…寝ているのだろうか?
だったら起こさない方がいいかな。
そう思い、静かにふすまを開ける。

和室の中で、布団で横になってる少女を見る。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
やはり眠っているようだ。

足音を立てないように気をつけながら、布団の横に座る。
そして、少女の右腕に眼をやり、点滴の針が外れてないか確認する。

「…よし、大丈夫だな」
やれやれと一息つくと、少年は少女を見る。

…今日も綺麗だなあ、こいつは。
肌こそ、病的に青白いが、その少女はまるで人形のようだ。
しかも人形の中でも、超一流の職人が精魂込めて作り上げたような、
見事な一品だ。

ぼんやりと少女を見続けていると、少女の顔に変化が現れた。
怖い夢でも見ているのだろうか、少女は苦しげに顔を歪ませ、微かなうめき声を
立て始めた。
穏やかだった寝息も苦しげなものに変わり、起こすかどうか迷っていた少年も、
少女のまぶたに、涙が浮かび始めた事に気付くと、慌てて少女の体を揺すり、
声をかける。

「真里菜、真里菜!」
必死に少年は少女の体を揺する。
「…う、あ?」
目が覚めたのか、少女は瞳を開けた。

「……お、にい、さま…?」
まだ意識が戻りきってない、焦点の合ってない瞳だったが、
少女はまるで縋るような手つきで、少年の手を握った。

「…あのね、またね、夢見たの。
 あの時の、夢。お母さんに、刺されたときの」
「…うん」
震える少女――植田真里菜の頭を撫でながら、その少年、
白井真太郎は答える。

「もう、忘れたいのに、思い出したくないのに」
「…うん」

「…怖いの」
「…うん」
無言で、真里菜の頭を撫で続ける。


252:ふすまの奥で ◆KJPplSAabQ
07/09/13 18:48:29 Osjl1vaE
どれくらい、無言のときが過ぎただろうか、
「…お兄様」
唐突に真里菜が立ち上がり、真太郎に抱きついた。

「なっ!ちょ、真里菜!」
真太郎はとんでもなく慌てた。
今まで布団に隠れて見えなかったが、真里菜の格好はネグリジェ一つだった。
ほぼ下着姿の女の子に、とんでもない綺麗な子に、例えそれが血の繋がった
妹でも、抱きつかれたのだから当然焦る。

「真里菜!ちょ、離れなさい!」
大慌てで引き剥がそうとするが、真里菜はぎゅっとしがみついたまま離れない。

「真里菜!離れろって!離れた方がいいぞ!
 このままじゃお兄ちゃん、ちょっと」
「……震えが、」

焦りまくっていた真太郎だが、
「…震えが、止まるまででいいから…
 お願い、こうさせていて…」
か細い、真里菜の声を聞くと、沸騰しそうだった脳みそもすぐに
常温に戻った。

真里菜の背中に手を回し、そっと抱きしめ、優しく背中をたたいてやる。
そうすると安心できるのか、震えていた真里菜が、徐々に落ち行いてゆくのが
解った。

そうやって、しばらくの間、真里菜と抱き合っていたのだが、
「ッん…」
真太郎の手が真里菜のわき腹に当たると、真里菜が艶かしい声を上げた。

その声で、頭から飛んでいた劣情が再び頭に上ってきてしまった。
そうだというのに、真里菜はよりいっそう、真太郎に抱きついてくる。

顔がどんどん赤くなっていくのがわかる。
鼻息が荒くなりそうで困る。
やばい。勃ちそう。
ダメだ。妹だぞ。こいつは。実の妹。
そりゃ、実感なんて無いけど。
妹。妹。妹なんだぞー――!!


253:ふすまの奥で ◆KJPplSAabQ
07/09/13 18:49:52 Osjl1vaE
「…お兄ちゃん。
 なにやってるの…」
「おわっ!!」
 
ビクッと振り向くと、そこにもう一人の妹、シノがいた。
「…いつ帰ってきたんだ」
「…ついさっき。
 ご飯できたから来いってお母さんが」
「ああ、わかった。真里菜連れてすぐいくよ。
 先行っててくれ」
「うん…」

そう言ったのに、シノは部屋から立ち去らなかった。
「どうした?シノ」
「…いつまで、抱き合ってるの…」
拗ねたような、泣きそうな顔のシノに指摘され、改めて自分の状態に慌てる。
今度は真里菜もすぐに体を離した。


真里菜を支え、真太郎は廊下を歩く。
その二人を見ながら、シノは後ろからついていく。

悔しい。ねたましい。離れて欲しい。
そう思ってしまう自分がいやだった。

真里菜さん。
真太郎の本当の妹。

まだ子供の頃、真太郎と真里菜は両親の離婚で離れ離れになった。
真太郎がついていったのは父親の方で、その父の再婚相手が、シノの
母親だった。

真太郎とシノはすぐに仲良くなった。
一緒に遊んだし、シノが泣いていたらすぐに飛んできてくれたし、
いい事をすれば沢山褒めてくれた。

シノは本当に真太郎が好きになった。

けど、どうしても受け入れられない事が一つだけあった。
真里菜のコト。

真太郎はよく真里菜の事を話した。
何が好きだったか。何が嫌いだったか。
どんなときケンカしたか。どうやって仲直りしたか。

懐かしそうに話をする真太郎を見ると、シノは怖くなった。
お兄ちゃんは、いつか、私じゃなくて、本当の妹の所に行っちゃうのではないか。


254:ふすまの奥で ◆KJPplSAabQ
07/09/13 18:50:22 Osjl1vaE
だから、思い切って聞いてみた。
私と、その妹、どっちが好き?と。

真太郎は決められないよ。と答えた。
それを聞いて、シノは思いっきり泣いた。
泣けば、真太郎はすぐにシノの思うようにしてくれるから。
今度もすぐに、自分の方が好きといってくれると思った。

それなのに、真太郎は答えを変えなかった。
何度聞いても、何度聞いても自分の方が好きだといってくれなかった。

その日から、決定的にシノは真里菜を憎んだ。
会ったこともない、真太郎と血の繋がりを持った真里菜が許せなかった。


その真里菜が、今、この家にいる。
真太郎に支えられて歩いている。


つらい事があったんだから。
真里菜さんの支えは、真太郎しかいないんだから。
そう思っても、胸の苦しみは取れなかった。

「シノさん?」
気がつけば、真里菜さんがこっちを見て、不安そうな顔をしていた。
いけないいけない、と思い、不快な感情を沈めて、笑顔を向ける。

ホッとしたような表情で、真里菜は微笑み返す。
その微笑に、何か引っかかるものを感じる。

なぜか、真里菜の微笑が、仮面のように感じる。
まるで、彼女もまた、心の奥に、どろどろとした情念を隠しているかのように。

255:名無しさん@ピンキー
07/09/13 19:39:47 ViWAd6uG
投下終了・・・かな?
>>251
付き合いの長い義妹vs突然現れた実妹か
大好物です。

256:名無しさん@ピンキー
07/09/13 19:42:48 5ZCw72zE
GJ!!!

続きも楽しみに待ってます!!

257:名無しさん@ピンキー
07/09/13 22:34:36 PxdlJVIF
実キモウトと義キモウトの対決
意外となかったので期待しちゃうかも

258:名無しさん@ピンキー
07/09/13 22:49:05 bp2FxECs
キモウトの保管庫にある

259:名無しさん@ピンキー
07/09/13 23:21:07 9P1B7xsR
>>255
まとめサイトの「赤色」が似たような設定だったかな…
しかし頑張って完結させて欲しいyo?

260:名無しさん@ピンキー
07/09/13 23:30:51 I19RbTnu
投下が多くて良い流れですね
先週の閑散としてたのが嘘のよう
皆さんGJです

では私も投下します

261:白き牙 ◆tVzTTTyvm.
07/09/13 23:33:05 I19RbTnu
<div align="center">+    +    +    +<div align="left">


「クリス……。 いい加減其の仏頂面やめなさい」
 呆れを含んだ声でリオは声を洩らす。
「こういう夜更けこそモンスターが何時襲ってくるとも限らないから気を張ってるんです」
 だがクリスは相も変らずの表情で返す。
 其の応えにリオはまた溜息を洩らす。
「アンナのことですか?」
 リオがそう言うとクリスは不機嫌そうに視線をそらす。
「アンナの何がそんなに気に食わないんですか? 良いコじゃないですか。
セツナだってこのコの事気を許して……」
「それがイヤなんですよ」
 言いかけのリオの言葉を遮るようにクリスは言葉を発した。
 そして忌々しげに視線を向けるは安らかに寝息を立ててるアンナ。
「昨日今日知り合ったばかりの癖して姉さんに馴れ馴れしく懐いて……!
しかも其の事で姉さんに受け入れてもらって……!」
 そう、今アンナが眠ってるのは同じく静かに寝息を立ててるセツナの膝の上。
 それが尚一層クリスを苛立たせていた。
「挙句の果てに『お姉さまと呼んでも良いですか』だぁ?!
ふざけるのも大概にしとけってんだ!!」
「わ、分かりましたから少し落ち着きなさい。 ね?」
 リオは檄昂しそうなクリスを必死になだめる。

「それにしてもどうしたんです? いや、あなたがセツナを慕ってるのは良く解かってますが」
 そう。 セツナに言い寄ってくるものがいればそれが男であれ女であれ
そう言う時クリスはいつも不快感を露わにしていた。
 そして其の気持はリオも分からないでもなかった。
 何故ならそう言った連中の殆どがセツナの『勇者』の肩書きに寄ってくる連中ばかり。
 だからセツナの方もそうした連中はまともに相手になどしなかった。
 
「でもさっきも言いましたが、アンナは良いコじゃないですか。 そんなに毛嫌いしなくても」
「だから……。 だからイヤなんです」
「どう言う事です?」
「リオにいさんの言うとおりこの小娘は嫌な女じゃないと、悪い人間じゃないと思いますよ。
でも、だけど……いや、だからなのかな。 何か油断ならないそんな感じがするんです……。
気を抜いたら奪われてしまうような……」
 そう言うとクリスはそれっきり黙りこんでしまった。
 其の表情は重くリオもそれ以上は訊ける雰囲気ではなかった。
 そうして夜は更けていった。

 
<div align="center">+    +    +    +<div align="left">


262:名無しさん@ピンキー
07/09/13 23:34:25 I19RbTnu
 アンナを送り届けた私達は今、彼女の住む町に―屋敷に逗留してた。
 ちなみに町のつくりは城壁に囲まれた所謂城塞都市。
 送り届けるまでの道のりでも感じたのだがこの地方のモンスターは結構手強く、
それゆえの堅固なつくりの町であった。

 アンナを無事送り届けた私達だったがそこでお別れではなかった。
 いや、最初はお別れするつもりだったんだけどね。
 このコ―アンナに私達を父親に紹介したいと、そして会って欲しいとせがまれて
残っていたのだ。
 私達が送り届けた時彼女の父親が居なかったのはモンスター討伐に赴いていたから。
 それは彼女の父親がこの地方を治める領主としての勤め―。

 そしてアンナは話してくれた。 自分の父親のことを。
 母親を幼い頃亡くし男手一つで自分を育ててくれた父を尊敬してる事。
 昔は冒険者をしてたらしいが彼女が生まれる前に戦いで利き腕と片足を失い
冒険者を引退した事。
 しかし彼女から言わせればそれでも父の強さは別格だと言う。
 隻足ゆえに以前のような冒険の旅は無理でもこの地をモンスターの驚異から護る。
 それぐらいの事を十分やってのけられるだけの強さを持ってるらしいのだと。
 彼女の剣はそんな父から教わったもの。
 そして稽古でとは言え一度も勝った事が無いと。

 そんな風に父親の事を話すアンナはとても誇らしく見えた。
 いや、アンナだけじゃない。 彼女の父は町や屋敷の人たちからも慕われていた。
 父親を知らない私にとってそんな姿は少し羨ましく見えた。
 もとの世界にいた頃も友達の父親のことをそんな風に感じてたっけ……。



 そして一晩明けた今日アンナの父親が帰ってきた。
 彼女は父親の帰宅を知るや嬉しそうに玄関へと駆けていった。

(父親か……)
 玄関へと駆け行くアンナの背中を見ながら私は自分の父親のことを思い起こしていた。
 父親―いや、遺伝的な繋がりはあっても父親となんて認めたくは無い存在。
 父親がいなかったお陰で幼かった頃私がどれだけ辛く寂しかったか。
 だから―私は憎んでいた。 出会った事もなく顔も知らない父親に当たる男のことを。
 その理由は寂しかったからだけじゃない。
 母の―母さんの心を縛り続けていた事も其の一つだった。
 友達の父親が羨ましくて、その中には再婚による血の繋がらない父親の子もいた。
 そしてその子は血が繋がっていないことを感じさせないくらい義理の父と仲良しだった。
 だから母さんが再婚―いや其の男と結婚していなかったので正確には違うかしら―
してくれれば、そう願ったりもした。
 でも母さんには結婚などする意志はなかった。
 母さんは自分が捨てられたのにそれでも其の男の事が忘れられなかったのだ。
 母さんの事は好きだったけど其の一点だけは嫌いだった。
 だから其の事で喧嘩した事もあったっけ。
 そんな母さんも事故で逝ってしまった。 交通事故であっけなく。
 今わの際、母さんは私のことを案じつつも最後に願ったのは、それは……。



263:名無しさん@ピンキー
07/09/13 23:36:00 I19RbTnu
「お帰りなさいお父様! 待ってたのよ、是非お父様に出会って欲しい方がいらしてるの!」
 玄関から響いてきた其の声に、過去の感傷に浸ってしまった私は引き戻された。
 アンナの嬉しそうな賑やかな声に。
 そしてややあってアンナは一人の男性と共に部屋に戻ってきた。
 見たところおそらく四十台といったところだろうか。
 私より頭一つ分近く背が高いだろうか。 髪は黒に近い濃いブラウン。
 服の上からも分かる屈強な体付きは普通の中年男性とは異なり鍛えこまれてるのが分かる。
 顔つきからもこれまでの歩んできた年相応の人生の深さや重さが滲み出ているかのよう。
 なるほど、アンナが尊敬し慕う気持も分かる気がする。

 私は挨拶をしようと席を立ち其の男性―アンナの父と視線が合った瞬間
思わず息を呑んだ。
 間違い無くその人とは初対面で始めてみる顔で、それなのに、何? この感じは?
 記憶ではなくもっと根幹的な、肉体が、血が、細胞が叫ぶ。
 ―私はこの人を知っていると―
 私はそれが一体どう言う事なのか困惑を隠せぬ表情で視線を外せずにいた。
 そしてその人も私の顔を見、驚いたような表情を見せていた。
 そして震える口を開き―。

「アキ……ナ?」
 鳥肌が立った。 其の口から発せられた名前に、私の思考は凍りついた。
「今、何と仰いました……?」
 何でこの人の口からその名前が出てくるの―
「あ、いや失礼しました。 昔の知人に似ていたもので……」
 何故なら―
「アキナ……。 そう仰いませんでしたか?
 其の名前は―
「"あきな”は……白澤 秋奈は……、
―私の母の名前です」


To be continued...

264:名無しさん@ピンキー
07/09/13 23:38:16 I19RbTnu
投下終了です
途中からタイトルが抜けてるのはミスですorz
お待たせして久しぶりで申し訳ないです

265:名無しさん@ピンキー
07/09/13 23:50:26 QhK2oohM
全部が全部面白い、とにかく続き待ってます

266:名無しさん@ピンキー
07/09/14 00:12:52 3Ku+ObsL
白き牙が読めるなんて…今日はゆっくり眠れそうだ
GJ

267:名無しさん@ピンキー
07/09/14 00:16:20 aByY5kb9
リオではなく、セツナをめぐる修羅場にwktkした。
クリス、最初はリオ>セツナだったのに、今ではすっかりセツナ≧リオ、セツナ>リオになって...

268:名無しさん@ピンキー
07/09/14 00:50:40 TWT8tLvy
白き牙キタ━(゚∀゚)━!!
クリスだいすき

269:名無しさん@ピンキー
07/09/14 13:42:41 X/fp8uui
wkyk


270:名無しさん@ピンキー
07/09/14 16:35:10 E1Vdf5o6
書き込みが少ないおかげで神達が投稿してくれる
いい雰囲気だ

271:名無しさん@ピンキー
07/09/14 16:45:52 HuWT5/Hg
>書き込みが少ない
関係ない

272:名無しさん@ピンキー
07/09/14 18:36:47 3Ku+ObsL
>>270
関係ない

というかお前は何か勘違いをしてないか?
時間が有り余ってる人ばかりじゃないんだぜ?
少ない時間の中で書いてる人だっている。
行き詰まって筆を置く人だっている。
そういう事を考えてものを言ってくれ。
頼む。


273:名無しさん@ピンキー
07/09/14 19:17:28 322qKFaT
ニートが書いているんじゃないのか_?

274:名無しさん@ピンキー
07/09/14 19:36:00 kOpA+K5i
>>273
だったらすごいニートだな
ラノベ書きだろ

275:名無しさん@ピンキー
07/09/14 19:41:30 qSFbP4VP
いがみ合うくらいなら黙ってろ

276:名無しさん@ピンキー
07/09/14 19:56:50 322qKFaT
いや、働けよニートSS作家
アルバイトしながら小説家になろうとする連中は死ぬ程いるぞ
こんなとこで中途半端にSSなんて書いているから、人生も中途半端なんだよ

277:名無しさん@ピンキー
07/09/14 19:57:19 vgEY1wdf
いい加減スルー覚えろ

278:名無しさん@ピンキー
07/09/14 20:12:44 HuWT5/Hg
働きながらだと失敗する奴挫折する奴が多い
周りの協力ってのは大切
甘えられるうちに甘えとけ

俺はバイトしながら小説家めざしてたけど
結局自分の食い扶持稼ぐのに精一杯で
夢なんかあきらめたよ



279:名無しさん@ピンキー
07/09/14 20:16:09 322qKFaT
>>278
あなたの痛い過去話をする場所ではないので
他のスレでやってもらえませんか? 正直、スレ以外の
話でスレを荒らすのはよくないと思いますよ

280:名無しさん@ピンキー
07/09/14 20:22:21 HuWT5/Hg
ああ、すまん
たしかにチラシの裏だったな、、、

荒らすつもりはなかった
ちょっと感傷にひたってしまったようだ
忘れてくれ

281:名無しさん@ピンキー
07/09/14 20:36:20 NZPzasmC
>>279
荒らしがなにを偉そうにw

282:名無しさん@ピンキー
07/09/14 20:38:58 a9kyebtD
たった3行の身の上話だ。
聞いてやるぐらいの度量はある。
気にするこたあねえよ。

283:名無しさん@ピンキー
07/09/14 20:56:29 HrTAWQkD
>>282の漢気に惚れた

284:名無しさん@ピンキー
07/09/14 21:19:53 VI938PB7
この変な流れを変えてくれる神が来てくれないかなぁ・・・。

285:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:29:07 Km18UY3w
皆さん乙です
>>200の続き投下します。

286:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:30:02 Km18UY3w
「おはよ遼君」

 いつも通りの朝、通学路で私は遼君に声をかけた。

「あ、おはようございます」

 よし、今日は朝から遼君と会えた、いいことありそう。なんて心の中でガッツポーズ。

「今朝も寒いっすね~」

 何だか嬉しそうに遼君は言った。

「どうしたの、そんなにニヤニヤして?」

 彼の機嫌がいいと、私まで何だか嬉しくなる。

「冬は好きなんすよ」

 これまた笑顔。やっぱり私は彼のことが好きなんだ。

「そうなんだ~」

 こんな他愛もない会話をしながら、学校までの坂道を登る。

「あれ?」

 突然遼君が声をあげた。その視線の先には、

「あの車って………」

 いつぞやの黒塗りのベンツが悠々と走っていた。

「また誘拐されちゃうかもね」

 冗談めいた口調で私は言った。

「まさか」

遼君は苦笑いをしながら、それでもあの車が気になっているようだった。

287:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:31:07 Km18UY3w
あの誘拐事件か一週間が経っていた。遼君が可愛い女の子との再会について頬を思いっ
きり緩ませながら話すのを見て、私はどうしようもなく不愉快な気分になって、そしてそ
んな自分が嫌になったりもした。

 黒塗りのベンツは周りに威圧感を振りまきながら進んでいって、校門の前で停止した。

「もしかして……」

 私の心に今あるのは、不安。
 じゃあ遼君の心の中にあるのは?

「マジかよ……」

 ――もしそれが期待だったら、

「中原さん、おはようございます!!」
「え!? 綾瀬さん、それウチの制服じゃ」

 ――そしたら私は、どうすればいいんだろうか?




 正直、驚いた。こんなことが起こるなんて思ってもみなかった。

「今日からお世話になります、綾瀬楓です。よろしくおねがいします!!!」

 朝のHR、担任の紹介をうけた後、綾瀬さんはそう言って頭を下げた。彼女が教室に入
ってきたときからずっと、教室中がざわめいている。

「すげー、可愛い……」
「ほ、惚れた……」
「あんな娘、初めて見た……」

 それくらい、綾瀬さんは可愛いのだ。

指定された席に向かう途中、綾瀬さんは僕の方を見てニッコリ微笑んだ。
…………それだけで、今日一日幸せに過ごせそうだった。


288:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:32:48 Km18UY3w



一時間目が終わってからの休み時間、当然クラスメイトたちは綾瀬さんのもとに詰め寄
った。

「どこに住んでんの!?」
「え、えっと……桜ヶ丘のほうに」
「血液型は!?」
「え、Aです」
「誕生日は!?」
「十月さんじゅ」
「俺、高橋っていうの!!! よろしく!!!」
「え、あ、はい、よろし」
「てめえ、抜け駆けしやがって!!!! 俺武藤、よろ」
「お、俺佐藤!!!」
「え? え?」
「田中です!!!!!!!」
「わ、あわわ」

 可愛そうに綾瀬さん、飢えた獣たちに囲まれて。

「は、はう~~~」

 漫画とかだったら混乱で目が渦巻きになっているんだろうなあ、とか呑気に考えながら
僕は席をたって、手を叩きながら群集の中に割って入った。

「はいはい諸君落ち着いて、綾瀬さんも困ってるだろ?」

 みんなが次第に落ち着きを取り戻し始める。もう高校生だしそんなにガキじゃないって
ことだろう。

「はあ、はあ…………中原さん、助かりました。ありがとうございます」

 言うと同時に天使の笑みが発動。生きててよかった~。
 と、僕が和むのとは反対に、級友たちは殺気立っていった。

「何、おまえら知り合いなの?」

 し、しまった。

289:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:34:18 Km18UY3w

「い、いや、知り合いっつーか何つーか……」

僕は言葉を濁して何とか最悪の事態を回避しようと努める。

「い、いえ、中原さんは知り合いなんかじゃなくて……」
「そうそう知り合いなんかじゃなくて」

 ナイスだ綾瀬さん。

「中原さんは私の……だ、大事な人です」
「そうそう大事な……って、え!?」

 おいおいそんな顔を赤らめながら言ったら、みんなに誤解が……って、え? え?この
娘は何を言ってるんだ!?

 ほらみんなまた殺気立ってるし、

「み、みんなほら落ち着いて、もう高校生なんだから大人に、ね?」

 何を言っても無駄のようだ。目に宿った殺意は消えるどころかどんどん膨らんでいく。

「や、やめろーーーーーーーー!!!!!」

 死刑、確定。




「あ、あの中原さん」

昼休みになった。私は待ってましたというばかりに彼のところへ向かった。

「どうしたの、綾瀬さん?」

 中原さんはにこやかに振り向いて、それからすぐ
「あ………やば」
「え?」

 すぐに気まずそうな顔をした。

「とりあえず外へ!!」

 中原さんは急に私の手を掴んで、教室から逃げ出すように走り出した。

290:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:36:27 Km18UY3w

「え? え? どうしたんですか?」

 いきなりの出来事に私の頭は上手く動いてくれない。中原さんは走り続ける。

「あ! こら中原!!!」
「抜け駆けは許さねえぞ!!」
「待ちやがれーーー!!!」

 教室中から野太い声が溢れ出すのを、走りながら私は聞いていた。でもそのときの私の
心は、中原さんと繋がれた右手にあって、他の人達のことなんてちっとも考えていなかっ
た。

 胸が、すごくドキドキしていた。

 中原さんが私の手を握っている。

 私の、手を。

 私も中原さんの手をぎゅっと握り返す。

 このままずっと走っていてもいいな、なんてそんなことまで考えていた。




「はあ、はあ……ここまで来れば大丈夫かな……」

 鬼のようなクラスメイトたちから何とか逃げ切って、僕らがやってきた先は屋上だった。

「はあ、はあ、はあ、はあ………すっごく、ドキドキしました」

 綾瀬さんが息を切らしながらいった。

「ゴメンね、急にこんなに走らせちゃって」

 でも、こうでもしないと僕は確実に飢えた餓鬼ども、もとい愉快なクラスメイトたちに、
先ほど同様、ボコボコにされてしまう訳で。

「いえ、そんな………楽しかったですし」

 何故か綾瀬さんは顔を赤くしてモジモジしながら、まるで照れてるみたいにそんなこと
を――

291:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:38:57 Km18UY3w

「あ」

 やっとその理由に気付いて、僕は綾瀬さんと繋いでいた手を急いで離した。

「そっ、そのっ、ごめん!!!」
「あっ………」

 離された僕の右手を見て、切なそうな声を出す綾瀬さん。そんな綾瀬さんを見て僕も思
わず顔が赤くなってしまったりして、もうどうすればいいか分からない。

「え、ええっと、その………それで綾瀬さん、なんの用だったの?」

 何とか平常心を取り戻して、僕は綾瀬さんに尋ねた。

「あの、お昼ご飯、ご一緒できないかなって思って」

 これまた顔を赤らめながら。全く、こんな可愛い娘にこんな表情でこんな提案をされたら

「うん、もちろんいいよ」

 断れるはずがないだろう。

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 そんでもってこの笑顔が、僕をとんでもなく幸せな気分にしてくれる。

 僕と綾瀬さんはベンチに腰掛ける。流石にもう十二月ということもあって周りには誰も
いない。


292:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:40:03 Km18UY3w
綾瀬さんは嬉しそうに鼻歌なんかを歌いながらお弁当の包みを開いていく。その様子を
僕はにこやかに見ながら自分の弁当を……

「あ」

 持っていなかった。弁当、というか今朝コンビニで買ったおにぎりは教室に置きっぱなしだ。

「どうしました?」
「いや、昼飯、教室だった」

 取りに戻ろうにも教室に行った途端、僕はこの天国には帰って来られなくなるだろう。
愉快な仲間達の手によって。

「す、すみません。私が急に」
「いや、急に連れ出しちゃったのは俺だからそんな謝んないでよ」

 どっちが悪いとかそういう問題じゃなくて、仕方のないことなのだ。

「昼は次の休み時間にでも食べればいいから、綾瀬さんは気にしないで」

 ね、と付け足して僕は綾瀬さんに言った。

「それじゃあ、私のお弁当少しあげます」

 少し悩んだ後、綾瀬さんはそう言った。

「そんな、綾瀬さんのもらうなんて」
「いいんです。私どうせ食べきれないんだから」

 そう言って、はい、とサンドウィッチを手渡してくれた。なんだかんだ迷った挙句、僕
はそれを受け取って、楽しい昼食の時間を過ごした。




293:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:43:55 Km18UY3w
以上で投下終了です。
そいでもって、脱字発見したんで訂正です。
>>286
誤:あの誘拐事件か一週間が経っていた。
正:あの誘拐事件から一週間が経っていた。

申し訳ないです。
次回もよろしくお願いします。

294:愛しさと心の壁  ◆oNTNicc3Mg
07/09/14 21:45:50 Km18UY3w
安価>>286 じゃなくて>>287でした!!
重ね重ね申し訳ないです……。

295:名無しさん@ピンキー
07/09/14 21:46:03 zBiYI6Pc
リアルタイムktkr
作者様GJですっ。

296:名無しさん@ピンキー
07/09/14 21:47:16 NJ0klj84
乙ー。学園ものはこうでないとって感じだね!

297:名無しさん@ピンキー
07/09/14 21:48:23 3Ku+ObsL
GJです
毎回楽しみにしてます

あと皆さん、すいませんでした


298:名無しさん@ピンキー
07/09/14 22:39:25 b5XQgk5K
>>294
キタ━━(゚∀゚)━━ !!!!!
自分がフラグを踏んでると気付いていない遼君が可愛そうだw
続きも期待してますよ~

299:名無しさん@ピンキー
07/09/14 22:43:28 z3a/Yllu
>>298
乙です!二人が対面したらヤバいだろうな・・・w先輩頑張れ。超頑張れ。

300:名無しさん@ピンキー
07/09/14 23:08:39 E01vIY3O
>>255
乙!!GJ!!

301:名無しさん@ピンキー
07/09/14 23:16:02 z3a/Yllu
間違った・・・
>>299>>294宛です

302:名無しさん@ピンキー
07/09/15 13:43:58 aTttRovO
>>294
GJ!!!!
俺この作品ほんとに期待してるから頑張ってくれ!

303:名無しさん@ピンキー
07/09/15 18:02:58 pMyR0yVQ
草まちwktk

304:名無しさん@ピンキー
07/09/16 00:37:00 qZc18RN6
スレ違でスマンが携帯機種変して保管庫行ったら

QUERY_STRINGに y= が重複しており処理できません。この現象が出た場合、再度TOPページwww.sjk.co.jpから入りなおすことによって回避できる場合があります。

しか出ないんだか原因わかりませんか?


305:名無しさん@ピンキー
07/09/16 01:31:46 sEfajgjA
QUERY_STRINGに y=-( ゚д゚)・∵;;

306:トライデント ◆J7GMgIOEyA
07/09/16 01:57:31 7CWE98HW
では投下致します



307:桜荘にようこそ ◆J7GMgIOEyA
07/09/16 02:01:16 7CWE98HW
 第11話『悪魔と呼ばれる者』

 幼馴染たちが桜荘にやってきてからもう2週間の月日が経過していた。
更紗も刹那も桜荘に自分の部屋を敷金保証金なしで借りることができた。
ただし、保証人が俺になっているおかげで奈津子さんに『二人が逃げたら未払いの家賃と賠償金を払うのよ』と
軽く脅されてしまった。

まあ、すでに帰る家がない住所不定の二人に部屋を素性が怪しいと判断されて、どの会社も貸してはくれないだろう。
桜荘は敷地が広く空き部屋も余っているというのに入居者は全くいないと言って等しい。
そのような事情があるためか、奈津子さんにとて、更紗と刹那を入居させることは歓迎すべきことであったのだ。
 ただ、困ったことに所持金をここに来るまでに使い果していた更紗と刹那の生活用品やら下着やらなどを揃える必要があった。
俺は仕方なく自分の貯金の半分も引き落として、二人の生活用品を揃えた。
その金額は二人が泣きながら絶対に返すよと真っ赤な誓いを強制的に結ばれた。

  更紗と刹那が桜荘に馴染んできた頃。桜は間もなく枯れ落ちようとしていた。

 憩いの場にて、桜荘の住民の皆と一緒に安曇さん作ってくれた朝食を食べていた時であった。
席を立った奈津子さんが珍しくお酒の一滴も飲まずに皆に語りかけた。

「さてと。桜荘の桜がもうじきに枯れるから、私たちのお花見を今週の休日に開こうと思うんだけど。
誰か都合の悪い人がいるかな?」

 桜荘の管理人兼オーナーである奈津子さんが提案するのは桜荘恒例のお花見会であった。
普段、桜荘の中央の庭にある木は桜が咲く頃になると一般人の方々、町内の皆様、会社のお花見会として場所を貸し出すのである。
奈津子さんは有料で提供しているおかげで桜が咲いている間は収入を得ることとなる。
そのお金は奈津子さんの懐にはいかずに桜荘を維持するために賄われるのだ。
桜の木が枯れ落ちる時期に合わせて、桜荘の住民たちだけのお花見会が開かれる。
  来年も良い桜が咲きますように祈りと感謝の意を込めながら。

「私は大学が休みなので朝からご馳走を作りますからね。楽しみにしてください」
「去年、雪菜は桜荘に住んでいなかったからね。初めてのお花見会だよ。真穂さん。美味しい料理を一杯作ってね」
「任せてくださいよ」
 去年の桜荘のお花見会の頃に雪菜はまだ桜荘に住んでいなかった。
その数日後に雪菜と邂逅するわけなのだが、それはまた別の話だ。

「去年のお花見会はいろんな意味で盛り上がりませんでしたね。
私が参加してなかったのも確かなことですが。一樹さんが場を盛り上げるために衣服の全てを脱いで、歩道に出てくれれば、
面白いことになっていたのに」
「引きこもっていた分際で人を犯罪者というか露出狂に仕上げるつもりか。美耶子……」

「まさか……一樹さんを陥れるために日々努力している女の子にそんな恐ろしい犯罪もどきが出来るわけがありませんよ。
せいぜい、近所の皆様に一樹さんは桜荘に住んでいる女の子を脅迫して凌辱しまくっていることを言い広めているだけですから」

「なお悪いわ!!」
 饒舌な毒舌口調の美耶子のテンションに頭がまだ寝呆けている状態ではさすがに付いていける状態ではない。
せめて、相手をするならコーヒを飲んで完全に目覚めてからだ。

308:桜荘にようこそ ◆J7GMgIOEyA
07/09/16 02:02:32 7CWE98HW
「カズちゃんは凌辱するよりされる方が好きなんだよね?」
「更紗も美耶子という悪魔の囁きに乗るな」
 朝食を食べている更紗がお茶碗を持ちながら、箸を俺の方に差して言っていた。お行儀が悪いぞ。
「お花見会に参加するなら、カレー専門店オレンジの仕事と都合を合わせる必要がありますね」
「大丈夫だよ。刹那。今のあの店は客をライバル店に取られているから。
人手はそんなに必要じゃないし。お花見会に3人とも休めると思うよ」
 更紗と刹那はカレー専門店オレンジのスタッフとして採用された。
朝倉京子という頭のネジの外れた女の登場でうやむやになった件を改めてクソ店長に認めさせた。
単純にイナズマキックで気絶させてから腹話術化したクソ店長の口からサイヨウサイヨウサイヨウと言わせたので
文句なしに二人の採用は決定された。
 ただ、朝倉京子率いるライバル店のブルーは早くて美味しくて安いモットーに駅前で可愛い制服姿をして堂々と広告を配っていた。
その効果があったのか、ブルーには客が大幅に客入りが右肩上がりに好調になり。
逆にオレンジはライバル店に客を取られて、どんどんと寂れて行く一方であった。
「じゃあ、全員参加ということで。今週の休日のためにいろいろと準備するわよ!!」
「おっーーーー!!」
 皆が揃え合うように声を合わせて腕を上げた。桜荘恒例のお花見会は皆にとって楽しみな行事になりつつある。
去年と大きく比べて違うのはその瞳に生気が篭もり、自然と皆が笑顔を浮かべていた。
 ただ、とある二人以外は……。

309:桜荘にようこそ ◆J7GMgIOEyA
07/09/16 02:05:40 7CWE98HW
 労働というのは日本人にとっての義務であり、ある年令に達すると強制的に社会に放り出されるわけだが。
さて、俺の働いている職場のカレーを専門に扱っているお店は客が全くやって来なくなった。
その原因は隣に何の伏線もなくライバル店のブルーが先週に開店されたから。
当初は開店セールが過ぎた頃にはある程度のお客が戻ってくるとお気楽に思っていたが計算が狂ってしまった。
 新しくアルバイトの更紗や刹那を雇ったのにこれでは何の意味もなくなった。

青山次郎、朝倉京子の勝ち誇る高笑いが脳裏に聞こえてくると自然と怒りが沸いてきた。
 とはいえ。

 アルバイトの立場である俺が出来ることは何もない。
唯一、店の最大最悪の危機に対して、皆を引っ張って行くリーダーシップを取るべき存在である店長は。

「ちょうちょ-ちょうちょーちょうちょー。わ~い」
 現実逃避していた。
「ダメだ。こりゃ」
 新たなバイト先か就職先を探した方がいいかもしれない。
 真面目にそう思っている最中に店のドアに飾られている鐘の音が鳴り響いた。
 客が来たと思って、ホールから飛び出してくるとそこには憎きライバル店の
ウエイトレス兼ホールスタッフの朝倉京子の姿がそこに在った。

「あらあら。せっかく、お客として来たんだからさ。もう少し笑顔で迎えてくれないの?」
「客ってか、あんたはただのスパイだろ」
「スパイ? こんな寂れた店にスパイする諜報機関があれば教えて欲しいわ。
とりあえず、私はあなたたちの絶対敗北を見届けるために遅い昼食を食べに来たんだから。
何でもいいから持ってきてくれる?」
「わ、わかりました……」

 一応、お客としてやってきた朝倉京子を邪険して追い出すのは敗北の二文字を認めることだ。
俺は不機嫌な顔を隠して朝倉京子をテーブルに案内する。
 そして、適当なメニューの名前を叫んだ。

「店長っっ!! 貧乳カレーをお願いします!!」

「Oh!! 気合いと私の怨念を込めて作らせて頂くぞよ!!!!」
「ってアンタら……いい度胸じゃない。コロス。コ、コロしてやるわ!!」

 顔を赤面させた朝倉京子が俺の衣服を掴んで、拳を強く握っていた。
ウエイトレスで鍛え上げた腕力は平均年令の女性を僅かに上回ると同時に
欠点を指摘された恥辱の怒りのおかげでそれは更に倍増されていた。
 いざ、殴りかからんとした時に心強い味方が通りすがりとしてやってきた。

「お客さま。水とおしぼりです。
後、カズちゃんの顔に傷の一つでも付けたら。
間違いなく、その場で八つ裂きになりますからね。お気を付けてください。
後、今度から馴々しくカズちゃんと口を聞いたら、問答無用に私がキレます」

「な、何よ。この子は……」
 突如、現われた更紗が黒い殺気を朝倉京子に向けて放っていた。
少しだけ後ろに一歩を下がりたい彼女は誇り高いプライドが邪魔して下がることができない。
表情は少し怯えを含めていたが、傲慢な態度を無理矢理に繕うとしていた。
「さっさと持って来なさいよね!!」
「はいはい」
 黒化した更紗の首っこを猫のように掴んで、俺達はホールに戻って行く。
これ以上、朝倉京子と会話すると更紗が熱いカレーライスを何かの拍子で顔面にぶつけるかもしれない。

それはそれでオレンジの信頼と信用というものを失ってしまうのだ。
 更紗よりも大人しい彼女に料理を運んでもらうしかない。
 俺はその彼女の名前を呼んだ。

310:桜荘にようこそ ◆J7GMgIOEyA
07/09/16 02:08:41 7CWE98HW
「おめぇの出番だ。刹那!!」
「わ、私、頑張って貧乳カレーを運びます」

 おどおどしい態度で刹那は出来上がった貧乳カレーをトレイの上に載せて、貧乳の元へと向かう。
足はびくびくと震えているが、人見知り激しかった刹那はこの仕事をきっかけに対人スキルの方は上がっている。
ただ、不機嫌さを全く隠さない貧乳がホールの方に人を殺せそうな視線を送っているのだ。
その辺にいる見た目だけが格好いいチンピラだったら数秒で睨み負けて、情けない悲鳴を上げて退散するだろう。

「あ、あ、あの貧乳カレーです。冷めない内にどうぞ」
「貧乳言うなぁぁぁぁ!!
 そ・れ・か・ら・。注文を頼んでから、何分待たせるつもりなの? 
私の店じゃあ、この程度のカレーは数分以内に出来上がるわよ」

「ううっ……すみませんですぅ」
 貧乳の罵声に耐え切れずに、半分泣きそうな表情を浮かべた刹那は助けを求めるかのようにホールにいる俺達に視線を向けた。

(刹那ちゃん……ああいう狂暴な人種とか大苦手なんだよね)
(ああ。小さい頃、野良犬に追われたトラウマを思い出すんだろうな)

 と、俺と刹那は親鳥の暖かい目で小鳥の巣立ちを悠長に眺めていた。
又は見捨てたともいう。それから、刹那は朝倉京子の罵声を何分も聞かされるのであった。

 朝倉京子が遅い昼飯をのんびりと食べている時にドアに飾られている鐘の音が鳴り響く。
見知った制服と共に現われたのは毎日顔を合わせている雪菜と……美耶子だった。

「いらしゃいませ。って、雪菜ちゃん。それに美耶子ちゃんがオレンジにやって来るのは私がバイトしてから始めてだよね? だよね?」
「そうですね。桜荘唯一の危険人物の一樹さんがアルバイトしている
お店を荒らしたのは更紗さんがアルバイトする前でしたので、始めてと言えば始めてですね」
「うわっ。同じ空間で暮らしている人たちが自分の職場に来るとなんだか無性にサービスしたくなるよ……」
「雪菜ちゃんと一緒に来る時はいつも店に大赤字無限コンボを喰らわしているのでお気遣いなくですよ」
「まあ、更紗さんも美耶子さんがここに来る意味をおのずとわかってくると思うよ。
雪菜はお兄ちゃんが頑張って労働している姿を見るだけで満足なんだけど。この人は違うからね~」

 毎日のように通ってくる妹分の雪菜は常連客として扱っている為に何の動揺はしなかったが、
美耶子だけはさすがの俺も息を呑む程に驚愕する。
前回の悪夢の出来事を思い出すだけで胃が締め付けられるような痛みに襲われる。多分、神経胃炎だろう。

「じゃあ、二人とも席について。すぐに水とおしぼりを持って行くから」
 更紗が水とおしぼりを取りに行っている間に俺は雪菜と美耶子が着いた席に向かっていた。
今回はどのような意図で来たのか確かめるためである。

「いらしゃいませ。学校帰りの買い喰いは校則とかで禁止されていないのか?」
「あはははあははっ。何を怯えているんですか。一樹さん。
今日は雪菜ちゃんと一緒にカレーというものを食べに来たんですよ。
それにお客を接待する態度じゃあありませんよ」
「では。ご注文の方をどうぞ」

「雪菜ちゃんは何にする?」
「雪菜は当然、極・甘・カレーをお願いします」
「だったら……私は店長が推薦する100倍カレー、30分以内に完食すると賞金一万円が貰えちゃうものをお願いしますね」
「は、は、はい。わかりました」
 悪魔は意味ありげに微笑する。



それはきっと……これから起きる戦いの狼煙なんだろうということで次回に続く。

311:トライデント ◆J7GMgIOEyA
07/09/16 02:10:34 7CWE98HW
以上で投下終了です。
さすがにこの時間帯の投稿は眠たくてたまりませんね。
というわけで寝ます。

次回を楽しみに待ってください。
それでは。

312:名無しさん@ピンキー
07/09/16 04:04:45 FsV9FcoI
GJ!!!

313:名無しさん@ピンキー
07/09/16 04:13:43 hw5DSb5a
GJでした!!!!!

314:名無しさん@ピンキー
07/09/16 08:01:31 1P99776x
枯れちゃうんですか?

315:「草」 ◆yNwN3e7UGA
07/09/16 11:25:14 AUXVMioS
投下します。

316:「草」 ◆yNwN3e7UGA
07/09/16 11:25:48 AUXVMioS
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +



「――以上だ。リザニア王の印は既に押されてある。後はお前の認可を貰うだけだが」
「……以上、って久景様」

 旧ジウ、改築を終えて今や完全にヒラサカ城とその名を変えた、城内の王室にて。私からウォーレ
ーンでのハーマインとの取引の報告と、同盟の誓約証を受け取ったユエが、いつもの余裕を失った表
情で信じられないという風にこちらを窺う。

「御言葉ですが…一体、何をお考えなのですか?」

 その呟きに、浮いた感情は全く無い。ただ単純に、自分の前に座っている人間の言っている事が理
解出来ない、納得が行かないといった、不信感を露わにした瞳。
 理由は、言うまでも無くキルキア大陸統一同盟について。

 ”リザニア国、ヒラサカ国間での物資流通、及び軍事面での相互支援。並びに、両国の領土侵略の
禁止。尚、期限は現在暫定的に、キルキア大陸において両国以外の国家が全て無くなるまでとする”

 とどのつまりが、手を取り合って仲良く大陸を支配しましょう、と言う内容。
 他の国を残さず滅ぼした後に互いをどうするか、それについては何も記されてはいない。改めて敵
対するも、同盟関係を続けるも本人達の考え一つとなっているが、

「こんな、みすみす敵に塩を送る様な同盟。こちらへ攻め入れる程に、リザニアの情勢が予想よりも
出来上がっているならばこそ、一時的な和睦としてこの案も認められます。ですが、これはその逆。
放っておけば自ずと崩れてくれるかもしれない強敵の手助けをするなど、わたくしには正気とは思え
ません」
「………」
「焦らずとも、我々は既に正面から他国へ侵略を行えるだけの力を有しております。多少なり時間を
掛けさえすれば、たとえリザニア級の国家がこの先あったとして、然したる障害にならないだけの軍
へ成長する見込みが十分あるのです。
 だと言うのに……久景様は、リザニアへと再び降るおつもりなのですか?」

 もう一度、真剣な眼差しで見つめてくる。大局の流れを決して見誤らぬその目が、今この状態で同
盟を結んだ場合のヒラサカ、ひいては私の行く末を雄弁に語っていた。
 自分の仕える主として信頼しているからこそ、内心の戸惑いをあえて隠そうとはせず、そう口にし
たユエ。そんな部下としての彼女は、やはり心強い存在と言えるだろう。

「…列島の頃は、そこまで後の事を考える余裕も無かった。何せあの頃のあそこはここより余程切迫
していた上、私も口にこそしなかったが、自分が世界で一番優れているなどと言う壮大な勘違いをし
ていたからな」
「久景様?」
「折角の機会だ、お前にははっきり聞いて置いて欲しい」

 机を挟んで真向かいに居るユエに、私も視線を合わせる。
 遍く人民の頂点に立つ者は唯一でなければならない。人の上に立つからには、頂点は相応しい器を
持った者でなければならない。


317:「草」 ◆yNwN3e7UGA
07/09/16 11:26:22 AUXVMioS
「私は支配者になりたいと思っている。何故だかわかるか?」
「そうした願望が自分にはあるからだと、以前に直接お聞きしました」

 突然の問い掛けに対して、もう随分前になされただろう会話の内容を忘れずに取り出すユエ。確か
に、たまたま機嫌が良かった時にそんな事を話した記憶がある。

「だが、理由はそれだけでは無い。侵略したい、征服したいと思うからには、そこに私個人の理想へ
変えようとする意思がある。付け加えて、私は完璧主義者だ」

 理想水準を満たせないものは自分で矯正し、納得の出来る秩序と完成度を求める。周囲との関係や
人材の教育もまた然り。
 それは、例えばこれまで習得した数々の技術であったり。リザニア所属時における、本来征服とは
縁の遠い筈の様々な行動であったり。――あるいは、列島や大陸の支配であったり。
 無秩序の中にも秩序を見出す。不完全なものがあれば穴埋めをする。満足の行く結果を出そうとあ
らゆる努力を惜しまず費やし、そうして常に成果を上げ続けた。

「エイブル将軍が私を必要としていた様に、私の中でのキルキアの治世にしても、エイブル将軍と、
リザニア国という優れた素材が必要となっている」

 全力で私と戦い勝利した人物なのだ。求める水準に見合わぬ筈も無い。
 さりとて、支配欲求のもう半分。完全に理屈ではない感情の部分が、人に従うのを決して良しとし
ないのもまた揺るがぬ事実。

 そこだけが、未だ割り切れないでいる。

 完璧さを求める為に征服をする。征服をする為に完璧さを求める。
 どちらかが元となっているのではない。この二つが並立している事こそが、私が大陸制覇を目指す
原動力。キルキア全土を制圧していく事も。その後にある支配も。全ては目的であり、手段なのだ。

「リザニアは他の国よりも優れている。軍事面ではなく、単純に国が豊かという意味でだ。王は良き
政治を行えるだけの器量と人望を併せ持ち、文官連中さえもう少しまともな人材が増えれば文句は無
いだろう。
 正直、あの国による支配であれば、私も特に不満は無い」
「! それは……ですが、ならばなぜ貴方様は、わたくしにヒラサカを立ち上げさせたのですか」

 書状を机に置き、ユエがそう申し立てる。
 不満が無いならそのままリザニアに居れば良い。言ってくれさえすれば、自分達もわざわざこんな
まどろっこしい事はせず、素直にリザニア内における私の軍団としてあったのに。言葉の端から、そ
うした意味合いがありありと読み取れた。
 私の視線はこちらを見るユエを外れ、再び机の上に置かれた紙へと移る。

「その通りだ。実際その同盟を結んでしまえば、ヒラサカとリザニアは事実上の合併をする様なもの
。最初からそうしておけば良かったと言うお前の考えももっともだろう。だから、言うなればこれは
問題の先送りという事になる」

 無論、本当に合わさったわけではない。例えその間に互いが何らかの危機にあったとしても、そこ
を好機と見限り裏切ってしまえばそれまで。
 これだけは断言出来るが、私やハーマインの様な人間は自らの利から離れれば時期を計って必ず相
手を切る。手段は場合により様々だが、その目的で動いた時には、相手はまず間違いなく逃れられな
い状況にある筈だろう。信頼と同じだけの警戒によって、薄皮一枚の協力関係は成り立つ。

 ……が、それでもまだ甘い。

318:「草」 ◆yNwN3e7UGA
07/09/16 11:26:56 AUXVMioS
「最終的には、あの将軍に全て譲るおつもりなのですか? 大陸東半分を御自分で担当して。この同
盟は、貴方様の決心を付ける為の準備期間だと…」
「それが半分…いや、四分の一くらいか。残りは逆に、リザニアを上手く利用して、直接の衝突を避
けながらヒラサカへと」
「出来るのですか?」

 欺瞞を見透かさんと細められた瞳。

「久景様。貴方様はこんな手段でリザニアを奪えると、本当に御思いなのですか?」
「急ぐなら、この方法以外を取るわけには行かない」

 ならば何故、急ごうとするのですか?
 口に出さずとも、彼女の頭には既に答えが浮かんでいただろう。

「久景様は、変わられました。絡め手を使う事はあっても、昔はもっと強引に全てを支配して来まし
たのに」
「自覚している」

 中途半端。ここに来て、リザニアに対する私の態度はまさしくその一言に尽きる。
 認めてはいても、付こうとはしない。奪うつもりはあるが、拘り過ぎ。

「わたくしは、何があっても貴方様に付き従います」

 そう言ったユエが、誓約証へとペンを走らせた。これで、今ここにヒラサカとリザニアの同盟は締
結された事になる。一人の男の甘さによって。

「いつか決断する日が来た時、どの様に振舞ってもわたくしは構いません」

 徐に立ち上がり、私の背後へと回る。書状を手に持ったまま、ユエは後ろからそっとこちらの頭を
抱き寄せた。暖かな感触が伝わってくるそれは、私が彼女をあやすときに、膝枕の次に良く使ってい
た方法。

「ああ」

 未だに迷っている。決定的な一打を放つ事を。

「済まない、迷惑を掛ける」
「大丈夫です。貴方様の御傍に居られればそれで」

 征服者として、私はおそらく劣化しているのだ。


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