【友達≦】幼馴染み萌えスレ13章【<恋人】at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ13章【<恋人】 - 暇つぶし2ch500:名無しさん@ピンキー
07/12/21 00:22:32 +nbhHOxw
切れすぎwwwwwwwwww

501:名無しさん@ピンキー
07/12/21 01:14:59 dArCU/92
まあ、やっちゃ駄目なことであることは確かだわな
このスレだけ見てると錯覚しそうになるが2chであることに変わりはない

502:名無しさん@ピンキー
07/12/21 06:04:09 cTCnKlJl
>>500
これを切れ過ぎって思うほうがおかしいよ
書き手のサイトを晒すなんて、普通は袋叩きだよ


そこら辺の感覚からしてズレてんのかね、ここの住人は

503:名無しさん@ピンキー
07/12/21 09:37:47 8vc3OZXC
これがモラルハザードか
郷に入りては(ry

504:名無しさん@ピンキー
07/12/21 10:47:34 QX8gcdrY
個人サイト晒すのが最低であることは確かだな
ただ、一人のレスの問題をスレの住人全員のせいにしようとして
「このスレの住人は…」とか言い出す奴は
スレの雰囲気悪くしたい便乗さんとしか思えないわけで…
まあもうちょっと落ち着こうぜ




505:名無しさん@ピンキー
07/12/21 11:19:12 LR+QE0Nb
俺はどこかを縦読みか斜め読みするのかなぁと思った。見つけられなかったけど。

506:名無しさん@ピンキー
07/12/21 14:22:51 Mh4AI6SK
今回はむしろ、サイト晒しという最低な行為に加えて
>>500とか>>505みたいなのがいるせいで
スレ住人にバカが多いと思われたんじゃないかね。

サイト晒しが最低なのは当然なんだから、
そこはもう反論も弁護もしないで
次の話題に行けばいいんだよ。
何か言うだけサイト晒しを認めてるように見えて印象悪くするだけだよ。

507:名無しさん@ピンキー
07/12/21 15:09:50 ogP52vN9
誰も彼もが一言余計

508:名無しさん@ピンキー
07/12/21 17:22:45 ASAcpQIy
>>452
遅くなってごめんよ。書いてみたよ。短いけど。


インターホンが鳴ってドアを開けると、隣に住む3つ年下の夏帆が立っていた。
短いスカートとダウンコートに、長い髪を頭の横でちょんちょんと結んで、元気一杯、何故かボトルとチャッカマンを持ってポーズを取っている。
「行くよっ、あっちゃん!」
「行くって夏帆、どこに?」
「駅前のおっきなツリーのとこ!」
「夏帆、それ、チャッカマン?」
「そう、チャッカリマン」
「・・・・・・で、その左手のペットボトルは何?」
「ごま油」
「何する気だ?」
「もやすの、ツリーを! 夏帆てっぺんまでとどかないから、あっちゃんに手伝ってほしいの!」
「何のために?」
「本で読んだの。火事が起きたら愛しいウンメイの人に会えるんだって。ツリーがノロシになって、ウンメイの人があたしを見つけてくれるんだよ!」
「あほかっ」
思わずゲンコツで殴ってしまった。もちろん手加減はしたけど。
夏帆はチャッカマンを手に握ったまま頭を撫でると、涙目でこっちを睨みつける。
「いったー、あっちゃんなにすんのよっ」
「運命の人より先に警察につかまるだろ・・・放火犯になりたいんかお前は」
っていうかあのツリーは生木だからごま油とチャッカマン程度では萌えないと思うけど。
夏帆は涙目の目をさらに潤ませて、だって、と小声で呟いた。
「ん?」
「みんなラブラブ仲良し幸せそうで、羨ましいんだもんっ。あたしもプレゼント交換とかしたい!」
「毎年俺と交換してるじゃん」
「あ、そっか。忘れてた」
「えーと、あとぉ、ラブラブでツリー見たい!」
ラブラブでツリーね。最近の中学生はマセてるねぇ。そういうのが流行ってるのか?
「俺が一緒に行ってやるよ」
「あっちゃんほんと?」
夏帆のお守りは俺の仕事だもんな。おばさんからもこのアホな娘をくれぐれもよろしくって頼まれてるし。
「ああ。でも火はつけないからな」
「じゃあ手、つないでくれる?」
「う、うん」
「腕くんでもいい?」
「・・・いいぜ」
「ほんと?ほんとに?うそじゃない?うそじゃない?ねえねえ!」
「だーっまとわりつくなっ、うそじゃない、うそじゃない!」
「ラブラブ?ラブラブ?」
「あーラブラブブラブラだぜっ!」
「あっちゃん大好きっ!」
面倒になって叫んだら、夏帆は納得をしたようで、両手を目一杯上げてばんざーいのポーズを取った。その拍子に左手のごま油がボトルの中でぽちゃんと揺れた。
こいつ、ラブラブの意味判ってんのかね。
「はいはい。駅前のツリーの前に、うちのツリー飾るの手伝えよな。うちのかーさん待ってるんだから」
「手伝うっ。あっちゃんちのツリーも大好きっ」
「ほい、じゃあ入れ。寒いだろ」
「あーい、おっじゃましまーす!おばさーん、夏帆来たよー!」
玄関で靴をぽぽいと脱ぎ捨てる夏帆はまだまだお子様だ。
手を繋いだってきっとぶんぶん振り回すし、腕をくんだって俺にぶら下がるだけだろう。
再来年ぐらいには本物のラブラブになれますように、とサンタにお願いしたらかなえてくれるだろうかと、夏帆の靴を揃えてやりながら、ふと考えた。

509:名無しさん@ピンキー
07/12/21 17:27:07 ASAcpQIy
終わりなんだが、間違えたorz

「あ、そっか。忘れてた」
「忘れんな」 ←これが抜けた
「えーと、あとぉ、ラブラブでツリー見たい!」

ごめん。
あと3日か・・・溜息

510:名無しさん@ピンキー
07/12/21 19:24:09 G/lPHpkE
理想の小説探しますみたいなスレあるじゃん
それとどこが違うの?
テンプレで個人サイトらしきURLが紹介されてるスレもあるよ

511:名無しさん@ピンキー
07/12/21 19:44:17 qR6BBe7q
>>508
元気一杯でかわいいなw
短くてもこれはいいものだ

512:名無しさん@ピンキー
07/12/22 00:44:13 8sBPbKWI
ほんと元気いっぱいでかわいいね
そんな娘が一緒にいたら楽しいだろうな~
グッジョブ>>508

513:名無しさん@ピンキー
07/12/22 01:05:37 FO/vE9kK
>>502>>506
馬鹿にしすぎwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

514:名無しさん@ピンキー
07/12/22 01:10:40 wqyrTWZo
>>513
大丈夫、お前はそれに見合うだけの馬鹿だから

515:名無しさん@ピンキー
07/12/22 01:50:55 8Lix7e+U
>>508
確かに短いのが残念。
でも幼馴染にチャッカリマンと言わせたり、最後の「夏帆の靴を揃えてやりながら」
の表現とか抜け目なく良い味出してるね

516:名無しさん@ピンキー
07/12/22 14:38:05 FO/vE9kK
>>514
wwwwwwwwwwwwwwwwwwww

517:名無しさん@ピンキー
07/12/22 17:10:53 m7f2OyA0
>>516
wwwwwwwwwwwwwwwwwwww

518:『その幼馴染み、驚異のメカニズム』
07/12/22 17:42:42 hL0YtIjD
安藤夏(あんどう なつ)は、自称・情熱家であるのだが、その実、他称・無愛想だった。


朝、ぼんやりと登校を始めた田川与一(たがわ よいち)少年17歳であるが、隣の家の前を通りがかったところで、そこの住人の一人である幼馴染み、夏(なつ)と遭遇する。

「おっす」

そこそこ年季のいったマンションの、新築出来立ての頃から入居の隣人であるから、これくらいの気安い挨拶もできる間柄。
与一はまぁ、隣人である同級生のことをその程度に認識していた。

彼の持つ価値観、というか、単純に女性の好みとして、儚げな雰囲気のある、上品なお嬢様が好きなのである。
しかしはたしてこの夏は、運動性能に優れ、病気に縁のない頑健な身体が取り柄の女だった。寡黙ではあるがその無口には気品が無く、平たくいえばぶっきらぼうなだけだ。
正直言って、好みの女とは懸け離れていた。
友達ではあるが、恋人にしたいと思わない、という認識。

しかし、この女、夏は違う。

ものすごく、激しく、バリバリ、めちゃくちゃ、超、スゲー、マジ、等々、いろいろとその度合いを表す言葉もあるが、飾りだすと際限が無くなるのでやめておく。
まぁとにかく、それくらい与一のことが好きだった。

そんな、与一好き好き人間の夏であるから、彼から朝の挨拶をされて、無言で返すはずがない。
普通に「おはよう」とでも返せばいいのであるが、夏は自称・情熱家であるわけだから、そんな簡単な言葉で終わらないわけで。

彼女の脳内では、

『おはよう!! 与一君!! 素敵な朝だね!
 今日も朝から、あなたに逢えて私、幸せよっ!!
 あー、もう、与一君スキスキ! もう、大好きで大好きで仕方がないの!!
 たとえるなら、私が植物で、与一君は太陽!あなたの光がないと、私はすぐに枯れてしまうのよ!!』

といったような、情熱的で少々イカレ気味な感情が渦巻いているのだが、それをアウトプットするシステムに問題があるらしい。
つまり、唇が、その言葉を上手く紡いでくれない。

おそらくは、大脳の中の、恋する男の子を想う部分から発信された信号が、同じく脳内のインタプリタであるところの身体の動きを司る部分に伝えられたとき、

(おまえ、長文ウザイよ)

と、辟易と労働を拒否されたに違いない。
ゆえにそのインタプリタは、脳内の長文を、やたら簡素に省略する。そしてようやく、唇へと信号を送るのだ。

『与一君、おはよう』

そして唇もまた、自分に与えられた仕事に対してルーズであった。
飯を食うときとあくびをするときくらいにしか大きくひらかない唇だ、目の前の男に激しい恋心を伝えたい、などという、どうでもいい仕事はしたくない。
いや、普段の会話も面倒なくらいだ。この唇が嬉々として言葉を発する仕事をするのは、定食屋で本日の日替わり定食を注文するときくらいだろう。
だから、脳内のインタプリタによって簡素に省略された文章であってもまだ長文に感じるらしい。食事に結びつかないからだ。

それでも脳からの信号がやたらとしつこく急かすので、やれやれどっこいしょ、とばかりにようやく唇が重い腰を上げる。
そして初めて、思考の一部が言葉として発せられた。

「・・・おは」

だいたいがだいたいこんなかんじで、夏の、朝の第一声が紡がれるのである。



「おめー、相変わらず無愛想だなぁ」

もちろん与一少年は、彼女の中でどのような電気信号のやりとりが行われているかなどと、知る由もない。


519:名無しさん@ピンキー
07/12/22 17:55:44 hL0YtIjD
ごめん、間違って投下しちまった。

520:名無しさん@ピンキー
07/12/22 18:02:28 6GIeyhqX
間違いは気にせず続きを

521:名無しさん@ピンキー
07/12/22 23:23:31 P8puskpp
全然間違いではないと思うぞ

まあ、挨拶するだけの展開にどんだけ行数使ってんだって気はするが、
結果的に面白いから許す

てなわけで、GJ&続きを激しく期待している

522:名無しさん@ピンキー
07/12/22 23:26:56 +UDtu5hu
>>508>>519でニヤニヤがとまんねえw

523:コトコのキス_1
07/12/23 01:51:20 BVeesct8
>>471-481の続きです。


 今日は辛口の白ワインの日、と琴子が言ったので、僕は少し悩んで今日の料理を決めた。
 生ハムのサラダと豆のポタージュスープと、ペスカトーレ。
 クラッカーとチーズを用意して、適当な野菜を乗せた数種類のカナッペ。
 よし、これで行こう。
 学生時代にちょっとした洋食屋でバイトした経験が役に立っている。

 野菜を切り終えたころに、琴子がワインを2本片手にやってきた。

 サラダとカナッペの制作を彼女に任せて―やっぱり盛り付け類は女のひとのほうが上手だ―湯を沸かしながら、砂抜きしたあさりを洗っていかをさばく。
 その手つきを、琴子が感心したように覗き込む。
 べつに魚を三枚におろしてるわけじゃないんだし、そこまで驚かなくてもいいのにな。
 はらわたは触れるけどゲソの吸盤がイヤ、と主張する琴子をからかいながら、下準備を終えた。
 沸騰した湯の中にスパゲッティを放り込んで、ぐるぐるとかき回す。
 店長が「麺類は愛を持って接しないとだめだ」と口酸っぱく言っていたなと、麺をゆでるたびに思い出す。確かに、頻繁にかき回してやると味が全然違うように思えた。
 フライパンにオリーブオイルを流し込み、強火で少々。つぶしたにんにくを浮かべると、すきっぱらに心地よい芳香が漂う。
 火を弱めて、赤唐辛子を淹れる。フライパンを耳障りな音を立てながらゆする。
 ゆで汁を少々加えて、にんにくと唐辛子を抜き出した。

 あさりと白ワインを豪快に流し込んで、蓋をする。
 この蒸している瞬間が、僕は結構好きだったりする。
「要って、パスタ上手だよね」
「まあね。女の子はパスタで落とせって言うじゃん?」
「……聞いたことない」
 琴子が落ちてくれるんだったら何でも作るよ、と恥ずかしいセリフがよぎったけど口にはせず、蓋のガラス窓からあさりの様子を伺った。
 ほんとうに伺いたかったのは、琴子の様子だったけど。

 口をぱかんと開いたあさりは、開けっぴろげで素晴らしい。僕はなぜかわくわくする。
 スプラッタなイメージの強い、つぶしたホールトマトをまぶして、水分が飛ぶまで煮詰めればソースは完成。
 スパゲッティが茹であがる直前に、いかとむき海老を加えてさっとゆがいて、キッチンタイマーとにらめっこ。
 ぴぴ、とけたたましい音を立てたらすぐにタイマーと火を止めて、ざるに上げた。
 ざっと水気を切ったそれを、ソースの煮えたフライパンに放り込んで絡める。

 あとは皿に盛ってめでたく完成。
 サラダとカナッペはすでにテーブルに並んでいたし、初めて作ったポタージュスープもいい感じにぐつぐつと音を立てていた。

 料理は二人ですると何倍も楽しい。
 それが、琴子と酒を飲むようになって知った一番の収穫だった。


524:コトコのキス_2
07/12/23 01:52:35 BVeesct8
 ワインの栓を抜くのは僕の仕事だ。
 一度琴子に任せたら、コルクをボロボロにしてしまって辟易した。
 そんな難しい仕事でもないはずなのに。
 それ以来、幾度琴子が申し出ても頑なに断らせていただいている。
 ちなみに琴子はワインを注ぐのも苦手だ。しっかりと液だれを起こす。だからそれも僕の仕事。
 申し分ない役割分担だ。
 まるで、何年もそうしてきた夫婦のよう。
 僕がこうやって甘やかすから、彼女はいつまでたってもワインの栓が抜けないまま。

 琴子が僕へのおみやげにどこかで買ってきた、ぶどう柄のワイングラスにきんと冷えた白ワインを注ぎいれた。
「じゃあ、」
 二人でグラスを持ち上げる。
「乾杯」
「乾杯」
 かちん、と涼しげな音を立ててぶつけたグラスを、ぐいとあおる。
 爽やかな渋みと酸味が舌の上で広がって、でもそれが喉を通ると不思議と甘くフルーティ。
 ワインの味なんてほんとうはよく判らないけど、これは飲みやすくて美味しいと思った。
 どう、と目で問う琴子に、美味しいと伝えると、アーモンド形の目を細めて嬉しそうによかった、と笑った。

 カナッペをほおばりながら、スープを吹き冷ましながら、スパゲッティをフォークにくるくる巻きながら、僕らは取りとめもなく話し始める。

 僕の話題は、隣の席の川上さん。
 5つ年上の川上さんは32歳独身、大人しくて控えめで、でも仕事は速くて正確だし、たまの主張は的確で重みがある。
 どんなに忙しくても、理不尽な欲求にも腹を立てたりせずに淡々と仕事をこなす。
 まさしく絵に描いたような「エンジニア」である。

「川上さんは絶対にプライベートを語らないんだ。
 昼にさ、食事しながらぐだぐだ話したりするじゃん。プラズマテレビを買ったとか、
 奥さんと喧嘩したとか、子供の誕生日でとか、そういうどうでもいい世間話。
 川上さんはね、人の話を聞いて笑ったりはするけれど、自分の話をしないひとなんだ。
 前は寮に入っていたから、一人暮らしだとは思うけど、夕飯はどうしているのかとか、
 休日は何をしているのかとか、家族や彼女はいるのかとか、誰も知らないんだ」
「えー、そんなのどうなんですか、って聞けばいいじゃない?」
「前に聞いたんだよ。そしたら『いや、別に』としか言わないんだ。会話がそこで終わっちゃってさ、妙な空気で気まずかったね。
 川上さんは言いたくないのかも知れないしさ、聞けないよね」
 そうだねえ、と琴子が神妙に頷く。
「聞けないとなると知りたくなる。
 たまに川上さんがいない昼休みは、みんなであれやこれや憶測をして楽しんでるんだ。
 上司がさりげなく尋ねたり、新人にほら聞け、と突撃させたりするんだけど、
 やっぱり応えは『いや、別に』なんだよ。
 上司まで交わせるあの手腕はすごいよ。ほんと徹底した秘密主義。
 あんなひと初めて出会ったし珍しいよね」
「そうだよねぇ。聞かれたら答えるよね、普通」
「でさ、その川上さんに彼女が出来たんだ」
「えっ、なんで要がそれ知ってるの?」
「それはね、その彼女っていうのが取引先の女性社員だから。若いよー20歳」
「12も年下? 川上さんやるね」
「やるでしょ。でね、僕もその子とちょっとやりとりがあるからさ、聞いてみたんだ。
 休みの日、川上さんは何してるの? って」
「うんうん」


525:コトコのキス_3
07/12/23 01:53:18 BVeesct8
 琴子の瞳が期待に丸くなる。
 僕の舌はますます軽快に滑り出す。
「そしたらその子『何もしてませんよ? たまにパチンコに行くだけみたいです』だって。
 実は川上さんにヒミツはありませんでした」
「なにそれ。酷いオチ」
「まだ続きがあるんだ。その子がね『あのう、私たちのことって、そちらの皆さんもうご存知なんですよね?』って聞くんだよ。
 僕が『そうですね、公然のヒミツってヤツですね』って答えたら、お願いがあるんですけどって言われて驚いた」
「お願い? 要に?」
「そう。何ですかって聞いてあげたら、『川上さんに、皆さんが知ってるって言わないでください。
 あのひと、誰にもばれてないって信じてるみたいだから……』だって。これ食べる?」
 クラッカーにチーズとサーモンマリネを載せて、琴子に差し出す。
「食べる」
 あろうことか琴子は、それを直接僕の手からかじり付いて奪っていった。
 なんて、猫みたいなやつ。
 小動物のようにくちをもぐもぐとさせながら、目線だけでそれで、と問う。
「ああ、えーと。そもそもさ、会社同士の親睦会で、隣同士楽しそうに話してたし、番号交換したのも全員知っているし、
 川上さん最近見たこともないぐらい浮かれているし、
 仕事で電話してるときはさすがに普段どおりだけど、話し始めは緊張してるしさ。バレバレなんだよね。
 だけどヒミツが露呈していたと知ったときの川上さんのダメージは想像つくじゃん?」
「ああー、うんうん」
「だからね彼女に判った、みんなに言っときますって伝えたんだ。
 彼女が『折を見て、私から話します。ご面倒おかけしますけど、宜しくお願いします』って言うからさ
 『じゃあそのときの川上さんの様子を教えてくださいね』ってお願いしといたんだ」

 ワインボトルを掴んで軽く振る。
 空になりかけたグラスの足を、琴子が細い指で握ってこちらに差し出した。
 とく、といい音が響いて、ぶどう柄のグラスに透明に近い黄金色のワインが満たされる。
 口元を軽く拭った琴子が、それを軽く含んでごくりと飲み込む。
 喉が上下をするさまに一瞬見ほれて、僕はまた口を開く。

「この前たまたま電話したら、『言いましたよ』って彼女が教えてくれた。
 川上さんは見ててかわいそうになるぐらい動揺してて、
 一日中『そうかあ、みんな知ってるのかあ』って繰り返してました、だって」
「……ちょっと可哀想だね」
「可哀想なんだけどね、職人で背中がぴんと伸びてる感じの川上さんが、肩を落として、そうかあ、そうかあって繰り返してる姿を想像したら、ちょっと笑えた」
「それは……可愛いかも。要、このペスカトーレ美味しい」
「そう? よかった。昨日川上さんと残業しててさ、『吉見くん……あのさ、いいや、何でもないです』って3回ぐらい繰り返すんだよ。
 たぶんハッキリ聞きたいんだろうけど、僕もなんて言ったらいいのか判らないからそのままになっちゃってるんだ」
「うわー、川上さんちょっとした拷問だね。でもソレなんて声かけていいか、ほんと判んない」
「うんうん、そうなんだよ。川上さんはさ、自分から話題を振ることがないから余計どうしていいか判んないんだろうね。
 こないだ珍しく声をかけてきたと思ったら大真面目な顔で
 『吉見くん、萌えってなんですか』って聞かれてさ、ちょっと返事に困ったよ。
 『好きの一種じゃないでしょうか』って返事しといたけど萌えってどう説明するの?」
「要がいま川上さんに抱いている感情は萌えに近いんじゃない?」
「そうかな? 川上さん萌え? ちょっとキモくない?」
「うん、ちょっとキモいね、だめだめ。でも私も川上さん萌えかも」
 二人で萌え、と言いながら盛大に笑った。


526:コトコのキス_4
07/12/23 01:54:01 BVeesct8
 そんな萌えさせてくれる川上さんは、とんでもなく仕事が出来る。
 彼の引いた図面は無駄がなくて美しい。
 一枚の芸術作品を見せられている気になる。
 僕が行き詰って、ちょっと川上さんに見てもらうと、川上さんはするすると正解を導き出して僕を正しい方向へと進ませてくれる。
 あまり下を育てたりするタイプじゃないけれど、川上さんは間違いなく素晴らしい職人だ。
 あと5年したら川上さんみたいになれるのか? と我が身に置き換えて問いかけてみても、そんな自信はまったくない。

 そんな川上さんが、最近丸くなった気がする。たぶん、恋人の影響なのか。
 川上さんの彼女は、人あたりも愛想もノリもよくて、声も笑顔も可愛い。癒されるタイプだ。
 正直、なぜあの子が川上さんと? と思わなくもない。
 あの川上さんが、女の子に愛を囁いている姿が想像できなくてまた笑えて来た。

「そういえば、琴子の秘密主義の友達は、何か教えてくれた?」
 指についたレーズンバターをぺろりと舐めながら、琴子がんー、と声をあげる。
 もう一口ワインを含んで、ううん、と首を振った。
「茜は秘密主義じゃないよ。聞けば教えてくれるもん。
 モトカレのことも初恋のひとも、今読んでる本も寝る時間も知ってるよ。
 ただ今の彼のことだけ教えてくれないだけ」
「今の彼だけ?」
「そう。その話題になるとすぐ話を逸らすの。
 たとえば窓を指差して、あ、って言うからさ、そっち見るじゃん? で、何もないからどうしたのって聞くと
 『UFOかと思ったけど見間違いだった。UFOといえば未確認飛行物体の略で夜間発光体の目撃が多くされているが、
 私の大学時代のゼミ仲間がホタルイカ等自発光体の研究をしていてな、光る金魚の育成に情熱を注いでいたが、在学中はお目にかかれなかった。
 あの研究は続いているのだろうか。ぜひ光る金魚を見てみたいと思わないか?』って一気にしゃべるの。
 何を聞かれたのかぜんぜん判らなくなっちゃってさ、あれ? って思ってるうちに『じゃ、忙しいから』って逃げちゃうの」

 なかなか鮮やかな手際である。
 川上さんの鉄壁の交わし文句といい勝負だ。
「冷静になって思い出してみると、全然たいしたこと言われてないんだよね。でもなんていうか、あの子は口調が無駄に重々しいの。
 無表情で淡々としてるから、すごい迫力あるの。ずるいよね、あれ」
「や、僕会ったことないし」
「そうだっけ? 今日なんて酷いんだよ。クリスマスは予定があるの? って聞いたら、なくはない、って言うからさ、
 誰とどう過ごすのか聞いてみたいじゃない?」
「うんうん」
「いい加減教えなさいよーって詰め寄ったら、突然、『あ、お疲れ様です』ってお辞儀したの。
 あれ後ろから誰か来たのかなって振り向いたら誰もいなくてね、向き直ったらまた誰もいなかったの。
 あの子走って逃げたんだよ。私思わず走って追いかけちゃったよ」


527:コトコのキス_5
07/12/23 01:55:06 BVeesct8
 走って逃げる高校教師と、それを走って追いかける同教師を想像したら、またものすごく可笑しくなってけたけたと笑った。
 箸が転がってもおかしい年頃が、アルコールのおかげでまた巡ってきているのかもしれない。
「すぐ追いついたんだけど、とっさに出てきた言葉がね『廊下は走らない!』だったの。テンパってて結構大きい声で叫んじゃった。
 茜もびっくりして『はい、申し訳ありません』なんて言うからさ、二人で笑っちゃって。
 あーまた今日も誤魔化されたなーって思ってたら、急に真剣な顔で、琴子、って呼ばれてね」
「うん」
「『落ち着いたら絶対に話すから、それまで待っててほしい』って言うの」
「落ち着いたら?」
「うん、今はどうしても話せないんだって。納得いかないから『まさか不倫じゃないでしょうね』って聞いた」
「…………琴子ってストレートだよね」
 その思い切りのよさを少しぐらい僕に分けてほしい、と思いながらボトルを傾けて、残り少なくなったワインをすべて琴子のグラスに注いでしまう。
「そのくらい普通だよ。あ、ありがと」
「で、どうだったの?」
「不倫じゃないって。そんなこと絶対にしないって言い切ってくれたから、すごく安心した。あと、心配かけてごめんって言われた。
 だからもう聞くのは止めにして、待つことにした」
「え?」
「待つの。茜は大丈夫。ばかじゃない。間違えたりしない」

 琴子はじっと僕を見据えて―まるで僕がその茜さんであるかのように見つめて、そうだよね、と問うようにくちびるを薄く開く。

「―――うん」

 沈黙に耐えかねて、僕は頷いた。
 琴子が、肯定を欲しがっていたから。
 根拠も確信もなにもない、ただの慰めで、ほんとうの優しさなんかじゃないのかもしれないけど。
 案の定琴子は、ふ、と息を抜くと嬉しそうに微笑んで目線をワイングラスに落とした。

「あーでも。クリスマスなんてなくなればいいのに。去年は海外に逃亡できたけど、今年は他人の幸せを直視しないといけないんだ。憂鬱」
「それまでに彼氏を見つけるって選択肢はないの?」
 言ってからしまった、と思った。
 うんそうする、なんて琴子が頷いたら、僕はどうしたらいいんだろう。
「んー、そっちも焦んないことにした。焦るとロクなことがない。そう思わない?」
「……そうだね」
「要は? どうするの? なんか予定ある?」
「ないよ、うち仏教だし」
「仏教は関係ないの。ん、えーと……赤とスパークリングどっちがいい?」
「両方。じゃあローストチキン作ってみようかな」
「え? 買うんじゃなくて?」
「ネットで見てさ、うちのオーブンで出来そうだから一回やってみたくって。
 問題は丸ごとの鳥をどこで買ってくるか」
「え? ほんとに作るの? ほんとに? すごい!」
「作るよ。琴子がちゃんと手伝った上にたくさん食べてくれるならね」
 食べる食べる、とは嬉しそうに何度も頷いたけれど、ついに一度も手伝うとは言わなかった琴子と、今年は一緒にクリスマスを過ごせる。
 幸せな約束に、僕のアルコールで鈍った頭の中はまるっきりピンク色だった。



528:コトコのキス_6
07/12/23 01:56:11 BVeesct8
 それから僕らはまたぐだぐだと話し始める。
 漢字検定のこと。携帯電話にかかってきた間違い電話のこと。キリンはモーと鳴く。
 クリスマスのケーキを予約したいお気に入りのあの店は名前が読めない。結局シンプルがベスト。
 陰気なアメリカ人もあたりまえだけど存在する。
 ベトナムで見つけたへんな入れ物の用途。
 アンコール遺跡で結婚式をしていたカップルは、何に誓いを立てたのか。
 即身仏について。
 演歌歌手としてデビューする同級生。
 ウォーリーの眼鏡はありかなしか(なし、らしい)。
 エクセルの機能熟知度自慢。教師は何故かワードではなく一太郎を使う。
 子供のときどちらがより多く迷子になったか。ビタミンDを「びたみんでー」と言うのはおじさん臭い。
 ヒャドは家族に気を使う。琴子のお父さんの愚痴を誰よりも辛抱強く聞いてあげるのは彼である。
 インフルエンザの予防接種は何故か痛い。僕は針を凝視できない。先端恐怖症かもしれない。


 そんなようなことを、取りとめもなく、つらつらと。

 日付を越えるころに、琴子がまた、眠い、寝てくと言い出して。
 僕ははいはいと席を立って客間に布団を敷きに行く。
 琴子にはちゃんと歯を磨きにいかせる。僕はもしかしていつの間にか琴子の保護者になったのか?

 歯磨きを終えて戻ってきた琴子に、案の定一緒に寝ようと期待通りに誘われた。
 暖かくてよかったから気に入っちゃった、と屈託なく笑う。
 琴子の中ではあくまで代理ヒャドなのか。
 はいはい、と下心を見抜かれないように出来るだけそっけなく返事をする。
 僕もとりあえず歯だけは磨いて、いそいそと客間に戻る。
 もぐりこんだ狭い布団の中でまるで恋人同士のように身を寄せ合って、ぼそぼそと交わす声音が薄闇の客間に響いた。

「今年は、年末の旅行行かないんだ?」
「うん。だって茜に断られたもん。茜以外に一緒に旅行する相手って思いつかなくて」
「……琴子ってさ、茜さんのこと、ものすごく好きだよね」
「うん、好きだよ。茜は男前でカッコイイの。ちゃんと自分の足で歩いている感じがする。
 でもすっごい可愛いとこもあって、すごく、すごく素敵なの」
 ふぅん、と頷きながら、僕は見苦しく嫉妬する。
 美人で男前でかっこよくて、琴子の同僚で親友で、年下の彼がいるらしい茜さんは見も知らない僕に呪いを飛ばされて、さぞ迷惑をしていることだろう。


529:コトコのキス_7
07/12/23 01:56:51 BVeesct8
「茜と私はね、どっちかが男だったらよかったんだよ。そう思う」
「………………どうして? 男と女だったら、話もしなかったかもしれないじゃん」
「上手く言えないんだけど、そんな予感がするの」
 女のひとは運命とか予感とか、そういうのが好きだよな。
 肘で頭を支えながら、へぇ、と呟いた。
「だからね、試しにキスしてみたんだけど、やっぱり性別の壁は大きかった」
「は? キス?」
「うん。キスしてね、あ、無理なんだって思ったの」
「待って、なんでキス? 女のひとでしょ?」
「やだ、そんなすごいキスじゃないよ。高校生の頃とかってふざけて女の子同士でキスしたりするじゃない? あんな感じ」
「女の子ってそうなの?」
「うん、みんなじゃないと思うけど。でもあの時はふざけてなかった。真剣に、確かに性的な意味を込めて触れた。私たちは知りたかったの」
「なにを?」
「えと、試してみてアリだったらそういう人生もあるんじゃないか……って。キスしたら色んなことが判る気がした」
「………………何か、判った?」
「……駄目だって、判った。無理なんだって。
 がっかりしたけど、同じぐらいほっとした。やっぱり自分が異常だって認めるのは辛いじゃない?
 で、違ったって二人で言いあって、それで、おしまい。そんだけ」

 そんだけ、と言われても。
 反応に困って押し黙る僕を置き去りにして、琴子が盛大にあくびをする。
 目じりに滲んだ涙を、子供のように目をこすって拭った。
「それ、最近の話?」
「違うよ、2年ぐらい前かな。……要、ドン引きしてる?」
「ドン引きはしてないけど、琴子って誰とでもそうやって試してみるの?」
「誰とでもなわけないでしょ。茜は特別だもん。それに、試して駄目だったのに友達を平和に続行できるのは女同士だからだよ」

 特別、なんて言葉に、胸がざわざわとした。
 なんだよ、と面白くない気分だ。まるで子供だけど。
 気がついたら僕は、息のかかる距離で琴子を覗き込んでいた。

「じゃあ僕は?」
「………………え?」
「試して、みる?」
「かな、め?」
 琴子の声が遠い。
 アーモンド形の黒くて大きな目が、さらに大きく見開かれている。

 その顔を見て、僕たちはもう、二度と元には戻れないと知った。
 それは琴子も同じだったと思う。
 これで駄目だと知ってしまったら、違ったねと言い合ってそんで終わり、というわけには絶対にいかない。

 でもいいや。もういいや。
 前に進むにも終わりにするにも、これは絶好のチャンス。
 精神的にも年齢的にも、この不毛な関係を続けるにはそろそろ限界だった。
 ―大人なんだから、ちゃんとしろよな。
 ついでに、イオのふてくされたような声音も耳の奥に蘇る。

 そうだ。ちゃんと、しないと。ちゃんと、確かめないと。
 僕の気持ちを。
 琴子の本音を。


530:コトコのキス_8
07/12/23 01:57:38 BVeesct8
 胡散臭い笑顔で琴子をじっと見つめて発言のタイミングを奪って、そっと顔を寄せて、目を閉じてキスを受け入れざるをえなくする。
 琴子が思っているよりずっと、僕はずるい人間なんだ。
 居心地を良くして、ぬるま湯の関係を作り出して、琴子が離れていかないようにずっと策を凝らしていたんだ。
 ぬるま湯はそこから出ると寒い。だからって身を沈めたままでいると、どんどん温度は下がっていく。そして余計出られなくなる。
 僕の心は、いい加減風邪をひいてしまいそうだった。
 なのに好きだという勇気はなくて。
 僕はほんとうに、ずるくてだめな男だ。

 くちびるが触れ合う。
 顔の横についた手が、みっともなく震えていた。
 乾いた僕のくちびるは、まるで心臓のようにどくどくと脈打っていて、ふわりと重ねた琴子のそれも小刻みに震えていた。
 いい年して青春真っ盛りみたいだ。胸が痛い。
 今まで触れたどんなものよりも柔らかいそのくちびるに、酔いの回った頭がくらくらする。

 キスで何が判るのか、僕は知った。
 やっぱり僕は琴子が好きだ。
 琴子は家族じゃない、友人じゃない。
 僕は、琴子が欲しい。


 長い長いキスを終えて、名残惜しみながらそっと顔を離して琴子を覗き込む。
 ゆっくりと目を開いて琴子は、先程まで触れ合っていたくちびるをそっと開いて掠れた声を絞りだす。
「……要……どうしよう…………」
「ん?」
「もう一回……」
 伏せた長いまつげ。丸い鼻、スポンジのように柔らかそうな頬。
 ケーキよりも甘そうな突き出された赤いくちびるに、僕は引き寄せられるように触れた。

 軽く触れて離れるたびに、琴子がもう一回と囁くから、僕らは数え切れないぐらいたくさんのキスをした。
 途中で眉根を寄せてもっと、なんて言うので、何がと聞いてみたら、ぷいと顔を背けられてしまった。
「いじわる」
 苦笑いを浮かべながら、拗ねたように頬を膨らます琴子の頭をそっと撫でて機嫌を取る。
 やっとこっちを向いてくすぐったそうに笑ったくちびるを啄ばんだ。
 薄く開いた隙間から舌を差し入れて、深く、深く口付ける。
 舌同士も恐る恐る触れあって、様子を伺うように絡み合って、熱くぬめる口内の温度を楽しみあう。
 琴子の口の中は、歯磨き粉のミントの味がした。その爽やかさはとても彼女に似つかわしい。
「…………ん、」
 重ねたくちびるの端から、どちらのともつかない息が漏れる。
 最後に、甘いくちびるを軽く噛んで僕らはようやくキスを終えた。


531:コトコのキス_9
07/12/23 01:58:15 BVeesct8
 アルコール交じりの吐息も絡めあって、琴子がうっすら潤んだ瞳でぼんやりと僕を見上げていた。
「…………琴子?」
 囁くように呼ぶと彼女は、ゆっくりと瞬きを繰り返して、腫れてさらに赤くなったくちびるで僕の名を呼んだ。
「要、どうしよう……」
「どうしたの?」
「……気持ちいい。もっとしたい」
 いいよと寄せた僕の頬に、琴子の手が触れて違うのと小さく聞こえた。
 僕はキスの変わりに額をごつんとぶつけて、うっとりと溶けたようなその瞳を覗き込む。
「違うの?」
「キスだけじゃなくて、もっと、したい…………どうしよう、どうしよう、わたし、」
 琴子はちょっと顔を持ち上げて僕のくちびるに軽く噛み付くと、すぐに離れてほう、と息を吐いた。
「……わたしって、要のこと好きみたい」
 その言葉に息がつまった。
 背筋を、ぞわりとした何かが駆け上がって、一瞬遅れて落ち着きを見せ始めた心臓がまたばくばくと高鳴った。
「要って、男のひとだったんだね」
「…………なんだと思ってたの?」
「判んない。要だと思ってた。ね、要はなんで試してみようと思ったの?」
「なんでだと思う?」
「…………んー……そこに顔があったから?」
「はずれ。正解はね、」

 僕も、琴子が好きみたいだからさ。

 照れくさいのではやくちに告げて、僕らはもう一度キスをする。
 今度はお試しなんかじゃなくって、楽しむためのキスを、何回も。

 物足りなくなってくびすじに舌を這わす。
 ぺろりと舐め上げると、琴子の小さな身体がびくりと震えて甘い声が漏れた。
「……あっ…かなめ……」
 耳たぶを口に含んで、軽く引っ張る。
 琴子がくすぐったそうな吐息を漏らす。

 肩を撫でて、胸をなぞって、服の裾から手を差し入れようとしてふと、現実に気がついてしまった。

 はあ、と盛大なため息をついて、琴子の肩に額をうずめる。
「……要?」
 不安げな声で呼ばれて、ああいけない、と僕は顔をあげて彼女を覗き込んだ。
「…………今日は、ここまで」
「どうして?」
「えーと……ないから」
 琴子は何が、というように眼をきょとんとさせて、だけどすぐに僕の言いたいことが判ったようで、恥ずかしそうに目を逸らしてそうだねと頷いた。
 急に、僕らがしようとしていたセックスという行為の生々しさを自覚して、僕もとたんに照れくさくなる。


532:コトコのキス_10
07/12/23 01:59:00 BVeesct8
「ごめん」
「んー……要が常備してたら、ちょっとショックかも」
「あ、そういうもの?」
「うん、なんとなく」
「ふーん。まあ、今日は、残念だけど」
「残念だけど、また今度。ちょっと、自分の気持も、整理してくる」
「その方がいいかもね。そうして」
 いい加減腕が疲れてきたので、僕は琴子の隣にごろんと寝転ぶ。
 琴子が猫のように身体を摺り寄せてきて、僕の腕に触れた。
「ね、要。ぎゅってして」
「ん?」
 お望みのままに、華奢な身体を抱きしめる。
 腕の中で琴子が嬉しそうに笑った。
 僕も嬉しくなる。
 おやすみ、と耳元で囁いて目を閉じる。
 琴子の耳慣れた声が、おやすみと今までにないくらい近くで響いて、僕はさらに嬉しくなった。


*

以上です。お付き合いありがとうございました。


533:名無しさん@ピンキー
07/12/23 02:33:01 yL7tcdHW
うにゅー、いいなぁ幼馴染、いいなぁ両想い。
最後の一線は越えなかったけど、最大の壁を
ようやく越えたような気がする。GJです。

534:名無しさん@ピンキー
07/12/23 02:42:33 SYUCSxp8
すばらしい。川上さんに萌えた。

535:名無しさん@ピンキー
07/12/23 06:06:23 kjIssm0P
いかん、いかん!!
いか~~ん!!!


>>523
> 沸騰した湯の中にスパゲッティを放り込んで、ぐるぐるとかき回す。

かきまぜちゃいかん!!

536:幸せそうな幼馴染み二人をからかって後にボコされた小ネタ
07/12/23 14:44:58 6meUY4UW
「クリスマスは最低だ、生涯独り身の俺には特にな」
「いやいや……クリスマスってのはやっぱ良いなぁ……俺もさ、あいつとしちまったぜ」
「認識こそが自分の世界を作る。なら……今この瞬間に俺が童貞だと言う記憶を、俺から消す。つまり俺は、童貞ではない」
「はぁ?」
「そして、お前は童貞だ」
「いやいやいや」
「お前は童貞だ」
「違うって言ってんだろ」
「証拠はあるのか」
「だから、昨日の夜に遠音と……」
「そうか……もしもし、トォか?」
『……なに?』
「昨日の夜、おまえ何してた」
『なっ、なっ、なにも……!』
「じゃあ、誰といたんだ?」
『一人……』
「本当だな?」
『……うん……』
「よし。ありがとう。さて……証拠、無くなったな」
「な、何を……俺はたしかに……」
「自分の供述が証拠になるなら、世界に犯罪者なんていなくなるよ」
「じゃあ……どうすれば……」
「他の証拠を出せば良い。俺はお前の真実を見付け出してやりたいだけなんだ……」
「他に証拠なんて……」
「なら、お前は童貞だ! 自分の寂しさや情欲に負けて、妄想と現実が裏返ったみっともない男だよ!
 現実を見ろよ、女も男も何を考えてるかわからない、肝心な時には助けてくれない、ぬくもりをくれない……二次元と何が違う」
「……でも、遠音は……」
「トォ、か……遠音は、おまえに童貞じゃないと、そう騙していた女だぞ? 騙されて、それでも信じて、また騙されるのか? それで良いのか……?
 もしかしたら幼馴染みだという事すらトォの騙りかもしれんのだぞ?」
「よく……ない……」
「なら、どうしたら良いかわかるな」
「……別れる」
「そうだ、それで良い。いつかきっと、おまえを騙さない奴が出てくるさ……俺はおまえの味方だからな。
 それまではほら、このスレを見ながらもみの木をどうやって切り落とすか考えようぜ?
 クリスマスだからな、多分すんげぇぞ?」
「……ああ!」

537:名無しさん@ピンキー
07/12/23 19:04:40 uL4IbU5r
>>536
良く分からん。

538:名無しさん@ピンキー
07/12/23 20:07:23 snV7iJZO
ボッコにするとこ書かないと
ただの喪男ネタだな

539:書いた
07/12/23 21:14:22 6meUY4UW
「いや……待て待て、いくらなんでもアレだ、無理があるぞ」
「何が無理だ、現実から目を背け、素晴らしく甘美なこの桃源郷を共に目指そうじゃないか」
「だいたい、遠音が嘘を吐いてたと決まった訳じゃ……」
「仮におまえの話が本当だとしたら、トォが俺に嘘を吐いている……そんな女を信じるのか!?」
「いや、まあ……うん」
「なっ、友情なんて外来記念日の前には紙クズ同然なのか!?」
「そうは言わないけど……はい?」
『あ、もしもし? 昨日の事誰かに話した?』
「ん? いや、別に」
『そう……へへ、良かった』
「なあ……あのさ」
『なぁに?』
「俺達ってさ、幼馴染みだよな?」
『はぁ? 当たり前でしょ』
「証拠とかさ、その……あるかな?」
『バカな事言って……昔写真取ったでしょ』
「え、あ、マジだ」
『保育園が同じで、卒園の時のも色々残ってるでしょ?』
「うん……あの時、おまえは将来お母さんのお嫁さんになるって言ってな」
『あはは、なつかし~。今じゃ……』
「そうだ、今から会えるか?」
『大丈夫だけど、明日も会うじゃない?』
「今、会いたいんだ」
『わかった。待ってる』
「それと……好きだよ」
『はいはい、私もよ』
「……じゃ、行ってくる」
「へいへい。……俺はちょっともみの木切ってくるよ」

 彼がもみの木を前にした時、奇跡が起きたのだが……それはまた別の話。

540:名無しさん@ピンキー
07/12/23 21:58:31 snV7iJZO
精神的ボッコか
暴力よりダメージでかそうだw

明日投下されるであろうモミの木の奇跡を待つことにする
とか言ってみる




541:続いちゃったエロ無し帰省ネタ by唐突に(ry
07/12/24 02:06:56 NbQSpePr
「あははー」
 こたつはひとをだめにしますね、はい。
 テレビを見て笑いながら、俺はそんな事を思う。
「サンドウィッチマン面白いなー」
 俺はコタツの中で某漫才一番グランプリを見ながら、のんびりしていた。
 時々ミカンを食べたり、お茶を飲んだりしながら、ひたすらにのんびりしていた。
 無論、ミカンは籠に盛られ、お茶は急須とポットがこたつの上に完備されている。
「ぶー」
 視界の端に、アイツが頬を膨らませているのが見えるような気がするが、気にしない事にする。
「ヒロ、あんた歌乃ちゃん来てるのに、何ぐーたらしてんのよ。遊んであげなさーい」
 台所から聞こえるお袋の声も気にしない事にする。今日の晩飯がカレーなのは、もう知ってるしな。
「……おい、ヒロ」
 背中から聞こえた親父の声も……親父の声?
「てめえ……歌乃ちゃん無視して某漫才一番グランプリたぁ、いい度胸だな?」
「……お、親父殿、いつの間にお帰りに?」
「ついさっきだよ、さっき。それより、ヒロ」
「はいっ!?」
 思わずコタツから飛び出し、背後に仁王立ちする親父に正対する。
 アレほど俺を捕らえて離さなかったコタツの魔力は、親父の言霊に打ち消され、
最早欠片もそこには存在していなかった。
「覚悟は……できてるか?」
 親父の背後に、何か揺らめくものが見える……ような気がした。
「で、できてませんっ!」
「問答無用っ!」
「うぎゃー!?」

542:続いちゃったエロ無し帰省ネタ by唐突に(ry
07/12/24 02:07:29 NbQSpePr



「あはは、おっきなタンコブだねー」
「誰のせいだよ、誰の……」
「ヒロ君の?」
「……ああそうですよ。どうせ俺のせいさ」
 親父の鉄拳制裁を喰らい、コタツから引き出された俺は、何故か歌乃と二人で
夜の街を歩いていた。
 何故かも何も、親父に家を追い出され、歌乃と一緒にどこか行って来いと言われたからなんだが。
 まあ、帰ってきてから、たまに来る友達と遊ぶくらいで、後は家でぐーたらするばっかりだった
わけだし、よく今まで親父もお袋も見逃してくれてたもんだと思うが。
「おじさん、相変わらずきついねー」
「お前には甘いからな、親父は」
「そんな事ないって」
 そう言って、歌乃は笑う。
「ったく、たまに実家に帰ってきたと思ったらこれだ……」
「たまにだから、おじさんもスキンシップ取りたいんじゃない?」
「親父の場合、スキンシップで鉄拳が飛んでくるからな……DVで訴えてやる」
「じゃあ、私、弁護側証人として出廷するね」
「ちくしょう、お前も敵か……」
 言葉を交わしながら、俺達は歩く。
 気づけば、俺は歩幅を歌乃に合わせていた。
 あの頃の俺達には必要のなかった気遣いを、しかも無意識にしている自分に気づき、
何となく俺は照れくさくなった。
「で、どこ行きたかったんだ?」
「え?」
 頬が少し赤くなっているのを悟られないようにそっぽを向きながら、俺は尋ねた。

543:続いちゃったエロ無し帰省ネタ by唐突に(ry
07/12/24 02:07:49 NbQSpePr
「どっか行きたくて、俺んち来たんだろ?」
「え、いや……そういうわけでもなかったんだけどね」
 横目で見ると、何故か歌乃も明後日の方向を向いているようだった。
 何故かはわからないが。
「じゃあなんで膨れてたんだ?」
「だって、ずっとテレビ見てるから」
「……遊んで欲しかったって事か?」
「え、あ、うぅ……まぁ、そうに違いは無いけどぉ……」
 ふむ……こういう時期だから、女友達も彼氏と遊ぶ方に忙しいんだろうか。
 別にそんな事を恥ずかしがらなくてもいいのにな。俺と歌乃の仲なんだし。
 ……まあ、どっちかというと、彼女がいない上に、あわよくば幼馴染と……なんて事を
ぼんやり考えている俺の方が恥ずかしいかもしれないし、どうでもいいか。
「だったら、家でオセロでもすれば良かったな。コタツの中で」
「ホントにヒロ君コタツ好きだよねぇ」
「お前も嫌いじゃないだろ?」
「そりゃそうだけど……ちょっと、今は嫌いかな」
「なんだそりゃ」
「秘密ですよー、だ」
「よくわからん奴め」
 笑いながら舌を出す歌乃に、俺は苦笑を返した。
 軽口を叩き合いながら、何となく俺の足は中心街の方へと向いていた。
「せっかくだから、イルミネーション見に行こうぜ」
「え? あのクリスマスツリーの奴?」
「そうそう。特に行く所があるわけじゃないし、何となく行くにゃ適当だろう」
「うんっ!」
 何故か嬉しそうな笑顔を浮かべ、頷く歌乃。
 なんで嬉しそうなのかはさっぱりわからんが、やっぱりコイツの笑顔は……反則だ。
普通にしてても美人なのに、笑顔になると、その破壊力が倍増しやがる。
 ふぅ……女の気持ちってのはコイツに限らずよくわからんが、やっぱり綺麗なものを見たい
と言うのは、女性全般に共通した考えなんだろうかな……などと、俺はどうでもいい事を
考えて、少しだけ動悸が弾んだ心臓を落ち着けようとする。
 そんな俺の苦労を知ってか知らずか、歌乃は目的地である中心街へ向け、勢いよく歩き始めた。
 丁度、その速さは俺が普通に歩く速度。何となくその事実に苦笑しながら、俺は歌乃に歩みを合わせた。
 ―しかし―
 腕を組むでもなく、手を繋ぐでもなく、かと言って距離を置いているわけでもない
俺達の姿は、一体周囲からはどう見えてるんだろうか。
 兄妹という程には似ていないから……やっぱり、恋人とかに、見えたりするんだろうか。
 ……だとしたら……だとしたら、歌乃はその事を……
「……どう、思うんだろうな?」
「ん? 何?」
 おっと。知らず、思考が口から漏れていたらしい。あぶねぇなおい。
「なんでもねーよ。それより、もうそろそろ見えるぞ」

544:続いちゃったエロ無し帰省ネタ by唐突に(ry
07/12/24 02:08:30 NbQSpePr
 とめどない思考を重ねている内に、いつの間にか俺達は目的地に辿り着いていた。
「あ、ホントだ……」
 ビルとビルの陰から、少しずつ、光り輝く一本のもみの木が姿を現していく。
「ふわぁぁ……すごいっ! すごいよっ、ヒロ君っ!」
 やがて、それは完全に俺達の前に姿を現した。
 この街のイルミネーションは、この木を軸として、中心街全体に広がっている。
 象徴となるこの木は、ちょっとした観光名所になるくらい、規模がでかく、手も込んでいる。
 大きさもさることながら、光の色も虹に比するくらいに鮮やかだ。さらにその色とりどりの
光が遷移する事で、まるで枝が風に波打っているかのような躍動感を演出している。
 その光の使い方を含めた全体のデザインも、けばけばしさを欠片も感じさせない上品なもので、
老若男女誰が見ても一様に「綺麗だ」と思うだろう。
 実際、老若男女問わず、多くの人が足を止め、その光の聖樹を見上げていた。
 かくいう俺も、例に漏れず、その美しさに見惚れていたわけだが。
「すごいよ、ヒロ君! 見て見て!」
「確かにすげえな……って、お前見た事なかったのか?」
 このイルミネーションが灯されるようになったのは、三年ほど前からと聞いていた。
だから、俺は見た事がなかったんだが……歌乃も見た事が無いというのは意外だった。
「うん。……あ、え……う、うん。えっと、その……何となく、ね。何となくだよ?」
 その言葉に応じようと、隣にたたずむ幼馴染の顔を見るまでは。
 何となくって何だよ。
 苦笑しながらそう言おうとした口は、動かなくなった。
 光の聖樹に目を輝かせている歌乃の姿が目に入った途端に。
「なんか、生きてるみたいだよね……」
「………………」
 感動に少しだけ潤んだ瞳。
 俺は、しっかりとこの光景を焼き付けようと、いつもより大きく見開かれた彼女の瞳に、
まるで自分が吸い込まれていきそうな錯覚を覚えていた。
 いや、錯覚じゃないんだろう、これは。
 俺は……俺の気持ちは、今この瞬間、間違いなく歌乃に吸い込まれた。
 脳裏を、あの頃のアイツの姿が走る。その姿が、今の歌乃の姿に重なる。
 ぼんやりとしていた想いが、実体を持って俺の中で固まった。
「すっごい綺麗だよねー……」
「……お前の方が、もっと綺麗だと思うけどな」
 ありきたりで陳腐な、ともすればくさいとすら言われる言葉が、思わず俺の口をつく。
「えっ!? ……いや、いやだなぁ、またお世辞言っちゃってさー」
「……歌乃」
「あ、あはは……ちょ、えっ、えっ、ぇえっ!?」
 俺は、歌乃の両肩に手を置き、真正面から彼女の瞳を見つめた。
「………………だ、だめだよ……こんな所で……」
 そう言って歌乃は、軽くみじろぎするが、積極的に拒否しようとする様子は無い。
 だから俺は―段々と顔を歌乃のそれに近づけて行き―

545:続いちゃったエロ無し帰省ネタ by唐突に(ry
07/12/24 02:08:39 NbQSpePr
「……なんちゃって」
 ―踏みとどまった。
「………………へ?」
 歌乃は、きょとんとした顔もやっぱり可愛いな。
 そんな事を思いながら、俺は慌てて口を開く。
「ちょっと、その、だな……雰囲気にあてられたというか……冗談だよ」
「………………」
 流石に、冗談で流すには無理がある展開だったか……? 半ば本気だったしな。
 だけど……流されて、そういう事はしたくなかった。相手が、昔から一緒にいた
幼馴染(かの)だからこそ。だから、踏みとどまった。
「………………」
「ちょっと性質(たち)が悪かったか……すまん」
「そ、そうだよね……冗談、だよ、ね……」
「歌乃……怒ってるか?」
「んー? 私は全然気にしてないよ?」
「そ、そうか? なら良かったけど」
 それはそれで微妙に寂しいものがあるが、まあ怒らせてしまったりしてないなら、
ギリギリセーフ……か?
「……じゃあ、今日は私、もう帰るね」
 歌乃は、俺に背を向けながらそう言った。……やっぱり怒ってんのかな?
「ん? もういいのか?」
「うん、今日の所は。けど、一つお願いしてもいい?」
「なんだ? さっきのお詫びに何でも聞くぞ」
「明日も……明日も、ここ、一緒に来てくれる?」
「ああ、構わないけど」
「……良かった。じゃあ、明日、夜九時頃に、ここで待ち合わせって事でいいかな?」
「……ああ」
 歌乃の家に迎えに行くでもなく、俺の家に来るでもなく、ここで待ち合わせというのが
少し気になったが、俺は背を向けたままの歌乃に頷きを返した。
「……ん。じゃあ、おやすみ」
「あ、ああ……送っていかなくて、平気か?」
「大丈夫だよ。ちょっと、一人で歩きたい気分だし」
 やっぱり怒ってるんじゃないか?
「わかった。気をつけて帰れよ」
 その俺の言葉に、歌乃は背を向けたまま手をひらひらさせて応え、雑踏の中に消えていく。
「……明日、か」
 いつの間にか、日付は変わっていた。だから、明日は、今日だ。
 そして今日は―クリスマスイヴ。
「やっぱ、プレゼント用意した方がいいよな……」
 俺は、どうやら怒らせてしまったらしい幼馴染の機嫌を直す方法を考えながら、
自分も帰路へとついた。機嫌を直した上で、今度はちゃんと……いや、
それはもうちょっと間を空けた方が……いやしかし……………………。
「お」
 頬に冷たさを感じ、俺は頭上を見上げた。
 雪だ。
 聖夜は、どうやら白に彩られるらしい。
 再開した俺達は、一体、これからどうなるのか―。
 雪は、その白い明かりで道を照らしてくれるのだろうか。
 それとも、道を覆い隠して迷わせるのだろうか。
「……降って来た、か」
 雪が、降り始めた。
 俺と、歌乃の行く先を照らすように。
 俺と、歌乃の行く先を隠すように。
 ―雪が、降り始めた―

546:続いちゃったエロ無し帰省ネタ by唐突に(ry
07/12/24 02:10:51 NbQSpePr
ここまで投下です。

……幼馴染ほしー。

547:名無しさん@ピンキー
07/12/24 02:38:19 v8kxP+fb
>>545
gj!

幼馴染かー 
家が同じ地区で小学校中学が同じ程度の異性幼馴染ならいた。
個人の付き合いは全然なかったが

その親父さんに「あいつと結婚して婿にこない?」と事いわれたのが数年前。
ずいぶん会ってもいなかったし有耶無耶にしてしまったが、惜しいことをしたかなぁ

というリアル話




548:名無しさん@ピンキー
07/12/24 05:16:17 TJEiScab
>>545
GJ!続きが気になるぜよ

>>547
君がフラグブレイカーということはよくわかった

549:名無しさん@ピンキー
07/12/24 10:05:11 8BLUmzFv
>>547

遅くない
私にも見えるぞ>>547
イブの奇跡とやらが

550:名無しさん@ピンキー
07/12/24 15:43:04 2W4pIRPE
 幼馴染のままの関係を脱出すべく私からした告白に、なんとも言えない表情をしつつも彼女は首を縦に振った。
 やや焦った面はあるものの昼に告白した後放課後に私は彼女にデートの約束を取り付けた。
 あまり感情を顔に出さない彼女は無言で首を縦に振り、私とは違う方向へと岐路に着いた。
 携帯なんて便利な物をもっているわけでもなく。彼女の電話番号にさえ掛ける勇気もない私は、
焦燥と浮かれで気付かなかった彼女の確固たる了承を得ていないことに気づき、心の底から不安になっていた。
 待ち合わせ場所と時刻を言った後に首を、軽く揺れるように振っただけなのだ。
 その首振りも見間違いだったかもしれない。もしかしたその後に何か言ったかも知れない。
 私は風呂上がりの後すぐにベッドに飛び込み布団を抱きしめながら激しく身悶えた。
 そうして寝ぐせだらけになって朝日を迎え、頭横に置いていた目ざましの時刻を見て目を見開く。
 もし過去に戻れるとしたら昨日デートに約束を取り付けようとした私をぶん殴り、袋詰めにして海へと流してやりたい。
 何故に一日も冷却時間を置かずに次の日に約束を取り付けてしまったのか、そんなその時の自分にしかわからない疑問を頭の中で延々と繰り返し私は身支度を整え家を飛び出した。
 夏の暑い日差しも焦る私にとっては毛ほどの気にもされず、拗ねた顔で流れる雲に身を隠してしまった。
 空の機嫌も悪くなって着始めた頃に私は待ち合わせ場所のバス亭へとついた。
 その時には彼女も着いていて、白いワンピースに麦わら帽子というさっきまで天気ならさぞ似合っていた格好をした井出達自分が着くのを待っていた。
 昨日の約束は自分の思いすごしでは無かったことに安著した私は、時間より遅れてきてしまったことを彼女に詫びると両手を前でブンブンと振られる。

「……早起きだから」

 ―彼女が早起きだと遅れてきた自分は謝らなくていいのか?

  などと頭に疑問符を浮かべる私を前髪がかかった目で見て彼女は酷く困惑した様子を見せた後、腕に掛けた鞄の中に弁当があることを告げてそのまま首を下に向けて黙り込んでしまった。
 かける言葉が見つからず二人して屋根つきのバス亭から容赦なく降り注ぐ雨をを見つめ、私は傘を持ってきてないことに気づく。
 彼女にそのことを告げすぐに取りに帰ろうとしたが、袖を掴まれて私は両足を落ち着かせて後ろを振り向く。
 そこには精一杯という言葉を体現したように首を大きく左右に振る彼女があり、訳を聞くと折りたたみ傘を持ってきているとのことで私は動かなくていいとうことらしい。
 遅刻に忘れ物と男の面目丸つぶれな私は自分の不甲斐無さに気分を沈めた。
 特に会話もなく日に両手で数えるほどしかないバスが着き、バスの一番後ろの横に四人が並んで座れる場所へと二人で腰かけた。
 バス内はお婆ちゃんやお爺ちゃん数人と子供が一人、自分の町は田舎だしこんなものだろうなと私は思った。
 山々を背景に変わり行く田んぼを眺め、流石にそればかりで首が疲れた私は恥ずかしながら反対側へとおずおずと首を向ける。
 ゆっくりと視界に入った彼女は落ち着かない様子で目を右下へと向けて、椅子の上で指を躍らせていた。
 彼女のそんな行動も分からないほど朴念仁でもない私は、彼女の小さな手の甲に自分の手を重ねた。
 案外ひんやりとした手を覆った途端、彼女は痙攣したようにビクリと跳ね上がりこちらを見つめてきた。
 私としてはクールで物静かな態度でかっこつけたかったが、現実では思うようにいかず彼女の潤んだ瞳に見つめられ私は口を開いた。
 
「嫌だった?」

「……そんなこと、ない。……昨日言えなかったけど、私も明人君のこと昔から好きだったから」

 一気に私の頬は熱くなり、確実に自分は今赤面したのだと確信した。
 なにもこんな所で、と思いつつも私の心は歓喜に震え、頭の中では神輿を担いだ筋骨隆々な男達が私のことを祝いに祝ってくれた。
 前方では年甲斐もなくニヤついた老人達がこちらチラチラと見つめ、お爺さんに至っては口笛を鳴らしていた。彼女もやっと状況を理解したのか、二人ともども赤面した。

551:名無しさん@ピンキー
07/12/24 15:43:25 2W4pIRPE
 重ねた手が絡み合い最終的に恋人繋ぎへと落ち着いたところでバスは自分達の目的地に着き、
どこで降りるかもわからない老人達の好奇な視線を浴びつつ大勢の乗り込んでくる人達と入れ替わりにバスから私達は退場した。
 流石に都会なだけあって、人通りは私達の町とは比べモノにならないほど凄いもので一度逸れたらもう二度と会えないんじゃないか
と思えるほどだった。実際自分は子供の頃に一度それを体験している。
 都会へと踏み込んだことの無い彼女は不安からか恋人繋ぎを解除して一転、腕を絡めてきた。
 彼女の控え目な胸が腕に当たるたびに何か色々と限界を突破しそうになる自分を必死で抑えて目的地へと向かった。
 
 目的地は都内の百貨店の最上階にある映画館で、女っ気の無い私を心配してか義妹がくれたチケットを有効に使うことにした。
 バスから降りたときには雨が降っており地下道を通ることで難を逃れたがそこから出て来た時には雨はすっかり晴れ上がっていた。
 少々残念な気もするが、相合傘は動きづらいだけと友人が言っていた気がする。それでも腕は絡められたままで、童貞の私にとってはそれだけで十分お釣りが返ってくるものだ。
 百貨店内に入ると彼女の服装の印象もかなり変わってくる。麦わら帽子は外して手に持ってマシになっては居るが、この都会の町中人並みだと田舎上がりのオノボリさんに見えてしまう。
 そのある意味目立つ服装に注目を感じたのか心なしか私に回された彼女の腕の力が強くなる。ある意味こちらとしては嬉しいような嬉しくないような。
 映画館内で規格外に高い飲み物とポップコーンを買い席に着く。最初は空いていたが後からワラワラと人が入り始め映画が始まる頃には空き席は一つも無くなっていた。
 映画の内容は私が読んだ本にもよくあった悲愛物で、本でさえ見るたびに涙していた私にとって映像になったそれは私を号泣させるのに十分なものだった。
 
「明人君の泣き顔見れてよかった」

 映画が終わって感想を尋ねてみると、彼女は涙目になった瞳で私に対する感想を何の恥ずかしげもなくそう言った。
 子供の頃は二人して本屋の彼女の家で本を読み漁り、見事なまで双方無言のまま門限まで本を読むと別れの挨拶だけして家に帰っていた。
 今思えば不健康な上に不思議な関係極まりない。
 一通り百貨店内を回り彼女に栞をプレゼントした後、屋上のビーチパラソルが刺さった机で彼女の弁当を広げることにした。
 屋上に上がった時には天気は晴れ晴れとしすぎパラソルで遮ってそれでも光が透過して机を淡く照らす。
 弁当の中身はサンドイッチで、このまま店に出しても大丈夫そうなほど出来だ。
 その感想を帰りのバスで言うと君しか買わないでしょ、と嬉し恥ずかしそうな顔で返してきた。表情の変化が乏しい彼女の珍しい顔だ。
 ハムスターのように少しづつ齧る彼女とは対照的に一つ三口で食べきる私にとっては物足りなさを感じさせたが、
 腹八分目が体にいいとどこかで聞いたような気がしたのでそういうことにした。
 デートコースかは微妙だが、幼い頃からの私達共通の趣味であるため帰りには本屋に寄った。
 田舎の彼女の店とは品揃えも格段に違い、無表情な彼女の顔も僅かながら興奮してるような変化が見られた。
 多分他人が見てもわからないが、そこは長い付き合いの私だからこそだろう。
 胸いっぱいに本を抱えた彼女と乗り込んだ帰りのバスは流石田舎行きのバスだけあって中はスッカラカンだった。

552:名無しさん@ピンキー
07/12/24 15:46:19 2W4pIRPE
幼馴染とやりたいこと書き連ねて溜まったものを物語風にしてみたらこんなになった。
お互いのことは隅々まで理解しときながらもエッチまではいかずプラトニックな関係が理想です
でわ。

553:名無しさん@ピンキー
07/12/24 15:49:46 F+RW9TBd
そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやっ!
そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやっ!
そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやっ!

筋骨隆々ではないが、祝わせてもらおう。

GJ !!

554: ◆U3SZPcxj.U
07/12/24 16:59:02 KKgFLKaW
クリスマスネタ投下します。

保管庫にある1/365というSSの続き。
前作を読まなくても内容はわかるようになっています。
エロ無し、長文注意。好みでない方は、スルーをお願いします。

他の投下の作者様にかぶせてしまう形で申し訳ありませんが、クリスマスイブなので許してください。

555:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:00:20 KKgFLKaW
 12月21日。

 そうだな。
 世の中には色々な幼馴染みの形があると思う。
 親友もあるだろうし、ロマンティックな恋人の関係もあるだろう。

 オレにとって上原優希は、ちょっとバカで気のおけない、小学一年生のノリそのままで付き合える親友だった。

 「ごめん」の一言で解決しないケンカなんてなかった。
 口にできない言葉なんてなかったし、言葉にならない想いなんてありはしなかった。
 つまるところ、オレはあいつのことをいつまでもTシャツと短パンで走り回っていたガキンチョのままだと認識していたのさ。

 時は過ぎ、いつの間にかオレ達はそれぞれに青い季節を迎え、互いに知らないことが増えていった。
 貧乳の出目金とこきおろすのがもっぱらだったあの男女は、いつの間にか目元のぱっちりしたスレンダー美人という定評を得た。
 オレの方はといえば小学生以来の「アホ」という称号に「スケベ」「へたれ」という不名誉なタイトルが加わわり、負の三冠王に輝くのが精一杯という有様だった。

 クラスの誰にでもかまわない。優希の評判を聞いてみるがいい。
 可愛らしくていつも明るく、スポーツもできて勉強もできる。それでいて気取ったところもない……。
 おそらくステレオタイプの「身近なアイドル」の評価を聞けるだろう。
 実際、そうに違いないぜ。天真爛漫な笑顔と気さくなキャラクターは、親しみやすいクラスのアイドルそのものだ。


 「ねえねえ、純一っ。あたし、また告白されちゃった」
 高校一年生の時に陸上部のキャプテンに告られて以来、優希は律儀にもそんな報告をオレにするようになった。
 そして、何かを期待するようなキラキラした目でオレを見てくる。
 「……告発されちゃった? それは大変だな。実刑が出ないように祈ってるぞ」
 「違うよ。告白されちゃったって言ってるんだよ」
 「独白されちゃった? そいつは面倒くさいな。聞いている振りして頷いておけばいいんじゃないか」
 「……耳が遠いの? おじいちゃん」
 「ちぇっ。聞こえてるよ。告白されたんだろ?」
 白い目で見てくる優希に向かって、オレは手を振って言った。
 「それで、オレにどうしろっていうんだ?」
 「あたし、どうすればいい?」
 優希はいつも真っ直ぐな瞳でオレを見つめてくる。
 「そんなこと、オレに聞いてどうするんだよ。オレが断れって言ったら断るのかよ?」
 「うん」
 「じゃあ、オレが付き合えって言ったら付き合うのかよ」
 「うーん……」
 幼馴染みは考え込んだ。
 「ふん、だったら断ればいいじゃねえか」
 面倒くさくなってオレが投げやりに言うと、
 「うん、そうする!!」
 クラスの身近なアイドルは顔を輝かせて頷いた。

 ……ちぇっ。この女の考えてることはまるでわからんな。

556:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:01:09 KKgFLKaW

 「─なぁ、浅野」
 オレがある日の放課後帰宅しようと席を立った時、声をかけてきたのはクラスメイトの男子生徒である八木だった。
 「おまえ、上原と仲が良いんだろう?」
 「そうだな。仲が良いという見方もできるかも知れんな」
 オレが言うと、八木は言い出しにくそうな様子を見せていた。
 「なんだ、優希がどうかしたのか?」
 「その─、上原って、彼氏いるのかな?」
 奴はもじもじしながらやっと言った。
 「オレの知る限りでは、いないな」
 「そ、そうかっ」
 八木の顔がぱっと明るくなった。
 「で、その……」
 と、再び奴はもじもじと身をくねらせる。男のくせに気持ち悪い野郎だな。
 「浅野は、上原のことをどう思ってるんだ?」
 オレは、不意をつかれて口ごもった。
 「どうって……、言われても」
 「上原のことが好きなのか?」
 八木は真摯な瞳でオレを見てくる。
 「ば、バカ。そんなわけないだろ。誰があんなバカ女……」
 「そ、そうなのか?」
 「おうよ、こっちからお断りだ。あんな貧乳女、洗濯板代わりが良い所だぜ。がさつで乱暴で口は悪いし、女らしさっていうものがまるでない。私服になったら男だか女だかわからないぜ」
 「そ、そうか」
 オレのまくし立てに若干困惑気味ではあるが、八木は安心した様子を見せた。
 「じゃあ、悪いが上原に俺を紹介してくれないか?」
 「……な、なんだって?」
 オレは絶句した。
 「俺、上原のことが好きなんだ。でも、なかなか話しかけるきっかけがないんだよな。幼馴染のおまえの方から紹介してもらえないか?」
 八木は手を合わせて頭を下げた。
 「や、やめとけよ」
 オレはやっと言った。
 「あんなアホと付き合ったら大変だぞ。デリカシーはないし思いやりもない。おまえみたいな奴はせいぜい締め上げられて尻に敷かれてたかられて、泣くのがオチだぞ」
 「そ、そうか?」
 「そうだよ! あいつと来たら屁はくせぇし、いつも大股開いて座ってやがるし、腹も出てるし足も太い。家に帰ったら百年の恋も冷めるぞ。いつもいつもオレの背中をどつきやがって─」

     どんっ!!

 「─そうだよ、こんな感じに……」
 はっとなって振り返り、オレは目の玉が飛び出した。
 「足が太くて悪かったわね……」
 そこには、大魔神のようにまなじりを吊り上げた親愛なる幼馴染みが立っているのだった。
 「げ、優希……」
 「げ、じゃないわよ。人のいない所で散々悪口を言ってくれちゃって……」
 不機嫌そうな優希。
 八木が肘でオレを小突いた。
 ちっ、アイコンタクトしなくたってわかってるよ。


557:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:03:26 KKgFLKaW

 オレはコホン、と咳払いした。
 「優希」
 「なによ?」
 「─ここにいる八木が、おまえのことが好きなんだってよ」
 「お、おいっ」
 八木は顔を真っ赤にしてオレに掴みかかる。
 「性急すぎるだろっ」
 「別にいいだろ。さっさと済ませればいいじゃねえか」
 「……で? あたしにどうしろって言うの?」
  優希はさらに増して不機嫌そうな表情になっている。
 「八木のことが気に入ったら、付き合ってやれば」
 オレはぶっきらぼうに言った。
 優希の顔は悪鬼のようになった。
 「あーそう!! じゃあ、八木くんと付き合っちゃおうかなぁ!!」
 可愛くない幼馴染みはオレに顔を近づけると、あてつけのように大声を出し
て言った。
 「良かったじゃねえか。おまえと付き合ってくれるようなマゾヒストがこの
世に存在しててくれてよ!!」
 「はん! 純一と付き合ってくれるようなマニアは当分出て来ないかもしれ
ないけどね!!」
 思い切り顎を突き出してくる優希。くそっ、なんて可愛くない女だ。
 「ちっ、好きにしやがれこのアホ!!」
 「いいよ!! 八木くんと付き合ってやるよ、バカ純一!!」
 「あーそうかい。良かったな、八木!!」
 空中で火花が飛びそうな勢いて睨みあうオレと優希。
 オレ達は同時に「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。優希はどかどかと大
きな足音を立てて歩き去って行った。ちっ、このガニマタ女。
 ふと見ると、八木がうらめしそうにこっちを見ていた。
 「─良かったな。付き合うってよ」
 「アホ、あんなの口だけに決まってんじゃねーか。鈍感ヤローが。おまえに
頼んだ俺がピエロだったよ……」
 八木は肩を落として歩き去った。
 ちっ、どいつもこいつも……。

 もう誰でもいいから、男と付き合っちまえよ、優希。
 そして、頼むから馴れ馴れしい態度でオレのそばにいるんじゃない。
 そうじゃないと、オレは……。

 ちぇっ、くそっ。



558:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:04:01 KKgFLKaW

 12月22日。

 次の日オレが帰宅しようと下駄箱に降りていくと、そこには優希が立ってい
た。
 「どうしたんだ?」
 「待ってたんだよ、純一を」
 そう言って、生意気で可愛らしいオレの幼馴染みはにやっと笑った。そこに
は、昨日の怒りやわだかまりは微塵も残っていない。
 「純一、ショッピングに付き合ってよ」
 それは、いつもの天真爛漫な優希だった。
 この女はまるでわからんな。笑ったと思ったら泣き、泣いたと思ったら次に
会った時には喜んでいる。
 要するに、優希はまだまだその場の感情のみで動いているお子様だっていう
ことなのさ。そうだろ?
 オレは、いいぜ、と言った。


 「─明後日はクリスマスイブだよ、純一」
 浮かれた装飾にあふれた街を歩きながら、優希は言った。うきうきとした雰
囲気に影響されたものか、その顔は明るい。
 「そうだな」
 「昔は、家族ぐるみでクリスマスをしたね」
 優希は空を見上げて言った。
 「ああ。おまえがうちに来て、オレと母親と、時にはふたりの親父も入って、
ささやかなパーティーをしたな。いつから止めちまったんだっけな」
 「中学一年生が最後だよ」
 優希は即座に言った。
 「純一が止めるって言い張って、それで中止になったんだよ」
 「そうだったかな……?」
 「クラスの女の子にからかわれて、それで怒っちゃってね……」
 オレは頭をかいた。
 「そんなこと、あったっけ……。中学一年生だから、きっと恥ずかしい時期
だったんだろうなぁ」
 「─からかったあの子、本当は純一のことが好きだったんだよ」
 ぽつり、といった感じで優希は言った。
 「へえ?」
 オレは忘却の彼方に去ってしまった女の子の顔を思い出そうと試みたが、ど
うにも浮かび上がってくる気配はなかった。
 「後であたし、謝られたんだ。知らなかったでしょ、純一?」
 知るも何も、その女の子の存在すらオレは忘れてしまっていたが、そんなこ
とがバレたら何を言われるかわからないのでオレは黙っていた。
 「あの後すぐ転校していってしまったけど、あたしはあの子と約束したん
だ」
 「へえ、どんな?」
 ここまで言っておいて、意地の悪い幼馴染みは笑みを浮かべたまま、
 「内緒だよ」
 と言った。
 ちぇ、最後まで話しきれないなら最初から振るんじゃない。



559:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:04:41 KKgFLKaW
 「─ていうか」
 とオレは言った。
 「そんなことをいちいちよく覚えてるな、おまえは」
 「あたしは純一とのことならなんでも覚えてるよ。初めて出会った日から、
今日までのこと。一日だって忘れたりしない」
 優希は夢見るようで、そして儚げな顔つきでオレを見た。こいつ、こんな表
情できたんだな。
 「純一は初めてあたしと会った日のことなんて忘れちゃったでしょう?」
 「ふん、忘れるはずなんてないさ」
 「ウソ。絶対忘れてるよ」
 「忘れてなんかいないさ」


 優希。おまえと出会ったのは、そう、小学一年生の冬。ちょうど今頃だった
な。
 オレの家の隣に引っ越してきたのが初めての出会いだった。
 まだ内気な少女だった優希は父親の後ろに隠れて、ロクに挨拶もできなかっ
たのを覚えている。
 あんまりいつも静かで話さないものだから、その、なんだ、オレは最初の頃
少しいじめてしまった……。
 母親を早くに亡くして、いつも昼間ひとりでいたことが関係しているのかも
知れなかったが、、あの頃の優希は何を言われてもうつむいて無言でいる内向
的な少女だった。
 今思うと信じられない話だが、とにかく優希は無口で物静かだった。
 一体誰のせいでこんながさつな女に育ってしまったのだ?
 ……まぁ、それはいい。
 あれは、クリスマスイブの夜だった。
 隣の上原家からとんでもなく大きな泣き声が上がり、続いて、ドアが勢い良
く開く音がした。
 遠ざかっていく小さな足音。
 こうして、よりによってクリスマスイブの夜に優希の奴は失踪しやがったの
さ。
 ウチの両親も一緒になって探し回ったのだが、優希は見つからなかった。引
っ越して間もなかったから、優希自身も土地勘がなく、迷ってしまったものと
思われた。
 だが、子供のことは子供が一番良くわかっている。
 そう、優希を見つけだしたのは、オレだったんだ。

 …………………………。


 「─どこで、見つけたの?」
 優希に訊ねられ、オレは返答に詰まった。
 「……どこだっけ?」
 幼馴染みは肩をすくめた。
 「ほら、忘れてる」
 「こ、これはほら、度忘れってやつだ。そのうちに思い出すよ」
 オレは慌てて取り繕うように言うが、優希は呆れたような、諦めたような顔
でオレを見るだけだった。
 「あと2日のうちに思い出してくれないとダメだよ」
 「2日? なんでだ?」
 「そうしないと、手遅れになってしまうから……」
 優希は小さな声で言った。
 手遅れだって? 何を言っているんだか。そんな昔の話、そのうちに思い出
せればそれでいいはずさ。



560:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:05:12 KKgFLKaW

 「ねえ、何かクリスマスプレゼントを買ってよ」
 と優希は言った。
 「金欠高校生のオレに何をねだっているんだ。そんなもん、告発してくれた
ボーイフレンドにいくらでも買ってもらったらいいだろうが」
 「ボーイフレンドじゃないもん。それに、告発じゃなくて告白だって言って
るでしょ」
 優希は遠くを見ながら、
 「あたし、純一からの贈り物が欲しいな」
 と言った。
 「あいにくとオレはロマンティストじゃないんだ。そんな洒落た演出なんて
このオレに期待するだけ無駄だぜ。映画の見過ぎだよ」
 優希は笑った。
 「純一は今年のクリスマスイブ、きっとあたしに最高のプレゼントをくれる
よ」
 指をオレに向けてビシリと差す。
 「ドーン!!」
 おまえは喪○福造か。残念ながら、世の中はそんなに甘いものじゃないんだ
ぜ。
 オレ本人がやらないと言ってるんだから、やらないのさ。
 間違いなんかあるはずがないぜ。



561:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:05:46 KKgFLKaW

 「─それで結局、八木の奴はお断りしちゃうのか?」
 「当たり前じゃん」
 優希はこともなげに言った。
 「もったいねえな。次から次へとバイバイしてたら、男が寄り付かなくなっ
ちまうぞ?」
 「フン、別にいいよ」
 この話題になるときまって幼馴染みは面白くなさそうな顔をする。最近は特
に、情緒不安定だな。生理か?
 「男にもてて、結構なことじゃないか。オレなんて浮いた話のひとつもない
んだぜ?」
 オレが言うと、優希は何を思ったか、胸を張った。
 「あたしがいるじゃん!!」
 「ははは」
 「……な、なによ、今の乾いた笑いはっ!!」
 「オレとおまえじゃ、誰が見たって兄妹にしか見えないぜ」
 オレが言うと、むっとした顔になる優希。
 「なんであたしが純一の妹扱いなのよっ!!」
 「そんな貧乳の幼児体型じゃあ、絶対に年下に見えるさ」
 オレがからかうように言うと、優希は意地になったようだった。
 「むう。こうすれば、絶対に恋人同士に見えるよっ!!」
 「あっ、バカっ」
 何も考えていない幼馴染みは、オレの腕を取ると、それに抱きついてきた。
 「や、やめろっ」
 オレは突然の凶行に慌てふためき、腕を振り解こうとするが、確信犯である
優希はがっちりとしがみついたままだ。
 「どうだ、まいったか!」
 幼馴染みは楽しげに目を細める。
 「誰がまいるか、バカ」
 オレは一瞬考え、
 「……天保山、てところか」
 と言った。
 「なによ、それ?」
 きょとんとした顔をする優希。
 「日本で一番低い山」
 オレが答えると、彼女は無言でオレの頭をばしっとはたいた。
 「もっとちゃんと触りなさいよ、ほらほら」

     ぐりぐり

 「や、やめんかアホっ」
 胸の隆起をオレの二の腕に押し付けてくる。な、何を考えてるんだこのアホ
女。
 「ほらほら、これでもDカップは一応あるのよ。着痩せするだけなんだって
─」
 そんな情報いらん!
 まったく、こんな胸に、誰が参るというのだ。くそっ。

 い、意外に……、胸、でけぇじゃねえか。けしからんぜ。まったくけしから
ん……。



562:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:07:20 KKgFLKaW

 「あー、君達、公衆の面前であんまりやりすぎてはいかんよ」
 オレ達に声をかけてきたのは、中年の警官だった。
 そりゃあ、街中で乳さわり(?)を公然と行っていたら声もかけようというも
のだ。
 気付けば、オレ達は周囲の視線を一身に集めていた。
 「す、すみません……」
 すっかりと恐縮して頭を下げる優希。
 「けっ、ちびっちゃいものをちびっちゃいと言っただけじゃねえか」
 オレはそっぽを向いて言った。
 「こ、こらっ。純一、ちゃんと謝りなさい」
 警官を見ると条件反射で反抗したくなる困った体質のオレは、「けっ」とも
う一度吐いた。
 「す、すみません……」
 すっかり常識人サイドに立った優希はオレの代わりに頭を下げる。
 「はは、いいんだよ。仲が良いのはいいことだ」
 クリスマスシーズンという時節柄もあるのかも知れない。人の良さそうな中
年警官は笑って言う。
 「ありがとうございます」
 他人の前では意外に人当たりの良い優希はそつなく笑顔を作る。
 「これからも姉弟で仲良くしてくださいね」
 警官は言った。

 あ……っ

 、とオレは思った。

「誰が姉弟だ、この節穴っ!!」

     どすっ

 優希は条件反射的に警官の股間を景気良く蹴り上げた後、しまったという顔
をして口に手をあてた。
 オレは顔に手をあてた。
 このバカが。そんなに怒る必要なんて、どこにもないじゃねえか。

 ………………………。

 ……優希、おまえはそんなにオレと姉弟に見られるのが嫌なのかよ?




563:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:07:51 KKgFLKaW

 12月23日、日曜日。

 その日は、朝から冷たい雨が降っていた。
 オレは昼ごろにゴソゴソと起き出し、居間のテーブルに座ると、頭をぼりぼ
りと掻きながら、
 「母ちゃん、飯」
 と言った。
 「台所にあるおにぎりを食べな」
 母はアイロンをかけながら言った。
 オレは台所から皿を持ってくると、無言でおにぎりを頬張っていた。
 「─純一」
 母は言った。
 「最近の優希ちゃん、浮かない顔をしていることが多いね」
 「そうかい」
 オレは一フレーズで会話を打ち切ると、黙っておにぎりを口に運び続けた。
 「優希ちゃん、最近よく丘の上の造成工事現場に顔を出してるんだって」
 オレの母は、一度言おうとしたことは、相手がどんな反応を返そうとも言い
切る胆力の持ち主だった。

 今年に入ってから始まったこの街の再開発計画は順調に進み、長い間手つか
ずだった雑木林の茂る小高い丘にもその波が迫り始めた。
 先月くらいから、ブルドーザーが入って次々と伐採を始めたという。
 「なんだ、土方仕事にでも憧れてんのか?」
 「アホ。よくわからないけど、工事の中止を頼んでいるらしいよ」
 「何考えてんだ、あのバカ。頼んだくらいで開発計画が止まるとでも思って
るのか?」
 「優希ちゃんにバカなんて言うんじゃないの。あんた、何か心当たりでもな
いの?」
 「心当たりか……」
 昔からずっと住んでいるオレ達にすれば、街が急激な変化を遂げていくのに
は一抹の寂しさがある。
 だが、それも時の流れというやつだ。
 とは言え、優希があの丘に人一倍の思い入れを持っていたとしてもおかしく
はない。
 あいつは昔から何か悲しいことやひとりになりたいことがあると、必ずあの
丘にひとりで登っていた。
 ひとりになりたい時とはつまり、いつも相談相手になっていたオレとケンカ
した時に他ならないわけだが。



564:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:08:24 KKgFLKaW

 「優希ちゃんを守るのは仮面ライダージュンイチの役目なんでしょ」
 母は言った。
 「ちぇっ。そりゃガキの頃の話さ」
 「今だって十分ガキでしょうが」
 母の言い草はいつだって容赦がない。
 「今の優希にはいくらでも王子様の立候補者がいるんだよ。
 間抜けなヒーローの出る幕なんてありはしねえんだ」
 「このバカ息子が、女の子の気持ちがわからないような木偶の棒に育てた覚
えはないよ。
 ガタガタ言ってる暇があったら、さっさと優希ちゃんを元気づけてきなさい。
 それがあんたの唯一の存在意義でしょうが」
 「実の息子と近所の女の子のどっちが可愛いんだ、あんたは!?」
 「優希ちゃんに決まってるでしょうが。ほら、さっさと行け。今日も丘に行
ってるみたいだよ」
 「この鬼母が……」

 オレは半ば追い出されるようにして、雨の降りしきる十二月の外へと足を踏
み出した。


 ………………………。

 ああ、わかっているさ。

 優希は、オレに好意を持っている。
 だが、それは幼馴染みとしての延長線上にある感情だ。

 オレ達、変わってしまったんだ─。

 優希。おまえはいつまでもお子様のつもりなのかも知れないけれど、おまえ
がオレに言っていること、じゃれついていることは、とてもとても重い意味を
持っているんだぜ。
 みんな、おまえのことが女として好きなんだ。
 子供の頃、一緒に走り回っていた時の「大好き」とは違うんだぜ。
 オレ達、友達以上だけど、決して恋人でもないんだ。
 微妙な関係さ。
 誰よりもお互いのことをわかりあっているし、誰よりも長い時間一緒にいて、
いつでも信頼しあえる。
 けれど、肩を寄せていることはできるのに、もう一歩踏み出して肩を抱くこ
とは決してできないんだ。
 その一歩は近くて、遠い遠い距離なんだぜ。

 なのにおまえは、どうしてそれを簡単に踏み出して来れるんだ?



565:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:08:55 KKgFLKaW

 雑木林が伐採され、地肌が露出を始めている。
 あたりにはブルドーザーが入り、その強力な刃はオレ達の思い出を一瞬にし
てゼロへと還元していく。
 優希は、大人の男ひと抱え分もある大きな石に座って、その光景を黙って見
つめていた。
 「風邪ひくぞ、優希」
 オレは自宅から持ってきたコートを無鉄砲な幼馴染みの肩にかけてやった。
 彼女はこちらを見ると、少しだけ笑った。その笑顔がひどく寂しそうに見え
たのは、オレの気のせいだろうか。
 「工事を止めさせるなんて無理だから諦めろよ」
 オレは言った。
 「オレだってこの場所がなくなっちまうのは寂しいけどさ。いつまでも同じ
ものなんてないのさ」
 優希はオレの目を見た。
 「せめて明日まではここに残っていて欲しいの」
 「明日?」
 「クリスマスイブまでは……」
 「ちぇっ、またそれかよ。クリスマスイブがなんだって言うんだ?」
 フン、と鼻を鳴らすオレ。
 「……純一はあたしと話す時、いつも不機嫌そうだね」
 「そんなことはないさ」
 「そうだよ。いつも『ちぇっ』とか『ふん』って言ってるよ」
 「それは─ちぇっ。なんでもないよ」
 「ほら、また言った」
 優希は笑った。
 ふん。なんでオレが優希と話す時、いつも不機嫌そうかって?
 オレはおまえと違うのさ。
 「いい加減、大人になれよ」
 オレが言うと、優希は不思議そうな顔をした。
 「大人ってなに?」
 「何って、おまえ……、そりゃあ。オレもわからないけどさ」
 「純一、言ってることがおかしいよ」
 「う、うるせえな」


 オレだってわかんねえよ。
 わかんねえけど……、きっと、好きなものをただ好きと言えなくなることじ
ゃないだろうか。
 だってオレ達は、仮面ライダーとお姫様から、ひとりの女と男になってしま
ったのだから。
 その秘密はいつだってオレを苦しめ、無邪気な好意を寄せてくる優希の誘惑
はオレを苛立たせるんだ。



566:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:09:26 KKgFLKaW

 「あたし、八木くんと付き合っちゃおうかな。純一にも言われたし」
 優希は白い息を吐きながらそんなことを言った。
 「ふん、好きにしたらいいだろう」
 「好きにするよ」
 優希は珍しく投げやりな口調で言った。
 「明日、純一に会えなかったらそうする」
 「なんだよ、明日って。なんの約束もしてないだろう?」
 「純一が忘れているのなら、それでいいんだよ。きっと、そうなるべくして
なったんだよ」
 優希は何かを決意したような真面目な顔つきをしていた。そしてその表情は
オレの心をかき乱し、ひどく落ち着かない気持ちにさせるのだった。
 幼馴染みは大石に腰掛けたまま、上を見上げた。

 それは……、一本のもみの木だった。

 今までオレは、明るくて可愛らしくてそのくせやたらと寂しがりやな幼馴染
みに声をかけるために、何度ここを訪れただろう。
 いつも彼女はこの石に座ってもみの木を見上げていた。
 一体この木にどんな信仰を抱いているのか定かではないが、まるで神にすが
るかのように優希はこのもみの木にいつも何かを祈っているようだった。
 オレ達が出会った頃からずっと立ち続ける老木。オレ達の成長も喜怒哀楽も
すべて丘の上から見下ろしてきた祖父のような存在。
 これだって、もうすぐ切り倒されてしまうだろう。優希の気持ちもわからな
いでもないが、仕方のないことなんだぜ。


 「クシュッ」
 優希はくしゃみをした。
 「雨も降っているし、あまり濡れると風邪ひくぜ」
 「もう少し寒くなればきっと雪に変わるよ。明日は雪が降ればいいな」
 「暢気だな、おまえは。そんなこと言ってて、高熱出して寝込んでも知らな
いぞ」
 「大丈夫だよ。クリスマスイブの雪は大好きなの。なんだかとっても安心で
きるの」
 そう言って、優希はまたもみの木を見上げた。
 オレは強引に優希を立たせ、自宅に送っていった。
 なんだか優希は少しだけふらついているような気がした。



567:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:09:57 KKgFLKaW

 深夜の丘の上。
 工事を終えた作業員達が車両の点検を済ませ、帰り支度をしている。
 「……なぁ、ブルドーザーの調子、悪くないか?」
 ひとりの作業員が言った。
 「そうだな。火花が出てるじゃないか。こりゃ修理が必要だな。とりあえず、
電源だけは切っておけよ」
 「オーケー」
 作業員がひとり残る。
 彼が車両の電源を落とそうとすると、携帯電話の着メロが流れた。
 恋人からの電話だった。
 「─えっ!? 今日約束してたっけ!? い、いやっ。忘れてなんかいな
いよ。
 ちょ……っ、明日のホテルキャンセルなんてそんなのないよっ。ま、待て、
話し合おうっ!!」
 彼は冷や汗をびっしょりとかきながらいずこかへ走り去っていった。

     バチバチバチバチバチバチッッッ

 残されたブルドーザーの駆動部から、青白い火花が散った。



568:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:10:34 KKgFLKaW


 オレにはいつも肌身離さず持っている首飾りがある。

 どこで手に入れたものなのか、いつから身につけているものなのか、なぜい
つも身につけているのか、定かではない。

 その首飾りはどこかおかしな形をしている。
 そう、まるで、元々は一つの物だったのを二つに割ったような、そんな不思
議な形をしているのさ。
 周囲の人間には、そんな古くて汚い首飾り、さっさと捨てるように言われて
いるのだけれど、なぜかどうしても捨てることができない。

 何か、絶対に捨ててはならないもののような気がするんだ。理由は思い出す
ことができないのだが、とにかくこれはオレにとってとても大切なもののよう
な気がしてならないんだ。
 そういえば優希がいつも使っている髪留めも、これに良く似ていたような形
がする。

 けれどそんなこと、ほんの偶然に過ぎないんだろうな─。



569:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:11:05 KKgFLKaW

 12月24日。夜。

 「天にまします我らが父よ、アーメン」
 「アーメン」

 なにげに熱心なカトリックの信者である母親に連れられ、毎年24日の夜には
オレは教会へと連れて来られ、神父様のありがたいお話を聞かされることにな
っている。
 自分で言うのもなんだが馬耳東風とはこのことで、どんなにありがたい話も、
聞く者に教養がなければ豚に与えられた真珠も同じだ。
 オレは、まるで話を聞かずに考え事をしていた。
 それは、昼に携帯で交わした優希との会話の内容だった。


 「なぁ、オレとおまえって、今日何か約束してたか?」
 「してたよ」
 優希は即座に答えた。
 「ぜってー、してねえ」
 オレは、反射的に答えた。
 「ウソ、絶対絶対絶対した!!」
 「オレのシステム手帳をなめるなよ。約束関係はきっちり書き込んでるんだ
ぞ」
 「それでも絶対したもん!!」
 「どこで、何時に待ち合わせなんだよ?」
 「そんなこと、もう言わないもん!!」
 「じゃあ、行けねーだろーが!!」
 「だったら、来なくていいもん!!」
 「そこまで言われて誰が行くか、このわがまま女っ!! 寒い中いつまでも
ひとりで待ってやがれ!!」
 「いいよ。いつまでだって、純一が来るまでひとりで待つもん!!」
 「けっ。せいぜい風邪でもひいて正月はずっと寝込んでろ!!」
 「純一はきっと来るもん!!」
 「本人が行かねーって言ってるだろーが!!」
 「この、バカっ!!」

     ぶつっ

 こうして乱暴に携帯は切られた。
 なんて意地っぱりだ。今年から使っているこのシステム手帳にはどんな些細
なことも書き込んでいるんだ。書き漏らしなんてことは絶対にない。
 去年以上前からの約束でもない限り、さ。
 


570:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:11:44 KKgFLKaW

 昨日からの雨はいよいよ激しさを増していた。
 外は暗く、気温は急激に下がっている。

 関係を修復しようとしてかけた電話が物別れに終わった以上、残念ながら今
年のクリスマスはお互いに寂しいものになることが決定したようだ。

 ……………………………けっ。

 バカヤローが……。

 オレも一級品のバカヤローだが、優希も相当のバカだと思う。

 とにもかくにも、仲直りしておけばいいはずだ。そんなに意地を張るまでに
大切なものが今日にあるとでも言うのかよ?
 たかがクリスマスイブだろうが。
 少しだけ浮かれて楽しく過ごしたらそれでオーケーだろ?
 ただそれだけのものであって、それ以上でも以下でもないもののはずだろう
が。


 ………………………………。

 ……まさかと思うが、このクソ寒い中、約束したというどこぞの場所でひと
り待っているわけじゃないだろうな?
 いくらなんだって、そこまでバカなわけじゃないだろう?

 なぁ、 そうだろう? 優希。



571:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:12:28 KKgFLKaW

 「─クリスマスイブというのは特別な夜なのですよ」
 どんな話の流れなのか、神父様は前列の席に座っていた子供と対話する形で
話を行っていた。
 「皆を幸せにしてくれる夜なのです」
 「知ってる! プレゼントをくれるんでしょう」
 子供は、自らの経験をもとに返事した。
 「はは、違いますよ。
 イエス様は世界中の人を幸せにしてくれるけれど、それはお金をくれたり、
手を出して助けてくれることではありません。
 パンひと切れ、ぶどう酒ひと口でも幸せな気持ちになれるようにしてくれる
ということなのです」
 「つまんないの」
 「そんなことはありません。
 あなたは気付いていないかも知れないけれど、いつでもあなたのそばにいて、
笑っていてくれる人がいるでしょう?
 ─それが最高の幸せなのです。
 ほとんどの人は失ってしまってからその大切さに気付くのですよ」
 その言葉を聞いて、オレの胸に何かの違和感が生まれ始めた。
 この言葉、以前にも聞いたことがある気がする。
 すでに爺さんになっている神父様、あんた、もしかするとクリスマスの説教
は一定の周期で使いまわしているんじゃないのか?
 そうだな。
 たとえば、12年前の今日、もしかしてあんた、この話をしているんじゃない
のか。
 次に来る言葉はこれだ。
 「クリスマスイブは魔法の夜なのですよ。人を幸せにしてくれる魔法」

 ─クリスマスイブは、魔法の夜なんだって、神父さんが言ってたぜ。

 忘却の彼方から甦ってきた記憶が収束し、オレの脳裏で像を結び始める。
 この言葉は、オレが自分で言った言葉。
 バカで無鉄砲で、ひどく落ち込んでいた少女に送った初めての激励の言葉。

     がたーんっ!!

 静かな教会の中に響き渡るような大きな音を立てて、椅子を蹴倒し、オレは
立ち上がった。
 周囲の視線が一身に集まるる
 「気でも違ったの、バカ息子?」
 隣にいた母親は目を丸くした。
 「うるせーな。たった今、オレは自分が大バカ野郎だって、気付いたんだ
よ」
 「何を今さら─」
 「オレが自分で気付いたのが手遅れじゃないって、神に祈ってろ、アーメ
ン!!」
 オレは捨て台詞を残すと、教会を飛び出した。

─目指すは、あの丘!!



572:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:12:59 KKgFLKaW

 クリスマスイブの浮かれた街を疾走していく俺の視野は狭窄していく。
 見えているのは、丘の上に一本立つもみの木だけ。
 目の前など確認せずに全力で走る。

     どんっ

 女連れの男に肩をぶつける。
 「いてーな、ちゃんと前見ろっ」
 「うるせえっ。急いでんだよっ」
 走れ。
 急げ。
 一分でも、一秒でも早く着け。
 そしてこのたとえようもない不安よ、止まれ!

 そうさ。
 オレと優希が初めて心を通わせたのは十二年前のクリスマス・イブ。
しんしんと雪の降る聖夜。

 優希が家を飛び出したあの夜。
 ちょうどこんな風に、オレが全力で走った夜。

     ◇

 あの夜、6歳のオレは大人達に混じって夜の街の小さな捜索隊に加わってい
た。
 今思うと見当外れもいい所なのだが、優希の家出の原因は、自分が彼女をい
じめてしまったことだと思ったのだ。
 ひどい罪悪感に駆られ、オレは必死で無口な少女を探し回った。
 一緒に遊んだことのある公園や学校、駄菓子屋を巡回する。
 だが、優希は見当たらなかった。
 ジャンパーを着てマフラーを巻いていたものの、オレの手は冷たさにすっか
りいうことをきかなくなっていた。
 そろそろ諦めるしか選択肢がなくなった頃のことだった。
 オレはふと立ち止まり、丘の上に立つもみの木に目を止めた。
 あそこには一度も行ったことがないはずだった。
 だが今日の昼、あれを見ながら優希が、「あの木はもみの木なの?」と一言
だけ口にしたのを思い出した。
 あまり話すことのない優希だったから、その一言が妙に重いものに感じられ
た。
 オレは本能に導かれるようにして、もみの木の丘へと駆け出し始めた。



573:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:13:39 KKgFLKaW

 街を見下ろすもみの木の横に6歳の優希はいた。
 すべすべとして座り心地の良い、大きな石に腰掛けて街の灯りを見下ろして
いた。
 それはその後、何かあるたびにあいつがいつも座って考え事をしているお気
に入りの石だ。

 「こんな所で何やってるんだよ? みんな、探してるぜ」
 優希は、いつもの静かで暗く何かを背負いこんだかのような表情でオレを見
た。
 「─家に帰りたくないの」
 と、彼女は小さく言った。
 「なんでだよ?」
 「お父さんが、学校に行けっていうから」
 「なんだ、行けばいいじゃんか」
 オレは大変にデリカシーのない発言をした。
 「……」
 優希は黙ってうつむいた。
 「行きたくないのか?」
 彼女の沈黙は、肯定のように思われた。
 「なんで、行きたくないんだ?」
 しばらくの沈黙。
 「……嫌なことをあたしに言って、いじめる人がいるから」
 「ぎくっ」
 オレは胸に手を当てた。
 「あたしにお母さんがいないのをバカにしていじめる人がいるの」
 「……な、なんだって」
 オレはその頃から大バカヤローではあったけれど、そんな人でなしみたいな
ことをする子供ではなかった。
 なぜならオレは、大人になったら仮面ライダーになるのを夢見た自称正義の
味方だったからだ。
 「─そんなクソ共、気にすんなよ。今度やったらオレが退治してやるから
さ。この仮面ライダージュンイチがな」
 オレはポーズを取り、常に装着していたベルトの変身ベルトのスイッチを入
れた。
 するとそれは、くるくると頼りない回転を始めるのだった。
 「本当に、あたしを守ってくれるの?」
 優希は顔を起こして、目を大きく開いてオレを見た。
 「任しとけ。どんな悪党共が来ようとも、オレが叩きのめしてケツの穴から
手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわしてやる」
 「純一くん、台詞がヤクザ映画とごちゃ混ぜになってるよ」
 優希は小さく笑った。その安心した顔から、涙の雫が落ちた。
 なんだこいつ、こんな顔で笑えるのかよ。
 知らない街に引っ越してきて、母親もいなくて、そんなに不安だったのか?
 「よし、わかったら、家に帰るぞ、優希。みんな心配してる」
 オレが言うと、優希はまだためらっているようだった。
 「帰るのが怖い」
 「大丈夫だよ。いつだって、何があってもオレがずっとそばにいるから」
 今思い返すと、ずいぶんと過激な発言をする6歳だったものだ。
 だがその時のオレは、要するに家が隣だ、ということくらいの認識でしか話
をしていなかったに違いない。



574:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:14:25 KKgFLKaW

 「うん、わかった。帰る」
 と優希は嬉しそうに言って立ち上がり、オレの手を握った。
 彼女はもみの木を見上げた。
 「─でも、純一くん」
 「なんだよ?」
 「いつでも何があってもずっとあたしのそばにいるって、約束をして欲しい
の」
 「おう、いくらでも約束してやるぜ」
 「証拠は?」
 「オレは約束なんて破らないぜ」
 「そうであっても、信じられるものが欲しいの」
 なんだこいつ、すっかり不信感の塊だな。そんなに不安で不安で仕方ないの
かよ?
 「指きりしてやるよ」
 「そんなんじゃダメ。もっと、形のあるものにしてくれなきゃ」
 「うるせえなぁ。わかったよ。今、形のあるものを用意してやる……」




575:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:15:05 KKgFLKaW

 …………………………。

 ……ああそうさ。

 バカなおまえは、誓いの証を求めた。
 その証は今もあのもみの木の丘に眠っている。
 なあ、優希。
 だからおまえは、いつもあの丘にいたのかよ?
 あの丘を守りたいのかよ?
 寒さに震えながらあの丘にいるのかよ?

 ふたりで街を見下ろしたもみの木の丘。
 ふたりで共有した初めての秘密。
 出会いの思い出。
 あれからたくさんの秘密基地を作って、たくさんの宝物を埋めて、たくさん
の悪戯を含み笑いとともにばらまいてきたな。
 もみの木にはオレ達の十二年を閉じ込めた記憶が眠っている。
 6歳、小学生で知り合った。今、18歳。


 あの遠い日の約束と誓いの証。
 オレは今はっきりと思い出せる。
 だが、あれは子供の時の話なんだ。
 ほんの少しだけれど世の中のことがわかりはじめた今、その約束はあまりに
も重い意味を持つ。

 わかるだろう? 優希。
 ただの幼馴染でいるには、おまえは眩しすぎるんだ。



576:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:15:37 KKgFLKaW

 出会ってから12年後の今夜。

 再び息せき切って駆けつけたオレの前で、優希は12年前のあの時と同じ姿勢
と同じ表情であの石の上に座り、じっともみの木を見上げていた。

 雨はいつしか雪に変わっていた。
 積もり始めた白い雪はすべての音を吸収し、この幻想的な空間に静寂をもた
らした。
 綿雪がしんしんと降り続ける。
 今日は天候不順のため、どうやら工事は中止になったようだ。
 優希だけがひとりこの丘にいて、後はブルドーザーが止まっているだけだ。

 オレは、優希の前に音もなく立った。
 こいつ、まさか朝から待ってたんじゃあるまいな?
 漆黒の髪の上には粉雪が積もっている。

 優希はオレに気付いて見上げた。
 「ね? 約束してたでしょ……」
 愚かな幼馴染みの浮かべた笑顔は太陽よりも輝いていて、オレの胸をまっす
ぐに貫くのだった。



577:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:16:13 KKgFLKaW

 「……待たせたな」
 とオレは言った。
 「遅いよ、バカ」
 口ではそう言っているものの、優希の顔からは怒りのようなものは見られな
かった。
 オレと同じように、どんな態度をとったらいいものか、わからないのかも知
れない。
 オレは時計を見た。午後11時55分。ギリギリ24日の間には到着できたようだ。
 「─どれくらい待った?」
 「そうね。ほんの十二年くらいよ」
 オレは黙って優希の肩にコートをかけてやった。
 彼女の頬に手が触れると、ひどく冷たかった。
 「オレが忘れてしまって、ここに来ないとは思わなかったのか?」
 「純一はきっと来るって思ってた。来なかったら、来るまでいつまででも待
ってるつもりだった」
 「ちぇっ、底抜けのバカだな、おまえは」
 「えへへ」
 なぜか優希は嬉しそうに笑った。
 そうさ。巷では、こういうのを真性のバカと言うんだ。
 真性というのは、手がつけられないバカという意味だぜ。
 口で言ってもわかりゃあしない。
 何度言ったってわかりゃあしないんだから、しょうがない。

 ─ずっとそばにいて、見守っているしかないんだ。

 手がかかることこの上ないぜ。

 本当に……。



578:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:16:47 KKgFLKaW

 オレは、無意識のうちに首飾りをそっと外していた。
 何かに衝き動かされるような不思議な感じがした。
 優希も髪留めを外して同様の飾りを差し出してくる。
 ふたつを噛み合わせると、一本の鍵になった。

 優希がお気に入りの石から立ち上がった。
 オレは屈み込んでその石に両手をかけると、勢い良く転がした。
 長い間大きな石の下敷きになっていた部分には草が生えず、見たこともない
ような小さな虫が大挙して逃げ去っていく。
 オレは近くに落ちていた「ゴミ捨てるな」という立て看板をスコップ代わり
にして、土を掘り起こし始めた。
 一連の動作は神聖な儀式のように、沈黙の中で粛々と進行していく。
 じっと固唾を呑んで見つめている優希。

     ガシャッ

 すぐに看板は硬い感触に突き当たる。それを掘り起こしていくと、オレ達の
目の前には古ぼけてすっかり錆び付いた金属製の箱が姿を現した。




579:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:17:23 KKgFLKaW

 ………………………………。


 「これが、誓いの証だ」

 12年前の夜。
 オレは優希に言った。
 「これが……?」
 彼女は、オレの差し出したものを見つめながら言った。
 「知ってるか? 結婚指輪って言うんだぜ、えっへん」
 得意げなオレ。
 「結婚ていうのは、要するにずっと一緒にいるってことだからな。約束の証
拠になるだろ?」
 その発想に、幼い優希は夢中になったようだった。瞳を今まで見たことがな
いほどにキラキラと輝かせ、穴が開くほどに指輪を見つめている。
 「婚約指輪は給料の三ヶ月分で買うんだって、誰かが言ってたよ」
 「……オレの小遣い3日分150円で我慢しとけよ」
 オレが買ったのは、近所の駄菓子屋で買ってきた玩具の指輪だった。
 小学一年生の個人的な買い物のフィールドは駄菓子屋に限定されていて、そ
れ以上は守備範囲を超えていた。
 「あたし達、結婚、できる?」
 優希は魅入られたように150円の指輪から目を離さないまま言った。
 「できるさ。だって、クリスマスイブは魔法の夜なんだって、神父さんが言
ってたぜ。
 誰だって幸せになれるんだ。みんな笑えるんだ。だからきっと、どんな願い
だって叶うはずさ」
 「うそ。大人にならなきゃ結婚できないもん。そんなことも知らずに約束す
るなんて本気じゃない証拠だよ」
 「……うぐっ、細かい奴だな。いいよ、わかった。何歳になったら結婚でき
るんだよ」
 「女の子は16歳。男は18歳」
 「誓ってやるともさ。18歳になったら、結婚してやる」
 優希は少し考えた後、
 「しょうがないなぁ」
 と、オレに初めて満面の笑みを見せた。
 「じゃあ、約束だよ」
 「ああ。この指輪は18歳のクリスマスイブにこの場所で、オレがおまえに渡
す。それが結婚の約束だ」
 オレは誕生日に親からもらった玩具の鍵付きケースの中に指輪を入れ、施錠
した。そして、プラスチック製の玩具のキーをふたつに折り、片方を優希に差
し出した。
 「─受け取れよ。12年後の今日、たとえ片方が約束を忘れていたって、ま
たここで出会えるための、時を越えた秘密の切符だ」
 今まで暗くて寂しげな様子ばかりが印象的だった優希は、今や魔法の道具を
手にした子供のように、頬を紅潮させているのだった。
 「ありがとう」
 「ははっ。おまえ、いかにも間抜けで忘れっぽそうな顔してるもんなぁ。
 オレひとりで寒い中待たされたらイヤだろ? はははっ」

 ……………………………。



580:続・1/365 クリスマス編  ──1日を超えた1/365──
07/12/24 17:17:54 KKgFLKaW

 「その……なんだ。
 忘れてたのはオレの方だったな。まぁ、許せよ。なはははははっ」
 笑って誤魔化そうとしたが、うまくいかなかったようだ。優希は白い目でオ
レを見ていた。

 長い年月の間にケースの鍵はすっかりと錆び付き、乱暴に割ってしまった鍵
などとうの昔に合わなくなっていた。

 がちゃがちゃがちゃがちゃ、がちゃがちゃ………………………ボキッ

 元々チャチな造作の錠前は、長い年月の腐食によって、本体ごと壊れて外れ
てしまった。
 12年間ふたりが大切に肌身離さず持っていた鍵は、役目を果たす前にめでた
く用無しになった。

 「……さすがは魔法の夜だな。うん、これは神の大いなる意思だな」
 「……うん、そうだね……」
 優希は若干同情して、話を合わせてくれるような口調で言った。

 ケースを開くと、中からやはり錆び付いて真っ黒になったおもちゃの指輪が
姿を現した。
 何の合金でできているものか、すでに変色しきっている。
 オプションで買い求めたJとYのアルファベットのブロックがくっついている
のが辛うじて結婚指輪らしさを主張していた。
 指輪は素っ気無く転がっていて、それの持つ意味の重大さを考えるといかに
も安っぽい作りだった。
 だが、とオレは思う。
 何百万円もする虚しい指輪もあれば、人生の中で最も大切で温かい意味を持
つ150円の指輪もあるんだ。

 クリスマスイブは魔法の夜。

 150円の玩具の指輪を、世界で一番貴重で美しくて涙が出るほどに優しい芸
術品に変えることだってできる。
 オレは、震える手でその指輪をつまみ上げた。
 優希は物も言わずにそっと左手を差し出してきた。
 その瞳は、潤んでいた。
 いつの間にかあたりは一面の雪化粧。
 世界はどこまでも白く、透き通っている。
 ああ。街はあれから大きく変わったけれども、この丘だけはまだ何も変わら
ない。
 あの夜と同じだ。
 あの夜と同じ空と、同じ雪だ。
 ふとオレは優希の目を見つめた。

 ああ、なんだ。
 そうかい。そうだったのかよ。
 優希、おまえも同じだ。
 あれから元気で明るくなって、少し乱暴になって。
 いつの間にか女らしくなって。
 すっかり遠くに行っちまったのかと思っていたよ。
 でも、おまえの瞳も12年前のあの夜と同じだよ。
 同じさ、みんな同じ。

 ただ少しだけ─オレが素直じゃなくなっただけだったのさ。

 オレが優希の薬指に、遅れてきた結婚指輪を通す。彼女はそれを顔の前にか
ざして見せた。
 次の瞬間、笑顔のまま優希の目から大粒の涙が流れ落ちた。


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