07/07/08 07:49:53 e3g7TlOW
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菊川邸へ向かう、室田さんの運転する車の中。
俺の部屋より広いわけではないが、どちらの居心地がいいかと問われれば間違いなくこの車の中だ。
シートは、シートではなくソファーと言ったほうがいいほどふかふかしている。
空調も完璧なようで、濁った匂いが全くしない。
座りながらぼーっとしていると、眠気がやってきた。
深呼吸して、背筋を曲げ伸ばしして、睡魔を追い払う。
「遠山様」
睡魔がブーメランして戻ってきたころ、室田さんに話しかけられた。
「なんですか?」
「かなこ様のことを、よろしくお願いいたします」
「え? それはどういう意味で?」
「かなこ様を幸せにしてください、との意味で言っております。
かなこ様を悲しませることだけはなさらないでください。もしそうなったら私は……」
「なんです?」
「遠山様を……いえ、何でもございません」
室田さんはそこで言葉を止めると、口を開かなくなった。
この人、俺をどうするつもりなんだ。
待てよ。俺はすでに香織を恋人にしてしまった。かなこさんは恋人の対象ではない。
もし室田さんの言う言葉の意味が「女性として」幸せにしてほしいというものだったとしたら……。
かなこさんと結婚してほしいという意味で今の言葉を口にしていたのだとしたら……。
いや、考えるのはやめよう。
今は、それより先に香織とかなこさんを助けなければいけない。
全てはそれからだ。それまで全て保留だ。
それからでも、きっと遅くはない。
スモークの入っていない窓から外を見る。
車は菊川家の敷地に入る玄関前を通り過ぎたが、敷地には入らずそのまま道路を走り続けた。
そこで一瞬見えた菊川邸には、明かりが灯っていた。
まるで、何の異常もないことを教えるためにそうしているようで、かえって不自然に見えた。
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16話はこれで終わりです。次回へ続きます。