07/12/16 01:06:53 XxQ10Myz
琴子の話は長い。そして脈絡がない。結論もない。
そんな話に嫌気が差すこともなく延々と付き合っていられるのは、琴子が「聞いてる?」などと絡んできたりしないせい。
それは僕が素っ気のない相槌でもちゃんと聞いていると知っているからなのか、それとも聞いていなくても関係ないのか。
どちらなのかイマイチよく判らないけれど、とにかくこの晩酌の時間が、僕は好きだった。
久本琴子と、僕こと吉見要は、いわゆる幼馴染だ。
家が隣で、年が同じで、幼稚園から小中高と同じ学校で。
誰にも文句を言わせないスタンダードかつパーフェクトな幼馴染だ。
親同士の仲もよく、家族ぐるみのお付き合いなんてことが今でも続いている。
お互いの祖父母の家にも泊まりがけで遊びに行った仲なのだ。
そんな幼馴染を持っている人間を、僕は僕ら以外知らない。
今日はビールと焼酎の日、と琴子が言ったので、僕はもつ鍋の材料を用意した。
牛もつの下ゆでが終わったころに、ビールと焼酎をもった琴子がインターホンを鳴らした。
二人でたっぷりのきゃべつとにらを切って、もくもくと切って、豆腐やもつと一緒に味付け済みのだし汁が沸騰する鍋に放り込んだ。
しなーとキャベツがその身の質量を減らしながらだし汁を吸収する様を、二人でじっと見つめた。
食欲を刺激する、にんにくと醤油の香りの湯気がたっぷりと台所に立ち込めて、口のなかに唾液が溢れる。
美味しそうだね。
琴子が嬉しそうに言う。
美味しそうだね。
僕も嬉しくなる。
スープを小皿にとって一口舐める。うん、完璧。
もう一口分取って、琴子に手渡す。犬のようにぺろりと舐めた琴子も満足そうに微笑んだ。
ついでに一切れ取り出した牛もつは充分に柔らかく煮えていた。
ただし口に放り込んだら熱くて喋れない。
ほふほふと口内の熱を逃がしてやりながら、右手の親指と人指し指で丸を作って琴子に示す。
期待たっぷりで頷いた琴子が、冷蔵庫からグラス二つとビールを取り出してダイニングへ向かう。
僕は火を切って換気扇を止めると、鍋つかみとダスタを駆使して土鍋の耳を持ち上げた。
ぐっと腕に心地好い熱さと重み。
今から琴子と二人でこいつを平らげる幸福な予感に、自然と口元が緩む。
ダイニングテーブルの脇には、やっぱり嬉しそうに口元を緩めた琴子が鍋と僕の到着を待ち詫びていた。
こんなにも息がぴったりなのに、残念ながら琴子と僕は恋人同士でも夫婦でも、家族でもない。
限りなく家族に近い異性の友達。
大抵の友人が、僕らの関係に首を捻る。
いくら捻ってもらっても、そういう友達をもっていない彼らに理解は不可能で、結論なんて出てこないだろう。